2019年9月8日日曜日

Moral of the story 物語のモラル


木曜の朝は久しぶりに6時出社。もちろん一番乗りです。暗いオフィスの照明を全てオンにし、席に着きます。仕事を開始して一時間後、チーム最年少のブリトニーがやって来て隣の席に座ったところで、

「ねえ、いつもより空調冷え気味じゃない?」

と尋ねました。

「そうかしら。」

と天井を見上げながら、数秒間動きを止めるブリトニー。そしてニッコリ笑ってこう言うのでした。

“It’s like Goldilocks and the Three Bears.”
「まるでゴールディロックスと三匹の熊みたいね。」

はあ?何の話か皆目見当がつかないので、素直に質問してみました。

「え?知らない?」

純粋に驚いた表情で彼女が説明してくれたのが、これ。

「アメリカの小学校に通った人なら誰でも一度は読み聞かせされた経験のあるお話だけど、ゴールディロックスって女の子が散歩中、森の中で一軒家を見つけるのね。中に入ってみると誰もいなくて、テーブルにオートミールの入った器が三つ置いてあるの。ひとつはとても熱くて、もう一つはすごく冷たくて、三つ目がちょうどいい温度だから美味しくいただいちゃったの。椅子も三つあってね、ひとつは固すぎて二つ目は柔らかすぎて、三つ目がちょうどいいサイズだったから座ってみたら、壊れちゃったの。で、ベッドでも同じようなことが起きて…。結局それは熊の家族のおうちで、帰って来たら家の中が滅茶苦茶になってたって話。」

う~む。何が何やら…。

「で、それと空調の温度と、何の関連があるの?」

と私。

「だからね、オフィスって暑過ぎたり寒過ぎたり色々でしょ。ちょうどぴったり快適な温度になることなんて無いのよねって言いたかったの。」

「あ、そういう話なの?わがままなガキみたいに文句ばっか垂れるなって怒られた気がしたんだけど。」

「そうじゃないわよ。ただ単純に、自分の思い通りになることなんて滅多に無いって話。」

ふ~ん、そうなの。でも何だかスッキリしないので、仕事を中断して検索してみました。

「ちょっとブリトニー、さっきの話だけどさ、ネットでは違う解釈ばかりだよ。他人の領域に入り込んで思うがままに行動してはいけないっていうのが、一般的に受け取られてるメッセージみたい。」

「え?なんですって?」

あっけにとられた後、不審な目になるブリトニー。そこへシャノンが出社して来ました。

「ねえシャノン、ゴールディロックスと三匹の熊ってお話知ってるでしょ。」

「ああ、何となくは覚えてるけど…。」

そこでブリトニーが使った表現が、これ。

“What’s the moral of the story?
「物語のモラルは何?」

モラル(「モ」にアクセント)というのは日本語で「倫理」と訳されるのが普通ですが、この場合は「良い人間になるための教訓」という意味ですね。つまり、ブリトニーの質問はこう。

“What’s the moral of the story?
「このお話の教訓って何だっけ?」

ちょっとの間首を傾げていたシャノンですが、

「う~ん、それは全然覚えてない。」

と肩をすくめました。ブリトニーは自分の理解を説明しましたが、それが正解とも不正解とも判断できないようで、するっと会話から離脱して席に着くシャノン。

「ざくっと流れを聞いただけだと、ネットの解釈の方がぴったり来る気がするんだよね。」

率直な意見を述べる私のモニター画面を覗き、解説文の横に白人中年男性の顔写真が添えられているのを見た若いブリトニーは、

「それ書いてるのはおじいさんでしょ。きっとわざとユニークな見解を発表しようとしてるのよ。小さい時に私が受け取った教訓はあくまでもそういうことなんだから、今更変えられないわ。」

結局のところ物語の教訓なんて、聞く側の解釈次第でどうにでもなるのですね。単に大多数の人間が見解を一致させているからと言って、それを誰にでも押し付けて良いわけではない。「赤ずきんちゃん」だって「三匹のこぶた」だって、教訓の解釈は読者の勝手。とりわけ場面転換が激しく変化に飛んだストーリーになると、読者側の解釈はもはや作り手にも予測出来なくなると思うのです。日本の学校では「この物語の教訓を述べよ」という国語のテスト問題があったし正解を聞いてなるほどと納得してたけど、ブリトニーのこの居直りには、アメリカ社会の柔軟性と度量の大きさを垣間見たような気がしました。

さて話変わってこの日の夕方は、毎月第一木曜日に開かれる恒例イベント「Light Table Presentation」がありました。港を見下ろす窓際の小劇場型会議室で、社員の誰かが自由題で話をするお楽しみ企画。軽いスナックや飲み物を手に、時にヤジを飛ばしながら仲間のプレゼンを聞くのです。今回のタイトルは、「Discovery of Beautiful Japan (美しい日本の発見)」。もちろん、プレゼンターは私です。イベントのまとめ役ダンがわざわざ日系スーパーMitsuwaまで走り、巻き寿司(といってもアメリカ式ですが)、歌舞伎揚げ、たまごボーロ、抹茶味のお菓子各種を買い込んで来てカウンターに並べます。私は大型スクリーンにパワーポイントのスライドタイトルを映してリモコンの具合をチェックしつつ、入場者を待ちました。

実は今回のプレゼン準備中、いつにも増して産みの苦しみを味わっていた私でした。去年の春と冬の一時帰国がネタ元で、花見や初詣らの写真を見せようと考えてはいたのですが、「自分は結局聴衆に何を伝えたいのか」がなかなか定まらず自問自答を繰り返した末、とうとう前の晩遅くになってようやく見つかったのでした。

