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2025年5月4日日曜日

Juxtaposition ジャクスタポジション

先週火曜日。二週間の一時帰国を終え、妻と一緒にロサンゼルス空港へ降り立ちます。入国審査を終え、国内便への乗り換えゲートの列に並んでいると、映画「ダイ・ハード」でリムジン・ドライバーを演じていたノリの軽い黒人青年を三年ほど成長させたルックスの担当官が、まるでバナナの叩き売りみたいに立て板に水の口上で次の客を呼び込んで行きます。ほどなく私たちの順番が回って来て、

「ハイハイ、お次のお姉さんはパッと見たところ25歳だな、いやいやどう見ても21歳。」

これには妻もつい吹き出してしまいます。彼女のパスポートを手早くスキャンして私を呼び寄せると、

「そうすると旦那さんはもうちょいとばかり年上ってとこかな、ずばり26歳!」

私のパスポートに見入って答え合わせをするでもなく、手は口と独立に動いて素早くスキャンを済ませます。

手荷物チェックの列に並びながら、あんなお調子者をこの仕事にあてがっていることへの驚きを妻とシェアする私。我々はTSA Preという事前に料金を払って身元確認を済ませた旅行者の列に並んでいたので、パスポートチェックが形式的な手続きであることは承知の上。それにしても軽すぎるだろ、と。

銀色の金属回転体を並べたコンベアに大型のトレイを置き、機内持ち込み手荷物を順々に載せて行きます。検査対象物が四角い箱に入る前に持ち主の我々はゲートをくぐり、向こう岸で待ちます。ゴムのビラビラカーテンをめくりあげて妻の手提げバッグと私のバックパックを載せたトレイが現れ、暫く停止した後、検査官の待つ側のルートへと振り分けられて行きました。

「あれ?何か変な物入れてたっけ?」

と私。首を傾げる妻。すると、列に加わった三十代くらいの白人男性が大きな溜息をつき、両手を腰に添えて苦笑しました。

「ほぼ毎回ここでつかまっちゃうんだよね、俺。しかも何を入れたか全く思い出せないんだ。」

振り返って彼の顔を見て、笑顔で同意を示す私。

「あ、そうだ、ペットボトル入れっぱなしだった!」

と小声で叫ぶ妻。羽田からロスまでの国際線内で長時間持参していたため、国内便乗り継ぎのことをすっかり忘れていたのですね。そうこうするうち、検査に合格した荷物を手にして去る人が目の前をどんどん行き過ぎて行き、残されたトレイが手前のコンベアで渋滞し始めました。するとさっきの白人青年がさっと歩み出て、隣り合った空きトレイを順々に二枚重ねにしてスペースを稼ぎます。係官の数が足りないのか、単なる旅行者の彼が空港運営側の仕事をする羽目になっているのです。白人青年はそのボランティアワークを一旦終えて元の位置に戻ったのですが、カラのトレイは見る見るうちに溜まって行きます。見かねた私はさっき青年が二枚重ねにした束に追加されたトレイを更に重ねて行き、全部まとめて左端の集積所へ一挙に移動しました。

“Now you’re making me look bad!”

「俺の立場なくなっちゃうじゃん。」

キマリ悪そうに笑う青年。するとモニター画面を睨んでいた髭面の中年黒人検査官が我々に視線を移し、微笑みながら丁寧に感謝の言葉を述べます。そして手元に到着した妻の手提げかばんから、綾鷹500ミリと飲料水入りミニペットボトルの首のところを左手で掴んで持ち上げました。

「ごめんなさい。すっかり忘れてた。」

と妻が笑うと、

「いやいや、こういうのはちゃんと最終確認をしなかった旦那の責任なんだよ。」

と私を見つめ、ニヤリと笑ってから微塵の躊躇も見せずに二本ともごみ箱に放り込んだのでした。

出発便ゲートへ進みつつ、今さっき目の前で起きた展開って日本ではあり得ないよね、と妻と話し合いました。係官が搭乗客に軽口叩いたり、見知らぬ人がにこやかに話しかけて来たり、などという光景を日本の空港で目にすることなど考えられません。いや、空港に限らず日本では(特に大都市では)、人と人とが一定の距離感を保って生活しているように思えます。

東京滞在中の朝、犬の散歩をする人々と何度もすれ違ったけど、誰一人として視線を合わせて来ないことに気付き、違和感を覚える自分がいました。サンディエゴの自宅周辺で朝のウォーキングをする際、すれ違う人と挨拶を交わさないことの方が稀なので。コミュニティ内で発揮するフレンドリーさとリスペクトのバランスが、日米で著しく違うのだということにあらためて気付かされたのでした。

帰国中、妻と二人で急遽飛び込んだ赤坂のヘッドマッサージ店「眠りの森」では、施術終了後、担当した女性達がエレベーターまで見送りに来て、ドアが閉まるまでしっかりとお辞儀を続けました。両掌をぴんと伸ばし、指先をおへその辺りにつけて。妻と顔を見合わせて驚嘆しつつ、これってアメリカじゃあり得ないよね、という話になりました。

女子社員たちへのお土産にと横浜みなとみらいの「中川政七商店」で台所用布巾を購入した際も、わざわざ小分け包装にし、それぞれ中身の色が外から分かるようカラー付箋を貼ってくれたことに感動し、日本のサービス業の顧客満足追及レベルは段違いだよね、と妻と頷き合います(後でこの話を聞かせた日本人の女友達から、「普通じゃない?」と言われて更にぶったまげましたが)。

数年前、職場で毎月一回開かれるカジュアルなプレゼンイベントで、40人くらいの聴衆に対し、その直前に果たした一時帰国中に感じた事について話しました。皇居周辺の満開の桜並木、東京のビル街に点在する神社や寺院、リサイクルごみの緻密な処理ステップや日本橋高島屋の荘厳な開店シーンなど、ビジュアル素材を多数披露した後、極楽鳥花やブーゲンビリア等の鮮やかな色彩を愛する自分と、散りゆく桜の儚く淡い色合いを愛する自分が矛盾なく共存していることを述べ、喝采の中プレゼンを終えました。

その一週間後、イベントを主催したチームが私の使った写真素材を散りばめたポスターを作製して記念品として贈呈してくれたのですが、ここに添えられていた文章が私の注意を惹きました。そこには、「シンスケが二つの国のJuxtaposition(ジャクスタポジション)を披露して」と書かれていたのです。すぐに辞書で調べてみたところ、「対比」とあります。ううむ、分かったような分からぬような…。Comparison(比較)とどう違うんだろう?さっそく、通りがかったインテリの同僚クリスティをつかまえて解説を求めました。

Comparisonには、分析して評価する、つまり優劣みたいなものを決めようという意図がにじんでいるけど、Juxtapositionは純粋に二つの物を並べてみて、違いを読み取ろうとすることだと思うわ。」

とのこと。なるほどねぇ。日本とアメリカのどっちがいいかを論じたいのではなく、二つの国のコントラストを素直に鑑賞していた私には、しっくり来る説明なのでした。

さて、妻と一緒に搭乗口へ向かって歩きながら、この時のことを思い出し、口の中で「ジャクスタポジション、ジャクスタポジション…。」と呪文のように唱えていた私。突然鼻がムズムズし始め、我慢しきれず思い切りくしゃみを一発。すると間髪入れず、5メートルほど離れた壁際でスーツケースを停めて立っていた白人女性が、“God bless you!(お大事に)とはっきりした口調で言ったのです。赤の他人が人のくしゃみにツッコミ(じゃないけど)入れるなんて、日本ではあり得ないよなあ。あらためて、ジャクスタポジションを愉しむ私でした。

2022年10月23日日曜日

Walk on ウォーク・オン


「うわ!」

隣を歩いていた妻が、藪から棒に声を上げて立ち止まります。

「何かと思ったら山だった!」

整然と立ち並ぶレンガ色のビルの屋根越しに、赤茶色の巨大な岩壁がそそり立っています。我々の暮らす「ブルースカイと椰子の並木」のサンディエゴを歩く時はそんな角度まで視線を上げることすら滅多に無いため、突如視界に飛び込んできた4千メートル級の陸地の隆起は、とても新鮮な景観だったのですね。

先々週の金曜から日曜にかけ、息子が通う大学のイベントに出席するため、夫婦でコロラド・スプリングスへ出かけて来ました。これはHomecoming & Family Weekend(ホームカミングと家族の週末)という、年に一度催される恒例行事。卒業生や現役学生の家族をキャンパスに招いて説明会やら見学会やら同窓会などを行うのですが、息子が四年生になる今年まで、ずっと参加を見合わせて来ました。幼稚園や小学校低学年ならともかく、大学にまでわざわざ乗り込むことに、やや抵抗があったのです。今年は最終学年だし、これを逃せばもう卒業式までチャンスが無いわよ、という妻のひと押しで心を決めたのですが、出発直前に二の足を踏ませる一報がありました。

息子の所属する水泳部の父母たちの間で、金曜の晩に皆で飲もうじゃないかという話が盛り上がっており、一軒家を貸し切りにしたから是非集まろうよというメールが届いたのです。うーむ、裕福な家庭の御子息達が通う私立大学に無理して我が子を潜り込ませたまでは良かったけど、こういうの、気が重いんだよなあ。日本人のスタンダードからすれば面の皮はやや厚い方だという自負はあるものの、英語しか通じない初対面だらけのホームパーティーというのは、やっぱり気が進まないイベントなのです。

夜明け前にサンディエゴの自宅を出発し、デンバー空港のレンタカー屋で調達した真っ赤なトヨタ・プリウスに乗り込みます。二時間運転してホテルにチェックイン。休暇前の仕事ラッシュで相当疲れていたし、ちょうど小雨が降り出したこともあり、ベッドに寝転んで長めの仮眠を取ります。夕方に起き出し、予約していたキャンパス近くの高級レストランで息子と待ち合わせしました。順々に再会のハグを交わしてから着席。暫くメニューを眺めた後、「ステーキ頼んでいい?」と、承認を確信しつつもとりあえず正式なステップを踏む、笑顔のすねかじり者。周囲のテーブルには、同じようにこの機会を利用して大学を訪れているのであろう両親との夕食を楽しむ若者たちの姿が、多数認められます。

刻んだミディアムレアの肉片を口に運びながら、近況を語る息子。大学の勉強は刺激的で楽しいこと、水泳部の練習は相変わらずキツイこと、短距離専門のアシスタントコーチが就任して以来、着実に泳ぎが上達していること、今年はバカっ速い新入生が多数入部したため、チームは歴代最強かもしれないこと、仲間たちとの結束は固く、自分は周囲から愛されていて学園の有名人であり、特に後輩たちに慕われていること…。

三年半前に彼が水泳部に入ったと聞いた時は、夫婦で顔を見合わせたものでした。高校時代は水球を愛するあまりか、競泳に対しては嫌悪感を顕にしていたのです。「あんな苦しいだけのスポーツ、誰が好き好んでやるんだよ」とまで毒づいて。それが一体どういうわけで心変わりしたのか、謎なのです。しかも入部時には、周りの選手たちが高校までの実績をベースに奨学金を受けて入学していたことを知らなかったのですね。私だったらそれを知った時点で赤面し、しおらしく退部届を出しているところですが、この若者は臆することもなく日々の猛練習に耐え、最終学年までしっかり生き延びたのです。「高校時代にピーク迎えちゃって大学で伸び悩んでる子もいる中で、僕はまだまだ伸びしろがあるから精神的に楽なんだよ。」そんな風にあっけらかんと話していて、実際に公式タイムもどんどん縮んでいるのです。

