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2021年11月20日土曜日

Mental Constipation メンタル・コンスティペーション

 


「正直に言うわね。本当は水曜の会議、出るには出られたんだけど、言い訳を作って欠席したの。」

電話の向こうでオレンジ支社のアリサが、ゆっくりと言葉を選びながら告白します。

「エレンとまともに会話出来るような心理状態じゃなかった、というのが真相。」

この数週間、アリサと週三回ペースで話し合ってきたのですが、限界が近いことは感じていました。だからこそ、水曜の電話会議は私が飛び入りで参加することを決めたのです。

「エレンの質問には一応答えておいたよ。分からないことは君と相談してから返事するって言っておいたけど。」

一年前、地元のガス会社をクライアントとする巨大プログラムのサポートを任されたアリサ。同時進行する複数のプロジェクトを社内のPMシステムにセットアップし、コストをトラッキングし、月次請求書や契約変更のドキュメントを整え、フォーキャストをアップデートし、と様々な業務を包括的に進めるのが彼女の仕事です。プログラム・マネジャーのピーターから厚い信頼を受けつつ、複数のPM達との密なコーディネーションを重ねて順調に飛ばして来たアリサですが、ここへ来て急ブレーキがかかります。

数ヶ月前にこのガス会社の新しいプロジェクトを担当することになったエレンが、アリサの仕事にダメ出しをして来たというのです。

「私が送るレポートを全部、シンスケやシャノンが使ってるフォーマットに変えろって言うの。内容は同じなのに、よ。とにかく、私が出すものにことごとくケチをつけるの。シャノンならこうしてたとか、シンスケならこういう見せ方をしてくれる、とか不満をぶつけて、私の能力を全否定して来るのよね。」

サンディエゴ支社所属のエレンは過去十年近く、私とシャノンとでサポートして来ました。生物学分野のエキスパートである彼女は、野生生物をこよなく愛する人物です(マウンテンライオンが南カリフォルニアで絶滅の危機に晒されている話を、苦痛に満ちた表情で語ってくれたこともありました)。しかしその一方で、思ったことをそのまま悪気なく口にするタイプでもあります。彼女と一度でも会って話せばすぐにそれと分かり、なあんだと笑ってしまえる程度の可愛らしい個性なのですが、電話とメールのみのコミュニケーションではそれが伝わりにくい。アリサはなんとかその要求に応えようと改善を試みるのですが、再三再四のぶっきら棒な批評に、個人攻撃を受けていると感じてしまったのですね。

昨日ふと気付いたのですが、私のプロジェクト・コントロール・チームは今や総勢二十名。度重なる組織改編の煽りを食い行き場を失った社員をよっしゃよっしゃと受け入れているうち、いつの間にかビッグダディ化していました。新しいメンバーはテキサス、コロラド、オレゴン、北カリフォルニアなどに広く散らばっています。地元サンディエゴのオフィスで面接して新人を採用していた頃には分からなかったのですが、こうして全く素性の分からない、しかもこれから一生会うことも無いであろう人達をメンバーに加えて行くというのは、なかなかのストレスです。

こういう「ヴァーチャル」部下が増える度、コミュニケーションに費やす時間も多めに要求されるため、本来打ち込むべき業務はサービス残業ゾーンにどんどん食い込んで行きます。さすがにこれは「(今流行りの)持続可能」どころの話じゃない。状況を打開しようと去年の今頃、私が新しい職務(PDL)を引き受けた際、チームを二つに分けシャノンとアリサをサブリーダーに立てることにしました。シャノンは私と十年近く同じオフィスで一緒にやって来た仲ですし、既に彼女が良く知っているメンバーを多数受け持つことになったので、さして不安はありませんでした。その一方でアリサは、比較的新しいメンバー。そんな彼女が更に顔も知らないメンバー達をリードすることになったため、負荷が急に増大したことは明白です。

シャノンを含めたサンディエゴのメンバー達には過去数年に渡り、財務分析の方法、エクセルのショートカットやデータのビジュアライゼーション(視覚化)などを、私が対面で丁寧に手ほどきして来ました。ところがアリサはそもそも総務職が長く、財務データの扱いに長けて来たわけではありません。プロジェクト・コントロールのチームに入ったのは、職種の統廃合で居場所を失ったからであり、いきなり「シンスケ達が提供するサービス」を要求されても、ハードルが高すぎます。しかしそれでも何とかエレンの期待に応えたい彼女は、私に個人レッスンを依頼して来ました。その心意気に感動して毎週特訓を重ねて来たのですが、対面でも一年以上かけて漸く身につくようなスキルが、そう簡単に会得出来る訳もありません。そうこうするうち、エレンのダメ出しでじわじわとメンタルが痛めつけられ、とうとうギブアップ状態に陥ったアリサ。

「あのさ、この数年で僕らに起こってることを冷静に考えたらさ、精神状態をまともなレベルに保つことすら至難の業だって気がするんだよね。」

と私。

Change is the only constant(変化こそ不変)とか言うじゃない。でもさ、現実はChange is exponential(変化は指数関数的)でしょ。AIの進化、業務の海外アウトソーシング、加速していく組織改編。気心知れた同僚とより、今や顔も知らない赤の他人と働く時間の方が圧倒的に多いじゃない。これまで体験したこともない未知のゾーンに深く突入してるっていうのに、僕らはいまだに、事がうまく運ばないのは自分が至らないせいだと感じちゃう。考えても考えても、打開策が見つからない。」

「そうなのよ。何とかしようともがけばもがくほど、深みにはまって行く感覚。」

と溜息まじりに呟くアリサ。

「実は僕もちょっと前まで、そんな状態に深くはまり込んでたんだ。体調は最悪。便秘がちでお腹にガスが溜まってさ。全身の皮膚はカサカサ。寝てる間に掻きむしって血だらけになった。で、主治医に言われたんだ。皮膚の状態は腸内の様子をそのまま映し出していると考えた方がいい。そして腸内の状態は食事とストレスとに左右される。食物繊維を多く摂ることを心がけ、同時にストレス源と向き合うべしってね。で、基本に還って、コントロールが及ぶ範囲だけに意識を集中することに決めた。自分の力で簡単に変えられないことにエネルギーを費やしても、成果が上がらないどころか逆に衝突を生んで事態が悪化する可能性が高い。更には、そのいざこざを解決するために頭を使わなきゃいけなくなる。課題は増える一方で、脳の回路は大渋滞。まさに、Mental Constipation(メンタル・コンスティペーション)だよ。」

「メンタルの便秘」というのは、咄嗟にでっち上げたフレーズ。こんな言葉が実際に存在するのかどうか不安でしたが、アリサには伝わったようでした。電話の向こうでクスリと笑います。

「で、まずは溜まったガスを逃してやらないといけない。」

さらにクスクス。

「そこで相談なんだけど、もしも君がエレンのための財務レポート作成に燃えていて何としても続けたいと思っているのでなければ、僕にそれ、譲ってもらえるかな。PDLの職を解かれて、時間が空いたんだ。しかもこのレポート作成、僕の大好きな仕事なんだよ。」

電話の向こうで、しばしの静寂。

「そうしてもらえるなら、本当に有り難いんだけど…。」

「引っかかってることがあるなら、何でも言ってみて。」

数秒の戸惑いを経て、アリサがこう答えます。

「あのレポートを作る能力が自分に無いことを認めてしまえば、Extinct(絶滅)の日が近いんじゃないかと不安になって。」

なるほどね。そう思うのも無理は無いな。

「あのね、チームで仕事することの価値は、それぞれの得意技を生かして全体として最大の成果を挙げることだと思うんだ。君には、無数の懸案事項を丹念に潰して行って大きなプログラムを堅実に進める能力がある。もしも財務分析が苦手なら、得意な人間に任せればいい。君はその成果を受けて、全体の最適解を導けばいいじゃない。財務分析みたいな数字扱いの仕事、五年後には大部分をAIに任せてる可能性が高いと思うよ。君が今やってることこそ、機械には出来ない分野なんじゃない?」

アリサの声に、明るさが戻ります。

「私の仕事の意義を認めてくれて、本当に有難う。シンスケがレポートを担当してくれるなら、私、やっていけそうな気がするわ。」

そこで思わず、調子に乗る私。

「ガス会社のプロジェクトでメンタル・コンスティペーションを起こしちゃったけど、これでちょっとガスをリリース出来そう?」

ガス会社とお腹のガスをかけた、英語の駄洒落。会心の一撃でした。果たしてアリサは、電話の向こうでふふふと口を閉じたまま笑います。私もムフフと笑い、笑い終わるとまだあっちで笑っていることに気づき、更に笑います。アリサの方も笑い終わった時、まだ私が笑っているのにつられ、また笑い始めます。これを三往復した後、漸く静寂。アリサが落ち着いた声で、こう言いました。

「ホントにやっとガスが出た感じよ。どうも有難う!」

 

2021年8月29日日曜日

Have no fear 恐れるな


先月末、太陽照りつける金曜の正午過ぎ。上司のセシリアと近所のショッピングモールで待ち合わせしました。数年前に私が同じ界隈に転居して以来、そのうち食事でもしようと何度か話していたのですが、ずっと企画倒れになっていたのです。そうこうしているうちにコロナでリモートワークに突入し、気がつけばぶわっとタイムワープ。七月になってワクチン接種が広まり感染者数も降下したため、ようやく実現の運びとなったランチミーティングでした。

「実は今日こうして直接会おうって誘ったのには、理由があるの。」

インドカレー店のパティオ席。パラソルの下で三種類のカレーを楽しみつつ近況報告を交わした後、セシリアが言いにくそうに切り出します。

「まだ誰にも言わないで欲しいんだけど、十月にまた大きな組織改編がありそうなのよ。」

反射的に鼻で笑い、ゆっくりと首を左右に振ってしまう私でした。はいはい、またですか。一体どれだけ組織変更にエネルギー注ぎ込めば気が済むんだよ、この会社は…。

そもそもさかのぼること2018年九月、私の属する環境部門が他のビジネスラインと袂を分かち、まるで独立国家のような体制で運営されることが決まりました。それまで同じオフィスで働いて来た別部門(交通、建築、上下水道、など)の同僚たちと異なる指揮系統で動くというのです。北米西部地区の大集会にも一応招かれはするものの、オブザーバー的な立場で出席する形になり、なんとも落ち着かない気分。ややこしいことに、わが部門も同様の地域制を採用しているため、「環境部の」北米西部地区が別に存在するという、異母兄弟同居状態。

