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2017年12月31日日曜日

アメリカで武者修行 第39話 いい奴ではいられない

アパートから海に向かってニ十分ほど車を走らせ、フリーウェイの高架をくぐると、青空をバックに無数の椰子の木が立ち並ぶ、パシフィックビーチという平らな街が開けます。碁盤状の通りに囲まれた閑静な住宅群の中、子連れの家族が次々に吸い込まれて行く一軒の建物。見た目にはごく普通の家屋なのですが、扉を開けると子供の泣き声や水の跳ねる音が反響しています。

ここはMurray Callan (マレイ・カラン)という名の、幼児・児童を対象にした水泳教室。塩素剤を使わない小型温水プールに、濃紺のスイムスーツに身を包んだ若い男女のインストラクターが五人ほど腹までつかって立っている。ここへまだオムツ姿の子供を連れ、沢山の親が入れ替わり立ち代わりやって来るのです。一体どんなトリックがあるのか、さっきまで建物中に奇声をこだまさせていた赤ちゃんも、両脇を抱えられてささっと二回ほど水をくぐらされると、ピタリと泣き止んで真顔になるのです。まるで予防接種前に見苦しく取り乱したものの大した痛みも感じず注射を終え、全てを無かったことにしようと平静を装う少年のように。そして通い始めて一年もすると、水中で両目をしっかり開けて記念写真を撮られるまでに成長する、というのが売りのようで、入り口付近の壁にはそんな愛くるしい写真が所狭しと飾られています。

この教室の情報をどこからか見つけて来た妻が、間もなく二歳になる息子を通わせようと提案し、彼のスイム・レッスンがスタートしたのでした。私も都合がつく限りレッスンに同行したのですが、若いインストラクター達は実に辛抱強く、子供一人一人の性格や身体能力を見極めつつ指導に当たっていました。毎週数組の親子とスケジュールが重なっていて、その中に車椅子で現れる4歳くらいの白人少年がいました。全身の筋肉が硬直する病気に罹っているようで、父親らしき人がプールサイドで見守る中、いかり肩の男性インストラクターに支えられて懸命に水を掻いています。その様子をぼんやり眺めながら、しみじみ感心していた私でした。単に泳ぎが得意だからというだけで、誰にでも身体障害者に水泳指導が出来るわけじゃないだろう。きっと彼らは特殊なトレーニングをみっちりと受けているに違いない。組織として積み上げて来た「知の資産」が、市場における強力な差別化要素になっている好例だなあ、と。

さて、PMP取得から一週間ほど経ったある朝、私のキュービクルにエリカが現れました。
「エドが私達を呼んでるの、すぐ来れる?」
二人でボスの部屋へ入ると、
「新年度に向けて、担当業務の振り分けを見直したいんだ。」
エドが横長の紙を我々に手渡しました。表中には、仕事のタイトルと詳細説明が列記されています。
「今から読み上げて行くから、担当したい項目が出た時に手を挙げてくれ。」

リスク・レビュー、イシュー・ログ、チェンジ・ログ、リスク・レジスターのガイドライン作成や既存文書の更新など、プロジェクトマネジメント関連の社内ルールを全て統一フォーマットで作り上げる、というのが新年度の目標だ、とエド。
「あ、これ、是非やらせて下さい。」
私が飛びついたのが、Lessons Learned (教訓集)作成の仕事でした。
「知識を蓄積して共有する仕組みって、うちの会社に有りませんよね。このテーマ、すごく興味あるんです。」
「同感だが、未だに存在しないってことは、それだけハードルが高いからかもしれないぞ。大丈夫か?」
「ビジネススクール時代、一番好きな科目がKnowledge Management (知識管理)だったんです。プロジェクトを通して毎日膨大な知識や知恵が産み出されているっていうのに、それが個々の社員の頭の中にだけ留まっているなんて、勿体ないじゃないですか。」

高速道路プロジェクトに携わっている間、毎日沢山の学びがありました。他のメンバーだって同様だったことでしょう。なのに結局それを誰とも共有することなく、チームは解散してしまいました。もしもこれが特異な事例でないとすれば、会社は日々、膨大な知的財産をどぶに捨てていると言わざるを得ないのです。
「よし分かった。来週中に行動計画書を作って提出してくれ。」

全項目の振り分けが終了し、エドの部屋を後にします。エリカのキュービクルへ行って担当作業のおさらいをしていた時、胃の辺りが苦しくなっているのに気付きました。情熱のままに「教訓集づくり」担当に立候補しちゃったけど、何から始めたらいいのか見当もつかないぞ。しかもこれ、よく考えたら全部英語でやんなきゃいけないんだ。エラいことに足を踏み入れちゃったな…。早くも弱音を吐き始めた私に、
「まずは経験豊富なPM達にインタビューしてみたらどうかしら。長年の仕事の中で、知識の共有ってテーマは間違いなく議論の対象になってると思うの。ベテランならきっと、何かしら方法論を編み出してるはずだわ。」
とエリカが提案します。
「確かにそうだね。有難う。知ってる中で一番キャリアが長いのは、ジョージだな。早速彼と話してみるよ。」
しかし、だいぶ前から非常勤扱いになっているジョージがいつ出社するのか、知る由もありません。
「シェリルに聞いてみたらどうかしら。きっとそういう情報、管理してると思うわよ。」
総務のシェリルは人事関係も所掌しているので、彼女のコンピュータにそういうデータがあるだろう、と推測するエリカ。

「あのね、ここだけの話なんだけど…。」
急に眉をひそめ、小声になる彼女。
「私、ジョージってすごく苦手なの。人を人とも思わない態度っていうか、特に女性蔑視がひどいのよね。彼のプロジェクトを一度サポートしたことがあるんだけど、その時もかなりぞんざいに扱われた印象が残ってるわ。」
滅多に人の悪口を言わないエリカから、これほどあからさまに辛辣なコメントが飛び出したのは意外でした。確かにジョージは常に殺気をギラつかせていて、そう簡単には懐へ入れません。ベトナム従軍を含めた長い海軍勤務で自然に沁みついた「凄み」がそうさせてるんだ、と私は解釈していました。でもだからと言って個人的に侮辱を受けた覚えは無いし、むしろ「プロフェッショナルはかくあるべし」とまで心酔していたのです。相手が男か女かで態度を変えるような人物じゃない、女性蔑視なんてするわけないよ…。私のジョージ観を素直に語ったところ、
「シンスケは男だから分からないのよ。」
と、あくまで主張を曲げないエリカ。その頑なさには何か、簡単に口に出来ないような辛い記憶の裏付けを窺わせるものがありました。よくよく考えてみれば、自分はジョージのことを何も知りません。どこに住んでいるのか、家族はいるのか、他の社員にどう接しているのか、本当に女性のことを見下しているのか…。それ以上エリカに反駁するための材料が見つからず、黙ってジョージを探すことにしました。

さっそく廊下を進んでシェリルのオフィスを覗いてみたのですが、彼女が出勤した形跡は在りません。今日現れるかどうかの手がかりがどこかに無いかと、そのまま戸口に立ってホワイトボードや壁掛けカレンダーを見回していたところ、背後に人の気配を感じます。
「シェリルは今日お休みよ。」
振り向くと、おかっぱ頭のシェインが立っています。
「お、いいところに現れたね!」

今では支社全体の経理を担当している彼女ですが、高速道路プロジェクトの現場で共に戦った同志。最近までジョージと残務整理を続けていたので、もしかしたら彼のスケジュールを抑えているかもしれない、と思ったのです。
「ジョージならちょうど今日の午後、オフィスの片づけに来るって言ってたわ。どうして?」
まだ連絡がつくうちに、彼の脳みそに蓄積された輝く英知を少々お譲り頂きたいのだ、と言うと、
「そのことなら、びっくりするような話があるのよ。」
と、遠くを見るような目になるシェイン。

高速道路プロジェクトが火の車になり、会社から新PMとして送り込まれたジョージ。その彼が就任早々、一人も首にすることなく毎週のコストを三分の一に減らした、というのです。俄然興味をそそられた私は、身を乗り出します。
「どんなマジックを使ったの?」
「それがね、聞いたらなあんだって拍子抜けするような話なの。」
「いいから早く教えてよ。彼は何をしたの?」
「ジョージ本人はほとんど何もしてないのよ。ただ私に、あることを頼んだだけ。」

彼がシェインに依頼したのは、チームの一人一人に「先週あなたはこのタスクに○時間チャージしたが、具体的にどんな成果を出したのか説明して欲しい。ジョージに報告しなければならないので。」というメールを出すこと。
「え?それだけ?」
「そうなの。そしたら次の週から、プロジェクトにチャージされる時間数が激減したのよ!」

なるほど。あの鬼司令官が自分の仕事ぶりを厳しくチェックしているとなれば、一時間で仕上げられるタスクに二時間チャージするわけにはいかない。自然と控えめな数字におさまるでしょう。
「でも、私が本当に驚いたのはそこじゃないの。」
チームから届いた最初の返信をまとめてシェインが報告に行ったところ、ジョージがこう言ったというのです。
「私がそれを読む必要は無い。ただ時々、同じ質問を皆に送りつけてくれ。」
つまり、あのジョージが目を光らせているぞ、というメッセージが伝われば充分で、その先までマイクロマネージするつもりは無い、ということですね。
「なるほど。勉強になったよ。とっておきのネタを有難う!」

午後三時頃、長い廊下沿いの一番奥の部屋から、光が漏れているのに気が付きました。もしかして、と慌てて灯りの方を目指します。果たして、デスクに山積みされた書籍やフォルダーの向こうで、ジョージが戸棚からファイルを取り出し頁をめくっているところでした。相変わらずの険しい表情。
「君か。入りたまえ。」
腹に響く大声で私を招き入れます。ドア脇の椅子に腰かけると、作業を続けながらこう言いました。
「この棚と机を片付けたら、もうここに来ることは無いだろう。完全に引退だ。」
こんな場面で一体何と言えばいいのか分からず一瞬戸惑ったのですが、リタイアメントへの祝辞とこれまでの指導に対するお礼を急いで述べました。そして、
「今、仕事から生まれた教訓集を作って全社で共有する仕組み作りに取り掛かっているんです。お知恵を拝借出来ればと思ってここへ来たんですが、お時間頂けますか?」

彼は厳しい表情を崩さず、分厚いファイルフォルダーを一冊棚から抜き取って左手の上で開き、親指をペロリと舐めて頁を何枚か捲った後、私に差し出しました。
「これは私が、海軍関係の建設プロジェクトを管理していた頃のファイルだ。日々チームメンバー達から上がって来た教訓をまとめたもので、毎朝全員にコピーを配布していたんだ。」
一見すると工事日誌のような体裁ですが、表の中には作業上の教訓が細かく書き綴られています。次のページも、また次のページも。
「これを毎日、ですか?」
「ああ、毎日必ず何か新しい学びはあるはずだ。そういう意識で取り組んでいなければ、良い仕事は出来んだろう。」
暫く懸命に字面を追っていた私ですが、専門用語満載の文章で、内容が全く理解出来ません。違うんだよな。こういうのじゃないんだよ僕が求めてるのは。全くの部外者が読んでも即役立つような、「秘訣」とか「極意」みたいなのを期待してたんだよ…。
「あの、私は何か、凝縮された知のエッセンス集のようなものをイメージしていたんですが。」
と、正直に感想を述べる私。
「例えば、PM心得五カ条、みたいなものでしょうか。」

笑っているのか不快なのか、どちらとも言えないしかめ面になったジョージが、
「プロジェクトごとに環境や条件が大きく異なるってことを忘れちゃいかん。教訓を誰の仕事にでも当てはまる金科玉条みたいな物まで煎じ詰めようとすれば、その過程で本当に有効な成分を搾りカスと誤って捨ててしまう危険性がある。些細な出来事の中にこそ、教訓は眠ってるもんだ。具体的に書かれていなければ、実戦に役立つ教訓にはならんだろう。」
あらためて、この大ベテランを敬う気持ちが湧きました。
「有難うございます。こんなお話の後で浅薄な質問をするのは気が引けますが、今後お会いする機会も少ないと思うので、恥を承知で聞かせて下さい。プロジェクトマネジャーとして働く上で、一番大事なことは何だとお考えですか?」
さすがに百戦錬磨のジョージでも、ここまで素朴な質問にはぐっと詰まって考え込むだろうと思いきや、表情も変えずにこう即答したのでした。
「君が誰かに何か仕事を頼むとしよう。その時、それがどんなに簡単なタスクだったとしても、必ず明確な締め切りを与えることだ。何月何日何時まで、と。相手が了解したら、目の前でそれを書き取る。そして後日、約束の時刻ぴったりに現れて成果を求める。もしもまだ出来ていないと言われれば、いつなら出来るのかを聞き、またその時刻に現れる。これを一度の例外も無く実行する。そのうち相手は君の言動に一貫性を認め、いい加減な対応をしなくなる。そして、君から頼まれた仕事は最優先で進めるようになるだろう。」

毎日彼の下で働いていた頃のことが、鮮やかに蘇って来ました。確かにジョージは、どんな仕事の指示書にも締め切りの日時を書き込んでいました。それを見る度に、じわりとプレッシャーを感じたものです。
「そうされた相手は、あまり愉快じゃないでしょうけどね。」
と冗談めかして笑う私に、彼が静かにこう締めくくったのでした。

“If you want to be good at management, you cannot be a good guy.”
「マネジメント職で成果を上げたかったら、いい奴ではいられんよ。」

翌日の午後、廊下の終わりまで行ってみると、彼のオフィスは空っぽになっており、入り口の名札も取り払われていました。

数カ月後の週末、妻と一緒に息子を連れて水泳教室へと続く歩道を歩いていたところ、前方で路肩に寄せてゆっくりと停まった車のドアが開き、老夫婦が降り立ちました。緑の格子縞ボタンダウンシャツにジーンズの男性。太い首、短く刈り込んだ銀髪。その後ろ姿に、ハッとします。
「ジョージ!」
反射的に早足になって追いかけると、振り向いた彼が小さく驚いて私の手を握ります。
「おおシンスケ、久しぶりだな!」
別人かと見紛う程の柔和な笑顔。相手を一瞬で凍り付かせるあの強烈な目力も消え、ただ涼し気に笑っているジョージ。息子を抱き上げ追いかけて来た妻を紹介すると、彼女とゆっくり握手を交わした後、横にいた老婦人の背中に優しく手を添え、
「ワイフのローズベリーだ。」
と微笑みます。たった今美容院から出て来たように、カールした白髪をアップにまとめた奥様は、どこかヨーロッパの皇族との血縁を思わせる、穏やかな佇まい。二人がお互いに交わす視線には、きっと半世紀は連れ添って来たに違いない、深く静かな絆が感じられました。
「君もこの水泳教室に来ているのか?」
「ええ、この子を通わせているんです。」
「そうか、うちも孫が習ってるんで、今日は様子を見に来たんだよ。」

もう少し話を続けたかったのですが、レッスン開始の時刻が迫っていたため、歩調を速めて一緒に扉をくぐり、またいつか、と慌ただしく挨拶を交わして別れました。妻と二人で息子を着替えさせ、担当インストラクターに引き渡してふと顔を上げたところ、プールを挟んで向かい側、例の車椅子少年がちょうどレッスン準備を整えたところでした。その横にはいつものように父親らしき男性が立っていたのですが、彼が話している相手に目をやると、なんと、さっき入り口でさよならを告げたジョージ夫妻だったのです。

