2020年7月3日金曜日

ツイてるねノッてるね


昨年末からほぼ毎週末、我が家のホーム・ドクター兼トレーナーである川尻先生のクリニックで、パーソナルトレーニングを受けています。最初は妻と二人で通っていたのですが、四月からはコロナ禍でコロラドから戻って来た息子も加わり、家族でエクササイズ。ソーシャル・ディスタンスを保ちつつ、コア(体幹)を中心にしたメニューで汗を流しています。そんなある日、川尻先生から「シンスケさんは今日は休んで下さい」と宣告されます。え?どして?と尋ねると、トレーニングが出来る体調では無い、働き過ぎで副交感神経が完全にオフっているので、今身体を追い込むのは得策でない、とのこと。私自身にはそこまでの自覚が無く、多少疲れてはいるけど運動したい、と意気込んでいたので正直驚きました。交感神経が暴走し、ハイパー状態が続いていたため、肉体が疲労困憊しているのを自覚出来ていなかったのですね。しかし、こうなった原因はよく理解していました。

隔週水曜の11時には、私の主催する定期プレゼンがあります。各支社で働くプロジェクト・コントロールのスペシャリスト達に向け、私の実体験をパワポ紙芝居に載せてストーリー形式で語るのです。大規模プロジェクトでのリアルな失敗談や、すんでのところで危機を回避したハラハラ・エピソードなどを紹介するため、まだ駆け出しの社員でもベテランでも楽しめるフォーマット。口コミで評判が広がったようで、回を追うごとに参加者が増え、登録数は遂に八十人超え。去年はサンディエゴの会議室で自分のチームメンバーのみを集めて喋っていたので、まるで自宅の居間に前座や二つ目連中を座らせて釈台を叩くベテラン講釈師みたいな気分でした。しかし年明けにマイクロソフト・ティームズを使って一般社員にも開放したところ、あっという間に拡散。気がつけば、出席者の七割は面識無し、という状況になっていました。最近はフィリピンの社員までメンバー入りしていて、「わざわざ海外から深夜に参加してくれるお客さんもいるんだ。みなさんの期待に応えるには、前回のクオリティを超え続けなければ!」と、平日の夜と週末をほとんど費やし「産みの苦しみ」に身悶えする日々。二週に一本のペースで新作をおろし続けるなんて、そもそもだいぶ無茶な企画です。なんでこんなことになるまで自分を追い込んじゃったんだろう、と悔やむ一方、開演五分前からパソコン画面に参加者の顔がじゃんじゃん現れ始めると、「さあショーの始まりだ!」と興奮に身体が震えます。これ、アドレナリン・ジャンキーの症状だな…。

ところが先週、とうとう恐れていた瞬間がやって来ました。

「やばい、もう何も浮かばない。ゼロだ。完全にネタ切れだ…。」

私のプレゼンの構成は、最初の三分に「つかみ」のセーフティー・モーメント(安全行動を喚起するエピソード)があり、これに関連したテーマのストーリーを二十分程度語る、というもの。例えば、「自分自身の体調を正しく判断するのは難しい。交感神経が異常に興奮した状態だと自分は元気だと思い込みがちだが、実は身体が疲れ切ってることがあり、こういう時のエクササイズは危険である。」というエピソードを紹介した後、EVM(アーンド・バリュー・マネジメント)における「進捗状況の客観的評価」は意外に難しいのだが、「難しい」ということを理解しておくことこそが鍵なのだ、というメッセージを核にした実体験を語って伏線を回収する、という具合。そんな余計なルールをスタート時から自分に課してしまったばっかりに、毎回この重い枷に苦しむことになっているのですが、もう後戻りは出来ません。次回は「リスク・マネジメント」をテーマに一本作る予定にしていたのですが、つかみどころか本編すらも、全くアイディアが出てこない。これは遂に万事休すか…。

呆然と窓の外を見つめていた時ふと、昔YouTubeをブラウズしていたらテレビ番組「情熱大陸」が偶然現れ、それが作詞家松本隆の特集だったことを思い出しました。松田聖子の「赤いスイートピー」や太田裕美の「木綿のハンカチーフ」等、夥しい数のメガヒット作品を世に出してきた彼。ひょっとしたらその創作の秘密を学べるかもしれない、と再検索して鑑賞し始めたところ、稀代の天才作詞家は軽く微笑みながら、ボソボソとこんな話をするのでした。

「無理に作るとね、ろくなことないの。考えること自体不自然じゃん。」

「どうやって愛してるとか好きっていう言葉を使わないでそれを伝えることが出来るか。それが分かればさ、歌になるの。」

う~ん、素晴らしい。「何故知り合った日から半年過ぎても、あなたって手も握らない」なんてフレーズ、もう唸るほかないもんなあ…。

新たに何か吸収しようしようって、そういう感じで「本を読んだり映画を観たりする」ことはないか、と尋ねられ、

「それってもうね、不自然なことなの。何かのために何かするって不自然。たとえばネタを仕込むために本を読むとかさ。それやるとね、不自然だから。そういう不純な動機で得た知識っていうのはさ、不純な作品しか産まない。」

「書くのは早いの、僕ね。二時間くらいで書けちゃうんだけど、そこに、その世界に到達するまでに、長いと半年くらいかかるし、何書こうというんじゃなくて、何か星雲みたいなものがあってさ、もやもやっとしたものがあって、で、じっと見てるとそれが凝縮していって、で、段々クリアになってくるわけ。で、余計なものがこう取り除かれてって、で、残ったものを言葉にしてあげるって感じ。」

偉大な巨匠のこの仙人じみたトークを楽しんでいるうち、不思議に気分がスッキリして来ました。そうだ、創作ってのは、気合入れりゃ出来るってもんじゃないんだ。大体僕のプレゼンシリーズだって、誰かに頼まれて始めた企画じゃないんだし、いい作品が時間通りに出来なければその週はお休みにすればいいだけの話じゃないか…。久しぶりに肩の力が抜け、笑顔を取り戻したのでした。

さて、木曜の五時過ぎのこと。古いローファーをつっかけて庭へ出て、ベジタブル・ガーデンの様子をチェック。ネギもにんにくもセロリも、薩摩芋も順調だ。赤赤と熟れたミニトマトを左手に山積みにし、こぼれ落ちないよう注意深く歩いて戻ります。日差しはまだ肌を刺すように強く、随分日が長くなったなあと実感しながらダイニングルームの扉を開けると、妻が恨めしげに私の顔を凝視しています。え?何か気に障ることしたっけ?反射的に謝りそうになりますが、思い当たる節がない。彼女が無言のままゆっくりと視線を移動し始めたので、その先を目で追ったところ、キッチンの壁に掛かっていたはずの大型時計が姿を消しています。支える相手を失った小さな金色のフックだけが、きまり悪そうに居残っている。そして真下のカウンターテーブル上、「元」壁時計が三つくらいのパートに分かれて折り重なっていることに気づきました。え?なんで?僕が庭に出ている間に砕け落ちたのか?でも一体どうして?

