2020年2月9日日曜日

Goody Two Shoes グッディ・トゥー・シューズ

金曜日のランチタイム、約三カ月ぶりに同僚ディックとリトル・イタリーのバーガー・ラウンジまで歩きました。先週病み上がりだった彼ですが、今じゃすっかり回復したようで、二月だというのに半袖Tシャツ姿。最近どうしてた?と道中問いかけたところ、

「先週末はほら、スーパーボールがあったろ。家で家族とゆったり鑑賞したよ。」

あ、そうだった。日曜日にはアメリカ人にとって一番大事なスポーツイベントがあったんだ。今年もまた見逃しちゃった(というか、あまり興味がない)。

「ハーフタイムショーはどうだった?」

と尋ねます。フットボールの試合そのものより、ゲーム中盤の休み時間に催されるミュージシャンのパフォーマンスの方が気になる私。

「あ、そのことじゃ、ちょっとばかし揉めたんだ。」

と苦笑いのディック。シェキーラとジェニファー・ロペスという二大ビッグ・ネームが肌を大きく露出し腰をくねらせ踊る姿に、奥さんが不快感を漏らしたというのです。

「女を性欲の対象として印象付けている、家族向けのイベントでこんな猥褻なショーを見せるなんて不謹慎だってね。俺はすかさず、ダンス・パフォーマンスというのはそもそも躍動する肉体の美しさを見せてうっとりさせるものなんだから、性的な要素を排除することは不可能だしむしろ本質に反すると言ったんだな。」

「うん、僕もそう思うな。」

「そしたらさ、じゃああなたはヴェロニカ(二人の娘さん)が将来あんなエロチックな踊りをするようになっても平気だって言うの?って挑みかかって来るんだよ。」

めんどくさいことになって来たな、と思いつつ、先を聞きます。

「純粋にその踊りが気に入ってて、セクシーさもパフォーマンスに必要不可欠な要素だったら仕方ないでしょ。そう冷静に答えたら、めちゃくちゃ不機嫌になっちゃってさ。」

家族団欒が音を立てて崩壊する瞬間ですね。

「昔からそうなんだ。対象が何であれ、ひとたび嫌悪感を抱いたら最後、どんなに論理的に説明しても議論そのものを受け付けなくなるんだよ。卑猥なダンスはイヤ、とにかくイヤ、そんなクレイジーなものを肯定する人は頭がどうかしてる、話したくもない、となる。」

「あ、そうだ。そういう場合にこのフレーズ使える?」

ふと思い出し、文脈を無視して質問をぶちこむ私。

“She’s a goody two shoes.”
「彼女はグッディ・トゥー・シューズだよ。」

この表現、水曜日にオレンジ支社へ出張した際に仕入れたものなのですが、意味は分かったもののイマイチ「使えるレベル」まで消化出来ずにいたのです。組織改変によりオレンジ支社のアリシアとアリサが私のチームに加わることになったため、顔合わせに出かけ、もともとのメンバーであるヴァージニアも交えて四人でランチに行った際、アリシアもアリサも大学卒業前後の年齢の息子さんがいる、という話題になりました。二人ともアリゾナにある有名なパーティー・スクールに行ったのだが、遊び呆けはしなかった、と。この時アリサが、うちの子は羽目を外さない方だし、私も学生時代からずっと真面目だった、というくだりでこう言ったのです。

“I was a goody two shoes.”
「私はグッディ・トゥー・シューズだったから。」

え?今何て言ったの?と慌てて聞き返す私。フレーズを復唱した後、

「トラブルに巻き込まれないよういつもちゃんとルールに従ってるって言いたかったのよ。」

と説明するアリサ。後でネット検索したところ、語源はこれ。

18世紀の子供向け小説の主人公マージェリーは、靴一足しか持たない貧しい孤児。様々な苦難にあいつつも慎ましく暮らしていて、金持ちから新しい靴を一足貰った時、「私、靴を二足(two shoes)も持ってるの」と嬉しそうに皆に語った。後に教師になり、裕福な男と結婚して幸せになりましたとさ、という話。

