木曜の昼前、エド、マリア、それからリチャードと四人でランチに行きました。かれこれ十年以上前から続いている「バースデー・クラブ」。その月に誕生日を迎えたメンバーのために残りの面々がランチをおごる、というしきたりだったのですが、それぞれ多忙なためスケジュールがずれにずれ、とうとう四人全員の誕生月をすっかり通り越してからの開催に。
お店どこにする?と歩き出しながら問いかけるマリア。
「二つ候補を考えたんだけど。」
と彼女が挙げたのが、木造二階建てのエキゾチックなニュージーランド料理レストランQueenstown Public House(クイーンズタウン・パブリック・ハウス)と、ゴージャスなスイーツでサンディエゴ中にその名を轟かせているExtraordinary Desserts(エクストラオーディナリ―・デザーツ)の二店。路上採決の結果、後者に決定しました。
「Extraordinary(エクストラオーディナリー)って発音、結構難しいんだよね、僕には。」
マリアと並んで歩きながら、さらりと告白してみました。単語内に散りばめられた三つのRをそれぞれきちんと発音するのは、なかなか大変なのです。これが副詞のExtraordinarilyになると、さらに難易度は跳ね上がります(ちなみにExtraordinaryは、Ordinary(普通の)にExtra(割増し)をくっつけて、「並外れた」とか「桁違いの」という意味)。
「そうね。確かに発音難しいかも。」
私は更にRegularly(れぎゅらありぃ)を例に挙げ、僕ら日本人にとってR(アール)、特に隣接するLとRを正確に発音するのは至難の業なのだと説明しました。ちょっと前にも、チームの皆と話していた際、今後出張可能性のある国名を列挙したのですが、シャノンがひどく意外そうな表情を浮かべ、
「その国にうちの支社があったの?全然知らなかったわ。」
と反応したので、
「いやいや、ずっと前からあるでしょ、イギリス(UK)のすぐ隣に。」
と答えたところ、
「ああ、アイルランドね。イランって言ってるのかと思った!」
とようやく納得した様子。おいおい、どうやったらIrelandとIran(アイランと発音)を聞き間違えるんだよ、と微かに気分を害した私ですが、複数のチームメンバーから同じ指摘を受け、さすがにこれは自分の発音の問題だな、と納得。さっそく何度も公開発音練習をしたのでした。
さて、いよいよExtraordinary
Dessertsに入店。中央付近の四人掛けテーブルに案内され、ランチメニューのパニーニやサラダを注文。このお店は古い倉庫を改築したような天井の高い作りが特徴(収容人員ざっと五十人か?)なのですが、メイドイン・ジャパンっぽい鉄の急須などを陳列したりしていて、モダンながら「ほんもの感」も押し出しています。デザートのケーキにふわりと載せたピンクやバイオレットの花びらも、全て食用生花という徹底ぶり。
食事を待つ間、さっそく私が話題を振ります。
「新しいブレードランナー、もう観た?」
ブレードランナーの「レ」はLで、「ラ」はR。意識してやや強調気味に発音。
「まだだけど、あれ、金曜封切りじゃなかった?俺は絶対観に行くよ。ずっと待ち焦がれてたんだ!」
と興奮するリチャード。そう、映画「Blade Runner 2049」がいよいよ公開なのです。1982年に発表されたオリジナル作品「Blade Runner」の続編で、前回主役を張ったハリソン・フォードも登場するらしい。
「私も必ず観に行くわ。その前に最初のやつ、復習しとかなきゃ。」
とマリア。
「どんな映画だっけ?俺、観たことないかもしれない。」
とエドが首を傾げるので、軽くあらすじを解説しました。