五時少し前になって社員がぞろぞろ集まり始め、皆カウンター前に列を作って物珍し気に覗き込みながらスナックを手に取ります。三十人程の出席者がほぼ自分の座席や立ち位置を定めたのを見計らい、ダンが立ち上がります。

「皆さんようこそ。今日はシンスケが、日本についての話をしてくれます。食べて飲んで、楽しんで下さい。」

まずは「自分年表」からスタート。2000年8月、日本の勤め先を辞して渡米したこと、翌年息子が誕生したこと、2002年に今の会社に入ったこと、その後ほぼ四年おきに一時帰国して来たが、2013年夏を最後にルーティンが途絶えていたこと。2019年に大学進学する息子の一人立ち前に最後の家族旅行をしようじゃないかという話になったこと…。

この後私が伝えることになる情報は、前の晩になって急に付け加えたものでした。

「現在息子は日本とアメリカふたつの国籍を持っていますが、日本の法律によれば、22歳になる前にどちらかを選ばなければなりません。彼は一度も日本で暮らしたことが無く、このままではフェアな比較が出来ない。妻と相談し、春のお花見、そして冬の初詣という、多くの日本人にとって大事なイベントに照準を合わせ帰国することに決めたんです。」

正直なところ、「国籍の選択」という要素が今回の「一年に二度の一時帰国」という決断にどの程度影響していたかは、プレゼン前夜まで脳裏をよぎりもしませんでした。しかし突き詰めて考えれば、わざわざこの二つのシーズンを選んだのは「日本の素晴らしさを今のうちに息子に伝えておきたかったから」に他なりません。

「しかし今回の二回の旅で、むしろ親の私の方が日本の美、日本人の凄さを再認識することになったのでした。暫く距離を置くことによって、母国を客観的に眺めることが出来たのかもしれません。これから皆さんに、私の見たこと感じたことをお話して行きたいと思います。」

まずは成田空港のリムジンバス乗り場で、出発するバスに向かい深々とお辞儀する係員の映像を流します。

「自分が何年もちゃんとお辞儀していないことを、この時初めて意識させられました。」

それから駅で迎えに現れた83歳の父が30メートル先のバス停に違法駐車していた自家用車までダッシュした話、彼がATMの帰りに落とした「封筒にも入っていない」三万円を誰かが拾って交番に届けてくれた話を続けます。健康長寿で人に親切、という日本人のイメージを印象付けるエピソードですね。

更に東京各地で撮影した桜満開の写真、湖面に映った富士山の映像、新しくなった東京駅、神宮前のクリスマス・イルミネーション、蔦屋書店内の日本刀コーナー、酒とビールのコーナー、と続きます。建物や内装はもちろん、空間全体がとにかく清潔だということを強調します。

「どこへ行っても塵一つ落ちてないんですよ!」

ここで突然画面が変わり、話は急転回を見せます。

「色々出かけはしましたが、実は息子が一番行きたかったのはコンビニなんですね。」

日本のコンビニが外国人旅行者にとっても人気スポットなのは周知の事実らしく、笑いが起こります。小綺麗なパッケージに包まれた何十ものキャンディやグミ、お酒のおつまみ、そして色とりどりのドリンクが映されます。聴衆からおお、と溜息が漏れます。

「街中で至る所に設置されている自販機も、息子のお気に入りです。」

そして、自販機の中身に注意を促します。よくよく眺めると、大半はお茶やコーヒーなどの低カロリー商品。糖分過剰な炭酸飲料がひしめいているアメリカの自販機とはだいぶ違います。飲料がそうなのは分かった、じゃあ食べ物は?ということで、滞在中の食事をいくつか紹介。焼き魚定食、ナス豆腐定食、釜揚げシラス丼、鯵のたたき定食、など低脂肪メニューが続きます。

「こんな食事を続けていれば、健康になりますよね。」

そして世界各国の平均寿命グラフを映します。もちろん日本が堂々のトップ。女性87歳、男性81歳という数字を聞いて、オーディエンスから溜息が漏れます。

「食事もそうですが、とにかく歩く機会の多い事も長寿の秘訣だと思います。」

電車やバスといった公共交通機関の発達により、自家用車を使う時間が少ない日本人。その分歩かざるを得ないので、自然に日々の運動量が上がる。

「花見のハシゴをした日なんて、三万歩近くも歩いたんですよ。」

と、歩数計アプリのスクリーンショットを映します。

「旅行中は毎日山ほど食べたのに、結局体重は全然増えませんでした。」

街歩きといえば、東京は良く歩きました。そう繋げ、日本橋高島屋開店の映像を流します。制服に帽子姿の二人の若い女性が並んでお辞儀をしてから、まるで正倉院宝物殿開門みたいに恭しく正面ドアを開く様子が流れます。次に、街のそこここに突如現れる神社の写真が続きます。近代化を遂げた高層ビルの谷間に佇む、朱色の鳥居や瓦屋根の建物。そこへお参りのための列が出来ている。今回あらためて調べたところ、日本の神社というのはコンビニよりもお寺よりも数が多く、日本人の生活に日々触れているのだという話をします。神道は宗教というより日本文化の根っこにあるもので、「浄める」という思想がその中心にある。暮らしを浄め、心を浄める。プロジェクトの着工にも神主を招いてお祓いしてもらう。結婚式でも浄めてもらう。

正月二日には、夫婦で皇居の一般参賀へ行って来ました。丸の内から行列がスタートし、約5時間じりじり進んでようやく長和殿ベランダに到着。15秒ほどしかない天皇陛下のご挨拶を拝聴した後、またゆっくりと列に従って東京駅方面へ。平成天皇最後の一般参賀ということもあり、この日は15万人以上もの人が皇居に詰めかけました。私が一番驚いたのは、これだけの数の人が長時間文句も言わず列に並び続けたこと。少なくともその三割はお年寄りだったのに、よく耐えられたなあ、と。これはきっと、みな子供の頃から足腰を鍛錬していたからかもしれない、と小学校の体育授業の写真を映します。低学年の児童たちが体育館の中、体操服に紅白の帽子という出で立ちで、「前へ倣え」と列を作っています。

