2016年3月13日日曜日

NIMBY (Not In My Backyard) ニンビー

あるプロジェクトの財務状態をレビューをするためミニ会議に参加した際、この仕事を引っ張っている生物学部門の重鎮スコットに尋ねました。

「プロジェクト名の頭にあるPPMっていう三文字は、何の略?」

Pacific Pocket Mouse(パシフィック・ポケット・マウス)だよ。」

「え?何それ?」

財務管理のため毎日複数のプロジェクトをサポートする私は、仕事の細かな中身までいちいちチェックすることは滅多にありません。しかしこのプロジェクトは工期が長いため、まず基礎的な不確定要素を洗っておきたかったのです。

スコットとペアで働いている若手生物学者のジャクリンが解説してくれたところによると、これはカリフォルニアの海沿いで砂の中をねぐらとするネズミ。つい最近まで既に死に絶えたと思われて来た、連邦政府指定の絶滅危惧種です。スコットとジャクリンはこのネズミの棲息環境を保護するための仕事をしているのです。その場でiPhoneを使って画像を検索したところ、思わす「おお~っ」と声が出ました。

半分握った掌に納まるくらいのミニサイズ、シルクのような光沢を持つ毛皮、短い四肢にくびれの無い胴体、大きな黒い目。おいおいこれ、ヤバいくらい可愛いじゃん。

「極端に臆病だしストレスに弱い生き物でね。上手くワナをかけて捕獲したとしても、オリの中に数時間放置しただけで死んじゃうんだよ。」

「じゃ、下手に手を出せないね。どんな感じで捕まえるの?」

「俺はまだお目にかかってないから分からないよ。」

「え?そうなの?」

「私もよ。」

とジャクリン。なんと、二人は一度も実物を見たことが無い生き物の保護のために日夜働いているのです。絶滅危惧種が相手なんだから当然かもしれないけど、なんか想像を絶するなあ。帰宅して14歳の息子に写真を見せたところ。

「めちゃくちゃ可愛いじゃん!これ、ポケモンのキャラの元になってると思うよ。」

と大興奮でした。

さて、話は変わり、うちの新居。住宅部分の床面積は普通なのですが、裏庭のサイズはバレーボールコートほどあります。購入時は綺麗に刈られた芝生をぼんやり眺めて楽しんでいたのですが、みるみるうちに雑草に侵略され、気付いた時には腰高の茂みがあちこちに拡がるただの「空き地」に変貌していました。これはいかんと一念発起し、草刈鎌と芝刈り機で大手術。ようやくさっぱりしたので花壇を作り、キュウリとトマトとなすとネギ、それにイチゴの苗を植えました。すると間もなく、周辺にボコボコと新鮮な土塁が出現し始めました。モグラがいるのかな?といぶかり、生物学チームの同僚ジョナサンに尋ねたところ、

「それはGopher(ホリネズミ)だな。肉食のモグラと違って、ゴーファーは草食なんだ。家庭菜園の野菜を狙ってやってくるんだよ。うちは四年かけて大事に育てたアスパラガスを、いよいよ明日収穫しようと思ってた晩にごっそりやられた。ディズニーのアニメで見るみたいに、土の中にスポッ、スポッと引っ張り込んで行くんだよ。賢い奴らで、農作物の食べごろがちゃんと分かってるんだな。」

「え?それは困るなあ。どうすればいいの?」

「ネズミ捕りのワナをかけるんだよ。で、死体を奴らの巣穴に突っ込んでおくんだ。見せしめとしてね。これが一番有効な手段だ。」

さっそく帰宅して息子と一緒にYouTubeで「ゴーファーのワナ」を検索。巣穴から顔を出してキョロキョロと周囲を窺うゴーファーは、予想に反して愛くるしい姿。パシフィック・ポケット・マウスをちょっと大型化した格好です。結構可愛いじゃん、と息子に言おうとしたその時、穴の入り口に仕掛けてあった罠の金具に頭部をバチンと挟まれ、「キュー」と断末魔の叫びを上げた後、ぐったりしてしまいました。息子と二人、黙って顔を見合わせます。

翌日職場でジョナサンに会ったので、

「ネットで調べてみたらゴーファーがあんまり可愛いくて、ワナで殺すのは忍びなくなっちゃた。代わりに、超音波で嫌がらせて庭から追い出す装置を注文したよ。」

そんなものホントに効くのかね、と言いたげな表情のジョナサンに、冗談半分でこう詰め寄ります。

「あんな残酷な殺し方をして何とも思わないの?生物学チームは普段、野生生物を保護するために一生懸命働いてるでしょ。生きとし生けるものに対する大きな愛がそれを支えてるんだと思ってたんだけど…。」

するとジョナサンは、間髪入れずにこう返して来ました。

“Not in my backyard.”

そして忘れずに、略語も付け足します。

“NIMBY.”

NIMBY (Not In My Backyard)とは、「うちの裏庭以外で頼むよ」という意味。社会問題を議論する際などによく使われるフレーズです。街にショッピングセンターを誘致して欲しいけど我が家のすぐそばに来てもらっちゃ困る、などという発言に代表される、「総論賛成各論反対」の主張を表現するのに便利な単語。


そのまんま文字通り裏庭の話にこのフレーズを使うケースは滅多に無いので、ジョナサンと二人、まるで何か望外の大発見をしたみたいに興奮して暫く笑いました。

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