2015年7月18日土曜日

She’s a basket case. 彼女はバスケットケース

水曜日は数カ月ぶりにロングビーチ支社へ出張しました。私がまだ週三日の割合でサンディエゴから長距離通勤をしていた頃からの友人でもある、同僚マークの部屋で久しぶりの打合せ。

彼は現在多忙を極めているのですが、その最大の原因は、この支社の古参PMだったBが突然辞職したことです。Bという男は、常に数ミリオンドルのプロジェクトを何件も抱えていたのですが、何の引き継ぎもせず去ったため、支社の連中がてんやわんやの大騒ぎ。技術屋集団のエースであるマークは、当然のようにBのプロジェクトを引き継がされたのですが、中身を見てみて愕然としたのだそうです。

Bは文書管理や契約手続きなど、会社の規則を悉く破っていて、どこから手を付けて良いかも分からないほどの散らかりよう。まるで誰かが家の中をごみ一杯にして夜逃げしたような有様だったのです。

「そんなになるまで、どうして周りは何も出来なかったの?」

と私。

「いや、もちろん数えきれないほど手を施そうとしたんだよ。でもさ、」

とマーク。そしてこう続けます。

“He was like, my way or high way.”
「彼はさ、マイウェイかハイウェイか、だったからね。」

俺のやり方(マイウェイ)か高速道路(ハイウェイ)、つまり俺のやり方が嫌ならとっとと消えろ、というフレーズですね。「あいうぇい」という部分を語呂合わせに使った慣用句。お~、新しい言い回しをサンキュー、とメモする私。マークという男は、イディオムの宝庫なんです。

「そういえば、Bが辞めた後、Sがデンバーからヘルプに来たでしょ。」

と私。Sというのは、元々Bの部下だった女性で、結婚後デンバーに引っ越しました。私は彼女のプロジェクトを遠隔でサポートしながら、いつの頃からかカウンセラーのような役割も務めていました。勤務時間外に私の携帯にかけて来て、仕事の愚痴を一時間くらいぶちまけることもしばしば。同僚も上司も私を誤解してる、全然信頼してくれていない、これでは良い成果が出せるわけない、と。

「彼女はクビになったよ。」

「うん、聞いてる。とんでもなくスピーディーな解雇劇だったよね。一体何があったの?」

するとマークは、吐き捨てるようにこうコメントします。

“She was a basket case.”
「彼女はバスケットケースだったんだよ。」

え?バスケットケース?これも新しい表現だぞ。どういう意味か尋ねると、

“She was not functioning.”
「彼女はファンクションしてなかったんだ。」

ううむ、ファンクション(機能)していないとはどういうことだ?

「つまり、ちゃんと仕事の成果が出せなかった、ということ?」

と問いただす私。

「いや、とにかくクレイジーだったんだよ。彼女は頭がおかしかったんだ。」

「ええっ?そういう意味なの?でもなんでそれがバスケットケースなの?」

これにはぐっとつまるマーク。ちょっとネットで調べてみよう、と彼がキーボードを叩きます。コンピュータ画面を数秒にらんでいたマークの顔に、不審な表情が浮かびます。

「第一次大戦中、両腕両脚を失った兵士はバスケットケースに入れて運んだ、というのが起源だと書いてあるぞ。」

暫く無言で見つめ合う中年男二人。そんな語源を知っちゃったら、怖くて使えないじゃないか、とビビる私。そこへマークが、しみじみ思い返すように繰り返しました。

“Yeah, she was really a basket case.”
「ああ、彼女は本当にバスケットケースだったよ。」

後で複数の同僚に聞いて確認したのですが、「四肢が無い」ので「人間として満足に機能していない」、それで「頭がおかしくなってる」状態を指すようになった、というのが一致した見解。

翌日オレンジ支社で会った同僚フィルが、こう笑い飛ばします。

「そんな語源知ってる人なんて、きっとこの支社でシンスケくらいだよ。みんなもっと軽い気持ちで使ってると思うぞ。」

サンディエゴ支社で受付を担当するヴィッキーは、

「そんなムゴい語源があったなんて、全然知らなかったわ。ストレスや何かで一時的におかしな言動を取る人を指して使ってるもの。」

と言っていました。

さてマークとの会議後、Bのプロジェクトの経理を担当していたサラを訪ねました。

「ねえサラ、どうしてSが解雇されたのか聞いてる?」

すると彼女は声をひそめ、きょろきょろと周囲をうかがいます。

「それは知らないけど、あの人、昔からちょっと変わってたのよ。Bの残したプロジェクトの経理面を大至急洗わなきゃいけないってデンバーから飛んで来たことがあったのね。彼女、土曜日に出勤してくれって一生懸命頼むの。もちろん無給でよ。私、これは緊急で重要な仕事なんだから、と引き受けたの。そしたらオフィスに着いた彼女がね、真っ先にフェイスブックの更新を始めたのよ。」

う~ん、それはバスケットケースと呼ばれても仕方ないか。


4 件のコメント:

  1. この表現はまさに君のこだわりの映画の・・・・

    行李の写真を持ってくるところはさすがだね。英語で言うとJapanese basket case になるんだろうね多分。2年ほど前にカミさんの実家を整理したら、亡くなったお母さんが嫁入り時に持ってきたのであろう行李が2つばかり出てきてちょっと感動した。オイラは「記念品として取っておいたら?骨董的に貴重な感じするし」と言ったのだが、カミさんは「場所とるから処分してイイんじゃない。」だって。そのくせ、使うかどうか判らないような食器類は取っておくんだよね~

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  2. 行李はひとつくらい取っておいても良かったんじゃないかな。最近じゃ、なかなか手に入らないでしょ。ほんと、処分すべきものと取っておくべきものの判断というのは難しいよね。かくいう僕も、B級ホラー映画「バスケットケース」のVHSを、未だに捨てられずにいるよ。

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  3. ブルーレイが発売されたみたいね。
    この作品を買うくらいの人は当然ホメるんだろうけど、アマゾンのカスタマーレビューが絶賛の嵐だね(笑)

    http://www.amazon.co.jp/%E3%83%90%E3%82%B9%E3%82%B1%E3%83%83%E3%83%88%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%B9-DVD-%E3%82%B1%E3%83%93%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%98%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF/dp/B00005G0OM

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  4. 買っている人は、当然褒めるよね。あんなにチープなつくりなのに未だにファンがいるというのは、理解に苦しむよ。持ってる僕が言うのも何だけど。

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