2017年8月13日日曜日
プロジェクト成功の秘訣
2016年12月23日金曜日
Pleasantly Surprised 嬉しいサプライズ
2017年7月22日土曜日
You guys ユーガイズは無害か?
2010年5月7日金曜日
アメリカで武者修行 第1話 あなた、何が出来るの?
しかしそんな晴れがましい日にあってさえ鉛のように私の心を曇らせていたのは、就職先が未だに見つからないという現実でした。14年勤めた会社を辞して日本を飛び出した私は、間もなく40歳の声を聞こうとしていました。たとえ帰国したとしても再就職が容易でないことは分かっています。留学生活スタート時点では太平洋を挟んでの別居生活だった妻にも結局仕事を辞めてもらい、東京のアパートを引き払って生活拠点を米国に移しました。二年目の秋には息子も生まれ、家族三人の南カリフォルニア生活が始まったばかり。年間を通して温暖で海が近く、子供を遊ばせるスペースには事欠かないこの生活環境を捨てるのは何とも忍びがたい思いでした。そんな時、運良く永住権を取得し、米国で就職するための最大の障害は取り除かれました。しかし何と言っても、日本にいた頃から抱いていた「組織に依存して生きるのではなく、組織から求められる存在にならなければ」という強い意思が、この挑戦を後押ししたのです。
しかし現実は甘くありませんでした。折からの不況で米国は未曾有の就職難。級友達も、卒業時点で就職が決まっていたのは三割程度でした。前年の秋に就職活動を始動した私は、卒業に至るまで来る日も来る日も履歴書を書き直し、送りつけた先は百箇所を超えました。土木工学科出身、都市開発事業に十四年間従事、という経歴は誰の目にも魅力的には映らないようで、たまに届く返事は「コンピュータで図面が描けますか。描けるなら連絡下さい。」という質問ばかり。製図をするためにMBAを取ったわけじゃない、と妻にぼやくことしきり。履歴書発送以外にも、ネットワーキングのため初対面の人だらけのランチパーティーに飛び込んだり、日系企業の交流会に乗り込んだり、いくつもの人材派遣会社に登録したり、ヘッドハンティングのプロに売り込みの極意についてご教示を仰いだり、地元市役所におしかけて仕事がないか尋ねたり、とあらゆる手段を試しました。しかし正式な面接まで漕ぎ付けたのはわずか二件。ひとつ目は地元オレンジ郡の交通局。三人の面接官から次々と質問を浴びせられ、十問目くらいまでは無難に進んだのですが、
「高速道路設計の経験はありますか?」
という問いに
「ありません。一般道路の設計になら関わったことがありますが。」
と答えると、彼らは互いに目配せを交わしました。誰がこんな奴を面接に呼んだんだ?とでも言いたげな表情で。
二件目は、環境保全技術に力点を置いた設計コンサルティング会社。
「あなた、何が出来るの?」
という問に対し、
「利害の異なる様々な人々の意見を調整し、プロジェクトを進めることです。」
と答えると、面接官は、この男は質問を聞いていなかったのかな?という面持ちで、
「で、何が出来るんですか?」
と同じ質問を繰り返しました。
せっかく電話をもらっても、面接まで至らず破談になったケースは無数にありました。受話器の向こうから飛んでくる「何が出来るんですか?」の質問に、説得力ある返答ができず、そのまま電話を切られるというパターンです。日本で14年間やってきた仕事を一言で表現するとすれば、「コーディネート業務」。大規模な都市開発プロジェクトをいくつか担当し、地元の自治体や代議士、進出企業、地域住民や新しく住む人、環境保護団体のメンバー、その他大勢の関係者と意見のすり合わせをしながら仕事を進めました。組織を辞めるその日まで、自分の仕事に誇りを持っていたし、この経験はきっと自分の強みになると信じていました。ところがアメリカでの職探しの過程で思い知らされたのは、「自分には得意技がない」ということでした。企業がコーディネート業務の経験を強みと思っていないのは明らかで、それを評価してくれる可能性のあった唯一の候補、地元市役所からは、