つまり、清く貧しく美しく生きたヒロインの物語から来ているフレーズなのですね。和訳を調べたところ、「いい子ちゃん」とか「ぶりっこ」と出ていましたが、なんかちょっとニュアンス違う気がするなあ…。そんな風に感じていたので、ディックに確認してみようと考えたのです。

彼によれば、「曲がった事をしない」だけでなく「リスクを取らない」という含みもあるようで、奥さんもその枠にハマるのだと。

「若い頃どうだったかは知らないけどね。」

とふざけて笑うディック。そんなわけで、不完全ながら私の訳はこうなります。

“I was a goody two shoes.”
「私は品行方正だったから。」

「もちろん、ただ男をそそることだけを目的にした服装やダンスを肯定しているわけじゃないとは何度も言ったんだけどさ、もう全然聞く耳持たずだよ。ま、結局俺が折れて機嫌を取るしかなくなるんだよな…。」

と、バーガーラウンジのパティオ席についたディックが、溜息をつきます。

「あ、それで思い出した。」

と、再び話の腰を折る私。

「昨日のエリックのプレゼン、出席しなかったでしょ。あれは良かったよ。」

毎月の第一木曜日、夕方4時半に開かれる社員持ち回りのプレゼン大会。今回は昆虫学科出身のエリックが、Evolution and Diversity of Sexual Reproduction aka Weird Animal Sex (生殖行為の進化と多様性、または動物たちの奇妙なセックス)というタイトルでスライドショーを披露したのです。観客の半数以上が女性社員。

「まず初めに、僕たちが今ここで生きているのは、セックスのおかげだということを言わせて下さい。あまり具体的なイメージは思い浮かべなくていいですが。」

そう前置きした後、様々な動物の生殖行為について写真や動画付きで説明して行きます。雄にも雌にもなれる魚、メスの身体に噛みついた後じわじわと同化して行き、最終的に生殖器としての役割のみが残る深海魚のオス、メスの背中をマッサージして気に入られたら生殖行為に移るオスの蜘蛛、ハーレムを作るサル、逆ハーレムを構成するミツバチ、などなど。

「それは是非参加したかったなあ。」

と笑うディック。

「それがさ、女子社員の方が積極的にツッコミ入れてたんだよ。ゲラゲラ笑いながら。女の側が冗談にする分には問題にならないテーマなんだな、とあらためて思ったよ。」

「そうなんだよな。下手に口滑らせて取り返しのつかないことになる危険は、男性の方にしかない。」

「なんだか不公平な気もするけど、この微妙な線は常に意識してないといかんぞ、とよく自分に言い聞かせてるよ。」

とそこまで話して、数か月前に部下のカンチーとランチに行った際に出た話題が蘇ります。

The Accused(告発の行方)って映画憶えてる?ジョディ・フォスターの出てたやつ。」

「ああ、随分昔のだろ。」

「がらの悪そうな男ばかりがたむろする酒場で酔っぱらって、セクシーなダンスで挑発してたら大勢にレイプされちゃうって話。そもそもそんな場所にそんな格好で乗り込む方も悪いよねって軽い気持ちで言ったら、カンチーが猛然と反論して来たんだよ。」

「え?俺も、女の方が悪いくらいに思ってたけど。」

「カンチーに言わせればね、男たちに百パーセント非がある、ジョディ・フォスターの落ち度はゼロ・パーセントって言うんだ。」

「そりゃまた随分極端だな。」

「でしょ。僕も最初はそう思ったんだ。ところが彼女、こっちがぐうの音も出なくなるような理屈を持ち出して来たんだよ。」

「何なに?是非聞きたいな。」

カンチーは、こんなことを言って来たのです。

「すごくカラフルで、見ているだけでよだれが出そうなほど美味しそうなカップケーキがショーウインドウに並んでたとしても、勝手に手を伸ばして食べちゃったら犯罪でしょ。そもそもお金を払って買うものなんだから。それと同じよ。綺麗に着飾ってセクシーに振る舞う権利が女にはあるの。勝手にそそられてレイプしておいて、刺激して来たお前が悪いっていうのはどう考えてもおかしいわよ。」

