月曜の朝、ボスのテリーがやって来て私を小会議室に招き入れました。
「あなたには早く知らせておいた方がいいと思って。マイクがね、今週一杯ってことになったの。」
テリーの後任争いに参戦したマイクがセシリアに敗れたという話を、先週聞いたばかりでした。そんな彼が今週は、リストラ対象になっているというのです。今月から我々の所属する環境部門が地域支社を離れ北米全体で統合されることになったため、いくつか重複ポジションが発生した。それを補正するための人事決定で、今回サンディエゴ・オフィスで切られる四人にマイクが含まれているのだと。
「あれだけの優秀な人材でしょ。手放すのは惜しいってことで、他の部署が彼のためのポジションを探してくれたんだけど、どうしても空きが見つからなかったのよ。彼、このまま職場には顔を出さず静かに去るって言うの。金曜日に彼のデスク周辺の私物を箱に詰めて自宅に送ることになったから、カードとか書きたかったら木曜までに渡してくれる?」
翌日、チームの皆でマイク宛てのカードにこれまでの感謝の気持ちを寄せ書きし、テリーに託したのでした。
木曜の朝、環境部門の南カリフォルニア地区を統括することになったジェームスとミーティングがありました。ジェームスは、セシリアの上司になる人物。つまり私の新しい大ボスです。
「そっちはどうです?」
と尋ねると、
「組織再編成の余波で荒れてるよ。未決定事項がまだまだあって、ひとつひとつ片付けてる最中だ。その過程で気の重い決断をいくつもしなきゃいけないしね。」
私が二、三質問した時、
「いや、それもまだどうなるか分からない。」
と何度かいなした後、こう言いました。
“We should let the dust settle.”
「ホコリがおさまるのを待とう。」
これは良く聞く慣用句です。ドタバタと混乱している様を「ホコリがたつ」というイメージに置き換え、「ホコリがおさまる」という言葉で「混乱が終焉する」ことを表現しているのですね。
“We should let the dust settle.”
「混乱がおさまるのを待とう。」
ホコリが宙に舞っている間に部屋の片付けや掃除をしても、どうせまたやり直さなければならなくなる、だから今はちょっと静観しようということでしょう。
この後同僚クリスティと打合せした際、この話を持ち出しました。
「あのマイクを切るなんて本当にショックよね。確かに今は、ものすごくホコリっぽい状況だと思う。」
としんみりコメントした彼女。それから急に微笑んで、
「あちゅん!」
と可愛くクシャミの真似をしてみせたのでした。
さて、そのマイクとの戦いに勝利して見事テリーの後釜におさまったセシリアですが、ある時私の席にやって来て、十分だけ話せる?と囁きました。会議机のコーナーで斜めに向き合って二人腰かけると、無理して作ったような固い笑顔で彼女がこう切り出したのです。
「今、一生懸命勇気を振り絞ってるの。」
何か言いにくいことを話そうとしているのだな、と瞬時に分かるほど真剣な眼差し。ひとつ大きく息を吸ってから、彼女がようやく絞り出した言葉が、これ。
「テリーから言われたの。リーダーとしての私の資質に、シンスケが厳しい視点を持ってるって。」
これにはさすがにギクリとさせられました。ええ~っ?テリー、それをセシリア本人にバラしちゃったのか?いくらなんでもそれはルール違反だろ!
実はテリーの後任にマイクを推薦した際、彼女から「セシリアも立候補しているんだけどどう思う?」と尋ねられ、「人徳という点ではマイクに及ばない。優秀な者にありがちなことだが、セシリアは周囲に自分の考えを押し付けるところがある。彼女が話し出すと周りがビビッて意見を言えなくなる。大きな組織を動かす時、これはアキレス腱になり得る。」というようなコメントをしたのです。本人には内緒でね、と釘を刺したわけではないけど、当然ここは内内の話に留めようという暗黙の了解を前提とした発言だったのです。前々からあけすけな人だとは思ってたけど、まさかこんな批判的なコメントをセシリア本人に伝えちゃうとは予想もしていませんでした。テリーのこの手ひどい裏切りにちょっぴり傷つきながら、セシリアからの二の矢を待つ私。
「人の意見に耳を傾けないのが自分の欠点だということは、重々承知してるの。家族からも時々指摘されてるし。こないだ三日間のリーダーシップ・トレーニングに参加した時も、そこが弱みとして浮き上がってたのよ。私、それをどうしても克服したいの。だからシンスケ、あなたにAccountability Partner(アカウンタビリティ・パートナー)になって欲しいのよ。」
意識を集中して人の発言を聞いているか。強い口調で相手をねじ伏せようとしていないか。会議で同席した際などに、それを観察していて欲しい、問題に気付いたらその場で合図を送るか、後で正直に指摘して欲しい。それによって自分はネガティブな振る舞いを修正していけるのだ、と。
「テリーが、その役をあなたに頼むといいって勧めてくれたの。お願い出来ないかしら?」
なるほど…。テリーは「シンスケがあなたの陰口を叩いてたわよ」と告げ口したわけではなく、もっと前向きな改善策を考えていたのですね。ホコリがおさまるのをじっと待つのではなく、「おさめる工夫」をする…。セシリアの依頼を二つ返事で引き受けつつ、テリーの器の大きさにあらためて驚嘆していた私。そして正直に弱みをさらけ出しサポートを求めて来たセシリアの勇気にも、しみじみと感動を覚えていたのでした。