2016年3月4日金曜日

Don’t shoot the messenger. メッセンジャーを撃つな

今日のランチタイムには、同僚ディックとWaterfrontというパブに行きました。話題の中心は、月曜のランチタイムにあったウェブ会議です。これは最近南カリフォルニア地域のトップに就任したP氏の催したもので、ディックは都合で参加出来なかったのですが、既に大勢のPM達から感想を聞いているとのこと。

「皆の発言を総合すると、どうやらとんでもない内容だったみたいだね。」

とディック。最近テキサス州ヒューストンからロスに引っ越して来たというP氏は、空軍出身のコワモテ。30分ほど喋りまくったのですが、その間ジョークのひとつも笑い声もなく、一貫して「君達はダメだ。このひどい状況を改善しなければならない。」というメッセージを繰り返すばかり。

冒頭、「Imperatives」と題した4つの行動を説明するP氏。え?インパラティヴ?初めて聞く単語です。プレゼンを聞きながら辞書を引いたのですが、今一つ意味が呑み込めないまま会議(演説?)が終了しました。

「ビジネス・シーンじゃなかなかお目にかからない言葉だよ。」

とディック。

「課題とか行動目標ってこと?」

「いや、そんな生易しいものじゃないね。文章の四タイプっていうの、学校で習わなかった?」

列挙して説明するディック。

Declarative Sentences(平叙文)
Imperative Sentences(命令文)
Exclamatory Sentences(感嘆文)
Interrogative Sentences(疑問文)

「つまり、Imperativesってのは命令だよ。それも、ビックリマーク付きの強烈な奴ね。やれ!とか、やめろ!とかね。それにしても、会社のプレゼンにそんな言葉を使うかね。」

驚きを隠せない様子のディック。どうやらP氏は、ビジネス用プレゼンに我知らず軍隊用語を持ち込んだみたいです。

「僕がもっと驚いたのはね、」

と私。

「会社を去ったPMのプロジェクトを引き継いだ場合、30日以内に内容を精査し、重大な問題があったら上司に報告、それを基にRe-baseline(計画・目標の再設定を)せよ。これ以降に起きた問題は全て君たちの責任になる、そういう言い方をしたんだよ。既にオーバーワーク状態のPM達にいきなり誰かのプロジェクトを押し付けておいて、30日で全てを理解せよと要求するのは、かなり無理があると思うんだよね。」

ディックも大きく頷いて同意します。

30日のくだりで、彼は更にこう言ったんだ。」

“We’re not gonna shoot the messenger.”
「我々はメッセンジャーを撃たない。」

これは頻繁に使われるフレーズです。この場合のメッセンジャーとは、「悪いニュースを伝える人」という意味。つまり、プロジェクトを精査していて何か深刻な問題が見つかったとしても、隠さずに報告せよ、そのことで罰したりはしない、と言いたいのでしょう。このセリフ自体には問題無いのですが、私が気になったのはその使い方でした。

「プレゼン中、彼はこのフレーズを三回も使ったんだよ。そんなに何度も繰り返されたら、真意を勘繰りたくなるでしょ。それに、30日間の猶予を与えるという但し書きを加えた時点で、31日目からは容赦なく撃ちまくるぞ、という脅しにも聞こえるじゃない。」

「うん、皆も言ってたよ。あれはプレゼンじゃなくてお説教と脅迫だって。」

とディック。軍隊式の鉄拳統治をうちのような会社に適用しようなんて、随分思い切った話です。

「まあでも、会社のトップが彼みたいな人物をあのポジションに据えるには、それだけの理由があるはずだよね。これから恐怖政治が始まるのはほぼ確実だ。」

暗澹たる気分で昼食を頬張る、中年男二人。私の頭には、軍服姿のコマンダーPが銃を構え、整列したPM達を無表情で一人ずつ処刑していくイメージが浮かんでは消えて行きます。まるで同じ幻影を目にしていたように、

