2019年3月16日土曜日

If the shoe fits, wear it. 思い当たる節があるなら素直に認めよう。


金曜の午後、久しぶりに同僚ジョナサンの席へ行って英語の質問をしてみました。

「あのさ、Muddy the waters(水を濁らせる)って表現あるでしょ。あれ、どういう意味?」

先日のウェブ・トレーニングで安全講習があったのですが、参加者のひとりからテキストで寄せられた質問を読み上げた後、講師のデヴォンが慎重に言葉を選びながら答えを返し、それから

“I guess I’m muddying the waters.”
「水を濁らせちゃってるみたいだね。」

と付け加えたのです。

「それは彼が、長々と丁寧に説明し過ぎたためにかえってこんがらがらせちゃったかも、と言いたかったんじゃないかな。正確を期すため聞かれてない情報まで盛り込んだりしてるうちに、どんどん全体像が拡大しちゃうことってあるだろ。当初の質問が思い出せなくなるほどに。」

Muddyというのは濁らせる、という意味。これは分かります。でも、Watersが複数形なのはどうしてだ?これに引っかかって先に進めなかった私(後で調べたら、「複雑だったり危険だったりする難しい状況」を表現する時、象徴的に使われる単語とのことでした)。つまりデヴォンが言いたかったのは、こういうことですね。

“I guess I’m muddying the waters.”
「余計混乱させちゃったかもね。」

更にジョナサンに質問。

Square peg in a round holeって表現があるでしょ。あれさ、どうもしっくり来ないんだよね。何か用例を教えてくれる?」

これは、四角い杭(Square Peg)を丸い穴(round hole)に入れようとする、つまり無理を通そうとする行為のことですね。

「どこで聞いたの?」

とジョナサン。いや、これはしょっちゅうあちこちで聞くよ、と私。

「会社の立派なPMツールは俺のちっぽけなプロジェクトを管理するには不向きなんだ、あれは建設工事みたいにスケールのでかいプロジェクトに合わせて作られたアプリだからな、って不満を言う人達の口からよく飛び出すね。」

「うん、まさにその通り。そもそも合わせることに無理がある二つの対象を何とか組み合わせようとしてる時に使うんだよ。」

「でもさ、何だかこのイディオム、素直に使えないんだよ。だって納得行かないじゃん。」

穴の口径が杭断面の対角線より長ければ問題無く納まるでしょ。もちろん緩くはなるけどさ、と私。

「分かる。俺もそれ、ずっと思ってた。非常に良い疑問だ。そんなフレーズ憶えなくてもいいよ。大体イディオムなんか、使わないに越したこと無いんだ。」

とジョナサン。

「またまたそんなこと言う。僕はね、イディオムを上手に使って彩り良く会話を組み立てたいんだよ。君だって結構、効果的にイディオム使ってる方じゃない。すごい話上手だし。」

「だけど下手にイディオムを持ち出せば、聞く人が首を傾げるようなことになりかねないだろ、今の例みたいに。俺はとにかくイディオム反対派だね。」

「あ、それで思い出した。」

先週、北米西部のトップ・エグゼクティブP氏がサンディエゴ支社にやって来てPMの心構えについてスピーチした際、こんなことを言ったのです。

“If the shoe fits, wear it.”
「靴がしっくり来るなら履きなさい。」

はあ?何だって?

後で調べたところ、これは「自分に対する指摘や批判に少しでも思い当たるところがあるのなら、素直に受け入れなさい。」という意味であることが分かりました。

「シンデレラのお話あるだろ。お姉さんたちは足がデカすぎて、落とし物の靴を履けないってくだり。サイズが合うってことはあなたの靴なんでしょ、認めなさいよ、ってな感じかな。」

「う~ん、でもさ、優秀なPMとはどういう人物か、みたいな文脈でいきなりあんなイディオム出されたら、面喰うよ。」

「それが狙いなんだよ、きっと。俺、P氏のミーティングには出なかったけど、おおかたカッコいい顔でキメ台詞的にこのフレーズを使ったんだろ。」

「そうそう、よく分かったね。とてもじゃないけど、それどういう意味っすかぁ?なんて質問できる雰囲気じゃなかったよ。」

“That’s his Get Out of Jail Free Card.”
「それが彼の刑務所脱出万能カードなんだよ。」

とジョナサン。え?何それ?と私。

「モノポリーってすごろくゲーム知ってるだろ。何かで捕まって刑務所送りになっても、それさえ出せば免除してもらえるっていう切り札があるんだ。P氏も鋭い質問を浴びて詰まったりしないよう、時々曖昧なイディオムぶち込んで聴衆がポカンとしている間に先へ進む、そういう戦法なんだよ、きっと。」

