ある朝、同僚マーゴが私の席までやって来ました。そして両手を軽く腰に当てて子首を傾げると、
「ね、ちょっと今いい?」
と尋ねました。
「キースのプロジェクトだけど、今月収益を追加計上出来るかどうか質問してるのに全然返事が来ないのよ。何か聞いてる?」
マーゴというのは、各オフィスに数人ずついるプロジェクト・アカウンタント(会計士)の一人です。私のサポートする下水道施設設計プロジェクトを担当しているのですが、PMのキースが多忙過ぎて一向に連絡がつかない、と言うのです。
「いや、実はこっちも同じなんだよ。EAC(最終予測)コストの相談がしたいからと毎月メールしてるんだけど、返事が来ないんだ。痺れを切らして変更無しバージョンを提出すると、十分後にはオンラインで承認してるんだよね。ということは、メールを読んではいるんだよ。ただ返事する相手や事案を選んでるんだろうね。」
「そっか、じゃあ私だけじゃないんだ。」
自分だけ無視されているのではないことが分かってホッとした様子でしたが、それでも彼女は納得がいかないようで、ひとしきり私に苦労話をぶちまけます。彼女たちプロジェクト・アカウンタントは月末になると、一ドルでも多く収益を計上するようにとファイナンス(財務部門)の親玉からプレッシャーを受ける。プロジェクトのEAC(最終予測)コストを精査し、それを少しでも下げられれば収益増に繋がる。だから自分の担当するPM達とのコミュニケーションが大事なのだが、当のPMがつかまらないと完全にお手上げなのだ、と。
マーゴの虹彩の色は独特で、しっかり向き合って会話してる最中ですらふと、実は僕の目ではなく遠くを見てるんじゃないかという錯覚に陥る程、透き通ったブルーグレーです。リップは常に潤いを保っていて、まるでピンクのジェリービーン。毎日ほぼ例外なくノースリーブのボディコン・ワンピースに身を包んでハイヒールで出勤。脇は勿論、腕にも脚にも体毛の存在が感じられず、「蝋人形」とか「アンドロイド」レベルの、スーパーすべすべ肌白人女性なのです。ボリュームのあるブルネットをデザイン・パーマでうねらせ、まるで映画のヒロインのようにつんと顎を上げ、時々首を後ろに軽く振って髪をファサっとなびかせながら話します。若い頃の「はじけた」エピソード、きっと山ほど持ってるんだろうな、と想像しながら頷き続ける私でした。
さて、水曜日の11時には、隔週で開いているチーム・ミーティングがありました。いくつかの話題の後、EAC更新についての議論になります。
「最近、プロジェクト・アカウンタントがEAC更新を買って出て、PMにそのまま提出させるケースがあるでしょ。あれは危険よね。」
とシャノン。
「私がサポートしてるPMのマークも、EAC更新はプロジェクト・アカウンタントのマリリンに任せてるから私の助けは要らないって言うの。」
とテイラー。
「彼女達は共通部門だからプロジェクトに時間をチャージしないだろ。プロジェクト・コントロールの僕らに頼むとそうは行かないから、コストを抑えるという視点に立てば当然の選択に思えるんだろうな。」
と私。
「問題は、プロジェクト・アカウンタント達がどうして手伝いたがるのか、という動機の部分なのよ。収益を余分に計上しようという意思が働いて、最終予測コストをギリギリまで下げて来るの。プロジェクトの技術的な難しさやクライアントとの関係性も全く理解しないまま、数字をいじる。その結果、プロジェクト終了間際になって大幅予算オーバーってことになるの。オレンジ支社のプロジェクト・アカウンタントがEAC更新をサポートしてたプロジェクトが三件、今そんな状況でてんやわんやよ。」
「僕たちに頼らず無料サービスを選んだPM達は、最後の最後に痛い目を見るってわけだ。プロジェクト・アカウンタントにEACを任せるなんて、僕らからすれば有り得ない決断だけどね。」
この時ふと、記憶が蘇ります。
「あのさ、今朝仕入れたイディオムなんだけど、Fox watching
the hen houseって、この状況で使えるよね。」
この日の朝、私がサポートする環境系大型プロジェクトのPMアンジェラから届いたメールのフレーズです。
“Just felt like a bit of the fox
watching the hen house for Mike to be approver.”
「マイクが承認者におさまってるのは、キツネに鶏小屋の警備を任せているような気がちょっとしたのよ。」
マイクは環境部門のお偉方で決裁権も持つのですが、同時にプロジェクト・チームの中心人物でもあります。システムに彼の名が承認者の一人として記載されているのを不審に思ったアンジェラの一言でした。自分の仕事を自分で承認するなんておかしいでしょ、とチェック・アンド・バランスの働かない歪んだ人員配置を指摘したわけです。日本語に置き換えると、こういうことでしょう。
“Fox watching the hen house”
「盗人に鍵を預ける」
これを聞いて「どんぴしゃのイディオムよ!」と笑う、我がチーム一同。プロジェクト・アカウンタント達は、毎月出来るだけ多く収益を上げろとのお達しを受けているので、コスト予測から極力余裕幅を削ろうとします。そんなこととは露知らず、無料でご奉仕するわよ、と笑顔で近づいて来る彼女達に、PM達はつい心を許してしまうのですね。
「気が付いたらひよこの数か足りないぞ、あれ?おかしいな、ってなことになるのよね。」
とシャノン。
「PM達は、キツネに仕事を頼んでることを分かってないのよ。」
とティファニー。そこで満を持して、私がキメます。
“Watch out for the foxy ladies!”
「フォクシー・レイディー達にご用心!」
Foxy(フォクシー)という言葉には、「キツネのように狡猾な」の他、女性を形容する場合「セクシーな」という意味があるのですね。うちのチームの女性陣、全員弾けるように笑い出し、暫くおさまりませんでした。
おお~っ!初めて英語で「大爆笑」を取った気がする…。
FoxyLady って80年代では日本でもちょっと流行った言い方だったね。サマンサ・サングの歌河南かなかったっけ?オイラのイメージだとファラ・フォーセット・メジャースかな。
返信削除週末にカミさんと Crazy Ritch Asians という映画を見てきた。NY大で教授をしている中国系移民の娘と大金持ち華僑の息子の恋の大騒動ってな感じの映画だったのだが、出てくるキャストがエラく垢抜けてて、というかバタ臭い顔立ちで、とてもルーシー・リューの出番はないなって雰囲気だった。世界を席巻している中華系の人たちの集客を期待しているのか、華やかな雰囲気を出すための手段なのか、なんか不思議な感じがしたヨ。
http://www.crazyrichasiansmovie.net/
ちなみに、エンジェル選考のオーディションにハリウッド進出中の工藤有紀がチャレンジしたことがあったらしいって知ってた?
https://eiga.com/movie/1033/special/2/
あの「お湯をかける少女」も、今や立派な中年。こないだNHKの番組で久しぶりに見たけど、口調だけ昔の「あどけなさ」をとどめていて、ちょっとキモチワルかった。
返信削除バタ臭い顔の中華系がメジャーになるというのは、それだけ彼らがハリウッドに溶け込んでいる印なんだろうね。特にカリフォルニアのアジア人口はすごいぞ。