「手遅れになる前にさっさと転職して行く社員も少なくないだろうな。」

と苦笑いを浮かべるディック。

「あ、ちょっと待てよ。来週あたり、社員アンケート調査が始まるんじゃなかったっけ?」

と私。全社員に対する無記名の意識調査が毎年3月上旬に実施されることを、急に思い出したのです。さっと顔色が明るくなるディック。

「そうだ!皆でアンケートにボロクソ書けば、おっさんを辞めさせられるぞ!」

「彼はこの会社に来て日が浅いから、まさかそんな調査があるなんて知らないんだろうね。」

「うん、最悪のタイミングで俺たちを追い込んだことにまだ気が付いてないな、きっと。」

ほくそ笑む二人。一気に形勢逆転です。圧政に屈しそうになっていた群衆が銃を手に立ち上がり、独裁者を包囲して一斉に銃口を向ける図に変わったのでした。


2016年2月26日金曜日

TGIF 花金!

オレンジ郡での巨大プロジェクトを獲得し、マネジメントチームに入ることになりました。上下水道部門の重鎮、キースがPMを務めます。彼とは6年近く前、顧客へのプレゼンのためにサクラメントへ行った時に会ったきりで、それ以来同じチームで働く機会は一度もありませんでした。

去年の秋、プロポーザルチームがオレンジ支社に集結した際、キースと久しぶりの再会を果たしました。ここで、ずっと温めていた質問をぶつけます。

「噂で聞いたんだけど、3年くらい前、大変な事件に巻き込まれたんですって?」

スキンヘッドにベビーフェイスのキースは、人懐っこい笑顔でこれに答えてくれました。

フレズノの自宅を拠点に全米を飛び回って活躍する彼(おそらく50代後半)は、ある晩ロスに降り立ってホテルへ向かう途中、夕食を取ろうと全米チェーンのファミレス、「T.G.I. Fridays」に立ち寄ります。これはThank God It’s Fridayの略を使った店名。「TGIF(ティージーアイエフ)」と四文字に縮めるのも一般的です。和訳すると、「やった~、今日は金曜日だ」ですね。サラリーマンがメールの挨拶などに使える、軽いノリのフレーズです。日本語だと「花金」くらいがちょうど同じトーンかもしれません。

さて晩飯を済ませ、駐車場へと向かうキース。車のドアを開けて運転席に腰を下した途端、後部ドアが開いて若い黒人が乗り込んで来ました。振り向くと、男はドアを閉めて銃を突きつけ、「財布を出せ」と凄みます。普通ならここで大人しく財布を渡して立ち去ってもらうべきなのですが、キースは反射的にこう言ったというのです。

“Get out of my car!”
「車から降りろ!」

しかもこのセリフを、三回繰り返したのだと。

「後から考えると、なんでそういう反応になったのか自分でもよく分からないんだ。」

この間、若者はキースに銃口を向けたまま沈黙を守っていましたが、三回目のセリフを聞いた後、静かに拳銃の引き金を引きました。カチリ、と撃鉄が落ちましたが、何故か弾丸は発射されません。おや?と思うキース。もう一度カチリ。不発。しかし三度目、轟音とともに激痛が走ります。弾丸が、鎖骨の当たりに命中したのです。

自分がたてた銃声に動揺したのか、何も盗らずに猛然と走り去る若者。どうにかこうにか運転席からもがき出たキースは、ばったりと路上に倒れます。

「気が付いたら病院だよ。その辺にいた人が救急車を呼んでくれたんだな。」

幸い命に別条は無く、数か月後に無事職場復帰を果たしたキース。犯人は捕まって、今は刑務所にいるそうです。

「この事件の前後で、何か大きな心境変化はありましたか?」

と私。

「いや、それは特に無いね。少しだけ用心深くなったかもしれないけど。」

もしもそんな大事件が自分の身に降りかかったらガラリと人生観が変わるだろうと確信する私には、彼のこのあっさりした受け答えが何か呑み込めず、微妙な違和感を残して仕事に取り掛かったのでした。そしてそれから金曜日を迎えるたびに(TGIFとの連想から)、この事件のエピソードが蘇るようになってしまったのです。

さて今週、二週間後に迫ったクライアントとのキックオフミーティング用に提出を要求されている実施計画書を仕上げなければならなくなったキースが、やおら動き始めました。水曜の朝、プロジェクトのスケジュールを仕上げてくれないか?という依頼メールが来たので、プロポーザルの際に作ってあったバージョンに一日かけて修正を施し、夕方送信して帰宅したところ、夜の10時近くになって大量の修正指示が届きました。明日クライアントとの打ち合わせがあるから、それまでに全部盛り込んで欲しい、とのこと。え?本気で言ってんの?

