2018年11月11日日曜日

分断国家アメリカ

火曜は昼休み前に仕事を切り上げ、早々に帰宅。約束の十二時半、我が家の前の路肩にするするとやって来て無音で停車した乗用車から降り立つ、カーリーヘアの友人ヴァンさん。挨拶もそこそこに、ガレージ脇の電力メーター下の表記を丹念にチェックします。車に戻ってトランクから折り畳み式梯子を両手でひっ張り出すと、裏庭に運び入れてこれを伸ばし、軒に立てかけます。そして軽々と屋根に上がると、口に出して計算しながら巻き尺で寸法を測り始めました。

「よし大丈夫。こっちの屋根に6枚、あっちに7枚。合計13枚おさまるよ。」

ヴァンさんというのは友人を通した知り合いで、ソーラー発電会社に勤めています。今回は彼に緊急でソーラーパネルの設置を頼んだのです。今年一杯で期限切れと言われている特別税控除を適用したかったのがひとつ。それに、我が家の預金残高を一時減らすことが目的のひとつでした。息子の願書提出に際し、大学から出来るだけ多くのファイナンシャル・エイドを引き出したい。そのためには、手持ちの資産額が低ければ低い方がいい。どうせいつか使う予定のお金なら、エイド申請前に預金から減らしておいた方が学費支払い能力の審査に有利だろう、という決断でした。

「この見積書によれば、パネル13枚のオプションだと毎月の電気代がマイナスになるよね。これって、電力会社からお金が返って来るってことなの?」

ダイニングキッチンのテーブルで、彼に補足質問をする私。

「いや、それはクレジットって形になるんだ。あと、これはちょっとややこしくなるんだけど…。」

ヴァンさんの説明によれば、ソーラー発電に切り替えた途端、消費電力料の算出法が変わり、単価が跳ね上がるというのです。

「あと、割増料金が課されるピーク時は今まで一般のビジネス・アワーと重なる日中だったんだけど、これからは午後四時から九時の間になるんだ。」

「え?なんでピーク時間帯が変わるの?」

「普通に考えればそんな理屈は成り立たないんだけどね。ま、ありていに言えば、ソーラー業界に対する電力会社からの圧力だよ。」

陽が高い時間帯は太陽発電で多くの電力が賄える。一般世帯のソーラー普及が進むにつれてピーク時割増料金による収益が減るため、電力会社は「ピーク時」を日没以降までずらすという掟破りの暴挙に出たのだ、と。

「彼等だって経営悪化は看過できないからね。生き残りのために、なりふり構わずソーラー利用者から金をむしり取る算段を考えたってわけだ。」

う~む。なんか納得のいかない話だぞ。

「事実上の独占企業だからね、そりゃ強いよ。リーマン・ショックの時も世界中でレイオフの嵐が吹き荒れる中、彼等が首切りしたなんて話はひとつも聞かなかったしね。」

ここでふと、我に返る私。

「僕の担当するプロジェクトのひとつに、クライアントが電力会社ってのがあるんだ。彼等からの支払いが遅れたことはほとんど無い。まず間違いなく30日以内に払ってくれてる。これって稀な事なんだよ。経営状況がよっぽどいいんだろうな、と思ってたんだ。」

8年前にこのプロジェクトのPMを担当することになったお蔭で、私のキャリアは予想外の発展を遂げたのです。もしもクライアントが経営難に陥れば、プロジェクトの存続も危うくなる。そうなれば当然、私の食い扶持にも影響が及ぶ。ソーラー利用者に適用されるという理不尽な課金システムに激しく抵抗する気になれないのは、詰まるところ、クライアントを追い詰めることで自分の職を失うというダメージに較べたら、些細な話だからなのです。

さて、この日はちょうどアメリカ中間選挙の投票日。翌朝の開票速報で、上院は共和党が、下院は民主党が過半数を勝ち取ったことを知りました。ネットニュースのインフォグラフィックスを見ると、東西海岸線をはじめとした大都市圏は民主党の青が、そして内陸のほとんどを共和党の赤が埋め尽くす、「分断国家」の図になっています。これを「大勝利」と評して胸を張るトランプ大統領。彼が最初に任命した環境保護省長官スコット・プルーイット(温室効果ガスの排出制限を撤廃し、製造業と石炭産業の雇用回復を後押しした)が辞任した後を今年引き継いだのは、アンドリュー・ウィーラー。炭鉱業界を支援する彼は、地球温暖化説を疑問視していると伝えられています。トランプ大統領自身も炭鉱業や鉄鋼業の復活でもう一度「強いアメリカを取り戻す」と息巻いているのです。