「息子が九歳くらいの時、親戚の人に頼んで一週間ほど日本の小学校で体験入学させてもらったことがあります。その時の写真を後で見たら、うちの子だけ普段着の黄色いTシャツを着てるんです。体操服や靴一式は予め調達して渡してあったのに、着替えを拒んだらしいんですね。その写真を見て、ああ彼はすっかりアメリカ人なんだなあ、と思った記憶があります。」

後で事情を聞いたら、クラスメート達が更衣室にも行かずいきなり教室で一斉に着替え始めたのに度肝を抜かれたらしいのですね(アメリカではあり得ない習慣)。皆と一緒の着替えは恥ずかしいけど、一人だけ違う服装で授業に出るのは恥ずかしくない、と。これには感心すらしました。

そんな彼に今回、実家に一人で泊まらせ、私の父と一日二人で行動させる機会を作りました。沢山話が出来て楽しかったそうなのですが、別れ際に息子がハグを求めたところ、父は両手を突っ張らせて後ずさりし、接触を拒絶したとのこと。

「日本では、人と身体を触れ合うことってあまり無いんですね。ハグはもちろん、握手だって一般的じゃありません。少し距離を取ってお辞儀をするのが通例なんです。」

ここで、日本人男性二人が向かい合って深々とお辞儀する写真を映します。聴衆は、ああ知ってる知ってる、という感じで頷きます。

次に、日本橋で買った折り紙用の色紙セットを映します。「青」というタイトルで、様々なバリエーションの青色がおさめられています。

「日本の伝統色ってこうなんです。同じブルーでも微妙に違う色合いが含まれてて、どれ一つとして主張し過ぎていない。でも全体で見ると絶妙に調和している。これって、日本人の生き方を象徴しているような気がするんです。礼儀正しく規律に従い、目立とうとせず周囲に合わせる。その結果、平和で落ち着いた社会が出来上がる。まあその分静かにプレッシャーがかかっているんですけどね。私は元々ずけずけ喋ってしまうタイプなので、正直、息苦しく感じる時もありました。だからアメリカに渡った時、自由な空気を胸いっぱいに吸い込んだことを憶えています。」

ここで、青い空と椰子の樹、色鮮やかなブーゲンビリアや極楽鳥の写真を出します。

「でもそのうちこの国では、そんな自由と引き換えに、不平等やとんでもない貧富の差、社会不安などが生まれていることも実感しました。社会の安定か個人の自由か。日本とアメリカって、そんなスケールの両極端にあるような気がします。」

ここで、満開の桜に挟まれた目黒川の遊歩道をそぞろ歩きつつ撮影した動画を流します。カメラを少し空へ向けると、早くも散り始めた花びらがひらひらと舞っています。

「桜の花って、完全な白でもなくピンクでも無く、そのどこか中間にあるんですね。よく見れば樹によっても花びらそれぞれも、少しずつ微妙に違ってる。でもちょっと引いてみると、全体で見事に調和してるんです。そのことが、日本人の心の琴線に触れるんだと思います。」

最後の動画は、息子が桜の花びらを追いかけ、その一片をふわりと右手で受け止めて嬉しそうに私に見せるところで停止しました。

「息子はこの夏一人立ちしました。将来どちらの国籍を選ぶかについては、彼の判断に任せます。でも今回の二度の旅で、二つの全く異なる文化をバックグラウンドとして持つことの幸運を再認識し、どちらも等しく愛せる人になってくれたらいいな、と願っています。ご清聴ありがとうございました。」

大きな拍手と共にプレゼンは終了し、Q&Aタイムに入ります。

「犬連れてる人があまり出て来なかったけどペットはいないの?」
「日本人の健康長寿に貢献している要素って他に何があると思う?」
「サンディエゴでお薦めの日本食レストランはどこ?」

テーマは盛り沢山ながら一応ラストで伏線を回収したつもりだった私は、このあまりにもバラバラな質問内容に、あ、やっぱり伝わらなかったか!とプレゼン編集の失敗を悔やんでいました。ところが最後に会計担当のマーゴがおずおずと手を挙げ、

「このプレゼン、息子さんには見せた?」

と尋ねます。いや、見せてないけど、と答えると、

「絶対見せるべきよ。私もう、泣きそうになっちゃったんだから(I choked up)。」

おお、少なくとも一人、こちらのメッセージを素直に受け取ってくれた人がいたぞ!ほっとする私。その後会場を片付けていると、他の参加者たちと談笑していたマーゴが近寄って来て、涙目でこう言いました。

“Can I give you a hug?”
「ハグしていい?」

あ、もちろん!と答える私。マーゴは両手を拡げ、固いハグをくれました。そして急に思い出したかのように身体を離し、両腕を身体の脇にぴたりとつけ、一礼して「サンキュー。グッバイ。」と固い口調で付け足すのでした。

え?そこが響いてたの?