妻が息子の名を呼び、ゆっくりと部屋から現れた彼に説明を要求します。きまり悪そうに笑いながら、18歳の息子がごめんなさいと侘びます。むすっとしたまま立つ妻の横で、彼が顛末を話し始めました。

筋力トレーニングに夢中な彼は、数ヶ月前に懸垂器具を購入しました。自分の部屋の扉の枠板にそれを引っ掛け、ぶら下がって懸垂するというもの。先程トレーニング中に突然板が剥落し、器具もろとも背中から床に落下。後頭部を護ろうと咄嗟に上体を捻ったところ、背後の棚の角におでこの上の生え際を強かに打ち付けた。この衝撃で、棚の裏に掛かっていた壁時計が落下した、というわけ。

「分かってると思うけど、いくらなんでも愚かすぎるだろ。」

と首を振る私。うん、分かってる、と頷く息子。彼の部屋の扉上の枠板は以前から撓みが確認されていて、このまま荷重をかけ続ければ近々崩壊点に達するだろう、ここでの懸垂は禁止だぞ、と常々警告していたのです。仕方なく客間の入り口を使用していたのですが、平日の日中は私の仕事部屋になっているため、いちいちノックしてからでないとドアを開けられない。これを不便に感じていた彼は、遂に自分の部屋を使い始めたのですね。「立入禁止区域に侵入した小学生が感電事故」みたいな、非常に低レベルな失敗。

「まあでも、大怪我にならなくて良かったな。」

という私の大甘コメントが癪に障ったのか、妻が、

「結婚十周年の記念で買った時計だったのよ!」

と緊張レベルをレッドゾーンに戻します。

「ごめんなさい。」

と再び謝る息子。

後で彼と二人になった時、そもそもどうしてそういうことになったのか、あらためて尋ねてみました。分別に欠ける年頃とはいえ、その脆弱さを十分理解していたはずの構造物に全体重を預けようと決めた心境が、私にはどうしても理解出来なかったのです。

「懸垂したいと思った瞬間には、もうあれセットしてたんだよね。」

テストステロン(男性ホルモン)のせいで理性的な判断力が吹っ飛んでしまったんじゃないかな、と息子。なるほど、ホルモンね。でもさ、首から落ちて致命的な怪我になっていたかもしれないんだよ、と私が言うと、ここ触ってみてよ、とこちらの右手をつかんで前頭部のコブを撫でさせ、少し笑ってから、

「これまでのトレーニングでコア(体幹)がしっかりしてたから、咄嗟に顎を引いて上体を回転することが出来たんだね。」

と何故かドヤ顔。おいおい、何でそこで得意気なんだよ?君のその愚かさのせいで、両親の結婚十周年記念の品が木っ端微塵になったんだぞ。

「あ、それはごめん。」

と再び恐縮するものの、どこまで反省しているのかは謎。つくづく思うのですが、彼のこの圧倒的な「自己肯定感」は、強みではあるものの手放しでは称賛出来ません。小さなことで落ち込んだり自分を卑下したりしない一方、知らぬ間に他人の感情を傷つけたり同じ失敗を繰り返したり、という危険と隣合わせなのです。

ここではたと気づく私。これって、大半のプロジェクトマネジャーに見られる傾向じゃないか?特に男性の…。大規模プロジェクトを任されて二つ返事で引き受けるなんて、冷静に考えれば正気の沙汰ではないのです。そもそもプロジェクトなんてものは不可知の危険が一杯で、失敗して責任を取らされる可能性をちょっとでも想像すれば、二の足を踏むのは当たり前。ところが自己肯定感の強い人間は、どんなリスクを突きつけられてもビビらないのですね。だからこそプロジェクトマネジャーにはそういうタイプが多く、実は愚かな失策を犯しやすいし、犯しても気づかない。そればかりか、自分は結構うまくやれてると思い込んだりする。

おお、次回のプレゼンの骨組みが見つかったじゃないか!無理して考えず自然に過ごしてたら、勝手にあっちから現れた…。やったぞ。ついてるな、ノッてきたぞ。松本先生有難う!

2020年5月16日土曜日

Stir-Crazy スター・クレイジー


カリフォルニア州の外出禁止令が出てから約二ヶ月。この二週間はほぼ毎日、チーム・メンバーひとりひとりと電話面談をしています。会社の会計年度が十月始まりで、四月には上半期のパフォーマンス評価をすることになっていたのですが、このゴタゴタで一ヶ月延びた、というわけ。14名の部下のうち七名は二月に移籍して来た新メンバーであるため、彼女たちが去年設定したゴール自体を見直さなければならない。軽いチェックで済ますわけにはいかず、それぞれ一時間かけてじっくり会話したのでした。その前後に受けた近況報告の内容は、実に十人十色。

オレンジ支社のヴァージニアは、幼い二人の子どもたちを自宅で世話しながら働くことの困難さを日々痛感しており、体力的にも精神的にも限界ギリギリだと言います。一方三年目の独身テイラーは、通勤が無くなった分エクササイズに割ける時間が増え、前より健康になったと嬉しそうに話します。ロス支社のベテラン社員カーラは、自宅アパートの椅子が仕事に適した高さに調整出来ず、脚が腫れて来たと言います。更にネットワーク・スピードの遅さで仕事が通常の倍近くかかるようになり、目が疲れて頭痛がひどい。一日も早くオフィスに戻りたい、と。サンタマリア支社のデボラはお孫さんもいる年齢で、一度引退してから復帰したベテラン社員。アパートで一人暮らしをしています。調子はどう?と尋ねると、