そんな居心地の悪い状況が続いていた昨年一月、「環境部北米西部」の新体制が発表されました。サンディエゴ支社のセシリアの下でこじんまりやっていた私のプロジェクトコントロールチームは、南カリフォルニア全体を所掌することになり、チームメンバーは二倍に膨れ上がりました。更に西海岸北部をカバーしていたアリーナのチームと合体し、オレゴンのカレンが二人の上司に就任。総勢二十名超の「環境部北米西部プロジェクトコントロール・チーム」が誕生したのです。

ところがそのわずか半年後、さらなる組織改編が発表されます。今度は北米全域を跨ぎ、業種ごとに横串を刺すスタイルの組織に変更するというのです。地域ごとに人を束ねる必要性が薄れるのですから、理論上はポジションを減らすことが可能。果たして数百人がレイオフされ、上司のカレンも会社を去りました。新生プロジェクトコントロール・チームはあっけなく解体され、私のチームはセシリアの下に逆戻り。アリーナのチームは別部門に吸収されました。

そして十二月。私はPDL(プロジェクト・デリバリー・リード)という職務を引き受けます。200件を超えるプロジェクトの財務管理が主な業務ですが、プロジェクトコントロールの仕事も継続することにしたため、就任以降は「起きている時間ほぼずっと仕事」という日常が続いています。最高執行責任者であるコネティカットのジョンが事実上の上司になり、毎週厳しい要求が飛び込むようになりました。

「歳入額が全然目標に達していないぞ。何としてでも月末までに達成してくれ。」

「こんな少額のコンティンジェンシーは必要無いだろう。削除して歳入額を増やせ。」

「シンスケはPM達に甘すぎる。もっとアグレッシブになれ。ギリギリ絞り上げるんだ。」

四半期毎の財務報告は経営者の成績表みたいなものですから、ジョンにとっては理にかなったアプローチです。しかし私にしてみれば、プロジェクトやPM達を危険に陥れるような真似だけはしたくない。近視眼的で金勘定優先の指示を、唯々諾々と受け入れるわけにはいかないのです。プロジェクトにはそれぞれ細かな事情があり、PM達と深く会話して初めて得られる情報は多々あります。チームメンバー達と会ったこともなく現場の状況も知らないジョンに、二千キロの彼方からやいやい言われるたび、

「これには深いわけがありまして、カクカクシカジカ…。」

といちいち弁明する私。エクセル表に並ぶ何百件ものプロジェクトの経営評価を超高速でこなしていくジョンの目には、私がPMの立場を擁護し過ぎているように見えても不思議はありません。

「次の組織改編では、地域枠を完全に撤廃しようって動きがあるの。今の私達は南カリフォルニアを管轄してるけど。それさえ失くそうって話なの。つまり部門長という私のポジションも、あなたのPDLとしてのポジションも、どうなるか分からないのよ。だから、今からそういうケースを想定しておいて欲しいの。」

セシリアの顔に、ようやく本題に斬り込めたという安堵の表情が浮かびます。

「どうしてもPDLの仕事を続けたいというのであれば今からジョンに掛け合わないといけないけど、そういう気持ちは無いんじゃないかって推察してたの。どう?」

「ご明察。PDLのポジションは喜んで返上するし、プロジェクトコントロールの仕事に百パーセント戻れるならむしろハッピーだよ。」

「良かった。思った通りだった。」

「大体さ、ジョンの方だって僕にPDLを続けて欲しくなんてないと思うよ。彼の求めているのは、もっと従順に動いてくれるタイプの人間でしょ。」

セシリアの目に、微かに躊躇の色が差します。それから慎重に言葉を選びながら、こう言ったのでした。

「連絡や報告という面では、あまりあなたのことを高く評価していないみたいね。」

察するに、彼女はこの件で既にジョンと会話を交わしていて、私に対する不満を彼から聞かされていたのでしょう。信頼関係を築けていない相手とのコミュニケーションが円滑なわけも無く、驚くに値しないフィードバックですが、このボディブローは帰宅してからジワジワと効いて来ました。一時は会社を辞めようかと思い悩むほど追い詰められた私ですが、それでも過去半年間、「可能な限りの成果を挙げた」自負はありました。だから高く評価されて然るべきというのは、よく考えれば単なる思い上がりでしょう。ジョンの目に「いつまでも打ち解けようとしない面倒くさい男」と映っていても、文句は言えません。

本職に軸足を残したまま新たな職務を引き受けた理由は、己の剣を錆びつかせたくないという思いの他に、次の組織変更で大波を食らったとしても戻れる港を確保しておこうという、一種の保険でした。しかしそんな保険、一体どれほど有効だというのか?「新体制にシンスケのような人材は必要無い」とジョンがコメントするだけで、一発退場も充分有り得ます。本当にそうなったらどうする?息子は秋から大学三年になるんだそ。あと二年分の学費、払えるのか?

それから毎日のように夫婦で話し込み、二人でビジネスを始めてみるとか、転職の可能性を求めて知り合いに連絡取ってみるとか、アイディアを出し合うのでした。

さて今月半ば、夏休みで帰省していた息子と一緒に、オレンジ郡にあるお気に入りのベーカリーカフェBrio Brioまで出かけました。オーナー夫妻とは以前から仲良くなっており、ちょうど前日からディナーメニューをスタートしたというので駆けつけたのです。この店の食パンとバターロールは、私の生涯ダントツの美味さ。わざわざサンディエゴから長距離ドライブする価値は十二分にあります。

日本での仕事も住まいも全て清算し、背水の陣でこの店を開いた彼等は、ベーカリーを出発点にどんどんビジネスを広げて行こうと意気込んでいました。しかし出会い頭にパンデミックがやって来て開店準備は困難を極め、さらにはアルコール飲料提供のためのライセンスが何ヶ月も下りなかったり、と苦難の連続。旦那さんは過労で何キロも体重が落ちたそうなのですが、「本当に上質なものやサービスを提供すれば客は必ずやって来る」という信念を胸に懸命な努力を続けた結果、今では大評判のベーカリーになっているのです。脱サラしてアメリカで店を開くという一点だけ取っても既に想像を絶するチャレンジなのに、コロナという全く予想外の大波に立ち向かわなければならなかった彼等。それでも二人の目にはエネルギーがみなぎっていて、必ず店を成功させ、将来はこのショッピングモール全体を買い取ってみせる、と野望を語ります。

残念ながら、ディナーを提供し始めて僅か二日目ということもあり、結局この夜の来客は閉店まで我々一組のみでした。

「この状況が二週間も続いたらさすがにキツイですけど、大丈夫。必ず何とかします。」

どんなに大きな障害が立ち塞がろうともとにかく前進あるのみ、という圧倒的な「生きる力」を感じます。ふと気になって、何が彼等をここまで駆り立てているのかを質問したところ、

「南カリフォルニアに住みたかったんですよ。それだけ。」

と笑うご主人。軽く頭を殴られたような衝撃を受けました。こんなシンプルなモチベーションを発射台にして、二人は新天地でゼロからの再スタートを切った。そうか、人間は強い意志さえあれば何でも出来るんだ。自分だって21年前にこの地を訪れた頃、何の武器も持たなかった。仕事のあてもなく二年間で貯金も尽きて、絶望的な状況だった。それでも何とか乗り切ったじゃないか。そうだ、大丈夫だ。「人はいつからでも、何者にでもなれる(中田敦彦)」。

夜のハイウェイをサンディエゴに向かって車を走らせながら、元気をくれたあの夫婦への感謝を噛みしめるのでした。

さて今週月曜の朝のこと、ボスのセシリアからメールが飛び込みます。組織改編のニュースを伝えたいので、緊急電話会議を招集するというのです。いよいよ本決まりか…。深呼吸をしてログインします。

「私が聞いていたのと、全く違う組織形態が発表されたの。環境部門は九月末に解体されて、各地域部門に吸収されることが決まったのよ。」

あろうことか、我々は三年前に逆戻りして、北米西部地区という元の鞘に収まるというのです。はぁ?なんだそれ。じゃあこの三年間は何だったんだ?安堵の前に、言いようのない憤りに襲われる私。度重なる組織変更に伴って費された、あの膨大な時間とエネルギー。理不尽に会社を追われた、優秀な社員たち。三年間に及ぶ壮大な社会実験は大失敗。「やっぱり前の組織に戻しますね、ちゃんちゃん。」って、それで済むのかよ!

翌日の火曜、ジョンがPDLを集めて緊急会議を開きます。

「みんな聞いていると思うが、九月を持ってこの組織体制は終了することになった。これまでの皆の努力には本当に感謝している。残りの期間、しっかり任務を遂行して欲しい。」

PDLが今後どうなるかについては分からない、とジョン。皆優秀だし上層部からの信頼も厚いので、次のポジションはすぐに見つかるだろう。かくいう自分は北米東部地区上下水道部長への異動が決まった、と。電話空間に静寂が訪れます。

「今更こんなこと言ったってしょうがないけど、私はこの仕事を引き受けるために、約束されてた技術畑のポジションを断ったのよ。」

と、カナダ地区を所掌するウェンディがため息まじりに呟きます。そう、PDLの多くは前回の組織改編時、技術系のキャリアと決別して経営サイドに両足を突っ込んだのです。まさかこんなにあっさりと梯子を外されるとは…。ジョン本人も、最高執行責任者というポジションがこれほど短命に終わるとは意外だったはず。そんな想像を巡らせていた矢先、彼がしっかりとした口調でウェンディにこう答えたのです。

“Have no fear. We are all valuable.”