食事を済ませ、久しぶりに会う仲良しの先輩たち(卒業生)とアイスホッケー部の試合を観に行く、と言う息子をキャンパスのアイスアリーナ近くで下ろし、父母の集いへ向かってプリウスを走らせます。助手席の妻が、教えられた住所をスマホのアプリに入れてナビ担当。

「あの子のポジティブさには、毎回たまげるね。」

と、息子の明るさにあらためて感心する妻と私。

「友達が多いとか下級生に慕われてるとか、よくまあ平気な顔で言えるよなあ。」

富裕層の白人アスリート集団に、サラリーマン家庭出身の日本人が一人だけ混じっている(しかも元々スポーツマンタイプでは無い)。そんな絶対的アウェイな環境で機嫌よく活躍しているという自己申告に対し、余程おめでたいか強がって大ぼらを吹いているかのどちらかだと決めつけてしまう私。

ビルの立ち並ぶダウンタウンを通過して西に折れ、山へ向かって車を進めると、段々と街燈が少なくなって行きます。月が雲に隠れていて、視界は非常に悪い。

「なんか暗いねえ。」

曲がりくねった急勾配の道路が大区画の敷地境界を舐めるように巡っていて、まばらに建つ特大の豪邸には、人の住んでいる気配が感じられません。

「きっとここって別荘地だよね。」

心もとないヘッドライトを頼りにくねくね道を慎重に進み、あと数ブロックで目的地に到着、という丁度その時、十メートルほど先を何か巨大な生物がゆっくりと横切って行くのに気付き、ブレーキを踏みます。

「クマだ!」

体長三メートルはあろうかと思われる真っ黒な熊が、右の敷地から左の敷地へのそのそと移動し、暗い木立の中に消えて行ったのです。

「え?ここって熊出んの?」

暫くショックで動けなくなった私達ですが、とにかく音と光を発しながら歩くしかない、と車を路肩に停め、携帯電話のフラッシュライトをピカピカ振りまきつつ大声で喋りながらパーティ会場の屋敷へと向かいます。

分厚い大扉を開けると、既に三十人ほどの白人男女が、十二畳はあろうかという大型オープンキッチンのアイランドを囲み、グラスを片手に談笑していました。笑顔で出迎えてくれた婦人に順々に自己紹介して上着を脱ぎます。サンディエゴのニジヤ・マーケットで入手しておいたチョーヤの梅酒とチョコポッキーのファミリーパックを手渡し、集団に合流。

「今、すぐそこにでっかいクマが歩いてたんですよ。」

握手を交わしつつ、次々現れて自己紹介する相手に危険情報を伝える私ですが、皆一様に、

「え?ほんと?怖いわねえ。」

くらいの軽快なリアクション。そして微笑みながらワイングラスを口に運びます。いやいや、これは「駆けつけ一杯のジョーク」じゃないんだけど…。直ちに誰か然るべき役所に連絡してくれるだろうと期待していた私ですが、鷹揚とした人々の態度に、段々居心地が悪くなって来ました。え?これ、僕がおかしいの?

気がつけば、妻と私は新橋駅前のような喧騒の中、声を張り上げて英会話に取り組んでいました。近距離で数十人が一斉に喋っているため、ちょっとでも気を抜くと意識が飛び、ノイズの洪水に呑みこまれそうになるのです。

「うちの子、あなたの息子さんのこと大好きなのよ。」

と、三年生ジャックのお母さん。

「うちの子もそうよ。あなたの息子さんは真のリーダーだって、いつも言ってる。」

同調する他のお母さん。会う人会う人、口を揃えてうちの愚息のことを褒めそやします。二年生の女子のお母さんが、

「うちのライリーはいつも息子さんのことばっかり話すの。とっても慕ってるのよ。」

と言った時、

「ちょっと待って。それ、本当にうちの子のことですか?」

と思わず制止する私。この白人グループ、何か慈悲的な意図から孤独なアジア人をいたわろうと示し合わせているのではないか、と勘ぐってしまうほど薄気味悪い異口同音ぶり。ひとしきり大笑いしたライリーのお母さんが、

「え?知らなかったの?あなたの息子さんは凄い人気者なのよ!」

とダメ押しします。う~む、これはもう認めざるを得ないぞ。息子よ、君はどうやら本当に「リア充」生活を実践しているみたいだな…。

このパーティーで会った人々の見解を総合すると、幼い頃から全米各地で頭角を現し大学にスカウトされる格好でチーム入りした猛者たちの中に、ほとんど競泳経験の無い痩せっぽちのアジア人がふらっとやって来て互角に戦っているというのは、驚嘆すべき偉業なのだという話。

妻がこの時、彼が水泳部に入ろうと決めたのは意外だったし、他の子たちが奨学生として入っていることすら知らなかったと思う、と語ります。そしてこう付け足します。

“He walked in the team.”

「チームにウォーク・インしたの。」

Walk in というのは「アポ無しで乗り込む、飛び込みで」という意味で、レストランや診療所などに予約もせず訪れる時に使う表現。すると妻の話に耳を傾けていた二人のお母さんが脊髄反射的に、

“He walked on.”

「ウォーク・オンしたのよね。」

と素早く同時に訂正したのです。ん?今のは何だ?と違和感が残るほど明確なダメ出しだったのですが、そのまま次の話題に移って行ったのでした。

二時間ほど英語で談笑した後、集中力が限界に近づいて来たので、妻と目配せして「そろそろ私達は…。」と会場を後にしました。山道を慎重に下り、すっかり夜も更けて交通量も落ちたダウンタウンを通過しようとした時、交差点をゆったりと横断する大小の鹿二頭を目撃しました。

「今度はシカだよ。」

「熊に較べればさすがに驚きは少ないけど、冷静に考えればなかなかの光景よね。」

と妻。パーティーで会った人たちは、人家の周りで大型の動物が出没することに慣れているのかもしれないな、と納得する私でした。熊ぐらいでガタガタ騒がないのもそういうわけか、と。僕らもこういう土地に引っ越せば、きっと慣れっこになるのだろう。人は新しい環境に飛び込んでも、丹念にひとつひとつ体験をこなして行くうちに強くなる。うちの息子も、そうして楽しい大学生活を手に入れたのだろう。我々だって、こういうパーティーにちょこちょこ出席していれば英会話力がアップするに違いない…。

「あのさ、さっき君がウォーク・インって言った時、あの人達、ウォーク・オンって言い直したじゃん。気がついた?インとオンで意味がどう違うのかな。」

「うん、私も考えてた。あとで調べなきゃね。」

翌週サンディエゴ・オフィスで、部下のシャノンに説明を求めてみました。

「ウォーク・オンっていうのは、既に出来上がってるチームに後から乗り込んで新たなメンバーとして仲間入りする時に使うのよ。」

とシャノン。

「ウォーク・インは予約無しで行くってことだから、全然別の表現ね。」

念のため、ウェブスターのオンライン辞書も調べてみました。Walk-onという名詞で、

“a college athlete who tries out for an athletic team without having been recruited or offered a scholarship”

「スカウト枠でもなく奨学金も受けずに大学運動部の入部テストを受ける選手」

という解説がありました。

「へえ、じゃあこっちの大学じゃ、あの子の入部方法は本当に一般的じゃないんだね。」

と妻が頷きます。

「それにしてもだよ、」

と私。

「あれだけべた褒めされると、さすがに気恥ずかしいよね。」

「だけど皆、自分の子供のことだって自慢げに語ってたわよ。」

と妻。そう言われてみれば、確かにそうでした。アメリカ人は大抵、たとえそれが身内だろうと、良いところを見つけてとにかく褒める。謙遜などしないし、卑下なんてありえない。「褒め殺し」に相当するワードも、聞いたことありません。このカルチャーはアメリカ社会の隅々まで染み渡っていて、親に褒められた記憶の無い古い日本人代表の私は、思わず首を傾げたくなることもしばしば。

後日息子と電話した時、パーティーで色んな人から君のこと褒められたよと伝えると、即座に

「でしょ。」

と返して来たので、瞬間、「てめー、調子に乗んなよ!」と舌打ちする、頑固オヤジの私でした。

 

2022年9月24日土曜日

Maverick マーヴェリック


先週火曜日の朝一番。携帯電話に”Hey people in SD,” で始まるテキストメッセージが届きました。

「サンディエゴ(SD)のお二人さん、現地調査の仕事でメキシコ国境近くまで来てるんだけど、良かったらサクッとランチ行かない?」

差出人は、二年前までオレンジ支社のビルディング部門でアミューズメント・パークのデザイン・プロジェクトを指揮していたジョニーでした。そして私の他にお誘いを受けたのは、彼のかつての相棒、ベティ。パンデミックの発生による経営鈍化で会社に不穏な空気が漂い始めた2020年の夏、ジョニーは突然解雇宣告を受け、彼のプロジェクト・チームも解体され散り散りに。ベディはオレンジ支社でプロジェクト・コントロールを担当していたのですが、結局ジョニーを解雇したC(女性)の直属の部下に落ち着いたのでした。その後離婚と再婚を経てサンディエゴへ引っ越して来たらしいのですが、リモートワークが続いているため、オフィスで顔を合わすこともなくずっとご無沙汰が続いていました。

末っ子のお迎えがあるので1時半までにはサンディエゴを後にしなきゃいけないとジョニーが言うので、フリーウェイの入り口に近く駐車スペースも見つけやすいPho Fusionというベトナム料理店で会うことになりました。再会を喜ぶ長いハグの後、ブース席の向かいに並んで座った二人に近況を聞きます。

ジョニーは個人でコンサルティングをするようになって以来どんどん仕事が舞い込んで来て、かつて無いほどの忙しさを経験している。ベティは一ヶ月前、上司のCに辞表を叩きつけ、私のいる環境部門へPDL(プロジェクト・デリバリー・リード)として再雇用された、と。

「シンスケはどうしてるの?」

と二人が尋ねるので、十年以上前にたった一人で始めたチームが今や20人の大所帯になったこと、若者たちに技術の伝授をするのを楽しんでいること、などを話しました。

「あ、そういえばトップガン・マーヴェリック観た?」

と言うと、もちろん!と笑顔で頷く二人。

「あれ観て、色々思うところがあったんだ。」

と私。8月初旬、夏休み最終日だった息子も連れ、家族三人で近所の映画館へ。気を失いかけるほど激しく泣いた妻は、「これはもう一回高音質で観ないと!」と私を説得。一週間後にはるばるサンクレメンテまで一時間かけてドライブし、IMAXシアターで二度目の鑑賞。更にはところどころセリフが理解出来なかったというフラストレーションから、8月末から二週間ほど一時帰国した際、「これはもう一回、字幕付きで観ないと!」とミッドタウン日比谷のIMAXシアターで三回目の鑑賞。短期間に違う劇場で同じ映画を三回観るなんて(しかも二カ国で)、生まれて初めての体験でした。

「トム・クルーズの演じた役ってさ、今の僕とほぼ同じ年齢なんだよ。あの世界的スーパースターと自分を重ねるのがおこがましいことは百も承知だけど、あの映画で物凄く元気をもらえたんだよね。」

経営者側の立場で働くことを選んだ二年前、自分の信条に反する理不尽な発言を日々強いられ、塗炭の苦しみを味わった私。一年前にそんな出世コースから外れる決断をしてからというもの、心から愛する仕事だけに打ち込める幸せを日々噛み締めています。映画の中でマーヴェリックも、将官の地位を避けて現役を続けることで、大好きなパイロットの仕事に専念出来ている。