「え~?そうなのかな。だとしたらそれはそれでスゴイね。」

「ま、何度も言うけど、イディオムの多用は禁物だよ。何かを正確に伝えたかったら、きちんと的確なワードを使って平易に喋るべし。」

「本当にいつもご教授有難う。君と話す度に、たくさん学ばせてもらってるよ。」

そうお礼を言って立ち去ろうとする私に、いやいやとんでもない、と少し照れた顔でジョナサンがこう答えました。

“I may turn the tables next time.”
「次回は逆の立場になるかもしれないし。」

そして慌てて、

「あ、今のは意味分かるよね。テーブルを回転させる(turn the tables)、ということから、今度は俺が教わる立場になるかもしれないって言いたかったんだよ。」

と言い訳しました。それからちょっと顔を赤らめ、

「イディオムで締めくくっちゃってゴメン。」


2019年3月2日土曜日

Hangover 二日酔い


先週の火曜日、ランチルームでひとり弁当をむさぼっていたところ、同僚マリアが現れました。オフィスで顔を見るのは数カ月ぶりです。

「やっと会えた!ずっと探してたのよ。」

私の隣に座り込むや否や、まだリチャードとエドにしか話してないんだけどね、と前置きをしてから急に小声になる彼女。

「三月一杯でサンディエゴを引き払うことに決めたの。」

80歳超えの母親をはじめとした親戚一同の住むシカゴに戻ることにした。そもそもサンディエゴには何の身寄りも無かったし、長く身を置いて来た組織が解体され、今の上司は遠くフェニックスにいる。どのみち南米担当だし、どこにいようが仕事のクオリティに差は出ない。良き相談相手である元ボスのエドも去年から完全自宅勤務になり、この支社に出勤し続ける意味が希薄になっている。去年の夏シカゴに出張した際、支社の人たちに状況を話してみたら、是非移っておいでよと気持ちよく引き受け態勢を敷いてくれた。だから四月一日に引っ越すことに決めたのよ、と。

「それは良かったじゃん。さっそく壮行会を企画しなくちゃね。」

と私。その午後、エド、リチャード、そしてマリアに宛て、三月末のお別れランチ会招待メールを発送しました。三人から即出席の返信が届き、マリアは

「企画してくれてありがと!」

と喜んでくれました。

その翌朝、二年半ぶりのハワイ出張へ向けて旅立った私。今回の主目的は、「エクセルを使ったコスト管理法」をホノルル支社の皆さんにプレゼンする、というもの。過去一年半ほどサポートして来た劇場設計プロジェクトが間もなく終結を迎えるのですが、その成功に私の開発した方法論が一役買ったということで、他の社員達にも是非教授して欲しいとPMチームから直々にお招き頂いたのです。

オアフ島に到着したのは夕方四時半。レンタカーでワイキキのコートヤードホテルへ。一旦チェックインしてシャワーを浴びてからウーバーを呼び、オフィス街の外れにあるパシフィックリム料理レストラン「シェフ・チャイ」で開かれる歓迎ディナーへと向かいます。これが、PMのクリステン、それからディレクターのマーティンとの初顔合わせでした。二人とも日本名の苗字なので、バリバリの日本人顔をイメージしていたのですが、見事に予想を裏切られます。マーティンは「グレート義太夫」を彷彿とさせる髭と体格のサモア系、クリステンは十二ひとえが似合いそうな色白垂れ目のロングヘア―で、韓国系(旦那が日系アメリカ人)。過去一年以上、電話やメールでほぼ毎週会話して来たので、勝手に頭の中で見た目の想像が膨らんでいたのですね。食事の間中、イメージの微調整を続けざるを得ませんでした。この二人に加え、カッコよく日焼けしたローカルサーファーのランディ、十数年前から何度も出張先で会っているイギリス出身で財務のプロ、テリー、そして前回の出張で知り合った引退間近のベテランPM、アン。この五人と絶品料理に舌鼓を打ちつつ、プロジェクトの裏話などで盛り上がります。暫くして私は、ふとあることに気付きました。

「あのさ、皆それぞれ所属部門が違うでしょ。部門の垣根を超えてプロジェクトに取り組むことってよくあるの?」

マーティンは交通部、ランディとクリステンは建築部。テリーは環境部。アンは上下水道部の社員です。私の質問を受け、五人とも一瞬、戸惑いを見せます。そして顔を見合わせると、ほぼ全員で「しょっちゅうだよ」と答えました。

ホノルル支社には百名ちょっとしか社員がいない上、プロジェクト・サイトはハワイ四島全部に拡がっています。どの部門に所属していようが、使える人材はどんどん使わないと仕事は回らない。部門や肩書なんてものに囚われてる人はいないよ、とマーティン。これを聞いて急に、我が社がまだ数千人規模だった時代の記憶が蘇って来ました。あの頃は、事務所ひとつひとつがまるで田舎の集落のようなまとまりを見せていたなあ、と。会社が吸収合併による膨張を続け、全社規模での部門採算性を追求するようになった結果、横の付き合いは軽んじられるようになりました。更には極端な人員削減やランチタイムにセットされる会議やトレーニングなどによって、社員は恒常的なオーバーワーク状態。職場の仲間との飲み会はおろか、ランチも、更には世間話に費やす時間すら激減しています。そういえば、同僚達との「日本食の夕べ」を最後に企画したのはいつだったかも思い出せません。ハワイの社員達はその小さな所帯ゆえに、緊密な連帯感を維持出来てるんだなあ、とホンワカした気分になりました。