「アメリカの役所で働いた経験のない外国人をぽんと雇うわけにはいかないよ。アルバイトから始めるというのなら別だがね。」
というコメント。言われてみれば彼らの言う通りです。しかし私も妻子ある身。二束三文のアルバイトからスタートするなんて出来るわけがありません。
卒業から三ヶ月過ぎた時点で何のあてもなく、これ以上無職のまま家賃を払い続けるわけにはいかない、と夫婦で話し合った結果、ミシガンにある妻の実家で居候をさせてもらうことになりました。彼女の父親はもともと駐在員としてデトロイトで勤務していた商社マン。退社後も地元でコンサルティングをやっている人です。英語の達人で、私はビジネススクール受験時代から論文の添削等でお世話になっていました。まさか働き口がなくて居候させて頂くことになるとは予想もしていませんでした。
2010年5月13日木曜日
アメリカで武者修行 第2話 是非紹介してよ、何だってやるよ。
「シンスケ、どうしてる?久しぶりだな。元気だったか?」
「ああ、元気だよ。有難う。相変わらず毎日仕事探しだけどね。そっちはどう?仕事見つかった?」
「ああ、二週間前にようやくね。」
「そりゃ良かった。我々の仲間のほとんどは未だに無職みたいだよ。そうか、君でも苦労したのか。」
バンド活動、サーフィン、アルバイト、起業クラブの活動、そして彼女とのデート。それらをすべてこなしながらも、卒業式では成績優秀者だけが授与される首飾りをガウンの上にかけてもらっていたこの男。彼ほどのスーパーマンでも職探しに苦労したのだと思うと、暗澹たる気分になりました。
「ああ、楽じゃなかったよ。いろいろ回ったけどどこでも断られてね。とうとう最後の手段に出たんだ。」
「最後の手段?」
「うん、元の上司に会いに行ったんだ。」
「ということは、君が前に勤めてたっていう…。」
「そう、ET社の上司だよ。自分から辞めた会社を訪ねて、仕事ないですかって聞くのはあまり愉快な経験じゃなかったね。」
「うん、それは楽しくなさそうだ。」
「でもまあ、当面食い繋ぐための仕事は見つかったんだ。よしとしなきゃ。」
「そりゃそうだよ。無職とは雲泥の差だ。で、職場はどこなの?」
「サンディエゴだよ。メキシコ国境の近く。高速道路の設計プロジェクトなんだけど、興味ある?」
一瞬、耳を疑いました。
「え?興味あるって、どういうこと?。」
「人手が足りなくてね。今のボスが人を探しているんだ。で、シンスケの話をしたら彼が興味を持ってね。それで電話してるんだよ。」
降って湧いた吉報。しかし意外にもこの時、私は自分が怖気づいているのに気付きました。負け戦の連続で自信が萎えていたのか、そんなプロジェクトに参加したとしても一体こんな自分に何が出来るんだろう、とネガティブな思考回路が働き始めたのです。そんな弱気に慌ててブレーキをかけ、張りのある声で答えました。
「是非紹介してよ、何だってやるよ。」
「そうか、良かった。それじゃボスとの面接をセットするよ。まだアーバインに住んでるんだよな?うちの職場までは多分車で2時間以上かかると思うけど…。」
「いや、今、ミシガンなんだ。」
「え?ミシガン?一体全体どうしてミシガンにいるんだよ?」
「義理の両親の家に居候してるんだよ。アーバインでこれ以上あの高い家賃を払いながらあてもなく仕事探しは続けられないと思ったんだ。」
「うん、分かる。そりゃ分かるよ。無理もない。アーバインの家賃は法外だもんな。そうか、それじゃ電話面接をセットするよ。来週の水曜か木曜になると思う。念のため、最新の履歴書を俺のところにメールしてよ。」
