2018年10月21日日曜日

Boss’s Day ボスの日


月曜の朝、ボスのテリーに呼ばれて小会議室へ。

「私の後任だけどね、セシリアに決まったの。ジェームスやウィルと話し合った結果、今の組織に必要なのはマネジメント力よりオペレーション・サイドに強い人材、ということで一致してね。あなたからはマイクへの推薦があったし色々意見も聞かせてもらったでしょ。だから公式発表前に伝えておきたかったの。セシリアにはこれからあなたのサポートが必要になるでしょうから、よろしく頼むわね。」

私はこの時、あまりの衝撃にうまくリアクションが取れずにいました。自分の推していたマイクが選に漏れたためではなく、超多忙のテリーが私に選考結果を伝えるためわざわざ時間を割いてくれたこと、そして後任者へのサポートを頼んで来たこと。予想だにしなかった行動でした。上の出した結果は何であれ厳粛に受け止める用意は出来ていたし、テリーだって私がそこでひと悶着起こすような男だとは思っていなかったでしょう(大体、私にそんな力は無い)。なのに敢えてこういうステップを踏んで来るとは…。つくづくきめ細かい気遣いをする人だなあ、と感動を覚える私。同じ状況に置かれた場合、果たして自分にテリーのような行動が取れるだろうか?人間としての「格の違い」を感じさせられた朝でした。

翌日の火曜は有休をとり、16歳の息子を助手席に乗せてクレアモント市までドライブ。第一志望の大学へ願書を提出する前にきちんと見ておこうということで、説明会プラス学生寮一泊ツアーに申し込んだのです。午前中は滑り止め校を見学し、ランチの後、その日オレンジ郡まで半日出張していた妻と合流。三人で第一志望校のキャンパス・ガイドツアーを楽しみました。息子を泊めてくれるという在学生とのアポが4時だったので、そのちょっと前に妻と私は彼を残して大学を出発。ホテルにチェックインしてから向かった先は、モンロビアという街のThe Diplomatというパブ。ここで五時半に、かつての大ボス・エリックと待ち合わせしていたのです。

五年前に我が社を去ってからずっと音信が途絶えていたのですが、最近になって彼が転職先での人材募集に絡めて連絡して来たこともあり、コミュニケーションが再開。彼の母校がうちの息子の第一志望校であること、そして現勤務先が大学から車で一時間弱の距離だということもあり、じゃあこの機会に中間地点で会おうじゃないか、という話になったのです。私より十歳以上若いエリックは、三十代で既に何百人もの社員を束ねる大物でした。頭脳明晰なだけでなく、頗る人望が厚く、引退間近のベテラン社員たちですら「彼はグレートな人物だ」と口を揃えて称賛したものです。

パブの入り口に立ち、「ヘイ、マイフレンド!」と固い握手とハグで我々夫婦を迎えたエリック。口の周りに蓄えたひげに白い物が混じっているのにハッとして、しみじみ歳月を感じる私。壁際の四人席に落ち着くと、絶品の地中海料理を頂きながら会話がスタート。まずは、転職先での様子を聞きます。

今の会社は上場企業ではなく、「巨大タンカーの舵取り」を任されていた五年前と較べて自由が利く。経営にとって一番大事なのは最高の人材を採用することで、そのためには何人もの社員が関わって面接にたっぷり時間をかける必要がある。組織をフラットにし、余計な中間管理を減らしたら経営が大きく改善した。個人の稼働率を全社に公開したことで数字の低い者が奮起し、業務量のバランス調整を図ろうという自然な動きにも繋がった。業績に応じて年二回ボーナスを支給しているので士気も保てている。今の会社はこの五年で250人から450人に拡大したが、大企業のノウハウを使わずとも優良企業を優良なまま成長させることは可能なのだと証明出来た…。舞台は変わっても、相変わらずスターの風格を保ってるなあ、と感心して聞き惚れる私。

「大学で学んだことが、今の自分に役立ってるって思う?」

と質問してみました。彼の出身校は小規模精鋭のリベラルアーツ・カレッジで、学生十人前後に対し教授一人、という密度の濃い師弟関係を築けるのが特徴です。

「そうだね。とことん考え抜くこと、論理的に文章を書くこと、そして相手に伝わるよう明瞭に喋ることを徹底的に訓練させられたよ。あの四年間で、どんな分野に進んでも役に立つ強力な足腰が出来上がったと思う。」