夜9時を過ぎ、ウェルカム・ディナーはお開きになりました。店を出ると、2月の夜だというのに半袖でもいられる暖かさ。アンはテリーの運転するSUVで走り去り、私はウーバーを呼んで残りの三人にさよならを言ってからホテルへ戻りました。

翌朝ホノルル支社に到着すると、一緒にプレゼン準備をする約束だったクリステンの姿が見当たりません。テキストを打ったのですが、返事もありません。不審に思っていたところ、間もなく彼女から「ちょっと遅れる」というテキストが入ります。仕方ないので無人キュービクルでラップトップを開き、暫く別の仕事に集中していたところ、後ろからトントンと肩を突かれました。振り返ると、そこに魂の抜けがらのようなクリステンが突っ立っていました。肌が荒れて化粧は剥がれ落ち、目はどんよりとし、口が開いて下顎がだらしなく落ちています。

「一体どうしちゃったの?」

女性の顔を見た途端にこんな不躾な質問をすることなど普段は絶対ないのだけれど、思わず口を突いて出てしまいました。

“It’s really a bad hangover.”
「ひどい二日酔いなのよ。」

浅く息を吸って慎重にゆっくり吐き出しながら、やっと答える低音のクリステン。僅かな身体の揺れにも反応して作動する爆弾を胴に括りつけられた人のように、微動だにせずそこに立ち尽くしています。昨夜は私が去った後、ランディやマーティンと連れ立って別の店で飲み直した、と彼女。だいぶ遅くなったので、もう一軒行くと言い張るマーティンを残し、ランディと一緒に最初のレストランに戻ります。彼女は自家用車をこの店の立体駐車場に停めていたのですね。ところが既に閉店作業が始まっていて、車庫係の従業員たちはゲート前でわいわいマリファナを吸っていた。車の鍵はどこにあるのか、駐車場には入れないのかと尋ねたのだが、一向に埒が明かない。あきらめて別の場所に停めてあったランディの車に乗せてもらい自宅に戻るが、途中でスペアキーの存在に気付く。家の前にランディを待たせ、鍵をひっつかんでもう一度ダウンタウンに引き返してもらった彼女。すると従業員が店の照明を落としドアに施錠しているところに出くわす。「車の鍵ならカウンターの上にあるよ」と言うので、ドアを開けてもらって店に入り、遂に自分のメインキーをゲット。そして立体駐車場でマイカーに乗り込み、深夜に帰宅してようやく眠りにつく。

「猛烈な頭痛で目が覚めたんだけど」

とクリステン。旦那がバタバタと出かけて行くのを見送ると、起きて来た三人の子供(五歳、三歳、一歳)に朝食を与え、幼稚園と保育園にそれぞれ送ってから出社した。

「私は何も食べてないし、とても食べられない。」

気の毒さよりも面白さの方が勝ってしまい、ゲラゲラ笑いだす私。これほどベタな二日酔いの人を職場で見るのって、何年ぶりだろう?そもそも夕食後に「飲み直す」という行為自体、すっかりご無沙汰だぞ。日本にいた頃は当たり前に皆やってたのに…。よく考えてみると、他部門の人達と集まって深酔いするほど飲むなんて、少なくとも今の私の職場では想像もつかないことです。自分は会社でどれだけ親密な人間関係を築けているんだろう?と自問せざるを得ませんでした。

口を半開きにしたまま苦し気に息を吐きつつ話し続けるクリステンの顔を眺めながら、なんだかちょっと羨ましく思っている自分がいたのでした。

さて、プレゼンの方は大好評を頂き、出席者たちからの「私のプロジェクトもサポートして欲しい」という依頼も数件頂きました。帰宅日の土曜はフライトまでに数時間あったので、ホノルル支社の人々やウーバー運転手たちからのおすすめ情報をもとに、オアフ島の東海岸をレンタカーでのんびり北上する旅に使いました。

途中、日の出を見たり、有名なシュリンプ・トラックやかき氷店に立ち寄ったり、秘境の滝を訪れたりしました。異常に低い制限速度の道路、高く広い青空、ぬるい風、澄んだ海、深く豊かな緑、鮮やかな赤やピンクやオレンジの花、賑やかな鳥のさえずり、そして地元の人々の穏やかな笑顔。「ハワイ大好き!」という人の多い理由が、とてもよく理解出来た気のする半日でした。