そうか、彼の孫というのは、あの少年だったのか。

二十数人の子供たちの叫び声や水のはねる音が反響を重ねるプールの向こう側、息子さんや奥様と言葉を交わすジョージ。その表情には一片の険しさも認められず、かつて私を理詰めで追い込んだあの鬼司令官とはまるで別人です。「充実した老後を過ごす一人の男性」へと変貌を遂げた元上司の穏やかな笑顔を眺めながら、自分の直感は正しかったんだ、と嬉しくなりました。彼はプロとして、厳しいマネジャーを演じていたに過ぎない。周りに好かれることよりも、任務を遂行することを優先させただけなんだ。

レッスンを終えた息子を着替えさせ、再びジョージの方を見やります。プールサイドでお孫さんを囲み、家族で親密に話をしている様子だったので、声をかけるのを思いとどまった私。心の中で軽く会釈をし、そのまま水泳教室を後にしたのでした。

そしてこの日を最後に、ジョージと会うことは二度とありませんでした。


2017年6月11日日曜日

アメリカで武者修行 第38話 九割がコミュニケーション

ある朝出勤してエドと会った際、私が苦労の末にプリマベーラで作り上げたスケジュールを搭載した最初のプロポーザルが、競合四社と較べても最低の成績で落選したというニュースを聞かされました。不思議に悔しさは感じませんでした。深夜残業と週末出勤を繰り返した末のこととは言え、駆け出しのスケジューラーである私の出した成果が顧客を唸らせるほどの出来だとは到底思えなかったので。ただ、このプロポーザルのためにわざわざウィスコンシンから転勤してきたPMのジムや、私がもたもたする間じっと辛抱して付き合ってくれたサディアに対しては、申し訳ない気持ちで一杯でした。

ケヴィンの部屋を訪ねてプロポーザルの惨敗を伝えます。技術提案ページの一部を担当していた彼もさぞかしがっかりするだろうと思いきや、あっけらかんとこう答えました。
「気に病むことはないよ。今回のは新規の顧客開拓だからな。一発目でモノに出来ることなんてほとんど無いんだ。こういうのは積み重ねが大事で、会社だって二回までの負けは想定済みだよ。」
落ち着き払った友の態度に、微かな嫉妬を覚える私でした。既にいくつかプロジェクトを担当している彼は、当面の食い扶持に不安がありません。一方私は折角つかんだ新しいポジションで結果が出せなければ、またも失職の憂き目に会うかもしれないのです。

夏も近づき、二件目のプロポーザルも選に漏れたことを知らされた時は、更に緊張が加わりました。この数か月前から、社内では統廃合の果ての首切りが始まっていました。一年に一社のペースで他社を買収して来た結果、良く似た技能を持つ人が仕事を奪い合うケースが増え、本当に実力のある者だけが生き残る、まさに労働市場における自然淘汰が社内で進行していたのです。三件目のプロポーザルに取り掛かりながら、「三度目の正直」という言葉を頭の中で繰り返し唱える私でした。

そんなある日、ケヴィンがネットで見つけた情報を転送してくれました。PMP(プロジェクト・マネジメント・プロフェッショナル)の試験対策講習会がサンディエゴで開かれる、というもの。三日間の集中講座で、費用は約1500ドルです。暫くして、彼が私のキュービクルにやって来ました。
「リンク有難う。これ申し込むの?」
「俺は今回見送るよ。シンスケにどうかなと思ったんだ。」
「いやいや、1500ドルは大金だよ。こんなの出せないって。」
「会社の補助が受けられるかどうか聞いてみればいいじゃないか。」
「え?そんな制度あるの?」
「確か、まだあったと思うぞ。社員の資格は会社にとっての武器でもあるんだ。理に適った投資だと判断できれば、きっと払ってくれるだろう。もちろん却下される可能性も充分あるから期待し過ぎは禁物だけどな。」

毎週末の早朝、スターバックスの片隅でこつこつ独学を続けていた私。自分の理解度を客観的に測る術が無く、このまま試験日を迎えて果たして大丈夫なのだろうか、と不安を抱えていました。何か大事なポイントを見逃していないか?いわゆる「受験のコツ」も学ばぬまま本番に臨もうとしているんじゃないのか?「試験対策講座」みたいなものがあったらいいのに、とずっと思っていたのです。だからこの社外トレーニングは、喉から手が出るほど貴重なチャンス。けれど、その代金を払って欲しいと願い出るのは気が進みませんでした。金額の多寡はもちろんのこと、実はエドの心証を害することが心配だったのです。

PMPというのは、プロジェクトマネジメントに携わる者の能力を証明する資格だと言われています。私の所属するプロジェクトコントロール・グループは、全社のPM達をリードしたりサポートしたりする役割を担っているので、社内でこの資格を持つべきは誰かと問われれば、真っ先にこのグループ名が挙がるはず。それなのにエドも、彼の上司のスキーもクリスも、そして大ボスのアルですらPMPを持っていないのです。一体何故なのか。そんな資格など役に立たないと思っているのか。あるいは逆に、彼らほどのベテランですら手が出ない高みなのか。ひょっとすると、新参者の私が受験しようとしていること自体、面白く思っていないかもしれない。担当業務も満足にこなせていないくせに何を思い上がっているんだ、と。トレーニングと称して三日も仕事に穴を開ける?更に1500ドルもの大金を出せだと?どこまで調子に乗るつもりなんだ?
「考え過ぎだよ。駄目でもともとじゃないか。聞くだけ聞いてみたらいいだろ。」
苦笑するケヴィン。

その日の夕方、慎重に言葉を選び、エドに宛ててお願いメールを書きました。すると、
「分かった。会社のサポートがもらえるかどうか、さっそく上に掛け合ってみる。」
と短い返事が届きます。その翌日、彼が私のキュービクルに現れました。そして、
「絶対一発で合格するなら、という条件で全額補助の許しが出たぞ。」
とウィンクします。
「有難うございます!」
エドが特段気分を害している様子は見受けられません。安堵する私でしたが、心の隅に一抹の不安は残りました。顔に出さないだけで、本当は苦々しく思ってるかもしれないじゃないか、と。

七月中旬、ヨットハーバーを望むシェラトンホテルの会議室で席につきました。見ず知らずの社会人たち約十名と机を並べ、中年女性講師の講義を受けます。かつてある有名企業で長年プロジェクトマネジャーを務めました、と笑顔で自己紹介する彼女。授業が進むにつれ、私は強烈な衝撃を感じ始めていました。彼女が淡々と差し挟むヴィヴィッドな挿話の数々が、それまで掴みどころのなかった抽象的概念を、次々と生々しい疑似体験に変えて行くのです。

「あるレポートの作成に十日間かかるとスケジュールに描かれているとします。これ自体に疑問を持つ人はあまりいませんね。でも、プロジェクトマネジャーの立場でよく考えてみて下さい。締切に遅れた場合、責任を取るのはあなたですよ。このレポートが、来月予定されているおたくの社長演説の元ネタになるとしましょう。どうです?。急に不安になりますね。十日間で本当に大丈夫だろうか?問題は、どうやってこのタスクの所要時間を見積もったのか、です。見積もりに必要な情報は何でしょう?過去の経験?それもいいでしょう。しかし一番大事なことは、現実にその仕事を誰がするのか、です。隣の部のジョンが担当者だとして、期限内に仕上げる技量が彼にあるのか。そもそもその期間中、彼自身のスケジュールは空いているのか?ひょっとして休暇とぶつかってはいないか?ちょっと待てよ、ジョンの得意分野はフィールドワークで、確か以前、レポート作成作業を嫌がってたな。そうだ、若手のエミリーならちょうど別のプロジェクトを終えたところで都合がつくかもしれないし、レポート書きの経験が豊富でスピードも速い。今からチームにエミリーを投入しておいたらどうか?これまでにあの二人が一緒に働いたことは無いかもしれない。よし、すぐに二人を引き合わせ、それぞれの上司とも話して了解を得ておこう…。」

「このように、チームメンバーやその関係者から事前に出来るだけコミットメントを引き出しておく作業が、実効的なスケジュールを作成するための決め手なんです。PMの仕事は九割がコミュニケーションだという話は、皆さんご存知ですね。あなたがチームメンバーと話もせず、自分一人で作り上げたスケジュールを一方的に送りつけて静かに成果を待つPMだとしたら、プロジェクトは成功するでしょうか?チームの人たちは、熱意をもって仕事に取り組むでしょうか?どんなに付き合いの長い相手であっても、所詮は他人。コミュニケーションの量や質が乏しければ、疎外感や猜疑心が芽生えるものです。プロジェクト期間中ずっと、コミュニケーションを絶やさないこと。出来るだけ顔を合わせて話す。それが無理なら電話をかける。それぞれの性格や能力、刻々と変化するワークロードなどを理解し、相手にも自分という人間を知ってもらい、信頼関係を築き続ける努力を怠ってはいけません。プロジェクトのスケジュールというのは、チームメンバーとのたゆまぬコミュニケーションの上に作られるべきものなのです。」

それはまるで、手品師が目の前で鮮やかなカードマジックを繰り広げていくのを、口をぽかんと開けて見とれるような陶酔体験でした。教える行為のクオリティって、ここまで高めることが出来るのか、という驚きに震えつつ、三日間の集中コースを終えたのでした。

そしていよいよ十月半ばの土曜、受験日の朝。テストセンターは、家から車で20分の距離にある、ユーカリの大木に囲まれたショッピングモールの中でした。受付けを済ませ、鞄とポケットの中身とを残らずロッカーにしまい、コンピュータが数十個設置された窓のない部屋へ足を踏み入れました。既に何人か、静かに受験を開始しています。指定されたブースに腰を下ろし、モニターと向きあう私。天井の監視カメラがこちらを睨んでいます。画面の注意事項をざっと一読した後、スタートボタンをクリック。静寂の中、モニター右肩のデジタル時計が、04:00:00から一秒、また一秒とカウントダウンを開始します。深呼吸をひとつした後、四択問題に取り組み始めました。

スタートから約三時間半。最後の問題を解き終わったところで、
「合否の結果を見ますか?」
という文字が現れます。Noボタンを押せば、この日の試験は無かったことになります。つまり、出来が悪かったかもしれないと不安であれば、その記録を抹消し、後日再挑戦も可、ということ。

大きく深呼吸をした後、Yesボタンをクリック。

「ハロー?
携帯電話の向こうで、ボスのエドが応えます。手が震えていました。
「シンスケです。お休みのところすみません。」
「うん、構わないよ。どうした?」
「受かりました、PMP。」
「おおそうか!やったな!」

週が明けて月曜日の朝、出勤したその足で、彼のオフィスを訪ねます。すっくと立ち上がって歩み寄り、私の手を力強く握るエド。
「良かったな。本当におめでとう。」
満面に笑みを浮かべます。
「プロジェクト・コントロールの仕事に就いてたった半年でPMPを取っちまうんだからな、たいした奴だよ。俺もそのうち取らなきゃと思いながら、ずっと先延ばしにしてたんだ。でもこれで決心がついた。半年以内に受験することにする。いい刺激をくれて有難うな。」

自分のキュービクルへ行って腰を下ろし、コンピュータが立ち上がるのを待ちながら、ボスの言葉を静かに噛みしめる私でした。

なんてでっかい人なんだろう。あそこまで手放しで称えてくれるなんて…。彼の反応を色々予想してビクついていたことが、どうしようもなく恥ずかしくなりました。そうだ、自分には相手の気持ちを想像し過ぎて物が言えなくなる傾向がある。これからは、心を開いて話をしよう。黙ってメールを送り付けるより、立ち上がってドアをノックしよう。


2017年2月19日日曜日

アメリカで武者修行 第37話 タフにならなきゃな

オレンジ郡のプロジェクト獲得に向けて始動した、我が社のプロポーザルチーム。上司のエドから「千尋の谷に」突き落とされてスケジュール作成担当に納まった私ですが、まだまだヨチヨチ歩きです。記念すべき第一号のプロポーザルは何とか無事に提出しましたが、その疲れを癒す間も無く、二件目のプロポーザル作業がスタートしました。まるで私が引き続きチーム入りするのが当然であるかのように、印刷されたRFP(リクエスト・フォー・プロポーザル)を手渡すエド。

「来週月曜にロングビーチ支社へ行ってくれ。支社長のエリックが君に会いたいそうだ。彼は今回の新規顧客開拓にかなり本腰で、その辺の背景を今の内に知っておくのもいいだろう。この機会に、他のチームメンバーとも顔を合わせておくといい。」

エドのオフィスを出た後、建物の丁度反対側に位置するランチルームへと向かいます。水場の脇の壁に据え付けられた救急棚の扉を開け、Extra Strength(超強力)と銘打たれた鎮痛剤の小袋を取り出します。過去数週間というもの、強烈な頭痛が慢性化していて、この時も十秒と目を開けていられない状態でした。マグカップの水で二錠を喉に流し込んだ後、ランチテーブルの隅で両腕を交差させ、額を載せた格好で薬効が現れるのを待ちます。

ふと足音に気が付いて顔を上げると、ぼやけた視界の向こうに現れたのはケヴィンでした。
「どうした?具合悪いのか?」
「うん、頭がひどく痛んでね。睡眠不足が続いてるんだ。」

机に両肘をついて掌の土手の部分で目頭を押さえつつ、厳しい現状を説明しました。高速道路設計プロジェクトの残務処理に加え、未だに馴れないハイリスク・プロジェクトのレビュー。更にはスケジューリングを独学しつつ、プロポーザルの締め切りと闘う日々。そして週末はPMPの受験勉強。「初めてづくし」で死にもの狂いだった前職に較べても、負荷は増している。頭痛が恒常化し、鳴りを潜めていた持病の腰痛も戻って来た…。

気が付くと私は、ケヴィンをそこに立たせたまま延々と弱音を吐き続けていたのでした。暫くしてようやく沈黙に気付き、はっと我に返って顔を上げます。彼は、同情とも侮蔑とも取れる微妙な表情を浮かべて私を見つめています。それから、意を決したように口を開きました。

「シンスケ、色々重なって大変なのは理解出来る。でも、散々な思いをした末にやっと手に入れた仕事じゃないか。キツイのは分かるけど、ここはタフにならなきゃな。」

幾多の苦境をともに切り抜けて来た、いわば戦友のケヴィン。中途半端に慰めるのではなく、あえて叱咤で私を救おうとする彼の気持ちに、胸が熱くなりました。マグカップの水を勢いよく飲みほして立ち上がり、仕事に戻る私でした。

翌月曜。ロングビーチは支社とは言え、同じビルに本社機能も入っており、いわば我が社の総本山です。サンディエゴから車で約2時間と教えられましたが、安全のため朝5時にアパートを出発。途中三度、高速道路のレストエリアやスターバックスの駐車場で仮眠し、結局三時間かけて8時10分前に到着しました。港湾地域の再開発エリアにそびえ立つ、銀色のツインタワー。その片側の最上階から三つくらいのフロアが、我が社のスペースだと聞かされていました。ビルの谷間からは、海を背景に立つカラフルな観覧車が望めます。牧場の脇に佇むちっぽけな平屋オフィスに勤務する私には、ややショッキングな職場環境のギャップでした。

女性秘書に促され、支社長室の応接セットで待つこと15分。早朝のミーティングが長引いちゃったよ、と謝りながら入って来たエリックは、予想を大きく裏切る容姿でした。

身長およそ185センチ、濃い緑色のボタンダウン・シャツにノーネクタイ。若木の幹を思わせる長い脚に、ぴったりフィットしたブルージーンズ。骨董品のような艶消しゴールドのベルトバックルは、ちょうど私のみぞおちの高さ。踵に拍車こそ付いていませんが、カウボーイ御用達とも思える本格的レザーブーツを履いています。微かに腰をかがめて差し出す握手の手は力強く、しかし優しい。日焼けした顔をほころばせ、今回のプロポーザルへの貢献に対する感謝を述べます。そのハスキーボイスは深く甘く、大抵の女性ならたちどころに彼のファンになってしまうでしょう。エルビス・プレスリー風のもみあげに僅かながら白い物が混じってはいるものの、どう見てもまだ40代。彼はこの要職をこなしながら、週末になるとバスケットボールや水泳を楽しみ、子供のサッカーチームのコーチもしていると言います。その血色良い笑顔を見ているうちに、ゾンビのような自分が急に恥ずかしくなって来ました。

