2019年8月10日土曜日

Bucket List 生きてるうちにしておきたいこと


先週木曜のアフター5、窓からサンディエゴ湾を望む開放型会議室に三十人程の社員が集まって、月例プレゼンイベントが開催されました。今回のスピーカーは、元大ボスのテリー。旦那のトレイス(社員じゃないけど)も駆けつけ、30年前に二人が体験した南米バックパック・ツアーのエピソードをスライドショー形式で披露してくれました。

大学院を出たばかりで仕事も金も無く、結婚もしていなかった二人ですが、貧乏旅行マニアの知人に感化され、「やるなら今しかない」と断行したのだと。携帯電話もインターネットもATMも無い中、チリのサンティアゴからアルゼンチンの南端まで三カ月かけて踏破した若いカップル。スライドショーの写真の中には、活火山の山頂で黄色く煙る噴火口の縁に腰かけ、数百メートル下でオレンジの光を放つマグマを見下ろしているところとか、巨大な氷山の急斜面にさりげなく立っている姿などもありました。

「命を落とした人もいるからやめた方がいいって周りの旅行者が忠告したのに、トレイスったらまるで公園で子供が遊ぶみたいに、氷の斜面を背中で滑り降りたのよ。」

とテリー。

「いや、上から見たら大したことなさそうだったんだよ。ピッケルを両手で握って、胸の前に抱える格好で足から滑るんだ。で、スピードが制御できなくなって来たら上体を素早く回転させ、ピッケルを脇腹の横辺りの氷に突き刺してブレーキをかける。ガイドからそう教えられて、やってみたらうまく行ったんだ。結構楽しかったよ。」

そもそもこの二人は相当な冒険好きカップルのようで、一昨年もメキシコでジップライン(山奥に張られたワイヤーロープを滑車を使って滑り降りる遊び)を楽しんで来たと話してました。

実は彼等のプレゼンに聞き入るうち、じわじわと居心地が悪くなっている自分に気付いていた私。すごいなあと感心する一方で、一ミリも羨ましくないのです。触発されて然るべき類の話題なんだろうけど、正直、さっぱり興味が湧かない。この時突然、数か月前の記憶が蘇って来ました。

長年親しくして来た同僚マリアのシカゴ転勤が決まり、古い仲間とダウンタウンのTaka Sushiで壮行会を催した晩のこと。マリアと特に親しかったリチャード、日系アメリカ人の元同僚ジャック、そして元ボスのエドのその奥さんジョリーンとでおまかせ寿司コースに舌鼓を打っていた時、間もなく90歳になろうというジャックがこんなことを言ったのです。

「まだまだ老け込むわけにはいかないよ。Bucket Listを空にしてないからね。」

え?なんだって?バケット・リスト?間髪入れず、発言の意味を質問する私。

「生きてるうちにしておきたいことのリストだよ。」

と、すかさずエドが解説します。ふ~ん、そうなの。でもなんでそこでバケツが出て来るの?と尋ねると、みなで天を見上げて固まります。それからおもむろにスマホを取り出し、それぞれ調査開始。そして審議の結果、「首を吊ろうという人が足元のバケツを蹴飛ばして人生を終える」ところから来ているらしい、という説明で一応全員が納得しました。ここでエドが笑顔になり、こちらを向いて言ったのです。

“Shinsuke, what’s on your bucket list?”
「シンスケ、君のバケツ・リストには何が入ってるんだ?」

一斉に顔を上げてこちらの解答を待つ仲間の前で、ぐっと詰まる私。え?急にそんなこと聞かれても…。何かあったっけ?

「う~ん、なんだろ。全然思いつかないや…。」

結局食事会中には答えが出ず、それからというもの、ことあるごとにこの質問が蘇るのでした。テリーのプレゼンを聞いている間も、何度もふっと意識が飛んでバケツ・リストのことを考え始めていた私。どんなに頑張っても何ひとつ浮かばないじゃないか。どうしちゃったんだろう?若い頃は色々あったと思うんだけど…。後日、若い部下のテイラーに聞いてみました。

「え~?いっぱいあるなあ。行ってみたいところがものすごい数あるもん。アラスカでしょ、ハワイでしょ、それからギリシャとアイスランドも行きたいし。」

そっか、アメリカ人なのにまだハワイにも行ってないのか。大学出て三年目くらいだから、当然だよな。若い時って、したいことが山ほどあるんだな…。実際の年齢はどうあれ、それこそが「若さ」というものなのかもなあ。

