2015年8月26日水曜日

Safety Moment セーフティ・モーメント

先週水曜のランチタイムには、サンディエゴ支社のリーダーシップ会議がありました。開始とともに進行役のテリーが、

「誰かSafety Moment (セーフティ・モーメント)ある?皆が無ければ私、ネタあるんだけど。」

と、出席者の顔を覗き込むように見回しています。我が社には、どんな会議も必ずセーフティー・モーメントという安全行動喚起の話で始めなきゃならない、というルールがあります。出席者たちは、どうぞどうぞ、とテリーにトーク開始を促しました。彼女の口から飛び出したのが、こんなエピソード。

「カナダの女子大生が彼氏の運転でハイウェイをドライブ中に、両脚をダッシュボードの上に載せてうとうとしてたんだって。その車の前方で玉突き事故が起きて、彼氏がかけたブレーキは間に合わず、前を走ってたトラックに突っ込んじゃったのね。そしたらエアバッグが作動して女の子の両脚を撥ね飛ばしたもんだから、膝が自分の顔にめりこんじゃったんだって。」

会議参加者から、一斉に呻き声が漏れます。

「幸いにも一命はとりとめたんだけど、脳内出血を起こしたために障害が残ったの。それ以来、人格も変わっちゃったんだって。というわけで、助手席に座る時は必ず両脚を床におくべし!」

すると私の隣に着席していたスコットが、

「僕は運転中、絶対窓を開けないようにしているよ。」

と流れを引き継ぎます。数年前、彼は大きな自動車事故に遭ったのです。

「昔からの癖でね、いつも窓全開にして肘を出したまま運転してたんだよ。衝突事故で車が横転した時、身体はシートベルトで護られたんだけど、腕が車体と路面に挟まれちゃったんだ。」

スコットの味わった苦痛を思い、皆が一斉に呻きます。

「腕を失ってた可能性を考えれば、本当に自分はラッキーだったと思う。でもあれ以来、運転中はどんなことがあっても窓を開けないようにしてるんだ。」

すると総務のトレイシーが、

「ランディの弟の話、聞いたことある?」

と更に引っ張ります。ランディというのは、マーケティング部門の女性です。

「彼も横転事故に遭ったんだけど、その時サンルーフが全開だったのよ。」

この時点で出席者のほとんどが、先を見越して静かに悲鳴を上げました。

「上半身が屋根から飛び出した状態で車が回転しちゃったの。何十か所も複雑骨折したばかりか、複数個所で内臓破裂を起こしたんだって。あれから三年経つけど、完治は望めないって聞いたわ。」

会議室が静まり返ったその時、若手PMのマットが小さな声でこう言いました。

“Can we stop here?”
「もうやめない?」

「そうだそうだ」「本題に入ろう」と、みんな夢から醒めたように同意します。「安全行動の喚起」という目的は、充分に達成できたと思います。

実は私、最初のエピソードが頭からなかなか離れず、後でネットを調べてみました。事故当時この女性は22歳で、もうすぐ大学卒業、というタイミングだったそうです。女手ひとつで育てて来た彼女のお母さんは引退間近だったのですが、このことがあったお蔭で退職を先延ばしせざるを得なくなりました。医療費がかさみ、収入が必要になったのです。

「あの子はすっかり変わってしまいました。何の脈絡も無く突然怒り始めて私を罵倒したと思ったら、数秒後にはケロッと忘れちゃってるんです。まるで13歳に逆戻りしたみたい。」

こういう苦痛に満ちた生々しい体験談というのは聞いた人の頭に残りやすく、その後の行動に大きく影響すると思います。

昨日の朝は私のチームの定例電話会議があったので、この女子大生の話題をそのまんまセーフティ・モーメントに使うことに決めました。皆きっと震え上がるだろうなあ、とほくそ笑みながら。ところが喋り始めて数秒も経たないうちに、大きな失敗に気づきます。英語力不足のせいで、話がうまく組み立てられないのです。

「一気に膨らんだエアバックに撥ね飛ばされた脚が顔にめり込んで、失明は免れたものの、脳内出血が原因で後遺症が残った。」

これだけのストーリーを英語で再現するのが、想像を遥かに超える難しさだったのですね。単語をひとつひとつ絞り出すようにつっかえつっかえ喋ったものだから、この手のエピソードを語るのに重要な要素である「スピード感」が、全く伝わりません。

「エアバッグがね、その、すごいスピードで膨らんでね。そしたらさ、脚がさ、ほら、エアバッグに押されて持ち上がるでしょ。それでね。」

もうグダグダ。しまった、リハーサルしておくんだった!後悔先に立たず、です。

予定の二倍くらい時間をかけて何とか話し終わったものの、電話の向こうの出席者たちからは何の反応も返って来ません。ほお、とか、へえ、とか、うわぁ、とかも聞こえて来ない。何事も無かったかのように次の話題へ移る私でしたが、実は内心、この「しゃべり事故」の衝撃でかなり動揺していました。部下の前で、とんでもない醜態をさらしてしまった…。

というわけで、

「英語でとっておきの話がしたい時は、必ずリハしておくべし。」

苦痛に満ちた教訓でした。

2015年8月21日金曜日

Good Life グッドライフ

7月からテレビジャパンが流していたNHKスペシャルは、戦後70年の特集続きでした。初耳の情報がふんだんに盛り込まれていて、実に見応えがありました。特に沖縄でゲリラ戦に従事した少年兵たちの70年越しの証言には、胸が締め付けられる思いでした。

わずか14歳や15歳で「志願」させられ、本土防衛の楯となった少年たち。親しい友人たちがすぐ傍で次々と死んで行っても無感情のまま前進できるほど、徹底的に「玉砕精神」を叩きこまれた彼ら。そんな悲惨な話、今まで一度も聞いたことがありませんでした。語られていない歴史って、きっとまだまだあるのでしょう。

さて、我が家の愚息(13歳)は、来週から高校へ通い始めます(日本語補習校ではまだ中二なので、違和感が半端じゃない)。数か月前から、クラブ活動をどうするか、というテーマを家族で何度も話し合って来ました。彼の高校は規模が小さく、他校では定番メニューのブラスバンドもフットボール部も、はたまた野球部もサッカー部も無し。チョイスが極端に少ないため、ほっといたら帰宅部に落ち着いちゃうぞ、と我々夫婦は危機感を抱きます。ゲームと漫画漬けでお腹もぷっくりして来た彼に、