「ちょっと待ってくれ。電話での面接は苦手なんだ。相手の表情が見えないってのは何ともやりにくくてね。飛行機でそっちへ行くってのはどうかな。」
飛行機代は痛いけど、顔の見えない相手との面接なんてハードルが高すぎる。この際出費はやむを得ない、と感じていました。
「いや、こういうのは通常電話で済ますんだよ。高い飛行機代を払ったのに不採用になったら最悪だろ。彼が気に入って、実際に会って話したいってことになったら飛んで来てもらうかもしれないけどね。」
「そうか、そりゃそうだな。当然だ。分かったよ。で、そのボスってどんな人なの?」
「彼の名前はマイクって言うんだ。ちょっと変わった男だよ。ラフなタイプっていうか。」
「え?ラフ?そりゃどういうこと?」
「ほら、長いこと工事の仕事をしてきた男に共通する荒っぽさってあるだろう?彼がそういう経歴かどうかは知らないけどさ。人間性がどうっていうのじゃなく、態度や言葉遣いが少しラフっていうことだよ。心配するほどのことじゃない。大丈夫。シンスケはきっと気に入られるよ。」
その晩さっそく英語の想定問答集を作成し、繰り返し繰り返し声に出して面接の練習をしました。「ちょっと変わったラフな男」が、頭の中でもやもやと輪郭を作っては消えて行きました。
2010年11月21日日曜日
アメリカで武者修行 第30話 次の一手でとどめを刺すの。
「それは良かった。来週ゆっくり話せるかな。」
ちょうど一週間後の朝一番、彼のオフィスを訪ねることになりました。
エドが去った後、さっそくケヴィンに電話で報告します。彼はすっかり現場事務所から足を洗い、今ではサンディエゴ支社に自分の部屋を与えられて、バリバリ仕事しています。
「やったな。シンスケがエドに雇ってもらえば、俺達また同じオフィスで働けるぞ!」
電話の声が弾んでいます。
そのケヴィンから、エドとの面会の前日に電話がありました。
「さっきエドと話したよ。彼は君との面接で、プロジェクトマネジメントに関する知識を試すつもりらしいぜ。ちゃんと予習しておいた方がいいな。」
「えっ、面接?」
私はてっきり、自分が今までやって来た仕事のことなどを聞かれるのだと思っていました。「ゆっくり話そう」というのは、適性を見るための面接のことだったのです。冷静に考えれば当たり前の話です。危ない危ない。この期に及んで、自分は一体何をやってたんだ?折りも折り、PMP受験のためにと注文しておいたプロジェクトマネジメントの参考書が届いたので、その夜、超速読を開始。一晩かけて基礎知識を頭に詰め込み、エドとの面接に臨みました。
「オフィスビルを建てるとして、君はどうやってスケジュールを作る?」
「アーンド・バリューとは何?」
「クリティカル・パスとは何か説明してくれ。」
一夜漬けが功を奏し、すべての質問に何とか答えることが出来ました。ケヴィンからのインサイダー情報がなかったら、悲惨な結果に終わっていたことでしょう。またしても彼に、すんでのところで救われたのでした。
「君とはうまくやっていけそうだ。さっそくボスに話してみるよ。」
と、笑顔で立ち上がって握手を求めるエド。え?これってOKってこと?失業を免れたのかな?よく分からないまま、ひとまずその場を去りました。
一夜明けて木曜の朝、出勤早々リンダが私のところへやって来て、早口でこう告げました。
「マイクが月曜にイラクへ発つことになっちゃったの。これからサクラメントへ行って来るわ。彼が出発する前にやらなきゃいけないことが、山ほどあるから。」
そして、あっという間に姿を消したのでした。クレーム作成が佳境に入っていただけに、この行動は意外でした。イラクへ行くのはマイクなのに、なんでリンダまで仕事を抜けなきゃならないんだ?と。ところが、空港まで彼女を送ったティルゾから、翌月曜の朝、こんな話を聞き仰天。