「おお~、なるほど。それは反論できないな。感服した。カップケーキ・アナロジー、これから使わせてもらうよ。」

そう何度も深く頷くディックでした。

品行方正でもそうでなくても、女性は大事にしましょう。ということで…。

2020年2月2日日曜日

尊敬とストレス


先月初め、私の属する環境部門北米西部地区の組織改変が発表されました。これまでは、仕事量の多い南カリフォルニアとそれ以北(アラスカまで)の2ブロックに分けてオペレーションが進行していたのですが、本部からの指示で一つにまとめることになり、南ブロックを仕切っていたジェームスが全体を所管する運びに。北ブロックのリーダーだったカレンは、西海岸全体のビジネス・デベロップメント(営業)とプロジェクトコントロールを担当することになりました。

「ちょっと話せる?」

1月13日の朝、そのカレンが電話して来ました。プロジェクトコントロールを独立した部署として立ち上げることになった経緯、彼女が所管することになった理由などを説明した後、こう続けます。

「あなたに南カリフォルニアのプロジェクトコントロール・チームをまとめて欲しいの。」

サンディエゴ支社の隅でひっそりとチームの拡充を図っていた私に、他の支社に散らばる似た役割の社員7名をチームに加えてくれ、という依頼です。実現すれば、部下は総勢14名(しかも全員女性)まで膨らみます。

たった一人でオペレーション部門に飛び込んでから15年。遂にこの日が来たか…。いつまで経っても組織がプロジェクトコントロールの役割を正式に認知しないことに業を煮やした私は、数年前から勝手に独自の布教活動を進めて来ました。

「プロジェクトコントロールに興味のある人いらっしゃい。」と隔週でウェブ会議を開き、参加者達にクールな問題解決テクニックを教えます。スライドショーとストーリーテリングを駆使し、もはやYouTuber(ちなみに前回は、コスト管理と利益率のトリックをサスペンス・ストーリー仕立てで話しました)。気が付けば、全米各地の支社にファンが拡がり、チャンネル登録者(?)も80名まで増えました。コンテンツを作るのはとても骨が折れるのですが、「すごくためになった。次回がとても楽しみです。」などというコメントをもらうと、アドレナリンが噴き出します。

先週半ば、カレンからメールが入ります。

「新規加入候補のメンバー達と個別に話が出来たわ。シンスケのチームに入れることを、皆すごく喜んでた。」

ボスが替わるというのは誰にとっても不安なはずなので、この知らせにはほっとしました。カレンが続けます。

“You have garnered lots of respect.”
「あなたは尊敬をたくさんガーナーしたのね。」

おっと、Garnerってなんだっけ?急いで辞書を引くと、「集める、努力して獲得する、蓄積する」とあります。なるほど。「集めて貯めていく」感じの単語なんだな。つまり、カレンの言ってたのはこういうことですね。

“You have garnered lots of respect.”
「すごく尊敬を集めてるのね。」

こんなこと言われて、悪い気がする人はいないでしょう。YouTuberもどきの布教活動を続けて来て本当に良かったなあ、と幸せな気分に浸る私でした。

さて金曜の朝は、北ブロックのプロジェクトコントロール・チームをまとめることになったアリーナと、我々二人のボスになったカレンとで、最初の定例電話会議がありました。

「今週は本当に大変だったでしょう。有難う。」

と真っ先に労うカレン。え?何が?と私。

「だって今回の組織改変に加えて、一月期の締めがあったでしょ。それにPMツールの切り替え直前のトレーニングまでやってたじゃない。」

あ、そうか、確かに…。過去三年間使っていたPMツールが今週で終焉を迎え、月曜には以前のツールに戻る、という一大イベントがあるのです。この二週間はほぼ毎日、エンドユーザー向けのトレーニングにインストラクターとして駆り出されていました。カレンはそれを余分な苦労として捉えていたのでしょう。そっか、そもそも教えたがりの私にはこういう業務が大好物だということを、彼女はまだ知らないのですね。大変だなんてとんでもない。むしろ健康のため、やり過ぎないよう我慢してるくらいなのに。これ、分かってくれる人少ないんだよなあ…。