“I’m getting stir-crazy!”
「スター・クレイジーになって来たわよ!」

と笑います。一瞬、何と言ったのか聞き取れず、復唱してもらいました。

「え?知らない?ずっと部屋に籠もってるからもうたまらないのよ。」

「でも何でStir なの?」

「あら、なんでかしら?子供の頃から聞き慣れてる表現だから、深く考えずに使ってたわ。」

Stirは鍋などを「かき混ぜる」という意味なので、何かそこに鍵があるのかな、と最初は思ったのですが、どうも腑に落ちません。後であらためて調査してみたところ、あるサイトに、「そもそもStir Prison(監獄)の俗語だった」とありました。だとすれば納得です。長期間収監された人が味わう狂気というのは今の我々の置かれた状況にぴったりだから。

19世紀のロンドンにNewgateという悪名高い監獄があり、このニックネームがStartだった。これがなまってStirになり、一般に監獄を指すようになった。この言葉が20世紀にアメリカへ渡り、囚人が発狂する様をStir-crazyと表現するようになった…。な~るほど。「早く娑婆の空気が吸いてえ!」という決まり文句が示すように、閉鎖空間で長期間過ごす人たちが味わう息苦しさを表すフレーズなのですね。

というわけで、デボラが言いたかったのはこういうことでしょう。

“I’m getting stir-crazy!”
「外に出たくて頭おかしくなりそうよ!」

一人暮らしで二ヶ月は確かにキツイだろうな、と同情しました。ただでさえ話好きなデボラは、サンタマリア支社で働く社員たちと毎日お喋りを楽しんでいたそうで、さすがにこの状況下でそんなことは出来ません。私は幸運にも妻子と毎日会話しているし、そこそこスキンシップも図れるため、デボラほどのイライラは感じずにいられます。とは言え、業務上のコミュニケーション効率の悪さ、ネット会議での微妙なタイムラグによる意図せぬ発言の衝突と気まずい譲り合い、ネットスピードの遅さによる待ち時間の増大など、心身の平安を揺るがす要因は無数にあります。「通勤」という切り替え装置の不在は勤務時間の増大を許し、何も対策を打たなければ肉体も精神もじわじわと蝕まれて行く。そこで私は、一月前からルーティンの微調整を始めました。

十分を超える長い休憩を仕事の合間にちょこちょこ取り、裏庭で植物の手入れをすること。毎日夕方に、心拍数をドカンと上げる運動をすること。就寝前に熱いシャワーや足湯で体を温め、じっくりストレッチしてからベッド入りし、快眠に取り組むこと(めちゃくちゃジジイっぽいですが)。これら全てを実施した上で、更に力を入れているのが呼吸法です。交感神経と副交感神経のバランスを整えるために、我々に出来る唯一の手段は呼吸を制御すること(我が家のホームドクター川尻先生の教え)。これをやってみて、そのパワーにあらためて驚嘆している私。

大学時代は合気道部で、稽古前に必ず呼吸法の練習をしていました。全部員が目をつぶって横一列で畳に正座し、主将が「呼吸法、始め!」と叫んで拍子木を打つ。息を15秒吐き続ける、拍子木カーン、息を15秒吸い続ける、拍子木カーン!これの繰り返し。ただただ自分の呼吸に意識を向けること数分間。気がつくと、何とも表現し難い不思議な場所にワープしているのです。明るくて暖かくて、とにかく静かな世界。「やめ!」の合図でゆっくり立ち上がる時には、まるでコンピュータのメモリが全消去され、デスクトップはスッキリ片付き、デフラグも終了してどんな作業でもサクサクこなせるような気分になっているのです。まさに「生まれ変わったような」体験。Stir-crazyになりそうな時は呼吸法で乗り越える。これしかない。何十年もの時を経て、その効用に唸らされるのでした。

さて、自宅で遠隔授業を受けている18歳の息子。ここのところしつこく、ねえ、「鬼滅の刃」読んでよ、と迫ってきます。今まで見た漫画で一番すごいんだよ。パパとじっくり感想を語り合いたいんだ、と。う~ん、漫画は好きな方だけど、さすがに現代少年漫画の話題で盛り上がるのはキツイ年齢になってんだよな…。

「鬼滅の刃(きめつのやいば)」とは、少年ジャンプ連載のメガヒット漫画で、アニメ化された際のアートワークがあまりにも素晴らしくて一気にバズった、という作品。舞台は大正時代。家族の命が無残に奪われ、妹も鬼に変えられてしまった主人公の少年炭治郎が、厳しい試練に耐えながら強くなっていき、恐ろしい鬼たちを倒して行くお話。ストーリーの中で肝となるのが「呼吸法」で、これをマスターしないと強くなれない。炭治郎が幼い頃、体が弱く普段は病の床についていた父親が雪の中、呼吸法を使って完璧な舞を長時間踊るシーンは圧巻です。「正しい呼吸を出来るようになれば炭治郎も舞えるよ。」というメッセージは、うちの愚息の心に焼き付いたみたい。

「炭治郎の頑張りに励まされたお陰で、吐きそうなほどキツイ水泳部の練習にも耐え抜けたんだよ。」と、架空の人物への感謝を真顔で口にする息子。呼吸法の凄さを説いたことがある私と炭治郎の父とを重ねているのか、この漫画はきっとパパも夢中になるはずだよ、と鼻息を荒くします。

その息子ですが、最近は私の姿を見るとエア大刀を闇雲に振り回して斬りかかって来て、やめろと突き放してもなかなか止めず、最後は首を撥ねる真似までするので非常に邪魔くさいです。毎日何時間も泳ぎこんでいた若者が突然二ヶ月も家に閉じ込められればStir Crazyになるのも当然ですが、実に鬱陶しい。かくなる上は呼吸法を完全にマスターし、ヤツの攻撃を華麗にかわして格の違いを見せつけるしかないな。そうほくそ笑む、初老のオヤジでした。

2020年5月9日土曜日

Exemplary human being 理想の人間像


コロナウィルスの影響で早々にコロラドから里帰りした18歳の息子は、自分の部屋で毎日オンラインクラスに参加しています。彼の大学はブロック制というシステムを採用していて、各三週間半のブロックを一年間に8コマ履修します。ブロック中は一教科のみを徹底的に学ぶので、マルチタスクの苦手な彼にはうってつけ。去年はアジア戦国史とラテン語にはまり、先月は哲学、今月は動物学、と様々な分野を楽しく学んでいる様子。