「リンダとマイクは、土曜に結婚したんだよ。」
「え?ちょっと待って。どういうこと?」
そもそもマイクとリンダは夫婦でも何でもなく、最近別れたりくっついたりしてたのは、「恋人」という間柄でのことだったのです。去年の暮れにプロポーズを受けていたリンダは、マイクから水曜の夜、「月曜の出発が決まった」という電話を受けてようやく結婚を決意。翌朝大慌てで牧師の手配をし、航空券を電話注文。そしてティルゾの運転でサンディエゴ空港に向かう途中、ショッピングモールに寄ってティファニーの結婚指輪を一対購入したのだそうです。
「空港へ行くまでの限られた時間に、結婚指輪を選んで買っちゃったんだよ。30分くらいだったかな。大した決断力だよね。まあ僕も一応指輪選び、手伝ったけどさ。」
と笑うティルゾ。
結婚指輪を携えサクラメントに到着したリンダは、翌日の金曜にダウンタウンで花嫁衣裳を買い、土曜日にマイクとタホ湖まで走り牧師と落ち合って、湖畔で式を挙げたそうなのです。そして月曜の朝、イラクへ旅立つマイクを空港で見送った後、午後一番で職場に戻って来ました。
「おめでとうございます。」
と言いかけた私を遮り、
「さあ、クレームを仕上げるわよ!」
と真顔でハッパをかけてきた時には、やはりこの人はタダモノじゃないな、と感心しました。
そして遂に、70ページを超えるクレーム文書が完成しました。原契約額とほぼ同額、日本円にして数億の追加請求。これを元請け会社の役員全員に宛て、フェデックスで送りつけたのです。ティルゾとリンダとで、会議室にこもってフェデックスの箱にひとつひとつ書類の束を詰めながら、
「ジャンの奴、きっと怒り狂うだろうな。彼の顔は確実に潰れますね。」
と私が言うと、
「喜ぶのはまだ早いわ。これで終わりじゃないわよ。敵は必ず反撃してくるから、すぐに二の矢の準備を始めましょう。」
とリンダ。
ところがその翌日、衝撃的なニュースがオフィスを駆け巡りました。ジャンが更迭されたというのです。私達が文書をこっそり箱詰めしていたちょうどその頃、宣告が下っていたことになります。ティルゾの入手した内部情報によれば、平社員に降格され、どこか砂漠の真ん中にある事務所で資料整理の仕事をすることになったとか。リンダが静かに言いました。
「この手で引導を渡せなかったのは残念だけど、このクレーム文書は彼の刑期引き延ばしに、きっと貢献してくれるでしょう。」
さて翌週、エドに電話して様子をうかがいました。不安を抱えて一週間待った上でのこと。
「まだ結論は出てないけど、大丈夫だと思うよ。三月からここで働いてもらうつもりだ。ただ、こういうのは手続きが必要なんだ。結論はもうちょっと待ってくれないか?」
との返事。新しいポジションに人を雇う場合、一般広告を出して募集をかける決まりになっているというのです。その上で私を超える候補者が現れなければ、最終決定となるわけ。帰宅して妻に話すと、
「でも、外部から飛びきりの実力者が応募して来ちゃったらどうなるの?」
と心配そうです。
「その人とも面接してから決めるんだろうね。」
「じゃあ、失業する可能性はまだ残ってるってことね。」
「残念ながらそういうことだな。」
妻の不安は当然です。溺れる寸前に投げ込まれた一本のロープ。家族三人、立ち泳ぎしながらこれにつかまって、船上のエドがぐいと引っ張り上げてくれるのを、ただただ祈るだけの状況なのですから。
一方、我々が渾身のクレームレターを送りつけた一週間後、元請けのORGからようやく返事が届きました。差出人は、元請会社の重役です。