「同世代の将官たちは重責を抱え、いかにも苦しそうな表情を終始浮かべてたでしょ。その横で、言いたいことを言いながらトムが爽やかに笑ってる。あれ見て、自分の選択は正しかったんだって思えたんだよね。」

先月日本で旧友たちに会った際、何度も「あと一年で引退」というセリフを聞きました。この時まで、「日本では大抵の組織に定年がある」という事実をすっかり忘れていた私は、不意を打たれた格好でした。もしもあのまま日本にいたら、間もなくキャリアに終止符が打たれていたのか、と。個人の努力でどうこう出来るわけではない「年齢」という数字を根拠に、組織側が個人の運命を決める。まだまだ発展途上を自覚する私は、ひどく理不尽な仕打ちと捉えて暫く憤慨していたのですが、落ち着いて考えた結果、これはそうひどい話でもないな、と思えて来ました。ルールの違う二つのゲームがあり、どちらでプレーするのがより自分の幸福感に繋がるかという問題なのだ、と気づいたのです。

ゲームA:突然解雇されるリスクが高い組織でスペシャリストとして腕を磨き勝負し続け、退場のタイミングは自分で決める。

ゲームB:終身雇用という安心な制度のもと、組織内の様々な部署で経験を積み、制限時間が来たら静かに退場する。

キャリアの半ばでBからAに移籍した私は、あと付けながら、自分はAでプレーする方が幸せを感じるタイプなのだと悟ったのでした。

「へえ、日本ってそうなんだあ。」

ジョニーとベティが、さも驚いたように頷きます。

「実はこないだあたしも母親から、あんた何歳まで働くの?って質問されたわ。そう聞かれるまで辞めるタイミングなんて考えたことも無かったけど、働ける限り働くわよって答えといた。」

とベティ。

「そうなんだよね。僕も若いメンバー達にまだまだ教えることが沢山あるし、自分自身のスキルレベルも毎日どんどん上がってる実感がある。ようやく油が乗ってきたってところかな。」

と私。ニヤッと笑ったジョニーが、頭を小刻みに揺らしながら素早く両手の指を動かしてタイプする真似をしてみせます。

「今のシンスケだったら、メチャクチャ難しい仕事渡されても超高速でエクセル使って、あっという間に解決しちゃうんだろうね。マッハ10を超えちゃったりなんかしてさ。」

ベティも横で、同じアクションを演じて笑います。

食後、再び代わる代わるハグを交わし、再会を誓ってそれぞれ家路に着いたのでした。

さて、金曜の朝のこと。部下のアリサとの緊急電話会議でした。

「ごめん、忙しくってちゃんとメール読めてないんだけど、何が起こってるの?」

「水曜の晩にセシリアから頼まれたプロポーザルのサポートなんだけど、来週締め切りなの。レイチェルのチームがすぐに準備を始めようとしてるんだけど、今回に限って2028年までの長期プロジェクトで、あなたが今年の初めに作ってくれた単年用見積計算書のテンプレートじゃ対応しきれないのよ。改訂版を作ってくれって言われたんだけど、私の手には負えそうもないし、あなただってそんな時間無いでしょ。この仕事が出来そうなメンバーは他に思いつかないし、もうどうしたらいいのかって…。」

うちの会社は9月が年度末のため、この数週間は誰もが猫の手も借りたいほどのてんてこ舞いなのです。最悪のタイミングで飛び込んで来たこの依頼に、頭を抱えるアリサ。このクライアントの仕様書は風変わりなルールが満載で、最初の見積計算書テンプレートを完成させるまでの私の苦労を知っている彼女としては、気が重くなるのも当然なのです。

「大丈夫。僕がやるよ。時間は作れる。」

と私。

「え?ほんと?お願い出来るの?」

にわかには信じられない様子のアリサに、

「知っての通り、この手の挑戦は僕にとっちゃPaid Hobby(ギャラの出る趣味)みたいなものなんだ。」

驚きの声と同時に、

“You’re a sick man!”

「あなたってビョーキよね!

と呆れたように笑うアリサ。何度も感謝の言葉を繰り返し、ようやく電話を切ります。

その直後、PMのレイチェルからテキストが入ります。

「見積計算のテンプレート出来た?すぐにでもデータ入力を始めたいんだけど…。」

「これから作業を開始するんだ。昼までに仕上げるから待って。」

まだ作り始めてもいなかったことにややショックを受けた様子のレイチェルでしたが、気にせず直ちに全集中モードをスイッチオン。ショートカットキーと関数をふんだんに使い、恐らくこれまでで最速のスピードで作業を続ける私。そして1123分、完成品を送信。

「有難う!これできっと間に合うわ。今からデータを入れ始めるわね。」

とレイチェル。

席を立ち、ずっと我慢していたトイレに向かいます。そして一気に放出。あまりの快感に顔が引きつってしまう私でした。まるで滑走路から飛び立つF-18戦闘機を横目で見ながらバイクで疾走するトム・クルーズが、最高の笑顔を見せるように。

歳を取るというのは弱くなるだけではなく、経験を積むことでもある。自分を鍛え続けていれば、若者達が真似できないような離れ業を演じることだって出来るのだ。そんな幸せを、この映画から教えてもらったのでした。

夕食の席でそういう話をしたところ、

「そんな風には全然考えなかったな。ただただ世界に浸って感動してた。」

と妻。日比谷の映画館でも、散々泣いてた彼女。

「三回目でも、まだあんなに泣けるもんかね?」

と笑いながらもやや感心する私に、

「出だしの重低音で、もうやられちゃったわよ。泣けるとこ一杯あったじゃない。すまんグース、って呟く場面なんて、もうホントに、たまらなかった…。」

と、蘇る記憶で再び目を潤ませる彼女。

小難しい分析などせず、素直に感動に浸れる彼女のような人が一番幸せなのかもな、と思うのでした。

 

2022年5月7日土曜日

Farmers Market ファーマーズ・マーケット


良く晴れた先週日曜の昼前、妻と二人でラホヤのファーマーズ・マーケットへ出かけました。生鮮食品、ファッション、アクセサリーなど多種多様な業態出店者が小学校の敷地を借り、運動会で放送席の日除けに使うような白いキャンバス地のキャノピーをぎっしり並べて商売に勤しんでいます。椅子ひとつ、ギター一本で歌う名も知らぬミュージシャン、大声で笑いながら足早に過ぎ去るティーン・エイジャーの女子グループ、ジャングルジムや滑り台の傍に立ち、おぼつかない足取りの幼い我が子を見守る母親たち、お互いのペットを撫で合う犬連れの家族。たとえ買い物をせずとも家路につく頃にはほんのり笑顔になっているような、週末を過ごすのにぴったりのイベントなのです。

二年以上もリモートワークが続く中、度重なる大規模組織改変により、顔を見たことも、今後一生会うことも無いであろう人達と働く機会が急増している今日この頃。信頼関係を築くステップをすっ飛ばし、ただただ職務を進めるためだけに交わす会話は殺伐としていて、まだ会社が小さく顔見知りだけと働いていた頃に較べ、格段に「幸せ感」が低い。そもそも他人は他人、お互い心の中じゃ何を考えているか分からないのだけれど、同じオフィスにいれば自然と会話を交わすようになるし、いつしか打ち解けるものです。誰かと分かり合えた、繋がった、という瞬間の感動を、職場では久しく味わっていません。

このファーマーズ・マーケットでは、数ヶ月前にSmallgoodsというチーズとサラミの専門店を経営する若い夫婦と話し込み、すっかり仲良しになりました。それからというもの、月二回はアメリカ各地の名産チーズを買って楽しむのが習慣に。普通のスーパーでショッピングしていたら、なかなかこうは行かないでしょう。他人同士がガードを落として近づくことの出来る、そんなリラックスした環境が整っているからこそ起きたマジックだと思うのです。

さてこの日も、立ち止まって商品を暫く眺め、数歩進んでは隣の店へ。そんな調子でゆったりと時間を過ごし、ちょうど最後の店に差し掛かった時でした。あれ、風が強いな、と思った次の瞬間、その店を覆っていた白いキャノピーが目の前でふわりと浮き上がり、二メートルほど上空であっという間に逆さまに。そのまま風に飛ばされ、敷地境の金網フェンスを越えて隣接する工事現場に落下したのです。まるで部屋の四方の壁が一斉に倒れ、中央に座っていたタレントがあっけにとられるドッキリカメラのワンシーンのよう。周囲の出店者達や買い物客の群衆は立ちすくみ、口々に驚きの声を漏らします。店主らしき四十がらみの白人女性はほんの刹那、微かな怯みを見せた後、

“Now come shop!”

「さあいらっしゃい!」

と明るい声で皆に呼びかけます。これで笑いが起こり、場の緊張が和らぎます。ちょっとの間、私も妻と一緒にクスクス笑っていたのですが、段々落ち着かない気分になって来ました。買い物客も周りの出店者たちも、問題解決に動き出す気配を一向に見せないのです。店主の女性は時々フェンスの向こうに目をやって肩をすくめながら客にジョークを飛ばしているだけで、助けを呼ぼうとする様子も無い。

「ちょっと見てくる。」

と妻に荷物を預け、敷地境界に沿ってどんどん進むと、作業員詰め所と見られるトレーラーハウスの両脇には隙間が見当たりません。金網フェンス越しに中を覗くと、建材がそこここに積み上がっているものの、重機も掘削口も見当たらない。そもそも日曜だし、すぐ隣でマーケットやってるんだから、工事現場が動いているはずもない。それならば、と足場の良い場所からフェンスをよじ登ってこれを乗り越え、さっきの店の裏側へ進みます。四肢を硬直させ仰向けに倒れた哀れな動物のようなキャノピーを、下から両手ですくうように持ち上げてみたところ、図体が大きくかさばるだけで、これが案外軽量なのです。私の救助活動に気がついたようで、二人の白人男性客が駆けつけ、フェンスの向こうから手を伸ばしてキャノピーを受け取り、無事に元の場所に戻すことに成功したのでした。

再び最初の侵入箇所に戻り、フェンスを越えてお店に戻ると、キャノピーを立たせようと男性二人が奮闘しています。見ると、天蓋を持ち上げるべきトラス構造の接合点が下を向いている。突風に持っていかれた時の衝撃で、逆向きに曲がってしまったのですね。これをトップまで持ち上げないと、ジョイントが固定されずキャノピー中央が陥没してしまい、四本の脚は真ん中に向かって傾いてしまうのです。しかしこのうなだれたトラス中心部、真下から手を伸ばしても全然届かない高みにあります。最高点まで持ち上げるには、相当のジャンプ力が要求されるぞ…。

フェンス越え往復とキャノピー回収作業完了時点で、「SASUKE」難関コースをクリアした選手のようにすっかり満足していた、還暦目前の私。過去数年間Body Craftの川尻トレーナーから受けて来たパーソナル・トレーニングの成果が、こういう形で実証されるとは…。地獄の「体幹いじめ」に耐え抜いて来たのは無駄じゃなかったぜ、とほくそ笑みます。ところがここへ突然、思っても見なかった最終ステージ挑戦権が差し出されたのです。二人の男性は代わる代わる背伸びしてみたものの、あっさりギブアップ。さあ、どうする?「やれんのか?お前に!」と心の声が詰め寄ります。チャンスはたった一回だ。何度も跳んだけどやっぱり駄目でした、などという無様な真似はしたくない。よし、絶対に一発で決めてやる!深呼吸の後、渾身のジャンプ。右腕を突き上げます。カチリとロック音が聞こえ、見事天蓋が最高点で固定されたのでした。よっしゃあ!と心の中でガッツポーズ(後で妻に聞いたら「そんなに跳んでなかったよ」とのことでしたが)。

無事に任務を完了して妻の元に戻った私でしたが、この時強烈な違和感に襲われていました。なんかちょっと怖い…。なんだろうこの感覚?