帰宅翌日の日曜日、この「のんびりハワイ」の記憶は、まるで二日酔いのように私の脳に沈殿し続けました。そして何度も、口を半開きにしてぼんやりしている自分に気付くのでした。

ところがその日の夕方、突如とんでもなく激しい後悔に襲われます。慌てて同僚リチャードにテキストを送る私。

「マリアの壮行会だけど、ランチじゃなくてディナーの方がいいと思わない?」

15年近い付き合いのマリアが遠く離れてしまうというのに、たった一時間のランチ会で壮行会を済ませようとしていた私。まるで仕事の打ち合わせみたいに、予定を機械的にカレンダーに組み込む「作業」としてこの件を扱っていた。おい、一体何を考えてたんだ?あのマリアがいなくなっちゃうんだぞ!もうこれで一生会えなくなるかもしれないんだぞ!

「そうだね、きっと彼女もその方が喜ぶと思うよ。」

リチャードから返信が届きます。彼も内心は、なんでランチなんかであっさり済ませようとしてるんだろうって不審に思ってたのかもな、という疑いが初めて頭をもたげます。忙しさにかまけ、友達との人間関係をずっと疎かにしていた私。図らずも、今回の一件でそのことが露呈してしまったのです。すぐにマリアにもテキストを送ります。

「壮行会はやっぱりディナーにしたいんだけど、大丈夫?」

すると彼女からすぐに返信が届きます。

“I would love to do dinner.”
「ディナーいいわね。」

日本食レストランに行きたいな、とマリア。シカゴに行ったら良いところが見つかるかどうか分からないし、そもそもシンスケみたいなベスト・ガイドがもうそばにいないじゃない。あ、そうだ、奥さんや息子さんとも最後にもう一度会いたいな。来れるようだったら連れて来てね!

クリステンのひどい二日酔い顔のお蔭で、人生で本当に大事なことをひとつ思い出せたのでした。

2019年2月12日火曜日

Healthy as a horse 馬並みに元気


同僚サラと久しぶりに打合せした際、調子どう?と切り出したところ、

“Healthy as a horse!”
「馬みたいに健康!」

と笑顔で返して来ました。おおいいね、そういうパワフルな言い回し!とたちまち気に入った私。数年前に実際の馬を間近で見た時、こんなにデカかったのか!と驚嘆した記憶が蘇ります。胸と言い太ももと言い、鍛え上げられた筋肉は圧倒的迫力で、下手に怒らせたらヤバいぞ、と委縮したものです。それにしても、人間の体調を馬で喩えるというのは盲点だったなあ、確か日本語には無いよな、この表現。別の文脈で「馬並み」という喩えならあるけど…。

さて先週は、中学時代から数えて40年以上もの付き合いになる友人Pが東京からやって来て我が家に三日間滞在していました。彼の旅の目的は、伝説のロックバンド「キッス」のファイナル・コンサートに行くこと。去年の秋頃、キッスがサンディエゴに来るぞという情報をつかみ、日本にいる彼に冗談半分で「来る?」とメールで打診した私。まさかねと思ってたら、「行く!」と乗って来たのです。1973年の結成以来不動のメンバー、ポール・スタンレーとジーン・シモンズは、とうの昔に還暦を迎え、間も無く古希。数年前から「もうこれが最後」と毎年のようにファイナル・ツアーを繰り返し信用を落としつつもファンを喜ばせて来た彼等ですが、その年齢を考えれば本当にいつフィナーレが訪れるか分からない。これは行ける時に行っとかないときっと後悔するぞ、という決断でした。キッスファンでも何でもない私は、友人Pの送迎だけ務めることも出来たのですが、「チケット代出すから」というオファーにぐらつき、二人で乗り込むことに決めたのです。

木曜の晩、サンディエゴ州立大学(SDSU)のキャンパス内にあるバスケットボール競技場「ヴィエハス・アリーナ」で7時半開演ということだったので、6時半頃会場入り。入場ゲート目掛けて十列ほどの長い待ち行列が出来ています。周囲には家族連れや若いカップルもいましたが、予想通り大多数は高齢の男性。キッスのロゴ入りTシャツを着た人はもちろん、キッス・メンバーと同じ隈取をした、もはや本人確認不能のイカれた老人ファンも大勢いました。こんな歳になってもまだロックンロールに熱を上げられるのかよ!と呆れつつも感心しきりの私達。

友人Pは数年前からランニングにはまり、ハーフ・マラソンに挑戦するなどして中学・高校時代の体型を維持している健康優良中年です。駐車場から一キロ近く元気に歩いたのですが、アリーナ入口で急に足を止め悩み始めます。どうしたのかと尋ねると、「どのタイミングでトイレに行っておくか」で迷っているとのこと。