「オレンジ郡は、ここロサンゼルス郡と隣り合わせだろ。いわば我々の地元なのに、これまで全く仕事の手がかりが無かったんだ。数か月前、うちのジャックが大学時代の同級生とばったり会ってね。その男がオレンジ郡でPMを勤めているということから、この話が始まったんだ。とにかくプロジェクトをひとつ獲って成果を上げれば、クライアントに我々の実力を分かってもらえる。そして第二、第三のプロジェクト獲得に繋げて行く。最初の一本が鍵なんだ。ここは何としても突破口を開きたい。君達の頑張りにかかってるんだ。頼んだぞ。」

スケジューラーとしては駆け出しもいいところの私には、どう考えても過剰な期待。いっそのこと今の内に力不足を告白して辞退しちゃった方が会社のためかもしれないぞ、と弱気がよぎった時、彼がこう付け加えたのです。

「プリマベーラでスケジュールが作れる社員は、南カリフォルニアに今、エドと君しかいないんだ。エドは多忙過ぎてプロポーザルに参加する余裕が無いだろ。今回のクライアントは、プリマベーラ・スケジューラーの参加を必要条件に挙げている。ということは、君無しではこの戦いに勝ち目は無いってことだ。疑いも無く、君は最重要メンバーのひとりなんだよ。」

これで逃げ道は閉ざされました。エリックは私を隣の部屋に導き、窓際のデスクで仕事していた男性に紹介しました。

「今回のプロジェクト獲得作戦の中心人物だ。わざわざウィスコンシンから転勤してもらったんだよ。」

それまでに電話では何度か喋っていたものの、これがプロジェクト・マネジャーのジムとの初顔合わせでした。おそらく五十半ば。むき卵のように光沢のある禿頭とは対照的に、豪邸の生垣みたいに整然と刈り込まれた厚みのある口ひげと顎鬚とで、顔の下半分が覆われています。眼鏡の奥の目尻に刻まれた深い笑い皺は人柄の良さを物語っていて、まるで有名なお寺の人気和尚だなあ、と心の中で袈裟を着せていました。

次のミーティングがあるから、と足早に立ち去るエリックの背中を見送った後、ジムに尋ねてみました。
「ウィスコンシンから転勤って、本当ですか?お一人で?」
「いや、夫婦で引っ越して来たんだよ。娘二人はほぼ手を離れていて、身軽なんだ。」
「でも、はるばるカリフォルニアに住まいを移したのに、この先いつまでも新規プロジェクトが獲れなかったらどうするんです?」
ついさっき初めて会ったばかりの相手に対して、この質問はいくらなんでも不躾だったな、と後悔がよぎったその時、
「そりゃさぞかし居心地が悪いだろうね。クビにされるか、尻尾を巻いてウィスコンシンへ逃げ帰るかだな。」
と軽く一笑するジム。
「じゃあ絶対に勝たなきゃいけませんね。」
失言を挽回しようと、思わず過剰に意気込む私。
「そうだね。頼りにしてるよ。」

この後、ジムと机を並べてラップトップを出し、スケジュール作成に取り掛かりました。今回のプロジェクトの内容を噛んで含めるように説明する彼の声には、一言一言を心から楽しんでいるかのような長調の旋律があって、技術的な固い内容でも脳が喜んで吸収して行きます。
「細部まで注意の行き届いたスケジュールが示せれば、我々がプロジェクトの進め方を完全に把握しているってことをクライアントにアピール出来る。前回の君のスケジュールはすごく良かった。今回も同じ緻密さで頼むよ。」
「もちろんです。」
「そうそう、そういえばエリックから聞いたんだが、PMP試験を受けるんだって?」
「あ、きっとボスのエドから伝わったんですね。」
「クライアント側のキーメンバーは全員PMP保持者なんだ。うちのチームが誰もこの資格を持ってないというのは、我が社の深刻な弱点だ。君が合格すれば、プロポーザルの組織図上、君の名前の横でPMPの三文字が輝くことになる。我々の勝率は大幅に上がるだろう。テストはいつ?」
「十月です。毎週末、試験勉強してます。」
「そうか、頼んだぞ。」

それから数時間、ジムに確認を求めつつ、しこしことスケジュール作成を続けました。何度も睡魔に襲われ、とうとうコンピュータ画面がぼやけて来た夕刻、もうそろそろ体力の限界だな、と感じます。さっさと切り上げて帰宅の途に着かないと、高速で事故を起こしかねないぞ、と。窓の外は急速に暗さを増しています。

その時ジムが不意に立ち上がり、部屋を後にしました。間もなく戻って来た彼がジャージ姿なのに驚いていたら、ニッコリ微笑んでこう言いました。
「道が混むだろうから、君はそろそろ帰った方がいいんじゃないか?この続きは電話でやろう。」
そしてこう続けます。
「僕は疲れたから、ちょっと走って来るよ。」
笑顔でサヨナラを言い、エレベーターホールへと向かうジム。

疲れたから、走る?

このフレーズが、暫く私の頭蓋骨の内側をゆったりと回遊していました。「疲れたらから帰って寝る」ではなく、「走る」。そんなセリフ、自分の口からは絶対に出ません。和尚さんみたいだなんて勝手にイメージしていたけど、とんでもない勘違いだった。それに、「ちょっと走って来る」ということは、戻ったら仕事を続けるという意味だよな。一体どういう体力してるんだ、あの人?

夜の高速。サンディエゴに向かって車を走らせながら、自分に言い聞かせていました。身体が辛いのは仕方ない。慣れない仕事をしてりゃ当然だ。でも気持ちで負けてたら駄目だ。どんな困難な挑戦も、笑って乗り越えるんだ。こんなところで弱音を吐いてはいられない。タフにならなきゃいけないぞ、と。


2016年9月5日月曜日

アメリカで武者修行 第36話 説得したわけじゃないんです。

ある日、老ジョージが私のキュービクルにやって来ました。
「来週から、非常勤の相談役のような立場になる。このオフィスに顔を出すこともほとんど無くなるだろうから、君にPMの座を引き継がないといけない。」
高速道路設計プロジェクトは訴訟状態にもつれこみ、未だに終結出来ずにいるのです。
「とは言っても、大物の課題はほぼ解決済みだから安心したまえ。PB社のケンがクラウディオの後を引き継いでいるから、JV側の業務は彼がほとんどやってくれる。やっかいなのは下請け契約の終結だが、そこは君の得意分野だろう。頼んだぞ。」

二年前、苦しい職探しの末にようやくこのプロジェクト・チームに潜り込んだ時点では、自分がいずれPMになるかもしれないなどと、想像もしませんでした。銃声が消えた焼野原の戦場を見渡し、所属部隊で生き残った兵は自分一人なのだと、ようやく気付いたような格好です。

数日後、ダウンタウンにあるPB社のケンを訪ねました。彼は韓国系アメリカ人。JVチームのプロジェクト・ディレクターという肩書です。髪に少し白い物が混じってはいますが、年齢は私とほとんど変わらないでしょう。終盤でいきなりプロジェクトに飛び込んで来た彼は、細かい経緯を知りません。私の持つ断片的な記憶と、彼がクラウディオから引き継いだ書類上の知識を寄せ集め、二人でプロジェクトの終結に取り組むことになったのです。

大会議室のテーブルに、まるでトランプの七並べのようにずらりと書類を並べ、つぶすべき大小百以上の課題を二人でひとつひとつ洗います。彼はリストを見ながら、一件ずつ内容のおさらいをして行きます。その中に、喉に刺さっていつまでも抜けない魚の小骨のような、悩ましい一件がありました。
「これは、どういう話だったっけ?」
と、手にしたリスト越しに、ケンが私の顔を覗き込みます。
「現場担当者から口頭で追加作業を頼まれたという測量業者に対し、文書による事前の合意が無いという理由で、6千ドルあまりの支払請求を拒否したんです。先方の担当者アンディが、下請けをイジメる酷いJVだ、州政府に訴えてやる、と、脅迫めいた手紙を寄越して来たため、当時私の上司だったフィルと一計を案じ、元請けのORGに対して追加請求をしました。ところがその後、元請けとの訴訟騒ぎになったため、この件は脇に追いやられてしまったんです。それで未だに下請け契約が閉じられない、というわけです。」

現場事務所の食堂で、テーブル越しにすがるような目で6千ドルの支払いを懇願するアンディの顔が蘇りました。
「払ってくれるまでは契約終結書にサインしない、と彼が言い張ったらどうしましょうか?」
「難しいね。シンスケはどう思うんだ?」
「個人的には、全額支払うべきだと思ってます。こっちはちゃんと成果品を受け取っているんですからね。なのに対価を払わないというのは、道義的に許されないでしょう。でも契約担当の立場で言えば、やはり突っぱねるべき話です。法的には、契約外の仕事に報酬を払う必要はないからです。我々自身も、同じ仕打ちをORGから嫌と言うほど受けて来ましたからね。」
元上司のリンダから「タフになりなさい」と日々どやしつけられて来たお蔭で、感情を捨ててビジネスマンとしての判断をする習慣が身についていました。とは言え、これは疑いようも無く理不尽な行為です。日本の公的機関で14年間も働いて来た私には、辛い葛藤でした。
「よく分かった。それじゃあ半額の3千ドルを譲歩の限界点としよう。それでも手を打たないと言い張るようだったら、一旦退いてくれ。」
ケンが妥協案を出してくれたことで、ほっとしていました。これで、「喧嘩両成敗」という理屈を持ち出して穏便に契約を閉じるオプションが出来たのです。

薄曇りの金曜日、住所を頼りにアンディのオフィスを訪ねました。鞄の中には、サイン欄に付箋を貼り付けた下請け契約終結書二通、それから三千ドルの小切手が入っています。土捨て場と見られる広大な空き地に面した、灰色の工業団地。舗装の無い駐車場で車を降り立つと、タイヤに巻き上げられた砂煙が霧のように立ち込めていました。数社の会社名がひしめく雑居ビルの入り口で、受付嬢と見られるブロンド女性に名前を告げます。彼女は暫くの間、ガムを噛みながら眠たげな目で私の顔を見つめた後、
「今呼んで来ます。」
と奥に引っ込みました。土埃でまだらに汚れた紺色のソファに浅く腰かけ、アンディを待ちます。段ボール箱やスコップ、錆びた測量道具などが乱雑に積み上げられた狭い待合室の壁には、ハクトウワシが力強く飛翔する写真がかけられていました。写真の下に、くっきりとした活字体で、SUCCESS (成功)と印字されています。額縁が右側に大きく傾げているのが気になり、立ち上がって水平に戻しました。

その時、ノーネクタイにYシャツ姿のアンディが元気良く現れました。
「ハーイ、シンスケ、よく来てくれたね。」
握手の手を差し伸べ、屈託なく歓迎の笑顔を浮かべます。遺恨のかけらも見せぬ明るい振る舞いに、まさかこちらの油断を誘っているのでは、と裏の意図を勘繰って反射的に身構える私。

小ぶりな会議室のドアを開けて私を招き入れたアンディが、会議机のパイプ椅子を引くと、そこに段ボール箱が載せられているのに気付きました。決まり悪そうにこれを床に下ろし、私の着席を促します。
「さっそくだけどアンディ、メールに書いた通り、今日は下請け契約を閉じるために来たんだよ。」
と単刀直入に切り出して、書類をテーブルに拡げる私。
「うん、分かってる。どこにサインすればいいんだい?」
とアンディは、書面に視線を走らせつつ、シャツの左胸ポケットに挿してあった万年筆を右手でひょいと取り上げます。まるで過去のいざこざなど、とうの昔に記憶から消し去ったとでもいうように。
「アンディ、わざわざ蒸し返すこともないかもしれないけど、追加業務の扱いについては、あらためてJV内部で話し合ったんだ。」
彼がペンを置いてさっと右手を上げ、セリフの続きを制します。
「シンスケ、今日は見せたいものがあるんだ。」
アンディはくるりと椅子を回すと、背後の棚に置いてあったクリップボードをつかみました。
「これを見てくれよ。」
書類のトップに書いてある太字のタイトルが、真っ先に目に飛び込みます。

Field Change Request Form
「現場変更要求書」

「六千ドルの件では、社長に散々絞られたよ。暫くは、君たちJVのやり口を恨んだもんだ。でもね、頭を冷やしてよく考えたら、追加業務を始める前に文書で確認を取らなかった僕らにも非があるんだな。そこで僕が作ったのが、この様式だ。あれ以来、現場に行く人間には必ずこれを持たせるようにしてる。作業中にクライアントから変更指示を受けた場合、これをパッと差し出してサインを貰ってるんだ。こいつのお蔭で、二度と痛い目には合わなくなった。六千ドルは高い授業料だったけど、今じゃ、あの一件があって良かったとさえ思ってるんだ。」
苦い経験を梃に、大幅な業務改善を成し遂げた。逆転ホームランをお見舞いしてやったぞ、という誇らしさが、光線のように彼の顔から放射しています。
「うん。これは素晴らしいね。こんな書類を差し出されれば、追加業務を頼む側も曖昧な指示が出来なくなるしね。」
参考にするから一枚持ち帰っていいか、と尋ねられるのを待つかのように私の顔を暫く見つめていたアンディは、それほどまでの賞賛を私から引き出すことは出来ないと悟りながらも、感心は本物であることを確認して満足したようで、二通の契約終結書に素早くサインしました。そしてにこやかに立ち上がると、さっと右手を差し出しました。
「これからも、末永くお付き合いを頼むよ、シンスケ。」
彼の手を握り返すまでのほんの一瞬、思考が目まぐるしく交錯しました。今ここで三千ドルの小切手を鞄から取り出せば、望外の出来事にアンディは感激するだろうか。いや、むしろプライドに輝いた彼の顔に、泥を塗ることになるかもしれない。いや待てよ、小切手を見せずとも、用意したオプションをほのめかして彼の反応を見るくらいはするべきじゃないか…。

砂煙越しに小さくなっていくアンディの姿をバックミラーの中におさめながら、ゆっくりと車を走らせる私。オフィスに戻って会議室の扉を内側から閉め、ケンに電話で首尾を報告しました。
「そうか。よくやったな。小切手は破棄しておいてくれ。こっちの帳簿からも消しておくから。それにしても、よく説得出来たな。」
「いえ、説得したわけじゃないんです。」
「まあいいよ。とにかくこれで一件落着だ。」

電話を切って椅子を回転させると、窓の外が刻々と夕暮色に染まって行くのを、暫く眺めていました。次に鞄のジッパーを開け、受け手を失った小切手を取り出して机の上に載せ、部屋がすっかり暗くなるまで見つめていました。


2016年7月24日日曜日

アメリカで武者修行 第35話 煩悩を切り捨てよ

「シンスケって、人の悪口言わないわよね。」

職場から車で五分の距離にあるショッピングモールに、小さなタイ料理屋「タイカフェ」があります。同僚のジェシカとティルゾに誘われ、週に二回程度ここでランチを取るようになりました。ジェシカというのは、構造力学専門の若手社員。高速道路プロジェクトの終了間際にチーム入りした後、今の支社に転属した仲間です。彼女がティルゾとゴシップに花を咲かせるのをぼんやりと聞きながら淡々と咀嚼を続けていた私は、突然の一言でハッと我に返りました。
「え?何の話?」
「シンスケの口から人の悪口を聞いたことないなあって、今気づいたの。よく考えたら私なんか、喋ってることの大半が人の噂話とか悪口よ。恥ずかしくなっちゃう。」
「うん、確かにシンスケは他人のことを悪く言わないよね。」
と、ティルゾが同調します。
「いやいやとんでもない、買い被りだよ。僕はそんな立派な人間じゃないって。」
突然二人から聖人君子のように扱われたことに、当惑する私。
「自分のことに精一杯で、他人のことを気にしてる余裕が無いだけだよ。それに二人には分からないかもしれないけど、悪口って、英語学習者にとってはとんでもなくハードルが高いんだぜ。」