この「分断地図」を眺めながら、政治家が票を得るためには天下国家を論じること以前に、選挙民の「仕事を失う恐怖」にどれだけアピール出来るかが決め手なんだなあ、とつくづく思ったのでした。たとえ環境や健康にマイナスのインパクトを与える仕事だと分かっていても、それが唯一の収入源なら誰だって必死で守り抜こうするでしょう。「自分の職を守ってくれる人に投票する」のは自然な心理です。衰退の一途を辿る炭鉱業や鉄鋼業に携わる人々の目に、トランプはまさに救世主のように映っていることでしょう。

さて、先日のランチタイム、環境部門の重鎮ビルとベテラン社員のジョナサンに挟まれて弁当を広げていた時、太陽発電の話題になりました。なんで今ソーラー?という二人の質問に、

「いずれは検討しようと考えてたんだけど、息子の大学進学のためのファイナンシャルエイドを申請する今がベストタイミングだと判断したんだ。預金額を減らしておいた方が有利なんだよ。」

と説明したところ、二人同時に

“I can help you on that.”
「それなら力になれるよ。」

とノッて来ます。

「俺たちに貸しなよ。貸し倒れということで負債を申請出来るぞ。」

とケタケタ笑うビル。そもそも大した電力も消費してないだろうに、何故ソーラーつけるんだ?とジョナサン。

「エネルギーを自足出来るなんてスゴイことだし、いずれ電気料金が上がった時のことを思えば気が楽でしょ。それにさ、息子が大学行く際に僕が今乗ってるオンボロ車を譲る予定なんだよね。そのあとは通勤用に小さな電気自動車をリースして毎日自宅で充電して、ガス代を浮かせようって考えてるんだ。どのみち十年後には、街を走る車がほとんど電気自動車に取って代わられてるだろうからね。」

そう私が言い終わらぬうちに、ビルとジョナサンが同時に「それは違うぞ」ときっぱり否定し、口々にこう言うのでした。

「十年後、街に溢れてるのは石炭燃料で走る蒸気自動車だぜ!」

6 件のコメント:

  1. 日本では散々マスコミに叩かれているが、電気事業は米国でも独占企業の弊害があるんだね。

    話は全く変わって申し訳ないが、日本でもこの週末に”ボヘミアン・ラプソティ”が公開され、さっそく観に行ったヨ。初期の5枚を聴きこんだ人間としては、演じられる曲目の時系列的な疑問が少々あったケド、いやはや、なかなか良くできた映画だったね。特にブライアン・メイとジョン・ディーコンのそっくり具合は堪らなかった(笑 家に帰って、早速ライブ・エイドのDVDを見てしまったヨ
    キミは最後のライブのシーンで号泣したんじゃないかと想像したが、いかが?

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    1. さすがに号泣はこらえたが、かなりやばかった。ファンでもないうちの奥さんの方が隣でがっつり泣いてたな。7万人の観衆が両手を挙げて手拍子を合わせながらRadio Ga Gaを大合唱してるシーンが、涙腺爆撃のピークだったな。「ボヘミアン・ラプソディなんかシングルに出来るか!こんなもん若者にウケるわけないだろ!」と啖呵を切るEMIのお偉方を演じたマイク・マイヤーズが、若い頃に映画「ウェインズ・ワールド」で仲間とドライブするシーンで、ボヘミアン・ラプソディーをガンガン歌ってたってのが笑えるよね。
      そうそう、ブライアンの酷似ぶりには驚いたが、ジョン・ディーコンの独特の笑顔を真似する役者の根性にも感動したよ。

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  2. BBC制作、日本版ナビ小林克也、文化放送でかつて放送されたHistory of Rock'n Roll の中でのボヘミアン・ラプソティのくだり「もうテープが擦り切れて向こうが見えそうだったね」の所がよく表現できていたのに感心ししたヨ。

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    1. 僕が家族で行った映画館は、封切り後三日しか経っていなかったというのに座席が一割くらいしか埋まってなくて心配したんだけど、徐々に評判が上がってる模様です。

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  3. 日本では「応援上映」と銘打って、映画を見ながら一緒に歌おう!手を叩こう!足を踏み鳴らそう!というのが盛り上がっているみたい。ニュースバラエティでも結構取り上げられている。
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181204-00000003-nkgendai-ent

    そちらのお国では普通の映画上映がすでにそんな感じかもしれないが、日本だときちんとルール化しないとダメなんだわね。。。ま、1800円も払うとなると好き勝手はマズいのかもね。

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    1. 僕が家族で観に行った時は、封切りから一週間も経ってないのに劇場に十人くらいしかいなかったぞ。当然、一緒に歌うなんて雰囲気じゃなかった。あ、この映画はコケたな、と思ってたら、あれよあれよという間に興行成績が上昇していったね。安心しました。

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