彼の大学選びの初期段階から、我が家は一貫して「リベラルアーツ・カレッジ推し」でした。「学び方を学ぶ」基本理念がいたく気に入ったので。専門分野を決める前に強固な土台を作っておけば、いつでも柔軟に方向修正が出来る。生涯通して学び続けることの出来る人間は、時代の急激な変化に遭っても慌てず怯まず、しなやかに、そしてにこやかに生きていける。

昨夜、腰にバスタオルを巻いてシャワールームから出てきた彼が、水泳で鍛えた逞しい上半身を見せびらかしつつ、こんなことを言いました。

「僕さ、将来子供が沢山出来たら、その子達が興味を持った分野についてはひとつ残らず、ちゃんと話が出来るような親になりたいんだ。たとえば木工細工やりたいって言い出したら、うまく作れるコツをさっと伝授したりね。新しいゲームの話をされても、ああもうそれやってみたよ、面白かったよ、一緒に遊ぼうか、とかさ。」

身体能力が高く、適度におしゃれでユーモアセンスもあり、愉快な仲間に囲まれ、人文系も理数系もバランス良く修めていて、オタク系の趣味もそこそこ楽しみ、さらに四ヶ国語くらいベラベラなのがいいな、と常々自分の将来像を語る若者。そりゃ楽しそうじゃないか。是非そうなってくれよ、と励ます私。

どんなに世の中が混沌としていてもお気楽に理想を語る、この「突き抜けた」楽観性。至らない点は多々あるものの、父親としてはひとまず安心なのでした(ちなみに私の理想は「高田純次のようなオヤジ」なのですが、これは妻から頗る評判が悪く、あまり言わないようにしています)。

話はさかのぼって、カリフォルニア州知事が外出禁止令を発令する前の週の水曜日。一階上で働く同僚リチャードが廊下の向こうから現れ、ゆっくりと近づいて来ました。ちょうど電話中だったので、「後でこっちから出向くから」と手でサインを出し、数分後に彼の席を訪ねます。

「実はさ、この会社とも今週でおさらばなんだ。」

周りの人にはギリギリ届かないけど、耳をそばだてたくなるほどあからさまな内緒話とも取れない、絶妙なトーンで打ち明けるリチャード。

「詳しい事情はいつかあらためて話すけど、金曜までここで働いて、それでおしまい。」

「ちょっと待ってよ、随分突然じゃないか。こんな簡単な会話でバイバイってのは駄目でしょ。送別会代わりにランチくらい行こうぜ。」

そんなわけで金曜の昼、二人で近くのレストランへ出かけました。席に着くや否や、退職を決意するまでの顛末を尋ねます。

彼が深く関わっていた上水道プロジェクトのPMは非常に攻撃的な性格で、クライアントとの喧嘩も辞さないところがある。過去に何度か衝突があり、その度にリチャードは上層部へ忠告を送っていた。しかし彼らは全く動こうとしない。このままだとプロジェクト半ばにして契約破棄されちゃいますよ、と文書で警告もしてみたが、やはり何も変わらない。そうこうしているうち遂にクライアントのPMがブチギれ、予想通り契約は打ち切り。リチャードの仕事は当然ごっそり減り、てんやわんやの忙しさから一転、低稼働率社員の仲間入り。この状況が続けばレイオフは時間の問題だ、さあどうしよう、と悩み始めた時、かつての同僚ジャックが声をかけてくれた。

「ジャックは自分が転職してから、一貫して気にかけてくれてたんだ。今よりもずっと良い条件で引き抜いてくれるって言うんだよね。」

「それを聞いて安心したよ。本当に良かった。ジャックのとこなら安心じゃない!」

「有難う。長年働いた会社をこういう形で去るのは、正直ちょっと残念だけどね。」

「そうだね。でも統廃合の連続で社員数が爆発的に増えて、オフィスの雰囲気は随分変わっちゃったでしょ。古くからの仲間だってもうほとんど残ってないし。今回のことは実はラッキーだったって思える日がいつか来るんじゃないかな。」

十五年前、まだよちよち歩きだったうちの息子をオフィスへ連れて行った時、仕事の手を休めて長いこと遊んでくれたっけ。他の独身男性社員たちとダウンタウンへ繰り出す度に、妻子持ちの僕も構わず誘ってくれたな。こんないい奴が長年尽くした会社で最後の日を迎えてるっていうのに、送別会を企画してくれる人が僕以外いないなんて、随分寂しい話じゃないか…。

「たまにはまた昔みたいに、焼き鳥食べに行ったりしようぜ。」

握手で別れてそれぞれのデスクに戻ります。金曜の午後ということもあり、私のフロアは既に人影まばら。仕事に没頭し始めて数時間後、リチャードからメールが届きました。ランチのお礼の後、こんなことが書かれていました。

“I really cherish our friendship and I hold you in the very highest regard.”
「この友達関係はとても大切に思ってるんだ。君のこと、最高に尊敬してるよ。」

そして、こんな文章で締めくくるのでした。

“You’re an exemplary human being.”

エグゼンプラリーなヒューマン・ビーイング?どういう意味だ?さっそくネットで調べます。

Exemplar というのは「模範」とか「手本」という意味らしく、Exemplaryはその形容詞で、「模範となる、称賛すべき、立派な」。リチャードの締めの一文は、こういう意味になりますね。

“You’re an exemplary human being.”
「君は模範的な人だよ。」

一瞬のためらいの後、がらんとしたオフィスでクスクス笑い出していた私。何を大げさな!送別会代わりにランチおごっただけなのに…。しかしその後すぐ、リチャードがお世辞や冗談で耳障りの良い褒め言葉を使うような薄っぺらい人間じゃないことを思い出し、じわっと感動していました。