思わず本音を吐露してしまいました。周りの社員が何でも軽々とこなしている脇で、毎日慣れない仕事にもがき続けてる。出来ることなら、人の悪口が言えるような境地に辿り着きたいよ…。そんな風に鬱屈していたのに加え、実はこの時、午前中に臨んだレベル2会議でのダメージが心を重く湿らせていたのです。

小会議室のテーブルに、電話を挟んでエリカと着席し、一件20分のカンファレンスコールを立て続けに3時間こなします。全米各地から、顔を合わせたこともないPM達が入れ替わり電話してきて、それぞれが担当するプロジェクトの現況を説明します。これをじっくり聞き取りつつ的確な質問を投じ、相手のリアクションから危険信号を察知して上層部に報告するのが私の役目。一段リスクの高いプロジェクトを対象としたレベル3会議では、エドやクリスが刃物のように鋭い質問の連続で相手をじわじわと追い詰めて行き、その気になれば最後まで伏せておけたかもしれない「問題の種」を易々と自白させる場面に、再三立ち会って来ました。

もちろん、新米の私にそれだけの技量が備わっているはずもなく、工期に遅れは無いか、クライアントとは上手く行っているのか、などという当たり障りのない尋問しか出来ません。当然、期待通りの回答しか得られないため、私がレビューを担当したプロジェクトは全て順風満帆、というレポートが出来上がってしまいます。これじゃ、大勢の社員の仕事を中断させてまで聞き取りをするそもそもの意味が揺らいで来ます。会議机の向かい側でノートPCを開き、静かに議事録を取るエリカに対しても申し訳なく思う気持ちが募り、何とかして一矢報いたい、と焦れていました。

そんな時、前日エドが盛んに使っていたキーワードが蘇りました。彼はレベル3会議の出席者に対し、「契約書にLiquidated Damages(リクィデイテッド・ダメージ)条項は含まれているか」と何度か尋ねていたのです。その響きがクールだったのに加え、電話の相手の怯む様子が無言状態の長さから読み取れて印象的だったため、試しに使ってみようと咄嗟に思い着いた私。
「え?なんだって?」
電話の向こうで、PMがさっと気色ばむのを感じます。
「そんなものあるわけないだろう。これは資料を集めて分析し、レポートを書く仕事だってさっき説明したばかりじゃないか。どうしてここでLD(エルディー)が出て来るんだよ?」
言葉の意味を理解せずに質問したのですから、こちらの落ち度なのは百も承知です。しかしPMの反撃が予想外に激しく、「エルディー」などという略称を使うことで知識の差を見せつけられたこともあって、すっかり落ち込んでしまいました。

電話会議終了後、エリカに話しかけます。
単語の意味を知らないまま使って逆襲にあっちゃった。Liquidated Damagesって言葉、知ってた?」
「実はさっき、シンスケの質問を聞いた時に調べておいたの。読み上げるわね。」
彼女がインターネットの画面を、いかにも「私だって知らなかったのよ」とかばう様な調子で棒読みします。
「なるほどね。スケジュールの遅れや成果品の不具合のために契約相手に与えた損害を、一日当たりいくらと決めて賠償する条項ってわけか。確かにエドは、建設設計プロジェクトのレビューでこのワードを使ってた。そうだよね。レポート書くだけの仕事に、そんなものあるわけがない。あ~あ、本当に僕は何をやってるんだか…。」
「気にすること無いわよ。私だって、会話の内容を全部理解出来てるわけじゃないのよ。」
「慰めてくれて有難う。でも、今の失敗はさすがにこたえたよ。」
早く一人前にならなければ、という焦りが、自分を実力以上に見せようと駆り立てていることは自覚していました。失職の危機を一時的に脱したとは言え、折角チャンスを与えてくれたエドの忍耐力をいつまでも試し続けるわかにはいかないのです。

こんな風にして、日一日と心身の疲れが蓄積していました。平日は、通常業務終了後にプロポーザル準備の仕事に取り組むため、恒常的な深夜残業。土日は朝5時起きし、近所のスターバックスでPMP資格取得のための試験勉強です。辞書を引き引き、専門用語を丸暗記しながらプロジェクト・マネジメントの基本を頭に叩き込みます。そして家族が目を覚ます頃に帰宅し、ヨチヨチ歩きの息子の相手をする、というライフスタイル。

プロポーザル締め切り前日の日曜日、早朝の試験勉強を終えて無人のオフィスに出社した私は、自宅で作業を続ける同僚サディアと、電話で話しながらスケジュールを仕上げて行きました。オレンジ郡のプロジェクト獲得のために競合他社から引き抜かれて来た彼は、下水道管老朽化検査のエキスパートです。インドの大学を卒業後、渡米して修士号と博士号を取得し、その後四半世紀、エンジニアとしてのキャリアをアメリカで積んで来ました。インド出身者にありがちな強いアクセントは無く、一語一語を丁寧に発音します。カールした銀髪、縁なし眼鏡の奥で光る好奇心に満ちたその瞳は、アインシュタインとの血縁を思わせます。
「ちょっと待って。そんなに急がないで。今考えているところだから。」
先走る私を悠然と制する、電話の向こうのサディア。早くスケジュールを仕上げなければ翌朝の提出に間に合わないため、私は焦りに焦っていたのです。彼ののんびりした口調に、やや苛立ちながら。

彼との電話を切った時には、既に陽が落ちていました。がらんとしたオフィスの天井灯を、頭上の一列だけ点灯します。仕上がったバーチャート・スケジュールをメールしてサディアの最終確認を受け取った後、各タスクに「リソースを載せる」作業に移ります。各プロジェクトメンバーの労働時間が一日8時間を超えないよう試行錯誤を繰り返し、リソース・グラフを仕上げたのが夜10時過ぎ。これをプロポーザル・コーディネーターに送信した後、くたくたになって帰宅しました。

翌日の昼、プロポーザル無事提出との知らせを聞いた後、サディアに誘われて日本食レストラン「将軍」へ行きました。目の前の巨大な鉄板でシェフが分厚い肉を焼くのを眺められるカウンター席に、二人並んで着席。
「君の頑張りが無ければ、今回のプロポーザルは到底まとまらなかったよ。本当に有難う。今日は僕のおごりだ。」
私は焼肉定食を頼み、サディアは肉抜きチャーハンを注文しました。お肉食べないんですか?と尋ねる私に、インド出身者には菜食主義者が多いんだよ、と彼が微笑みます。
「インドといえば、ヨガですよね。ヨガやるんですか?最近、このへんでもすごく流行っていますよね。私も無料体験コースに参加したことがあるんですが、床に寝転んでストレッチしてる最中に眠っちゃって。静まり返ったジムの中、いびきをかいて鼻を鳴らしちゃったんです。短時間に二回も。もうそれ以来恥ずかしくって、ヨガ・アレルギーですよ。」
会話の糸口を作るためのこの軽口に対し、サディアは穏やかな表情を浮かべたままこう応えました。
「僕は過去35年間、毎日ヨガの修行をしているよ。」
「え?そうだったんですか?ごめんなさい。失礼なことを言っちゃいましたね。」
ちょっと注意していれば、年齢の割に引き締まった彼の体形や冷静沈着な物腰から、ヨガとの関連性は簡単に連想出来そうなものです。どうして気づかなかったんだろう?
「いや、失礼なんてとんでもない。ヨガがこの国でどう扱われているかは、よく分かってるつもりだからね。まず、誤解しないでもらいたいんだけど、ヨガは単なる柔軟体操じゃないんだよ。身体の柔らかさを競うだけなら、人間は猿にも勝てないからね。ヨガの真髄は、己と外界との間で起こる、精神の融合なんだ。精神を集中することで、幸せを創り出す。たとえば、美味しい物を食べて幸せになろうとするのではなく、何を食べても美味しいと思うことを自分で選択する。我が身に起こることが幸か不幸かを決めるのは、自分の精神なんだよ。」
「あの、ちょっと待って下さい。メモ取ってもいいですか?今、ものすごく良い話を聞いてる気がするんです。」
「もちろんだよ。」
私は急いで尻ポケットから手帳を取り出し、彼の説話の要点を書き取り始めました。
「我々は、自分が考えていることを常に意識し、どう考えるかを慎重に決断しなきゃいけない。日々の想念が、着実に己を変えて行くんだ。ほら、ここに水の入ったコップがあるだろう。」
彼が、よく冷えて外側が水滴で一杯になったコップを、ひょいと摘み上げて指さします。
「ここに入っているのが、濁った泥水だとしよう。しかし毎日少しずつでも浄水を注いで行けば、いつの日かコップは清い水で満たされる。泥水を注ぎ続ければいつまでたっても泥水だ。己の魂が周囲のネガティブな想念に染まらないよう注意する必要がある。他人の悪口ばかり言う人間には、なるべく近づかない方がいい。」
「なるほど。」
「煩悩(desire)を切り捨てよ。サンスクリット語ではクレーシャというんだが、ぴったりした言葉が英語に無いので、ここは欲望(desire)としておく。己の欲望に気付いたら、直ちにそれを捨てるよう努めること。欲望をすべて排除した時、人間は最高に強くなれるんだよ。」
頭の隅で長い間しこっていたものが、ふわっとほぐれていくのを感じます。
「煩悩を持たない者は、周囲が自分をどう扱うかについて、何の期待も不安も抱かない。だから何を言われても傷つかないし、何を言われるかについて気を揉んだりもしない。」
彼の言う通りじゃないか。人からどう思われるかなんて気にしなければ、もっと楽に生きられるはずなんだ…。
「でも、それってすごく難しくないですか?」
と私。
「もちろんだ。簡単に出来るくらいだったら、僕だってこうして35年も修行を続けてないよ。」
包容力をたたえた笑顔で、私の目をじっと見るサディア。
「焦らずに淡々と、日々精進を続けるだけ。昨日より今日が、ちょぴり良くなってればいいじゃないか。」

老師のこの言葉で、再び前へ進む気力を取り戻した私でした。 

2011年3月6日日曜日

アメリカで武者修行 第34話 それこそが職の保証なんだよ

プロジェクトコントロールの仕事を始めて一週間。ボスのエドが私のコンピュータに、Primavera (プリマベーラ)というスケジュール作成ソフトをインストールしました。
「ロングビーチ本社の連中が、オレンジ郡の仕事を獲ろうとしてるんだ。新規開拓だからあまり高い勝率は見込めないんだが、そのためにわざわざウィスコンシンから熟練PMを引き抜いて来たくらいだから、かなり本気みたいだ。二週間後に、一本目のプロジェクト獲得に向けたプロポーザルの締め切りがある。俺にスケジュール作成の依頼が来たんだが、別件で忙しいんで、君に任せることにした。大至急プリマベーラをマスターして取り組んでくれ。」
「締め切りまでたった二週間しかないんですか?」
プリマベーラなんてソフトは使ったことが無いし、大体私はまだスケジューリングのイロハを学んでいません。
「どこかで短期集中トレーニングを受けるとか出来ませんか?」
エドは愉快そうに顔をほころばせながら、こう答えました。
「OJT(オー・ジェイ・ティー)という言葉は知ってるよな。」
「On-the-job training (オン・ザ・ジョブ・トレーニング)ですか?」
「その通り。仕事をしながら体得する。俺もそうやってこいつを学んだんだ。締め切りのある仕事に取り組むのが、一番効率的な学習法なんだよ。」

こんな大事な任務を、ど素人の私に任せて良いのだろうか。いや、私が素人だなんてこと、エドは知らないんだった。彼との面接では、自分の能力を極限まで誇張して売り込んじゃったからなあ…。
「これがRFP(リクエスト・フォー・プロポーザル)だ。まずこいつを読んでプロジェクトの内容を理解してくれ。それからこっちが、プリマベーラのマニュアル。」
と、エドが電話帳ほども厚みのある書類を二冊、ドサッと机に置きました。
「ま、そうは言っても残念ながら、マニュアルとにらめっこしてる時間なんか無い。最初のうちは、俺にどんどん質問しながら学んでくれ。」

プリマベーラというのは、この業界のスケジューリング・ツールとしては王者の地位に君臨していて、マイクロソフト社の「プロジェクト」を自転車とすれば、最新鋭の戦車に喩える人もいるくらいの怪物プログラムです。こんな短期間で習得出来るとはとても思えません。しかし今回のRFPには、このソフトで作ったスケジュールを提出するよう、明確に指示されているのです。

さっそく盟友ケヴィンの部屋へ行き、私の苦境を吐露しました。このポジションを獲得するために、面接で目一杯頑張って有能なふりをしちゃったけど、意外に早く馬脚を露してしまいそうだ、と泣き言を言う私を、ケヴィンはあっさりと突き放しました。
「プリマベーラか。悪名高いプログラムだな。俺も何度か挑戦したけど、あのソフトは滅茶苦茶使いにくいよ。残念だけど、俺には何もしてやれないな。」

失業の瀬戸際でやっと手にした仕事です。早々にしくじってエドの信頼を失いたくはありません。これはもう腹を決めて取り組むしかない。翌日から、深夜残業がスタートしました。スケジュールの草案は、ケヴィンの隣の部屋で働くインド人の工学博士、サディアが作成します。彼が横長の白い紙に、タスクリストとバーチャートを手書きで構築して行き、これを私が片っ端からコンピュータ上に再生していく段取り。ところが、まず何から始めたら良いのか見当がつかない。マニュアルを読んでもちんぷんかんぷんです。仕方ないので夜のうちに質問を箇条書きにしておき、翌朝一番エドをつかまえてひとつずつ解説してもらうことにしました。

ところが、三日たっても四日たっても、一向にスケジュール作成に取り掛かれません。いつまで経ってもソフトの仕組みが飲み込めないのです。原因ははっきりしています。ユーザーインターフェイスのデザインが劣悪で、ドロップダウンメニューのひとつひとつが一体どんな仕事をしてくれるのか、直感的に理解出来ないのです。マイクロソフトのソフトであれば「ファイル」と呼ぶべきところを「ユーティリティ」と表現していたりして、頭を切り替えるのに時間がかかるのです。まるで何重にも暗号をかけられた高性能時限爆弾と格闘する、爆発物処理班の気分。堂々巡りをさんざん繰り返した挙句、夜中にひとり、ガランとした暗いオフィスに怒りの雄叫びをこだまさせる日々が続きました。

金曜の夕刻、帰り支度を始めたエドを訪ね、月曜朝一番の面会をお願いしました。彼が快諾してバッグを肩に担いだところで、遂に堰が切れました。あろうことか、溜まりに溜まった憤懣を、彼に向かって爆発させてしまったのです。
「エド、このソフトを開発した人たちは、よほどの偏屈者でしょうね。底意地の悪い人間がよってたかって、出来るだけ使いにくい製品を作ろうと最善を尽くしたとしか思えませんよ。ユーザー・フレンドリーなデザインにしようと努力した形跡なんか、ひとかけらも無い。はっきり言って、私はこのソフトが大嫌いです。最低最悪のプログラムだと思いますよ。」