舞台は2019年のロサンゼルス。異常気象の影響か、四六時中雨が降っていて、常にどんよりと暗い。ダウンタウンは人口密度が高く、人とぶつからずに歩くのも困難なほどごった返している。それを見下ろすように空飛ぶ車が行き交い、飛行船がゆっくりと行き過ぎながら、宇宙への移住を呼び掛けるアナウンスを繰り返している。ピラミッドのように超巨大な高層建築群の足元は、まるで80年代の新宿駅周辺を思わせる屋台村。初老の日本人店主が陽気な客あしらいを見せるヌードルショップの屋台で空席待ちをしていた若き日のハリソン・フォードが、煙るような雨をくぐってカウンター前に腰かけ、食事を始めます。間もなく後ろから呼び止められ、警察官らしき人物に同行を求められる。そこで初めて観客は、ハリソン・フォードが「ブレードランナー」と呼ばれる特別捜査官であることが分かる…(詳細はウィキペディアで)。
「かなりたくさんのカットに、日本語の看板や広告が出て来るんですよ。あの時代は日本資本のアメリカ進出が進んでたから、そのせいなのかな、と思いながら鑑賞したのを憶えてますね。アメリカ人の多くが、未来のアメリカは日本人だらけになる、と思ってたのかも。」
と私。膨大な対日赤字を抱えていた当時のアメリカにとって、日本は深刻な脅威だったのですね。今じゃ「アメリカ・ファースト」などと意気軒高ですが、当時は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」が流行語になるほどだったんだよな…。
「やっぱり私、もう一回ちゃんと観直さなきゃ。今シンスケが話してくれた内容、何ひとつ憶えてないわ。」
とマリア。
それまで意識して避けていたのですが、食事が中盤に指しかかった頃、日曜日に起きたラスベガスの銃乱射事件の話題になりました。アメリカ人が三人も集まれば、そのうちの誰かは事件の影響を受けていても不思議はありません。マリアの親戚もあの日ちょうどラスベガスにいて、外出先からホテルに戻った際、暫く中に入れてもらえなかったそうです。リチャードとマリアの間で銃規制に関するプチ口論がひとしきり展開され、それから私がひと言意見を差し挟んだところ、三人が同時に固まりました。
「え?何て言ったの?」
おっと、なんか僕、変なこと口走っちゃった?恐る恐る、もう一度単語をゆっくりと発音。
“Murder(人殺し).”
それでも皆まだ変な顔をしているので、スペルを伝えました。すると三人同時に、ああなんだそうか、と納得します。
「何て聞こえたの?」
と尋ねたところ、
「マーダーって言ったと思ったんだよ。」
とエド。いや、そう言ったんだけど?何がまずかった?
エドによれば、私の発音だとMartyr「殉教者」に聞こえる、というのです。Martyrは名詞で「信仰のために命を投げ出す人」という意味で、動詞として使われると「信仰のために人を殺す」になるのだと。響きの似た単語ながら、MurderとMartyrのどっちを使うかでニュースの意味が大きく変わって来るのですね。
Murderはやや口をすぼめて発音する(モ~ドゥーに近い)んだよ、とエド。それから三人が口々に反復練習を要求し、私の発音を改善しようと試みます。混雑し始めたレストランの真ん中で、四人の中年が交互に繰り返し「Murder(人殺し)」と唱える、穏やかならぬ展開。皆が好意でやってくれているのは重々分かりつつ、執拗に繰り返されたこの発音練習のせいで、うっすらと屈辱感を味わっていた私。
「ま、大丈夫だよ。こんな単語、滅多に口にすることもないからな。」
とエドに慰められつつ、結局最後まで及第点をもらえなかった私は、密かに軽く打ちのめされていました。
食後のデザートを頼んだ後、気を取り直して別の話題を放り込む私。
「そうだ。実はこないだの週末、自分の誕生祝にそこそこ大きな買い物をしたんだ。」
すると皆が反射的にこれをクイズと受け取ったようで、
「待って。言わないで。当てるから。」
と制します。
「オートバイ(Motorcycle)かな?」
とリチャード。いや、乗り物じゃないよ。
「大型テレビ!」
とエド。いや電化製品でも無い、と私。何かヒントちょうだいよ、というマリアに、
「つい最近亡くなった有名人が、自宅に百以上持ってたモノだよ。」
と答えると、
「ヒュー・ヘフナー!」