2019年8月24日土曜日

Sweet Send-Off 甘いお別れ


先週火曜の晩、肌に夜風をひんやりと感じ始めた頃、愛車トヨタRav4の助手席に妻を載せ、空港方面へ飛ばします。行き先は、滑走路脇でゴージャスにライトアップされた新設の立体レンタカーセンター。予約していた中型車が全て出払ってしまったということで、フォルクスワーゲン社の白いAtlasという大型SUVに無料でアップグレードしてもらいました。ドアがどっしりと重く、窓を閉めると車外のノイズがほとんど入って来ません。これは快適!Rav4は妻に任せ、まるでクルーザーで夜の海原を疾走するように家路を戻ります。

翌朝は家族全員で早起きし、17歳の息子は衣装ケース二つとデカめのスーツケースひとつ、そして段ボール箱数個にありったけの物資を詰め込みます。我々夫婦は小さめのスーツケースをそれぞれ一つずつ携えることにしました。ガレージのシャッターを開け、前の晩ドライブウェイに停めておいたレンタカーの後部ドアを上に開きます。三列目のシートを前に倒して作っただだっ広い荷台に、押し寿司弁当のように隙間なく荷物を積み込むのでした。

いよいよ週末から息子の大学生活がスタートするということで、引っ越し荷物を積んでコロラドスプリングスまでの約1,800キロをひた走ろう、という企画。まずは、朝一番で近くの病院へ。入寮の条件とされている予防接種を、ギリギリで出発当日の朝に予約出来たのです。入学前にやっておかなければいけないことをまとめてチェックリストを作れ、とか学校から届いたメールは隅々まで読んでおけ、とか毎日口を酸っぱくして説いて来た我々ですが、そこは天下無双ののんびり屋。こちらがやいやい言えば言うほど耳が遠くなるようで、平凡なゴロをじゃんじゃんトンネルして行きます。悲しいかな、エラーを予測していた親の我々(特に妻)がすかさずカバーに入る、というパターンがすっかり定常化してしまいました。

しょっぱなのプログラムで議論するので夏休み中に読了しておくように、と二ヶ月前に送られて来た課題図書のペーパーバックも、当然読み終わっていない。そればかりか、バックパックに水筒と一緒に入れておいたら蓋が開いてびちゃびちゃに濡れちゃったよ、と笑う息子。まるで、誰かが原っぱに捨てて何日も風雨に晒された末に乾ききったエロ本みたい。もっさりとボリュームアップしています。これを両手で押さえつけながら後部座席に座り、「読み終わるまでiPhone取り上げ」の刑に処された息子。こればっかりはさすがにまずいと思ったのか真剣な表情で読み始めるものの、数分して振り返るともう口を開けて眠っている…。

病院を出て次に訪れたのは、親友二コラの家。前夜遅く、一ヶ月間に及ぶヨーロッパ一人旅から戻って来たばかりの彼でしたが、時差ボケをものともせず送別ブランチに同行することになったのです。高校の水球部で作った紺のポロシャツを着て運転席の真後ろに座った二コラの口から、ヨーロッパ各地でのオモシロ冒険談がとめどなく溢れます。

「あっちで親戚の人にスキンケア・サロンに連れてってもらったんだけど、何か薬品を使ってたみたいで、信じられないほど痛かったよ。でも滅茶苦茶スベスベになったけどな。」

ルームミラーを覗くと、息子が手を伸ばして「ほんとだ」とか言いながら二コラの頬っぺたをぺたぺた触っています。思わず隣の妻と顔を見合わせて無言で笑います。

予約した9時ぴったりに、お気に入りのレストランGreat Mapleへ到着。我々夫婦はいつものケールサラダと特製フレンチトーストを注文することに決めたのですが、息子と二コラは食べたい物がカブッたとかで、突然じゃんけんを始めます。いいじゃん同じ物頼めば、と諭す妻を振り切り、何度か「あいこ」を続けた後、決着がつきました。

身体は大きいけど、中身はまだまだ子供なんだよな、と微笑ましく思いながら二人を眺めていたのですが、食事が終わってそろそろ出発、という段になり、二コラの両目が急激に赤くなって行きました。あれあれ、どうした?と尋ねると、

「この二年間ほぼ毎日一緒に過ごして来た親友といよいよお別れなんだって思ったら、やっぱりたまらないよ。」

と、メガネの奥の涙を両手の人差指で拭います。一方我が家の愚息はケロッとして、どうしたんだよ、やめろよ、などと笑いながら茶化しています。

「僕の国じゃ、親友ってのは本当に特別な存在なんだ。たとえば結婚式で付き添い役を務めた親友は、法的に家族の一員になるんだよ。生まれた子供の準保護者にも認定されるしね。そんな大事な存在だから、離ればなれになるのはとっても辛いんだ。」

家まで送り届けると、歩道に降りた二コラは息子に車から出るよう促し、長く熱い抱擁を交わします。そして我々の車がどんどん遠ざかり、遂に角を曲がるまで、ずっと手を振っていました。

「ほら、後ろ見てちゃんと手を振り返せよ!」

と「親友」に気を遣う私。

その日はラスベガスのプラネット・ハリウッド・ホテルにチェックインし、クリス・エンジェルの空中浮遊マジックショーを鑑賞。木曜は、映画「マッドマックス」を思わせる岩と砂の荒野を何時間もひた走り、ブライス・キャニオン国立公園に近い安ホテルに宿泊。金曜はアーチズ国立公園に寄った後、さらに果てしない荒野を爆走します。その間息子は後部座席で課題図書を読みふけり、「このお話、すっごく面白いよ。」と無邪気に感想を述べます。「遅いんだよ!」と前席からすかさず突っ込む我々夫婦。

読書に疲れると、子供の頃の思い出話などでドライブ・タイムを楽しみます。

「パパって、僕のうんこの写真よく撮ってたよね。」

と笑う息子。「切れずの一本」が体調良好の何よりの証拠と信じる私は、彼が立派なお通じをすると力いっぱい褒め、記念写真を撮影したものでした。色々抜けていて問題はあるけど、大きな病気も怪我も無く朗らかに暮らして来られたのは本当にラッキーだ、それもこれもすべて周囲の支えのお蔭だぜ、と「父親モード」で語ります。そしてフィッツジェラルドの名作「グレート・ギャツビー」の冒頭の一節を遠い記憶から手繰り寄せ、彼に「贈る言葉」として与える私でした。