その晩の食卓で息子に、Exemplary human beingの意味を知ってるか聞いてみました。

「人間の中で、最も神に近い人のことだよ。」

おお、そうなのか。だとすると、「理想の人間像」みたいなイメージだな。

「イスラムとかユダヤの一部の信者たちは、人類の中で最も優れたグループとして自分たちをそう呼んだりしてるよ。」

ううむ。それはどうなんだろう…。

「なんで?誰かにそう言われたの?」

「うん、実はリチャードとランチに行ってさ…。」

その日の経緯を説明し、彼との長い付き合いについても話しました。ちっちゃい頃にリチャードに遊んでもらったことを記憶しているか尋ねると、

「うん、覚えてるよ。それから何度も会ってるしね。」

「ずっと考えてるんだ。彼はなんでそんな大壮な言葉まで持ち出して褒めてくれたんだろうってね。」

すると妻と息子が間髪入れず、声を揃えてこう返したのでした。

「そりゃランチおごったからでしょ!」

おお、このスピード!鋭いツッコミ!理想的な家族だな、この二人は…。

2020年4月12日日曜日

Put it in perspective ちょっと引いて考えてみる


4月3日の朝。アメリカ地域のトップであるスティーブが、二万人を超える社員に向けてビデオ会議を催しました。エグゼクティブは二割、フルタイム社員は一割の減給でコロナ危機を乗り切ることにした、というのがそのメイン・メッセージ。デザイン・エンジニアリング・コンサルティングビジネスは在宅勤務でも遂行できる業務内容が多いため、こうした事態でもさして影響は受けないと思われがちですが、クライアントがプロジェクトの一時休止を決断するケースが出始めたため、このままでは大規模な人員整理を避けられない、ついては皆で痛みを分かち合うことにした、とのこと。

当然、社員一同ざわつきます。今でも何とかやり繰りして日々を乗り切っているというのに、これ以上給料削減されたらやって行けないじゃないか、と。富裕層ひしめく私立大学に無理して息子を入れてしまった我が家でも、向こう三年半の学費支払いに暗雲がたち込めます。かくなる上は、無駄な出費を抑えて緊縮財政を徹底するしかない、と冷蔵庫や食糧庫の中の物をかき集めて料理する毎日。

実は、こういう時こそライフスタイルの転換を図るチャンスだぞ、と三週間前から野菜作りプロジェクトに乗り出していた私。自宅で野菜を相当量収穫出来れば、少なくとも食費の削減は可能だし、第一健康的な趣味がゲット出来るじゃないか、と。さっそくレタスやキュウリの苗を買って来て庭に植えてみたのですが、ゴーファー(土ネズミ)に根こそぎ持っていかれたり、あっという間に枯れて跡形も無くなったり、となかなかうまく行きません。かくなる上は、と自宅の裏庭で本格的に農業を始めたアーサー君という知り合いの息子さんにメールを書いて指導を仰ぎました。

「一番重要なのは土作りなんだ。まずはガーデン全体にシートマルチングを施して雑草の繁殖を抑制し、健康な土壌を育てることから始めるといいよ。」

ううむ。なんか知らんがむちゃくちゃ面倒そうじゃないか。

「あと、とにかく好奇心を持って色々試しながら改良を加えて行く、という心構えで行くといいね。土に触れてみて、どれくらい湿っているか、植物の調子がいい時の土の具合はどんなものかを観察してみることだね。」

ありゃりゃ。思ったより息の長い学習が要求されるみたいだぞ。もうちょっと楽な道は無いもんかな。いつもの怠け心が頭をもたげ、YouTubeの「野菜栽培ハック」的なチャンネルをガンガン見始めました。そこで私の心を奪ったのが、「切り落とした人参の頭を使って再生栽培する方法」というもの。トップの周囲に三本の楊枝を刺し、水を注いだ小さなガラス瓶の上に浮かせるようにして設置(切断面を水に浸して根を生やさせるためですね)。ハイスピードカメラの映像で、緑の葉と茎がぐんぐん伸びて行く様子が流れます。おお、これならすぐに取り掛かれるじゃんか。さっそくやってみよう!意気込んで冷蔵庫から人参を取り出します。トップを切り落として水栽培セットを六本作製し、キッチンの出窓に並べました。するとびっくり、三日もしないうちに根と芽が現れ、一週間で緑の茎が一センチほど伸びたのです。こ~れは楽しい!

さて、話変わって木曜日のこと。新しいボスのカレンと、彼女のもうひとりの部下であるアリーナとの電話会議がありました。

「正直、今回のスティーブのアナウンスには意表を突かれたわ。」

とカレン。

「会社の冷血な意思決定を長年見続けて来た私としては、もう間違いなく大量解雇に打って出るだろうと踏んでたのよ。それがなんと、皆で一緒にピンチを乗り越えましょうなんて言い出すとは。ちょっと気味が悪くなったわ。」

「給料ゼロよりは9割の方がずっとましだものね。」

カレンの皮肉なコメントには付き合わず、安堵の声を漏らすアリーナ。

“Let’s put it in perspective.”

とカレンが続け、

「航空業界、ホテル業界、レストラン業界が経験してる痛みを考えたら、報酬の一割削減なんて、ラッキー過ぎるお話じゃない。」

と締めます。おお、今のフレーズしょっちゅう聞くし、意味も何となく分かるけど、そもそもPerspective(パースペクティブ)って何だっけ?それに何故、 a とかtheとかの冠詞が付かないんだ?そんな疑問が湧いたので、さっそくネットで調べてみました。

Perspective 透視画法、遠近図

つまり、二次元である紙の上に遠近法を使って三次元的に描かれた世界を示す名詞ですね。

“Paint in perspective.”
「遠近法で描く」

というように画法の話をしているので、冠詞が付かないのも頷けます。

“Let’s put it in perspective.”

を直訳すれば、

「遠近法で見てみましょう。」

となるわけですが、これは対象を三次元で、つまり広がりや奥行きも合わせて見てみよう、という話。全体像を捉えてみよう、広い視野で見てみよう、という訳が一般的みたいです。私の意訳はこれ。

“Let’s put it in perspective.”
「ちょっと引いて考えてみましょう。」

暫しの静寂の後、アリーナが静かな口調で語り始めました。

「私の家族は全員ロシアに住んでるの。四月一杯は外出禁止になったらしいんだけど、あっちはそもそも在宅勤務が出来るようなインフラが整っていないのね。事実上の集団失業よ。事態がいつどう改善するか全く見えない状態で、皆すごく苦しんでる。アメリカじゃ失業者や収入が激減した人達への現金給付が検討されてるって話を聞いて、あんたは恵まれてるねって言われたわ。ロシア政府にはそんなこと期待出来ないから。」

なるほど。国や地域によって対応もバラバラなんだな。そんな風に全体像を捉えてみたら、確かに我々はまだまだ恵まれた立場にいると言えるでしょう。これ、精神衛生上非常に大事な考え方だと思います。

さて、人参の成長を観察するのが朝の習慣になった私は、今朝も起床とともにキッチンへ。順調な生育ぶりを確認した後、ふとこの先はどうしたらいいのかな、と疑問が湧きました。さっそくスマホで検索。

「水栽培で育つのは葉っぱのみ。実は出来ません。人参を育てたければ種から植えましょう。水栽培は、子供のための教育プロジェクトなどに最適です。」

ガ~ン!