在学中に出来た仲間達との関係は宝物で、卒業して二十年以上経った今でも毎日のように連絡を取ってる、と言います。スマホを取り上げ、

「ほら、五分前にもテキスト来てる。」

と嬉しそうなエリック。学費は親と折半し数年かけて借金を返したけど、一生モノの友達が大勢出来たことを思えば文句なしの投資だった。息子さんが受かってそういう仲間ができるといいね、と言います。それからひとしきり、大学時代のユニークな活動やカルチャーについて聞かせてもらいました。

エリックに別れを告げ、車でホテルに向かう途上、「どう?言ってた通りすごい男でしょ、エリックって。」と妻に言うと、

「さっき本人を目の前にして彼のことを褒め始めたでしょ。あのタイミング、どうかと思ったんだけど。」

と問題提起します。え?なんのこと?と私。

「わざわざ時間を取ってもらって大学の話を聞かせてもらったんだから食事代はうちが持つって言った時、僕の縄張りに来てもらってるんだから僕が払う、それがルールだって彼が制したじゃない。」

サンディエゴに出向いた時は喜んでご馳走になるよ、と笑うエリック。精算の際に起きがちな「うちが払う、いやうちが」の綱引きを、一瞬でスマートに解決してみせた彼でした。そんな時私が唐突に、彼の優秀さや人柄について語り始めたというのです。

「え?そんな流れだったっけ?」

「別にそういうつもりじゃないのは分かってたけど、食事代を彼が払うことが決まった途端に褒め始めたでしょ。タイミングが微妙だったわよね。」

ううむ、そうだったか。随分間が悪かったな。なんか、大勢の上に立つ者とそうでない者との差を見せつけられた格好になりました。まだまだだな、自分…。

有休明けに出勤してみると、デスクに大きな白い封筒が置いてありました。私の名前が大きく書いてある。さっそく開封したところ、中からコーヒーショップのギフトカードが滑り落ちました。そして、色とりどりのドーナツが積み上げられた写真の横にYou DONUT know how much we appreciate you! (私達がどんなに感謝してるかあなたは知らない)というフレーズが添えられたカードを開いてみると、部下たちが寄せ書きのように私への感謝の気持ちを書き連ねています。

「え?これ何?どういうこと?」

三週間前、私の誕生祝にとカードをくれた四人の女性たち。ほぼ間を置かずに二通目?何かの間違いか?と訝る私に、カンチーが、

「火曜日はボスの日だったんですよ。」

と笑います。そう、これは60年ほど前に始まった記念日らしく、今のところアメリカ国内だけみたい。シャノン、ティファニー、カンチー、そしてテイラーが、「あなたのチームに所属出来てラッキーだ」とか「今までで最高の上司よ!」「いつも私達をしっかり支えてくれて有難う」とか書いてくれてます。

おいおい女子たち、おべんちゃらでも嬉しいぞ!


6 件のコメント:

  1. 400人以上の組織でフラットな構成、しかもモチベーションを高く保っているってのは、相当な事だねぇ。エリック氏の様な尋常でないカリスマが、グイグイ引っ張って部下たちもその号令にグッと勢いを合わせる状況じゃないと、とても実現できない状況だね。
    オイラ的には余計だった中間管理職の人たちがその後どうなったのか気になるね。降格して皆と一緒のフラットなポジションに戻ったのかなぁ・・・

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  2. 首切りをしたわけではなく、各社員がそもそも得意としている分野に集中してもらい、マネジメントに割く時間を極力減らした、ということみたい。立派な肩書きよりも業績に応じて受け取るボーナスの方が励みに繋がるし、会社全体の稼働率も上がる、と…。彼の会社は離職率が極端に低いらしい。そんなことがホントに可能なのかね、と疑う人も、エリックと5分話せば納得するだろうね。

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  3. 世の中にはスゴい人がいるんだなという例として、今回のドラフトNo.1人気だった大阪桐蔭の根尾昴。夏の甲子園で優勝に導いた実績、両親は医者で本人も成績はオール5、中学自生の時にスキーの全国大会で優勝・・・・
     http://www.procrasist.com/entry/neo-akira

    スーパーマンっているんだなぁ。。。なんか性格もスゴくイイらしくて、こういう人がカリスマと呼ばれる人になるのかねぇ。

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    1. カタカナ表記だと、芸人ぽいのにね。高校入学時、先輩からも「根尾さん」と呼ばれたとか。早々にプロを引退して、職業「旅人」とかになるかも。

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  4. カタカナ表記の彼の名前、オイラには大友克洋の新作SF漫画のイメージが強いゾ

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