2020年2月2日日曜日

尊敬とストレス


先月初め、私の属する環境部門北米西部地区の組織改変が発表されました。これまでは、仕事量の多い南カリフォルニアとそれ以北(アラスカまで)の2ブロックに分けてオペレーションが進行していたのですが、本部からの指示で一つにまとめることになり、南ブロックを仕切っていたジェームスが全体を所管する運びに。北ブロックのリーダーだったカレンは、西海岸全体のビジネス・デベロップメント(営業)とプロジェクトコントロールを担当することになりました。

「ちょっと話せる?」

1月13日の朝、そのカレンが電話して来ました。プロジェクトコントロールを独立した部署として立ち上げることになった経緯、彼女が所管することになった理由などを説明した後、こう続けます。

「あなたに南カリフォルニアのプロジェクトコントロール・チームをまとめて欲しいの。」

サンディエゴ支社の隅でひっそりとチームの拡充を図っていた私に、他の支社に散らばる似た役割の社員7名をチームに加えてくれ、という依頼です。実現すれば、部下は総勢14名(しかも全員女性)まで膨らみます。

たった一人でオペレーション部門に飛び込んでから15年。遂にこの日が来たか…。いつまで経っても組織がプロジェクトコントロールの役割を正式に認知しないことに業を煮やした私は、数年前から勝手に独自の布教活動を進めて来ました。

「プロジェクトコントロールに興味のある人いらっしゃい。」と隔週でウェブ会議を開き、参加者達にクールな問題解決テクニックを教えます。スライドショーとストーリーテリングを駆使し、もはやYouTuber(ちなみに前回は、コスト管理と利益率のトリックをサスペンス・ストーリー仕立てで話しました)。気が付けば、全米各地の支社にファンが拡がり、チャンネル登録者(?)も80名まで増えました。コンテンツを作るのはとても骨が折れるのですが、「すごくためになった。次回がとても楽しみです。」などというコメントをもらうと、アドレナリンが噴き出します。

先週半ば、カレンからメールが入ります。

「新規加入候補のメンバー達と個別に話が出来たわ。シンスケのチームに入れることを、皆すごく喜んでた。」

ボスが替わるというのは誰にとっても不安なはずなので、この知らせにはほっとしました。カレンが続けます。

“You have garnered lots of respect.”
「あなたは尊敬をたくさんガーナーしたのね。」

おっと、Garnerってなんだっけ?急いで辞書を引くと、「集める、努力して獲得する、蓄積する」とあります。なるほど。「集めて貯めていく」感じの単語なんだな。つまり、カレンの言ってたのはこういうことですね。

“You have garnered lots of respect.”
「すごく尊敬を集めてるのね。」

こんなこと言われて、悪い気がする人はいないでしょう。YouTuberもどきの布教活動を続けて来て本当に良かったなあ、と幸せな気分に浸る私でした。

さて金曜の朝は、北ブロックのプロジェクトコントロール・チームをまとめることになったアリーナと、我々二人のボスになったカレンとで、最初の定例電話会議がありました。

「今週は本当に大変だったでしょう。有難う。」

と真っ先に労うカレン。え?何が?と私。

「だって今回の組織改変に加えて、一月期の締めがあったでしょ。それにPMツールの切り替え直前のトレーニングまでやってたじゃない。」

あ、そうか、確かに…。過去三年間使っていたPMツールが今週で終焉を迎え、月曜には以前のツールに戻る、という一大イベントがあるのです。この二週間はほぼ毎日、エンドユーザー向けのトレーニングにインストラクターとして駆り出されていました。カレンはそれを余分な苦労として捉えていたのでしょう。そっか、そもそも教えたがりの私にはこういう業務が大好物だということを、彼女はまだ知らないのですね。大変だなんてとんでもない。むしろ健康のため、やり過ぎないよう我慢してるくらいなのに。これ、分かってくれる人少ないんだよなあ…。

その日の午後、床屋の予約があったので早めに店じまいを始めていたところに、都市計画部門の社員ジェーンがやって来ました。若い頃のドリュー・バリモアが、アラレちゃん眼鏡をかけた感じのルックス。

「ちょっと話せない?」

恐縮している様子の彼女。普段はほとんど接点がなく、一昨年のホリデーパーティーでちょこっと会話を交わしたくらいの薄い関係なので、あれ?なんだろう?と思いました。新PMツールに関する質問かな?昨日トレーニングにも出席してたしな…。