冷静に振り返ってみると、店主の女性、最後まで私の目を見ることも声をかけることもなく、サンキューの一言も発しませんでした。感謝が欲しくて取った行動ではないものの、普通に考えたら当然「有難う」な場面でしょ、これ。しかも他のお店の人達が、誰一人助けに来ようとしなかった。おいおいみんな、どういうつもりだ?何考えてんだ?

妻も同じく奇妙な感覚を味わっていたようで、「行こ、行こ、」と二人足早に立ち去ったのでした。

帰宅後、妻と昼食の支度をしながらも何となく頭の片隅にこの件が引っかかっていて、「何故彼女はお礼を言わなかったのか、どうして誰も助けようとしなかったのか」についてひとしきり話し合いました。人々の心の中でどんな思いが巡っていたのかなんて検証しようもないので、このモヤモヤを晴らすのは簡単じゃありません。私が辿り着いた仮説は、「訴訟を恐れたのではないか」というものでした。

囲われた工事現場に侵入することは、恐らく違法。後で然るべき筋を通して回収するつもりだった。そこへ頼んでもいないのに見知らぬ男がフェンスを乗り越えて行った。もしも工事関係者に見咎められたり、器物破損に至ったり、あるいは怪我でもされたりしたら責任問題になる。私はあの男とは何の関わりも無い。気がついたらキャノピーが元に戻っていた、という体でやり過ごしてしまおう、と。周囲の出店者たちも同様の心境だったのではないか…。訴訟社会のアメリカだけに、この仮説は信憑性が高い。でもだとしたら、ちょっと違う種類の怖さがあるぞ…。

その晩、あまりにも落ち着かないので、元同僚のリチャードに電話して意見を聞くことにしました。

「突然すまんね。今日さ、カクカクシカジカで…。」

藪から棒に何の話だよと突っ込んで来るかと思いきや、彼は最後まで待たず、

「なんだその女!無礼にも程があるな!」

と怒りに満ちた溜息をつきます。え?そういう反応?僕の立てた仮説はこうなんだけど、と説明すると、

“She’s not smart enough to think about the liability. She’s just rude.”

「法的責任にまで頭が回るほど賢い人じゃないね。ただ単に無礼なんだよ。」

と吐き捨てます。そして、悲しいけど世の中にはそういう人間が大勢いる、とことん話し合えば誰とでも分かり合えるものだなんてしたり顔でのたまう政治家もいるけど、そんなの嘘だ、どうしても理解出来ないタイプの人間も存在するんだよ、と興奮気味に話を広げるリチャード。

「そこまで体を張って助けてくれたシンスケにお礼の一言も無いなんて、俺には考えられないよ。」

「いやいや、そんなに大した働きじゃ無かったんだよ…。そっか、アメリカ人だから訴訟を恐れるっていうのは深読みが過ぎたか…。」

そういえば帰り道に妻が、きっとみんなから嫌われてる人なんじゃない?と言ってたことを思い出し、リチャードに伝えたところ、

「うん、それが正解だね。」

ときっぱり。だとしたら、周囲の出店者たちが誰も救いの手を差し伸べなかったのも頷けます。

「こないだも俺、どこかの建物のドアを開けて、後ろから歩いて来た若い女性が来るまで押さえてたんだけど、なんにも言わずに通り過ぎて行きやがったんだよ。ほんと、どこにでも礼儀知らずっているんだよな!」

と吐き捨てるリチャード。彼のやや激しめの道徳観を垣間見て、ちょっと笑ってしまう私でした。

「そういう時ってどうするの?」

と尋ねる私に、

「その女の背中に向かって、きっぱり言ってやるんだよ、You’re welcome!(どういたしまして)ってね。」

「え?ほんとに?」

さすがにそこまでは予想していなかった私。いくらなんでもやり過ぎでしょ、と突っ込む前に、リチャードがこう付け足したのでした。

「心の中でね。」

 

2022年4月9日土曜日

Think like a mountain 山のように考える


「今回のコースもヤバいよ、ほんと。」

電話の向こうで大学三年の終盤を迎えた息子が、しみじみとした口調でそう告げました。彼が今回履修しているのは、Entomology(昆虫学)。博物館や他大学での豊富な勤務経験を持つ教授が担当する講座で、あまりの面白さで集中力が途切れないと言うのです。

「一言も聞き逃したくないんだ。」

注意力のレベルに関してはとても褒められたものじゃないこの若者にそこまで言わせるからには、相当なクオリティの講義に違いありません。

「今日の授業ではさぁ…。」

サバイバルのために生物達が会得して来た擬態パターンの数々を、詳しく解説する息子。毒を持つ別種と外見を似せたハチ、警戒心を煽る風体の蛾に瓜二つな蝶。ある種の昆虫にその葉を食い荒らされてきた樹種は、進化の過程で様々な形状の葉をつけ天敵の目を欺くようになった、などなど。

「面白すぎてたまんないよ。二つ続けて大当たり。」

前回のコースでは、パンデミックや生態系の変化など、自然界のあらゆる現象を数理モデルを使って分析するという課題にどハマりした息子。この世界は密接に繋がっていて、どこかで起きた些細な変化が巡り巡って別の場所に、ひいては全体に影響を及ぼすという現象をコンピュータ・モニター上で視覚化するのですから、彼の興奮は理解出来ます。この時学んだことが今回のコースにも生きて来ているという息子。

「組織も経済も歴史も、みんな同じだよね。すべてのパーツが絶えず影響を与えたり受けたりしながら変化を続けてる。我々はついAが起きたからB、というリニアな考え方をしがちだけど、世界は大きな塊として動いてるんだもんね。」

と私。

「だよね。そういうの、Think like a mountain って言うんだよ。」

と息子。

Think like a mountain(山のように考える)というのは、初めて聞く表現です。電話を終えてからネットで調べてみたところ、これはアルド・レオポルドという環境系の学者が「野生のうたがきこえる(A Sand County Almanac)」という本の中で使ったフレーズで、ひとつひとつの事象を単体で捉えるのではなく、生態系全体を密接に連携したひとつのシステムとして考えなさい、という教え。私の意訳はこうなります。

Think like a mountain.

ひとつの大きな系として捉えなさい。

コロナウィルスやウクライナでの戦争は疑いもなく世界に多大な影響を及ぼしているけど、僕らひとりひとりの何気ない一言ですら、組織や社会を変える力がある。そういうマインドセットを持った途端、ネガティブではいられなくなります。

さて、今週水曜は久しぶりにダウンタウンのオフィスへ出勤。若手エンジニアのキャロリンが再会の喜びに顔をほころばせて近づいて来たので、会議室でひとしきり近況をシェアしあいました。

彼女の直属の上司だったドミニクが会社を去ったのは、およそ一年前。以来空席が埋まることなく、ドミニクの上司だったリチャードによる兼務が続いた。つい最近、別会社から引き抜かれたジェイソンの就任が決まり、ようやく一安心。

「どんな人なの?」

と私。

「地に足ついた、ごく普通の人よ。」

ごく普通の人、という言い回しが誤解を招く可能性を案じたのか、彼女が急いで付け加えます。

「彼が前の会社を辞めた後、部下だった四人が同時に転職して来たの。その事実だけとっても、彼がどれだけ信頼されてた分かるでしょ。なのに全然偉そうじゃないし、私に対してもすごくフレンドリーに接してくれるの。」

「そうか、そういう人がボスになって良かったね!」

と喜ぶ私。

「あ、そうだ。私、ちょっといいことしたの。」

とキャロリンが恥ずかしそうに打ち明けます。大ボスのリチャードと電話で話した時、ジェイソンの元部下四人の配属先が話題になったのだそうです。ひとりはサンディエゴ支社、ひとりはオレンジ支社、ひとりはサンノゼ支社、と居住地別に所属させ、それぞれ別のマネジャーの下に就けることにする、と。そこですかさずキャロリンが、こう口を挟みます。

“Richard, I have a crazy idea.”

「リチャード、私、クレイジーなアイディアがあるんだけど。」

ジェイソンという素晴らしい上司を失うくらいなら、と前の会社を思い切って飛び出した四人。きっと今、かなりの不安を抱えていると思う。元同僚たちからネガティブな言葉を浴びているかもしれない。そんな彼らが新天地で初対面のボスをあてがわれ、もしも反りが合わなかったらどうか。最初だけでもジェイソンの直属にしておけば、きっとみんな安心して頑張れるんじゃないか…。

「そしたらリチャードが、よく分かった、考えてみるって言ってくれたの。彼は部署全体を見渡していて、戦力の公平な分配に意識が集中してたのね。私のクレイジー・アイディアが聞き入れられるとは正直思ってなかったけど、次の日にジェイソンから電話があったの。彼はとても興奮していて、四人が自分の直属の部下になることが決まったって言うのよ。リチャードに進言してくれたんだってね、本当に有難う、四人とも物凄く喜んでいて、これで安心して力一杯働けるって言ってるって。」

ジェイソン自身、元部下たちを自分の下に就けられないか一度リチャードに打診したのだが、軽く却下され諦めていたのだそうです。転職早々ゴリ押し出来ないもんね、と私。

「君の一言で四人の人生、それにジェイソンの人生が変わったよね。そして彼らの家族の幸せにも貢献した。ひいては会社の業績にもポジティブに影響するだろう。凄い話だね。君があの時ちょっとでも怯んでクレイジー・アイディアを口に出すのを控えていたらと考えると、この世界のダイナミズムを感じずにいられないよ。」

照れくさそうに顔を赤らめるキャロリンを見ながら、”Think like a mountain” というフレーズを心に浮かべる私でした。世界は緻密に連携している。僕らひとりひとりの言動が、世界を変えるパワーを孕んでいるのだ、と。

 

2022年3月20日日曜日

Doesn’t have the same ring to it 同じリングを持ってない


先週土曜の午後四時半。ミラメサのボーリング場で待ち合わせした相手は、元同僚のディックでした。二週間ほど前の晩に突然テキストを送りつけ、

“Hello Amigo. How have you been? Seems about time we should get together.”