半信半疑のまま、

「じゃあ早朝に出勤して取り組むことにしますね。」

iPhoneで返信すると、すぐに返事が届きます。

「ミーティングは朝7時だから、俺は6時に出発しなきゃならない。何が何でもそれまでに修正版を送ってくれ。」

そしてこんな一節。

“I appreciate you burning the midnight oil to get this done.”
「深夜のオイルを燃やして仕上げてくれ。」

なんじゃそれ?意味分からんが、彼が大真面目に「夜通し働け」と迫っていることだけは伝わりました。

あんたちょっと計画性に欠けるんじゃないの?何でこっちが尻拭いしなきゃならないんだよ!と言ってやりたいところですが、ここは挑戦を受けることにした私。日本にいた頃はこんなことしょっちゅうだったし、久しぶりに無茶してみるのも面白いか、と思ったのです。

午前2時、新居のダイニングテーブルにラップトップを開いて作業開始。4時ごろ仕上がったスケジュールをキースに送ったところ、彼もどこかで働いているようで、すぐに修正依頼コメントを送り付けて来ます。しかも、別の資料作成指示もどんどん追加して。こうしたやり取りを何度も繰り返し、5時半近くになった時、

「俺はあと30分で出発しなきゃいけない。最終版を大至急送ってくれ。」

と追い込んで来ます。そして朝5時50分、空が白みかけて来た頃、最終版を送信。睡眠不足と達成感とで若干ハイになっていた私は、キースからの確認メールを半ば楽しみに待っていました。

「お蔭でミーティングに間に合うよ。よくやってくれた。有難う。ぐっすり寝てくれよ。」

なんて感じのほんわかトーンを期待していた私は、届いたメールの文面に目を疑いました。

“That works.  Please continue working on the other tasks and I’ll circle back after my meeting with the client.”
「まあこんなもんだろう。引き続き他の作業に取り組んでくれ。クライアントの会議が終わったらまた連絡するから。」


反射的に、大声で笑いだしてしまった私。徹夜させといて、更にまだやれってか?信じられない思いでしたが、ここで負けるのは嫌だったので、そのまま普通に出勤しました。睡魔と戦いつつ作業を続けながら、他人に夜通し働かせて何とも思わないキースの「ハートの強さ」に対するオドロキが、じわじわと増して来ました。そして、T.G.I. Fridays で彼を撃ってしまった若者の心境に、少しだけ共感を覚えたのでした。

2016年2月23日火曜日

In the name of love 愛という名のもとに

高校の水球部に所属する14歳の息子は、冬の間、週に二、三回は学外のチームに入って特訓を受けています。シーズン中は試合の予定が立て込んでいてほとんど練習に時間が割けないため、こうしてオフの間に力をつけておかないと試合に出れないし、出ても勝てないのだそうです。これはとても良いことなのですが、夜7時からの練習にチームが借りているプールは室内でも温水でも無いのです。ナイター照明の下で白い息を吐きながら、キンキンに冷えたプールにパンツ一丁で(当たり前だけど)飛び込み、泳ぎまくる少年たち。寒がりでカナヅチな私は、「おいおい君達、二月だぞ。ちょっと頭おかしいんじゃない?」と呆れつつも、冬でも温暖なサンディエゴだからこそこんなことが可能なんだよな、と今の生活環境に対する感謝の気持ちを新たにしています。

さて先日、大ボスのテリーが送信した一斉メールを読んでいて、手が止まりました。近いうちに複数名の社員が会社を去るという噂は聞いていましたが、リストの中に意外な人物の名を発見したのです。

ここ数年、珍しい英単語やイディオムの解説をお願いするのに最も信頼を置いて来た同僚ステヴが、シアトルの会社に転職する、と書いてあるじゃありませんか!前の週に世間話を交わした際には匂わせもしなかったので、これはショックでした。さっそく彼をランチに誘い、NA Pizzaという激ウマのピザ屋へ出かけます。

