2018年8月26日日曜日

Pay-to-Play Model 課金プレイ方式


水曜日の昼休み、ランチルームで同僚達と少年少女のスポーツ活動について軽く語り合いました。環境部門の中堅PMミシェルには中学生の娘さんがいて、クラブチームでサッカーに打ち込んでいます。

「でもこの国のサッカーは駄目よ。」

と、ため息交じりの笑顔。古参社員ビルも激しく同意し、

「アメリカのサッカー競技人口は、世界でも一、二位を争うレベルなんだぜ。数だけで言えば、ワールドカップ上位の常連にいるべきなんだ。でもそれほど勝ててない。何故かと言えば、システムが破綻してるからだ。」

と毒を吐きます。どんなシステムになってんの?と尋ねる私に、後で関連サイトのリンクを送るわね、と微笑むミシェル。

席に戻って数分すると、彼女から地元新聞スポーツコラムのリンクが届きました。

“US soccer and the continued failure of its pay-to-play model”
「アメリカのサッカーそして課金プレイ方式の相変わらずの欠陥」

内容を抜粋すると、

女子のサッカー競技人口はアメリカだけで残り全世界の選手を集めたより多い。

ユース選手に至っては、サンディエゴ郡だけで全スペイン選手の二、三倍はいる。

なのに世界でユースチームが勝てないのは、親が大金をつぎ込まないと子供に練習させられない「課金プレイ・モデル」だから。

若い選手の育成には一人平均年間1,500ドル(16万円強)かかる。これを全て親が負担。

強くなればなるほど、コーチの給料、練習場所のレンタル料、大会への旅費などが追加され、費用はどんどん跳ね上がる。

金で雇われたコーチは、チームの基礎的スキルを磨くより毎試合勝つことにこだわり、一部の有能な選手たちに指導を集中させるようになる。

純粋に「サッカーが好きだから」だけでは持続できない現システム。結果、郊外から白人のお母さんがプードルを乗せてポルシェのSUVを運転し、金髪ポニーテールの娘を送り迎えする、というのが典型的なサッカー練習の風景なのだ…。

そうなんです。これは女子サッカーに限った話じゃない。うちの息子は水球やってるけど、彼の通う公立高校の部活には金銭的補助がほとんどありません。若い消防署員にボランディア待遇でコーチしてもらってるし、練習や試合にかかるプール使用料は親が持ち寄る。課外活動のクラブにはもちろん相当な額を払うし、平日の午後に試合が組まれれば親が仕事を早退して車で送り迎えしないといけない。結果、長く続けているのはそこそこ経済的余裕のある家庭の子供(サバーバン・キッズ)だけなのです。

さて、話は少し遡って先月半ば。オフィスのエレベーターで18年ぶりに偶然再会したビジネススクール時代の級友フィルと、お気に入りのフレンチ総菜&サンドイッチの店「ザ・ウォーターズ」へランチに行きました。

「床と天井を隔てて一つ違いのフロアで何年も働いてたのに、これまで一度も出くわさなかったなんて不思議だねえ。」

と二人で笑います。彼は現在、非営利組織で財務部門のトップを務めているとのこと。もともと環境科学が専門だったけど、MBA取得後ファイナンスにのめり込み、大きな転身を遂げたのです。

「水球トーナメントはどうだった?」

とフィル。この会合の日程調整をしていた際、同じ期間に二人とも暫くサンディエゴを離れることを知ったのでした。私は息子の水球トーナメントでサンノゼへ、彼は娘のサッカー大会でシアトルへ行くためです。

「とにかく暑かったし、車であっちの会場、こっちの会場と移動しっぱなしで大変だったよ。おまけに物価が高くてさ。ホテルもレストランも結構な値段なんだ。何人かの親は、飛行機代を節約するためにほぼ一日かけてサンディエゴから運転したって。うちもその案、考えたんだけどね。酷暑の中の長距離ドライブはさすがに疲れるし、危ないからやめた。そっちはどうだった?まさかシアトルまで車で行ったりしないよね。」

と私。するとフィルが、

「実は今回、プライベート・ジェットで往復したんだ。」

と笑います。え?プライベート・ジェット?そうか、実はこの男、とんでもない金持ちだったんだ。久しぶりの再会でいきなり格差を見せつけられるのか?と怯む私に気付いたのか、顔の前で手を振り、