「よぉアミーゴ、どうしてる?そろそろまた会おうよ。」

と誘って来たのです。振り返ると、十月に晩飯を楽しんで以来、五ヶ月も連絡が途絶えていました。ボーリング・デートは彼の持ち込み企画で、前回コーエン兄弟制作映画の話題で盛り上がった際、The Big Lebowskiの愉快さについて語り合ったため、何となくその連想が導いたアイディアだったのでしょう。

「俺、最近ますますDude(ジェフ・ブリッジス演じる、浮浪者レベルにリラックスした風体の主人公)に見た目が似てきたよ。」

と事前にテキストで予告してきました。コロナで引き籠もるうち徐々に身だしなみへの頓着が薄れ、「在宅ホームレス」とでも呼ぶべき荒んだなりに変貌していくのは自然の摂理でしょう。期待を胸にややニヤついてボーリング場へ出向いた私でしたが、入り口付近の椅子に腰掛けて携帯をいじっていた彼は、前回よりも髪を短く刈り、シワのないコカ・コーラ・ロゴ入り赤Tシャツに身を包んでいました。

「なんだよ、全然こざっぱりしてんじゃん。」

と握手しながらからかうと、

「さすがにあの格好で現れる奴は現実にいないだろ。」

と笑い、立ち上がるディック。

最後にボーリングをしたのがいつだったのかも思い出せないほどご無沙汰の私に対し、一時期結構ハマったという相棒は、190センチ超えの巨体を華麗にしならせ、エゲツないカーブボールを投げて経験の差を見せつけます。ところが、真っ直ぐ転がすしか脳のない私が意外にもスペアを連発しポイントを稼ぐ一方で、ド派手な音を立ててピンを吹っ飛ばすものの度々スプリットに苦しめられたディックは、点数が伸びず段々と焦ってきます。額に吹き出す汗を拭いつつ、最終10フレームで立て続けにストライク。ようやく同点に追いついて1ゲーム目を終了。記念にスコアボードの写真を代わる代わる撮る二人。2ゲーム目は調子を上げたディックが大差で私を下し、気持ちよく会場を後にします。

「めし、どうする?」

とまだ汗だくの相棒。いつもだったら事前に私がきっちりスケジュールを組み、予約もバッチリ済ませておくのですが、今回はディックの企画。前日届いた彼のテキストには、

“How about meeting at 4-4:30…bowl…then maybe grab some grub.”

「四時から四時半の間に集合して、ボーリングして、で、何か食いに行くって感じどうよ。」

と極端にアバウトな段取りが記されていました。

「あのさ、grab some grubっていう表現、初めて聞いたよ。新しいのありがとね。」

「喜んでもらえると思ったよ。」

Grubは「カブトムシの幼虫」ですが、日常では「食事」という意味で使われます。動物が地面を掘って餌を探す様子を表す動詞でもあるので、この派生の仕方は納得。これにGrab(つかむ、手に入れる)という単語をつけて「何か食いに行く」と洒落たわけですね。十年を超す付き合いの中で、英語表現に対する私の渇望感をしっかり理解し、事あるごとに協力してくれている彼。ほんと、相変わらずいいヤツだなあ…。

結局私が提案した焼肉屋「牛角」は二時間待ちの満席だったため、そのそばにあった小さな寿司屋で夕食を楽しむことに。注文後、お互いの近況をあらためて語り合います。

ディックの転職先はまずまずの業績。ストレスレベルも低いとのこと。

「あのさ、さっきテスラに乗ってなかった?車換えたの?」

と私。さっきボーリング場で一旦別れた際、彼が白いテスラで走り去るのを見たのです。

「うん、リースしてんだ。なかなか気に入ってるよ。恐ろしく静かだぜ。良かったらこの後、試乗してみる?」

環境部門の大物である彼が電気自動車に乗るようになるのは時間の問題だったけど、それにしてもテスラとは出世したもんだなあ…。

私からの最大のニュースは、二日前にサンディエゴ・オフィスでパーティーが開催されたこと。二年に及ぶリモートワークを経て、ずっと会っていなかった同僚たちと顔を合わせたのです。ビル2階のオープンテラスに日暮れ前から集まって来た60人を超える出席者達と、ケータリング業者が運び込んだ一口サイズのピザやオードブルを楽しみつつ談笑します。

「過去二年間電話のみで繋がっていた人たちと、ようやく対面したりしてさ。すごく楽しかったぜ。」

同い年で長い付き合いのジョナサンは、コロナ期間に飛行機操縦免許を取得し、こないだ初飛行を果たした。五歳上のアンディは、週20時間勤務に切り替え、これからは好きなことに時間を割くことにした…。

「暫く会わないうちに皆、色々人生に変化があったんだなあってしみじみ思ったよ。」

二年前、世界は突然フリーズし、日が経つにつれすっかり色褪せてしまった。何となくぼんやりそう思いこんでたけど、友人たちは着実に前へ進んでいた!

「そう気付かされて、興奮しちゃったよ。ほんと、あのパーティーに参加して良かった。」

実を言うと、そう明るく話しながらも、私は何か異変に気づいていました。ちょっと前から胃の辺りがムカムカしていたのです。注文したキュウリサラダもカリフォルニア・ロールも、一口箸をつけただけでストップ。ううむ、これはちょっと深刻だぞ…。

「ごめん、テスラの試乗はまた今度にさせて。気分がいまいち優れない。今日はこれで帰るわ。」

ゆっくり時間をかけて慎重に深呼吸を続けながら夜のハイウェイを飛ばし、何とか家に辿り着きます。しかしそれから二日間というもの、猛烈な下痢と吐き気に翻弄され、ひたすらベッドで過ごすことになったのでした。食事はおろか、上体を起こして水をすすることさえ辛く、日曜の晩になってようやく妻の用意した雑炊を口にする私。

「何か変な物食べたんじゃない?」

と尋ねる彼女に対し、

「考えられるとしたら、ボーリング場で飲んだペプシかなあ。」

と答えますが、その前から胃の変調には気づいていたんです。一体何に当たったんだろう…?

しかしその後、部下のシャノンからのメールで、事態は新たな展開を迎えます。

「お腹の調子がひどいので、明日はお休みさせて。」

「おいおい、こっちも同じだよ。パーティーで何か変なもの食べたっけ?」

「ううん。あそこでは私、何も口にしなかったのよ。」

「え、そうなの?じゃ、食中毒説は消えたな。」

当日彼女と私は、朝から隣同士の席で勤務していたのです。ということは、パーティーが原因じゃないのかも。だとしたらオフィス内での感染か?

月曜の午後になり、およそ三十人の参加者が同じ症状で週末寝込んでいたというニュースがセシリアから飛び込んで来ました。暫定的な結論は、これが「ノロウィルス」と呼ばれる輩の仕業だというもの。感染経路は不明なものの、パーティーのためオフィスに集まった社員の約半数が犠牲となり、楽しかったはずのイベントの印象が暗く陰ることになったのでした。

日暮れ頃になり、急に思い出して携帯を取ります。

「ディック、実はあの後大変だったんだ。確証は無いけどノロウィルスにやられたっぽい。オフィスで罹ったみたいなんだ。君に感染ってないことを祈るよ。」

このテキストに、彼がすぐ返信。

“Me too. But if I did, does that make us blood brothers?”

「そうだね。でももし罹ってたら、俺たちブラッド・ブラザースってことになるよね?」

Blood brothers とは、「血の誓いを交わした友」とか「義兄弟」という意味。さすがディック、どんな状況でもジョークを忘れない男…。

更に彼が続けます。

“I guess it would be virus brothers, but that doesn’t have the same ring to it.”

「ウィルス・ブラザーズかも。だけど、」

までは分かったのですが、後半の意味がつかめません。

「それだと同じリングを持たないな。」

Same ring(同じリング)?指輪?輪っか?

ネットで調べたところ、この場合のリングはベルの音、響きのことらしい。う~ん、でもまだやっぱしワカラン。

どうにも気持ち悪いので、後日、別の同僚クリスティに解説してもらいました。

“That means it doesn’t sound the same (like two bells having the same pitch).”

「同じようには聞こえないってことよ(2つのベルの音色が一致するみたいには)。」

なるほど、つまりディックの言いたかったのはこういうことですね。

“I guess it would be virus brothers, but that doesn’t have the same ring to it.”

「ウィルス・ブラザーズかも。ちょっと違うか…。」

 

微妙な英語表現を巡って友人たちとやり取りをする、この懐かしい感じ…。

静かに喜びが溢れて来ました。

2021年11月20日土曜日

Mental Constipation メンタル・コンスティペーション

 


「正直に言うわね。本当は水曜の会議、出るには出られたんだけど、言い訳を作って欠席したの。」

電話の向こうでオレンジ支社のアリサが、ゆっくりと言葉を選びながら告白します。

「エレンとまともに会話出来るような心理状態じゃなかった、というのが真相。」

この数週間、アリサと週三回ペースで話し合ってきたのですが、限界が近いことは感じていました。だからこそ、水曜の電話会議は私が飛び入りで参加することを決めたのです。

「エレンの質問には一応答えておいたよ。分からないことは君と相談してから返事するって言っておいたけど。」

一年前、地元のガス会社をクライアントとする巨大プログラムのサポートを任されたアリサ。同時進行する複数のプロジェクトを社内のPMシステムにセットアップし、コストをトラッキングし、月次請求書や契約変更のドキュメントを整え、フォーキャストをアップデートし、と様々な業務を包括的に進めるのが彼女の仕事です。プログラム・マネジャーのピーターから厚い信頼を受けつつ、複数のPM達との密なコーディネーションを重ねて順調に飛ばして来たアリサですが、ここへ来て急ブレーキがかかります。

数ヶ月前にこのガス会社の新しいプロジェクトを担当することになったエレンが、アリサの仕事にダメ出しをして来たというのです。

「私が送るレポートを全部、シンスケやシャノンが使ってるフォーマットに変えろって言うの。内容は同じなのに、よ。とにかく、私が出すものにことごとくケチをつけるの。シャノンならこうしてたとか、シンスケならこういう見せ方をしてくれる、とか不満をぶつけて、私の能力を全否定して来るのよね。」

サンディエゴ支社所属のエレンは過去十年近く、私とシャノンとでサポートして来ました。生物学分野のエキスパートである彼女は、野生生物をこよなく愛する人物です(マウンテンライオンが南カリフォルニアで絶滅の危機に晒されている話を、苦痛に満ちた表情で語ってくれたこともありました)。しかしその一方で、思ったことをそのまま悪気なく口にするタイプでもあります。彼女と一度でも会って話せばすぐにそれと分かり、なあんだと笑ってしまえる程度の可愛らしい個性なのですが、電話とメールのみのコミュニケーションではそれが伝わりにくい。アリサはなんとかその要求に応えようと改善を試みるのですが、再三再四のぶっきら棒な批評に、個人攻撃を受けていると感じてしまったのですね。

昨日ふと気付いたのですが、私のプロジェクト・コントロール・チームは今や総勢二十名。度重なる組織改編の煽りを食い行き場を失った社員をよっしゃよっしゃと受け入れているうち、いつの間にかビッグダディ化していました。新しいメンバーはテキサス、コロラド、オレゴン、北カリフォルニアなどに広く散らばっています。地元サンディエゴのオフィスで面接して新人を採用していた頃には分からなかったのですが、こうして全く素性の分からない、しかもこれから一生会うことも無いであろう人達をメンバーに加えて行くというのは、なかなかのストレスです。

こういう「ヴァーチャル」部下が増える度、コミュニケーションに費やす時間も多めに要求されるため、本来打ち込むべき業務はサービス残業ゾーンにどんどん食い込んで行きます。さすがにこれは「(今流行りの)持続可能」どころの話じゃない。状況を打開しようと去年の今頃、私が新しい職務(PDL)を引き受けた際、チームを二つに分けシャノンとアリサをサブリーダーに立てることにしました。シャノンは私と十年近く同じオフィスで一緒にやって来た仲ですし、既に彼女が良く知っているメンバーを多数受け持つことになったので、さして不安はありませんでした。その一方でアリサは、比較的新しいメンバー。そんな彼女が更に顔も知らないメンバー達をリードすることになったため、負荷が急に増大したことは明白です。