どれだけ筋トレや走り込みを重ねても、膀胱まわりの筋肉は鍛えられないようで、頻尿はこの年代の「語られざる常識」なのですね。一旦ライブが始まったらアンコール最終曲終了までは席を外したくない。かと言って喉がカラカラになるほど水分摂取を控えて臨むわけにもいかない(倒れるリスクがあるので)。我々の座席は二階席の前から十列目くらいで、ステージをほぼ正面に拝める絶好のスポットでしたが、会場がすり鉢状になっているため、外のトイレへ行くには心臓破りの坂を登らなければなりません。一旦は腰を下ろしたものの、そわそわが止まらない友人P。「さっき紅茶一杯飲んだだけなのに」と自分のずば抜けた代謝能力に恨み言を垂れつつ、前座の前に早くも二回トイレを往復していました。

さて、夜9時を回っても一向にショーの始まる気配が無く、あれあれ、もしかしてメンバーの体調不良とかで中止になるんじゃないよね、と心配しかけた頃、突然ふわっと照明が落ち、会場のファンが一斉に湧きます。低い声のイントロダクション・アナウンスがこだまし、大音響が炸裂。そして眩い照明。ステージ脇で垂直に吹き上がる火炎柱に合わせて巨大な幕がストンと落ち、黒と銀のまがまがしい衣装を纏った「悪魔の使者たち」が、天井から吊られた三枚の板の上、ギターやベースを弾きつつゆっくりと降下して来ます。お約束の名曲「デトロイト・ロック・シティ」で、ライブがド派手にスタート。観客は瞬時に熱狂の渦に。ステージ奥に三枚の特大スクリーン、天井には18枚の可動式八面体スクリーン。そして四方八方から何十色ものカラー・ビームが放射され、ステージを盛り上げます。

リード・ボーカルのポール・スタンレーは御年67歳ですが、毛むくじゃらの逞しい胸、形よく盛り上がった三角筋と上腕二頭筋、そしてぺったんこのお腹を衣装から覗かせています。カールした黒い長髪を振り乱し、高さ15センチはあろうかと思われる上げ底ブーツで小刻みにステップを踏みながら絶叫するその様は、今まさに荒馬が駆け出さんとするかのような雄々しさ。

その横では間もなく70歳のジーン・シモンズが、ベースで重低音を奏でつつ、トレードマークの長いベロを大蛇のように出したり引っ込めたり。ライブ中盤では血のりをドバっと吐き出したり、松明の火に霧状のガスを吹きかけて人間火炎放射器になったりと、大いに観客を沸かせます。

思ってたのと全然違うじゃん!というのが私の感想でした。途中で息も絶え絶えになり醜態をさらすんじゃないかと高を括っていたら、どっこいこの前期高齢者たち、出だしから全くペースを落とさず、エンジン全開で一時間半演奏しきったのです。アンコール曲の最後は、お馴染み「Rock and Roll All Nite」。

“I wanna rock and roll all night and party every day!”
「ロックンロールしたいぜ一晩中。毎日パーティだ!」

会場のファンも、怒号のような大合唱。う~ん、恐るべし、キッスのメンバーとそのファンたち!どいつもこいつもじじいのくせに、馬並みに元気じゃないか!

興奮冷めやらぬまま建物を出た時、「一応もう一回行っておこう」と二人で男子便所へ向かいます。駐車場に戻るまで距離があるので念のため、と。するとあろうことか、あっと驚く長蛇の列がトイレ前に出来ていたのです。こんなの、行楽シーズンの海老名サービスエリアでも見たことないぞ…。きっと皆ライブ中、どうにか耐えていたのでしょう。膀胱の弾力も限界に達したジジイたちが、もじもじしながら列の進むのを待っています。我々二人の順番がようやく回って来て、手を洗って外へ出ようとした時、背後で悲鳴に似た絶叫が聞こえました。

「俺、74歳なんだよ。頼むから先にやらせてくれ!」

馬並みに元気でも、頻尿だけはいかんともしがたい、というお話でした。

2019年1月27日日曜日

That’s just the way it is. とにかくそういうものなのよ。


「あのさ、お願いがあるんだけど。」

先日の朝、妻にこう言いました。

「起き抜けに夢の話するの、やめてくれる?」

寝ぼけまなこで彼女が語る「たった今見た夢」というのは大抵、何十匹ものネコにどこまでも追いかけられるとか、狭い洞窟にはまって身動きできないとか、聞いてもただ気分が悪くなるだけの支離滅裂なストーリーなのです。

「だってコワかったんだもん。聞いてくれてもいいじゃない!」

ま、気持ちは分かるんだけど、さあこれから新たな一日のスタートを切ろうというタイミングで、思い切り出鼻を挫かれるのはあまり愉快じゃないのです。

嫌な夢を見るというのは、恐らく体調の悪さに起因しているのでしょう。妻は過去数年、慢性的な肩の痛みや突然の激しい腹痛に手こずらされており、医者やマッサージに通って何とか凌いでいます。家具や車と同様、人間にも耐用年数があるようで、いつまでもピンピンしているのは難しい。これは男女問わず、避けて通れない関門なのですね。

