2015年6月23日火曜日

パラダイスでパラサイト

過去十年以上、様々な分野のプロジェクトをサポートして来て分かったことですが、一般にハードコアなエンジニア集団は、生物学系の社員たちと仲良くしない傾向があります。環境問題が持ち上がれば建設事業がストップするわけで、部門間に利害の対立があることは確か。でもそれだけじゃなくて、建設業と較べて生物学系の仕事は「成果が分かりづらい」ため、理解が得にくいという点も大きいと思うのです。私も最近になるまで、生物学系の同僚達がやっていることの凄さを理解することが出来ずにいたのです。今は言えます。彼ら無しではエンジニアリングもクソも無い、と。

さて、先週の日曜から一週間、ミシガンの義父母と一緒に家族5人でドライブ旅行を楽しみました。行程の大部分は、アッパーペニンシュラ(UP)と呼ばれるカナダに近いエリア。見どころは、森と湖と滝。普段乾燥した土地で暮らす私達一家にとって、深緑の森を突き抜ける直線道路を何時間も車で進む旅というのは、実に爽快な体験です。

最初の目的地は、「パラダイス」という街。その名前からどんなに浮かれた場所かと思いきや、人家のほとんどないのんびりした片田舎。ところがモーテルに到着した我々を出迎えたのは、蚊の大群でした。東京で暮らしていた時にも蚊はいたけど、ここで我々を出迎えたのは、何万という数の大軍団。ゾンビ集団のど真ん中に丸腰で放り出されたような格好で、圧倒的劣勢。虫除けスプレー買って来るなんていうアイディアは誰も持ち合わせていなかったので、笑っちゃうくらいの猛攻撃を食らいました。特に義母は蚊に好まれる体質のようで、腕はもちろん両まぶたが腫れ上がる、という惨たらしい有様。

13歳の息子は、モーテルの室内にあったテニスラケットのような電気蚊取り器(バグザッパーと呼ばれる道具)を発見するや否や、これを振り回して果敢に部屋を飛び出し、切った張ったを一時間近く繰り広げましたが、息も絶え絶えになって戻って来て、「ダメだ、多すぎる。」、とうなだれます。ドアを開けた途端に十数匹飛び込んで来たので、今度は私が処刑人に就任。30分ほどかけて最後の一匹を感電死させ、ようやく皆で安眠することが出来ました。

翌朝は、Tahquamenon Fall(タクアメノン滝)を見学。しかし、やはりどこもかしこも蚊の大群。記念写真を撮ろうとカメラを構えた左手の甲に蚊が舞い降りたので、反射的に顎で潰します。

「パパ、すご~い!」

と喜ぶ息子。しかしあまりにも蚊がひどいので、早々に退散。皆でギフトショップに逃げ込んだところ、店員と見られる白人のおっさんが、扉の前でバグザッパーを振り回しています。

「なんでこんなに蚊が多いの?」

と尋ねたところ、

White-Nose Syndrome (ホワイトノーズ症候群)だよ。」

と答えます。え?何それ?と聞くと、

「蚊の天敵であるコウモリが、この病気のせいで絶滅寸前なんだよ。だから蚊が大量発生したってわけさ。」

「え?コウモリ?」

彼の指さした壁に、詳しい説明が貼ってありました。

「冬の間、身体を寄せ合うようにして洞窟で冬眠するコウモリの皮膚に、寒冷地を好むある種のFungus(ファンガス)が取り付く。これがコウモリを目覚めさせ、夏の間貯め込んでいた体脂肪を急速に燃焼させる。餌の捕れない真冬に活動させられたコウモリの群れは、凍死や餓死という形でほぼ全滅してしまう。感染したコウモリの鼻が白いため、これをホワイトノーズ症候群と呼ぶ。夏になり、天敵のいない蚊やその他の害虫が一斉に繁殖。農作物を荒らすなどの被害を人間にもたらしている。数年前ニューヨークで発生が確認された後、年々西へと広がっている。昨年ミシガンとウィスコンシンで、初の被害が確認された。」

Fungus(ファンガス)というのは菌類のことで、キノコ、カビ、酵母の総称です。細菌と違うのは、「外部の有機物を利用する」点。つまり、他の生き物から栄養を採って生きる、寄生生物(パラサイト)なのです。ごくごく微小なパラサイトがコウモリにとりついて全滅させ、これが蚊の異常発生を促していたのです。