その日の午後、床屋の予約があったので早めに店じまいを始めていたところに、都市計画部門の社員ジェーンがやって来ました。若い頃のドリュー・バリモアが、アラレちゃん眼鏡をかけた感じのルックス。

「ちょっと話せない?」

恐縮している様子の彼女。普段はほとんど接点がなく、一昨年のホリデーパーティーでちょこっと会話を交わしたくらいの薄い関係なので、あれ?なんだろう?と思いました。新PMツールに関する質問かな?昨日トレーニングにも出席してたしな…。

「こんなに忙しくてストレスフルなタイミングで、本当に申し訳ないんだけど。」

またか。どうして人って、相手が忙しいとかストレス溜まってるとか勝手に決めつけるのかな…。

「いやいや全然。ストレスなんてゼロだから心配しないで。ここ暫く、ストレスなんて奴に会ったこともないし。」

と、笑いながら元気に応える私。

「あっちで話せる?」

微かに緊張を漂わせた笑顔でこれをスルーし、近くの小会議室へ移動を促すジェーン。え?なんだ?これはちょっと穏やかじゃないな…。

「今朝、サンディエゴ支社の都市計画部門全員が解雇通告を受けたの。」

着席と同時に、衝撃ニュースが飛び出します。

「え?一体どうして?」

「なんでかさっぱり分からないの。小さな部門だけど7人もいるのよ。向こう4年間分のプロジェクトを獲得したばかりだし、私もずっと稼働率高いし。」

会社というところは、時に理不尽な意思決定をします。しかしこれほどむごいレイオフの例は暫く聞いたことがない。

「二週間後の14日が正式解雇日で、それまでに内部で転属先が見つからなければ職を失うの。それで私、あちこちにポジションの空きが無いか聞いて回ってるのね。ちょっと前にあなたのチームが新規募集をかけてたのを思い出して、私を使ってもらえないかと考えたの。」

藁にも縋る思いでここへ来た彼女の気持ちを考えているうち、胸が苦しくなって来ました。

「まずはほんとにごめん。ストレスゼロなんて言っちゃって。」

素直に謝ります。

「君がそんな苦境に陥ってたなんて、夢にも思わなかった。」

「え?いいのよ、全然そんな。」

手を顔の前でひらひら降って、懺悔する私を慌ててなだめる彼女。そんなことより本題へ、という焦りも勝っていたのでしょう。

「私、レイオフされるの初めてなの。ショックで暫くは呆然としてたんだけど、とにかく動かなきゃと思ってこうして歩き回ってるの。」

「レジュメ(履歴書)送ってくれる?ボスと話してみるよ。」

「ほんと?有難う!」

「でも何の保証も出来ないから、あてにしないで。とにかくあちこち当たってみた方がいい。」

「分かった。やってみる。本当に有難う。」

帰宅して妻に、

「またやっちゃった。大失敗。」

と告白します。

「え?何やらかしたのよ?」

身構える彼女に、ことの顛末を伝えます。重度のストレスを抱えた人に「ストレス・ゼロだよ」なんて笑って言っちゃった、というくだりに、

「もういい加減にそういうのやめたら?」

と呆れ顔。過去に何度も同じ失敗を繰り返して来た私。その度に妻は反省を促して来ているのです。

「そうだよね。言う必要が全く無いセリフだもんね。」

常にポジティブであるという点は、私が尊敬を集めて来られた理由のひとつでしょう。しかし、すぐ調子に乗るところは直さないといけない。妻が畳みかけます。

「ストレスが無いなんてもう一生言わない、そう自分に誓ったら?」

「え~?う~ん、それはちょっと…。」

調子乗りのキャラをやめるというのは、想像しただけで息苦しいのです。

「駄目だ。そんなことしたらストレスたまっちゃう。」