「何かの間違いでは?おっしゃっている意味が分かりません。どれもこれも、身に覚えのない話でございます。お宅の方で、もう一度よくお調べになってはいかがですか?」
と、恐ろしくすっとぼけた内容。
「よくもここまで誠意の無い手紙を公式に送って来れますね。この神経の太さには呆れますよ。」
と憤る私。しかしリンダは冷静です。
「こうやってしらばっくれるのは、すぐに反論出来ないっていう何よりの証拠よ。私達がクレーム文書を用意してることを察知して、すぐにトカゲの尻尾を切ったんでしょうね。そうして暫く知らぬ存ぜぬで通し、反撃材料を探すための時間稼ぎをしているのよ。さあ、クレームレター第二弾を仕上げましょう。次の一手でとどめを刺すの。仕事にかかるわよ。」
2018年9月30日日曜日
人間の真価
2011年8月9日火曜日
Take a leap of faith 一か八か賭けてみる
今日はアーバイン支社で行われたプロジェクトマネジメント・トレーニング・プログラム策定会議に電話で参加。南カリフォルニア地域を統括するエリック、そしてナンバー2のリサから、
「昨日の人、どう思った?」
と意見を聞かれました。
「とても良い人だという印象ですね。経験も豊富で、戦力になると思いますよ。」
「シンスケの直属の部下になると想定して、どう思う?」
と、エリック。
「うまくやっていけると思います。」
何か気になることはないか、という質問に、ちょっと考えてからこう答えました。
「そうですね。気になることと言えば、受け答えがちょっとスムーズ過ぎる気がしたんですよね。緊張のかけらも感じられなかったし。本当に優秀だからそうなのか、それとも単に面接の特訓を重ねた成果なのか、私には見分けがつかなかったんですよ。」
これに対するリサのコメントがこれ。
“We should always take a leap of faith on that.”
「そういうのはもうリープ・オブ・フェイスするしかないわね。」
Leap of faith (信仰に基づいた跳躍)をする、つまり理屈抜きでエイヤっと決断する、一か八か賭けてみる、そういう意味のフレーズです。今回の場合、候補者の真の実力は面接で見抜けない、大当たりかもしれないしハズレかもしれない。ここはもう賭けてみるしかない、そういうことでしょう。
すぐに頭に浮かんだのは、浅田真央ちゃん。乾坤一擲、トリプルアクセル!
2021年9月26日日曜日
エリンとアーロン
先週木曜日の午後、東海岸のブライアンが招集した電話会議に出席。私の所属する部署の若手社員Dianaが会社認定のPM資格を取得しようとしていて、その最終面接に立ち会う、というのが目的。
「ハイ、シンスケ!」
微かに緊張を滲ませた笑顔で画面に登場した受験生の顔を見て、コロナ前にオフィスのランチルームで何度か出くわしていたものの言葉を交わしたことは無い女性だ、ということに気づきます。マイクロソフト・ティームズの出席者アイコンには名前が記されているので字面は確認出来て当然ですが、初対面の人が大抵つまずくShinsukeの発音を難なくこなしたという事実に、ちょっと感動していた私。それにしても、初めて会話する相手に下の名前で呼びかけるというこのアメリカンな習慣、渡米後二十年以上経つってのに未だに慣れないんだよなあ…。
実を言うと私、数十秒遅れで画面に現れた彼女の上司ジェナが「ハイ、ディアナ!」と言うまで、Dianaをどう読むべきか迷っていたのです。あ、そうなんだ、ディアナって読むんだ。良かった、反射的に「ハイ、ダイアナ!」って返さないで…。
ところがそうやって胸を撫で下ろしたのも束の間、この面接を仕切る還暦超えのブライアンがいきなり、
「さてダイアナ、最初の質問なんだが…。」
とスタートしたのです。えっ?今さっきジェナが「ディアナ」って呼ぶの、聞いてなかったの?