「何か運動した方がいいよ。」

「このままだと若年性糖尿病になっちゃうよ。」

と脅したりすかしたりの私達。

結局息子は、渋々ながら水球(Water Polo)部に仮入部することを決めました。子供の頃、水泳教室に何年か通っていたので、未経験でも何とかなるんじゃないかな?という甘い見通しのもと。滅茶苦茶キツい種目だと聞いていた我々夫婦は、「一日でギブアップするかもね」と、ハードルを膝丈まで下げてサポート体制を整えます。ひとつやっかいなのは、彼の学校にはプールが無いため、よその高校まで親が連れていかないといけないということ。

初日は妻の担当でした。渋滞のハイウェイを南下し、不案内な土地でようやくプールを見つけて連れて行ったところ、息子は更衣室に入ったきり消息を絶ちました。練習が始まって随分経っているのに、一向に出て来る気配が無い。痺れを切らした妻がその辺にいた男性に頼んで様子を見て行ってもらったところ、「裸になりたくない」と籠城しているとのこと。これにはブチ切れかけた妻。なっさけない!なんだ男のくせに!と。

冷静に考えてみれば、学校も始まっていないこのタイミングで、いきなり知らない集団の中で裸体をさらすのは容易じゃありません(僕でも抵抗あります)。プールで盛んに水しぶきを立てている上級生たちの多くは、まるでアバクロのモデルみたいに見事な逆三角形。そんなカッコマン達を前にして怖気づくなという方が無理かも。妻が顧問の先生に事情を話したところ、キャプテンらしい長身の男子ともう一人の生徒に指示し、更衣室へ向かわせました。「誰もが一度は通る道なんだ。大丈夫だよ、皆待ってるから出ておいでよ」、と優しく声をかけられ、ようやくプールサイドに姿を現した愚息。

他人の前に貧弱な身体をさらすことが彼のWorst Fear(最大の恐怖)なのだという説明を聞いた顧問の先生が、妻にぼそっとこう言ったそうです。

“If that’s his worst fear, he has had a good life.”
「それが彼にとっての最大の恐怖だというなら、彼はいい人生を送って来たんですね。」

それから二週間、週四回の練習にきっちり通い続けた彼の身体は、傍目にも違いが分かるくらい筋肉質に変貌して来ました。昨夜は、「水球、すっごく楽しいよ。ダイエットも簡単に出来ちゃったし。」と屈託なく微笑んでぺったんこのお腹を見せびらかす息子をソファに座らせ、一緒に「NHKスペシャル アニメドキュメント あの日、僕らは戦場で~少年兵の告白」を鑑賞しました。

自分がどれほどグッドライフを送って来たか、ようやく実感したみたいです。


2015年8月12日水曜日

Albatross around neck 首に巻いたアルバトロス

大ボスのトラヴィスから、先月出席したワークショップで得た情報をリーダーシップ会議で解説してくれ、と頼まれたので、ロス支社から一緒に参加していたブライアンと共同で上層部の皆さんにプレゼンしました。ウェブを使った電話会議なので、私が作成した資料を喋りが達者なブライアンが説明し、私が適宜補足する、という形式。

プレゼン中盤、ブライアンがこんなことを言いました。

「これまでは、複数のツールに全く同じ内容を何度も書き込まなければいけませんでした。しかも、データベースとの交信に時間がかかるため、イライラしながら待つのがすっかりPMの日常となっています。」

そして、こんな表現をぶちこんで来たのです。

“This has been a big albatross.”
「これはでっかいアルバトロスです。」

え?今なんて言った?アルバトロス?急いでノートに書き留める私。日本語では「アホウドリ」だよな。これって、ゴルフ用語じゃない?パーよりも三打少なくホールアウトするというスーパープレイのことでしょ。そんなポジティブなフレーズを、こんな、ちょっと嫌な場面で使うとは…。

会議は無事終了し、さっそくネットをチェック。なんと、意味は「burden(重荷)」だとあります。ええ?なんで?更に調査を進めると、

A big albatross around one’s neck(首に巻いたアホウドリ)

というのが元のフレーズらしく、サミュエル・テイラー・コールリッジという人の詩が語源と見られているそうです。

船乗りが罪も無いアホウドリを撃ち殺したのを仲間が咎め、罰としてその死骸を首に巻かせた、というストーリー。色々調べたところ、昔のアホウドリは無防備なまでに友好的で、人間が近寄っても逃げないので簡単に仕留められたのだとか。

鳥の死骸を首に巻くなんて、暗い語源だなあ。そんなビジュアルイメージがあったら、使いにくいじゃないか。それにしても、ゴルフでは超ポジティブな用語が、こんなにネガティヴな意味で使われるとは…。あまりにも両極端なので、もう一方の訳に引っ張られてイマイチ呑み込めません。残念ながら、このフレーズは自分のものに出来そうも無いな、と半ば諦めました。

念のため、同僚ステヴを訪ねて解説を依頼します。

「単に重荷と言いたいなら、burdenでいいじゃん。アルバトロスという言葉を使うからには、何か特別な意味合いがあるはずだよね。」

と詰め寄る私。

「う~ん。確かにね。」

「教えてよ。何が違うの?アルバトロスってどういう時に使うの?このままだと、知ってるけど一生使えないフレーズになっちゃうよ。」

「たとえばさ、」

数秒考えて、ステヴがこんなエピソードを語り出しました。

「僕のプロジェクトは一年前に終わってるんだけど、クライアントからの支払が遅れているためにまだ閉じられないでいるんだ。うちの上層部は、最終予測コストを更新して毎月レポートを提出しろと言ってくる。もう終わってるんだから最終予測コストは金輪際変わらないって何度も説明してるんだけど、それでも提出を要求してくるから、もうすっかり諦めて、無意味なレポートを毎月書いてる。これ、アルバトロスだよ。」

「おお~、それなら分かる。ちょうど僕もその手のレポートを出して来たところだから。」

「つまりね、prolonged(長引いていて)、annoying(不快で)、ridiculousな重荷 (burden) を指すんだよ。」

ここで、はっと気づく私。最後の ridiculous は、「アホくさい」と訳せるじゃあ~りませんか!

