ランチルームで弁当を広げていたら、ベテラン社員のビルがやって来て左隣に座りました。食事しながらひとしきり世間話を交わした後、
「この世界に入ってから経験した中で、一番大きな変化って何だった?」
と聞いてみました。引退を考え始めているという噂を最近耳にしたので、一緒にいられる内にこの優秀な年長者から何か知恵を授かりたいな、と期待しての質問でした。
「そうだなあ…。俺がコンサル業を始めた頃は、レポートでも何でも全て手で書いてたってことかな。」
おっと、拍子抜けするほど平凡な回答。ま、ランチ食いながらの軽い会話だもんな。しょうがないか。
「手書きの書類が完成したら、女性タイピストのところへ持って行く。あの頃はタイピングの専門家とか、郵便物の整理や配達をする女性が大勢いたんだよ。」
「そう言われてみれば、僕が日本で働き始めた頃も似たような感じだったな。」
私が最初に配属されたのは、ニュータウン開発事務所の工事部でした。当時は百パーセント男性社員。まるで男子校の合宿です。そこに地元採用のバイト主婦たちが数人通って来ていて、コピーとかお茶くみ等の単純作業を任されていました。飲み会の準備とか片付けもやってくれてたな…。本採用の技術系女性社員が初めて職場に登場したのは、その一年後でした。
「インターネットもEメールも無かったから、書類やら図面やらは、郵送するか誰かが電車や車で移動して届けるしかなかったんだよね。設計コンサルタント会社から図筒を抱えてバイトの若い女性が来たりなんかすると、若い男どもが何人も寄ってたかってちょっかいかけてたな。この後、直帰?一緒に飲みに行かない?なんてね。」
“Do you have plans?”
「何か予定ある?」
と、悪戯っぽい顔で合いの手を入れるビル。Plan(プラン)には「予定」の他に「設計図面」という意味があるので、
「図面持って来た?」
とも解釈出来るセリフ。ビルお得意のおやじギャグです。彼が引退したら、こういうのも聞けなくなっちゃうんだなあ…。
「今そんなことやったら、皆から眉をひそめられるよね。あの頃と較べて一番変わったのは、女性の働き方かもなあ。」
と私。そこへ受付兼総務のミリアムが、キャスター付き配膳台に何やら沢山載せてやって来ました。ベテラン総務社員のベスとヴィッキーが解雇された後、派遣会社からやって来た彼女。ナオミ・キャンベルを彷彿とさせる、クールな佇まいです。
「何運んでるの?」
と声をかけると、
「カップケーキよ。ほら、今日はお祝いでしょ。」
「あ、そうか。」
そうなのです。この日はInternational
Women’s Day(国際女性デー)。女性の平等な社会参加の環境整備を推進する運動の記念日です。これを祝い、皆でカップケーキを食べようという企画。大ボスのテリーと環境部門のベテラン社員リタが合計120個以上も買い込んで来たのです。先週から予告されていたのですが、すっかり忘れていました。
「みんなパープルの服を着て来てね!」
というお触れが回っていたため、女性社員はみな紫色のセーターとかスカーフを身に着けて出社。そんな服は持ってないという人のために、パープルのリボンも用意されました。ミリアムがカウンターの上に並べたカップケーキには、全て紫色のクリームがトッピングされています。パープルは女性を象徴する色だという、国際的な共通認識がベースになっているとのこと。後で私もこの運動に敬意を払い、シャツの胸ポケットに紫リボンをつけました。
今の職場は半分以上が女性だし、私の率いるプロジェクト・コントロール・グループも、4対2で女性が優勢。過去30年で、女性の地位は間違いなく向上しているというのが私の実感です。
「最近さ、過去のセクシャルハラスメントを暴かれて社会的な信用を落とす男性の話が後を絶たないよね。」
と私が言うと、ビルがうんざりしたような表情になって頷きます。昨日私が聞いていたポドキャストでも、五人の女性からの告発によって数十年越しに悪行が露呈し、社会的制裁を食らっている白人男性が話題になっていました。
「有名な映画スターや政治家が、どんどん抹殺されてるな。きっとまだまだ出て来るよ。もういい加減聞きたくないけどな。」
とビル。揺るぎない地位や名声を手にしていた白人男性有名人が、次々に新聞やテレビで血祭りにあげられている。アメリカでは、男女差別の他に人種差別の問題もあるので、日本に比べて話がやや複雑です。これまで誰にも言えなかった辛いセクハラ体験を、他の被害者の告白に勇気づけられ、「私もよ!」と語り始めた女性たち。地下で沸々と煮えたぎっていたマグマが、突如全国各地で次々に噴火し始めたような格好です。これをMe Too Movement(ミー・トゥー運動)と呼ぶようで、この連鎖反応は暫く続きそうです。後で息子とこの話をしたところ、「ミー・トゥー運動」は悪用される例もあるのだと言います。「女を武器に」さんざん美味しい思いをして来たことを棚に上げ、いい加減な作り話で男性に汚名を着せようとする心無い女性もいるのだ、と16歳とは思えない発言。それはコワいねえ、とにかく下手に女性の恨みを買わないことだね、と二人で話し合ったのでした。
「誰も食べに来ないな、あのカップケーキ。」
と、昼食を終えてちょっぴり顎を上げ、カウンターの方に目をやるビル。ミリアムが受付席に戻ったので、ランチルームには我々しかいません。
「そのうち集合のアナウンスがあるんじゃない?でも、今のうちにひとつぐらい頂いちゃっても、きっとバレないよ。食べちゃえば?」
と私。するとビルが、間髪入れずにこう返しました。
「俺みたいな白人中年男性が、女性のために用意したカップケーキをつまみ食いしたなんてことがバレてみろ。たちまちMe Too Movementが始まって袋叩きにされるだろ!」
こういうオヤジ的発言、私は大好きです。でもきっと女性陣からは嫌がられるんだろうな、気をつけなきゃな、と思ったのでした。
me too 問題についてチョット興味深いコラムがあったヨ。
返信削除http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/030500148/
確かに興味深い。このテーマは奥が深いね。
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