まるでそういう恨み言を聞かされるのを初めから分かっていたとでも言うように、エドがニコニコ笑ってこちらを見つめています。そして私が臓腑に蓄積した毒を一滴残らず吐き終えるのを待って、ゆっくりと口を開きました。
「いいかシンスケ、それこそがジョブ・セキュリティ(職の保証)なんだよ。そうは思わないか?もしもプリマベーラがユーザー・フレンドリーで、誰にでもスイスイ動かせたとしたら、俺達スケジュラーの大半はたちまち失職だ。もしも使いにくい機能に出会ったら、そのたびに心の中でサンキューと唱えるべきなんだよ。それをひとつマスターする毎に、業界での君の価値は確実に一段階アップしているわけだからな。」

しばらくの間、呆然と立ちすくんでしまいました。過去二年間、ひたすら職の安定を求め続けて来た私。探していた答えが目の前に差し出されていたというのに、全く見えていなかったとは…。取り乱してしまったことを丁寧に詫び、彼を見送ってから自分のキュービクルに戻りました。そして大きく深呼吸してから、コンピュータに向かいます。素晴らしい上司に出会えた幸運を、ひっそりと噛み締めながら。

2011年1月16日日曜日

アメリカで武者修行 第33話 我らの世界へようこそ

プロジェクトコントロール部門の主要業務は、全米で進行中のプロジェクト約7千件のうち、リスクレベルの高いものを選んでその経営状態を毎月監視するというものです。リスクレベルは受注額や契約形態等を考慮して3段階に分けられ、従来は最高位の「レベル3」プロジェクト約30件のモニターを実施していました。私はその電話会議に毎回同席して学びつつ、6月からは一段下の「レベル2」プロジェクトのうち、北米西部エリアのレビューを単独で任されることになりました。

まずはエリカが用意したリストの中から候補となるプロジェクトを選出し、プロジェクトマネジャー達に、
「あなたのプロジェクトが監視対象に選ばれました。」
というメールを送りつけます。次にイントラネット上のレポート様式に各種データを記入してもらい、毎月一度、電話でのヒアリングをセット。コストの予算超過、スケジュールの遅れなどを早期に発見してその原因を究明し、解決策の助言や上層部への報告等を行います。北米西部と言われて西海岸だけをイメージしていたのですが、会議の相手は西はハワイ、東はミシガンと全米各地に分布していて、時差は合わせて6時間。壁に貼った北米地図を眺めながら、先方が今何時なのかいちいち確認しなければなりません。

今度の仕事の最もやっかいなポイントは、見たことも話したこともない、そしてこれからおそらく一生会うこともないであろう人達と、電話で会議をしなければならないことです。表情や身振り手振りが見えない分、言語のみによる高いコミュニケーション能力が要求されます。馴染みの薄い分野、例えば地下水浄化とか老朽プラント破壊プロジェクトなどになると、会議は初耳の単語で埋め尽くされ、あまりの意味不明さで途方に暮れます。何を質問して良いのかさえ分からない。日本でも、異動して新しい仕事につくたび似たような思いを味わったものですが、そこに電話会議、さらに英語という要素が加わってくると、厳しさも倍増です。

こうして、おぼつかない足取りながら新しい仕事をこなし始めた私ですが、実は未だに高速道路設計プロジェクトの泥沼から足を洗えていません。成果品の承認がなかなか下りず、仕事はまだまだ続きそうだというのに、直属の上司だったリンダは6月、トップのクラウディオは7月に転職してしまい、気がつくと私は数少ない残党の一人となっていました。

さて、少しさかのぼって5月中旬のこと。ジョージに呼ばれて彼のオフィスに行ったところ、
「これから七週間ほど休む。暫く後を頼むぞ。」
と告げられました。彼は今年68歳。以前からパートタイム勤務をほのめかしていたので驚きはしませんでしたが、簡単に「頼む」と言われても困ります。
「戻られたらまたプロジェクトを指揮なさるんですか?」
と尋ねると、
「知らんよ。この休みだって私の決めたことじゃない。役員会の意思だ。彼らに聞いてくれ。」
と仏頂面。上層部が「これ以上このプロジェクトに金を使うな」と人員削減に走っていることは聞いていましたが、まさかプロジェクトマネジャーの彼までそういう目に遭うとは思ってもみませんでした。
「今月のレベル3会議では誰が報告するんですか?」
前月の電話会議では、内角を抉るような厳しい質問を事も無げに打ち返す、老司令官ジョージの威風に惚れ惚れさせられました。まさか今回私に代理を頼んだりしないよな、と怯えていたところ、
「担当役員のホフマンにピンチヒッターを頼んでおく。先月のレポートに赤を入れておいたから、今月用に仕上げて彼に送っておいてくれ。」
と言われて安心しました。

そしていよいよ、レベル3会議の本番。ウィスコンシンから電話会議を仕切るアルが出席者(15人ほど)の確認をしていた際、ホフマンの声が聞こえないことに気付きました。みな暫く世間話で場を繋いでいたのですが、そのうち沈黙が訪れました。エドが
「ホフマンは本当に出席するのか?」
と囁くので、
「会議日程と説明資料の確認をした時は、欠席なんて言ってなかったですよ。」
と答えました。電話の向こうで、西海岸全域を統括する副社長のデビーが、
「一体誰がレポートするのよ?」
と険のある声で問いかけ、電話会議の空間が水を打ったように静まり返りました。どうやらホフマンが逃げたらしいことを覚った瞬間、妙な胸騒ぎが走りました。次の瞬間、あろうことかボスのエドが、「大丈夫だな?やれるな?」と私に目配せしながら、
「このプロジェクトのことを分かっているのはシンスケだけです。彼に説明してもらいましょう。」
と答えたのです。「やれます」なんて合図は一瞬だって返さなかったのに…。それまで経営陣と同じ立場でヒアリングに臨んでいた私が突然両脇を抱えられ、力ずくでお白洲に引きずり下ろされた格好になりました。混乱する頭を鎮めながらおずおずと説明を開始した私に、
「声が小さいわよ。もっと電話の近くに寄りなさい!」
とデビーの一喝。こうなったらヤケだ、と腹式発声に切り替え、ゆっくりとレポートを読み上げました。その後一分ほどは無事に進んだのですが、コスト予測の段になって突然デビーが激昂します。
「何ですって?もう一度言ってみなさい!」
「ですから、先月のコスト予測から更に5千ドル増え…。」
「ちょっと待ちなさい。最終コスト予測を変更して良いなんて誰が言ったの?これ以上一セントたりとも増やせないことくらい分かってるでしょう!あんた達が毎月何に金を使ってるのか知らないけど、払いたかったら自腹で払いなさい、自腹で!」

言葉を失いました。確かジョージの話では、この件に関してデビーの了解は取ってあったはずなのに…。エドの顔を見ると、眉間にしわを寄せてはいるものの、助け舟を出してくれる気配はありません。仕切り役のアルが、
「デビー、シンスケを責めるのはフェアじゃないよ。彼はプロジェクトマネジャーじゃないんだから。」
と収めてくれたので助かりましたが、久しぶりに嫌な汗をかきました。

長い休暇からジョージが戻ったのは7月も中旬。張りのある大声で握手を求めながら私のキュービクルに入ってきました。7週間で3千マイルも走ったぞ、と日焼けした顔で愉快そうに笑いながら、50年ぶりに出席した高校同窓会の話などを披露してくれました。私がレベル3会議の報告をすると、
「そうか、それは災難だったな。」
と言いながら、その実あまり気の毒に思っている風もなく、
「ま、我らの世界へようこそ、というところだな。」
ともう一度笑いました。
「考えても見ろ、経営陣は月一回、10分間だけ報告を受けてすべてを判断しようとしてるんだ。細かいことなど覚えていられないし、プロジェクトごとの複雑な背景なんて永遠に理解できんよ。君もこれからそういうことに何度も出くわすことだろう。いい経験だよ。」

そして、何でも大抵そうなのですが、3ヶ月も経つとだいぶ楽になりました。7月にヴァージニア州リッチモンドで催されたファイナンス部門・プロジェクトデリバリー部門連絡会議に出席したことも、随分助けになりました。それまで電話だけで連絡を取り合ってきた同僚達との初顔合わせがあったからです。私はたまたま西海岸のサンディエゴでエドに雇われたものの、彼の上司のクリスは東海岸のヴァージニア、その上司のアルはウィスコンシンと、所属は同じでも働く場所はさまざま。北米東部担当の同僚はほとんどリッチモンドにいて、当日までずっと顔を知らずにいたのです。
「やっと会えたね。初めまして。」
と握手しながら、長いことその声を聞き慣れていた声優さんを初めてテレビで目にした時と同じような感興を覚えました。勝手に何となく巨漢を想像していたら、実際は痩せた小男だったりして。

ファイナンス部門から連絡会議に参加していたボブは、西海岸エリアの財務を統括していて、レベル3会議で私を怒鳴りつけたデビーの直属の部下です。彼とエドと三人、地元のステーキ屋に繰り出した際、デビーの話題になりました。
「いやあ、俺もあれほど感情の起伏が激しい上司に仕えるのは初めてだよ。その前の上司が感情を全く表に出さない人だったから、切り替えが難しくってねえ。」
と笑うボブに、好奇心にかられこう聞いてみました。
「デビーって、一体どういう外見をしてるんですか?」
すると彼は急に神妙な顔になり、
「全部の歯が恐ろしくデカくてね、しかも鋭く尖っていて、顔を見た人はみんな一瞬で石になっちゃうんだよ。」
と答えました。一瞬の沈黙の後、エドとボブが同時に吹き出しました。そして3人で腹を抱えて笑いました。デビーとの対面が、とても楽しみになりました。

2010年12月31日金曜日

アメリカで武者修行 第32話 君をどんどん鍛えるからな。

四月の第二週。サンディエゴ支社での仕事を正式に開始しました。高速道路15号線沿い、オフィスパークの一角にある建物で、敷地の裏にはこじんまりとした牧場があり、数頭の馬がのんびりと草を食んでいます。レイオフの嵐を潜り抜け、先にここへ無事に流れ着いていた仲間達が、最後に漂着した私を温かく迎えてくれました。経理担当のシェイン、環境調査担当のティルゾ、そして我が戦友、ケヴィン。彼は既に窓付きの特大オフィスを与えられており、上下水道部門の若きエースという風格を漂わせています。

私はと言えば、プロジェクト・コントロール・エンジニアという立派な肩書きを貰いましたが、その実は「少々年を食った新米社員」。新卒のエンジニアと同じように、小ぶりなキュービクルにおさまって、新しいキャリアのスタートです。所属は、プロジェクトデリバリー部のプロジェクトコントロール課。同じ課の社員は全米のあちこちに散らばっていて、サンディエゴ支社にいるのは、私とボスのエドの他、エリカという女性社員です。
「よろしく。分からないことがあったら何でも言ってね。」
エドと同様、人柄の良さが滲み出す温かい笑顔。

彼女と少し話すうちに、どうして私がエドに拾われたのかが分かりました。数年前、大企業による不正会計操作事件が続々と発覚し世間を騒がせたことがありましたが、その反省から企業内の経営コントロール強化が法律で義務付けられたのです(サーベインズ・オックスリー法)。それで我が社もプロジェクト・コントロール課の増員が急務となり、私が雇われる運びになったのです。
「悪事を働いた人達が結果的に僕の苦境を救ってくれた、というわけだね。」
と私が笑うと、
「そうね。彼らに会うことがあったら、有難うって言わなきゃね。もっとも、当分は檻の中でしょうけど。」
とエリカ。

ボスのエドは、短い業務説明の後、
「七月に、二週間休みを取ってワイフとイタリアに行く予定なんだ。それまでに俺の代わりが務まるよう、君をどんどん鍛えるからな。」
と微笑みました。さっそく翌日から、大型プロジェクト20件を対象にした、二日連続の月次レビュー会議に同席しました。
「いずれは君にこの会議を仕切ってもらうからな。しっかり頼むぞ。」
とエド。

日本で働いていた頃も、これと似た会議はありました。しかし、電話会議という形態は初めてです。レビューを担当する重役達も、評価を受けるプロジェクトチームも、全米各地に散らばっています。一堂に会して実施するのは困難で、この形態を取らざるを得ないのです。今回は、仕切り役で副社長のアルがウィスコンシンからやってきて、エドと私、それにエリカと四人で会議室にこもり、ヒトデ形のスピーカーフォンを囲んで座りました。

指定時刻になると全米各地から続々と電話が入り、
「デビーよ。みんないる?」
「ミッキーだ。今日は寒いな。サンディエゴはどうだい?」
などと出席者を確認してから会議を始めます。参加者は常に十五人を超えます。エドがパソコン上に各プロジェクトの経営データを開いてスクリーンに投影し、アルや私はこれを見ながら会議を進めます。エリカは議事録係。出席者はネットミーティングという機能を使い、自分のパソコンでエドのパソコン画面を見ながら討論するのです。

プロジェクトマネジャー達は大抵一人で近況報告をし、それから重役達の質問に答えます。しかしそれは時に、詰問、尋問、拷問へとエスカレートし、答えに少しでも詰まろうものならたちまち袋叩きに会います。スケジュールの遅れ、クライアントとのいざこざ、品質管理など様々なテーマが話し合われるのですが、議論の焦点は詰まるところ、「どうやって金を回収するのか」。キャッシュフローが滞れば、自然とプロジェクトマネジャーに対するプレッシャーもきつくなって行きます。以前見た「フェイク」という映画で、アル・パチーノ演ずるマフィアの中堅幹部ソニーが、
「俺はラスティさんに毎月五万ドル納めなきゃならねえんだ。分かってんのか?これは遊びじゃねえんだぞ!」
とたるんだ手下どもをどやしつける場面がありましたが、本質的にはこれと何ら変わりません。命をとられることこそありませんが、いつクビになっても不思議はないのですから。かつての私の上司、マイクが毎月だんだんと怒りっぽくなっていったことを思い出し、今更ながら合点がいきました。

そんな緊迫した会議の連続ですが、もっとも緊張する瞬間が、それぞれのレビューの終了間際。アルが決まり文句のようにこう言うのです。
「さあ、誰か質問はないかな?ファイナンス・グループの諸君は?エドは?ない?それじゃあシンスケ、最後に何か質問は?」
質問なんてあるわけないじゃないですか!議論の中身は、99パーセント理解出来ないんですから。そもそも電話を通して聞く英語が分かりにくいのに加え、専門用語や略語がポンポン飛び出して、もうちんぷんかんぷん。必死に理解しようと努めても、為すすべも無く会話が猛スピードで頭の中を素通りして行きます。大変なのは、むしろ眠気との闘い。会議机の下で、太腿のあちこちをつねってこらえる私。二日間の会議が終了してスピーカーフォンのスイッチを切り、アルがエドと世間話を始めた時には、私は疲労困憊の態でした。

アルとエドの話題は、プロジェクトマネジメント講習会のことに移りました。我が社はこの年から、東海岸の各支社を皮切りにプロジェクトマネジャーのための集中トレーニングを開始したのです。エドは北米とカナダの諸都市を飛び回り、毎回教鞭をとっているのだとか。PMP(プロジェクト・マネジメント・プロフェッショナル)の資格取得に向けて受験勉強を進めていた私は、この話題に食いつきました。教科書と問題集で基礎的な知識はほぼ吸収し終えていたため、そろそろおさらいのための講習を受けたくなっていたのです。サンディエゴではいつトレーニングが開催されるのか聞き逃さないよう、耳をそばだてていました。その時アルが、エドにこう尋ねました。
「君も大変だろう。人が少ないからその度に出張しなきゃいけないものな。秋の西海岸シリーズには社外から講師を補充しようか?」
するとあろうことか、エドがこう答えたのです。
「いや、これから急いでシンスケを鍛えるから大丈夫ですよ。」
するとアルがこちらを向いて、
「そうか、じゃあ秋からの講習会はシンスケに助太刀してもらおうじゃないか。」
冗談とも本気とつかぬ、二人の笑顔。反射的に、右手の拳を上げてガッツポーズで応えてしまった私でした。

緊張感に満ちた、新しい職務のスタートになりました。

2010年12月11日土曜日

アメリカで武者修行 第31話 たわ言もいい加減にしなさい!