シャノンを含めたサンディエゴのメンバー達には過去数年に渡り、財務分析の方法、エクセルのショートカットやデータのビジュアライゼーション(視覚化)などを、私が対面で丁寧に手ほどきして来ました。ところがアリサはそもそも総務職が長く、財務データの扱いに長けて来たわけではありません。プロジェクト・コントロールのチームに入ったのは、職種の統廃合で居場所を失ったからであり、いきなり「シンスケ達が提供するサービス」を要求されても、ハードルが高すぎます。しかしそれでも何とかエレンの期待に応えたい彼女は、私に個人レッスンを依頼して来ました。その心意気に感動して毎週特訓を重ねて来たのですが、対面でも一年以上かけて漸く身につくようなスキルが、そう簡単に会得出来る訳もありません。そうこうするうち、エレンのダメ出しでじわじわとメンタルが痛めつけられ、とうとうギブアップ状態に陥ったアリサ。

「あのさ、この数年で僕らに起こってることを冷静に考えたらさ、精神状態をまともなレベルに保つことすら至難の業だって気がするんだよね。」

と私。

Change is the only constant(変化こそ不変)とか言うじゃない。でもさ、現実はChange is exponential(変化は指数関数的)でしょ。AIの進化、業務の海外アウトソーシング、加速していく組織改編。気心知れた同僚とより、今や顔も知らない赤の他人と働く時間の方が圧倒的に多いじゃない。これまで体験したこともない未知のゾーンに深く突入してるっていうのに、僕らはいまだに、事がうまく運ばないのは自分が至らないせいだと感じちゃう。考えても考えても、打開策が見つからない。」

「そうなのよ。何とかしようともがけばもがくほど、深みにはまって行く感覚。」

と溜息まじりに呟くアリサ。

「実は僕もちょっと前まで、そんな状態に深くはまり込んでたんだ。体調は最悪。便秘がちでお腹にガスが溜まってさ。全身の皮膚はカサカサ。寝てる間に掻きむしって血だらけになった。で、主治医に言われたんだ。皮膚の状態は腸内の様子をそのまま映し出していると考えた方がいい。そして腸内の状態は食事とストレスとに左右される。食物繊維を多く摂ることを心がけ、同時にストレス源と向き合うべしってね。で、基本に還って、コントロールが及ぶ範囲だけに意識を集中することに決めた。自分の力で簡単に変えられないことにエネルギーを費やしても、成果が上がらないどころか逆に衝突を生んで事態が悪化する可能性が高い。更には、そのいざこざを解決するために頭を使わなきゃいけなくなる。課題は増える一方で、脳の回路は大渋滞。まさに、Mental Constipation(メンタル・コンスティペーション)だよ。」

「メンタルの便秘」というのは、咄嗟にでっち上げたフレーズ。こんな言葉が実際に存在するのかどうか不安でしたが、アリサには伝わったようでした。電話の向こうでクスリと笑います。

「で、まずは溜まったガスを逃してやらないといけない。」

さらにクスクス。

「そこで相談なんだけど、もしも君がエレンのための財務レポート作成に燃えていて何としても続けたいと思っているのでなければ、僕にそれ、譲ってもらえるかな。PDLの職を解かれて、時間が空いたんだ。しかもこのレポート作成、僕の大好きな仕事なんだよ。」

電話の向こうで、しばしの静寂。

「そうしてもらえるなら、本当に有り難いんだけど…。」

「引っかかってることがあるなら、何でも言ってみて。」

数秒の戸惑いを経て、アリサがこう答えます。

「あのレポートを作る能力が自分に無いことを認めてしまえば、Extinct(絶滅)の日が近いんじゃないかと不安になって。」

なるほどね。そう思うのも無理は無いな。

「あのね、チームで仕事することの価値は、それぞれの得意技を生かして全体として最大の成果を挙げることだと思うんだ。君には、無数の懸案事項を丹念に潰して行って大きなプログラムを堅実に進める能力がある。もしも財務分析が苦手なら、得意な人間に任せればいい。君はその成果を受けて、全体の最適解を導けばいいじゃない。財務分析みたいな数字扱いの仕事、五年後には大部分をAIに任せてる可能性が高いと思うよ。君が今やってることこそ、機械には出来ない分野なんじゃない?」

アリサの声に、明るさが戻ります。

「私の仕事の意義を認めてくれて、本当に有難う。シンスケがレポートを担当してくれるなら、私、やっていけそうな気がするわ。」

そこで思わず、調子に乗る私。

「ガス会社のプロジェクトでメンタル・コンスティペーションを起こしちゃったけど、これでちょっとガスをリリース出来そう?」

ガス会社とお腹のガスをかけた、英語の駄洒落。会心の一撃でした。果たしてアリサは、電話の向こうでふふふと口を閉じたまま笑います。私もムフフと笑い、笑い終わるとまだあっちで笑っていることに気づき、更に笑います。アリサの方も笑い終わった時、まだ私が笑っているのにつられ、また笑い始めます。これを三往復した後、漸く静寂。アリサが落ち着いた声で、こう言いました。

「ホントにやっとガスが出た感じよ。どうも有難う!」

 

2021年10月17日日曜日

No shit, Sherlock! 御名答!


金曜の夕刻、暖簾越しに懐かしい顔が現れました。私の姿を確認するや、ふわりと表情を和らげます。ドアを開けて頭を低くし、ゆっくり入店する金髪の巨人。そして真っ直ぐこちらへ歩みを進め、硬い握手を交わします。

近所のお気に入り店、EE NAMI Tonkatsu Izakaya(ええ波とんかつ居酒屋)で待ち合わせしたのは、元同僚のディック。夏の初めにランチ・ミーティングをして以来の対面です。四ヶ月のご無沙汰でしたが、着席と同時に会話をスタートさせました。まるで前回のリハーサルで中断していた新曲の練習を、一瞬の目配せだけで再開するボーカル・デュオのように。

二人共自宅からリモートワークを続けていること、仕事は大変だけど何とか凌げていること。ディックは最近同じ職場で二人の同僚が立て続けに亡くなり、精神的なダメージを受けていること。しかも知識労働市場の流動化が加速していることもあり、彼の周囲では転職熱が高まっている。新顔の彼が、既に人員の流出を食い止める側に立っている、などなど。

「息子くんはどうしてる?」

とこちらに話を振るディック。

「勉強、スポーツ、パーティー、とキャンパスライフを大いに楽しんでいるみたいだよ。」

と私。我が家の大学生は途方も無い楽天家であり、その自信過剰ぶりは悠々とK点超えしています。もはや「愚か者」ゾーンに着地しているかもしれないことに、当の本人が気付いていない。「全学年で僕のこと知らない奴はいない」とか、「水泳部の次期キャプテンには僕以上の適任者がいない」とか、ただ笑うしか無いお気楽発言を大真面目にかましてくる。

「あの年頃って、ホントそうなんだよな。」

とディック。サウスダコタの田舎町で、小学校から高校卒業まで学年トップの地位を守り抜いた彼は、州のエリートが集う工科大学に進むのですが、そこで生まれて初めての挫折を味わったそうです。

「俺、それまで一度も能動的に勉強したことが無かったんだ。予習復習してしっかり授業に集中するだけで、トップの成績が取れてたから。ところが大学じゃ、そのやり方が通用しない。どんなに頑張っても、対象を理解出来ない状態が延々と続くんだ。あれは恐怖だった。」

それでも何とかコツを掴み、最終的には優秀な成績で卒業したディックは、難関の大学院へ進みます。あの経験で余計に自信過剰が増長しちゃったな、と笑う巨漢。そして肩を怒らせ、スーパーヒーローみたいに両手の拳を固めて力みます。

“The world would bend if I flexed.”

「俺がちょいと筋肉膨らませりゃ世界の方で歪んでくれるってね。」

社会に出れば、どうしても越えられない障壁にぶつかる時が来る。その衝撃に備える意味でも、今は目一杯栄養を摂って心身を強化すべきだ。若い時期は、自尊心を傷つけるノイズなど不要である。

「ま、あまりにも膨らませ過ぎるとそれはそれで危険だけどな。」

とディック。おっと、それで思い出した。

「息子がさ、O Chem(オーケム)落としたって電話で言って来たことがあってさ。」

オーケムとはOrganic Chemistry(有機化学)のこと。落第点を避け、教科まるごと学期途中でドロップしたという息子。単位を落とすなどという屈辱的な決断をさらりと報告され、唖然とする私。理由を尋ねると、

「だって難しすぎるんだよ。赤点取って総合成績下げるよりましでしょ。」

はあ?なんだその被害者的開き直りは?難しいからこそ学ぶ価値があるんじゃないか!

「俺もオーケムには苦しんだよ。」

とディック。どうやらオーケムは、理科系でも最高難度グループに属する科目みたいです。

Mr. Sherlock(シャーロック先生)っていう生真面目な教授が教えてたんだけど、宿題もテストも常に膨大なんだ。しかも授業の進捗と試験範囲とがきっちりシンクロしてなかったりしてさ。ある時、及第点取れた学生が全体の16%しかいないという異常事態に陥った。」

その結果を発表した先生が、静まり返った学生たちを見回し、神妙な面持ちでこう言ったのだそうです。

「色々調べてみて分かったんだが、どうやら今のやり方だと君たちの大半がついて来れないようだね。」

すると教室の後ろの方から、誰かがこう叫んだのだと。

“No shit, Sherlock!”

「ノーシット、シャーロック!」

これには思わず笑った私ですが、探偵界のスーパーヒーローであるシャーロック・ホームズと担当教授の名前をかけた駄洒落、という点しか理解出来ませんでした。後で調べたところ、No shitというのは「正解、その通り」という意味であり、シャーロックを付け加えると、「さすが名探偵」という皮肉が足されるのだそうです。

“No shit, Sherlock!”

「御名答、さすが名探偵!」

教室中が爆笑したことはもちろん、先生も吹き出したそうで、ふざけた学生が咎められることは無かったとのこと。

さて、ヒレカツ定食は人生初だというディックに、ソースとマスタードを混ぜて味付けする方法を教えると、その美味しさにしきりに感心します。

Black Porkって何?」

とメニューを観ながら質問する彼に、日本では黒豚という品種の肉が珍重されており、特に美味であるイメージを多くの人が持っている、と説明します。

「外見が黒いばっかりに、可哀想になあ。」

と笑うディックに、さっき鑑賞を終えたばかりの映画の話をします。

ヴィゴ・モーテンセン主演のGreen Book(グリーン・ブック)は、1962年のアメリカを舞台にしたロード・ムービー。黒人差別という重いテーマが軸になってはいるものの、私が気に入ったのは、カルチャーも哲学も共通点ゼロの男たちが、何度も衝突しながら最終的に友情で結ばれる、というストーリー。

「気付いたんだけどさ、僕はこのロード・ムービーっていうジャンルに、特に惹かれるんだ。ミッドナイト・ラン、サンダーボルト、レインマン、などなど。分かり合うことなど到底出来そうもない二人が、色々あって一緒に旅路を進む羽目になる。仕方なく力を合わせて葛藤に立ち向かううち、心を開いて行く。そして違いを認めたままお互いを受け入れ、リスペクトを覚え、固い絆を結ぶ。人間関係の構築や継続がいかに困難かを日々味わっている観客に、熱いミラクルを見せてくれる。それも、信じることが出来そうなレベルのね。」

「うん、分かる。違いを認めたまま受け入れる、というところが大事だよな。」

とディック。我社で昨今横行している、過去に会ったこともこれから会うことも無いであろう人達とチームを組み、難しい仕事を進めて行く、というやり方。東海岸のリーダーが西海岸のチームに、フィリピンやルーマニアの社員を使ってプロジェクトを進行せよ、と指示を出す。ビデオ会議でも顔を出さず、お互いの名前をどう発音するのかも分からぬまま。こんな手法で上手く行くわけがないことは、ロード・ムービーを三本ほど観れば誰でも気が付くでしょう。信頼関係を築くには、長い時間をかけて衝突や和解を繰り返す必要があるのだから。

思い返せば、ディックと私は過去十年に渡り、何百時間も会話を重ねて来ました。苦楽を共にした仲間、と言っても過言ではありません。彼が突然姿を消し、一ヶ月以上も復帰して来なかった時は随分気を揉んだものでした。ストレスが蓄積して追い詰められていたところに盲腸が破裂し、長期間の自宅療養を余儀なくされた後、まるで二十代に戻ったかのようにリフレッシュして職場に現れた彼。

「いやあ、あん時は本当にほっとしたぜ!」

と、ヒレカツを頬張りながら笑う私。すると突然ディックが箸を起き、静かな口調でこう言ったのでした。

“Thank you for always being there for me.”