と即答します。先ごろ亡くなったプレイボーイ誌創設者のヘフナーが自宅に囲ってたのは沢山の美女だけど、さすがに百人はいなかったんじゃないの?大体、「みんな聞いてよ、誕生記念にイイ女を一人買ったよ。」なんて言うわけないだろ…。
「他に最近、誰が死んだっけ?あ、そうだ、トム・ぺティーだ!」
とリチャード。That’s
correct!(正解!)と、思わず声を上げる私。それでも三人がきょとんとしてるので、解説を加えます。伝説的ミュージシャンのトム・ぺティーは、自宅の一室(普通の住宅一軒分くらいのサイズだけど)に百本以上のギターを収蔵していたのです。
そう、私はこの週末にギターを買ったのですね。約三十年ぶりに開始した練習のせいで、左手の指の腹が徐々に固くなって来ました。
「エレキギター?」
とエド。
「いや、アコースティック。」
「どのメーカー?」
とリチャードが尋ねるので、YAMAHA(ヤマハ)のだよ、というと、エドが再び怪訝な顔になります。
「今なんて言った?」
「ヤマハ、ですけど。」
「アクセントは「マ」じゃなくて「ヤ」にあるんだよ。」
そして三人が、「やぁ~まは~」と訂正し、言ってみろ、と要求します。
「やぁ~まは~!」
まるでアニメ「ドカベン」で、岩鬼が山田太郎を呼ぶ時みたいに間延びした発音。へえ、そう言うんだ、と感心した後、ハッと我に返ります。
「ちょっと待ってよみんな。これってそもそも、日本のメーカー名なんだよ。」
日本語では平たく、「ヤ・マ・ハ」と発音します、はいやってみて、と練習を促したところ、三人ともまるで転校して来たばかりの小学生みたいな小声になり、
「やぁまは」
と恐る恐る唱えます。全員落第。誰一人として、フラットに「ヤマハ」と発音出来ないのですね。抑揚はつけないんだよ、と注意して繰り返させても、やっぱりどうしても「ヤ」にアクセントを置いてしまう。なんだよみんな、こんな簡単な単語も発音出来ないのかよ!
これではっきりしました。英語が特に難しいというわけじゃなく、誰にとっても外国語の発音ってのは大変なんだ、と。とにもかくにも、ランチ終わりで一気に形勢逆転を遂げた私は、大いに溜飲を下げたのでした。
ブレードランナーを観た頃は2019年なんて遥か未来の話しと思っていたケド、もうすぐそこ迄来ちゃったねぇ。ウチのカミさんはライアン・ゴズリンが好きなので多分見に行くと思うナ。その前に前作を借りてきて見せなきゃ。
返信削除ブレードランナーの話をしながら、片手間で折り紙折ってみせたりしなかった?
映画に出て来る折り紙ユニコーン、どうやら角の部分は別に作って糊付けするパターンみたいだね。理想は前川淳氏の提唱する「不切正方形」なんだけど、さすがにそれは無理か…。カタツムリとか悪魔だと「デッカードの夢」の伏線が台無しになるからなあ。ちなみに、監督リドリー・スコットはオリジナル映画の発表からだいぶ経って、あの夢のカットを挿入したらしい(ディレクターズカット版)。デッカードがレプリカントかどうかの謎がこれでグッと強調されるんだけど、一ファンとしては当初のままで通して欲しかった。
返信削除でっカードが見るユニコーンの夢とか記憶にないなぁ・・・と思っていたら、ディレクターズカット版なのね。新作を見る前にはソイツをみなきゃいけないナ。今回ウィキを確認してみたら、TBSの水曜ロードショーで放送された版では、ルトガーハウアーの吹き替えが寺田農とあって、ちょっと笑ってしまった。。。
削除ルドリースコットは数年後に「ブラック・レイン」を撮るんだけど、あそこで出てくる大阪の街はかなりブレードランナーぽかったよね。
さらにその後、テルマ&ルイーズというスーザン・サランドン主演の映画を撮るのだが、まったくSFチックな映画ではなく、エイリアン→ブレードランナー→ブラックレインと見てきたオイラはチョット拍子抜けした思い出がある。
ディレクターズ・カットというからには監督の意図が伝わるような編集になってるんだろうけど、オリジナルとあまりにも焦点がずれているので、なんか裏切られたような気がしたよ。それにしても寺田農とルトガー・ハウアー。絶妙なコントラストだね。笑える。テルマ&ルイーズは観てないなあ。スーザン・サランドンはあまり好みじゃないので、食指が動かないんだな。