「恐れるな。我々は皆、貴重な人材なんだ。」

うーむ、なんというハートの強さ。色々と確執はあったけれど、この人の持つ「生きる力」に、ちょっぴり感動を覚える私でした。

 

2021年6月20日日曜日

Swing of Pendulum 振り子の振動


金曜の昼。抜けるような青空の下、4S Ranchという比較的新しいニュータウンのショッピング・モールにあるイタリアンレストラン「Piacere Mio Del Sur」まで車を走らせました。私の見立てでは、サンディエゴ最高ランクの極上ピザを味わえるお店。この場所を選んだのは、懐かしい友人との再会を祝うためでした。

カリフォルニア州知事の発表により6月15日をもって飲食店の入店制限が解除され、これまで息を潜めていた市民達が、まるでマラソン大会スタートの号砲を聞いたかのように一斉に街へ溢れ出したようで、まだ正午前だというのに既にモールの飲食店エリアではそこここで行列が出来初めています。私の順番がようやく巡って来たので中を覗き込むと、家族連れを始めとした団体が十数組ものテーブル席を埋め、満面の笑顔で歓談しながらランチパーティーに興じています。イタリア語なまりの英語を喋るマスク姿の若い男性店員が、

「申し訳ないんだけど、あとはカウンター席四人分しか空いてないんです。」

と困り顔。ネットで調べた際に予約を取らないと断り書きがあったので直接来てみたんだけど、もうちょい早く集合時間をセットするんだったな、と軽く後悔。

「ここまで混むとは全然予測してなかったよ。」

と、店員が嬉しい悲鳴を上げます。まだ友達が到着してないんだと言うと、着席して飲み物でもどうぞ、と一番奥へ誘われ、足が床に届かないほどのハイスツールに腰を下ろします。忙しげにカクテルを作り続ける黒マスクの男性バーテンダーから笑顔の歓待を受け、ペリエを注文して喉を潤したところ、背後から白人の大男が現れました。

「ヘイ、マイフレンド!久しぶり!」

そう、この日は数ヶ月前に転職して行った元同僚ディックとのランチだったのです。野球帽からはみ出して襟元にかかる栗毛色の長髪、そして無精髭。かつてはすっきりと締まっていた腹部も、半袖シャツ越しに見事な隆起を見せています。長期の在宅勤務で運動不足だったことは一目瞭然ですが、眼光にはエネルギーが漲っていて、再会の喜びは即座に確認出来ました。カラヴァッジオ・ピザとラム肉のパッパルデッレを注文し、限られた昼食時間を有効に使おうと矢継ぎ早に質問する私。

家族は皆元気なこと、リモートワークが続いていて転職以来一度も自分のオフィスに足を踏み入れていないこと、しかしストレスは激減したこと、同僚たちの真摯な気遣いを度々感じること、チームワークが良く個々のモチベーションも高いためか、プロポーザル競争での戦績が驚くほど良いこと。

「クライアントもさ、うちのチームの結束力を感じ取るみたいなんだ。ただ単にエキスパートを沢山揃えてますよ、と売り込むのと違って、このチームに任せれば大丈夫だという安心感を与えられてる。これは転職してすごく感じてることなんだ。」

とディック。それは素晴らしいね、と私。うちの会社は顧客より明らかに株主の満足を優先しているし、社員の多くはいつ辞めさせられるかとストレスを溜めており、その前にとっとと転職しちまおうかと悩む者も少なくない。そんな環境で結束の固いチームを作るなど至難の業です。対してディックの転職先では社員の自主性が尊ばれていて、皆がのびのびと働いているとのこと。

「色々振り返ってみて思うんだけどさ、」

とディックが最適な表現を探そうと宙を見つめて暫し沈黙します。

“It’s like a swing of pendulum.”

「ペンジュラムのスイングみたいなものだ。」

Pendulum というのは振り子のことですが、彼が何を言いたいのか飲み込めず、続きを待ちます。

「トップが変わる度に、会社の方針や組織体制がガラリと180度変わって来ただろう。冷静に考えると、それは必要に迫られてではなく、ただ単に前任者のやり方を否定して新しさを打ち出したいだけの話じゃないかと思うんだよ。大きいことは良いことだ、と言わんばかりに果敢な吸収合併を押し進めたと思ったら、次の代では贅肉を削りまくれと極端なリストラに走ってさ。とにかく前体制を全否定することから新政権がスタートするから、うまく機能していたやり方でさえ、お構いなく嵐のように吹き飛ばして行く。我々末端社員に出来ることは、次の大幅改革とやらが到来するまで頭を低くしてやり過ごすくらいさ。」

つまりディックが言いたかったのは、こういうことですね。

“It’s like a swing of pendulum.”

「まるで振り子の振動みたいなものだ。」

昨年秋の組織改編で私の身の周りに起こった変化も、まさに180度の方向転換でした。西海岸をひとつのブロックとして経営すること、プロジェクト・コントロール部門を一枚岩にし、PM達とパートナーシップを組んで経営改善に望むこと。そういう方針で仕事を進めていたのに、突如東海岸チームがカナダを含めた北米全体の経営指揮権を得て、プロジェクト・コントロール部門はあわや解体の危機に。何とか存続はしたものの、弱体化は誰の目にも明らか。PM達はマイクロ・マネージされ、これまで四半期ごとだった経営状況のチェックも毎月に頻度が上がりました。

PM達が何よりフラストレーションを訴えるのは、自分のプロジェクトの背景をよく知らない遠く離れた連中が、データだけ見て「問題の可能性」を指摘し、「今すぐ解決案を策定しようじゃないか。我々に出来ることは無いか。」と干渉して来ること。そもそもエクセル表に現れたデータはプロジェクトの状況を正しく反映していないことが多く、数字に表せない特殊事情を色々学んで初めて理解出来るケースがしばしばなのです。大勢で寄ってたかって解決すべき問題などそもそも存在しないのだと上層部に納得させるのは時間と労力の無駄であり、有難迷惑でしか無い。地域ごとにマネジメントが任されていた頃は良かった、と。

プロジェクトの問題を発見し解決するのはPM(とそのパートナーであるプロジェクト・コントロール)であり、彼らの自主性を重んじた上で必要に応じ上層部が手を差し伸べる、というのが私が理想とする組織運営です。これに対し新体制は、上層部が監視の目を光らせ、PM達が気づく前に問題の可能性を察知しズカズカと介入する、という流儀。

経営改善のプレッシャーは必要ですが、双方向の信頼関係も極めて重要です。ある程度の自由裁量を与えられている代わりに責任も負っているという自覚があるからこそ、PM達は自信を持って働けるのだと思います。新体制のやり方に適応しつつも、その思想に染まることは避けよう、いずれ振り子は逆に振れるのだから…。そう自分に言い聞かせる私でした。

「結局さ、信頼の欠如に気づいたPM達はやる気を失って行くんだよな。」

とディックが力なく笑います。転職前の彼は、まさにそういう心境だったのでしょう。

彼のこの表情を目にした時、つい最近体験したある出来事を思い出しました。

毎朝一万歩のウォーキングを日課としている私は、薄曇りの早朝、ガランとした住宅街の大通りを軽快に進んでいました。何か前方の景色に違和感を覚えて目を凝らすと、交差点の手前で道の真ん中にSUVが停まっており、運転手らしき若い男性が降りて大声で誰かに呼びかけています。近づいて行くうちに、もう一台、逆向きのSUVが歩道の植え込みに乗り上げ、電信柱の手前でストップしているのが目に入りました。そしてようやく、その左前輪のタイヤがバーストして跡形もなくなっていること、運転席のドアは開いており、車内は無人であることに気付きます。

車道に立って声を上げている男性の視線の先を見ると、痩せた人物が、こちらに背を向けて遠くをよろよろと歩いています。どうしたのかと尋ねると、

「車がこんなことになってるのに、運転手がどんどん向こうに歩いて行っちゃうんだ。心配になって声をかけたんだけど、立ち止まってもくれないんだよ。」

もう一度遠くに目をやると、その人物が突然振り返り、こちらに向かって何か言い始めました。どうやらかなり高齢な人物で、その歩き方から、頭を打って朦朧としているか、どこか怪我をしているかが疑われます。

「どうしよう。俺、もう行かなくちゃいけないんだ。」

と腕時計に目をやる男性に、

「あとは僕に任せて。もう行っていいから。」

と言い、急いで老人の後を追いかけました。

「大丈夫ですか。お怪我はありませんか。」

近寄ってみると、枯れ木のように痩せた白人男性。八十代後半でしょうか。声帯の手術を経験した人のようで、ほとんど声が出ていません。耳を近づけてみると、

「大丈夫。怪我はしてない。」

と答えていることが分かりました。

「どこへ行こうっていうんです?あれはあなたの車ですよね。」

「パンクしたんだ。今から家へ帰らないと。」

「ご自宅は近いんですか?」

「いや、遠い。」

「どなたかご自宅にいらっしゃるのですか?連絡出来ますか?」

「一人暮らしだ。電話は家に置いてある。帰宅すれば連絡する相手はいる。とにかく家に帰らなきゃいかん。」

やれやれ、電話も持たずに外出したのかよ。

「あまり動かない方がいいと思いますよ。頭を打ってるかもしれないし。」

「打ってない。大丈夫。とにかく誰かに家まで送ってもらえさえすれば何とかなるんだ。」

「私は今ウォーキングの最中なので、お送り出来ないんです。一旦車のところまで戻りませんか。」

連れ立ってゆっくりと今来た道を戻り、二人で故障車をしげしげと眺めます。左前輪が大破してはいるものの、よく見ると電信柱の数センチ手前で止まっており、衝突の形跡は無い。歩道に乗り上げてはいるものの、大きな交通の邪魔にもなっていない。確かにこの老人が言う通り、一旦家に戻って電話でレッカー車を手配すれば解決出来るケースのようです。後は彼がどうやって自宅まで辿り着くか、ですね。この人のためにウーバーを呼んであげるべきか。でも、どうやって料金を精算すればいいのか?いや、一旦我が家へ帰って車でここまで戻るか。そうすると彼を15分ほど待たせることになる。そりゃ良くないな…。そうして頭が問題解決モードに突入したその時、サイレンの音が聞こえて来ました。角を曲がってサンディエゴ市警のパトカーが目の前に現れるのと同時に、老人が弱々しい声でつぶやいたのでした。

“Oh boy.”