ある日のこと、州政府からプロジェクト・チームに派遣されていた若い男性社員のダリルが、私のキュービクルにやって来ました。
「シンスケ、この手紙、ちょっと見てくれる?」
渡された英文にざっと目を通してから顔を上げ、
「読んだけど、これがどうしたの?」
と尋ねると、
「僕が書いたんだけど、英語、おかしくない?おかしいところがあったら直してくれる?」
耳を疑いました。日本からやってきてまだ3年半。その私に英語をチェックしてくれだって?!
「よく書けてると思うよ。」
と感想を伝えると、
「そう、良かった。どうも有難う。」
「ちょっと待った。」
笑顔で去ろうとするダリルを慌てて呼び止め、こう質問せずにはいられませんでした。
「どうして僕に見てもらおうと思ったの?」
すると彼はポカンとした表情になり、
「えぇっと、誰だったっけ。誰かから、ビジネス文書はシンスケにチェックしてもらうといいって言われたんだよ。」

過去一年、弁護士である上司のリンダから、鬼のような英作文の指導を受けて来た成果が、初めて具体的な形で現れた瞬間でした。彼女の赤ペンで原稿が真っ赤に染まっていた日々のことを思い出し、感謝の気持ちが胸にこみ上げて来ました。

さて、待ちわびていたエドからの電話を受けたのは、二月中旬の月曜でした。
「ボスからの承認が下りたよ。来月初めから俺のところで働いてもらいたい。」
遂に失職の危機を脱したのです。急いで妻に電話をかけ、喜びを分かち合いました。リンダに伝えると、ニッコリと微笑んで祝福してくれました。ジョージもこのニュースを喜んでくれました。
「それは良かったな。しかし三月にサンディエゴ支社勤務がスタート出来るかどうかはまだ分からんぞ。クレーム文書の仕上げをそれまでに終えられるとは到底思えんからな。私からエドと話して調整しておく。」

翌日、エドから電話が来ました。
「ジョージが君を暫く貸してくれと言うんだが、今の仕事を仕上げるまでにどのくらいかかると思う?」
と尋ねます。およそ一ヶ月と答えると、
「分かった。それじゃあしっかり残務を片付けて、綺麗な身体でうちへ来てくれ。」
と言いました。

二月後半のある日、リンダが低い声でこう言いました。
「裁判に持ち込もうという動きを、彼らに勘付かれたようよ。ORGの上層部が、クラウディオに話し合いを申し出たんですって。」
およそプロフェッショナルとは思えない「知らぬ存ぜぬ」の手紙を元請会社ORGから受け取った直後、我々設計JVは、遂に最後の手段に出ることにしたのです。未解決のクレーム約五十本を束ねて裁判にかけるという作戦。最終決着をつけるべく、ひとつひとつのクレームを細かく点検し、モレやダブリを排除した損害請求額の積み上げ資料を作成するための、本格作業が始まりました。同じ建物の一角で働く元請会社の連中にバレないよう、極めて慎重に進めていたつもりだったのですが、ついに気付かれた、ということでしょう。

裁判になればマスコミにも取り上げられ、社会的信用失墜の憂き目を見ることは確実です。勝っても負けても双方が高額の弁護士費用を支払うことになるため、よほど巨大なプロジェクトでないと、こういう事態にはなかなか至りません。よもや裁判にはなるまいと、彼らも高をくくっていたのでしょう。

リンダと私の会話に途中から加わったティルゾが、こう付け足しました。
「うちのドキュメント・コントロール・システムの威力が、ようやく彼らにも分かって来たみたいだな。我々の裏づけ資料の質の高さに舌を巻いてるって話だよ。」
元請会社のORGは、恐ろしく旧態依然とした資料管理体制を維持しています。二人の女性社員が倉庫の戸口に机を並べ、問い合わせのあった資料を手書きの帳面から探し出し、番号を見ながらダンボール箱を引っ張り出す、というシステム。これでは、情報戦において我々と太刀打ち出来るわけがありません。

「トップ会談で訴訟回避という結論が出るかもしれないけど、どっちに転んでも損害賠償は請求するわよ。ぐうの音も出ない、完璧な書類を仕上げましょう。」
と、リンダが気合を入れます。PB社のアトランタ・オフィスから送り込まれたプロジェクト・コントロールの専門家フランクがデータをまとめ、それを受けて私が図表を作成、リンダが文書を練り上げるというチームプレーが、来る日も来る日も続きました。どのタスクのために誰が何時間働いたが、契約上は何時間という前提だった、という比較表を作ったり、コンピュータのサーバー使用料の分担額を決めるため、過去十数ヶ月の名簿を集めて各社の人数表を作ったり、と極めて地味な、しかし忍耐力を要求される業務です。

その間にクラウディオとジョージは、プロジェクトオフィスで働いて来たメンバーのほぼ全員を引き上げさせました。自分のオフィスから派遣されていた者は元のポジションへ戻り、このプロジェクトのために外部から雇われた者は解雇、という形で。総務・経理担当のシェインや環境担当のティルゾは、サンディエゴ・オフィスへの異動が決まりました。

最盛期には60人ほどいたチームですが、今ではクラウディオとリンダ、それにフランクと私の4人だけ。運命とは皮肉なもので、不慣れな契約の仕事についたお陰で、ここまで生き延びて来られたのです。もしも私が技術屋として雇われていたら、とっくに解雇されていたことでしょう。

その後、データ整理にけりをつけたフランクがアトランタへ戻り、とうとうリンダと私、そしてクラウディオの3人だけとなりました。建物のコーナーにある二部屋を三人で分け合い、残りは完全な無人。まるで幽霊城の一角に灯りが点っているような、不気味な光景です。

4月後半。クレーム文書の作成も大詰めを迎えたある日、リンダが書類を手に私の横に立ち、興奮した声で言いました。
「これは私が頼んだ積み上げ方と違うわ。どういうこと?」
渡された書類に目を通し、私が答えます。
「いえ、頼まれた通りですよ。契約外(Out of Scope)と明確に判断できるタスクに絞って積み上げたつもりです。」
「グレーな部分も加えるはずだったでしょう?」
「それはおかしいんじゃないですか?ひとたびグレーな部分を含め始めれば、クレーム全体の境界線が曖昧になって、裏付け資料としての強さを失ってしまうと思うのですが。」
リンダの顔がみるみる紅潮してきました。
「つべこべ言わずに私の言う通りにするのよ。」
鬼の形相です。ふと気がつくと、私は彼女の目を正視し、こう静かに答えていました。
「いいえ、それは出来ません。明確に契約外と言い切れる案件のみを積み上げるべきだと思います。」
不思議なくらい冷静でした。臆することなく、己の信ずるところを彼女に伝えようとしていました。
「Bullshit! (たわ言もいい加減にしなさい!)」
彼女はそう叫ぶと、肩を怒らせて部屋を出て行きました。少し間を置いて、リンダに本気で刃向かったのはこれが初めてなのだという自覚が脳に到達しました。顔がどんどん赤くなって行くのを感じます。一人残された私は、自分の鼓動を大音響で聞いているような気分でした。しかし五分ほどして戻ってきた彼女は、ケロリとした笑顔で私の机の端に腰掛け、穏やかな声で謝罪しました。
「さっきはごめんなさい。あなたの言う通りよ。そのまま続けてちょうだい。」

その翌日、久しぶりにプロジェクト・オフィスにやって来たジョージが、
「シンスケをこれ以上プロジェクトに留めておくことは出来ない。新しい仕事も滞っているし、彼をこの任務に就かせたことで何万ドルか余分に予算を使ってしまったからね。」
と、4月の最終金曜日に私を引き上げさせることをクラウディオに告げました。この後のクレーム文書の行方は、リンダの双肩にかかることになりました。

そして最終日の夕方。がらんとした部屋で椅子に腰かけ、こちらを振り向いたリンダに、まるで翌週もまた一緒に仕事するかのように、
「See you! (じゃ、また!)」
と挨拶し、プロジェクト・オフィスを後にしました。握手も抱擁も、そしてこうした場合に通常交わされるであろう、心温まる送別の言葉もなく。

そしてそれきり二度と、彼女と会うことも、話すこともありませんでした。

2010年11月21日日曜日

アメリカで武者修行 第30話 次の一手でとどめを刺すの。

少し体重を増やした上機嫌なロバート・デニーロ、といった風貌のエド。人柄の良さが、その笑顔から滲み出しています。彼のところで働くというのが具体的にどんな仕事をすることなのか、全く想像がつきません。しかしこちらは失職寸前の身、この際何だってやります。その意気込みを激しく伝えたところ、
「それは良かった。来週ゆっくり話せるかな。」
ちょうど一週間後の朝一番、彼のオフィスを訪ねることになりました。

エドが去った後、さっそくケヴィンに電話で報告します。彼はすっかり現場事務所から足を洗い、今ではサンディエゴ支社に自分の部屋を与えられて、バリバリ仕事しています。
「やったな。シンスケがエドに雇ってもらえば、俺達また同じオフィスで働けるぞ!」
電話の声が弾んでいます。

そのケヴィンから、エドとの面会の前日に電話がありました。
「さっきエドと話したよ。彼は君との面接で、プロジェクトマネジメントに関する知識を試すつもりらしいぜ。ちゃんと予習しておいた方がいいな。」
「えっ、面接?」
私はてっきり、自分が今までやって来た仕事のことなどを聞かれるのだと思っていました。「ゆっくり話そう」というのは、適性を見るための面接のことだったのです。冷静に考えれば当たり前の話です。危ない危ない。この期に及んで、自分は一体何をやってたんだ?折りも折り、PMP受験のためにと注文しておいたプロジェクトマネジメントの参考書が届いたので、その夜、超速読を開始。一晩かけて基礎知識を頭に詰め込み、エドとの面接に臨みました。

「オフィスビルを建てるとして、君はどうやってスケジュールを作る?」
「アーンド・バリューとは何?」
「クリティカル・パスとは何か説明してくれ。」

一夜漬けが功を奏し、すべての質問に何とか答えることが出来ました。ケヴィンからのインサイダー情報がなかったら、悲惨な結果に終わっていたことでしょう。またしても彼に、すんでのところで救われたのでした。
「君とはうまくやっていけそうだ。さっそくボスに話してみるよ。」
と、笑顔で立ち上がって握手を求めるエド。え?これってOKってこと?失業を免れたのかな?よく分からないまま、ひとまずその場を去りました。

一夜明けて木曜の朝、出勤早々リンダが私のところへやって来て、早口でこう告げました。
「マイクが月曜にイラクへ発つことになっちゃったの。これからサクラメントへ行って来るわ。彼が出発する前にやらなきゃいけないことが、山ほどあるから。」
そして、あっという間に姿を消したのでした。クレーム作成が佳境に入っていただけに、この行動は意外でした。イラクへ行くのはマイクなのに、なんでリンダまで仕事を抜けなきゃならないんだ?と。ところが、空港まで彼女を送ったティルゾから、翌月曜の朝、こんな話を聞き仰天。
「リンダとマイクは、土曜に結婚したんだよ。」
「え?ちょっと待って。どういうこと?」

そもそもマイクとリンダは夫婦でも何でもなく、最近別れたりくっついたりしてたのは、「恋人」という間柄でのことだったのです。去年の暮れにプロポーズを受けていたリンダは、マイクから水曜の夜、「月曜の出発が決まった」という電話を受けてようやく結婚を決意。翌朝大慌てで牧師の手配をし、航空券を電話注文。そしてティルゾの運転でサンディエゴ空港に向かう途中、ショッピングモールに寄ってティファニーの結婚指輪を一対購入したのだそうです。
「空港へ行くまでの限られた時間に、結婚指輪を選んで買っちゃったんだよ。30分くらいだったかな。大した決断力だよね。まあ僕も一応指輪選び、手伝ったけどさ。」
と笑うティルゾ。

結婚指輪を携えサクラメントに到着したリンダは、翌日の金曜にダウンタウンで花嫁衣裳を買い、土曜日にマイクとタホ湖まで走り牧師と落ち合って、湖畔で式を挙げたそうなのです。そして月曜の朝、イラクへ旅立つマイクを空港で見送った後、午後一番で職場に戻って来ました。
「おめでとうございます。」
と言いかけた私を遮り、
「さあ、クレームを仕上げるわよ!」
と真顔でハッパをかけてきた時には、やはりこの人はタダモノじゃないな、と感心しました。

そして遂に、70ページを超えるクレーム文書が完成しました。原契約額とほぼ同額、日本円にして数億の追加請求。これを元請け会社の役員全員に宛て、フェデックスで送りつけたのです。ティルゾとリンダとで、会議室にこもってフェデックスの箱にひとつひとつ書類の束を詰めながら、
「ジャンの奴、きっと怒り狂うだろうな。彼の顔は確実に潰れますね。」
と私が言うと、
「喜ぶのはまだ早いわ。これで終わりじゃないわよ。敵は必ず反撃してくるから、すぐに二の矢の準備を始めましょう。」
とリンダ。

ところがその翌日、衝撃的なニュースがオフィスを駆け巡りました。ジャンが更迭されたというのです。私達が文書をこっそり箱詰めしていたちょうどその頃、宣告が下っていたことになります。ティルゾの入手した内部情報によれば、平社員に降格され、どこか砂漠の真ん中にある事務所で資料整理の仕事をすることになったとか。リンダが静かに言いました。
「この手で引導を渡せなかったのは残念だけど、このクレーム文書は彼の刑期引き延ばしに、きっと貢献してくれるでしょう。」

さて翌週、エドに電話して様子をうかがいました。不安を抱えて一週間待った上でのこと。
「まだ結論は出てないけど、大丈夫だと思うよ。三月からここで働いてもらうつもりだ。ただ、こういうのは手続きが必要なんだ。結論はもうちょっと待ってくれないか?」
との返事。新しいポジションに人を雇う場合、一般広告を出して募集をかける決まりになっているというのです。その上で私を超える候補者が現れなければ、最終決定となるわけ。帰宅して妻に話すと、
「でも、外部から飛びきりの実力者が応募して来ちゃったらどうなるの?」
と心配そうです。
「その人とも面接してから決めるんだろうね。」
「じゃあ、失業する可能性はまだ残ってるってことね。」
「残念ながらそういうことだな。」
妻の不安は当然です。溺れる寸前に投げ込まれた一本のロープ。家族三人、立ち泳ぎしながらこれにつかまって、船上のエドがぐいと引っ張り上げてくれるのを、ただただ祈るだけの状況なのですから。

一方、我々が渾身のクレームレターを送りつけた一週間後、元請けのORGからようやく返事が届きました。差出人は、元請会社の重役です。
「何かの間違いでは?おっしゃっている意味が分かりません。どれもこれも、身に覚えのない話でございます。お宅の方で、もう一度よくお調べになってはいかがですか?」
と、恐ろしくすっとぼけた内容。
「よくもここまで誠意の無い手紙を公式に送って来れますね。この神経の太さには呆れますよ。」
と憤る私。しかしリンダは冷静です。
「こうやってしらばっくれるのは、すぐに反論出来ないっていう何よりの証拠よ。私達がクレーム文書を用意してることを察知して、すぐにトカゲの尻尾を切ったんでしょうね。そうして暫く知らぬ存ぜぬで通し、反撃材料を探すための時間稼ぎをしているのよ。さあ、クレームレター第二弾を仕上げましょう。次の一手でとどめを刺すの。仕事にかかるわよ。」

2010年11月11日木曜日

アメリカで武者修行 第29話 これでジャンを叩き潰せるわよ!

