20歳の大坂なおみがテニス全米オープンで日本人初優勝!というニュースをネットで読んでいたら、どうやらこれは手放しで喜べないタイプの勝利だったことが分かりました。準優勝のセリーナ・ウィリアムスは、第二セット第二ゲームで客席のコーチからハンド・ジェスチャーのサインを受け取ったという理由で主審ラモス氏から警告を受けます。「そんなずるを私がするわけないでしょ」と抗議した後のゲームで、ラケットをコートに叩きつけ破壊し、罰として一ポイントを失います。これに対し「どろぼう」「男子の試合だったらこのくらい良くあることじゃない」「女だから差別してるんでしょ」「謝りなさいよ」と激しく抗議を続けた結果、さらにペナルティで一ゲームをまるまる奪われたのです。このドタバタで大坂なおみのグランドスラム初制覇にケチがつき、後味の悪い表彰式になりました。
テニスの試合に限らず、レフリーの判断を不服として抗議し、それに対する応答で更に感情が高ぶって、どんどん修羅場へ転じて行く場面に時々出くわします。それまでスムーズに事が進んでいたにもかかわらず、ちょっとしたきっかけで全てが急坂を転げ落ちるように悪化して行く…。セリーナ・ウィリアムスもこういうことは過去に何度も経験しており、積もり積もった不満が遂に爆発した、という話だったようです。
世界のトップ・プレーヤーとはいえ感情を持つ人間だし、大舞台に臨むため限界ギリギリまで身を削って来ているのだから、不当な扱いに対してカッとなるのは仕方ない。しかし、怒りをぶちまけることが結果的に自分の首を絞めることになる可能性を頭に置いておけば、こんな残念な結末は避けられたかもしれない、と思う私でした。「試合を観に来てくれた皆さんに感謝します」とインタビューに応えた大坂なおみの控え目な態度は、極めて日本的で好感が持てました。それまで調子良くブーイングを続けていた観客が、まるでセリーナと一緒に理性を失ってしまったことに気付き恥じ入るかのように、大きな拍手で祝福したのも頷けます。
それにしても主審のラモス氏、あの緊迫した場面でよく淡々と仕事を続けたなあ、としばらく感心していたのですが、よくよく考えればそもそも審判というのは最終決定権を持たされているわけで、そんな相手にいくら盾突いたところで都合の良い展開になんかなるわけがない。余計重いペナルティーを与えられるのが関の山なのですね。文句があるなら試合にきっちり勝った後、あらためて正式に抗議するべきだったな、と思いました。
さて先週水曜日、元ボスのエドの誕生日を祝うバースデー・ランチ会がありました。リトル・イタリーに最近開店したフード・コートのオープン・テラス。マリア、リチャード、エドと四人、パラソルの下のテーブルを陣取ります。お互いの近況報告を交わすうち、マリアが南米のあるプロジェクトで起きた一件を持ち出しました。その中で、彼女が使った「変バスケ」と聞こえるフレーズが耳に残ります。これ、過去に何度も聞いた表現。今何て言ったの?もう一回お願い、と頼むと、彼女がゆっくりとこう繰り返しました。
“It went to hell in a handbasket”
「ハンド・バスケットの中の地獄へ行ったの。」
変バスケと聞こえたのは、ハンド・バスケット(手提げ籠)だったのですね。でも、これってどういう意味だ?