先日の一時帰国中、かれこれ四半世紀の付き合いになる遊び仲間のN氏と渋谷で食事した際、

「小便の切れが悪くなるなんてことが自分の身に起こるなんて想像もしていなかった。」

という話題で意気投合してしまいました。知り合いの中でも図抜けた「遊び人」だった彼と、まさか肉体の衰えの話で盛り上がることになるなんて…。トホホな気分で笑い合ったのでした。

さて、先週水曜日の昼は大会議室で、サンディエゴ支社全員(百人以上)の集まるミーティングがありました。司会進行を務める元大ボスのテリーが、中盤でこんな話題を出します。

「オフィスの室温設定だけど、これまであちこちで諍いの種になってたでしょ。ある人は寒過ぎるから温度を上げてくれと言い、今度はこっちで暑すぎるから下げろって具合にね。で、色々議論した結果、71度(摂氏21.7度)から一度たりとも動かさないことに決めたから。」

「え?じゃあ俺の席のそばの壁にあるコントロールパネルで温度を変えたらどうなるの?」

と、男性社員の一人が手を挙げます。

「好きなだけ上げ下げしていいわよ。何も変わらないから。ビル管理センターの方で制御しちゃってるの。」

出席者たちが、微かにざわつきます。71度という数字が妥当かどうか、受け止め方は人それぞれでしょう。

「寒過ぎると感じる人は、上着を羽織って調節してちょうだい。私も常に一枚余分に持って来てるわ。」

とテリーが続けます。そして、こんな風に締めくくったのです。

“That’s just how it is, like dealing with menopause.”
「とにかくそういうものなの。更年期障害と向き合うみたいにね。」

思わず爆笑する私。数秒して周りを見渡し、笑い続けているのが自分だけなのに気が付き、慌てて黙ります。

職場に戻ってマグカップに珈琲を注ぎ足そうと給湯コーナーに向かっていた時、席に戻っていたテリーと目が合いました。

「更年期を冗談にするのって、まずかったかしら?」

と笑うテリー。私が大ウケしてたのに気付いていたのですね。あなたのキャラだからこそ許されるジョークなのだ、と答える私。すると彼女は少し真面目な表情になり、きっぱりとこう言いました。

“Every husband has to learn about menopause.”
「世の旦那は全員、更年期障害のことを学ぶべきなのよ。」

なるほど、きっと彼女は思うところあってそんなジョークを持ち出したのですね。年齢に伴う体調の変化というのは、個人の意思でどうこう出来るものじゃない。現実と向き合い、淡々と対処していくしかないのだ。伴侶はそのことに理解を示し、協力するべきなのだ、と。

私も妻の夢の話、ちゃんと聞いてあげないといけないのかな、と密かに思い直すのでした。

さて先週末のこと。一念発起し、スマホに二つのアプリをダウンロードしました。ひとつはPush Ups(腕立て伏せ)。もうひとつはSix Pack in 30 Days30日でシックスパック)。どちらのアプリも、まずは少しずつエクササイズを始め、徐々に負荷を上げて行って筋肉を仕上げる、というデザインになっています。

実は昨年末まで数カ月間、風邪を引いたり忙しかったりですっかり運動量が落ちてしまい、腹の回りでだぶついた脂肪は、自己嫌悪に陥るほどの醜さでした。これはヤバいぞ、何とかしなければ、と焦りはするものの、ずるずると惰性で日々を過ごしていた私。そんな中、日本行きの飛行機で観た映画「ミッションインポッシブル/フォールアウト」に、とてつもない衝撃を受けたのです。

盗まれたプルトニウムを奪回しようと八面六臂の大活躍をするIMFのエージェント、イーサン・ハント。飛び発つヘリコプターから垂らされた縄に飛びついてよじのぼったり、乗っていたバイクが横から車に体当たりされ車道に吹っ飛ばされたり、若いマッチョマンと互角の殴り合いをしたりと、ど派手なシーン満載のエンターテインメント作品なのですが、私にとっての圧巻は、広大な高層ビルの屋上を延々とひた走る場面。その圧倒的なスピードと持久力に、思わず感動の唸り声を上げてしまった私でした。イーサン・ハント役のトム・クルーズは、ハリウッドのアクション俳優で唯一スタントマンをつけないことで知られているそうなのですが(映画関係者の知人から教えてもらいました)、なんと私と同年代。おいおい、この歳であんなに走れるかよ普通?!