「ひとを批判したいような気持が起きた場合にはだな」と父は言うのである「この世の中の人がみんなおまえと同じように恵まれているわけではないということを、ちょっと思い出してみるのだ」(野崎孝訳)

同じフレーズを過去に何十回も聞かされている息子からは大したリアクションも無く、静かな時間が流れて行きます。実はこの後、もうちょっと文章が続くのです。そして、この部分こそが私の大好きな一節なのですが、さすがに端折りました。

父はこれ以上多くを語らなかった。しかし、父とぼくとは、多くを語らずして人なみ以上に意を通じ合うのが常だったから、この父のことばにもいろいろ言外の意味がこめられていることがぼくにはわかっていた。

砂漠地帯の一本道に入ると、息子はお気に入りであるジョー・ローガンのポドキャストを、カーステレオを通して流し始めました。大統領候補バーニー・サンダースへのロング・インタビューで、地球温暖化が喫緊の課題であること、今すぐ動かなければ取り返しのつかない事態になることなどが熱く語られました。それが終わると彼は、小遣いから課金してまで購読しているポドキャスト「ハードコア・ヒストリー」で最も好きな「ジンギスカン」の回を流します(ジンギスカンがいかに凄い人物だったかを常々興奮状態で語って来た彼は、どうしてもそのオリジナル音源を我々に聞かせたかったようでした)。両親が感心しつつ聞き終わるのを確認すると、今度は最近ハマっている「ジョジョの奇妙な冒険」ミーム(インターネット上で伝染していくコンセプト)の話をガンガン語ります。なんのことやらさっぱり分からない妻は、そのうち助手席で寝入ってしまいました。

コロラド・スプリングス入りしたのは出発から三日後の金曜夜。入学初日に着る綺麗な服が無いことに気付いてアウトレットモールに飛び込み、閉店ぎりぎりにポロシャツを買いました。翌朝ホテルを出て、4月に見学した際に見つけておいたLoyal Caféというモダンなコーヒーショップで朝食をとってから学校に向かいます。

係員の誘導に従って寮の駐車場にゆっくり進入して行くと、既に沢山の車が停まって荷物を降ろしていました。建物から黄色いTシャツとカーキ色の短パン姿の若い男女が、四隅の足元に車輪をつけた巨大な四角い布袋を押しながら大勢現れ、弾ける笑顔と大声で歓待します。在校生たちが寄ってたかって、新入生の引っ越しを手伝ってくれるのですね。

息子の新居は、四階一番奥の三人部屋。先に到着していたルームメイト二人はそれぞれ家族の手伝いもあったようで、ほぼ荷解きを終えていました。二つしかないクローゼットには既に彼等の服や荷物がおさまっており、「ほらね、言わんこっちゃない」と思わず小言が口を突いて出かかりました。前の晩ホテルで「明日は一番乗りしよう」と話していたのに、予想通りしっかり寝坊した息子。早目の行動を心掛けるようになるための良い学習機会だと、ひとり頷く私。ところが二人のルームメイトは気の毒に思ったのか、息子に「半分使ってよ」とそれぞれオファー。結果的に、合わせて一つ分のクローゼット・スペースをせしめてしまったのでした。う~ん、「残り物には福がある」みたいな展開になってしまったじゃないか。ますます「懲りない奴」になっちまう…。

部屋での荷解きを終えると、キャンパスの芝生広場に設営されたキャノピー群の陰でビュッフェランチを楽しみます。その後、黄色いビニール製の棒を打ち鳴らしながら歓声を上げ続ける何百人もの在校生たちに挟まれた細い道を、新入生とその保護者がゆっくりと進み、石造りの立派なチャペルへ入ります。すし詰め状態で着席し、学長の挨拶を聞きます。この学校での四年間が若者たちの人生の立派な礎になるであろうこと、多額の学費を払うことになる保護者に、それが価値ある投資だったと確信して頂けるよう教職員は全力を尽くすこと…。途中で思わずじわっと目頭が熱くなり、この情熱的なメッセージが息子の心にも響いてるといいが、とチラッと横を見ます。すると彼は首をうなだれてガッツリ居眠りしており、隣の妻から激しく小突かれていました。

この後、再び芝生の広場へ出ます。新入生はここで数十組のグループに分かれ、水曜に出発が予定されているキャンプ・ツアーの打合せをする手筈なのですが、浮かない顔で執行委員の座る中央テーブルに向かってまっすぐ歩く息子。実はこの日の朝、配布された書類を読んでいた妻が、重大な発見をしてしまったのです。

「前々からお伝えしてある通り、新入生は最初の週に四日間のキャンプを体験します。それには以下のツールが必要です。」

寒冷地対応の寝袋、おでこにつけるタイプのライト、テント内に敷く防寒マット、などなど…。

「ど~すんのよ!今すぐ買いに行かなきゃ間に合わないじゃない!」

とキレる妻。またしても、「届いたメールをちゃんと読まない」ために起きた失策です。何回同じミスを繰り返せば気がすむのよ?と妻が首を振ります。暗い顔で、「キャンプへの参加をパス出来るかどうか聞いて来る。」と答える息子。

そうして彼がトラブルの収拾に動いている間、我々は保護者対象のセッションに出席。この時、「キャンプ用具は学校にたっぷり在庫があるので借りられる」との説明を聞き、ほっと胸を撫でおろします。後で息子と合流してこれを伝えたところ、まるでそうなることは初めから分かっていたとでも言うように、「でしょ!」と笑ったのでした。てめー、いい加減にしろよ!