「急速に事態が悪化して行った、ということよ。」
とマリア。
「ヘル(地獄)は分かるけど、何でここで手提げバスケットが出て来るの?」
と私。三人とも顔を見合わせ、首を横に振って「知らない」と言います。
「ヘルとハンドの最初のHで韻を踏みたかったんじゃないかな。」
というエドのあてずっぽうな説明で、この会話は急速に締めくくられたのでした。後日、物知りの同僚ビルに会った際にも尋ねてみたのですが、語源は知らないなあ、とのこと。
「とにかく何もかもがぐっちゃぐちゃになることだよ。」
そこで私は、
「実はちょっとネットを調べてみたんだけど、割と信憑性の高そうな解説を発見したんだ。」
と調査結果をひもときます。
かつてフランスでは犯罪者への極刑としてギロチンを使用していた。断頭台の足元には手提げバスケットが備えられており、切断された頭部がこの中へ転がり落ちる仕組みになっていた。「手提げバスケットの中の地獄へ行く」というのは文字通り、事態が急速に悪化して手の施しようも無くなることを意味する、と。
「なるほど。それは納得出来る説だなあ。」
と感心するビル。そこで私は、これをチャンスと見て追加質問に移ります。
「あのさ、こないだ実際あった事件にこのフレーズが使えるかどうか、教えてくれる?」
先週土曜日、息子の高校の水球チームが、二週間前に一度僅差で敗れている高校と再び対戦しました。スタートから相手チームが一点をリードし、追いつくとすぐ離される、という緊迫したゲーム展開。選手だけでなく客席の親たちもじわじわヒートアップし、相手チームのラフプレーを見ると一斉に野次り倒す、という理性を失った集団に変貌して行きます。やや敵チームに甘く感じられる主審の度々の誤診(?)に、立ち上がってブーイングする親たち。最終クオーター後半でようやく一点リードし、あと43秒間逃げ切れば勝利、という場面。ここで息子のチームのコーチ、ジョーダンが主審と口論になり、イエローカードを食らいます。それまでにも何度か小競り合いがあり、既に我慢の限界に達していた様子のジョーダン。とうとうこの警告にブチ切れ、何かいけないことを口走ります。これに対し、主審が躊躇なくレッドカードを差し出し、退場を命じます。コーチ不在では試合が続行できません。絶体絶命です。するとあろうことか、
“We forfeit!”
「没収試合だ!」
とジョーダンが叫んだのです。勝利を目前にしていた選手たちは一斉に激昂し、プールの中から猛然と抗議しますが、主審はこの申請を受け入れ、全選手にプールから引き上げるよう命じます。相手チームは降って湧いた勝利に歓び、何人かは笑顔でガッツポーズを取りました。
「ああ、それはまさしくIt went to
hell in a handbasketな場面だよ。」
とビル。
「有難う。これでこのイディオムの使用法が会得出来たよ。」
と私。
ちなみにこのドタバタの後、キャプテンの二コラが機転を利かせ、選手の一人のお父さん(ライフガードの仕事をしている)に新任コーチとして客席から選手席へ移動してもらいます。そして相手チームのコーチから試合続行の同意を取り付け、無事ゲームが再開。そして終了のホイッスルまで何とか一点差をキープし、首の皮一枚で勝利をもぎとったのでした。両手で水面を叩き大きな水しぶきを上げ、歓喜に湧くチーム一同。プールサイドで円陣を組み、おきまりの掛け声で勝利を祝います。この間、何十メートルも離れたところで、コーチ・ジョーダンはぽつんと一人で立っていたのでした。
このケースでも振り返ってみれば、審判は終始冷静でした。頭に血が上ったコーチが、勝手に事態をどんどん悪化させていっただけ。たとえ下された裁定に不満があっても激することなく慎重に対処していれば、こんな面目丸つぶれな展開にはならなかったことでしょう。
さて話は変わり、今週月曜の夕方四時半。部下のアンドリューを会議室に呼び出し、大机の向かい側に座らせます。私はボスのテリーと横並び。机上のスピーカーフォンの赤いライトが灯っていることに気付いたアンドリューが、何かを察知して不審な表情を浮かべます。あら散髪行ったのね、いいじゃない、と笑顔で前置きした後、
「残念ながら、今日をもって貴方のポジションは消失します。」