「マジかよ。」

恐らく一部始終を目撃していた近所の人が、警察に電話したのでしょう。事故車の後方で停車したパトカーから、筋肉隆々の若い警官が二人降り立ちます。何とかおおごとにせぬようもがいた老人が、寄ってたかって問題解決を図ろうと張り切る人々の前に屈する、という皮肉な結末。

「あ、私は単なる通りすがりの者でして…。」

とプロ達に後を任せ、そそくさと立ち去る私でした。

 

2021年1月17日日曜日

Water Cooler Moment ウォータークーラー・モーメント


東海岸のパットとは、数年前から時々電話で連絡し合う仲。一度も対面したことが無いにもかかわらず、いつの間にかまるで数十年来の仲間のように忌憚なく物が言える関係になっていました。そもそも彼女が本社副社長として転職して来たのは、我社にプロジェクトコントロール部門を立ち上げて技術標準やトレーニングプログラムを作ってくれ、と当時の上席役員ボブに口説かれてのことでした。ところがそのボブがあっけなく解雇され、更に立て続けに起こった政変の煽りを受け、今や一人の部下も持たず孤軍奮闘。その境遇は(職階の差こそあれ)私のそれと似ており、何かバーチャルで「同じ釜の飯を食っている」ような親近感が湧くのですね。

そんなパットと先月中旬、久しぶりに近況報告会をしました。激動を続ける環境下、何とか健康に暮らしていること。理解ある伴侶のお陰でメンタル面も良好なこと。コロナ対応や大統領選を巡るニュースを見ていて、アメリカ国民のレベルの低さに嫌悪と幻滅を禁じ得ないこと。外国への移住を半ば本気で考え始めたこと。いちいち意見が一致するので、二人で大笑いしてしまいました。

「夫がね、カナダに引っ越そうかって言うの。安直に物を考えてすぐ口に出すのは私達アメリカ人の悪い癖よ、それこそ傲慢な国民性の現れじゃない、って釘を差したのよ。大体こっちがそうしたくたって、きっとカナダの方でアメリカ人はお断りって突っぱねて来るわよって。そしたら夫が真面目な顔で驚いて、確かにそうだなあって…。」

話題は、リモートワークの影響に移ります。社員同士の会話の中身が仕事関係の連絡や報告だけになりつつある。これは長い目で見ると深刻な問題だ。オフィスで顔を合わせていれば、自然と無駄話が増えてくる。実はその無駄話こそが、創造性の源なのだ。誰かの何気ない一言が脳を刺激して、自分だけでは到底思いつかないようなアイディアや行動に繋がる。職場に大勢集まることの真の価値はそこにある、と。

「ちょっと前に、ビジネス改善イノベーションとか何とかいう社内コンテストがあったじゃない。私、応募しかけたのよ。そしたら何ページも細々と記入しなきゃいけない書類が送られて来て、これこそイノベーションを阻む元凶じゃない、と呆れて止めちゃったのね。」

その時パットが提出しようと思っていたアイディアが、Virtual Water Cooler (バーチャル・ウォータークーラー)だとのこと。

「ほら、昔はどこのオフィスにも、冷たい飲料水を出す装置があったじゃない。みんなランダムにやって来て、水汲みがてらお喋りして。そういう場をね、バーチャル空間で作れないかしら、と思ったのよ。」

パットとの不定期電話連絡会は通常45分間としてあるのですが、次の発言は残りあと三分というタイミングで飛び出したのでした。

「私の今のキャリアだって、元はと言えばウォータークーラーでの同僚の一言から始まったんだから。」

こんなエピソードを聞いておいて、すんなり電話を切るわけにはいきません。

「ちょ、ちょっと待って。それ、どんな言葉だったの?」

「え?あ、そうね。う~ん、あと三分で話せるかしら。時間大丈夫?」

およそ35年前の話。大手エンジニアリング・ファームに就職した新婚ホヤホヤの彼女は、ボストンのオフィスで事務員として働いていました。さすがのアメリカでも当時は女性が技術屋として活躍することが難しく、もっとやりがいのある仕事がしたい、どこかにチャンスは無いものか、と欲求不満を溜め込んでいたパット。そんなある日、ウォータークーラーへ水を汲みに行った際、顔は知っているけど名前はちょっと、という程度の同僚と立ち話になりました。もうすぐ転職するというこの男、自分が関わっているオハイオ州の原発設計プロジェクトについて暫く語った後、興奮を顕にした彼女に気づき、シンシナティ支社で人を募集しているらしいよ、興味があるなら、とメモ用紙に連絡先を書いて渡してくれたのです。

メモ用紙を手にデスクに戻って暫く考え込み、それから勇気を出して受話器を取ります。何人かとやりとりした後、ようやくプロジェクトマネジャーとの電話面接をセットしてもらいました。そしてインタビュー当日。相手は良い人っぽいのですが、女性の採用は鼻っから想定していなかったらしく、通り一遍の質問の後、「後日連絡する」と素っ気なくあしらわれてしまったのです。どう考えても不合格だわ、と気落ちして帰宅。ご主人に顛末を話したところ、彼がこんな入れ知恵をします。

「たまたま翌週、夫婦でバケーションを過ごすためにシンシナティを訪れる予定だったので、ご都合が合うようだったらランチを一緒にどうですか、と申し入れてみたらってね。」

シンシナティみたいに退屈な街を観光しようなどという物好きな人間はいないので、嘘はバレバレだった、というのが笑いのポイントだったようなのですが、そういうジョークが分からない私は、このボケをあっさりスルー。

「で、そこで直接PMと会って意気投合して、転属が決まったの。夫と一緒にボストンから引っ越して、この現場でプロジェクトコントロールのイロハを覚えたわ。数年後に終結したそのプロジェクトは会社史上稀に見る大成功を収めて、メンバー全員、各支社から引く手あまた。私も以後、次から次へと大きなプロジェクトを渡り歩いて実績を積むことが出来たの。今ここでこうしていられるのは、そもそも今じゃ名前も思い出せない同僚のWater Cooler Moment(ウォータークーラーでの無駄話)がきっかけだって話。」

なるほど、そいつは凄い。引っ越しも厭わず妻の転勤をサポートした旦那さんの存在も無視できない要素ではありますが、ウォータークーラー・モーメントの価値を実証する印象的なストーリーでした。結局予定を三十分もオーバーして電話を切った私ですが、この時ハッと我に返るのでした。

自宅勤務が一年近く続いているものの、通常通り仕事は出来ているし給料も順調に振り込まれている。以前よりむしろ健康ですらある。でもずっと何かが決定的に欠けている気がしていた。実はそれが、「無駄話」をする機会の喪失だったんだ。職場のキッチンやランチルームで同僚たちと交わす何気ない会話。それがあまりにも刺激的で、ワクワクしながらオフィスに向かっていた毎日。コロナで世界が一変した後、ブログを書く気すら失せてくすぶり続けていたのは、暗いニュースのせいなんかじゃなく、単に日々の無駄話が激減したからなんだ、とあらためて気づくのでした(よく考えてみたらこのブログ、そもそもネタ元はほぼ全部無駄話じゃん…)。

協議事項満載の電話会議でバタバタとスケジュールが埋まってしまいがちな昨今、偶然出くわした同僚と下らないやり取りをするなんて、まず実現不可能です。バーチャル・ウォータークーラーの成功は、「偶発性」という要素が最大の鍵。会社が効率向上を最優先事項のひとつに掲げている今、たとえトップダウンで導入したとしても、全社的な施行にまでは至らず忘れ去られることでしょう。

そこで私が提唱したい代替案は、無駄話を誘発するため同僚との電話会議を午後4時半頃セットすること。この時間になると誰もが疲労して頭も鈍くなり、5時を回った頃には集中力が切れてきます。そこですかさず業務上の話題は締めくくり、ところで最近どうしてる?なんて切り出すのです。リモートワーカーは帰り道を急ぐ必要もないので、いやあ、こないださあ、なんていう力の抜けた会話が始まるのですね。

これに気づいたのが、カマリオ支社のPMブレンダと夕暮れ時に話した時でした。過去一年半近く彼女のプロジェクトをサポートして来たのですが、財務管理ばかりに集中していたため、それまで技術的な内容に触れたことはありませんでした。しかしこの日午後五時を回った時、ふと仕事の中身を掘り下げて説明してもらったのです。

ロサンゼルスエリアで70年以上前に埋められた工場廃棄物による地下水汚染の対策がこのプロジェクトの目的で、人員整理で会社を追われた前のPMから引き継いだブレンダは、それまで技術チームの一員として活躍していました。

「第二次大戦中、兵器を大量生産した際に出た有害な物質が、地中にじゃんじゃん投棄されたのよ。」

同じ課題は全米中にゴロゴロしていて、彼女の担当プロジェクトはそのほんの一部を担っているに過ぎないとのこと。

「当時は将来の環境汚染なんて考える余裕が無かったんだろうね。戦争が終わって経済が回復し、暮らしが豊かになって初めて対策に乗り出す。人間って本当に愚かだよね。」

衣食足りて礼節を知る、という言葉があるけれど、そのポイントを経てようやく長期的視野を持てるようになるのでしょう。

「この手のプロジェクトって、今後アフリカとか中国とかで山程必要になって来るんだろうね。この分野の技術者は引く手あまたって状態が、当分続く気がするな。」

私のこの発言が導火線になり、ブレンダの壮大な「無駄話」がスタートしたのでした。

環境対策のプロジェクトに予算を回す余裕が出来るのは、コミュニティがある程度の豊かさを獲得してからのこと。世界中の多くの国はいまだに底辺の「サバイバル・モード」でもがいている。環境に関心を示すレベルに至る目処すら立たない国はいくらでもある、と。

数年前から西アフリカ地方のドラムとダンスにハマってサンタ・バーバラのダンスクラブに所属している彼女は、クラブ活動の一環で、過去アフリカ諸国を何カ国も訪問して来た。そのたびに大きなショックを受けている。

「たとえば、ギニーの野外マーケットでオレンジを買って食べるじゃない。皮を捨てようと反射的に周りを見渡すんだけど、ゴミ箱なんてあるわけないのよね。そもそもゴミ収集サービスが無いんだから。だから地面に捨てるしか無いの。心理的にはだいぶ抵抗あるんだけど、仕方ないじゃない。そこら中ゴミだらけ。ハエは飛び回ってるし、とにかく不潔極まりないのよ。飲み水を手に入れることすらかなりの難題でね。道路はほとんど舗装されてないし、走ってる車は信じられないくらいのポンコツだらけ。隣町の目的地まで移動するのに14時間。途中で車がエンコして何時間も助けを待ったりしてね。」

現地でドラムを教えてくれたギニー人と友達になり、彼の生活ぶりを聞いたところ、15人家族が食べていくことの大変さを語ってくれたそうです。

「ショックなのはね、百米ドル(約一万円)あれば15人が一ヶ月食べていけるっていうことなの。栄養失調との戦いに家族が勝つのに、たったそれっぽっちのお金で済むっていうのに。」

それ以来、友情と感謝の印として、毎月百ドル送金しているというブレンダ。

「私だって格別高給取りってわけじゃないけど、外食とかちょっと控えるだけで月百ドルくらいの余裕は出るでしょ。それであの家族が救えるんなら、安いものよ。」

気がついたらもうすっかり日は落ちて、私の部屋も暗くなっていました。ブレンダとの電話を切ったのは、6時過ぎ。なんとも長大な無駄話でしたが、私の心は暫く大きく揺さぶられていたのでした。コロナとリストラの煽りを受けて目が回るほど忙しく、自分だっていつ職を失うかも知れないストレスフルな状況で、地球の裏側でたった一度だけ会った人とその家族をサポートしているブレンダ。こんな素敵なこと、僕に出来るだろうか…?