「違う違う、僕のじゃないよ。」

と慌てるフィル。

「スプラウツっていう、大きなオーガニック系ショッピング・センターがあるだろ。あれの創始者の子供がうちの娘のチームメイトでさ。彼が一緒に乗って行かないか?って誘ってくれたんだ。」

若くして引退し、今では悠々自適な生活を送っている。財産家にありがちな嫌味の一切無い、気さくな中年男性なのだと。

「彼自身、一機持ってて自分で操縦も出来るんだけど、ちょうど誰かに貸し出したタイミングで今回の大会が決まっちゃって、仕方なく別のジェットをチャーターしたんだって。乗り込むなり、トイレだとか内装だとかをじっくり観察しながら、悔しいけど俺のよりちょっとハイグレードじゃん、なんて呟いたりしてさ。」

フィルのスマホにおさめられたゴージャスな記念写真を何枚か鑑賞した後、所詮雇われ人とビジネスオーナーとじゃ住む世界が違うよね、という結論になりました。そして、我々二人は似たような境遇にいるのだ、という連帯感が生まれたのでした。たとえ学歴を積み上げてスキルを磨き、組織でそれなりに重責を担うまでになったとしても、余裕綽々の生活を送れるわけではない。高額な家賃や住宅ローンの返済、子供のスポーツや学費、と右から左へ金が消えて行く。所得情報は政府にしっかり把握され、税金をがっぽり持って行かれる。大学のファイナンシャル・エイドはほとんど期待出来ず、まともに子育てしていれば手元に残る金はほんの僅か。経済力を物差しに幸福度を測った途端、何だか一番割を食っているような気にさえなるのです。

「結局、プライベート・ジェットで好きな時に好きなところへ飛んで行ける人と較べちゃ駄目だってことだよね。家族が健康で朗らかに暮らせていればそれだけで大成功でしょ。」

「その通り!」

こんな感じで旧友と、小市民的な意気投合をした数日後のこと。

「ねえカンチー、君が活動してた団体からディナーへの招待メールが来たんだけど。これって君、行くの?」

島机の斜向かいに座る部下に尋ねる私。ベトナムから14歳で渡米した彼女は、当時言葉も分からず何の将来展望も無かったけど、この団体の活動に参加して考え方が一変した、と言います。頑張れば人生は拓けるんだ、という確信が生まれ、猛勉強して英語も覚えた。そして大学を出て、今こうしてコンサルタントの仕事をしている。自分の想像を遥かに超えた未来を手に入れたんです、と目を潤ませるカンチー。

恵まれない教育環境におかれた少年少女をサイエンスの世界に触れさせ、彼らの可能性を拡げよう。そんな創始者の志に賛同した人たちが、様々な支援をすることで成り立っている非営利組織。つい先日、バルボア公園にある博物館内の映画館で催された高校生たちのグループ研究発表会に招待されました。バハ・カリフォルニアの美しい海辺でキャンプ生活をしつつ生物環境調査を終えて来た高校生たちが、シネマスクリーンに写真を投影しつつ順々に研究成果を発表します。割れるような拍手の後、グループを代表して若い男女二人が、この団体での活動が自分をどう変えてくれたかを語るパートに入りました。Tシャツ一枚買う金すら無く大学進学なんて叶わぬ夢だったけど、頑張ってみる勇気が湧いたというフィリピン系の女の子。コンゴから難民としてやって来た黒人の男の子は、何度聞いても覚えられないほど長い名前。アフリカ出身者特有の強烈な訛りで、

「調査旅行の初日から、驚きの連続でした。」

と語ります。

「肌の色や名前のことで誰もからかって来ないし、アクセントを笑ったりもしないんです。そればかりか、研究対象をとことん突き詰めなさい、君はもっと深く考えられるはずだって、皆ずっと励ましてくれたんです。こんな風に人から大事にされたこと、アメリカに来て初めてでした。自分も頑張れるんだって、強く思えるようになったんです。」

ここにいる若者たちが、将来世界を救うような大発見をするかもしれない。「ハードワークが報われる」健全な社会を築くため、こういう活動をどんどん支援して行かなくちゃ、と万感の思いで会場を去った私。その時リストに名前を載せたせいで、ディナーへの招待状が届いた、ということでしょう。

「私は行きませんよ。あれはファンドレイジング(資金集め)のための食事会ですから。」

と私の質問に答えるカンチー。え、そうなの?ともう一度メールを確認したところ、参加費用ひとり350ドル(約4万円)とあります。うげっ!