彼の専門はAnthropology(アンソロポロジー)、日本語では「人類学」です。インディアンやらアラスカ原住民の生活などに詳しく、彼が出張から持ち帰って来る伝説交じりの土産話は、どれも嘘くさいほど刺激的な奇譚ばかり。インディ・ジョーンズもどきの仕事が出来て本当にラッキーだと語ってくれたこともあるのですが、近年、会社が凄まじい勢いで膨張を続ける中、彼の職種は組織の中でみるみる存在感を失って行きました。大都市の巨大建設プロジェクトなどが広告塔としてもてはやされる中、消滅の危機にさらされている少数民族の民話の伝承がどうたらこうたら、などというテーマは日陰者なのです。様々な分野のPM達をサポートしている私にはその様子がよく見えていて、いつかはこういう日が来ることを危惧していました。でも、なぜシアトル?

「このまま会社に残れば、たとえ同じ仕事を続けることは出来たとしても、キャリア形成という点では全く先が見えないんだよね。社長がメディアに向けて話をする時、俺のプロジェクトに脚光を当てるチャンスなんてほぼゼロだろ。人類学の専門家が昇進したり要職に抜擢されたりなんてことも、まず無いと思うし。」

と、ステヴ。そんなことないよ、と元気づけたいところですが、スキンヘッドに伊藤博文風の口ひげを蓄えた彼は、もはや若者とは呼べない年齢です。彼の将来を思えば、いい加減な慰めはかえって迷惑でしょう。ピザを頬張って黙るしかない私。

「でもさ、転職はしょうがないとして、何もサンディエゴを離れなくたっていいんじゃないの?」

数秒の沈黙の後、ようやく反論する私。同じエリアに同業者がいるかどうかも知らないので、無責任な発言であることは自覚していました。でも、彼が遠くへ引っ越すのはやはり残念だったのです。

「俺だってサンディエゴが嫌なわけじゃないんだよ。でもローレンがね。」

ローレンというのは彼の奥さんです。

「実はそもそも、彼女がずっとサンディエゴを離れたがっていたことが今回の転職のきっかけなんだよ。」

四季を楽しめる土地に住みたい。特別暑かったり寒かったりしなくていいから、サンディエゴみたいに一年中青空じゃない場所がいい、と。その第一希望がシアトルだというのです。

「こんな能天気な土地で子供を育てたくないって人は大勢いるもんね。」

と私が笑うと、実はそれが彼女の口癖だというステヴ(私に気を遣ってこのエピソードは隠していたみたい)。いずれ子供を産むのなら、文化の香りのする街で育てたい、というローレン。

「だからいつかはシアトル、っていうのがベースにあったんだ。俺が転職を考え始めるずっと前からね。」

幸い、アラスカのプロジェクトに共同で取り組んだことにある小さな会社の社長がステヴを誘ってくれて、シアトル支社にポジションを作ってくれたのだそうです。

「彼女、この転職をすごく喜んでるんだ。」

そうか、奥さんへの愛が転職を後押ししたのか。すげえなステヴ。それに対して我が妻は、これまでずっと私の留学や仕事の都合で移動を余儀なくされています。彼女が住みたい場所で仕事を探す、というアイディアは、ついぞ思いつきませんでした。

数日後、彼からの送別メールが支社の社員全員に届きました。「この10年間、おつきあい有難う。」から始まり、毛むくじゃらのアシカと肩を並べて海上に顔を出している写真が添付されています。その下にはプロジェクト番号が記されていて、キャプションにはこうあります。

“I’m the slightly less hairy one on the right.”
「右側の、やや毛深くない方が俺です。」

アラスカの漁業関連のプロジェクトで現地へ行った時に撮ったものでしょう。

“I still can’t believe a place actually paid me to do things like this,”
「まだ信じられないよ。こんなことするのに金を払ってくれる会社があるなんてね。」

そしてこうまとめます。

“all in the name of anthropology”
「それもこれも、人類学の名のもとにね。」

この “in the name of” というフレーズ、冷静に考えるとちょっと腑に落ちません。ステヴのメールだけを取れば、「人類学の名を借りて」、つまり、実態はともかくその名の威光を使って、という風に解釈できます。でも、これが“in the name of love”「愛という名のもとに」という使い方だったらどうか。「愛してるんだからいいだろ?」みたいな口先だけの愛情表現を指すのか、それともニュートラルな意味合いで使えるフレーズなのか。

さっそく、受付のヴィッキーに質問してみました。すると彼女はいきなり立ち上がって右手を私の方へ真っ直ぐ差出し、

“Stop! In the name of love!”