ウォータークーラーの無駄話というのは、水面にポトリと落ちる水滴みたいなもの。そこから広がる波紋の持つ振動数がもしも聞き手の固有振動数と一致すれば、共振現象が起きる。聞き手の心の揺れを増大させ、その後の言動に確実な変化を与える。その人が別の人に無駄話をし、更に共振が起き、と連鎖が広がる。そうしてじわりじわりと世界が変わって行く。世の中って、案外そういう感じで動いてるのかもしれないな、と思うのでした。

さて翌朝、いつものように夜明け前に家を出て、1万歩ウォーキングに向かいます。中央分離帯にユーカリプタスの巨木が連なる片側二車線の大通り沿いを、快調に十分ほど進んだ時でした。暗闇の中、遥か前方の中央分離帯十メートル以上上方から、何か人間のような輪郭の大きな影がすっと落下し、向かい側の車道上に「カツーン」と乾いた音を響かせたのです。そのまま歩みを進めて行くと、後方から走行して来た車が次々と急ブレーキをかけ、ゆっくりとその落下物を迂回して行くのが見えました。気がつくと、私は車道を横切り、問題の地点に小走りで向かっていました。暗い中央分離帯を越えて目を凝らすと、どこか人間の身体つきに似たユーカリの大枝が、まるでたちの悪い酔っ払いのように、二車線を跨ぐ格好で横たわっています。急いで左右を確認すると、車道に降りて両手で枝の両脇を抱え、まるで気絶した人を引き摺るように中央分離帯まで移動させたのでした。よし、これで誰も下らない事故に巻き込まれずに済むぞ、とすっきりした気分でウォーキングに戻った私。

「へえ、すごくいい一日の始まりになったじゃない。」

午後になって妻と買い物に出かけた際にこのエピソードを語ったところ、彼女が感心してくれました。前日にブレンダから聞いたアフリカの話に触発されたことも話し、

「もしも昨日あの話を聞いてなかったら、今朝あんなにフットワーク軽く動けなかったかもな、と思うんだ。」

とウォータークーラー・モーメントの効果についてしみじみ語る私。

その日はトレーダージョーズ(TJ)で生鮮食品ショッピングの後、ウェストビーンズ・コーヒーに寄って焙煎ホヤホヤのフレンチローストを買う、という段取りになっていたのですが、TJのレジに並んでいた時、

「先に駐車場行っててくれる?トイレに行っときたいから。」

と妻。オッケー、じゃあ荷物積み込んで待ってるね、と私。運転席でスマホをいじっていたところ、間もなく戻ってきた彼女が、

「駄目だった。トイレはコーヒー屋で。」

と言うので、あれ?閉まってたの?と尋ねる私。

「違うの。前の人がね、信じられないくらい巨大なのを残して行ったの。」

「え?流せばいいじゃん。」

「一回は流そうとしたわよ。でも、びくともしないんだもの。」

「器具とか使って動かせなかったの?」

「なんで私がそこまでしなきゃいけないのよ?」

いや、次に入った人のためにさ、と言おうとして思いとどまる私。

「で?どうしたの?」

「レジの人に報告しといた。」

ブレンダのウォータークーラー・モーメントからスタートした共振現象の連鎖は、この「水に流せない」話であっけなくその終焉を迎えたのでした。 

2020年12月20日日曜日

Throw your hat in the ring リングに帽子を投げ入れる


先週日曜、久しぶりに夫婦でオレンジ郡まで遠出しました。日本人が経営するお気に入りパン屋二軒のはしご。途中給油のために高速を降りた時、コロラドの大学寮にいる19歳の息子から電話が入ります。大体予測はついていたのですが、またしても「どうしようもなく他愛のない」用件でした。

「あのさ、キョウジって何?」

「は?」

彼が最近ハマっている漫画のひとつに「呪術廻戦」という作品があるのですが、呪いだとか霊だとかの異世界が舞台なせいか、レアで古風な漢字や四字熟語がセリフの中で乱発されるのです。難解なワードが出てくる度に、自分で調べもせず電話して来る息子。

「ホコっていう偏にイマっていう字なんだけど。」

「ああ、その矜持ね。」

「何それ?わたし知らない。」

と横からスピーカーフォンに答える妻。

「現代人が使わなくなってる単語だよ。武士の世界で好まれた表現だと思うな。自分自身の能力に対する強い信念のことだと記憶してるけど。」

「へえ、いいねえ。僕、この言葉これから使って行こうっと!ありがと!」

スッキリした声で軽快に会話を締めくくる息子。

矜持か…。確かにクールなワードだなあ。きっと漫画のクライマックスで主人公の吹き出しの中、特大フォントで使われていたのでしょう。「ここ、恐らくグッと来るはずのシーンなんだよな。ああ、でも意味が分かんない!」とフラストレーションをためての電話だったんだな、と可笑しくなりました。

「こういうのって、英語の会話でもしょっちゅうあるよね。」

給油を終えて高速道路のランプに向かいながら、妻と頷きあう私でした。

キメのセリフの終盤に初耳の単語やフレーズをぶち込んできて、こちらの反応を待つアメリカ人。え?今言われたこと、全然理解出来ないんだけど。一体何を伝えたかったんだろう?いかん、考えているうちに沈黙の時間が長引いているぞ。このまま黙っていると、まるでどう答えようか悩んでいるんだと勘違いされちゃうじゃんか。いやいや、こっちはそもそも聞かれたことの意味が分かってないんだよ。やばい、そうこうしているうちに、質問の意味を聞き直すタイミングも逃しちまった。相手は辛抱強くリアクションを待ってるぞ。まずいぞ、どうしよう?ってな感じです。

つい数週間前も、こんな経験がありました。

9月に大規模な組織改編があり、上司だったカレンを含む中間管理層の多くが解雇された他、首を傾げたくなるような無差別殺戮が繰り広げられました。私が所属していた環境部門の西海岸地区は北米大陸全域に吸収され、トップの座は東海岸のリーダー達が占めることに。まるで戦国時代のように、仁義なきパワーゲームの展開です。

カレンの下、一度は正式に組織化されたプロジェクトコントロール・グループは二分され、私のチームはセシリアの指揮する南カリフォルニア部に吸収されました。新組織のトップ達はプロジェクトコントロールという専門性の価値を理解しているとは思えず、組織図にはその名称すら挙がる気配がありません。そんな中、東海岸の新リーダーからこんな発表がありました。

Project Delivery Lead(プロジェクト・デリバリー・リード)というポジションを作ります。このPDLは地域ごとに選出され、数百のプロジェクトのApprover(承認者)となって組織のリスクマネジメントを担います。プロジェクトマネジメントに精通していて、財務部門にも明るい人が最適です。希望者は応募して下さい。」

最初のリアクションは、「はあ?」でした。そんな役職が必要なら、そもそもなんであれほど優秀な管理職達をごっそり解雇したんだよ?ふざけんな!と。ところが日を追うごとに周囲の人々が、この件に対する私のリアクションに関心を示し始めたのです。シンスケが適任だろう、なんで彼は手を挙げないんだ?と。上司のセシリアには包み隠さず打ち明けました。

「こんな役職についたら、うちのチームメンバー達はがっかりすると思うよ。これまで体制の圧力に与することなくプロジェクトマネジャー達のサポートに徹して来たのに、リーダーの僕が体制側に回るとなれば、裏切りと取られるでしょ。それにこのポジションは間違いなく解雇対象予備軍だから、数年後の組織改編であっけなく首切られるのがオチだね。」

「わかるけど、あなた以外にこの仕事が務まる人はいないでしょ。よく考えて欲しいの。」

そして一ヶ月、二ヶ月と経過していくうち、どうやら南カリフォルニア地域ではまだPDLのポジションが埋まっていないことが分かって来ました。ところが何故か、PDLが対象と思われる電話会議に招待され始めたのです。くそ、外堀から埋めて行こうという作戦だな…。その手に乗るか!

そんな中、セシリアから電話がありました。大ボスのテリーが心配している、というのです。もしもシンスケがこのまま沈黙を続ければ、全くの「よそ者」社員がうちのエリアのPDLに収まり兼ねない。そうなれば、厳しい運営を迫られる可能性が高い、と。プロジェクトコントロール・チームの生殺与奪権すら、その「よそ者」に委ねることになる。それでいいのか?ここは腹を括って踏み出す時じゃないのか?と。

あとでテリーからも直接電話がありました。チームを守りたい気持ちがあるのなら、承認する側に立つ必要がある。反体制を気取って戦っていれば気分は良いかも知れないけど、所詮、野党は野党。与党でいなければコントロール権は無い。チームを守ろうともがいても、その力があなたには与えられていないのだから…。

セシリアの決め台詞は、そんな文脈で飛び出したのでした。

“So, are you throwing your hat in the ring?”