アホウドリを首に巻いた姿の「アホくささ」。

つながった!

新しいフレーズが自分のモノになる瞬間を体験した午後でした。


2015年8月8日土曜日

Jack of all trades は褒め言葉か?

水曜はロングビーチ支社へ出向き、トレーニングの講師をしました。タイトルは、

“How to make your Excel work five times faster.”
「エクセル仕事を5倍速くする方法」。

そもそもは、この支社で働くイラン出身の同僚ファラネーから、

「うちの若い社員たちに、エクセルの基礎講座やってくれないかな?」

と言われたのがきっかけ。会社公認ではないこういうゲリラ的トレーニングを、私は過去何年も、ほぼ趣味的にやってきました。インフォメーション・デザインやスケジューリングなどがその題材例。今回は総勢20名ほどの出席者を、朝7時からと午後1時からの二回に分けての講演。クールなエクセル・ショートカットキーの数々を一時間かけて紹介し、好評を頂きました。

午後の部が終わり、コーヒーを飲もうとキッチンに入ったところ、総務のミシェルと会いました。

「すごく勉強になったわ、有難う!」

「どういたしまして。最近どう?忙しい?」

「忙しいなんてもんじゃないわよ。4年も一緒に働いて来た相棒が辞めちゃって、彼女の仕事も引き受ける破目になったから、もう大変。」

「それはキツイね。でも、そういう時こそ新しいスキルを身に着けるチャンスかもよ。」

「その通り。」

ミシェルはそう明るく答えると、

“Now I’m Jane of all trades.”
「今じゃ私、オール・トレードのジェーンよ。」

とキメました。

「え?ジャック(Jack)じゃなくて?」

と私。

「ジャックじゃないもん、あたし。」

と笑うミシェル。自分は女だから、名前の部分はジェーンにすげ替えた、というわけ。

Jack of all trades というのは、もともと「Jack of all trades, master of none」というフレーズの上の句です。Trade(トレード)は「貿易」の他に、「(手先の熟練を要求される)仕事」という意味があるため、これは「あらゆる仕事を器用にこなせる人」というポジティブな言葉。そこに「master of none」が加わると、「どの仕事においてもマスターのレベルには至っていないが」という但し書きが付く格好となり、全体として「何でも屋」とか「器用貧乏」と、若干卑下した表現に落ち着くのです。(ジャックというのは男性一般を示す名称で、「太郎」などと同様の役割で使われます。)

以前から私は、このフレーズに異様な親近感を持っていました。「押し出しの強さ」を美徳とする現代アメリカ社会にあって、この謙虚さはハッとするほど日本的だと思うのです。

と、ここで、「Jack of all trades, master of none も、上の句で止めたらただの自慢になるのかな?」という疑問が芽生えます。サンディエゴに戻って、さっそく同僚ステヴに尋ねてみました。

「そうだね、あえて下の句を言わなければ、自慢と受け取られるね。」

「なんだ、じゃあミシェルは、自分の多才ぶりを単純に自慢してたってわけか。」

「そうだと思うよ。」

「なんだかさ、アメリカ人一般の自己評価の高さって、ちょっと違和感あるんだよね。日本人だったらこういう場合、ほぼ間違いなく下の句を添えて来ると思うんだ。人前で平然と自分のことを褒めるって、ほとんどの日本人は抵抗あると思うよ。」

日本への留学経験があるステヴは、両国の文化の違いをしっかり把握しています。

「日本じゃ、全体の調和のために個人が主張を差し控えることが美徳として捉えられてるからね。」

とまとめるステヴ。

「そう、それそれ。ほらちょうど今、年次業績評価のシーズンでしょ。まずは自分で自分を褒めちぎるところからスタートして、そこへ上司が評価を加える、というプロセスじゃない。このやり方が、僕には未だに馴染めないんだよね。」

ステヴは頷きながら微笑んでいます。

「これ、うちの会社だけじゃなく、アメリカ一般の流儀だと思う?」

と私。

「うん、そう思うよ。」

とステヴ。

部下のひとりで、現在向かい合わせの席に座っているシャノンに、この話題をぶつけてみました。

「私も自己主張が強いことを下品と考える家庭で育ったから、このプロセスは本当に辛いの。」

「ええ?そうなの?」

「業績評価なんて、そばで仕事ぶりを見ている上司がしてくれれば済む話だと思うのよね。なんで社員一人一人が自分の凄さについて書かされなきゃいけないのかな、って不思議。そう感じてるの、私だけじゃないと思うわよ。」

今の業績評価システムを、アメリカ人社員の誰も彼もが違和感なく受け入れているわけじゃないんだ、というのは新鮮な驚きでした。でもよくよく考えたら、上司が部下の仕事ぶりをどれだけ見ているか、という点については大いに疑問です。少なくともうちのボスとは月に一度世間話をする程度で、仕事に関しては完全に野放し状態。業務が専門化、細分化している組織では、専門分野の異なる上司が部下それぞれの日々の仕事ぶりをどれだけきっちり理解出来ているか怪しいところ。今の業績評価制度は、個人に自分の業績を説明するチャンスを与えているという点で、むしろ公正なのかもしれません。

先月、5人の部下たちとそれぞれ個人面談をし、

「過去一年間での際立った実績を集め、できるだけ具体的に描写するように。可能なら、仕事でかかわった人からの賛辞もメールでもらっておいて欲しい。」

と告げました。

「対象が自分自身であることを一瞬忘れ、この人物を上層部に高く売り込むために最高の宣伝文を書くんだ、というくらいの姿勢で取り組むように。」

そんなわけで、私は今回の自己評価書の最後に、こう書き足しました。

「職務範囲外ではあるが、社員の業務能力向上に資するため、各種トレーニングを自発的に実施。インフォメーション・デザイン、スケジューリング、エクセルなど、その対象領域は多岐に渡る。」

な~んか私、どっぷり「アメリカ慣れ」してしまったみたいです。


2015年7月24日金曜日

Did you bring a rubber? ゴム持ってきた?