あの衝撃以来、私は彼の「年齢不相応な」動きを何とかして自分の身体でも実現出来ないもんだろうか、と日々考えて来ました。そして「千里の道も一歩から」ということで、無料アプリで肉体改造を目指すことにした、というわけ。

さて、三日目のエクササイズ・メニューを終えてシャワーを浴び、眠りについた私。翌朝起床して洗面所の鏡で自分の上半身を目にした途端、思わずあっと声が出ます。腹筋が「割れてる」とまでは言わないが、ウエストはキュッと締まり、二の腕も太くなったし大胸筋もかなり盛り上がっている。おお!僅か三日でこれほどまでの成果が出るとは!じゃあ30日も続ければ、本当にバッキバキのシックスパックが出来上がるじゃないか!と大興奮の私。

と、ここで目が覚めました。あれ?と思って洗面所へ。そして鏡の中、初日からほとんど変化の見られない自分の裸身をまじまじと眺め、

「そりゃそうだよね。」

と呟く私。

さっそく妻にこの夢の話をしようと思って寝室に戻りましたが、すんでのところで思い留まったのでした。


2019年1月20日日曜日

チップと貧富


先週の水曜日は今年初出勤でした。午前11時には、数週間ぶりのチーム・ミーティング。部下たちと業務進捗の確認をします。

「長い間留守を守ってくれて、みんな本当に有難う!」

そう、年末から二週間弱、家族で一時帰国していた私。もうすぐ大学に進学し親元を離れる息子に、一度は初詣というものを体験させよう、と妻と話し合って決めた企画。あまり欲張って予定を詰め込まないよう努めた結果、景色やご馳走をゆったり楽しむことが出来た二週間でした。

滞在中のある日、妻が彼女の両親を連れて鎌倉霊園まで墓参りに行って来たのですが、しみじみと私にこう語りました。

「鎌倉駅前で拾ったタクシーなんだけど、運転手の接客態度の素晴らしさに感動しちゃったわよ。霊園ゲートで墓参が終わるまで待機しておいた方が良いかどうか先に聞いてくれたし、買って行った花束がぐちゃぐちゃにならないように、助手席の足元に立てて他の荷物で挟んで固定してくれたし。帰りも、鎌倉駅周辺は混雑がひどいから逗子駅に行きましょう、少し遠回りだけどって抜け道を走ってくれたの。ほんと、日本のサービスってすごいなあって実感したわ。」

長く住んでいる人にはピンと来ないかもしれませんが、暫く離れてからあらためて観察するとクリアに見えて来る日本の良いところというのは沢山あって、とりわけ接客態度のきめ細かさには感心させられます。アメリカで長く生活していると、カスタマー・サービスに対する期待値はどうしても低くなるので。特に今回は帰国直前に極端な体験をしていたため、妻の感動はひとしおだったようです。

ロサンゼルスからサンフランシスコ経由で成田へ飛ぶ便を入手していた我々は、地元サンディエゴでレンタカーを借りてロスまで走り、空港で乗り捨てることに決めていました。ところが出発前日になり、レンタカー会社のHertzから電話が入ります。

「予約を受けてた車だけど、用意出来そうもないんだ。空いてる車両が見つからないんだよ。あちこち問い合わせしてみたけど、駄目だった。」

謝罪は無し、代替案も無し。むしろ「俺は頑張って探したんだぜ、有り難いと思えよ」と言わんばかりの態度。さてどうするか。色々検討した結果、レンタカーより割高ながらハイヤーよりは安いウーバー(アプリ・ベースの白タク)を使うことにしました。朝8時の出発便に間に合うためには6時前にはロスに到着しないといけない。余裕を見て、午前三時半のお迎えをスマホで予約します。

一家で深夜に起床して身支度を整え、霧の立ち込める真っ暗な玄関先にスーツケースを四つ出して車の到着を待ちます。すると予定時刻ぴったりに、白いトヨタ・プリウスが到着。おおやるじゃないか、ウーバー!中東か北アフリカ系の外見をした、三十代くらいの細身の男性ドライバーがにこやかに降りて来て、上手に荷物をトランクに積み込みます。名前はアリ。最後のスーツケースはトランクにおさまらなかったので、シートベルトで助手席に縛り付けるようにして支えます。我と妻と17歳の息子は、後部座席で身体の側面を押し付け合いながらシートベルトを装着。ところがいざ出発という段になって、アリが小さく叫びました。

「え?ちょっと待ってくれよ。行き先はLAX(ロサンゼルス空港)だって?」

「そうだよ、予約した時にその情報入れといたでしょ?」

と私。

「いやいや、全然知らなかったぜ。」

彼によると、ウーバーの運転手というのは出発時刻になるまで目的地を知らされないそうなのです。行き先を知った途端ドライバーが乗車拒否するのを避けるためだ、とのこと。

「まいっちゃうなあ。俺、この近所に住んでるんだけど、昨日の晩8時から働いてるんだぜ。この一本で今日は上がるつもりでいたんだ。なのにこれから往復5時間コースだなんてさ!割に合わないよ。」

貧乏くじ扱いされた我々は、後部座席に固まったまま彼の癇癪がおさまるのを待ちます。いくら遠距離運転に気乗りしないからと言って、まさか国際便に乗らなきゃいけない客を明け方に路上へ放り出すなんてことしないよね…。