あろうことか、ジェナも、そして当のディアナも眉一つ動かさずこれを受け流し、ブライアンの「ダイアナ」連呼は面接終了まで延々と続いたのです。もしも僕が「シスケ」とか「シンスーク」とか呼ばれたら、ならべく早い段階での訂正を願い出ると思うんだけどなあ。なんで誰も何も言わないの?
実はこの手の疑問、今に始まったことじゃないのです。二年ほど前のある日、オフィスの一階上で働く若手社員のMeghanに、
「あのさ、君の名前だけど、ミーガンとメガンのどっちが正しいの?」
と尋ねました。イギリスのノーベル賞作家ゴールズワージーの短編「林檎の樹」に登場するキャラクターに同じ名前の女性がいて、学生時代に新潮文庫で読んだ時は「ミーガン」、数年後に書店で角川文庫版を開いた時には「メガン」になっていた。既に僕の中では完璧な「ミーガン像」が出来上がってんのに、後になって実はあれ、メガンが正しいんだって言われても困るんだよね。新潮と角川と、どちらに軍配が上がるのか?人生を左右するほどの重大テーマでも無いんだけどずっと気にはなっていて、同名の人物が実際身近に現れるまでそのチャンスを窺っていたのです(三十年以上も!)。
「ミーガンでもメガンでも、どっちでもいいのよ。」
とこの時、予想外の反応が返ってきます。
「いやいや、でもさ、私はこっちで呼ばれたいとか、親はこう読ませようとしたってのはあるんでしょ。」
と食い下がる私。
「ううん。特に無いわ。本当にどっちでもいいの。」
呆然と立ちすくむ私。おいおい自分の名前だぞ、そんないい加減な回答アリなのか?釈然としないまま、お礼を言って立ち去るのでした。
話変わって今週木曜の夕方、18ヶ月前に転職した元同僚のリチャードと、久しぶりの再会を果たします。場所は、去年近所にオープンしたEE
NAMI Tonkatsu Izakaya(ええ波とんかつ居酒屋)のパティオ席。
「これ、なんて読むの?」
と挨拶もそこそこに質問してくるリチャード。
「Eを二つ並べて、ええって発音させるみたいなんだ。」
「ふーん、そうなんだ。どういう意味なのかな?」
ここは大阪風とんかつ屋で、「ええ波」というのは「良い波」の関西弁。「ええ」の響きを表現しようとした結果、こういうアルファベットの使い方になったんじゃないか、と持論を述べます。Aひとつだけだと「エイ」になっちゃうからね。果たしてEEと書いたところでアメリカ人が「ええ」と発音出来るかどうかは謎だけど、と。それに対してリチャードは同意も反論もせず、さも感心したように頷くのでした。
そして間もなく運ばれて来たジューシーな極上ヒレカツ定食セットを味わいつつ、テーブルを挟んでお互いの「その後」をシェア。乗員数万人を擁する巨大タンカーから総員14名のスピードボートに乗り移ったリチャードは、彼を引き抜いた元同僚のジャック(御年92歳)とともに大活躍しているのとのこと。
「給料は大幅に上がったし、Utilization(稼働率)のプレッシャーも無いし、チームとしての意識はすごく高い。皆がお互いを気遣っていて、どんなに忙しくてもストレスを感じないんだ。社長はエコ意識が高くて、電気自動車が買いたいという勤続五年以上の社員には、補助金一万ドル出すって言うんだぜ。最高だろ。」
転職直前には、これが本当に正しい選択なのか随分迷った、とリチャード。
「大正解だったね。良かったじゃん。」
と私。
「シンスケは転職考えてないの?来てくれって言う人はいっぱいいるんじゃない?」
「うん。考えてはいるよ。でもね、僕にはチームがあって、これを盛り上げて行きたいって気持ちが強いんだ。」
部下達との年度末業績評価面談を前日に済ませたばかりだった私は、彼等の発展を真剣に考えていたタイミングだったのです。リチャードの転職先より世帯がデカい、今の私のチーム。メンバー達全員が日々幸せに働けるような環境を整えたいという気持ちは、彼のボスと何ら変わりません。そんな野心すら吹き飛ばしてしまうほどの圧倒的好条件を突きつけられれば、話は別ですが…。