今週は月曜から木曜まで、ロサンゼルス出張でした。わが社では現在、プロジェクトマネジメントのための全社統一プログラムの開発が進んでいて、あと数カ月で完成、という運びになっています。世界中に広がる約二万人の社員が使用を開始する前の最終チェックのため、ペンシルバニア、ミシガン、デンバー、テキサス、更にはオーストラリアと、様々な地域から十人ほどの社員がロスに集合し、三日間缶詰状態で議論しました。ちなみに私は、アメリカ西海岸代表。

開発チームを代表してプログラムの解説をするのは、ボストンから飛んできたクリスティーナ。年齢は私と同じくらいでしょうか。何時間でもぶっ続けに喋れるタイプの、活力みなぎる女性です。

二日目の晩には、近くのフレンチレストランで会食があったのですが、私は意識してクリスティーナの真正面に陣取りました。私の右隣は、ミシガンからやってきた40歳くらいの白人男性トロイ。その正面はオーストラリアから来たサラ。ボーイさんが注文を取りに来る前に、クリスティーナが自分の周りの出席者に、名前や出身、趣味などを矢継ぎ早に尋ね始めました。トロイは地ビール造りとマウンテンバイクが趣味で、一時期は自転車を7台も持ってたよ、笑います。私もビール造るしバイクも乗るのよ!とひとしきり盛り上がった後、クリスティーナが私の目を見て質問します。

「あなたの趣味は?」

考える時間がほとんど無かった私は、反射的にこう答えていました。

「アメリカ英語のイディオムを集めることかな。」

大きく口を開け、目を見開くクリスティーナ。その表情は、「あんた何言ってんの?ばっかじゃないの?趣味を聞いてんのよ、趣味を。」という侮蔑とも取れましたが、彼女の顔はみるみる嬉しい興奮に包まれて行きました。

「私もよ!」

「うん、そうだと思った。だからここに座ったんだよ。解説をお願いしたいことがあってね。」

と答える私。

そうなんです。それまでの二日間、私は彼女の繰り出す新しいイディオムの数に圧倒されていました。書き留めることが出来たものだけでも、十は超えています。仕事で使えるイディオムはほぼ制覇しちゃったかも、という慢心を、気持ちよく打ち砕いてくれました。プロ野球のスカウトが愛工大名電時代のイチローのバッディングを初めて見た時のショックが、こんなものだったのではないでしょうか。

「実を言うとね、君の口から新しいフレーズが飛び出す度に、いちいち書き留めながらネットで意味を確認してたんだ。」

と私。

「ごめんなさい。私そんなだった?全然気づかなかった。」

とクリスティーナ。

「いやいや、こっちは興奮してたんだよ。お、また新しいのが出たぞ!ってね。」

彼女のイディオム連打に挑発されたか、会議室のあっちからもこっちからも、まるで競い合うように初耳イディオムが乱れ飛び始めたので、私は密かにエクスタシーに浸っていました。まるで荒川と隅田川と東京湾で同時に花火大会が始まったみたい。

There’s no bones about it. (骨なしだからね。)
スープに骨付き肉が入っていないと食べやすいことから、全然難しくないよ、という意味。

If your client is breathing down your neck, (もしもクライアントの息がうなじにかかっていたら)
クライアントが過剰なまでに干渉して来たら、という意味。

The proof is in the pudding. (証拠はプリンの中にある)
「実際に使ってみるまでは分からない」という意味で使われるこのイディオム。そもそもは、The proof of the pudding is in the eating. (プリンの品質は食べてみなければ分からない)というフレーズだったのがいつの間にか縮まってしまったらしいよ、と説明すると、全然知らなかったわ、と感心するクリスティーナ。

「日本語のイディオムがあったら何か教えてくれる?」

と散歩をねだる犬のような目でせがむので、「他山の石とする」という慣用句を教えてあげました。つい最近、東芝の不祥事に際して経済同友会の小林代表幹事が使った一言です。ほおぉ~、と感心するクリスティーナ、トロイ、そしてサラの三人。

「イディオムってさ、その国や土地の文化や歴史と密接に関係してるんだよね。」

とトロイ。

When the rubber meets the road. (ゴムが道路に会った時)
このフレーズは、「タイヤ(ゴム)が道路に接した時」、つまりテスト期間が終了して実際に車を道路で走らせる時、という意味。要するに、「実施段階が来たら」ということですね。

「これは比較的新しいイディオムだよね、自動車が登場してからのことだから。」

とトロイ。

「そうそう、オーストラリアのイディオムって、えげつないのが多いのよ。」

とクリスティーナ。彼女は3年ほど家族であちらに住んだことがあるそうです。サラがすかさずクリスティーナに何か耳打ちします。

「ええっ?嘘でしょ。そんな表現があるの?」

とのけぞるクリスティーナ。なになに?教えてよ!と詰め寄るトロイと私に、「絶対言えない」と首を振るサラ。想像を超える下品さらしい。

「外国人には伝わりにくいイディオムもあるわよね。そもそも同じ単語なのに違う意味で使われるケースも一杯あるからね。」

クリスティーナの娘は、オーストラリアで通い始めた学校の初日に、教師からこう聞かれたそうです。

“Did you bring a rubber?”
「ゴム持ってきた?」

オーストラリアではRubberが「消しゴム」という意味で使われていたことを知らなかったので、娘から報告を受けたクリスティーナは 一瞬ギョッとしたそうです。

サンディエゴに戻って総務のトレイシーにこの話をしたところ、

Rubber には長靴っていう意味もあるのよ。Put on your rubbers. (長靴履きなさい。)と言われた人が、無理やり頭にゴムを装着しようとしたりしてね。」

こめかみに両手を当て、窮屈そうに身をよじるトレイシー。


う~ん、この人、ノリ良すぎ。

2015年7月18日土曜日

She’s a basket case. 彼女はバスケットケース

水曜日は数カ月ぶりにロングビーチ支社へ出張しました。私がまだ週三日の割合でサンディエゴから長距離通勤をしていた頃からの友人でもある、同僚マークの部屋で久しぶりの打合せ。