と歌い始めました。

The Supremesっていうグループの歌でしょ!」

そうして出だしからサビまでを、振り付けつきで歌ってくれました。いや、聞きたいのはあなたの歌じゃないんだけど…。

翌日、久しぶりにオレンジ支社へ出張した際、同僚フィルに質問。

「これだろ?」

私が質問を終える前に、右手をさっと伸ばして「ストップ!」の部分のジェスチャーを見せるフィル。通路を隔てて向かいのキュービクルで働くサル(という男性社員)まで同調して手を伸ばします。いや、だから、知りたいのはそこじゃなくて…。

なんかこの歌、アメリカ人にとっては、メロディーを聴くと反射的に身体が動いてしまうタイプの曲みたいです。日本語の歌に、そんなのあるかな?思いつくのは金井克子の「他人の関係」くらいだな(かなり古いが)。

結局フレーズの意味はあやふやなまま、会話終了。もやもやしたまま立ち去る私でした。こんな時ステヴだったら、こちらの疑問を正確に理解してから「痒い頃に手が届く」的確さで解答してくれるんだけどなあ…。

妙な形で味わう喪失感でした。


2016年2月8日月曜日

ハッピーライフ

11月中旬、アパートの管理会社から一通の手紙が届きました。

「いつもご愛顧有難うございます。1月末の契約更新時に家賃が一割上がりますので、どうぞよろしく。」

おいおい、何だその極端な値上げは?何かの間違いじゃないだろうな。これまでも毎年じわじわ値上げはありましたが、その度に何とか耐え忍びました。それが突然一割も上がる?

さっそくオフィスを訪ねてみましたが、管理会社側はガンとして退きません。ここのところ賃貸市場は好調で、彼らからすればまたとない稼ぎ時なのでしょう。かなり大目に見てやっての一割アップなんだぞ、と言わんばかりの態度。環境や治安の良さに惚れ込んで13年も住み続けた場所ですが、今後この調子で毎年ポンポン家賃を上げられたらたまったもんじゃない。この国では賃貸者の権利が弱く、アパートに住み続ける限りこの仕打ちからは逃れられないのです。

「もうあったまきた!」

この暴挙に、憤然と立ちあがる妻。

「家、買おう!」

我々夫婦は日本にいた頃からアパート暮らしの経験しかないので、住宅購入に関してはズブの素人。おまけにここは外国です。何から始めて良いのやら、皆目見当がつかない。しかし怒りをエネルギーに変えた妻は、ここから八面六臂の大活躍を展開します。ちょうど出張が多く不在がちだった私に文句の一つも言わず、毎日深夜までリサーチに没頭。昼間は知り合いに紹介された不動産エージェント(ベトナム人女性)と何十もの物件ツアーをこなし、同時に複数の銀行とローンの交渉を繰り返し、不動産鑑定士、エスクロー(不動産取引代行)業者との打ち合わせなどをほぼ一人でやり遂げました。

そして遂に1月中旬、南に15分下った場所に、一軒家を購入したのです。アパートの契約が切れる直前の月末、滑り込みで引っ越しを完了。とんでもない早業でした。私は一連のプロセス中、妻の爆発的な行動力に圧倒されっぱなしでした。この人、ほんとすげえなあ、と。

ところが、これで万事解決とは行きませんでした。

今回、住宅選びに当たっての私の希望は、

「お客さんが来ても駐車スペースに困らない家で、斜面上に無いこと。」

これに対して妻は、

「洗濯室が室内にある、眺めの良い家。」

米国では洗濯機と乾燥機をガレージに置くのが一般的なようで、内部に洗濯室を設けている物件は非常に限られていました。

「ガレージって基本的に家の外でしょ。外で洗濯するなんて嫌なのよ。」

しかし残念ながら、彼女の希望に適う適正価格の住宅は見つからず、最終的に購入を決定した物件も、寒々としたオンボロガレージの隅に洗濯機と乾燥機を押し込むタイプでした。おまけに、家からの眺めも決して良くはない。結果的に、大して働かなかった私の希望の方を通した形になり、散々苦労してここまで漕ぎつけた妻に申し訳ない気持ちで一杯でした。