若いと言えば、我が家の17歳の息子。いよいよ来週末からコロラドの大学で寮生活をスタートします。荷物が多いため、サンディエゴから三日かけて車で送って行くことにしました。折角だから、ラスベカスに寄ってマジックショーを観たりユタ州の国立公園で絶景を楽しんだりしよう、とロードトリップ計画を立てた我々夫婦。これが最後の家族旅行になるかもしれないね、としんみりする妻。男親の私は「四年間しっかり頑張って来いや」くらいのあっさりした心持ですが、母親にとって一人息子との別離は、そう簡単なものじゃなさそうです。準備の段階で、いろいろ想像して何度も目を潤ませる彼女。

今週テリーとランチルームであった時、息子の大学のことを尋ねられたので、来週末にスタートすること、家族でコロラドまでドライブした末にさよならする予定であることなどを話しました。

「奥さんが心配よね。」

とテリー。彼女のところの長男は既に大学生で、このマイルストーンは直近で経験済みなのですね。

17年とか18年、ずっと子供の予定を中心に生活を組み立てて来たじゃない。その中心がいきなりどこかへ飛んで行っちゃうんだから、動揺は大きいわ。自分中心の人生を取り戻すまで、精神的に不安定な時期が続くの。これは辛いわよ。」

なるほどね。妻ほどじゃないけど、僕だって過去十数年間、だいぶ子供の都合に左右されて来たもんな。楽しい思いをさせてもらった反面、今後軌道修正に苦しむのかもしれない、という不安がやって来ました。

「家に帰った時、空っぽになった息子さんの部屋を見るのは辛いと思うの。帰る道中とか帰宅してすぐとかに、何か楽しいイベントを企画しておくといいわ。奥さんがずっと前からしたかったことは何?そういうのを今から予定に組み込んでおくのよ。」

それは素晴らしいアイディアだね。有難う、と私。

よく考えてみれば、妻が前々からしたかったことなんて知らないな。さっそく家に帰って、キッチンで夕食の支度をしていた彼女に背後から尋ねてみました。

「ねえ、Bucket Listって何か知ってる?」

知らないというので解説をし、さりげなく質問を重ねます。

「君のBucket Listには何が入ってる?」

数秒ほど考えた後、彼女が空を見つめてこう答えました。

「な~んにも思いつかない。」

二人そろって、重症です。


9 件のコメント:

  1. 30年前っていうと、日本では「深夜特急」が流行った頃のことかね。最近では情報化でバックパッック放浪もずいぶんラクチンになったみたいだよね。それでも南米放浪は中々大変なんだろうが。とにかく、温かい所を放浪するのは「衣」と「住」の不安が減るから、お手軽になるもんね。

    「バケツ・リスト」って言葉、シンプルでカッコいいね。
    キミの場合、色々あるんじゃないの。[小説を書く]とか[社会人米国留学希望者のサポート組織を立ち上げる]とか・・・そんな大仰なのは合わないのカナ?

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    1. 思い出させてくれて有難う。いっちょやったるか!

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  2. 子供中心のスケジュールから夫婦二人の生活っていうのを「子ロス」と言うとか言わないとか・・・音的には「コロス (_ _メ)凸」ってちょっと怖いケド(笑
    リチャード.O氏の所も次女の留学・長女の就職で、そんな感じみたいだヨ。いずれにしても、ロスってのは楽しみあってのロスだから贅沢な悩みだよね。

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    1. 「たまむすび」というラジオ番組で、子供ができることによる夫婦の関係性の変化みたいな話をしていたのが非常に興味深かったヨ。
      https://wp-manage.tbsradio.jp/399818

      たしかラジオクラウドは海外でも聴けたハズ、8/22まで聴取可能。

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    2. 10分過ぎたくらいの所からネ

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    3. 二人とも、喋りが達者だね。感心して聴き入りました。ちっちゃい頃はプールに入れときゃご機嫌、ってくだりは笑えたよ。

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  3. 軽妙なやりとりという点では、この土屋レオの前任者のピエール瀧とのやりとりがなかなか秀逸だったこの番組
     https://www.youtube.com/watch?v=ShpidsG_uzE
    惜しい人材を失ったと、非常に残念な思いなんだワ。個人的には「コカインくらいでガタガタ言うなヨ!エンタメだろっ」って感じなんだけどねー。。。

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  4. ウルトラの瀧ねえ。本当に残念。でも「薬のおかげで」面白いこと喋れてたとしたら、同じ芸能人からはズルととられても仕方ないかも。ま、一般のリスナーからしたらいくらでもラリッテくれて一向にかまわないんだけどね。

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    1. 「ウルトラの瀧」知ってるとは、スゴい情報力だね。

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