加えて、面と向かってリチャードに伝えるのはさすがに思いとどまったのですが、実は「大企業に身を置く」こと自体のメリットも見逃せないファクターなのです。会社の規模が大きいということは関われるプロジェクトのバラエティも豊富だし、仕事の発展性だって変わって来ます。出張でフロリダやモンタナやユタやハワイ、そしてオーストラリアまで訪問出来たのも、大会社勤めの役得。そして何よりその過程で、才能溢れる何百人もの痛快キャラと知り合いになれたことは、絶対無視できない魅力なのです。つまり今のところ、私小説の味わいより大河ドラマの興奮を選択している私。
「あ、そうだリチャード、ちょっと英語の質問していい?」
同じ屋根の下で働いていた頃は、頻繁にこの手の質問をビシビシ投げ込んでいた相手です。当時を思い出し、つい顔がほころんでしまう私。彼の方も懐かしそうな表情を浮かべ、バットを構えて私の投球を待ちます。
「名前の読み方なんだけどね…。」
ちょっと前に部下のシャノンが、こんな話題を持ち出して笑ったのです。
「全く紛らわしくて困っちゃうわよね。プロジェクトチームに同じ読みの名前が二人いて、しかも綴りが全然違うなんて…。」
暫くの間、一体誰の話なのか分からず戸惑う私でしたが、ようやく理解に至ります。彼女がサポートしているプロジェクトマネジャーのErinと現場のトップAaronの名前が、どちらも「エレン」と読めるっていうのです。つまり「エレンが二人いる」と。
「え?全く同じ発音だって言ってるの?ちょっとの違いはあるんでしょ?」
「ううん。完全に一致してるのよ。」
俄には信じ難い説。日本人の私が普通に読めば、Erinは「エリン」、Aaronは「アーロン」です。それがどちらも「エレン」と発音されるため、耳で聞いただけでは誰の話題か分からない、というのがシャノンの主張。
「その通りだね。全く同じ発音だよ。」
ああそんな話か、と拍子抜けしたようにシャノンに同意するリチャード。
「ええ?だってさ、Aが二つ並んでるんだぜ。それをエって発音するなんておかしいでしょ。」
「うんそうだね、英語ってつくづく不思議な言語だよね。」
おいちょっとちょっと、それでおしまい?
「あ、そうだ、ミーガンとメガンはどう?」
と畳み掛ける私。どっちでも良いというのはいかがなものか。子供に名前をつける際、どう発音するかまでセットで考えないのか。対してリチャードは、またしてもそれが何故疑問なのかすら理解出来ない面持ち。
「うん、どっちの読み方も有りだよ。」
「じゃあさ、じゃあさ、」
これはもう、内角高めを抉る決め球を投じるしかない。
「誰かが初対面で君のことをリックとかディックとか呼んだらどう思う?ちょっとイラッとしたりするんじゃない?」
Richardというのは、リチャード、リッチ、リック、ディック、と多彩な変化型を持つ名前です。
「僕は長年リチャードって呼んでるけど、周りの皆がそういう呼び方をしてたから倣ったのであって、君自身が認める正式呼称なんだと思ってた。なのに君のことをまだ良く知らない人がいきなり違う呼び方して来たら、さすがに何だこいつはって思うでしょ。」
「いや、全然。きっとその人は知り合いに別のリチャードがいて、彼のことをリックとかディックとか呼んでるんだろうな、と思うだけだよ。」
そして彼の次の一打で、全身の力が抜けたのでした。
「そういえば、うちの親父は僕のこと、ディッキーって呼んでるよ。」
アメリカ人にとって、名前は記号に過ぎない。読み方なんてどうでもいいのだ。このお題に関する追究は、この日の晩できっぱりと終止符を打たれたのでした。