「う~ん、さすがにこれはキツイな。貢献したいのはやまやまだけど、正直、僕の貧相な小遣いで工面できる額じゃないよ。」

と告白します。厳しい環境におかれた若者たちを支えるためには、誰かがスポンサーをしなければならない。親や親戚が無理なら赤の他人に頼るしかない。でも、いくら何でもねえ…。

「きっとこれ、企業向けだと思いますよ。個人でこれだけ出せる人なんてそうそういないですから。」

と慰めてくれるカンチー。

「そうだよねえ。ちょっと高いよね。」

正直、ほっとしていた私でした。しかしこの時、何を思ったかさっと顔を輝かせ、彼女が小走りに私の席までやって来ます。

「他に支援の方法、ありますよ!」

名だたる全米のサイエンティストたちが、この団体で活動する若者たちに向けて講演をする定期イベントがある。どんな有名人でも自腹で来てくれるのだが、その一人として話してくれないか、と。

「いやいやいや、僕はサイエンティストでもないし、話すようなことなんて何も無いよ。」

と即座に辞退したのですが、

「でも外国からやって来て、こうして立派に活躍してるじゃないですか。若い子たちはきっと興味持って聞くし、勇気づけられると思いますよ。是非何か話して下さい!」

予想外の展開になって来たけど、あの子たちの未来のために役立つならいっちょやるか!と気を取り直す私でした。「金持ちだけプレイ出来る」システムに対する、ほんのささやかな抵抗です。

6 件のコメント:

  1. >何だか一番割を食っているような気にさえなるのです。

    ブログ愛読してます。
    シンスケさんも年収の「谷間」をお感じになるんですね、、、意外でした。

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  2. 長ったらしい文章をちゃんと読んで頂き感謝です。はい、これは見事に人工的な谷間ですね。自分でビジネスを始めるしかこの渓谷を抜け出す道は無いのでしょうが、リスクを取る勇気がちょっと…。

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  3. 一旗揚げるってのが成り上がるための必須条件なんだろうが、巨万の富を築くためには自己の努力だけではダメなんだろうね。結局は誰かに任せて利益を吸い上げる構造を作り上げてその頂点に君臨しないと(笑 自家用ジェットを持っているような人たちはそんな「下からの収奪」によって空高く浮遊しているんだよね。つまり「努力」だけではなく「冷酷さ」も持ち合わせている必要がある。もっとも彼らがそれを「冷酷」と感じているかどうかは別だがね。

    ♪庶民~はキリキリ働け、電車に揺られて眠れ!(まっくろけ by 爆風スランプ)
    https://www.youtube.com/watch?v=i1FMTB4Ntkw

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  4. せいぜい小金を貯めろ、ですか。しびれるね。

    来月出版予定のSmall Fryという本で、スティーブ・ジョブズと元恋人との間に生まれた娘リサが「アップル社創設者の父がいかにひどい男だったか」を大暴露してるそうだね。あれだけの成功をおさめながら、彼女とそのお母さんにはろくな支援をしなかったそうで…。冷酷さとか冷徹さがないと、厳しい戦いに勝てないのかもね。
    そういえば昔、R天のM社長と話した時、すごい躍進ぶりですね、と言ったら「いやいや、毎日サバイバルですよ」って首振ってた。雇われ人には想像もつかないプレッシャーを抱えているんだな、巨額の報酬もらって当然だな、と納得したよ。

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  5. 欧米文化のスゴい所は、そうやって億万長者になった人が財団とかを設立して莫大な寄付を行ったりしている所だよね。行政による広範囲の救済では救いきれない、ピンポイントでの救済という手段は個人の恣意的に使えるお金じゃなきゃできないもんね。カンチー女史のように救われる人がこういう中に少なからずいるんじゃないのかな。キリスト教文化の良い点なんだろうナ(想像だけど)

    一方日本では、戦前までは高等遊民クラスの小金持ちでも、優秀な苦学生を「書生」として置いてやって、貧困による学習機会の収奪から救ってやっていたみたいだが、今ではそんなのなさそうな気がするよねぇ。。。

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  6. 僕もいつか大金持ちになって、恵まれない人たちを助けたい!


    これはボケです、一応。

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