今月の初め、17歳の誕生日を迎えた息子。先月末には高校の水球チームがシーズン最後の試合を終え、いよいよ大学受験に軸足を移すことになったのですが、第一志望校を訪問した際、ここの水球チームがかなりの強豪であることを知りました。練習を見学に行きコーチに自己紹介したところ、「うちで試合に出たいならオフシーズンもしっかり練習してスキルを上げておけ」と言われ、俄然燃える彼。しかし、だからと言って今後ずっとアスリート人生を歩もうかと目論むほどの素質も野望もありません。これまで鍛えて来た肉体をキープして、出来ればそこそこ上達もしたい、というくらいの覚悟。そこでこの冬から春にかけ、どのクラブチームに所属すべきかという選択を迫られることになりました。
候補に挙がっているのは二つのクラブ。クラブXは我が家から十分ほど車を走らせたところにあり、ビジネス街やショッピングモールに近い都会のプールで週三回夜間練習があります。全米でも名の知れた名門クラブで、Aチームは何度も全国優勝しています。息子の言うにはこのクラブじゃCチームに入れるかどうかも怪しいし、コーチ達もそういう選手に対しては、「雑魚に構っていられるか」とばかりの差別的態度なのだと。対してクラブYにはきめ細かい指導で知られる名コーチがいて、選手数は少なく層も薄いので、レギュラーとして試合に出してもらえる機会は多いだろうとのこと。ここでも週三回の夜間練習があるのですが、問題はプールの場所が家から遠く、街灯もまばらで極端に道が狭く、治安の悪そうなエリアにあること。数か月前に免許を取得したばかりの息子にひとりで往復させるには、ちとリスクが高いのですね。ここへ通うとすれば、男親の私が送迎を受け持つしかない。
今週は、一応どちらの練習にも参加して様子を見て来たらいいよ、と息子を乗せて送り迎えしました。ナイター設備に照らされた屋外プールで身体から湯気を立てつつ水しぶきを上げる少年たちを眺める私は、ダウンジャケット姿。すごいな君達。こんなことしてたらきっと風邪もひかなくなるだろう…。最近運動不足が続いていて、体調を崩す一歩手前で何とか踏ん張っている状態の私は、羨望と反省とを味わっていたのでした。
週末になってようやく、「やっぱりYに行くことにした」と結論を出した息子。これが吉と出るかどうかは謎です。二つの選択肢を同時に試すわけには行かないので、ある時点で決め打ちし、後は注意を怠らずに歩を進めるしかない。どこにリスクが潜んでいるかは、どんなに調べたところで全て事前に分かるわけではないのだから…。
少し遡って木曜の朝、部下のカンチーが困り顔で報告して来ました。彼女がセットアップをサポートしているプロジェクトについて、財務部門が「コンティンジェンシー(かもしれない予算)を削除しろ」と言って来たというのです。はあ?と私。
「リスク・レジスターをちゃんと見せたの?」
「はい、それでもゼロにしろって言い張るんです。」
「じゃあ何?このプロジェクトにはリスクが無いって財務の人間が決めつけてるわけ?」
「そういうことになりますね。ゼロにしなかったら利益率が低すぎて、プロジェクトのセットアップを承認出来ないって。今すぐプロジェクトをスタートさせたいPMは、彼等の指示に従おうって言うんですよ。」
「ええ~っ?みんなホント、頭どうかしてんじゃないの?」
時々こういう、呆れるほどアホな意思決定に立ち会うのですが、私たちプロジェクト・コントロール・チームは、クライアントであるPMの意思に従うしかない。
「何月何日に誰の指示でコンティンジェンシーを削除させられたか、システム上にしっかり記録しておきなよ。後から君が責められる、というリスクは排除しとかないとね。」
「あ、そうか、本当にそうですね。有難うございます。」
職業上、常に最悪のケースを頭に描いて行動するよう努めている私。収益率が悪過ぎるからリスクに目をつむれ、というのは無責任にも程がある。財務部門の人間は毎日金の事しか考えてないからそうなるんだよ、と腹立たしい思いで半日を過ごしたのでした。