「で、帽子をリングに投げ入れるつもり?」

ぐっと詰まる私。判断に迷ってではなく、質問の意味が分からず途方に暮れて。リング?輪っかのことか?指輪か?それともボクシングのリングか?帽子を投げ入れる?これってタオルを投げ入れるのと同じかな?だとすると、負けを認めるって話だよな。つまり、これだけヤイヤイ言われても戦う気にならないのか、と詰られているのかも…。いかん、このまま電話の相手を待たせれば、こちらの意図が疑われる!意を決して尋ねる私。

「ごめんセシリア。今のフレーズ、初耳なんだ。どういう意味なの?」

アハハ、と笑い出したセシリアでしたが、

「あ、そうなの?ごめんなさいね。」

と解説を始めてくれました。後で詳しく調べた結果と合わせると、こういういうことになります。

かつてボクシングの試合の後、観客の中から次の挑戦者が名乗りを上げる場合、被っていた帽子をリングに投げ入れる習慣があった。これが転じて、「立候補する」とか「出馬する」という意味で使われるようになった。

“So, are you throwing your hat in the ring?”

「で、立候補する気になった?」

ちょっと考えさせて欲しい、と時間をもらった後、妻にも意見を聞いてみました。

「もしも日本でお勤めしてたら、そういう役職についていてもおかしくない年齢でしょ。やってみたら?」

先週半ば、正式に新役職の発表があり、私は南カリフォルニアの280件を超えるプロジェクトのリスクマネジメントを任されることになったのでした。意外にもチームメンバー達はこの件について皆ポジティブに捉えてくれたようで、

「プロジェクトマネジャー達だって皆シンスケのこと信頼してるから、きっとすごくうまく行くわ!」

と応援してくれるのでした。

新しい仕事に移る際には必ず経験することですが、現職の引き継ぎをしながら新たな職務をスタートするため、数週間は激務に苦しむことになります。今週もそうでした。猛スピードで襲いかかってくる敵をバッタバッタと切り倒している(気分の)うちに目眩までして来ました。

火曜日の夕方、プロジェクトコントロール仲間で別部門の北米西部地区を担当していたモリーと数カ月ぶりに近況連絡会をしました。なんと、彼女の周りでは環境部門のそれを遥かに超える大鉈が振るわれたのだそうです。部門長に就任したばかりの人物が解雇宣告を受け、プロジェクトコントロール部門は木っ端微塵に解体されてメンバーたちはそれぞれ移籍先を探す羽目になったのだと。モリーも古巣のプログラムマネジメント部門に舞い戻ることを決めたのですが、今も最終的な落ち着き先は決まっていないとのこと。

暫く後になってみないと私の決断が正しかったのかどうかは分からないでしょうが、とりあえずチームともども生き延びたことを、モリーは喜んでくれました。

さて木曜日には、冬休みに入った息子がサンディエゴに戻って来ました。帰宅していきなり、

「進撃の巨人アニメのシーズン2を一緒に観ようよ!」

と誘ってきます。いやいや、こっちは激務でクタクタだよ。無理無理。え~?せっかく一人息子が帰ってきたっていうのに?と責める19歳。

「進撃の巨人ってさ、無表情な巨人たちに人間がムシャムシャ食べられちゃうでしょ。うちの会社でも、周りで優秀な人達がリアルに大勢消えて行ってるんだよ。これ以上残酷な話を聞かされたくないんだよね。」

と力無くベッドに横たわる父親に、「いいから一緒に観ようよ、面白いよ。」となおもすがる、180センチ超えの筋肉男。

「こっちは君の学費を稼ぐために、日々労働に明け暮れてんだ。少しはいたわってくれてもいいんじゃないか?」

Stop the guilt trip(罪悪感を植え付けようとするのはやめてよ)!」

そう言い返した後、なんとこの巨人、私の右脚の膝小僧の下あたりにガブリと噛み付いたのです。

「イテテテ!何してんだよ、おい!」

と半ば本気で怒る私。すると彼は笑いながら上体を起こし、こう言い放ったのです。

「スネ、かじってんの!」

おお、なかなかの日本語力じゃんか。ちょっと感心したぞ。

 

2020年10月11日日曜日

I’ve got the brawn. 俺はブロン派。


「正直に言うね。これじゃ全然弱いよ。大幅に修正する必要がある。」

先日、部下のテイラーとの電話会議中、たまらず本音を告げた私でした。

「君のやって来たことのインパクトのデカさが、なあ~んも伝わって来ないんだよね。」

議論の対象は、彼女が年度末に書き上げた自己業績評価。会社の年度は十月にスタートするので、先月が2020年度末だったのです。社員はそれぞれ、オンラインシステムに自分の仕事の成果や成長について記載し提出。これを上司が評価して採点する、という仕組みになっているのですが、私は何年も前から自分のチームメンバーと、原稿の段階で議論するようにしています。というのも、彼女たちが自分の業績を過小評価する傾向があることに気づいたから。

「たとえばさ、君はついこないだプロジェクトマネージャーになることを求められただろ。入社三年で。しかもそのプロジェクトをこれまで担当してた人は、かなりのベテランだ。それをまるで普通のことみたいに書いちゃってる。結局PM資格は棚上げになってしまって、それを残念な事件みたいに描写してるけど、何故却下されたかと言えば、ただ単に早すぎたからだろ。これほどの短期間でPMに推された人はかつて存在しなかったし、会社が規定する昇格プロセスを経ていないからというだけの理由で受け入れられなかった。裏を返せば、これは前代未聞の大抜擢だったんだよ。そのことに触れないで淡々と次の段落へ進んじゃってるんだからなあ、もう。もどかしいにも程があるよ。」

「なるほど。本当にそうですね。学生時代に訓練された文章の書き方が染み付いてるみたいで、どうしても淡白になっちゃうんです。書き直します。」

言いたいことは躊躇なく口に出すし、行動は時に過激。自己肯定感が強く、若造でも構わず公の場でガンガン自己アピールする。渡米五年目くらいまで、それが私にとってのアメリカ人のイメージでした。しかしそのうち段々と、そうでもないタイプの知り合いや同僚が現れ、これは考えていたよりちょっと複雑だぞ、と気づき始めます。自分のチームを持つようになり、しかも採用時には注意深く人となりを審査していることも手伝ってか、こちらが戸惑うくらい謙虚な人間に取り巻かれることが増えたのでした。

チームメンバー達が慎ましく腰が低いことには何の不満も無いのだけれど、年一回のこの自己業績評価においては、少しばかり態度をあらためてもらわなければならない、というのが私の主張。公式文書として残るものであり、それが独り歩きした時に微妙なニュアンスは霧消する。この文書が会社の決裁ルートを上って行き、それをベースに彼女たちの報酬を最終決定する人たちは、当人たちと面識すら無いことがほとんど。であれば、この際謙遜はマイナスでしか無い。冷静に過去一年を振り返り、自分の成長や貢献度を出来るだけ正確に描写することが、極めて重要なのです。

更にこのプロセスを通し、彼女たちが自分の仕事の価値を再確認し、自信を高めてくれたらいいな、というのも私の狙いです。たとえ「いや給料もらってますし、これが私の仕事ですから」という日常であっても、過去12ヶ月間を丁寧に振り返ってみると、「あの時かなり悩んだ末に、こんな決断をした。その結果、自分の役割も責任も大きく膨らんでしんどくなったけど、プロジェクトにこういう変化がもたらされた。後から考えれば深刻な損失が出てもおかしくなかった大ピンチを、すんでのところで私のリーダーシップが救った。」そう言えるような転機がいくつかあるものなのです。それをひとつひとつ思い出して記録するうち、まるで赤ん坊がハイハイした、最初の言葉を発した、立ち上がった、というような具体的な成長の記憶が脳に刻まれ、自己肯定感が高まるのですね。

先週は、カマリロ支社にいる部下のケリーと電話。彼女の自己業績評価レビューをしました。

「ただでさえ忙しいさなかに、君は自ら手を上げて新PMツールのスーパーユーザーに立候補したんだぜ。せっせとトレーニングを受けに出張したりしてさ。その努力によって数多くのPM達が助けられた。どうしてそれを書かないかな?」

「あ、そうね。確かに。それを特別な貢献だとは、正直思ってなかったかも。」

「特別なんだよ。毎日決まってやってる仕事以外、全て特別だし、自分の意思でコンフォートゾーンを踏み出した時というのは、まず間違いなく成長してるんだ。それをちゃんと拾い上げてやらなかったら、自分が可哀想じゃないか。」

ここでケリーに、長い間私は、アメリカ人というのはみな押し出しが強く、自分を本物以上に大きく見せる術に長けている人たちというイメージを抱いていたことを告げました。だからこうしてチームメンバー達と喋ると、あまりの慎み深さに拍子抜けする、と。

「アメリカ人のほとんどは謙虚だと思うな。映画や政治ニュースに登場する人達が、むしろ異常なのよ。少なくとも私の周りには、そんな自惚れ屋いないもの。」

人種のるつぼと称されるような国なので、そもそも「アメリカ人は」という括りで語ること自体にあまり意味は無いのかもしれないけど、私にとってこの気付きは、アメリカ映画に夢中だった若い頃の自分に伝えてやりたくなるような驚きなのでした。

さて先週の金曜日、モハビ砂漠の真ん中に建つ刑務所の改築プロジェクトを担当するPMのブレットと電話会議がありました。マイクロソフト・ティームズを使って画面を共有し、エクセルで作ったスタッフプランをレビューします。タスクごとに担当者の計画労働時間を打ち込んで行くと同時に、利益率の変化をチェックします。巨大なスプレッドシートを巧みに操る私に、

「シンスケ、君はホントにすごいなあ。俺はこんな仕事、絶対やりたくないよ。」

と感嘆するブレット。毎日のように摂氏40度を超える現場に出かけている彼の方がよっぽどキツイ仕事をしているのですが、きっとコンピュータ上の操作の方が難度が高いように見えるのでしょう。その時彼が、静かに

“You’ve got the brain. I’ve got the brawn.”

と呟きました。最後の言葉は「ブロン」と聞こえたのですが、意味が分からず思わずエクセルの手を止めます。

「え?今なんて?スペルは?」

微かに笑いながら綴りを教えてくれるブレットに、ブロンというのは初めて聞く単語だよ、と答える私。電話会議の後あらためて調べたところ、Brawnというのは「ブロゥン」と発音し、そもそも豚の頭部の肉(骨と目を抜いた部分)を煮こごりにした食べ物(ヘッド・チーズ)の別称。「たくましい筋肉」とか「腕力」という意味に使われる言葉でもあるとのこと。文字数も意味も、Brain(ブレイン)とかけて洒落るのに絶好の相方。ブレットが言いたかったのは、こういうことでしょう。

“You’ve got the brain. I’ve got the brawn.”