一月も終盤、ジョージから厳しい宣告が下りました。
「君の食い扶持は二月一杯で底をつく。それまでに次の仕事を見つけた方がいい。」
いよいよ俵に足がかかりました。過去数ヶ月の間に履歴書を送りつけてあった複数の支社からは、
「次のプロジェクトが取れれば、契約担当の人間が必要になる。是非来て欲しい。」
と声がかかっていたのですが、結局どのプロジェクトも受注に失敗し、すっかりあてが外れました。「失職」という名の滝壺に向かって激流を下りながら、何とかどこかの岸に筏をつけようともがく毎日。皮肉なことに、ちょうどこの頃から急激に忙しさが増します。かねてからの懸案だった元請け(ORG)に対する損害賠償請求に向け、いよいよ本格的に行動を開始したのです。これまでも小額のクレームは度々起こして来ましたが、今回のはメガトン級。日本円にして数億の規模になる予定で、事実上の宣戦布告です。ディレクターのクラウディオからは、
「クレーム文書が完成するまでは、同じオフィス内で働くORGの面々に勘付かれぬように。」
との指示が出ました。慎重に、しかし激しい怒りをこめて、日夜文書作成に精を出しました。これは、いわば復讐戦です。私が職探しに苦しんでいるのも、元はと言えばORGの理不尽な下請けイジメが原因なのですから。

そもそも我々の契約書には、州政府が自ら作成した基本設計をベースに詳細設計せよ、と明確に書かれています。ところが、二年前の6月にORG経由で手渡された基本設計は、欠陥だらけの未完成品でした。例えば合流部のひとつ。カーブしながら合流する二つの道路がそれぞれの勾配を維持したまま交わるため、その接合部が尾根を形成してしまい、流入する車が跳ね上がってしまうデザインになっていました。プロジェクト初期から参加しているメンバー達に言わせれば、「屑同然」の基本設計だったそうです。ところが何を思ったかORGは、
「この基本設計を手直しして早急に州の承認を得るんだ!」
と設計チームの尻を叩き始めたのです。基本設計の欠陥は、明らかに作成者である州政府の落ち度です。本来ならこの時点でブレーキをかけて仕切り直すべきところですが、州政府とまともに事を構えればスケジュールが大幅に遅れることは確実。それよりは早く問題を処理し先に進んだ方が得策、というのがORGの腹だったのでしょう。もちろん我々も数週間でケリをつけるつもりだったし、報酬もきちんと支払われるという前提で走り始めました。しかし、それが地獄の入り口でした。

設計施工一体型プロジェクトの最大の特徴は、施工者が設計を変えられるという点です。極端な場合、施工者の圧力によってまさかと思うほどチープな代物を設計させることも可能なのです。特に一定額で請負契約をした場合、施工者は出来る限り安く仕上げて利益を最大化しようとします。しかし公共事業の場合、設計は各種の厳しい基準を満たさなければいけないので、安く上げるにも限度があります。自然とどこか中庸なところで落ち着くだろう、と誰もが考えるところですが、それは施工者が常識的なマネジメントをした場合の話です。

ORGのトップに座るジャンは、基準を無視してでも利益を上げようとすることで悪名高く、州政府と度々衝突してきました。自ら出席した住民説明会で承認された植栽計画も、後で計算したら膨大なコストがかかることが分かったため、
「植栽はやめて種子吹付けにする。設計をやり直せ。」
と真顔で指示して来ました。これは純然たる契約違反です。州政府の再三の警告にも耳を貸さず、安全基準や環境基準を無視して仕事を続けた結果、現場作業を二週間差し止められたこともありました。

二年前の9月、オリジナルの基本設計にあった欠陥を全て修復した我々の図面を受け取ったORGは、
「この道路形状だと工事費が高くなる。」
と、即やり直しを命じました。設計基準に沿うよう改善したものを逆方向に手直しするのですから、当然無理が生じます。
「ご指示に従って修正したが、安全性に問題があり、設計者としてはお勧めできません。」
と但し書き付きで提出しますが、ORGはこれを無視して州に届けます。予想通り、州は
「これじゃ事故だらけの高速道路になってしまう。何を考えてるんだ?」
と突き返します。するとORGは、
「どうなってるんだ。州に承認されるような設計をするのはお前らの務めだろう。」
と我々を怒鳴りつける。さらに基準を満たした図面を再提出すると、
「工事費がかかりすぎる!」
とまたつき返す。こんな繰り返しの末、基本設計が承認されたのは、なんとプロジェクト開始から一年後。設計費用は成果品ベースで支払われるため、我々JVは実に一年間もただ働きをさせられたのです。報酬要求を繰り返す我々に対し、ジャンは、
「お前らがボランティアでやったことだ。金なら払えん。」
と知らぬ顔を続けます。そればかりか、将来訴訟になった場合に備えてか、
「質の悪い設計ばかり提出され、大変迷惑している。」
という手紙を何通も送りつけてきました。挙句の果てに、数ヵ月後にスタートするはずだった有料道路区間の設計契約を一方的に破棄して我々を足蹴にし、自分の子飼いの設計会社に仕事を回したのです。

ここまで愚弄されれば、どんな善人だって堪忍袋の緒が切れようというもの。とりわけ、我々設計JVの参謀であるリンダの憤りは凄まじく、この件に触れた途端、毎回わなわなと震え出すほどでした。しかし、契約書に「正当な理由がなくてもいつでも破棄できる」という項目がある以上、我々の立場は圧倒的に不利なのです。元請けへの報復なんて、どんなにあがいても実現不可能な話に思えました。ところが1月最終週のある日、サクラメントの法律図書館に一週間こもって調査に没頭していたリンダが、
「これでジャンを叩き潰せるわよ!」
と顔を輝かせて戻って来ました。賠償要求の根拠に使える、絶好の判例を発見したとのこと。さっそく彼女がクレーム文案を練り、私は膨大なデータを集めて裏付け資料の作成にとりかかりました。

この時役に立ったのは、リンダが就任一ヶ月後に導入した「ドキュメント・コントロール・システム」です。それまでの文書管理は、紙ファイルに挟んだ書類をダンボール箱に保管してラベルを貼る、というのが一般的な手法でした。リンダはマイクを説得し、プロジェクトに関連する全ての文書をスキャンしてPDF化し保存するシステムを作り上げました。お陰で、裏づけ資料は驚くべきスピードで仕上がって行きました。もっとも、導入後しばらくはチームメンバーからの抵抗もありました。
「本当に重要な書類だけスキャンすればいいんじゃないの?」
と面倒臭がる者には、リンダが鷹のように舞い降りて来て、
「全ての文書よ。私が全てと言ったら、本当にスベテなのよ!」
とスゴみます。そのうち彼女に刃向かう者は消え、逆に文書検索の時間が劇的に短縮されたことへの感謝を述べる人が増えました。

さて、リンダと私の仕事が着々と進み、いよいよクレーム額の積み上げ作業を開始する手はずが整いました。オークランド支社から週3日やって来てプロジェクトコントロールを担当しているアーロンがそれに当たるはずだったのですが、彼が会社を辞めて台湾の実家に帰るというニュースが飛び込んで来ました。

アーロンは10歳ほど年下のエンジニアで、初めて会った頃、何故か常に上から見下ろすような言葉遣いで私の質問に答えていました。
「オーケー?分かったかい?分からないことがあったらちゃんと質問するんだよ。」
若作りの私は、こんな風に扱われるのは慣れっこなので、そのままやり過ごしていました。9月の私の誕生日、シェインが近くの中華料理屋で昼食会を開いてくれた際、私が40歳になったことを話すと、出席者一同「嘘だろ~!」どよめきます。その時、隣に座っていたアーロンが、誰の目にも明らかな程うろたえているのに気付きました。帰りの車中、
「ごめんね。僕、シンスケのこと、ずっと年下だと思ってた。」
と謝り続けるアーロン。これは新鮮でした。台湾人って、日本人と同じように年齢で上下関係が出来るのかな。僕らはアメリカにいるんだから関係ないのに、と可笑しくなりました。

そんな彼から私はプロジェクト・コントロールのイロハを学び、時には彼の作るレポートのためにデータを提供したりして、コンビといっても良いほど近い関係になっていたのです。
「アーロン、辞めちゃうって本当?」
「うん、そうなんだ。台湾へ帰るんだ。」
理由を尋ねても黙って微笑むだけなので、それ以上の追求は控えました。
「きっと燃え尽きちゃったんだよ。」
ケヴィンが後でコメントしていました。
「二年間も毎週飛行機で出張してりゃ、疲れて当然だ。この職種の宿命だよ。」

大事な時期に辞められ、お偉方はお冠でしたが、私にとっては望外のチャンス到来となりました。アーロンが、
「後任にはシンスケを推薦しておいたよ。」
と言ってくれたからです。私にとっては、次の仕事が決まるまでの絶好の繋ぎになります。この仕事で多少なりとも実績を積んでおけば、この先の就職活動のための強力な武器になるかもしれません。ジョージやクラウディオだって、外から人を連れて来るより内部の人間を使う方が効率がいいと思うに違いない、というのが一縷の望みでした。ところが、さっそく翌日ジョージに申し出てみると、
「いや、これは大事なクレームだから専門家じゃないと駄目だ。後釜はもう決めてある。」と軽く一蹴。

これで万策尽きました。俄然、失職が現実味を帯びて来ます。

二月も中盤になり、アーロンが最後の引継ぎにやって来ました。彼にジョージの決断を告げると、
「うん、聞いたよ。残念だったね。」
とため息をついてから、こう付け足しました。
「カリフォルニア中の僕の知り合いにシンスケを売り込んでおいたよ。さっそくだけど、サンディエゴ支社のエドがシンスケに興味あるって言ってたよ。会ってみたら?」

その日の午後のことでした。背後から名を呼ばれて振り向くと、私のキュービクルの前に見知らぬ男が立っていました。
「プロジェクトコントロールに興味があるんだって?アーロンから聞いたよ。うちで働く気あるかい?」
これがエドでした。

2010年10月31日日曜日

アメリカで武者修行 第28話 PMPって資格知ってるか?

10月末のこと。次の職探しについてジョージに相談したところ、サンディエゴ支社にいる彼の同僚、ドンと会ってみるよう勧められました。ジョージと同じく70歳を悠に超える大ベテランのドンは、私を自分の特大オフィスに迎え、キャリアパスに関する示唆を二、三挙げた後、次の点を強調しました。
「君が何より先にやらなければならないのは、PE(プロフェッショナル・エンジニア)の取得だよ。PEはいわば切符だ。君は地下鉄の駅にいる。でも切符を持っていない。地下鉄に乗れないんだよ。まずは切符を買いたまえ。このままじゃ、隣の駅に行くにも歩かなくちゃならん。」

ひょっとしたら仕事を紹介してもらえるかもしれない、という甘い期待は見事に裏切られましたが、これは真摯に受け止めるべきアドバイスです。4月のPE試験に向けて気合を入れ直し、毎朝5時起きして受験勉強を続けました。同時に仕事探しも本格的に開始しましたが、なかなか先が見えません。世間で募集している職はほとんど「PE所持者に限る」という条件つき。そうでなければ、「製図ソフトが使える若手技術者求む」というもの。どちらにも該当しない私にとっては、実に苦しい戦いです。次に見つける仕事の場所によっては引越しも考えなければならず、ちょうどアパートの賃貸契約も1月で切れるため、大晦日までには何らかの決断をしなければなりません。じわりじわりとプレッシャーが増す毎日。

11月に入り、高速道路設計チームは「贅肉ゼロ」から「骨と皮」にまで人員をそぎ落としました。とうとう相棒のケヴィンまで、週3日勤務になってしまったのです。とは言え彼は、サンディエゴ支社に自分を売り込んだ結果、春から上水道業務を担当することが決まったので、今はその移行期間といったところ。ケヴィン以外には人脈のない私に彼は、
「サンディエゴ支社に行くたび、君を売り込んで来るよ。」
と約束してくれました。

設計プロジェクトは最終コーナーを回り、翌春には工事着工の運びになりました。当然ながら、土質調査や交通需要予測などの下請け業務はほぼ完了。私の仕事の重心は契約上の紛争処理などに移ってきました。ジョージは課題のリストと処理スケジュールを私に手渡し、頻繁に処理状況を確認するようになりました。2週間でリストの半分を解決した時、ジョージが親指を突き出して、
「やったな!」
と顔をほころばせました。私も親指を立てて笑顔を返しましたが、彼を満足させる度に自分の食い扶持が尽きて行くのだという現実を思い出すと、指先の反りも鈍ります。

それから暫くして、ジョージの姿を職場であまり見なくなりました。急用があって彼を探していた時、サンディエゴ支社のクリスが、
「彼の現場事務所勤務はパートタイムになったんだよ。」
と教えてくれました。コスト削減運動のリーダーがとうとう自分自身まで切ったということは、いよいよ私のクビも秒読み段階ということ。背筋が冷たくなりました。

11月末、元上司のマイクがイラクから戻ってきました。後釜のジョージでさえ片足抜いた状況ですから、当然マイクの戻る席などありません。この先どうするんだろうと皆で話していた矢先、リンダが意表を突いて十日間の大型連休を取り、マイクと二人でイタリア慰労旅行に出かけてしまいました。この情報を教えてくれたのはティルゾで、私は彼にこう尋ねずにいられませんでした。
「リンダはマイクと別れたんじゃなかったの?」
ティルゾはニヤリと笑った後、こう答えました。
「男と女の関係は、本人同士にしか分からないことがあるんだよ。」

帰国した彼女は、
「すっかり食べ過ぎちゃった。ダイエット再開しなきゃ。」
と、聞いているこちらが恥ずかしくなるほどのはしゃぎぶり。マイクの動向について尋ねてみたところ、とりあえずサクラメント支社に戻ったとのこと。
「イラクではストレスなく采配が揮える立場にいたみたいで、すごく満足して帰ってきたわ。軍関係に人脈も作ったし、その路線で次の仕事を探すんじゃないかしら。」
彼女自身は今後どうするのかという質問には、
「分からないわ。マイク次第ね。」
と完全復縁を匂わせる発言。

そんな折、7月に解雇されたカルヴァンが職場に戻ってきました。
「ヘイ、マイフレンド。元気だったか?」
過剰な人員削減の結果、最低限の仕事をするにも製図の専門家が足りなくなったようで、再び呼び戻されたというのです。あんな形で解雇されたのに、よく戻る気になったね、と尋ねると、
「前は契約社員だったんだ。真っ先にクビにされても文句が言えない立場だよ。今回は正社員として迎えられたんだ。条件が大幅に改善されたよ。」
「そりゃ良かった。ここ数ヶ月、昼休みのウォーキングを休んでたんだ。今日から再開だ。」
「オーケー、一緒に歩こうぜ。そう思ってウォーキングシューズを持ってきたよ。」
「準備がいいなあ。」

さて12月中旬のある日、PE試験の願書締め切りが迫って来たため、受験要綱を丹念に読み返していた私は、こんな文章に気付いて思わず目を疑いました。
「技術職経験として考慮されるのは、PEを持つ上司の下で働いた期間のみ。」
日本での14年間の現場経験が、「二年の技術職経験」という受験資格を楽々クリアしていると思い込んでいたので、これには愕然としました。しかも、
「契約業務は経験年数に加算できない。」
とまで書いてあります。つまり、今の職場でこれまでやってきた契約の仕事は、全く受験の助けにならないのです。今後この国で純粋な技術職を2年経験しなければPEを受験出来ないし、そもそもそのPEがなければまともな技術職には就けない。これじゃ、まったくの堂々巡りです。打ちひしがれた私は、ケヴィンに話しに行きました。
「何だって?受験要綱を見せてくれよ。」
と目を見開いてコピーを読み返していたケヴィンが、顔を上げて表情を曇らせました。
「これは俺の責任だ。申し訳ない。こんな厳しい条件があるなんて知らなかった。知ってればもっと早く手を打てたのに…。」
そんなわけで、PE受験は無期延期とするしかなくなりました。私はあまりのショックに呆然としながら、仕事探しの速度を上げなくっちゃな、と焦りを募らせていました。