食糧自給という高みを目指していたはずの私はこの二週間、お子様用実験に夢中で取り組んでいたのか。面倒くさがって近道を進んだばっかりに…。数秒間ショックで立ちすくんでしまいましたが、そのうち段々笑えて来ました。いやいや、これも植物栽培を楽しむようになるための、大事な一歩じゃないか、決して無駄にはならんぞ。

ちょっと引いて考えることを習得したお蔭で、スピーディーな立ち直りが果たせたのでした。


2020年3月27日金曜日

Uncharted Territory 未知の領域


一月に婚約してフロリダのペンサコーラへ引っ越した部下のブリトニーから、

「ちょっと話せる?」

とテキストが届きました。

「特に何もないんだけど、暫く話してないから近況報告したくって。」

「オッケー。じゃあ一時間後に。」

ドアを開けてキッチンに進み、紅茶を淹れようとポットの「再沸騰」スイッチを押します。

先週木曜にカリフォルニア州知事が「全州民外出禁止令」を出したことで、最後まで出勤組だった私も遂に自宅勤務をスタート。倉庫代わりに使っていた客間を片付け、折り畳みテーブルとキッチンデスクを持ち込んで簡易オフィスを設置。妻は職場から角度調整機能付きオフィスチェアと大画面モニターを運んで来て、ダイニングテーブルの隅に本格的な職務空間を作り上げました。コロラドから春休みで戻って来た息子は、次の学期一杯オンライン講座になることが正式に決定したため、期せずして一家三人の濃密なサンディエゴ暮らしが再開した格好になりました。

水泳部の厳しいトレーニングのおかげで全身筋肉になった18歳の息子は、まるである日突然座敷犬として飼われ始めた猟犬のように、膨大なエネルギーのやり場に困っています。仕事中に度々ノックしてはドアを開け、そっと入って来てiPhoneを差し出し、私の右耳にAirpodをはめ込んで面白動画を見せ、クスクス笑いながらこちらの反応を窺うティーンエイジャー。

「あのね、何度も言うけど一応仕事中なんだよ。」

「あ、ごめん。でも面白いでしょ、これ。」

社会に出てから三十余年、正式に自宅勤務を体験するのはこれが初めてです。通勤時間が無くなったのでその分余計に眠れるし、勤務体制はフレキシブルに調整出来る。その気になればシエスタなんかも挟み込める。そんなプラス面を数えていたのに、結局いつもより長時間働いていたりする私。

「ほら、私がリモートワークをしたいって申し出た時、いずれはそういうワークスタイルが標準になるだろうから、君がその先駆者としてノウハウを積み上げてチームメンバーと共有してくれって言ってたでしょ。」

電話の向こうでブリトニーが、過去の会話を再現します。あ、確かにそんな話したな、と薄っすら記憶が蘇ります。

「そんな未来が、意外に早く到来したなって考えてたの。」

私も含めて16名のチームが全員、自宅からテレワークをしている現実。これがあと数カ月続けば、今度は元に戻す時にストレスを感じるかもな、とふと思います。

前日に人事部のシャリーンがマネジャー達を集めて電話会議した際、

“This is an uncharted territory.”

という表現を使っていました。Uncharted は「海図の無い」という意味なので、

“This is an uncharted territory.”
「これは未知の領域よ。」

ということですね。コロナウィルスのために全世界が激震している現実を捉えてそう言ったのでしょうが、「無期限の総員自宅勤務」という事象ひとつとっても、未知の領域であるであることは間違いありません。ブリトニーの婚約者は空軍勤務なのですが、やはり自宅待機を命ぜられているとのこと。

「基本的には何もしてないの。なのに毎朝6時半に起きて、制服に着替えて7時の点呼に備えてるのよ。」

「え?でも出勤しないんでしょ。」

「そうなの。でもビデオ会議で全員顔を見せて、点呼を取るのよ。それが終わると制服脱いでまたパジャマになって、ベッドに戻るの。正直、馬鹿げてると私は思うんだけど。」

大笑いした私は、我慢できずにコメントします。

「そんなのさ、パジャマに上着羽織って前のボタンだけ締めときゃバレないでしょ。」

すると、待ってましたとばかりにブリトニーが応えます。

「もちろん私もそう言ったわよ。そしたら、いつ抜き打ちで立たされて全身チェックされるか分からないじゃないかって言うの。」

な~るほど~。ばっかばかしい~。軍人たちも、「未知の領域」でもがいてるんだなあ。


2020年3月15日日曜日

人間万事塞翁が馬


先日ランチルームで同僚ジョナサンと隣り合わせになった際、久しぶりに深い話になりました。会社の出世競争には全く縁が無かったけどそもそも興味も無いこと、それより自分が今ここで世の中の役に立つ仕事をしているという満足感は何物にも代えがたいこと、長いキャリアの中で様々な困難に遭遇したが、なんだかんだで結構素敵な人生が送れていること。

「確か中国のことわざだったと思うけど、こういう話知ってる?」

と、ジョナサン。

「じいさんが飼ってた馬が逃げて村人たちから気の毒がられたが、その馬が優れたパートナーを連れて戻って来た。今度はその馬に乗っていた息子が落馬して脚を折ったが、そのお蔭で兵役を免れた。」