夕食は近くのピザ屋ですませ、その後再びLoyal Caféへ行きくつろぐことにしました。皆で絶品コーヒーを味わっていたところ、息子の携帯に二コラから電話が入ります。彼もつい先ほどアリゾナの大学寮に入ったらしく、フェイスタイムで部屋の様子を映しながら息子と話しています。「そっちの大学が嫌になったら編入して来いよ!」…まだ言ってる。

すっかり夜の帳が落ち、この日最後のオリエンテーション・セッションに出席するため8時半までに戻らなければならないという息子を、寮の駐車場で降ろします。保護者の参加はここでお終い。正式にさよならです。学校側から渡されたプログラムには、この時間帯の活動にこんなタイトルがついていました。

The Sweet Send-Off

直訳すれば、「甘美な送別」ですね。これはウマいな、とそのワードセンスに唸りました。別離の切なさに胸を痛めつつも、子供の独り立ちを誇らしく思う。そんな特別な一幕を表現するのに、これ以上しっくり来るフレーズは無いだろう…。

「じゃあね。元気でね。」

助手席から降りた妻は、隣に停めてある車との隙間で息子を抱きしめます。そのうちしゃくりあげ始めた妻に、「ちょっとママ!」、と元気づけようとしているともたしなめているとも取れる強い口調で声をかけながら、身体を離す息子。私とは軽くハイファイブした後短いハグを交わし、「ジョジョのミーム、送るからね。」と笑います。妻を横に載せてエンジンをかけ、駐車場内を走り始めた時は、寮の入り口で手を振る息子がルームミラーに映っていましたが、コーナーをぐるりと回って正面を向くと、既に踵を返してスタスタと歩き始めていました。

「ほんと、あいつらしいな。」

と笑う私の横で、激しく泣き続ける妻。ホテルに戻ってもまだ泣き止まず、暫くタオルで顔を覆っていました。

翌朝はゆっくり寝坊した後、昼前になってようやくホテルを後にします。レンタカーのだだっ広い荷台には、我々の小型スーツケース二個のみ。スペースが無駄なので、倒していた三列目のシートを起こそうかなと一瞬考えましたが、二列目に座る者もいないのにもう一列座席を作る必要も無いか、とすぐに思い直しました。デンバー方面へ北上する途中のレストランTill Kitchenでブランチしよう、と車を走らせていると、

「あれ?おかしいな。周りの物が良く見えないんだけど。泣きすぎて目がどうかしちゃったみたい。」

と、助手席から身を乗り出して懸命に目を凝らす妻。

「え?そんなことってあるの?」     

と驚きつつ、この分だと回復にあと数日はかかりそうだな、と妻のメンタルを心配する私でした。実はちょっと前に息子からテキストメッセージが届いていたのですが、彼女に見せようかどうかだいぶ迷った末、見合わせることにしました。

そこには便器の写真が添付されていて、おいおいこんなところでオオサンショウウオ発見かよ?とツッコミたくなるような特大サイズの便が映っていたのです。

“Absolutely shelled the bathroom”

とコメントが添えてあります。すっかり英語モードになってやがる…。よく分からないけど、きっと「便器を完璧にやっつけたった」くらいの意味でしょう。すかさす

「食事前だぞ!」

と日本語で返信すると、

“Hahahahaha”

と笑い返して来ます。そしてもう一度しげしげと写真を眺め、驚嘆する私。これほどデカい大便は生まれて初めて見たぞ。あいつ、ホントに健康優良児だな…。

“Great job though”
「すごいなしかし」

と、素直に感心を伝えます。すると数秒後、こんな返信が届いたのでした。

“Thanks Dad it means a lot”
「ありがとパパ。嬉しいよ。」


2019年8月10日土曜日

Bucket List 生きてるうちにしておきたいこと


先週木曜のアフター5、窓からサンディエゴ湾を望む開放型会議室に三十人程の社員が集まって、月例プレゼンイベントが開催されました。今回のスピーカーは、元大ボスのテリー。旦那のトレイス(社員じゃないけど)も駆けつけ、30年前に二人が体験した南米バックパック・ツアーのエピソードをスライドショー形式で披露してくれました。

大学院を出たばかりで仕事も金も無く、結婚もしていなかった二人ですが、貧乏旅行マニアの知人に感化され、「やるなら今しかない」と断行したのだと。携帯電話もインターネットもATMも無い中、チリのサンティアゴからアルゼンチンの南端まで三カ月かけて踏破した若いカップル。スライドショーの写真の中には、活火山の山頂で黄色く煙る噴火口の縁に腰かけ、数百メートル下でオレンジの光を放つマグマを見下ろしているところとか、巨大な氷山の急斜面にさりげなく立っている姿などもありました。

「命を落とした人もいるからやめた方がいいって周りの旅行者が忠告したのに、トレイスったらまるで公園で子供が遊ぶみたいに、氷の斜面を背中で滑り降りたのよ。」

とテリー。

「いや、上から見たら大したことなさそうだったんだよ。ピッケルを両手で握って、胸の前に抱える格好で足から滑るんだ。で、スピードが制御できなくなって来たら上体を素早く回転させ、ピッケルを脇腹の横辺りの氷に突き刺してブレーキをかける。ガイドからそう教えられて、やってみたらうまく行ったんだ。結構楽しかったよ。」

そもそもこの二人は相当な冒険好きカップルのようで、一昨年もメキシコでジップライン(山奥に張られたワイヤーロープを滑車を使って滑り降りる遊び)を楽しんで来たと話してました。

実は彼等のプレゼンに聞き入るうち、じわじわと居心地が悪くなっている自分に気付いていた私。すごいなあと感心する一方で、一ミリも羨ましくないのです。触発されて然るべき類の話題なんだろうけど、正直、さっぱり興味が湧かない。この時突然、数か月前の記憶が蘇って来ました。