彼は現在多忙を極めているのですが、その最大の原因は、この支社の古参PMだったBが突然辞職したことです。Bという男は、常に数ミリオンドルのプロジェクトを何件も抱えていたのですが、何の引き継ぎもせず去ったため、支社の連中がてんやわんやの大騒ぎ。技術屋集団のエースであるマークは、当然のようにBのプロジェクトを引き継がされたのですが、中身を見てみて愕然としたのだそうです。

Bは文書管理や契約手続きなど、会社の規則を悉く破っていて、どこから手を付けて良いかも分からないほどの散らかりよう。まるで誰かが家の中をごみ一杯にして夜逃げしたような有様だったのです。

「そんなになるまで、どうして周りは何も出来なかったの?」

と私。

「いや、もちろん数えきれないほど手を施そうとしたんだよ。でもさ、」

とマーク。そしてこう続けます。

“He was like, my way or high way.”
「彼はさ、マイウェイかハイウェイか、だったからね。」

俺のやり方(マイウェイ)か高速道路(ハイウェイ)、つまり俺のやり方が嫌ならとっとと消えろ、というフレーズですね。「あいうぇい」という部分を語呂合わせに使った慣用句。お~、新しい言い回しをサンキュー、とメモする私。マークという男は、イディオムの宝庫なんです。

「そういえば、Bが辞めた後、Sがデンバーからヘルプに来たでしょ。」

と私。Sというのは、元々Bの部下だった女性で、結婚後デンバーに引っ越しました。私は彼女のプロジェクトを遠隔でサポートしながら、いつの頃からかカウンセラーのような役割も務めていました。勤務時間外に私の携帯にかけて来て、仕事の愚痴を一時間くらいぶちまけることもしばしば。同僚も上司も私を誤解してる、全然信頼してくれていない、これでは良い成果が出せるわけない、と。

「彼女はクビになったよ。」

「うん、聞いてる。とんでもなくスピーディーな解雇劇だったよね。一体何があったの?」

するとマークは、吐き捨てるようにこうコメントします。

“She was a basket case.”
「彼女はバスケットケースだったんだよ。」

え?バスケットケース?これも新しい表現だぞ。どういう意味か尋ねると、

“She was not functioning.”
「彼女はファンクションしてなかったんだ。」

ううむ、ファンクション(機能)していないとはどういうことだ?

「つまり、ちゃんと仕事の成果が出せなかった、ということ?」

と問いただす私。

「いや、とにかくクレイジーだったんだよ。彼女は頭がおかしかったんだ。」

「ええっ?そういう意味なの?でもなんでそれがバスケットケースなの?」

これにはぐっとつまるマーク。ちょっとネットで調べてみよう、と彼がキーボードを叩きます。コンピュータ画面を数秒にらんでいたマークの顔に、不審な表情が浮かびます。

「第一次大戦中、両腕両脚を失った兵士はバスケットケースに入れて運んだ、というのが起源だと書いてあるぞ。」

暫く無言で見つめ合う中年男二人。そんな語源を知っちゃったら、怖くて使えないじゃないか、とビビる私。そこへマークが、しみじみ思い返すように繰り返しました。

“Yeah, she was really a basket case.”
「ああ、彼女は本当にバスケットケースだったよ。」

後で複数の同僚に聞いて確認したのですが、「四肢が無い」ので「人間として満足に機能していない」、それで「頭がおかしくなってる」状態を指すようになった、というのが一致した見解。

翌日オレンジ支社で会った同僚フィルが、こう笑い飛ばします。

「そんな語源知ってる人なんて、きっとこの支社でシンスケくらいだよ。みんなもっと軽い気持ちで使ってると思うぞ。」

サンディエゴ支社で受付を担当するヴィッキーは、

「そんなムゴい語源があったなんて、全然知らなかったわ。ストレスや何かで一時的におかしな言動を取る人を指して使ってるもの。」

と言っていました。

さてマークとの会議後、Bのプロジェクトの経理を担当していたサラを訪ねました。

「ねえサラ、どうしてSが解雇されたのか聞いてる?」

すると彼女は声をひそめ、きょろきょろと周囲をうかがいます。

「それは知らないけど、あの人、昔からちょっと変わってたのよ。Bの残したプロジェクトの経理面を大至急洗わなきゃいけないってデンバーから飛んで来たことがあったのね。彼女、土曜日に出勤してくれって一生懸命頼むの。もちろん無給でよ。私、これは緊急で重要な仕事なんだから、と引き受けたの。そしたらオフィスに着いた彼女がね、真っ先にフェイスブックの更新を始めたのよ。」

う~ん、それはバスケットケースと呼ばれても仕方ないか。


2015年7月8日水曜日

Baby Shower ベイビーシャワー

「ティファニー、実は良いニュースと悪いニュースがあるんだ。悪い方から言う。いいね?」

「え?何?いいけど、でも。」

iPhone の画面に、戸惑うティファニーの顔が映ります。小さな会議室で机の真ん中に携帯を置き、上体を乗り出す形で彼女に話しかける私。

「今日のパフォーマンス・レビュー・ミーティング(業績評価会議)は延期することにした。これが悪いニュース。後であらためてインビテーションを送るよ。それから良いニュースの方だけど、実はそれがこの会議の延期の原因なんだ。今から言うね。心の準備はいいかな?じゃ、いくよ、一、二、三!」

私の背後から複数の女性社員が躍り出て、一斉に叫びます。

「サプラ~イズ!」

そう、火曜日の10時、遠くバージニアで働くティファニーのため、皆でサプライズ・パーティーを仕掛けたのです。ビデオ会議の口実を作るため、上司の私が一役買ったというわけ。9月に女児出産を予定している彼女は、海軍勤務のご主人(ライアン)の転勤で遠くバージニアに引っ越したのですが、未だにサンディエゴ支社に所属しています。ライアンは半年以上も遠洋航海に出かけているため、慣れない街で一人暮らし。古い仲間たちが、そんな彼女を元気づけようとBaby Shower (ベイビーシャワー)をこっそり企画したのです。