あ、それは知ってるよ。と私。

「人間万事塞翁が馬、って日本語では言うんだ。」

耳慣れぬ日本語にキョトンとするジョナサンでしたが、彼の博識ぶりにはいつも感心させられます。

「人生で起こるひとつひとつの出来事がラッキーかアンラッキーかなんて、ずっと後になってみないと分からない。このことは、最近本当に実感してるよ。」

二人大きく頷き合ってから、午後の仕事に戻ったのでした。

さて金曜日の午後。ランチから戻ってオフィスのエレベーターホールからレセプション・スペースに進んだところ、女子トイレの前で佇む若い男性と目が合いました。

「おお、フランコ!」

握手の手を差し出す私に、

「ああシンスケ、久しぶり。手を握っても平気?」

と、上げかけた右手を中途半端な角度で止め躊躇う若者。フランコは、私の部下の一人カンチーの彼氏です。

「大丈夫だよ。心配ないって。」

と肘を伸ばし、強引に握手に持ち込む私。新型コロナウイルス感染者の爆発的な増加を受けて異例の全国封鎖措置に出たイタリアから、その数日前に出国した彼。しかもその震源地とも言うべきミラノに住んでいたため、それ以降極度に人との接触を避けていると聞きました。過去二週間というもの毎日頻繁に体温をチェックしているというし、感染者である可能性はかなり低いのは知っていたので、心配すんな、というジェスチャーも含めて彼の手を握ったのですね。その時トイレの扉が開き、カンチーが現れました。これから二人でランチに行くんです、という若者たちと、その場で暫く立ち話に耽ります。

「今振り返ってみると、エンジェルが僕たちに幸運を運んでくれた気もするんだ。」

とフランコ。

「最初の計画通りだったら、今頃どんなことになってたか…。」

とカンチー。

さかのぼること数か月前。カンチーから相談があったのです。三月後半辺りから、彼氏の暮らすミラノに二、三カ月滞在したい。しかし有給休暇だけでは全期間を賄えないので、ミラノ支社でのリモートワークを許可してもらえないだろうか、と。というのも、去年一年で彼は二回か三回サンディエゴに長期滞在していて、アメリカの入管が訝しみ出したというのです。そんなにしょっちゅう入国する外国人は怪しい、と。で、暫く彼の方からの訪問は控えざるを得ない。なら自分があっちに行くしかない。彼女としては、結婚するかどうかも含めて色々考えないといけない段階に来ていて、このまま遠距離恋愛を続けていても埒が明かない、やはり同棲してみないことには、という判断に至ったのですね。

さっそく私は事案を上層部に上げ、人事部も含めて色々検討してもらったのですが、結果的に答えはノーだったのです。イタリアという国は外国人労働者に対する敷居が高く、支払わなければならない税金が法外な額だとのこと。それでも喜んでサポートしましょう、と言ってくれるほど甘い会社ではないので、この件はお流れとなったのですね。それを聞いたカンチーは涙を浮かべ、「私のわがままのためにこんなに色々手を尽くしてくれて有難うございます」と感激していましたが、結局彼との同棲計画は潰えてしまいました。これで一巻の終わり、と思っていたところ、二月になって、カンチーの妹が突然結婚の発表をします。月末にベトナムで式を挙げるからお姉ちゃんも絶対来てよね、という話になり、フランコと二人で出席する運びになったのです。

「アジアはコロナウイルス感染者が多いから危険だ」という家族一同の慰留を振り切ってミラノを出たフランコですが、故郷ロンバルディア州全面封鎖のニュースが彼の耳に入ったのは、ダナン空港に着陸してからのことでした。「お前はラッキーだ。封鎖前に脱出出来て良かった。」という家族からのメッセージに、心中複雑なフランコ。おまけにカンチーの親戚一同から、「あんた感染してないだろうな。」という疑いの目を向けられ、肩身の狭い思いをさせられたそうです。式が終わり、さていよいよ帰国となった時、若い二人は難しい選択を迫られます。さてフランコはどこへ帰ればいいのか。本来ならバンコク、アブダビ、と経由してミラノへ戻るはずだったのですが、国境封鎖がいつ解除されるか誰にも分からない。さらにバンコク入りした途端、14日間の隔離対象になる可能性も高い。こうなったら勝負に出よう、とアメリカ入国に切り替えたのです。

「ロサンゼルスの入管が、拍子抜けするほどあっさりと彼を通してくれたんです。」

とカンチー。最悪のケースを想定し、僕が止められたらそのまま構わず行ってくれとカンチーに言い聞かせていたフランコも、安堵の歓びに浸ります。

「そんなわけで、サンディエゴで一緒に暮らす機会が転がり込んで来たんですよ。当初の計画通りミラノに渡っていたら、アメリカに戻って来られなくなってたかもしれない。それを考えたら、何か目に見えない力が私達を守ってくれたような気にさせられるんです。」

喜びと不審と驚きが入り混じった表情で、語り終えるカンチー。フランコは我々のオフィスの近くのレンタルオフィススペースを使って仕事を続けているので、毎日ほぼ一緒に行動出来ている、とのこと。今回の件は、まったくもって「人間万事塞翁が馬」だな、と感慨に浸る私でした。数か月前に断念した二人の同棲生活が、こうしてサンディエゴで実現している。息子のアジア行きを心配していたフランコの両親が、今では隔離状態にある。禍福は糾える縄の如し、という言葉もあるな…。

ここでふと気になって、フランコにこう尋ねてみました。

「ところでさ、ずっと気になってることがあるんだ。ヨーロッパの中で、どうしてイタリアだけがあんなに大胆な対策を取らなきゃならないほど事態の悪化を見てるんだろうってね。」

ああ、そのことね、と即座に溜息をつき、首を振るフランコ。

「国民性が大きく影響していると思うんだ。恥ずべきことだけど、極度に楽観的で、大抵の事態を深刻に捉えない習性があるんだ。まだ感染がおさまってもいないのに、大丈夫だよってどんどん集会や飲み屋に出かけていって、握手やハグやキスをしまくるからさ。」

「なるほどね。僕のイタリア人像もまさにそれだな。確かに国民が皆そんな行動続けてたら、感染がおさまるわけないよね。」

「そうなんだ。この手のリスク管理には、規律遵守を得意とするイギリス人的国民性の方が有効でしょ。残念ながら、我々イタリア人にとって最も苦手な分野なんだよね。」

さらに大きく首を振って嘆くフランコに、私がかけられる言葉はあまりなく、

「ランチ楽しんでね!」

と二人を送り出したのでした。

席について暫く、考えこんでしまった私。

もしかしたら、事態を深刻に考え過ぎないイタリア人の方が消費者行動の変化も少なく、経済的な打撃も軽いかもしれない。だとすれば、流行終焉後は逆に立ち直りが早いかも。長い目で見たら、イタリア人の明るい国民性に軍配、という話になるかもな…。