長年親しくして来た同僚マリアのシカゴ転勤が決まり、古い仲間とダウンタウンのTaka Sushiで壮行会を催した晩のこと。マリアと特に親しかったリチャード、日系アメリカ人の元同僚ジャック、そして元ボスのエドのその奥さんジョリーンとでおまかせ寿司コースに舌鼓を打っていた時、間もなく90歳になろうというジャックがこんなことを言ったのです。

「まだまだ老け込むわけにはいかないよ。Bucket Listを空にしてないからね。」

え?なんだって?バケット・リスト?間髪入れず、発言の意味を質問する私。

「生きてるうちにしておきたいことのリストだよ。」

と、すかさずエドが解説します。ふ~ん、そうなの。でもなんでそこでバケツが出て来るの?と尋ねると、みなで天を見上げて固まります。それからおもむろにスマホを取り出し、それぞれ調査開始。そして審議の結果、「首を吊ろうという人が足元のバケツを蹴飛ばして人生を終える」ところから来ているらしい、という説明で一応全員が納得しました。ここでエドが笑顔になり、こちらを向いて言ったのです。

“Shinsuke, what’s on your bucket list?”
「シンスケ、君のバケツ・リストには何が入ってるんだ?」

一斉に顔を上げてこちらの解答を待つ仲間の前で、ぐっと詰まる私。え?急にそんなこと聞かれても…。何かあったっけ?

「う~ん、なんだろ。全然思いつかないや…。」

結局食事会中には答えが出ず、それからというもの、ことあるごとにこの質問が蘇るのでした。テリーのプレゼンを聞いている間も、何度もふっと意識が飛んでバケツ・リストのことを考え始めていた私。どんなに頑張っても何ひとつ浮かばないじゃないか。どうしちゃったんだろう?若い頃は色々あったと思うんだけど…。後日、若い部下のテイラーに聞いてみました。

「え~?いっぱいあるなあ。行ってみたいところがものすごい数あるもん。アラスカでしょ、ハワイでしょ、それからギリシャとアイスランドも行きたいし。」

そっか、アメリカ人なのにまだハワイにも行ってないのか。大学出て三年目くらいだから、当然だよな。若い時って、したいことが山ほどあるんだな…。実際の年齢はどうあれ、それこそが「若さ」というものなのかもなあ。

若いと言えば、我が家の17歳の息子。いよいよ来週末からコロラドの大学で寮生活をスタートします。荷物が多いため、サンディエゴから三日かけて車で送って行くことにしました。折角だから、ラスベカスに寄ってマジックショーを観たりユタ州の国立公園で絶景を楽しんだりしよう、とロードトリップ計画を立てた我々夫婦。これが最後の家族旅行になるかもしれないね、としんみりする妻。男親の私は「四年間しっかり頑張って来いや」くらいのあっさりした心持ですが、母親にとって一人息子との別離は、そう簡単なものじゃなさそうです。準備の段階で、いろいろ想像して何度も目を潤ませる彼女。

今週テリーとランチルームであった時、息子の大学のことを尋ねられたので、来週末にスタートすること、家族でコロラドまでドライブした末にさよならする予定であることなどを話しました。

「奥さんが心配よね。」

とテリー。彼女のところの長男は既に大学生で、このマイルストーンは直近で経験済みなのですね。

「17年とか18年、ずっと子供の予定を中心に生活を組み立てて来たじゃない。その中心がいきなりどこかへ飛んで行っちゃうんだから、動揺は大きいわ。自分中心の人生を取り戻すまで、精神的に不安定な時期が続くの。これは辛いわよ。」

なるほどね。妻ほどじゃないけど、僕だって過去十数年間、だいぶ子供の都合に左右されて来たもんな。楽しい思いをさせてもらった反面、今後軌道修正に苦しむのかもしれない、という不安がやって来ました。

「家に帰った時、空っぽになった息子さんの部屋を見るのは辛いと思うの。帰る道中とか帰宅してすぐとかに、何か楽しいイベントを企画しておくといいわ。奥さんがずっと前からしたかったことは何?そういうのを今から予定に組み込んでおくのよ。」

それは素晴らしいアイディアだね。有難う、と私。

よく考えてみれば、妻が前々からしたかったことなんて知らないな。さっそく家に帰って、キッチンで夕食の支度をしていた彼女に背後から尋ねてみました。

「ねえ、Bucket Listって何か知ってる?」

知らないというので解説をし、さりげなく質問を重ねます。

「君のBucket Listには何が入ってる?」

数秒ほど考えた後、彼女が空を見つめてこう答えました。

「な~んにも思いつかない。」

二人そろって、重症です。


2019年7月14日日曜日

Throw down 闘いを挑む


木曜の12時は、ランチ・デリバリー付きのチーム・リーダー会議でした。数か月前に部門長へ昇格したセシリアが司会進行する隔週ミーティング。サンディエゴ支社環境部門のマネジャーが集まって情報交換をするのが主目的です。この会議に参加するたび、うちの職場の女性優位を意識させられる私。この日もセシリアの他、クリスティー、ヴァレリー、リンジー、そして特別参加のテリー(セシリアの前任)、と女性ばかり。いつもはここにジャクリンとヤラ(もちろん女性)も加わるのですが、この日は欠席。しかしそれでも圧倒的なアウェー感に変わりありません。

「みんな、サーベイ・レポート持って来た?」

とセシリア。最近、会社が去年行った社員意識調査(Engagement Survey)の結果が出て、チームごとのレポートが作成されていたのです。これを持ち寄って皆で意見交換をしましょう、と呼びかけていた彼女。壁の大型スクリーンに自分のレポートを映し出し、ディスカッションをスタートするセシリアですが、私はちょっと居心地の悪い思いでいました。

調査結果は八項目に分かれていて、それぞれ五点満点での点数が記されています。画面に表れているレポートは、セシリアを上司に持つ(私を含めた)社員の出した答えの集計結果なのです。直接的ではないにしろ、彼女に対する部下からの評価が色濃く反映されているはず。それをあからさまにさらけ出すなんて、随分な度胸だなあ…。