「君には頭脳があり、俺には腕力がある。」

つまり、

「君は頭脳派、俺は肉体派。」

ここまであからさまに謙遜を表現する英語表現があったのか、と感心。あらためてアメリカ人を見直す私でした。 

2020年9月13日日曜日

嘘とストレス

 先週月曜日のことでした。


「来月の組織改編について、何か新しい情報入ってる?今度の水曜日に定例電話会議でチームの皆と話すから、我々がどの部門におさまることになりそうか、事前に知っておきたいんだ。」

とジェームスにメールを送ったところ、五時過ぎに彼から電話がかかって来ました。

「ちょうど連絡取ろうと思ってたところだったんだよ。」

ジェームスというのは、環境部門北米西部エリアのオペレーションを統括しているエリート社員です。三年ほど前に転職して来て、短期間に重要ポストを歴任。去年までは南カリフォルニアが担当範囲だったのに、今年から西海岸全域に(アラスカまで)守備範囲を広げました。それまで彼と横並びで北半分を所管していたカレンは押し出される格好になり、二月に立ち上がったプロジェクトコントロール部門とその他共通部門を束ねるポジションにおさまりました。カレンにしてみればあからさまな格下げで、きっと面白くはなかったでしょう。でもプロジェクトコントロールの人員をひとつに束ねようという動きは、それまで明確な組織的認知を受けて来なかった我々にとって、歴史的な決定でした。この新生チーム立ち上げから八ヶ月、その成果は誰の目にも明らかでした。しかしまたしても巨大な組織改編の荒波に襲われ、バラバラに解体されて元の木阿弥になるのではないか、とチームメンバー達から不安の声が漏れていたのです。

「大丈夫。シンスケのチームはほぼ現状通り維持されることになった。」

とジェームス。ひとまず安心です。

北米環境部門では、これまで五つの地理的エリアに分けて運営していたのを、十月から三つの部門(IRE)に再編成することになったのですが、私のチームはI部門に落ち着くことになった、とジェームス。彼自身はE部門で今の仕事を続けるとのこと。

「カレンはどうなるの?」

と私。ボスともども同じ部署に異動が決まればラッキーだな、と思っていたのです。ほんの一瞬、電話の向こうで微かな怯みを見せたジェームスですが、

「彼女はVSP申請が承認されたよ。」

と答えました。VSPとはVoluntary Separation Programの略で、自ら手を上げれば通常よりやや手厚い退職手当が支払われますよ、という「自主退社プログラム」です。

「苦労をともにしてきた仲間だから、本当に残念なんだけど…。」

そうか、カレンは遂に引退する決意を固めたのか。前回電話で喋った時はそんな意思を匂わせもしなかったけど、何か思うところがあったんだろうな…。

そんなわけでチームの存続は確認されたものの、誰の下につくことになるのかまでは未定とのこと。一、二週間の内には詳細が決まるだろう、と説明するジェームスでした。

電話を切った後、さっそくカレンに翌日早朝の電話会議予約のメールを送りました。

「昨日の晩ジェームスと話したんだけど、一応本人の口からも聞いておきたいと思って。」

と開口一番切り出すと、ため息まじりの笑い声で、

「私も昨日初めて知ったのよ。」

と返すカレン。

「え?どういうこと?」

と当惑する私に、

「どんな風に知らされたか聞きたい?」

と畳み掛けます。

「オフィスの月極パーキングの契約期限切れを知らせるメールが届いたの。更新手続きの方法を調べようと人事総務部に問い合わせたら、すごく言いづらそうに、契約延長はしないほうがいいって言うの。で、しつこく理由を尋ねてみたら、あなたは間もなく退職する予定だからって。はあっ?でしょ。」

乾いた笑い。

「で、退職予定日ってのがまた気が利いてるのよ。」

この日付については前日にジェームスから知らされていたのですが、敢えて黙っていました。

9.11(ナイン・イレブン)ですって。どうよこれ?」

確かにそれは随分dark sense of humor(陰気なユーモア・センス)だね、と何とか反応する私。彼女が自主的に退職を決めたわけではないばかりか、こうなることを予測もしていなかった、という事実に衝撃を受けていたのです。彼女の上司のリックも、それからロングビーチ支社のリーダーであるウィルも、皆同じ処遇のようだとカレン。五つの組織を三つに減らすのだから、単純計算すれば副社長クラスの四割が職にあぶれて当然です。それを「自主退社希望者募集」という名目で穏便に処理しようと試みたものの期待通りに進まなかったため、なりふり構っていられなくなった会社側が勝手に自主退社者を選出する、という強硬策に出たのでしょう。

「あなたのチームは安泰よ。それは本当にいいニュースで、ほっとしてるの。」

とポジティブなコメントをつけ加えた後、でもやっぱりね、とカレン。

32年もこの会社でやって来たのよ。32年よ。」

長年に渡る貢献のお返しがこの仕打ちか、という無念さが伝わります。今回の組織改編はコロナが原因ではなく、数年前に策定された長期戦略に則った決定なのだ、という説明は部門のトップから度々説明されていました。でも本当にそうなのか?

確実に言えるのは、「誰かが嘘をついている」ということでしょう。

不都合な目に合う社員に対する気遣い、対外的イメージの維持。理由は何であれ、真実が語られていないのは確かです。滅茶苦茶だった西海岸北部地域の経営を立て直したエピソードを語ろうと試みたカレンが声を詰まらせて数秒間会話が止まった時、あまりの居心地悪さに電話を置きたくなりました。

さて、水曜の昼前。どんよりした気分を振り払い、マイクロソフト・ティームズを使ってメンバーたちとビデオ会議です。

「あのさ、前回のセッションで、これからはみな顔を見せながら話そうって言ったよね。」

と私。カラフルな風船の画像を背景にライブで姿を見せているのが私だけだったので、カメラをオンにするようやんわりと促します。

「ええ?そうだっけ?無理無理。今は絶対無理。」

と女性陣が一斉に抵抗します。

「まあいいけど、次回からはそうしようよ。」

と私。メンバー全員が自由闊達に話せるのが理想のチームじゃないか、顔を見せてなきゃちゃんと身を入れて参加してるのかどうかさえ分からないよ、と主張します。そして組織改編のニュースを含めて事務連絡を淡々と済ませてから、

「じゃあさ、どんなに他愛もないテーマでもいいから自分についてちょっと話すっていう企画やろうよ。こないだそういう話題になったでしょ。」

と焚き付けます。しばしの沈黙。

「じゃ、私から行くわね。」

とオレンジ支社のヴァージニアが口を開きました。お、いいね、と私。

「こないだふと思い出したんだけど、小学校四年生の頃だったか、生徒会長に立候補したの。何でそういう決断に至ったのかは全く思い出せないんだけど、とにかく頑張って選挙活動したのよ。結局五年生の男の子に負けちゃったんだけどね。」

それからまた静寂。ええ?それでおしまい?なんだその唐突な話題?何でもいいとは言ったけどさ…。するとシャノンが、

「公約は何だったの?」

と普通に質問します。おっと、この話題を拡げようっていうのか?すごいな。

「いろいろあったと思うけど、第一に給食の品質改善だった気がする。」

へえ~、そんなこと考えてたんだ、ちっちゃいのに…。と皆で感心します。

「で、改善はされたの?」

とサンタマリア支社のデボラ。え?まだ引っ張んの?と呆れ始める私。

「それがね、選挙には負けたんだけど、それから給食が格段に美味しくなったの!私の公約が影響したかどうかは分からないけどね。」

まあ良かったじゃない!とメンバーたち。この後、更にこの「どうしようもなく他愛もない話」が引き延ばされ続けたのですが、気が付けばチームの会話は楽しいトーンで弾んでいたのでした。さっきまで暗い話題で沈んでたもんな、こういうのいいな。そうじんわり感動していた私は、

「あ、僕もちょっと思い出した。」

と、この日の朝の出来事を話し始めました。客間で仕事していた私のところに妻が来て、「あの子、起きてる?」と尋ねたのが朝九時四十分。自宅からオンラインで大学の授業を受けている18歳の息子が今学期履修しているのは「化学Ⅰ」ですが、授業はカリフォルニア時間で九時からのはず。そういえば彼の部屋から物音が聞こえて来ないな、と訝ってドアを開けてみたら、ベッドで大口を開けて熟睡しています。肩を軽く叩いて「今日は授業無いの?」と尋ねたところ、薄目を開けて一瞬考え込んだ後、がばっと手を伸ばしてスマホをつかみ、時間を確認して飛び起きます。

「ありがと!」

そしてバタバタとトイレへ行ってから再び部屋に戻り、音を立ててドアを閉めました。一クラス十数人の少数編成なので、出席してなかったら絶対バレる状況です。しかもオンラインで顔を見せるフォーマットだから、しれっと途中参加出来るわけがない…。三十分後、キッチンに現れた彼に首尾を話させました。

「もう授業はほとんど終わってたから、イーライに謝ったよ。」

イーライというのは、教授の名前です。どんな言い訳をしたのかを尋ねたところ、

「寝坊しちゃったって言ったんだよ。そしたら、そういうこともあるよって許してくれたの。もう二度と寝坊なんかしませんって言って謝ったよ。」

「え?素直に理由を話したんだ。」

ハッと驚いていた私でした。遠隔でのコミュニケーションなんだから、いくらでも誤魔化せそうなのに…。

「だってイーライは好きな先生なんだよ。好きな人に嘘つきたくないでしょ。」

と真顔で答える息子。そっか、そうだね、確かに…。

高い授業料を払ってる親の目の前で寝坊しておいて、よくもそうぬけぬけと正論が吐けたもんだな、と怒ってやってもいいところかもしれませんが、何か胸にぐっと来るものがあり、黙ってやり過ごした私でした。「好きな人に嘘つきたくないでしょ」というセリフには、社会で揉まれてすっかり擦れてしまった大人たちを、はっと立ち止まらせるパワーがあるな、としみじみ思うのでした。

この話を終えた時、電話の向こうで暫く無言が続きました。あれ?みんなどうしたの?と反応を待っていたら、ヴァージニアがようやくこう言いました。

“Can he mentor my five-year-old?”
「(お宅の息子さん、)うちの五歳児のメンターになってくれるかしら?」

そこで皆笑い、今のエピソードをポジティブに受け止めてくれた様子が窺えました。

会社がどうであれ、このチーム内ではお互い何でも言える間柄にしたい。そのためには、たとえどんなくだらない話でもきちんと時間を割いて会話をしよう。好きな相手には正直になれる。正直でいられればストレスも少ない。ストレスが無ければ仕事は楽しいはずだ。そういうチームを作らなければ、とあらためて思うのでした。

さて金曜の朝、855分。息子の部屋を覗いてみたら、まだベッドの中です。

「おい、今日は授業無いのか?」

スマホで時間をチェックし、跳ね起きた18歳。

「ありがとう!」

とトイレに駆け込もうとする息子を、信じられない気持ちで追いかけます。

「もう二度と寝坊しませんって先生に謝ったばかりだよな!」

正直でストレス知らずなのはいいけど、いくら何でも緊張感が無さすぎるだろ!