「いつも味方でいてくれて有難うな。」

ふと見ると、彼の両目が赤くなっています。おいおいやめろよ、そんなあらたまって!

「そうだ、久しぶりに英語の質問があるんだけど。」

と話を変える私。

「名詞から始まる映画のタイトルがあるでしょ。その中に、Theが付くものとそうで無いものがあるじゃない。例えば、ターミネーターの最初のバージョンはThe Terminator なのに、続編はTerminator 2なんだよ。サウンド・オブ・ミュージック(The Sound of Music)はTheで始まってる一方で、アバター(Avatar)のように、無冠詞で押しているものもある。この違いは何?印象に差異は出るの?」

これにはぐっと詰まってしまうディック。

「いい質問だなあ。はっきりした答えは出せそうに無いよ。考えたことも無かった。アメリカ人の99%は、ターミネーターにTheが付いてたかどうか聞いても答えられないと思うな。もちろん定冠詞の目的は対象の特定や強調だけど、果たしてその効果が映画の印象に影響してるかどうか疑わしいよ。」

それから、何かを思い出してクスリと笑います。

「オハイオ州立大学にはThe が付いてるって知ってた?」

全米に大学は何百とあるけれど、名前にTheが付いている大学はここくらいじゃないか、とディック。

「あそこの卒業生に、Ohio State Universityの出身なんだって?って聞いてごらん。十中八九、”The” Ohio State Universityだよって言い直されるから。」

またしても、英語という言語のいい加減さを物語るエピソードでした。

食事を終え、ディックを自宅へ招きます。我が家は水曜から妻が里帰りしており、久しぶりの独居生活。ダークローストのコーヒー豆を挽き、ドリップしてもてなす私。

「水曜から今日まで有給休暇を取って、五連休にしたんだ。」

この三日間、好きな時間に起きてひたすらボーッとし、好きな本や映画を楽しみ、ギターを奏でたり、食べたい物を料理して来た私。

「過去十ヶ月間戦ってきたストレスフルな環境から抜け出して、オールリセットするのがこの連休の目的だったんだ。とにかく好きなことばかりしてやろうってね。その仕上げが、会いたい人に会って楽しく喋る、という今日の企画。」

マグカップの取っ手に差し入れた二本の指をじっと見つめてから、満足げに頷くディック。

「そう言えばずっと前に、古い白黒作品の話をしてくれただろ。あれ、なんてタイトルだっけ?」

Summer with Monika(邦題「不良少女モニカ」)のこと?」

「あ、それそれ。そのうち観たいと思いながらも、なかなか決心がつかないんだ。」

だいぶ前にこの映画の話をした際、ディックの最初の結婚が失敗に終わった話を聞きました。どうやらあらすじがこの時の彼の経験と重なっていそうなので、古傷を刺激するのもちょっとね、というところで落ち着いたのです。

「人生で色んな挫折を経験して来たけどさ、そのたびに何とか乗り越えて来た。そしてそれをパワーにして来たとさえ思う。それなのに、離婚の記憶と向き合うことにはまだ躊躇してる。なんでだろうな。」

高校時代のクラスメート。別々の大学に通いながらも関係を続け、もう待てないと訴える彼女の要求を受け入れ、卒業と同時にゴールイン。三年間の大学院時代、毎日二十時間近く勉学に集中しつつ、ありきたりの新婚生活が出来ない状況で何とか関係を維持しようとするも、根本的な価値観の違いが次々に露呈。過保護な父親のおかげで困難な挑戦から逃げるのが常の彼女と、努力して目標を達成する主義のディック。結婚直後から、離婚は頭にちらついていた。それでも迷い続けたのは、「どんな問題でも必死に頑張れば解決出来る」という信念にとらわれていたから。

親しい誰かに相談は出来なかったの?と尋ねる私。

「親父に話してみたよ。だけど彼はそもそも俺の思想の教祖みたいなもんだからね。努力が足りないって思いが強まっただけだった。結局、余計に自分を責めることになった。」

弛まぬ努力により問題解決を重ねて来た者は、そのテクニックを人間関係にも応用出来ると思いがちです。でも、そもそも育った環境や信仰の異なる二人の人間が分かり合えること自体、奇跡だと思う私。

「そっか、ミラクルか。」

と考え込むディック。

「そう思うよ。人間関係ばっかりは、どんなに努力したところで改善には限度がある。皆それぞれ違う方向に違うスピードで成長してるんだしさ。だから、数ヶ月とか数年に渡って誰かと良い関係が築けてる時は、その幸運にとにかく感謝するのみだな、僕は。」

「そのアドバイス、あの頃に聞きたかったぜ。」

とディック。

「でもさ、こういうことって、すごく苦しんだ末に漸く自分なりの答えを出せるってもんじゃない?回答がストレートであればあるほど、見つかりにくい気がするな。」

と私。

「僕はこの数ヶ月間、ずっと苦しんでた。物事がうまく行かないのは、自分の努力が足りないからだと思いこんでたんだ。もっと頑張んなきゃってね。振り返ってみると、問題の大半は人間関係絡みで、とても一筋縄じゃいかない。長いこともがいたけど、諦めることにした。自分はスーパーヒーローじゃないって潔く認めて、戦うのを止めたんだよ。そしたらさ、急に周りがクリアに見え出した。自分が影響を及ぼせる範囲だけに意識を集中してコツコツ努力を続けることにしたんだ。そしたら、なんだか懐かしい喜びが蘇って来てさ。本当に久しぶりに、暗い地下室から抜け出せた気がするよ。」

この独白に近い私の話を静かに頷きながら聞いていたディックが、少し間を置いてこう言いました。

「ひとつだけ、同意出来ないことがある。」

え?何?と続きを待つ私。ニヤリと笑うディック。

“You are a superhero to me.”

「君は俺にとってのスーパーヒーローだよ。」

 

2021年7月5日月曜日

Field of Dreams フィールド・オブ・ドリームス

 


三十年以上前に日本で観たケヴィン・コスナー主演のヒット映画「フィールド・オブ・ドリームス」を、最近久しぶりに再鑑賞しました。自分だけに聞こえる、

“If you build it, he will come.”

「それを作れば彼がやって来る。」

という謎の声に誘われ、通常なら考えもつかない突飛な行動に出る農場経営者の主人公。気でも狂ったかと止めにかかる親戚たちに逆らい、妻子の支えを頼りに広大なトウモロコシ畑の一角を潰して野球場を建設する三十路男。メッセージに含まれた「彼」が何者なのか明かされぬまま非現実的な出来事が立て続けに起こるのですが、エンディングの涙腺爆撃で完膚無きまでに打ちのめされます。

今回も嗚咽を堪えるのがやっとの私でしたが、鑑賞後に思うところがありました。この「謎の声に従って素直に行動したら素晴らしい出来事が起きた」という経験、確かにあるような気がするのですね。理屈よりも直感を大事にしたら、不思議な偶然が重なって思いもよらないラッキーな結末が待っている。こういう体験、実際に何度かあったのです。

水曜の午後、仕事を一時中断してコーヒーのおかわりを注ごうとキッチンへ行った際、ダイニングテーブルで仕事していた妻が話しかけて来ました。

「さっきね、K子さんから電話があったの。」

「随分久々だね。なんだって?」

K子さんというのは、妻が四半世紀前に留学先のミシガンで知り合って以来のお友達です。妻はその後帰国したのですが、K子さんはカリフォルニアの日系企業に就職。数年後、妻と出会って結婚した私が留学した際、K子さんが二つ目のマスターを取ろうと選んだ学校が偶然私と同じだった、という奇跡。その後も南カリフォルニアで一年に数回食事をする関係が続いていました。そのK子さんから久しぶりに連絡があったというのです。

「野球観に行かない?って誘ってくれたの。大谷翔平がもうすぐ30号ホームラン打ちそうだからって。いいですねって答えて、今チケット調べてたの。行きたい?」

「お、いいね。行こう行こう。」

南カリフォルニアのワクチン接種率はかなりのペースで上昇しており、この界隈は「コロナ完全収束前夜」と呼んでも良いような明るい雰囲気に満ちています。しかし過去一年以上「人混み」から遠ざかって来た結果、出かけるのが億劫になっている自分がいました。試しに先月、ダウンタウンのオフィスに出勤してみたのですが、簡単に「人疲れ」してしまい、帰宅後すぐにベッドで横になる始末。大谷の活躍はネットで見て知っていましたが、片道二時間以上も運転した末に観客でごった返す球場に飛び込むことを考えると、正直ちょっぴり気が重い…。

ところがこの時、何故かそういう面倒臭さは一瞬頭から消し飛んでいて、K子さんの提案に素直に賛同していた私。後で考えても不思議なのですが、「迷わず行けよ、行けば分かるさ」とでもいう内なる声に押され、それに従っていたのです。

そして金曜日。午後二時半に家を出て大渋滞のハイウェイをじりじり進み、オレンジ郡でK子さんを拾ってエンゼルス・スタジアムに到着したのは五時過ぎ。三塁側内野3階席に陣取って見渡すと、エントランスで無料配布された赤いアロハシャツを羽織った何千という客が観客席に散らばり、全体がエンゼルス・カラーの赤で染まっています。私達の周囲には小学生くらいの子供を連れたグループが多く、バケツ大の紙容器に入ったポップコーンやらピザやらを食べながら突き合ったりふざけ合ったりしながら、やんやの歓声。

前夜ニューヨークでヤンキース戦に先発し、5四死球7失点で初回降板という稀に見る乱調を見せた大谷。いよいよスランプ突入か?ひょっとして今日の試合は欠場かも?というこちらの心配をよそに、二番DHで元気に登場した若きヒーロー。

最初の打席こそ内角高めに詰まらされてライトフライに終わったものの、二打席目は同じ内角球をライト外野席上段に深々と打ち込み、リーグ単独トップを更新する29号。球場がどよめきます。おいおい、このまま30号も打っちゃったりなんかして、と三人顔を見合わせていたら、本当に次の打席、今度はレフトに2ランホームランを叩き込みます。嘘だろ?こんなことってある?とファンはそこら中でお祭り騒ぎ。