「みんな、一番点数の高かった項目と最低点だった項目を教えて。」

ヴァレリーが自分のチームの調査結果を述べ、私の順番が来たので正直に報告します。

「ええと、第五問のMy teammates have my back(チームメンバーが常にサポートしてくれている)と第八問のIn my work I am always challenged to grow(業務は常にチャレンジングで私を成長させてくれている)が最高点で…。」

すると横でサラダを食べながら話を聞いていた元ボスのテリーが、私の手元のプリントを躊躇なく覗き込み、感嘆の声を上げました。

「あら、その二つとも満点じゃない。しかも他に二問、4.75ってほぼ満点なのもあるわ。すごいじゃない!」

そう、どうやら私のチームの調査結果は、他と比較して断トツの高得点だったのですね。

「素晴らしいわ。シンスケのチームは本当にまとまってるし士気も高いわよね。」

と手放しで褒めるセシリア。う~む、これはこれで決まりが悪いぞ。

議題が変わり、今度は「社員トレーニングをどうやって全員に受けさせるか」というテーマになりました。我が社では、「安全行動トレーニング」や「セクハラ対策トレーニング」など、全社員が必ず受けなければならないオンライン・トレーニングがあるのです。期限までに終わらせない社員が毎年必ずいて、これがマネジメントにとって頭痛の種になっています。

「ちょっとしたアイディアなんだけどさ、チームで競わせるっていうのはどう?」

と私。皆忙しいので、この種のトレーニングはなかなか優先順位の上位に入って来ません。個人に委ねていると、どうしても後回しになってしまう。ならばメンバー全員が終了した時点でそのチームはゴールイン、というルールを作って社内で競争すればいいんじゃないか、という提案でした。チームの結束を強めることにもなるしね、と。

その時突然テリーが大声を上げて笑い、こう言ったのです。

“Wow, Shinsuke is throwing down!”
「あらあら、シンスケがthrow downしてるわよ!」

他の女性たちも、つられたように一斉に笑い出します。ほんの一瞬怯んだ私ですが、すぐにあっはっはと笑いに加わるのでした。

ミーティング後、さっそく物知りの同僚ジョナサンを訪ねます。二つのモニターとラップトップの画面を駆使し、データ分析に集中している様子。私の気配に気付き、にこやかに振り返ります。

「あのさ、今ちょっといい?会議でテリーにShinsuke is throwing downって言われたんだけど、どういう意味か教えてくれる?」

実はこの時、久しぶりに若干ローになっていた私でした。Throw Downを字義通り「投げおろす」と解釈したため、テリーのコメントは全くの意味不明でした。シンスケが投げおろしてるわよってどういうことだ?と。それなのについ調子を合わせて笑ってしまった私。新しい英語表現が理解出来ない場合は落ち着いてやり過ごすか、間髪入れず「え?どういう意味?」と尋ねようとずっと心に決めていたのに、大勢で笑う女性陣のプレッシャーに耐えきれず、ごまかし笑いをしてしまったのです。つまり、敵前逃亡をしたわけですね。くそっ、なんて情けない…。胃の辺りに、いや~な気分が拡がります。

「Throwing up じゃなくて?」

すかさず茶化すジョナサン。

「いや、そっちの表現は知ってるよ。」

と私。Throw up は「(げろ)を吐く」ですね。

「文脈から判断するに、それはThrow down the gauntlet の短縮形だね。」

とジョナサン。

「え?gauntlet(ゴーントレット)ってあの、running the gauntletでおなじみの?」

「いや、それはまた別の慣用表現なんだ。gauntletってのは甲冑の手袋部分のことだよ。」

「あ、そうなの?じゃあThrow down the gauntletっていうのは?」

「ほら中世でさ、決闘を申し込む時に手袋を地面に叩きつける風習があったろ。だからthrow down the gauntletで、闘いを挑むっていう意味になるんだ。後半は言うまでもないからって省略しちゃう人が多いね。」

つまりテリーは私の提案を受け、「シンスケが自分の超強力チームを率いて他チームを打倒しようとしてる」とからかったのですね。

“Wow, Shinsuke is throwing down!”
「あらあら、シンスケが戦いを挑んでるわよ!」

毎度のことですが、throw やdownみたいなごくごく基礎的な単語でも、結合させるやいなやとんでもない破壊力を発揮する今回のようなケースに出くわす度、英語学習の道のりの長さに愕然としてしまう私です。それにしてもジョナサンは、いつ何時どんな挑戦でも受けてくれるなあ、と感謝の気持ちを新たにしました。

「いつもいつも仕事中に悪いね。おかげですごく勉強になってるよ。有難う。」

彼の席を後にする私。するとその背中を追いかけるように、彼がこう言ったのです。

“I enjoy our jousting matches.“
「こっちもジャウスティングの闘いを楽しませてもらってるよ。」

はたと足を止め、くるりと振り返る私。

「え?今なんて?」

「ジャウスティング、知らない?」

とジョナサン。

「ほら、甲冑を身にまとった男たちが槍を持って馬に乗り、両側から走って来て一騎討ちっていう中世の競技があるでしょ。」

「あ、それ見たことある!ジャウスティングって呼ぶのか。知らなかった。有難う。」

予測不能な質問を抱えて突き進んで来る私を敵対する騎士と見なし、「丁寧で簡潔な回答」という槍で突き返す自分を馬上の戦士に見立てたわけですね。私の質問した英語表現が中世に起源を持つものだったことから、さっそく「中世繋がり」の言い回しでコメントを加えるという、どこまでも心憎い機転の利かせぶり。

まいりました。完敗です。