「しょうがねえや。行くには行くけど、たっぷりはずんでくれよな。」

車を発進させ、冗談ぽくではあるものの、あからさまに多額のチップを要求するアリ。思わず妻と顔を見合わせる私。

「ロスからどこまで飛ぶんだい?」

とアリ。

「日本だよ。」

「どのくらい行ってるの?」

「十日間くらいかな。」

夜中のドライブだったので渋滞も無く、予定より早く空港に到着。我々と荷物を降ろした後、アリが念を押すように叫びました。

“You’re gonna treat me well, right?”
「ちゃんとはずんでくれるよな?」

プリウスを見送った後、妻と息子が一斉に私を責め始めました。

「なんで十日間も日本に行ってるなんて教えちゃったの?留守中、空き巣に入られるかもしれないじゃない!こっちの住所はバレてるんだし。」

あ、そうか、しまった、迂闊だった!

「たっぷりチップをあげとかないと、腹立ちまぎれに放火されちゃうかもしれないわよ。」

と妻。う~む。そんなことってあるかな…。確かに少し記憶を巻き戻してみると、去り際の彼の目つきには、やや本気な「脅し」の色が感じられました。相談の結果、スマホのアプリを開いて請求額の20パーセントを超える「大盤振る舞いチップ」を支払います。帰宅するまでどうか自宅が無事でありますように、と祈りながら(有り難いことに、無傷でした)。

さて一昨日の土曜日は、久しぶりに同僚ディックとランチ。さっそく今回のウーバーの件と、日本のタクシーの上質な接客態度について話しました。

「日本の接客サービスのクオリティって、世界的に有名みたいだよね。」

とディック。

「僕はアメリカに来てから、上質なサービスを受けた記憶って無いんだ。ディックは?」

と私。

「逆の立場でならあるよ。」

「え?逆?」

サウスダコタで過ごした高校時代、近くの高級カントリークラブでキャディーのバイトをしていたディック。とんでもない大金持ちが大勢やって来てゴルフや会食を楽しむ、特別な社交場です。キャディーやウェイターたちに対する要求レベルは高く、ぼーっとしている奴等はたちまち職を失った、とディック。

「その代り、一旦気に入られれば尋常じゃない額のチップがもらえるんだ。」

ぴか一のウェイターは、その存在に客が全く気付かないほど見事に気配を消すことが出来た。客がどんなに飲んでもテーブル上のコップの水は、食事が終わるまで常に一定の水位を保っていた(いつ注ぎ足されたのかは謎なまま)。客の話の腰を折らないタイミングで注文を取り、素早く気配を消す。しかし何か必要が生じれば、即座にそばへ歩み寄る。

「俺たちは、極上のサービスを提供してたと自負してるよ。」

とディック。

「なるほど。高級カントリークラブのメンバーになれば上質なサービスを受けられる、と。つまり全ては金次第、ということだね。僕だってウーバー代金の二、三倍払ってハイヤー雇っとけばあんな思いはしなかったんだもんな。」

「その通り。」

カントリークラブの客の中には、同じ高校生ながら大金持ちの父親に連れられてゴルフにやってくる者もいたそうで、ディック達キャディにいろいろ指図をした後、「やっぱりやめろ」「いや、やれ」とかコロコロ指示を変え、彼らが右往左往する様を眺めて楽しんでいたエリックというくそ野郎のことは今でも忘れられない、と笑います。

「見てろよ、いつかはそちら側に立ってやるからなっていう反骨精神が養われた気がする?」

「無くはないだろうな。少なくとも早くから人生計画を考えるきっかけにはなったと思うよ。」

「そもそもさ、日本にはそこまで激しい貧富の差って無いんだよ。金持ちがチップをはずんで下々の者にサービスさせる、という習慣が生まれる土壌も無かったと思う。ま、その代り、一発当ててやろうっていうアメリカン・ドリーム的な野心も無い。単純にどっちがいいかって、比較するのは難しいよね。」

ランチを終えてオフィスに戻る途中、何か強烈な異臭が漂っているのに気付きました。まるで簡易トイレが倒れ、中身が路上に溢れ出したかのような臭いです。

「うわっ、なんだこれ?」

ディックとふたり、しかめ顔を見合わせます。角を曲がった途端、目の前に現れたのは一人の浮浪者。もう何年も身体を洗ったことがないのでしょう。全身、墨を塗りたくったように真っ黒です。まるでお花畑のミツバチのように、ごみ箱からゴミ箱へとお宝を探してさまよっている。周囲に臭いをぷんぷん振りまきながら…。

まともなサービスが受けたきゃリッチになって金を使え、という格差国家アメリカ。どこへ行っても万遍なく上質なサービスが受けられ、貧富の差は小さいが大金持ちになるチャンスも少ない日本。どっちが良いのか、分かりません。ちょうど中間あたりって無いのかな?