2018年9月23日日曜日

Stir up a hornets’ nest 大騒動を巻き起こす


オフィスのエレベーターでバッタリ18年ぶりの再会を果たして以来、級友フィルとの月一ランチが恒例になっています。今週木曜日も、ビル一階のロビーで待ち合わせ、駅前のタイ料理屋Aaharnまで歩きます。近況報告を交わすうち、社員解雇についての話題になりました。

フィルの直属の部下に一人問題児がいて、やることなすこといちいち他の社員を苛立たせている。職場の士気低下は深刻で、たまりかねたフィルの上司がある日、

「即刻あの女をクビにしなさい!」

と迫って来たのだそうです。カリフォルニア州法は被雇用者擁護の色合いが強く、どんなに勤務態度が悪くてもなかなかクビには出来ないし、するとなれば法廷で楽々勝てるくらい強力な証拠を積み上げる必要がある。フィルは上司に再考を促したのですが、頑として聞きません。仕方なくクビを言い渡したところ、この部下がぶち切れたというのです。フィルがこの時、

「ストゥードゥアップ・ア・ホーネッツネスト」

と言ったように聞こえました。え?何て言ったの?と聞き返すと、彼がゆっくり言い直してくれました。

“She stired up a hornets’ nest.”
「彼女がホーネットの巣をStirしたんだ。」

ミルクティーなどをスプーンで混ぜる行為をStirと言うので、Stir Upで「かき回す」となりますね。ホーネットとは、攻撃性でも毒性でも昆虫界のトップクラスに君臨する「スズメバチ」のこと。彼等の巣なんて近づくだけでも危険なのに、これをかき回す、というのです。

“She stired up a hornets’ nest.”
「彼女がスズメバチの巣を引っ掻き回したんだ。」

つまり、大騒動を巻き起こしたってことだよ、と笑うフィル。

「あれから二週間経ってるのに、まだ毎日出勤してるんだ。そしたら遂に僕の上司の方が、辞めるって言い出しちゃってさ。もう何が何やらって感じだよ。」

日本語にも「蜂の巣をつついたような大騒ぎ」という言い回しがあるけど、これまでずっと、外からの刺激に反応したハチの大群がパニック状態で飛び回っている状況を頭に描いていました。イメージはミツバチ。ブンブン羽音を立ててはいるけど、特に脅威は感じない。だって大騒ぎになってるのはハチたちの方なので。しかしこれをスズメバチと置き換えると、状況が一変します。巣をつついた途端、パニックに陥るのは人間。大勢の人達が命の危険を感じ、大慌てで逃げ惑う図になるのですね。

ランチ後、フィルと握手して職場に戻り、向かいの席のシャノンにさっそくこのフレーズの使い方を尋ねてみました。

「イメージは湧くんだけど、一体どんな場面で使える慣用句なのか分からないんだよね。だって普通、誰もスズメバチの巣を引っ掻き回そうとは思わないでしょ。」

「確かにそうね、騒動を起こした本人も刺されるんだしね。」

首を傾げるシャノン。

「でしょでしょ。自分も痛い思いをするのが分かっててそんな愚かな行動に出る人なんているかな?そう考えるとこのイディオム、イマイチピンと来ないんだよね。成立する状況が思いつかないよ。」

「そうねえ。う~ん…。」

シャノンが考え込んでしまったので、ここで追及を諦めた私。

金曜の昼、同僚ディックとバーガーラウンジへ。またも社員解雇の話題になりました。そしてフィルとの会話を再現し、「スズメバチの巣を引っ掻き回す」イディオムも持ち出しました。

「デイヴィッドって憶えてるかな。」

苦笑いしながら回顧を始めるディック。デイヴィッドというのは、かつて彼の下で働いていたデザイナー。

「当時の若いチームメンバーが、大学の同期でスゴイ奴がいるから、と紹介して来たんだ。うちのグループはちょうど人手が足りなくてアップアップだったから、大急ぎで面接をセットしたんだな。」

競合他社で活躍していた、若きホープ。年齢の割に実績を重ねていて、能力的には申し分なかったそうです。

「ところが、いざインタビューを始めてみて度肝を抜かれたんだ。」

デイヴィッドは片脚を直角に曲げてもう一方の腿に乗せ、のけぞるように深く腰かけます。更に腕組みをして顎を突き出し、まるで上から見下ろすような姿勢を終始崩さなかったのだそうです。

「最後に何か質問があるかと聞いたら、自分をトレーニング出来る人材はいるか、と来た。まるで、お前じゃあ上司として役不足だと言わんばかりにね。」

今となれば、どうしてそんな男を採用したのか自分でも分からない、とディック。

「言うまでも無く、奴は来る日も来る日もスズメバチの巣を引っ掻き回したよ。誰も奴と一緒に働きたがらないし、俺んとこには毎日苦情が殺到だ。誰かを採用する時は能力よりまず人柄だという、至極当然な教訓をあらためて学ばせてもらったよ。」

ここで私は、引っかかっていたイディオム絡みの質問をします。

「スズメバチの巣をつついたりすれば自分も痛い思いをするのが分かっててそんな行動に出る人なんているかなあって不思議だったんだよね。このイディオム、今のケースで成立するの?」

するとディックが、ケラケラと笑います。

「いやいや、苦情を言いに来た中にはデイヴィッドも入ってたんだよ。自分がスズメバチの巣を突っついているという自覚が、奴には全く無いんだ。刺された刺された、痛い痛いって文句言いに来るんだな。まるで一番の被害者みたいにね。」

なるほど。これで合点が行きました。騒ぎを起こしている張本人は、いわば手足をブンブン振り回しながら自己流のダンスに没頭するナルシスト。隣のダンサーの顔に拳が当たろうが、スズメバチの巣を思い切り蹴り飛ばそうが、気付きもしない。自分が毒針に刺されてようやく異変を感じるものの、俺がなんでこんな目にあうんだよ!とキレるだけなのですね。こういう人材には、いくらチームプレーの大切さを説いたところで治らない。とにかく一刻も早く排除するしか無いのだ、ということで話がまとまりました。

そんなわけでこのイディオム、立派に成立します。

4 件のコメント:

  1. 何故かオイラはこの類の輩と同じ職場になることが多いので、記事の前半から「ああ、この人は鈍感力がわ(悪い意味で)スゴいんだな」と思っていた。大人の対応としては、この手のヤツらは知らん顔して放っておくのが上策なんだろうケド、オイラはついつい相手になってしまって、蜂の一匹になってしまうのだね、悲しいケド。。。
    フィルの上司のその後の対応がとても気になるネ。

    関係ないけど「ホーネット・ネスト」って字面だけ見たら「アーネスト・ホースト」を連想しない?(笑

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    1. 「ミスター・パーフェクト」に下手にちょっかい出したら、必殺の右ハイが飛んで来るからね。彼に対抗出来るのは、「ザ・ビースト」くらいでしょう。ちょっと古いか…。

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  2. ホーネストではないが、2005年大晦日のDynamate!のリングで、当時Zero-Oneのリングに上がっていたザ・プレデターというプロレスラーがレミー・ボンヤスキーのハイキックを2回も受けたのに倒れなかったというのが、当時のプロレスマニア達の心を大いに揺さぶったということがあったゾ
    http://powderblue484.blog40.fc2.com/blog-entry-112.html

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  3. いや、この試合はぼんやり憶えてるぞ。なんでこの人倒れないんだろうって、すごい不思議だった。プロレスラーは本当は強いんです!って言ってるようだったね。

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