削除こんにちは!かなり以前に検索でウロウロたどり着いてから定期的にお邪魔させて頂いております。アメリカ含め英語圏には住んだことはないのですが、縁があってアメリカ人の伴侶を見つけ英語には何かと苦労させられたり、落ち込んだりしてます。私の場合には、PaypalのalやBut、Batあたりの発音が苦手で、夫はもう慣れているので良いんですが初対面の方やあまり外国人慣れしていない英語のネイティブスピーカーと話をする際にどうしても腰が引けてしまいます。。。^^;
返信削除でも、母語しか話せない人が圧倒的に多いなかで、二ヶ国語でコミュニケーション取れる状態であるってことだけで素晴らしいと思います。(と思いたいというところもありますが)
こちらのブログでは、なかなか覚えられてはいないんですが、エクスプレッションや言い回し、そういうのもあるのかーと勉強させて頂いてます。またお話もバラエティに富んでおり、読むのが楽しいです。これからもお邪魔させて頂きます。
trvlrさん、コメント有難うございます。国際結婚した人の日常はさぞかし面白エピソードに溢れてるんだろうな、と勝手に想像しております。いいのがあったら是非教えて下さいね。
返信削除遅ればせながら先週末に 2049 観てきました。
返信削除日本のシネコンでは公開1か月で既に縮小傾向で、3Dとか4Dxの上映ができる大きな部屋は既に別の映画に占拠されていた。。。ちょっと寂しいネ。老若男女を取り込むにはちょっと難解なのかなぁ。
印象に残った「ジョイ」の存在は、スマホの恋愛シュミレーションゲームを未来的に進化させた存在なんだろうが、現在のスマホにハマっている奴の話を聞くと「バカじゃねえの?」って感じてしまうケド、あのクオリティ&リアリティのモノだったらなんか判るなぁ・・・と思ってしまった。あのカワイさとエロさは堪らないネ
https://srad.jp/story/09/12/22/0216204/
誠に申し上げにくいのだが、まだ観てない…。もうちょっと待っててね。ジョイ、気になるぞ…。
返信削除なんと!
返信削除ボヤボヤしてたら上映終わってしまわないの?
まだかろうじて上映中。近いうちに鑑賞します。
返信削除そんなこと言ってる間にスター・ウォーズが公開になったね。
削除今回作は、シリーズを観続けてきた人にとっては堪らない、ストーリーの素晴らしさだったヨ。只、人づての話でネタバレしないように、なるべく早く観に行った方がイイそ。
公開日に友達と観に行って興奮した息子から、だいぶネタばらしされちゃったよ。ファンの予想していた展開がことごとく裏切られたとか言ってたな。ディズニーのビジネス臭が強かった、みたいなことまで。僕は前回のも観ていないので、後でまとめて鑑賞することにします。
削除そうか、それは残念だったね。
削除では一言だけ今回の重要ポイントを
「 Who is my father? 」
はい、そのへんまでにしといてください。
返信削除カミさんが「見逃したシーンを確認したいので、もう一回見たい」というので、4DX上映というシステムで昨日再見してきた。2度目ともなるとストーリー展開にかなり突っ込みどころが見えるネ。まあ、ファンタジーだからそこはサラッと流すのが大人の対応だが(笑
返信削除4DX上映というのを始めて体感したが「良くやるねこんなこと」って感じで感心したヨ、キャプテンEOみたいと言えば判りやすいか。ただ、2回目の映画だから良いケド、初見だったらストーリーが入ってきづらいカモね。鑑賞代金は一般上映料金プラス1500円也
映画もそういう進化を遂げているのだねえ。映画館に足を運んでまで見たい人には嬉しいサービスなんじゃない?キャプテンEOは懐かしいワードでした。
返信削除全然気づかないうちに終わっていたみたいだけど、こんな映画もあったみたいだね。
返信削除http://t2-3d.jp/
3Dで新型ターミネーターに追っかけられるのはコワそうだねえ。
削除