さて話は変わって、今週は2019年のBenefit(福利厚生)プログラム申請の締め切りでした。一般医療保険、眼科保険、歯科保健、生命保険などに会社を通して加入するのですが、その支払いレートは毎年めまいがするほどの勢いで上がっています。今回も社員の持ち出し分が急激に増える格好になっていて、多少給料が上がったとしてもカバー出来ない程。木曜日の晩、妻と二人で細かく検討した結果、Deductible(ディダクタブル、自己負担額)の上限が非常に高いオプションを選択することにしました。病気やケガをしても、トータルの医療費がその額に到達するまで保険は一切カバーしない。そのかわり、毎月の保険料は比較的安い(それでも日本円にして何万円も払うのですが)というもの。もしもDeductibleをゼロにすれば、たとえ健康でいても保険会社に毎月二十万円以上も持って行かれることになる。それは何としても避けたい話です。
「よし決めた。僕ら一家は来年、怪我も病気もゼロで行くぞ!」
と高らかに宣言して申請作業を終えた私でした。
翌朝出勤して間もなく、ロングビーチ支社の同僚マークからテキストが入りました。
「保険の申し込み、どれにした?」
彼にもうちのと歳の近い一人息子がいて、家族構成が似ているのです。きっと私の選択を聞いて安心したかったのでしょう。
「ハイ・ディダクタブルのオプションにしたよ。他のは高くてとてもじゃないけど保険料を払えないからね。」
「俺もだよ。」
「来年は怪我も病気もしないぞって家族で決めるしかなかったんだ。」
「全く、オプションがひどすぎて選べないよな。」
そして彼が次に、こんなことを書いて来たのでした。
“It seems like a crapshoot.”
「まるでクラップシュートだよ。」
ん?クラップシュート?何だそりゃ。クラップというのは「くそ」だから、「くそみたいなシュート」かな?球技で使われる単語なら分かるけど、この文脈だと通じないぞ。急いでネットで調べたところ、crapsには「二個のサイコロの出目を競う」ゲームという意味もあり、crapshootは「サイコロ博打をすること」だと知りました。つまりマークの言いたかったのは、こうですね。
“It seems like a crapshoot.”
「まるで博打だよ。」
土曜の朝8時半、息子の部屋へ行ってみると、水球の練習で疲労をためたためか、完全な熟睡状態の彼。日本語補習校への登校時刻が迫っていたので、「おい、目を覚ませ!」と叩き起こします。うつろな目でこちらを見つつ、全く動く気配を見せない息子。掛け布団を捲ると、まるで競走馬のように逞しい上半身。こら、起きろ!とその腕をつかんで引っ張り上げようした瞬間、私の上体はぐいっと引き寄せられ、あっけなく彼の身体の上に倒されたのでした。うわ、いつの間にそこまで力をつけたんだ?と驚くと、嬉しそうな顔になった息子がベッドから飛び起き、キッチンで弁当作りをしていた妻のところへ報告に行きました。
「ねえママ、聞いて。今ね、パパが僕を起こそうとして腕を引っ張ったらね!」
その時になって私は、ようやく異変に気付き始めました。左の脇腹から尻にかけ、激痛が走ったのです。しまった。こ、腰をやってしまった…。病気も怪我もしないと宣言して金をケチった途端にこのありさま。財務部門のアホさを笑えないなあ、と自戒することしきりでした。
それにしても、息子を起こそうとして腰を痛めるリスクは想定外だったなあ…。この日は一日、ほぼ寝て過ごしたのでした。
「競走馬のような逞しい上半身」なかなか若い躍動感をうまく表している文学的表現だね。
返信削除年をとるほど、腰痛対策は重要なんだよね、以前教えた体幹を丈夫にするこのトレーニングやってる?
https://www.msn.com/ja-jp/health/exercise/strength/ニーリング・スーパーマン/ss-BBtSVgv
地味な事の継続って案外むずかしいよね。
有難う。まずは腰痛を完治させてから、毎日こつこつと体幹トレーニングを重ねていこうと思います。
返信削除自分の成長を証明出来たことが余程嬉しかったのか、息子がテキストを送ってきたよ。映画Ip Manで主演を張るドニ-・イェンがサングラスをかけ、ばっきばきに鍛え上げた裸の上半身をさらしている写真に、「この人53歳だよ。言い訳出来る?」とのコメント。