7対7の同点で最終回裏の攻撃が始まったのは、時計が夜9時45分を回ったあたりでした。四球で一塁へ進んだ大谷はやすやすと2盗をキメますが、二塁へ送球した捕手のヘルメットに打者のバットが微かに触れており、守備妨害ということでこのプレイは無効になります。エンゼルスファンは一斉にブーイング。しかし大谷はまるで盗塁なんていつでも出来ますよとばかり、軽々と二度目の2盗を成功させます。そして四番打者ウォルシュの強打がライト前に落ちる間に俊足を飛ばし、本塁へ滑り込んでサヨナラ勝ちを収めるという、漫画だとしても嘘臭すぎるほどの劇的な展開になりました。何千もの観客が総立ちになり、その場で両手を挙げ、奇声を発して飛び跳ねます。私もあまりのことに大口を開け、目を見開いてぼんやり周りを見渡したところ、左後方の通路で拍手をしていた中年の白人男性と目が合いました。彼はにっこり笑って私の目を見つめたまま、ゆっくりと深く頷いたのでした。

「何も言うな。分かってる。最高のゲームだった。オータニは真のヒーローだ。」

赤の他人同士が暗黙の了解を交わして悦に入るという、何とも素敵な図でした。

3階席最前列まで降りて大谷選手(一平さん通訳)のヒーローインタビューを聞いた後、球場をぐるりと廻るスロープを大勢の帰り客とペースを合わせて進み、駐車場へ向かいます。その間、誘ってくれて本当に有難う、とK子さんに何度も感謝する我々夫婦。急遽決めたこの野球観戦。面倒臭がらず、心の声に従って本当に良かった、としみじみ思いながら。

それにしてもK子さん本人はどうして急に野球観に行こうだなんて思いついたんだろうね、と車中で妻と首を傾げます。何十年も交際して来たけど、これまで一度だって野球の話題で盛り上がったことがないのです。きっとK子さんの中でも、何かドラマチックな出来事が起こるかもというお告げがあったんじゃないか、という結論に至ったのですが、私にはそう確信する理由がありました。最終回が近づいた時、彼女が私の方に向いて急にこう尋ねたのです。

「ええっと、こっちがライトでこっちがレフトでいいんだっけ?」

え?…ええ~っ?

 


2020年12月20日日曜日

Throw your hat in the ring リングに帽子を投げ入れる


先週日曜、久しぶりに夫婦でオレンジ郡まで遠出しました。日本人が経営するお気に入りパン屋二軒のはしご。途中給油のために高速を降りた時、コロラドの大学寮にいる19歳の息子から電話が入ります。大体予測はついていたのですが、またしても「どうしようもなく他愛のない」用件でした。

「あのさ、キョウジって何?」

「は?」

彼が最近ハマっている漫画のひとつに「呪術廻戦」という作品があるのですが、呪いだとか霊だとかの異世界が舞台なせいか、レアで古風な漢字や四字熟語がセリフの中で乱発されるのです。難解なワードが出てくる度に、自分で調べもせず電話して来る息子。

「ホコっていう偏にイマっていう字なんだけど。」

「ああ、その矜持ね。」

「何それ?わたし知らない。」

と横からスピーカーフォンに答える妻。

「現代人が使わなくなってる単語だよ。武士の世界で好まれた表現だと思うな。自分自身の能力に対する強い信念のことだと記憶してるけど。」

「へえ、いいねえ。僕、この言葉これから使って行こうっと!ありがと!」

スッキリした声で軽快に会話を締めくくる息子。

矜持か…。確かにクールなワードだなあ。きっと漫画のクライマックスで主人公の吹き出しの中、特大フォントで使われていたのでしょう。「ここ、恐らくグッと来るはずのシーンなんだよな。ああ、でも意味が分かんない!」とフラストレーションをためての電話だったんだな、と可笑しくなりました。

「こういうのって、英語の会話でもしょっちゅうあるよね。」

給油を終えて高速道路のランプに向かいながら、妻と頷きあう私でした。

キメのセリフの終盤に初耳の単語やフレーズをぶち込んできて、こちらの反応を待つアメリカ人。え?今言われたこと、全然理解出来ないんだけど。一体何を伝えたかったんだろう?いかん、考えているうちに沈黙の時間が長引いているぞ。このまま黙っていると、まるでどう答えようか悩んでいるんだと勘違いされちゃうじゃんか。いやいや、こっちはそもそも聞かれたことの意味が分かってないんだよ。やばい、そうこうしているうちに、質問の意味を聞き直すタイミングも逃しちまった。相手は辛抱強くリアクションを待ってるぞ。まずいぞ、どうしよう?ってな感じです。

つい数週間前も、こんな経験がありました。

9月に大規模な組織改編があり、上司だったカレンを含む中間管理層の多くが解雇された他、首を傾げたくなるような無差別殺戮が繰り広げられました。私が所属していた環境部門の西海岸地区は北米大陸全域に吸収され、トップの座は東海岸のリーダー達が占めることに。まるで戦国時代のように、仁義なきパワーゲームの展開です。

カレンの下、一度は正式に組織化されたプロジェクトコントロール・グループは二分され、私のチームはセシリアの指揮する南カリフォルニア部に吸収されました。新組織のトップ達はプロジェクトコントロールという専門性の価値を理解しているとは思えず、組織図にはその名称すら挙がる気配がありません。そんな中、東海岸の新リーダーからこんな発表がありました。

Project Delivery Lead(プロジェクト・デリバリー・リード)というポジションを作ります。このPDLは地域ごとに選出され、数百のプロジェクトのApprover(承認者)となって組織のリスクマネジメントを担います。プロジェクトマネジメントに精通していて、財務部門にも明るい人が最適です。希望者は応募して下さい。」

最初のリアクションは、「はあ?」でした。そんな役職が必要なら、そもそもなんであれほど優秀な管理職達をごっそり解雇したんだよ?ふざけんな!と。ところが日を追うごとに周囲の人々が、この件に対する私のリアクションに関心を示し始めたのです。シンスケが適任だろう、なんで彼は手を挙げないんだ?と。上司のセシリアには包み隠さず打ち明けました。

「こんな役職についたら、うちのチームメンバー達はがっかりすると思うよ。これまで体制の圧力に与することなくプロジェクトマネジャー達のサポートに徹して来たのに、リーダーの僕が体制側に回るとなれば、裏切りと取られるでしょ。それにこのポジションは間違いなく解雇対象予備軍だから、数年後の組織改編であっけなく首切られるのがオチだね。」

「わかるけど、あなた以外にこの仕事が務まる人はいないでしょ。よく考えて欲しいの。」

そして一ヶ月、二ヶ月と経過していくうち、どうやら南カリフォルニア地域ではまだPDLのポジションが埋まっていないことが分かって来ました。ところが何故か、PDLが対象と思われる電話会議に招待され始めたのです。くそ、外堀から埋めて行こうという作戦だな…。その手に乗るか!

そんな中、セシリアから電話がありました。大ボスのテリーが心配している、というのです。もしもシンスケがこのまま沈黙を続ければ、全くの「よそ者」社員がうちのエリアのPDLに収まり兼ねない。そうなれば、厳しい運営を迫られる可能性が高い、と。プロジェクトコントロール・チームの生殺与奪権すら、その「よそ者」に委ねることになる。それでいいのか?ここは腹を括って踏み出す時じゃないのか?と。

あとでテリーからも直接電話がありました。チームを守りたい気持ちがあるのなら、承認する側に立つ必要がある。反体制を気取って戦っていれば気分は良いかも知れないけど、所詮、野党は野党。与党でいなければコントロール権は無い。チームを守ろうともがいても、その力があなたには与えられていないのだから…。

セシリアの決め台詞は、そんな文脈で飛び出したのでした。

“So, are you throwing your hat in the ring?”

「で、帽子をリングに投げ入れるつもり?」

ぐっと詰まる私。判断に迷ってではなく、質問の意味が分からず途方に暮れて。リング?輪っかのことか?指輪か?それともボクシングのリングか?帽子を投げ入れる?これってタオルを投げ入れるのと同じかな?だとすると、負けを認めるって話だよな。つまり、これだけヤイヤイ言われても戦う気にならないのか、と詰られているのかも…。いかん、このまま電話の相手を待たせれば、こちらの意図が疑われる!意を決して尋ねる私。

「ごめんセシリア。今のフレーズ、初耳なんだ。どういう意味なの?」

アハハ、と笑い出したセシリアでしたが、

「あ、そうなの?ごめんなさいね。」

と解説を始めてくれました。後で詳しく調べた結果と合わせると、こういういうことになります。

かつてボクシングの試合の後、観客の中から次の挑戦者が名乗りを上げる場合、被っていた帽子をリングに投げ入れる習慣があった。これが転じて、「立候補する」とか「出馬する」という意味で使われるようになった。

“So, are you throwing your hat in the ring?”

「で、立候補する気になった?」

ちょっと考えさせて欲しい、と時間をもらった後、妻にも意見を聞いてみました。

「もしも日本でお勤めしてたら、そういう役職についていてもおかしくない年齢でしょ。やってみたら?」

先週半ば、正式に新役職の発表があり、私は南カリフォルニアの280件を超えるプロジェクトのリスクマネジメントを任されることになったのでした。意外にもチームメンバー達はこの件について皆ポジティブに捉えてくれたようで、

「プロジェクトマネジャー達だって皆シンスケのこと信頼してるから、きっとすごくうまく行くわ!」

と応援してくれるのでした。

新しい仕事に移る際には必ず経験することですが、現職の引き継ぎをしながら新たな職務をスタートするため、数週間は激務に苦しむことになります。今週もそうでした。猛スピードで襲いかかってくる敵をバッタバッタと切り倒している(気分の)うちに目眩までして来ました。

火曜日の夕方、プロジェクトコントロール仲間で別部門の北米西部地区を担当していたモリーと数カ月ぶりに近況連絡会をしました。なんと、彼女の周りでは環境部門のそれを遥かに超える大鉈が振るわれたのだそうです。部門長に就任したばかりの人物が解雇宣告を受け、プロジェクトコントロール部門は木っ端微塵に解体されてメンバーたちはそれぞれ移籍先を探す羽目になったのだと。モリーも古巣のプログラムマネジメント部門に舞い戻ることを決めたのですが、今も最終的な落ち着き先は決まっていないとのこと。

暫く後になってみないと私の決断が正しかったのかどうかは分からないでしょうが、とりあえずチームともども生き延びたことを、モリーは喜んでくれました。

さて木曜日には、冬休みに入った息子がサンディエゴに戻って来ました。帰宅していきなり、

「進撃の巨人アニメのシーズン2を一緒に観ようよ!」

と誘ってきます。いやいや、こっちは激務でクタクタだよ。無理無理。え~?せっかく一人息子が帰ってきたっていうのに?と責める19歳。

「進撃の巨人ってさ、無表情な巨人たちに人間がムシャムシャ食べられちゃうでしょ。うちの会社でも、周りで優秀な人達がリアルに大勢消えて行ってるんだよ。これ以上残酷な話を聞かされたくないんだよね。」

と力無くベッドに横たわる父親に、「いいから一緒に観ようよ、面白いよ。」となおもすがる、180センチ超えの筋肉男。

「こっちは君の学費を稼ぐために、日々労働に明け暮れてんだ。少しはいたわってくれてもいいんじゃないか?」

Stop the guilt trip(罪悪感を植え付けようとするのはやめてよ)!」

そう言い返した後、なんとこの巨人、私の右脚の膝小僧の下あたりにガブリと噛み付いたのです。

「イテテテ!何してんだよ、おい!」

と半ば本気で怒る私。すると彼は笑いながら上体を起こし、こう言い放ったのです。

「スネ、かじってんの!」

おお、なかなかの日本語力じゃんか。ちょっと感心したぞ。