そんな時、不動産エージェントに紹介してもらったベトナム人の大工さんに改装を頼めることになり、二週間でガレージを完全リフォーム。古い温水ヒーターや巨大な空調パイプ、その周りを覆っていた黄色い綿のような断熱材、天井の木材などが全てむき出しだったのが、見事に白い壁で覆われ、すっきりとした洗濯室に仕上がったのです。

「室内と同じレベルとは言えないけど、見違えるくらい綺麗になったわよね。」

と喜ぶ妻。

先日、職場で同僚のジョナサンと昼飯を食べながら、今回の顛末を話して聞かせました。彼は我々の新居の近所に十数年も住んでいて、コミュニティへの仲間入りを喜んでくれました。そしてガレージ改装のくだりを話した時、「こんなフレーズ知ってるか?」と微笑みました。

“Happy wife, happy life.”
「ハッピーワイフでハッピーライフ。」

ドンピシャの表現を頂きました。



2016年2月3日水曜日

Run, Hide, Fight 逃げろ。隠れろ。そして闘え。

昨日のランチタイムには、ダイニングスペースに社員が60人ほど集合しました。本社に新設された部署からクリスという男性社員がやって来て、スペシャル・プレゼンがあったのです。テーマは、「侵入者による銃乱射など、絶体絶命のピンチにどう対処するか。」

その銀髪から察するに、恐らく50代後半でしょう。ネイビーシールズ(海軍特殊部隊)やFBIでの勤務経験を買われて今の職に就いたという彼は、折り目のはっきりした紺のスラックスを履き、白いシャツを素肌に纏っています。異常に発達した大胸筋がそのうちボタンを弾き飛ばすんじゃないかと思えるくらい、シャツの生地が激しく横に引っ張られています。まるでイギリス訛りの抜けたダニエル・クレイグ(最近の007映画で主役を張ってる俳優)。両脇に水着の美女を数人侍らせても違和感は無いでしょう。穏やかな物腰ながら、誰がいつ飛びかかってもためらい無く秒殺するぞ、という凄みを発散しています。

「銃乱射事件の69%は、5分以内に殺戮が終わっています。それほどの短時間に警察の到着を期待するのはまず無理でしょう。だから、個人個人がどう対処するかが大変重要になってくるのです。」

二コリともせず、陰惨なプレゼンを淡々と進めるクリス。解雇された社員がじわじわと転落の人生を歩み、何年も経ってから「そもそもは俺をクビにしたあの会社が悪い」と職場に舞い戻って無差別銃撃をする、という実話にはぞっとしました。そういう「防ぎようがない」と思える事態をどう防ぐか、という話から、万が一そういう事件に巻き込まれた際にどうするか、というテーマに移った時、クリスがこう言いました。

「一番大事なのは、まずは自分の身を護る(Save yourself first)ことです。仲間を助けたければ、まずは逃げてプロの救助を求めることが最良の方法なのです。」

次に、こんなフレーズを紹介しました。

“Run, Hide, Fight”
「まずはとにかく頑張って逃げる。逃げられなければ隠れる。隠れる場所が見つからなければ、後は闘うしかない。」

質疑応答の時間を設けてくれたので、さっそく手を挙げ、プレゼン中ずっと心にひっかかっていた質問をしてみました。

「あくまでも仮定の話ですよ。たとえば一人の男性が、うちのオフィスを訪ねて来たとします。受付で、ここにいるシャノンの知り合いだ、と告げて職場に入って来たとします。」

隣に座っていた、部下のシャノンを指さします。

「実はそれが、彼女のEx boyfriend (昔の彼氏)だったんですね。」

そう言った時、皆がどっと沸きました。

24年も経ってるのに!」

と調子を合わせて笑うシャノン。

「ふられたことをずっと恨みに思っていたこの男が、彼女を片手で抱えて銃を頭に突き付けたとします。私の目の前で、ですよ。そういうケースでも、私はとっとと逃げるべきなんでしょうか?」