溢れる涙を手で拭いながら、笑顔で皆に挨拶するティファニー、私の背後でサプライズの成功を喜んでいるのは、シンディ、トレイシー、クリスティ、バーバラ、ポーラ、シャノン、ダイアナ、それにヴァレリー。あ、男は僕ひとりじゃん、とあらためて意識する私。

Baby Shower というのは一般に、妊婦を囲んで女友達がお祝いをするパーティーです(シャワーというのは、お祝いを浴びせるという意味)。流れは、参加者から贈られたギフトの包装を妊婦がひとつひとつ開けた後、おきまりのゲーム(妊婦のお腹周りの長さ当てクイズ、とか紙おむつに塗り付けられた物を臭いで当てるクイズ、とか)を皆で楽しむ、というもの。最近でこそ老若男女が招待されることもありますが、以前は女性限定のパーティーでした。

渡米して間もない頃は、どうして男子禁制なんだよ、一体全体パーティー会場で何が行われてるんだよ、と興味津々でした。でも我が家のも含めて二回ほど参加した後、特に秘密にしなきゃいけない要素は無さそうだ、と分かって拍子抜けしました。

「ここに先輩ママが大勢いるわよ。何か質問はない?」

とトレイシー。何を聞くべきかすら分からない、と答えるティファニー。

「赤ん坊が寝ている間に自分も寝ておくこと!」

と叫ぶヴァレリー。賛同のどよめきが周りから湧き上がります。

「病院に行く前にしっかり食事をしておくこと!」

とシャノン。これには「私は正反対のことを医者から言われた」という声も出て、ひとしきり議論になりました。そこへ大御所のテリーが遅れて登場します。

「あ、テリー、いいところへ来たわ。」

とトレイシー。テリーが私の携帯画面の中のティファニーに手を振ります。

「今、出産に関する先輩ママたちからのアドバイスを送ってたの。何か無い?」

常に頭脳を高速回転させているテリーは、一秒も間をおかずこう言いました。

“Shave your legs and underarms before going to the hospital.”
「病院へ行く前に、脚と脇の毛を剃っておきなさい。」

ベイビーシャワーが男子禁制な理由がよく分かりました。


2015年7月6日月曜日

That’s all it takes. たったそれだけで全て解決。

独立記念日(Fourth of July)をどうやって楽しく過ごすか、というのは毎年ちょっとした悩みの種です。アメリカで生まれ育ったわけでもない私は、周囲の盛り上がりにイマイチ共感出来ないところがあり、去年はまるで普通の週末みたいにやり過ごしました。

気が進まない最大の理由は、どこへ行っても滅茶苦茶混雑している、ということ。特に花火の見えるエリア周辺の渋滞は尋常じゃない。隅田川と較べたら遥かに見劣りする「そこそこの」花火大会を鑑賞するために、わざわざごった返す人混みの中に飛び込んでいくこともないじゃないか、ともっともらしい言い訳をしながら。

一週間ほど前、友人のマイケルから、今年の独立記念日はどうするの?と聞かれ、何も予定は無いと答えると、二家族合同で何かやろうよ、と誘われました。それなら面白そうだ、と同意し、企画を両家で持ち寄ることになりました。ところが妻と一緒にひとしきりアイディア出しを試みたのですが、さっぱり浮かびません。

「アパートのプールサイドに皆で座って、遠くで上がる花火の音を楽しむってのはどう?」

という苦し紛れの提案を、

「本気で言ってるんじゃないわよね?」

と、身も凍るような冷たい目で却下する妻。あんたの発想力はその程度なの?という「見下し感」がビンビン伝わって来ます。バブル期に日本で働いてた頃は、花見であれ月見であれ社員旅行であれ、後々語り草になるようなイベントを数々企画していた私。あの頃のクリエイティビティもエネルギーも、今じゃすっかり枯れちゃったみたい。貧すれば鈍する、ということか…。

金曜の朝、マイケルから電話がありました。

「今朝目が覚めてふと思い出したんだけど、シェラトンホテルのポイントが貯まってるんだ。」

ワイン商の彼は出張が多く、ホテルチェーンやエアラインのポイントをごっそり持っているのです。

「そのポイントを使って、マリーナにあるシェラトンに部屋をとってみたんだ。これなら花火の後、渋滞の中を運転せずに済むし、心置きなく飲めるでしょ。ホテルにはプールやバレーボールコートもあるし、その気になれば、カヤックやパドルボードもレンタル出来る。夕方5時からは、港に面した芝生のガーデンでバーベキューもあるんだ。そこでそのまま、9時に港で打ち上がる花火を楽しめるみたいなんだけど、どう思う?」

どう思うもなにも、文句なしに素晴らしいアイディアじゃないか!うちにもシェラトンのポイントがあるのに、ちっとも思いつかなかったぞ。

二つ返事で企画に乗っかり、車を連ねてお昼前にホテルへ到着。チェックインの後、ヨットハーバーに面した芝生のバレーボールコートの隅にシートを敷き、弁当を拡げました。マイケルはここにさっさと赤いパラソルを立てて日陰を作り、紙袋に包んでこっそり持ち込んだ冷たいビン入り飲料をグラスに注ぎます。皆で乾杯の後、おにぎり、スパゲティ・ナポリタン、よく冷えたスイカなどを食べつつ談笑。子供たちはすぐに食事を終え、サッカーボールを蹴りながら芝生を駆け回ります。

その後、一旦ホテルの部屋に引き上げ、夕方5時にはマイケルと二人、くつろぐ家族を残して中庭へ場所取りに出かけました。彩度の高いブルーのクロスがかかったテーブルが何十台も並べられ、高級ビアガーデンのようなセッティング。座ったまま花火が鑑賞できそうなテーブルを選んで椅子に荷物を置き、特等席をガッチリ確保。海からの涼風を感じつつ、二人でグラス片手に乾き物を口に放り込んでいると、特設ステージでバンドの演奏が始まりました。ギターを提げた女性ボーカルにサイドギター、ベース、それにドラムというシンプルな構成。エリック・クラプトン、ポリス、サイモン&ガーファンクル、グレイトフル・デッドといった、アメリカ人なら誰でも知ってるけど歌詞は完璧には覚えてないぞ、というタイプの、絶妙な選曲のヒットメドレーを奏でます。

そのうち、誘蛾灯に引き寄せられる昆虫のように、三歳くらいの小さな子供が一人、また一人とステージ前に集まって来ました。親たちが遠巻きに見守る中、ちびっこたちはそのうち音楽に合わせて腰を振って踊ったり、おぼつかない足取りで追いかけっこをしたりし始めました。そこにいる誰もが笑顔。なんてシアワセな雰囲気なんだろう!