2020年8月16日日曜日

I’ve been around, you know. なめんなよ


お気に入り映画ベスト10を決めるとしたら五位以内には必ずランクインすると思う作品に、Scent of A Woman(邦題:セント・オブ・ウーマン/夢の香り)があります。一年に三回以上は観直していますが、毎回必ずクライマックスで涙腺ダムが決壊し、1,000キロカロリー以上は消費したんじゃないかと思うほど大量の涙を放流させられます。アル・パチーノ演ずる盲目の退役軍人フランクは人生に絶望していて、感謝祭の休みにニューヨークで贅の限りを尽くした末に自決しようと計画している。その付添人として雇ったバイトの高校生チャーリー(クリス・オドネル)は、田舎の貧しい家庭からやって来た実直な青年。高級売春婦を買い、超一流ホテルのレストランで食事をし、と想像を絶する放蕩ぶりに呆れながらもフランクに付き合っているうち、彼の企みを知ることになります。あろうことかこの青年は、自らの命も顧みずに老人を死の淵から救うのです。この後の展開は本当に毎度毎度唸らされるのだけど、今度は老フランクが若きチャーリーを大ピンチから助け出すのですね。それも、たった一本のスピーチで

先日ふとこのシーンを再生してみたのですが、やはり非の打ち所の無い大団円でした。全校生徒の前でチャーリーが校長のトラスク氏から退学を言い渡される場面で、フランクが「真のリーダーシップとは何か」という演説をぶつのです。後ろ暗いところのある校長はフランクを黙らせようとするのですが、ここで彼が声を荒げます。

“Who the hell do you think you’re talking to?”
「一体誰に口をきいてると思ってるんだ?」

そして微かに顎を上げ、背筋を伸ばしてこう続けるのです。

“I’ve been around, you know.”

字義通りに訳せば、

「あちこちで色んな経験を積んで来たんだぞ。」

となりますが、意訳すればこんなところでしょう。

「なめんなよ。」

厳しい軍人生活、そして視力を失い、「自分のような人間が生き続けて良い理由」を問い続ける後半生。苦しみながら人生と向き合ってきたフランクが、無闇に権威を振りかざす校長の戯言に耐えかねて発したセリフでした。こういうの、リアルな場面で使えたらさぞかし溜飲を下げるだろうなあ、と思う私。

さて、話変わって先月末の木曜の午後のこと。仕事中、一通のメールが届きます。スクロールしてみると、受取人の数はざっと百を超えています。上司のカレンや、その上司リックの名前も含まれている。タイトルはVoluntary Separation Planで、翌週月曜のお昼に催される電話会議に参加して下さい、とのこと。差出人は我が環境部門のトップ・エグゼクティブ。ん?何のことだ?Voluntary(自らの意思による)Separation(お別れ)のプラン?十秒ほど考えて、ようやく事態が飲み込めました。これは、「自主退社希望者募集」の御触れだったのです。とうとう来るべき物が来たか…。コロナの影響で4月から全社員給料一割削減を展開していたのを、今月になって元に戻したばかり。しかしその一方で、近いうちに抜本的な経営改善の一手が打たれるだろうという噂は流れていました。だからそれほど驚くに値しないニュースとは言えるでしょう。今から数週間内に希望を出せば通常より幾分か手厚い解雇手当が受けられますよ、という甘い文句で誘惑し、この機会を逃せば後日あらためてレイオフを言い渡された時に後悔するぞ、と脅すのがプランの主旨。

後で思い返してみると、この時の私は妙に落ち着いていました。アメリカで働き始めて約18年。とうとう自分も自主退社希望候補者リストに名を連ねるようなステージに辿り着いたのだという感慨を、薄っすら笑いながら味わっていたのです。そして、「切るなら切れや。すがり付くつもりは毛頭無いが、甘い誘いに乗る気も無いぜ。」と胸を張っていました。だって、どう考えたって今の私を辞めさせるのは得策じゃないのです。進行中の巨大プロジェクト数件の中枢にいるし、十数人の部下を育てている最中だし、しかもutilization(稼働率)だってかなり高い。辞めた方が良い理由はひとつも見当たらないのです。

「それは勝手に自分で思ってるだけでしょ。」

と、この説明を聞いた妻が心配げに眉をひそめました。

「そうだよ。もちろん上層部の誰かがお構いなしに切ってくる可能性はある。でもそんなこと心配し始めたらきりがないでしょ。」

と私。理不尽な解雇劇の犠牲にならないために、打つべき手はすべて打ってある。それでも理屈抜きで解雇して来るなら、「お前らホントにアホだなあ」と笑いながら辞めてやるよ、という覚悟はあるのです。

週が開けて月曜のランチタイム。いよいよ問題の電話会議に参加します。始まって数分して、どうやら自分が呼ばれたのは自主退社希望候補者としてではなく、「リストに載っている社員の上司として」であることが分かりました。今年2月に私のチームに加わった勤続30年のベテラン社員アリーシャが候補に挙がっていたのです。え?なんで?合点がいかない私は、早速翌日の早朝に彼女との電話会議をセットしました。

予想通り、がっつり落ち込んだトーンのアリーシャ。

「人事が言ってたように、これはあくまでも希望者を募集してるってだけの話だよ。君が確実にターゲットにされてるわけじゃない。いくつかの経営指標で篩にかけてみたら名前が残ったってだけのことだと思う。そのフィルターにしたってどれだけ意味があるか謎なんだ。今辞めることは無いよ。仕事は山ほどあるんだから。」

「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、今回はさすがに堪えたわ。あなたのチームに入る以前にも色々あったでしょ。辛い経験の数々を思い出して、もう潮時かな、と思ってるの。これは何かのお告げかもってね。」

昨夜、ご主人ともじっくり話し合ってみたとのこと。

「それに今ここで延命してもらったところで、数ヶ月後にあっさりレイオフされる可能性は否めないでしょ。」

これには私も、正直にならざるを得ませんでした。

「うん、それについちゃ何の保証も出来ない。でもさ、僕だってカレンだってリックだって全員そうなんだぜ。いつでも誰にでも首切りは起こり得るんだ。」

「そうね。でもやっぱりちょっと考えさせて。」

アリーシャは去年、プロジェクトコントロールから離れレコードマネジメント部門に配属されました。実はこの異動、コンサルティング・ファームで働く者にとっては危険な賭けだったのです。プロジェクトに参加しないため「稼働率ゼロ」の状況が続き、細かい事情を知らない上層部の人間は過去の統計数字だけ見て、彼女を「お荷物」と評価してしまう可能性が高くなります。今回まさに、そういう誤解が起こってしまったのですね。

さらに、年末プロジェクトコントロールに戻ったアリーシャは、散々もがいた末に大きなプロジェクト・チームにおさまります。ところがその僅か四ヶ月後、プロジェクトの経営状態が振るわないため、彼女の仕事を賃金の安いルーマニアのチームに任せることを上層部が決定。自分の仕事を奪うことになる地球の裏側の社員を、早朝や夜間を使って指導することになったアリーシャ。さぞかし悔しかったことでしょう。そんな不運な出来事が立て続けに起こったため、すっかり士気を失ってしまっていたのです。

そしてこの電話の二日後、彼女から正式に退社希望を知らされた私。こういうことは本人の意思を尊重するのが一番なんだと自分に言い聞かせつつ、何ともやりきれない気分でした。

金曜の朝、約十ヶ月ぶりに副社長のパットと近況報告のための電話会議をしました。当然、私からはアリーシャの一件を話すことになります。

「何ですって?」

といきり立つパット。

「そういうの、一番頭に来るのよね!」

慰留できなかった私を責めるわけではなく、官僚的で血の通わないメッセージを無差別に送ることで社員の士気を削ぐ愚かさに対して憤慨する彼女。

「社員を人間扱いしていない証拠でしょ。数字だけ見て、お前は役立たずだと決めつけてるわけだから。」

会社の図体が大きくなるに従い、上層部は効率的な意思決定のため細かい配慮を省くようになる。自分が番号札を首から掛けられた家畜のような存在であることに気づかされた社員は、組織への帰属意識を捨て去ることになる…。

「そもそも会社のトップは、プロジェクトマネジメント経験も無い財務畑の人間ばかりだからね。現場の苦労など分かるはずもない。」

と私。

「そうなの。勘定の得意な者ばかりが幅を利かせてるのは問題よ。どんなに優秀か知らないけど、アカウンティング・ファームから転職して来たばかりの若造が、物知り顔でプロジェクトマネジメントについて得々と語ったりするのよ。この私に、よ。」

プロジェクトコントロール畑を四十年近く歩んで来たパットにとっては、許されざる無礼。この時、やや間を置いて彼女が放ったのが、このフレーズでした。

“I’ve been around, you know.”
「なめんじゃないわよ。」

こちとら伊達や酔狂で長年この仕事やってんじゃねえんだ。見くびんなよ。いつかこういうドスの利いたセリフを、思い上がった秀才野郎に向かって叩きつけてやりたいものだと思う私でした。