クリスは表情を少しも崩さず、三秒ほど私の目を見つめてからこう答えました。

「あなたが普段から厳しいコンバット・トレーニングを受けていて、しかも丁度その時充分な武装をしていた、というのなら話は別です。しかしそうでないならやはり逃げるべきです。」

「でも、仲間が殺されるかもしれないんですよ!」

「あなたがそこで抵抗する様子を見せて犯人を下手に刺激すれば、彼女が殺される確率が増すかもしれない。それに第一その場に留まれば、あなたの命も無くなる可能性が高い。どう考えても、逃げるより良い手段は無いでしょう。」

「う~ん、なるほど…。」

大きな拍手とともに、プレゼン終了。席に戻って仕事を始めたところ、少し遅れて向かいの席についたシャノンが、ケラケラ笑ってこう言いました。

「昔の彼氏ネタで皆にからかわれちゃったわよ。気をつけろよ、ちゃんと関係を清算しておけよ、だって。」

「ごめんごめん、変なたとえ話をしちゃったね。」

「いいのよ。すごく楽しかった!」

少し経って、別件で総務のトレイシーと話した時、

「あれはすごく良い質問だったわよね。」

と褒めてくれました。

「実はさ、まだ納得出来てないんだ。頭では理解出来ても、本当にそういう事態になった時、仲間を見捨てて逃げるなんて出来るのかなあって。」

「そうよね。難しいわよね。」

「たとえばそれが自分の奥さんや子供だったら、絶対助けようとして暴れちゃうと思うんだよね。」

「そりゃそうよ!」

それから少し考え、冗談めかしてこう言いました。

「大体さ、もしも犯人が捕まってシャノンが無傷のまま助け出された場合、どうしてあの時私を見捨てて逃げたのよ!って怒りたくなるだろうし、他の皆だって、シンスケはひどい奴だって責めたくなるんじゃないのかな。」

するとトレイシーが、

「それは絶対大丈夫よ。」

と、心配無用という表情で言いました。

「とにかく逃げろってクリスから指導されるのを、全員が聞いてたじゃない。」

う~ん、その「仮定の」事件に限定した話じゃないんだけど…。


2016年1月17日日曜日

Mancave 男の洞窟?

息子の所属する高校の水球チームで最上級生が引退するということで、先月パーティーが開かれました。場所を提供したのは、選手の一人の親。

一家三人で到着してみると、一体いくつ部屋があるのか謎なほど巨大な豪邸。180度パノラマ・ビューの渓谷を見下ろす広大な庭は、まるまるプール。一端が水深3メートル以上もある、本格的なつくりです。プールサイドには壁掛けテレビのあるバーコーナーまで設えてあり、まるで毎晩プールサイドでパーティーをするために作られたような邸宅。

これほどの資産家の息子がどうして公立高校へ通っているのか?臆しながらも首を傾げる我々夫婦。にこやかに出迎えた家主の男性は、ブルーのポロシャツに短パンというラフな出で立ちで、どうみても普通のおっさんです。奥様も同様、外見はミドルクラスど真ん中。少し遅れてドヤドヤと現れた息子の選手仲間たちは、 特別緊張した様子も見せず、プールで泳いだりジャグジー(Jacuzzi)で温まったり、ソファでくつろいだりして楽しんでます。