マイケルとの付き合いはもう10年近くになるけど、この男の「イベントのクオリティを追求し続ける姿勢」には頭が下がります。昨秋のワイナリーツアーも傑作企画だったけど、今回も彼のお蔭でこの上なく楽しい独立記念日になったなあ、とあらためて感動する私でした。

とその時、中国系の男の子がふらふらっとやって来て、我々のすぐ脇にいた金髪の男の子が持っていたボールを奪い取ろうとしました。一瞬、緊張が走ります。すると双方の親がそれぞれの子供に何か耳打ちし、金髪の方がボールを差出し、中国系がそれを受け取り、二人が一緒に遊び始めました。そこへもう一人アジア系の子供が加わって、三人のちびっこ達は楽しげにボールを追いかけて走り始めました。

“That’s all it takes.”

一部始終を見守っていたマイケルが、そうコメントして微笑みました。直訳すれば、「それに必要(it takes)なのはそれが全てだ(That’s all)。」という意味ですが、彼が言いたかったのは、要するにこういうことですね。

“That’s all it takes.”
「たったそれだけで全て解決だ。」

一緒にボールで遊ぼうよという簡単なジェスチャーひとつで、袋小路のように見えていた状況があっさり解決した。一見難しく思える問題も、心を開いてちょっと考えれば、実は割と簡単な解決策が転がっているものなんだ、というメッセージですね。「独立記念日をどう楽しく過ごすか」という難問だって、マイケルは苦も無く解決したのです。

そうだ、目の前に現れる問題が常に難しいわけじゃないんだ。いつの頃か私は怠惰になり、「心を開いてもうちょっとだけ考えてみる」努力を放棄していたのだ、とようやく気付かされたのでした。

港で花火大会がある。
これを楽しめる絶好のポイントは、当然港に面した場所。
そんな場所で渋滞や人混みに巻き込まれず花火を鑑賞するには?
そうだ、港に面したホテルに泊まっちゃえばいいんだ!

ちょっと辛坊して考えれば、これくらいの結論はさほどの苦も無く得られたはずです。

That’s all it takes!

よし、これからは良いアイディアが出るまで考え抜くぞ、と自分に誓ったのでした。

陽も落ちて、いよいよ花火が始まるぞ、という興奮が周囲にみなぎり始めた頃、マイケルが再び動き始めました。荷物を抱えて芝生を横切り、ホテルの敷地と歩道との境界ギリギリに椅子を並べ始めます。え?せっかくこんなに良い席を確保したのに、まだ移動するの?と驚く私。しかし結果、これが吉と出ました。木々に視界を遮られることなく、港内の四カ所から上がる花火を一望出来たのです。決して現状に満足することなく改善を続けるマイケルの姿勢のお蔭。感謝を超えて、尊敬の念を新たにしたのでした。

後で妻から聞いたところによると、マイケルの奥さんは、ギリギリのタイミングで場所移動を始めた夫に対し、

「ねえ、ちょっと落ち着いたら?」

とたしなめていたそうです。配偶者というのは、連れ合いにキビシイなあ。


2015年7月3日金曜日

Badass  バッドアス

先週の水曜。サンフランシスコの大物、アレクサンドラからメールが届きました。

「沢山の人から推薦があったんだけど、本社の新しいポジションに応募してみたら?」

現在、個々に独立して使用されている複数のプロジェクトマネジメント関連ツールを束ねて一つのプログラムに統合する動きが進んでいる。これを統括し、更には各国の支社を巡ってトレーナーを養成するためのトレーナーを探しているというのです。PM経験とトレーニング経験の両方が重視されているのだと。おお、これは面白そうだ。

「窓口はロスのジェニファーだから、連絡してみて。」

さっそくジェニファーにメールを送って「興味あり」と伝えたところ、大至急履歴書を送ってくれ、とのこと。応募者との面接を進めている最中だから、と。え?こんなキワモノの仕事に応募する人がそんなに大勢いるの?と心底驚く私。自分ひとりしか名乗り出ないんじゃないか、と高を括っていたのです。

今週の火曜日、ジェニファーとの電話面接がありました。技能、経験面での条件をクリアしていることを確認すると、彼女がこう言いました。

「今、候補者を絞り込んでるところなの。あなたは最終候補の一人よ。でも話を進める前に、大事な条件を言っておくわね。これから半年以上、ほとんど家に帰れないわよ。オーストラリアに一カ月行ったと思ったら一旦戻って、次に中東に一カ月、その後はニュージーランドに一カ月、という風に、長期出張の連続なの。これ、大丈夫?」

職務内容に「出張が多い」とは書いてあったけど、そこまでとは予想していませんでした。

「そりゃまた極端な条件ですね。」

今の仕事と掛け持ち出来るような内容だったらいいな、と甘い期待をしていた私。これは間違いなく、完全な本腰を要求されています。

「妻子ある自分のような人間には、大きな負担になりますね。何か特別手当とか、給料アップなどはあるんですか?」

思い切って尋ねる私。数秒言い淀んでから、ジェニファーがこう返します。

「これは人気のポジションなの。報酬面でのメリットは期待しない方がいいわ。」

期間は約一年。任務終了後のポジションについては、何の保証もありません。しかも、プロジェクトマネジメントのトレーナーというよりは、プログラム使用法の説明をする役割みたい。今の仕事で充分幸せな私にとって、一切合財投げ捨てて乗り換える船としては、いささか不安です。家族とも相談した結果、丁重に辞退しました。

昨日の昼休み。キッチンで弁当箱を洗いながら、若い同僚のジェイソンに顛末を話しました。

「本当に何人も候補者がいるのか、疑わしいな。海外出張したい奴なんて山ほどいるだろうけど、本当に教える技術のある人間は限られてるはずだよ。」

と不審顔のジェイソン。新婚の彼は、奥さんと付き合っている頃から毎年のように世界中を旅しています。来月は、ノルウェーから東欧まで巡る旅を予定しています。

「ま、俺だったらそこんとこは誤魔化して引き受けちゃうけどね。」

ここで彼が発した次の一言に、箸を拭く手が止まりました。

 “And I’d travel around the world like a badass.”
「そんでバッドアスみたいに世界中を旅して回るんだ。」

バッドアス(badass)?