翌日、まるでタイミングを計ったかのように、社長のダイアンから全社員に宛ててこんなEメールが届きました。
「イラク再建事業に参加する意思のある人は、年末までに履歴書を送って下さい。我が社は橋梁と上水道のプロジェクトに乗り出す予定です。米国にいたままでも出来る仕事はあります。現地勤務の意思がなければそう明記して下さい。そういう業務を充てることもあります。」
これには職場が一時騒然となりました。
「現場に一度も足を運ばず出来る仕事なんてあるのかね。この最後の文句はちょっと臭うな。」
とティルゾ。
「後になって、事情が変わった、現地へ飛んでくれ、というのはよくある話だよな。」
とケヴィン。
現地勤務さえなければ願ってもないチャンス。履歴書を出すだけ出してみようか、と妻に話しましたが、命を落とす可能性を考えると、さすがに二の足を踏みます。

数日後、ケヴィンが私のキュービクルにやって来ました。
「シンスケ、PMPって資格知ってるか?」
「いや、知らない。何それ?」
「プロジェクト・マネジメント・プロフェッショナルの略だよ。このところ、俺はずっと将来進むべき道について考えてた。このままいつまでも技術屋としてプロジェクトからプロジェクトへと渡り歩く人生は真っ平だ。今までの自分の経歴を考えると、プロジェクトマネジメントのコンサルタントを目指すという道も一案かなと思うんだ。シンスケだってPE取得を延期したところだろ。このPMPって資格を一緒に取ってみないか?」

何ヶ月も続けて来た受験勉強が突然ふいになり、エネルギーのやり場に困っていた私です。この資格取得の話は渡りに船。
「有難う、ケヴィン。職の安定に繋がるなら何だってやるよ。ウェブサイトのアドレス送ってくれる?」
これが人生の分かれ道になるとは、この時は想像もしていませんでした。

2010年10月23日土曜日

アメリカで武者修行 第27話 私達別れるの。

2003年10月。採用から一年が経過したということで、業績評価のための面接がありました。プレゼンテーション技術、リーダーシップ、コーディネーション能力などの評価項目が各十段階で採点され、最終的には四点満点の総合評価を頂きます。

さて、ジョージとの面接。
「私は君と働き始めて日が浅いので、評価はリンダに一任した。この書類に書き込んだのはすべて彼女だということを断っておく。一応目を通してからサインしてくれ。」
評価される側が自分の通信簿にサインするというのは、いかにもアメリカ的だな、とちょっと感心しました。一読したところ、彼女からの評価は概ね好意的。コミュニケーションの欄を見ると、さすがに会話能力についてはやや低めの評価でしたが、それ以外はほとんど高得点。一番高く評価されたのは、コーディネーション能力。日本での経験を活かせた、というところでしょうか。総合評価欄には、「契約業務全般において著しい成長を見せた」とあり、思わずニッコリ。厳しく指導しながらも、ちゃんと評価してくれていたんだと思うと、胸が熱くなりました。しかし最後に、“Recommended to be more assertive” (もっとassertive になることが望まれる)という一文が記されていました。書類にサインしてジョージに返しましたが、この “assertive” という言葉(日本語では「積極的に主張する」とか「断定的な」という意味)がその後も長い間、心に引っかかりました。

確かにこの仕事を始めた当初から、リンダには同じ意味のことを何度も言われて来ました。自分でもそうなれないことに苛立ちを感じてきましたが、初めは「英語がそれほど流暢じゃないのに、どうやってassertive になれって言うんだ」と自分で自分に言い訳していました。しかし段々と、言葉の問題よりもむしろ「物事をどの程度深く理解したら断定的になってもいいか」という自分の中のルールが少し厳しすぎるせいではないか、とも思い始めました。何かを100% 理解するまで待っていたら、いつまで経っても何も断定出来ないことになってしまいます。とは言え、中途半端な理解度で断定的な態度を取ればミスを犯す確率も高くなるわけで、私はこれまでそういうリスクを避け安全な道を歩んで来た結果、押しの強い印象を人に与え損なって来たのだろうなあと思いました。

しかしリンダだってやはり人間。間違いは犯します。彼女がものすごい剣幕でガンガン押して来た時、私が
「それは違うと思いますよ。」
と意見し始めると、大抵最後まで喋らせずに、
「私の話を聞きなさい、これが正しいのよ!」
と退けようとします。それでも辛抱強く説明していくと、ある時点で
「あらそうなの?それじゃあなたが正しいわね。」
とさらりと受け入れることがよくあるんです。そんなにあっさり切り替えられるんだったら、どうしてあれほど強く主張出来たんだ?と首を傾げてしまうことしきり。

ある日、元請けのORGで契約変更を担当しているトムとの会議に出席しました。その日の議題のひとつに、「ロックアンカー擁壁の導入に起因する地盤調査費用の増額」というものがあり、その書類一式を用意した私も臨戦態勢でリンダの横に座っていました。リンダの弁舌は立て板に水。
「標準タイプの擁壁を想定していたのにORGが変更した。そのために余分な地盤調査が必要になった。これはあなた達が払うべき費用よ。我々はこれ以上ただ働きしませんから。」
一方トムは、
「タイプがどうであれ、高速道路建設に必要な擁壁を設計するのはあんた達の仕事だ。設計に必要な地盤調査もあんた達が賄うべきだ。」
と十八番の屁理屈。リンダが顔を紅潮させ、
「ロックアンカー擁壁は、入札時には想定されていなかったのよ。契約書の地盤調査の項にも一切その記述がないじゃない。標準タイプの擁壁にかかるお金とロックアンカー擁壁にかかるお金との差分はあなた達が払うべきよ。」
と激しく応戦。そうして暫く鋭いジャブのやりとりが続き、双方のボクサーが息を整えるためコーナーへ下がった(椅子の背に身体を預けた)時、なんとリンダがこう言ったのです。
「ところでトム、無知を許して欲しいんだけど、ロックアンカー擁壁って何?」
これにはセコンドの私が激しくずっこけました。それを知らずにあそこまで強い態度に出られるのか、と畏敬の念すら覚えました。

彼女はちょっと前に、香港でR・リーという青年実業家の下で働いていた頃の話をしてくれました。この若き野心家の瞬間湯沸かし器的な短気は有名だったそうで、必要な情報が瞬時に出てこないとたちまち大爆発するそうです。部下はいつもビクビク、ピリピリ。ある時彼がリンダの目の前で、廊下を歩いていた部下を呼び止めて仕事の指示を始めました。そして、
「おいお前、メモ取らないのか?」
と言われた部下が、
「すみません、今ペンを持っていないので。」
と答えると、見る見る形相が変わっていき、
「ペンを持っていないだと?そんなこと知るか!今すぐ自分の手首を切ってその血でメモしやがれ!」
と怒鳴りつけたというのです。「すみません、ナイフも忘れました」などというユーモアが通用する相手ではなく、その部下はただただ縮み上がって説教されていたそうです。

「私は、そういう環境で長いこと働いてきたの。」
こんなエピソードを聞かされれば、リンダの仕事のスタイルには頷けるものがあります。まずは大雑把な情報をもとにとにかく走り始める。攻めの姿勢を保ちながら事案への理解を深め、間違いに気付けばしなやかに方向転換する。スピードの要求される仕事をこなすにはそういうスタイルが大事なんだなあと悟った次第(悟ることと実行することとの間には大きな隔たりがありますが)。そもそも私は、簡単に自説を翻せば己の信用やプライドが傷つくと考えてしまう方なので、仕事のスタイルを転換するにはまずその辺をクリアしなければいけません。

そんなリンダにある日、
「マイクは元気なんですか?」
と尋ねたところ、
「多分ね。」
という曖昧な返事が返って来ました。そういう質問にはもううんざりよ、という表情を感じ取って黙ったところ、
「私達別れるの。」
と言いました。ここのところ二人の間では諍いが絶えず、イラクからの長距離電話でもしょっちゅう大喧嘩しているそうです。
「プロジェクト終了間近になってこんなことになっちゃって、きまり悪いわね。」
彼女はマイクのところにあった自分の荷物をすべて引き払い、職場から二十分内陸に入った田舎に建つ一軒家の二階を間借りすることになりました。金曜の午後、ティルゾと私とで彼女の荷物の運搬を手伝い、引越しを済ませました。額の汗を拭きながら、リンダが遠くを見るような目でこう言いました。
「このプロジェクトが終わったら、中国へ行って仕事を見つけるつもりよ。」

2010年10月10日日曜日

アメリカで武者修行 第26話 そこに立って何か考えているのかね?

2003年9月。イラクへ飛んだマイクの留守を預かるため、サンディエゴ支社から新しいプロジェクトマネジャーがやってきました。名前はジョージ。業界歴四十年の大ベテランであるだけでなく、海軍勤務が長かったようで、ベトナム戦争にも出征したとか。向かい合うと思わず目を逸らしたくなるほどの、強烈な威圧感があります。軍服を着ていないことがむしろ不自然に感じられるほどで、その風貌はまるで「最前線の司令官」。短く刈り込まれた銀髪、鍛錬を物語る太い首。「入りたまえ」と入室を促す張りのある声は、内臓に響きます。コンピューターの操作に使うのは、両手の人差し指のみ。文書は全て手書きです。そのくせ、エクセル表の中の小さなミスは瞬時に探し当てます。何かそのための特別な嗅覚でも備わっているかのようで、私の提出する書類をさらっとめくっただけで、ぴたりと計算ミスを指差すのです。仕事の指示は常に箇条書き。しかもすべて報告期限つき。普段の報告・連絡でも、中華包丁でザクザク白菜を切るような具合に会話を運ばないと、眉間の皺がみるみる深くなっていきます。込み入った事情を説明し始めると直ちに制止し、
「で、君の結論は?」
と、まるで喉元に短刀を突きつけるかのように容赦なく挑んで来ます。一問一答が淀みなく流れなければ、回答者は不合格、そして退場、という厳しいルールで動くマネジャーなのです。

ある日のこと、この十ヶ月間必要に応じて測量業務を頼んできた業者との契約額が上限に近づいて来て、今後更に仕事をしてもらうためには契約変更が必要だと上申したところ、
「金が足りないと言われてハイそうですかと払うわけにはいかん。何故その額で不足なのかを明らかにさせ、納得できない理由であれば現契約額で仕事をしてもらう。」
と言われました。至極真っ当なお答えです。
「しかし昨年秋の発注時点で、どれくらいの業務を依頼するか正確に見積もる術はありませんでした。必要に応じて測量を頼む、というだけの契約書を結んだのもそのためです。現実の業務量が当時の見積もりより多いことが分かった今、今後は無料で働いてくれ、という訳にはいかないと思うのですが。」
と言うと、
「君はある契約額で家の設計を業者に頼んだ場合、窓のデザインが難しかったから、と泣きつかれて更に金を払うのかね?」
と返されました。
「いえ、この場合、家の設計を任せると言っておきながら庭や生垣のデザインも頼んでしまった、というたとえの方が適切だと思います。」
と切り返すと、
「それではその追加分の設計額を算出して、まず元請けに申請するべきだろう。」
と即座に突っ込まれ、ぐっと詰まってしまいました。即答を心がけるあまり、とっさに中途半端なたとえ話を持ち出してしまったことを悔やみました。下請け会社と結んだ契約書があまりにも曖昧なため、過去の測量業務は「これは対象外」「これは元々頼んでいたこと」と明確に線を引くのが容易でなく、しかも私は発注事務を担当してきただけで、各測量業務の中身を熟知していたわけではないのです。

私がそのまま黙ってしまうと、二秒もしないうちに、
「君はそこに立って何か考えているのかね、それとも何も浮かばなくて黙っているのかね?」
と真顔で尋ねます。うわぁ、そんな非情な追い込みをかけるのかよ、と焦りながら、
「どうやって対象外の数字だけ弾き出そうか考えていたんです。」
と答えると、
「実際に仕事を依頼した設計担当者達に話を聞きたまえ。まず内容を分析しなければ数字は出せんだろう。」
おっしゃる通り。すごすごと退散です。

席に戻って落ち着いて考えているうちに、そのくらいのチェックは最初からやっておくべきだった、どうして自分は言われるまで動かなかったんだろう、と無性に悔しくなって来ました。しかしすぐに、責任の範囲が明確に定義されていないことがこうした問題の原因になっているのだという、何度も蒸し返し繰り返し考えてきた結論にまたもや辿り着きました。さっそく翌朝、ジョージに質問します。
「これまで私は、下請契約や支払い等の事務的業務を遂行するよう指示されてきました。実際、下請け業者の仕事内容にはほとんど関わって来なかったのです。昨日のご指示を総合すると、もう少し踏み込んだマネジメントを要求されているように受け取れるのですが。」
すると彼は、
「その通りだ。君には事務処理だけでなく、下請けのマネジメント全般をやってほしい。君の経歴から考えたら、そうすることが正しいと思う。これは君自身のためでもあるんだ。」
と、私の目を真っ直ぐ見据えました。これにはちょっと感動しました。この人は部下のバックグラウンドをしっかり把握しており、その成長まで考慮に入れて指示を出しているのだということが分かったからです。

そのジョージが、ある日我が社のスタッフを全員召集しました。ケヴィンと私、そして総務経理担当のシェインを含め、今やたった十人しかいません。会議の目的は、現在のプロジェクトに関する会社の方針説明でした。
「我々が社長から与えられた期限は、来年三月。クラウディオと話して、三月一杯でこのオフィスから撤退することにした。それまでに残りの設計業務を片付け、未解決の課題はすべて清算する。三月まで時間があるということではなく、最悪のケースが三月なのだと思ってほしい。このオフィスで我々JVチームが一日過ごすだけで、毎日数万ドルのコストがかかっている。一週間でも一日でも早くここを去れば、それだけ損を減らせるんだ。とにかく総員全力を挙げて成果を出して欲しい。」

会議の後、あらためて彼のオフィスを訪ね、ずっと心に引っかかっていた疑問をぶつけました。
「私の担当業務は、効率よく進めれば、年末までにすべて片付くかもしれません。その場合、三月を待たずにお払い箱になるということでしょうか。」
彼は微かに顔を歪め、少し間をおいてから、
「残念ながらそういうことだ。君もすぐに仕事探しを始めた方がいい。」
と答えました。

こうして、業務効率を上げれば上げるほど失職の日が早まるという、一種自虐的なゲームに組み込まれてしまった私。冷静にまわりの状況を眺めれば、そもそも残留組のひとりでいること自体が奇跡的と言うべきなのでしょうが、仕事探しの過酷さを一年前に経験している私に、このゲームを楽しむ心の余裕はありません。

オフィスの入り口近くの廊下の壁には、「在、不在」を示すマグネットボードが二枚かかっています。ある朝、左側の一枚から名前がすっかり消えているのに気付きました。よく見ると、去って行った人たちの名札が下の方に乱雑にまとめられているのです。そしてその上にマジックで、大きな下向きの矢印と Graveyard(墓地)という殴り書き。誰の仕業か知りませんが、それを見た人たちは皆顔を見合わせ、寂しい笑いを浮かべて立ち去るのでした。