とにもかくにも、人間万事塞翁が馬、ですね。

2020年3月1日日曜日

予測不能な展開


我が家では、金曜日の夕食当番は私です。仕事を早めに片付けて会社をあとにし、Sproutsというオーガニック系食料品店に寄りました。今回のメインは、「カチャトーラ風カッペリーニ」。味の決め手となるトマトソースを選ぼうと缶詰エリアに進んだところ、高齢の白人カップルが棚の真ん前にショッピングカートをどかっと停め、話に花を咲かせています。私のお目当ては、イタリアの雰囲気びんびんの黄色い太缶。五十年前から変わっていないじゃないかと思われる古めかしいフォントの商品名が、血液のようにどぎつい赤で大きく印字されています。これが陳列されていたのが最下段の棚だったので、老夫婦のカートに身体がぶつからぬよう腰をかがめて腕を伸ばし、なんとかひとつ掴みます。その時でした。頭上から白人男性が、

「チェント~!」

と大声で叫んだのです。まるで老空手家が唐突に瓦割りを決めたように。びくっとして顔を上げる私。男性は私の目を真っ直ぐに見つめ、

「そいつは最高だ!」

とニコニコしています。私の手におさまった缶詰のタイトルがCENTOで、これをイタリア語で発音すると「チェント」になるのだということに気付き、ようやく合点がいきます。奥さんの方も微笑みながら、

「それすっごく美味しいのよね。」

と割り込んで来て、イタリア語訛りの英語で賑やかに称賛し始めました。僕も前に食べたことがあり、とても気に入っているんですと答え、二人を離れてレジに進みます。駐車場に戻りながら、自分の顔が笑っていることに気付きました。あの二人は長年イタリアに住んでいたに違いない。この界隈で小さなイタリアン・レストランをやっていて、今日は材料の買い出しに来ていた、なんてね。そんな目利きたちのお墨付きを頂けたんだから、今夜の料理の大成功は間違いない…。勝手に想像を発展させ、ほんわかシアワセな気分で家路につくのでした。

話変わってその前日、久しぶりにランチルームで同僚ジョナサンと会った際、どういう流れからか映画の話題になりました。そして二人ともデイヴィッド・リンチが大好きだということが発覚し、オタクな会話で盛り上がります。この時我々が意気投合することになったテーマが、リンチ十八番の「予測不能な展開」でした。

「たとえばさ、ブルーベルベットでフランクがジェフリーを殴りまくる夜のシーンがあるじゃん。ロイ・オービソンの歌がカーステレオから流れ出したら、ぶくぶくに太った女が車のボンネット伝いに屋根へ上って、身体をくねらせて踊り出すでしょ。あれには脳みそぶっ飛んだよ。」

と私。

「あと、マルホランド・ドライブに出て来る深夜の劇場シーンな。」

とジョナサン。個々の人間が次の瞬間どんな行動に出るかなんて無限の可能性があるんだけど、我々は狭い常識の枠で考えてしまいがち。その枠をいとも簡単に打ち破られると、衝撃と共に高揚感まで味わえるのですね。デイヴィッド・リンチの映画は、予測不能な展開が満載。だからこそぐんぐん引き込まれるんだよねえ…。そんな話題でひとしきり盛り上がった後、私が最近経験した話を持ち出します。

「月曜日、サーフライナーでロスまで行ったんだ。」

火曜の朝にロス支社でミーティングを予定していた私は、月曜の午後電車に乗り込みます。ロスのユニオン・ステイションに到着した頃にはすっかり陽も落ちていました。ホテルへは、リフト(ウーバーと競合する白タク)をスマホアプリで呼んで向かいます。この日はプレジデンツ・デイという国民の休日だったこともあり交通量は少なめで、快適に夜のダウンタウンを進みます。その時突然運転手が、片側三車線の広大な交差点のど真ん中で急ブレーキを踏みました。

“What the hell? Is this guy for real?”
「なんてこった、まじかよこの男?」

見ると、電動車椅子に座った中年の黒人男性が、ゆっくりと車道を横切っています。若い白人男性運転手は窓を開け、

「ヘイヘイ!危ないぞ!」

と声をかけるのですが、車椅子の男は虚ろな目で前を向いたまま、のろのろと一定のスピードで進み続けます。交差点の真ん中で立ち往生することになった私はこの男性の安全を心配する一方で、我々自身も後続車に追突されるんじゃないかと段々不安になって来て、何度も振り返っていました。するとこの運転手、大きくハンドルを右に切って車椅子と平行になるよう車体を移動させ、こう叫んだのです。

“Don’t kill yourself, man! God loves you!”
「命を粗末にするなよ、神様はあんたを愛してるぜ!」

こんな場面で「ラブ」などというワードが出て来るんだ…。彼の行動は、私の予測範囲を遥かに超えていました。ジョナサンはこのエピソードに大きく頷いた後、

「若い頃、バックパックひとつで世界をふらふら旅してた。」

と自分の思い出話を始めます。

「ロスの空港(LAX)から割と近いところに仲の良い友達が住んでたから、到着時間が遅い時はそいつのところに一泊してからサンディエゴに戻るようにしてた。その日も夕方暗くなりかけてからの到着だったから、歩いて友達の家に向かったんだ。そしたらさ、客待ちしてたタクシーの一台がす~っと近寄って来て、俺に乗れって言うんだよ。無料でどこでも連れてってやるって。」

そりゃ絶対ヤバいでしょ、と眉をひそめる私を見てニヤリとしたジョナサンが、

「で、俺、そのタクシーに乗り込んだんだ。」

と続けます。行き先を告げるとその運転手、どこへ行って来たのか聞かせてくれ、とせがんで来た。ヨーロッパをあちこち回って来たんだ、と言うと満足そうに頷いて、今日はバックパックの人が現れたら絶対に無料で乗せると決めていたんだ、と言う。自分は毎日この狭い車の中で生活しているだろう、気楽に世界中を旅することが出来たらどんなに楽しいだろう、そういうことを実行している人間は本当にエライ、是非応援したい、そう思ってた。だからバックパック姿のあんたを見た時は興奮した…。

「あんたの旅の話を聞くことでバックパッカーの疑似体験が出来たよ、有難う、そう感謝されたんだぜ。」

う~ん、それもなかなかの話だねえ…。

「予測不能な展開」のもたらす高揚感を、何度も味わえた一週間でした。