「ちょっと待って。最後に何て言ったの?」

「ん?何が?」

「バッドアス(「ベダス」と聞こえます)とか何とか言わなかった?それどういう意味?」

文字通り訳せば、「悪いケツ」。何でそんなネガティブな言葉がここで登場するのか分からなかったのです。

「ああ、それはスーパークールっていう意味だよ。」

え?なんで?彼によれば、もともとは悪者を指す言葉だったのが、いつの頃からか反対の意味で使われるようになったのだと。う~ん、納得できないなあ。

「ワルの要素を含んでるの?」

「いや、ワルの要素ゼロでも使われるよ。」

そこへ、ランチを終えてさっきから自分の食器を洗っていたバーバラが参入します。

“I swam with a whale shark. That was a badass experience.”
「ジンベイザメと一緒に泳いだのは、バッドアスな体験だったわ。」

彼女は先月休みを取って、メキシコでボランティア活動に従事しました。その際、巨大なジンベイザメと一緒に泳ぐという稀有な体験をしたのです。この時の映像を、先日皆に披露してくれました。

「スーパークールって意味だけど、勇気ある行動だったっていう含みがあるわね。かなり恐かったもん。」

「おお、なるほど。」

「勇敢さは確かに大事な要素だね。つまりbadassは、スーパークールでタフな奴を指すんだ。」

とジェイソン。

Baddass
スーパークール・タフガイ

ぴったりした日本語が見つからないので、英語を英語で訳すという愚を犯すしかありません。それにしても、ワルの要素を抜きにしてるのにワルと呼ぶところが、どうも腑に落ちません。

「まだちょっとピンと来ないけど、なんかいい感じだねえ。僕もbadass になりたいよ。」

そう私が言うと、ジェイソンとバーバラが同時にこう返しました。

“You already are!”
「もうなってるじゃん!」

え?そうなの?どうも有難う、と答える私。

なんか、褒められたのかどうか分かりにくい…。


2015年6月27日土曜日

It takes a village 子供は社会に育てられる

水曜日の朝、私がPMを務める環境系プロジェクトの定例ミーティングがありました。技術面のリーダーをしているセシリアと財務系のサポートをしているシャノンが席に着き、他のメンバーの到着を待ちました。その時、セシリアが言いにくそうにこう切り出しました。

「テリーが来るまで待ちたかったんだけど、時間が無いから今言うわね。このプロジェクトのPMを私に変えろっていう指導が上層部から来てる話、聞いてる?」

「ああ、聞いてるよ。」

と答える私。シャノンもそれについては事前に聞かされていたようで、何も言わずに私の顔を見つめています。

「シンスケがPMをやってくれてるお蔭で私達、安心して仕事に打ち込めてるのよ。ずっとうまくやってきたのに、何でいきなり横槍を入れられなきゃいけないのか、理解出来ないわ。ここまで順調に舵取りをして来てくれたシンスケを、侮辱するようなことだけはしたくないの。」

確かに、契約額30ミリオンドルを超えるプロジェクトを、これといったトラブル無しに四年間も進めて来られたことは、私の密かな自慢でした。いつ問題の種が現れても即座に察知できるような仕組みを、早い段階で作り込んでおいた成果です。私にとってこのプロジェクトは、それまで蓄積してきたPM技術の集大成でした。セシリアもそのことは十分に分かっていたので、この変更が彼女の本意ではないこと、これからも変わらずサポートを続けて欲しいこと、を繰り返し説明しました。

「実はね、その動きは一か月ほど前から始まってたんだよ。」

と私。

「このプロジェクトだけじゃなく、建築部門や交通部門の巨大プロジェクトのPMリストに僕の名前が複数上がっていることは、上層部がずっと問題視してたみたいなんだな。本来責任を取るべき人間が僕の陰に隠れているような印象を受けてるんだと思う。だから、プロジェクト・コントロールの存在はやはり黒子であるべきだ、という原則論に立ち戻って、僕を一段下に下げようという動きが始まってたんだ。」

「でも私、自分がPM になっても、このプロジェクトでシンスケがやってることをそのまま出来るとは思わないわ。」

「それは大丈夫。きっちり後ろからサポートするから。」

セシリアもシャノンも、もしかしたら私が傷ついているんじゃないか、あるいは怒っているんじゃないか、と探るような目でこちらを窺っています。そんな必要など全くないのだ、ということを分かってもらうため、私はこんな話をしました。

2011年の5月にこのプロジェクトを任された時は、まるで出産直後の分娩室に駆けつけた出張帰りの父親のような気分だった。」

「とうとう産まれちゃったわ、どうしよう!って、パニック状態だったわよね。」

と、笑いながら答えるセシリア。

「この子を何とかして立派な大人にしなきゃいけない、という使命感で一杯だった。でもね、だからといって、僕だけが子育てをしてるなんて思ったことは一度もないよ。何十人というチームメンバーがこの子のために、一生懸命働いて来たじゃない。僕の肩書なんて、本当にどうでもいいことだよ。一番大事なのは、この子が健やかに成長することなんだから。」

二児の母であるセシリアとシャノンの心に、このアナロジーは響いたようでした。二人はにっこり笑って顔を見合わせ、何度も頷きながらほぼ同時につぶやきました。

“It takes a village.”

これは、

“It takes a village to raise a child.”
「子供一人育てるには村全体の協力が必要だ。」

の短縮形です。語源をちょっと調べたところ、もともとアフリカで使われていた格言らしいのですが、これは古今東西で有効な考えだと思います。要するに、子供というのは親だけでなく、社会に育てられるものだ、という話。

このプロジェクトの成功は、メンバー全員の強力なチームワークにかかっている。

熱い気持ちを確認し合った朝でした。