「こんなに忙しくてストレスフルなタイミングで、本当に申し訳ないんだけど。」

またか。どうして人って、相手が忙しいとかストレス溜まってるとか勝手に決めつけるのかな…。

「いやいや全然。ストレスなんてゼロだから心配しないで。ここ暫く、ストレスなんて奴に会ったこともないし。」

と、笑いながら元気に応える私。

「あっちで話せる?」

微かに緊張を漂わせた笑顔でこれをスルーし、近くの小会議室へ移動を促すジェーン。え?なんだ?これはちょっと穏やかじゃないな…。

「今朝、サンディエゴ支社の都市計画部門全員が解雇通告を受けたの。」

着席と同時に、衝撃ニュースが飛び出します。

「え?一体どうして?」

「なんでかさっぱり分からないの。小さな部門だけど7人もいるのよ。向こう4年間分のプロジェクトを獲得したばかりだし、私もずっと稼働率高いし。」

会社というところは、時に理不尽な意思決定をします。しかしこれほどむごいレイオフの例は暫く聞いたことがない。

「二週間後の14日が正式解雇日で、それまでに内部で転属先が見つからなければ職を失うの。それで私、あちこちにポジションの空きが無いか聞いて回ってるのね。ちょっと前にあなたのチームが新規募集をかけてたのを思い出して、私を使ってもらえないかと考えたの。」

藁にも縋る思いでここへ来た彼女の気持ちを考えているうち、胸が苦しくなって来ました。

「まずはほんとにごめん。ストレスゼロなんて言っちゃって。」

素直に謝ります。

「君がそんな苦境に陥ってたなんて、夢にも思わなかった。」

「え?いいのよ、全然そんな。」

手を顔の前でひらひら降って、懺悔する私を慌ててなだめる彼女。そんなことより本題へ、という焦りも勝っていたのでしょう。

「私、レイオフされるの初めてなの。ショックで暫くは呆然としてたんだけど、とにかく動かなきゃと思ってこうして歩き回ってるの。」

「レジュメ(履歴書)送ってくれる?ボスと話してみるよ。」

「ほんと?有難う!」

「でも何の保証も出来ないから、あてにしないで。とにかくあちこち当たってみた方がいい。」

「分かった。やってみる。本当に有難う。」

帰宅して妻に、

「またやっちゃった。大失敗。」

と告白します。

「え?何やらかしたのよ?」

身構える彼女に、ことの顛末を伝えます。重度のストレスを抱えた人に「ストレス・ゼロだよ」なんて笑って言っちゃった、というくだりに、

「もういい加減にそういうのやめたら?」

と呆れ顔。過去に何度も同じ失敗を繰り返して来た私。その度に妻は反省を促して来ているのです。

「そうだよね。言う必要が全く無いセリフだもんね。」

常にポジティブであるという点は、私が尊敬を集めて来られた理由のひとつでしょう。しかし、すぐ調子に乗るところは直さないといけない。妻が畳みかけます。

「ストレスが無いなんてもう一生言わない、そう自分に誓ったら?」

「え~?う~ん、それはちょっと…。」

調子乗りのキャラをやめるというのは、想像しただけで息苦しいのです。

「駄目だ。そんなことしたらストレスたまっちゃう。」


5 件のコメント:

  1. 今は絶頂期となっている新日本プロレスにも10年ほど前には暗黒期がありました。その時代を体を張って支えていたエース棚橋弘至はチャラ男キャラでやっていて、当時、昭和からのプロレスファンには拒否反応があったりしたのだが、実は影でスゴく努力していたとか。名セリフとして「お疲れ様?俺は人生で疲れなど感じたことはない。」
    そんなギミックだよーんってフォローするのはどうでしょう?
    https://encount.press/archives/1969/

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    1. 気に入った。そのキャラいただき!

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  2. 話は変わって申し訳ないが、先日紹介したココナラの社長のコラムが又日経ビジネスのサイトに出てた。今回もまた大変に興味深い記事になっているヨ
    https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00128/00042/?P=1

    もしウチに子供がいたら、こんな人と友達になりたいね。

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    1. さらに、部下の教育についてはこんな記事も出てたヨ。
      https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00077/020500010/

      キミのブログを読むとその辺はよく判っているみたいだけど、参考までに。

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    2. 記事を色々有難う。ほぼ全面的に共感。

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