と切り出すテリー。瞬時に顔を紅潮させ、その場に固まるアンドリュー。人事のシャリーンが電話の向こうから、早口に事務手続きの説明をします。唇をきつく引き結んだまま、微動だにせず机の一点を見つめるアンドリュー。
ここに至るまで、本当に色々ありました。発端は、恐らく彼が良かれと思って取った独断行動。しかしこれを私に指摘され、逆上した彼の選んだ道は、チームにとって受け入れ難いものでした。事態は思わぬ勢いで悪化して行き、何とか修復の道を探ろうとした私ですが、手遅れでした。自分で採用した部下の首を切るのは初めての経験で、毎日胃の痛くなるほどのストレスを抱えて来ました。人事と話した結果、引導を渡す役目はボスのテリーが担い、私は解雇宣告の後アンドリューからノートパソコンとオフィス入出用電子鍵(フォブ)を没収し、エレベーターまで付き添う役割を任されました。
当日は始業からずっと、隣で黙々と働く若者の身にあと数時間で訪れる悲劇を知りながら、それをおくびにも出さない自分を保ちました。まるで息を止めて海中深くからゆっくり浮上して行くような気分。海面に顔を出した時、どんな陰惨な光景が広がっているのかも分からずに…。
すべてが終わった後、嫌な役を買って出てくれたテリーにお礼を言いました。こんなことはもう何度も経験して来たであろう彼女、逆に私に労いの言葉をかけ微笑みます。この人ほんとすげえなあ、と感心しつつ、たった今起きたことを振り返ってみました。
アンドリューを部屋に迎え入れる15分前、会議室に入って来た彼女。急にきょろきょろし始め、コーナーの棚にあったティッシュの箱をつかんでテーブルの真ん中に置きます(彼が泣いた時のためですね)。それから人事のシャリーンと電話で話した後、あ、そうだ!と言って部屋を出て行き、間もなく戻って来たその手には、買い物に使う布製の赤い手提げバッグが握られていました。
「彼が私物を持って帰るのに使えるでしょ。」
う~ん、どこまで冷静なんだ、この人…。
Topの画像は何故ゆえに北斗晶?
返信削除厳正なジャッジとヤジにブレない毅然とした態度だったら、コレでしょ(笑
http://nipponnews.photoshelter.com/image/I0000jP8X6ZbnIu0
そっか、これ佐々木健介の奥さんだったんだ…。知らずに拝借しました。立ったままでこの高さからギロチンドロップを出せるなんて凄いなあ、と感心したので…。
返信削除あ、そっちの方だったのね。
返信削除ちなみにコレはギロチンではなく踵落としだね(笑 ギロチンドロップだったらこの画像の方がピッタリかも。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1063687760
そしてプロレスファンの間で伝説のギロチンといえば必ずコレが出てくる。
https://www.youtube.com/watch?v=jqcZD_C47W4
そ、…そうだったのか。素人には区別がつかんな。それにしてもブルさん、無茶したね。顔面血だらけで感極まって泣きじゃくる、というところだけ切り取ると感動なのかもしれないが、意識がとんでじゃってる相手にあんなことしちゃ駄目でしょ。下手すりゃ半身不随レベルの怪我になるよ。よい子は決して真似しないように、というテロップが必要だと思います。
削除しかし、キャプテン・ニコラの咄嗟の判断と行動力はスバらしいね、自分もプレーしてて興奮状態だっただろうに、とても高校生のなせる業とは思えない。。。
返信削除「いかなる時でも冷静沈着」オイラも見習わなくてはならないナ・・・瞬間湯沸かし器のオイラにはきっと無理だろうケド。
そっしてアンドリュー氏。以前の記事で採用までのいきさつをかなり読んだ気がするが、なんとも残念な結末を迎えてしまったのだね。一体何があったのか、、、興味津々の所だが、業務上の秘密保持とか色々あってココには書けないんだろうね。
追加です。
返信削除よくよく調べたら北斗晶じゃなくて「美闘陽子」という女子レスラーだった。コスチュームと金髪で思い込んでたワ
女子レスラーの名前までよく分かるねえ。御見それしました。アンドリューの一件は非常にドラマ性が高く、かつアメリカの雇用事情についての貴重な情報なのだが、さすがにここでは書けないのだな。年末年始に一時帰国した際など、チャンスがあったら詳しく話します。
返信削除