全米の国立公園は対応に追われていますが、今のところ抜本的解決策は無いようです。とりあえずの対策は、

「観光客が菌を運ばないよう、まだ感染の確認されていないコウモリの住む洞窟を立ち入り禁止にする」

というもの。

キノコごときに生態系をかき乱され、右往左往する人間たち。滑稽なまでに無力です。地元のニュースでは、こんなことを言っていました。

「食品業界は、農作物を害虫被害から守るために大量の殺虫剤を散布しなければならず、これに数ビリオンドルのコストがかかるだろう。全米の生物学者たちが、解決策を模索中。」

実は数週間前、昆虫学専門の同僚エリックと、「アルゼンチンアリの駆除方法」についてひとしきり話し合ったことがありました。

アルゼンチンアリというのは行動スピードが速く獰猛で、他の種を攻撃し次々に絶滅させ、アリ界の世界地図を日々塗り替え続けています。生態系に及ぼしている影響は甚大で、カリフォルニアの砂漠に住むサバクツノトカゲも、絶滅の危機に瀕しているというのです。

「効果的な駆除方法は存在しないって話を聞いたんだけど、本当に何も無いの?」

と尋ねる私。

「いや、とっておきのがあるよ。」

と微笑むエリック。

Parasitic Fungus(他の生物に寄生する菌類)を使う方法が残ってるんだ。ある種の菌類は特定の生物に寄生し、自己の繁殖を助ける行動を取らせ、最終的には母体を死に追いやるんだよ。」

彼が送ってくれたYouTubeビデオのリンクを見て、背筋が寒くなりました。あるアリに寄生したキノコが、種子をばらまきやすくするために母体の脳に働きかけて木の枝を上へ上へと登らせる。最後は硬直したアリの頭を突き破ってニョキニョキと自分の身体を成長させて行くのです。キノコの分際で、他の個体の身体はもとより頭脳も乗っ取ることが出来るということが、驚愕でした。


「この方法を使えば、殺虫剤を使わずして生物の異常発生を食い止めることが出来ると思うんだ。大事なのは、どの生物のどの成長期にどんな菌類を寄生させるべきかを知ることだね。」

パラサイトを逆手にとって生態系のバランスを回復する、というアイディア。

生物学者の存在を、とても頼もしく思ったのでした。


4 件のコメント:

  1. 2003年の芥川賞受賞作で名前を使われていた寄生虫のハリガネムシも似たような現象を起こすみたいだよね。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AA%E3%82%AC%E3%83%8D%E3%83%A0%E3%82%B7

    パラサイトを逆手に取るってのはその効能の限界を制御する所が一番のポイントになるんだろうね。一種の生物兵器って訳だし。
    日本では今、野生の鹿が増えすぎたことによる獣害が問題になっているんだけど、絶滅してしまったオオカミを輸入して野に放てば解決するとか言っているトンでもない人たちがいるそうです。
    http://japan-wolf.org/content/faq/

    コレはかなりヤバそうだね。

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  2. おお、すげえ、ハリガネムシ。SFXを超えてるね。
    オオカミ輸入のアイディアは過激ながら一理あると思う。
    今日、同僚のディック、マーク、それにリンドンと話していて、「ホワイトノーズ症候群」の名を出したら三人とも知ってた。解決策は、と聞いたら、遺伝子操作して滅茶苦茶強いコウモリ作っちゃえばいいんじゃない?とディックがふざけ、「人間が食われたりして」と笑ってた。これ、10年先には冗談じゃなくなってるかもね。

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  3. ハリガネムシは生物だからなんとなく納得できそうだけど、よく考えるとキノコが操作するってのはちょっと怖いね。あの映画を思い出したヨ
    http://kuroyagidamono.blog.shinobi.jp/%EF%BD%93%EF%BD%86%E6%98%A0%E7%94%BB/%EF%BD%93%EF%BD%86%EF%BC%8F%E3%83%9C%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%83%8A%E3%83%83%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC

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  4. この映画、観た記憶ない。ドナルド・サザーランドが出ている時点で、既にコワいよね。

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