「何やってる人なんだろうねえ。」

と夫婦で話してたら、

「飲み物大丈夫?」

とご主人が気を遣って近づいて来ました。私は水、妻はワインをもらってお礼を言うと、そばに立っていた奥様が、

「主人がこないだ60歳になった時、サプライズパーティーをね…。」

と大声で出席者の女性に話しているのが聞こえました。へえ、この人、還暦迎えたんだ。ずっと若く見えるなあ。金があると老けないんだな…。

宴もたけなわという頃、バーカウンターからプールを挟んで向かい側に立っている前面ガラス張りの小屋が気になり始めました。中には家具も何も見えません。

「あれ、何だと思う?」

「更衣室やシャワー室じゃないわよね。丸見えだもん。」

「サウナかなと思ったんだけど、やっぱりガラス張りは変だよね。」

ひそひそ話し合う我々夫婦。ちょうどその時家主が通りかかったので、思い切って尋ねてみました。

「ああ、あれ?中見てみる?」

誘導されて足を踏み入れてみると、空き箱などが散乱していて、明らかに工事中です。

「毎日コツコツ作っているんだけど、思ったより時間がかかっていてね。こっちはバー、ここにソファが来て、壁にはフラットスクリーンTVを掛けるんだ。」

「え?全部自分で作ってるんですか?」

「ああ、そうだよ。だから時間がかかってるんだよ。」

え?この人、大工?

「これ、何の部屋なんですか?」

「マンケイヴだよ。」

「は?」

初めて聞く単語です。

「それ、英語ですか?」

「そうだよ。聞いたことない?」

Mancave (マンケイヴ、直訳すれば「男の洞窟」)とは、男子専用のスペース。野郎だけで集まって、スポーツ観戦をしたり酒を飲んだりするための部屋なんだ、と彼が説明してくれました。ええっ?そのためだけにもうひとつ部屋が要るの?こんなにでかい家があるのに?口をあんぐり開ける私。

「ああ、ここは男の聖地になるんだよ。」

私の目をじっと見て頷くご主人。

家の中に、奥様の声を無視して進められることなど何一つない。夫婦の力関係は変えられない。それが家庭の平和を保っているのだという、洋の東西や富裕のレベルを超越した法則を、一瞬の目配せで確認した男二人。

「ところがさ、いざマンケイヴを作り始めてみたら、やっぱりカミさんが色々言ってくるんだよ。壁の色はこうした方がいいとか、こういうカーペットの方がいいとかさ。」

大声で笑うご主人は、なんだか幸せそうでした。


2016年1月10日日曜日

Ew!  いうはうえ?

金曜の午後、久しぶりに同僚ステヴの席を訪ね、英語表現に関する質問をしました。

「何か気色悪い(disgusting) 話を聞いた時、アメリカ人は皆 ew!(いう!)って言うでしょ。よく思うことなんだけど、英語って擬音語のバリエーションが少なくない?ew! の他に何かある?意味強めのやつとか。」

ew! (いう!)は「うえ!」くらいの意味だと理解していた私は、これよりずっと強烈な表現を探していたのですが、ステヴはその場で上を向いて固まってしまいました。

「確かに、ew! に代わる口語表現ってあまり無いねえ。Ack とかeepとかっていうのはあるけど、どちらも書き言葉だし。」

「でしょ。日本語には、うげっ!ぎょえ!うえッ!おえっ!とか、色々あるよ。これ、漫画の影響かも。」

「それはきっとそうだね。アメリカン・コミックスに出て来る効果音は活字の大きさや書体を変えることで変化を持たせてるけど、日本の漫画は独創的な表現が多いもんね。」

文化人類学の専門家で日本への留学経験もある彼は、こういうテーマに詳しいのです。話の流れから、ひとしきり漫画「北斗の拳」の話題で盛り上がる二人。結局、「英語の擬音表現バリエーションは貧弱」という一時的な結論で会話を打ち切ったのですが、翌日土曜日、ステヴからメールが届きます。

「昨日ローレン(奥さん)と話してたら、彼女が擬音表現をいっぱい知ってたよ。」

Grr
Eek
Eep
Ugh
Yikes
Woo-hoo
Wheeeee
Yay
Aww
Squee
Yuck
Ick
Hmmn
Uhhhhhhhhh
Whoops
Booo
Hisss

おお~!な~んだ、こんなにあるんじゃない。ステヴが忘れてただけですね。

実は、そもそもどうしてあんな質問をステヴにしたかと言うと、朝の電話会議でそういう表現が使われたからなんです。議題に入る前の軽いおしゃべりの最中、ヴァージニアから参加していたティファニーが、生まれたての赤ちゃんに自分のおっぱいを飲ませられない(アレルギーが原因らしい)ので地元の病院に寄付し始めた、という話をしたのです。これを聞いたベテランお母さんのセシリアが、

「クレイグズ・リスト(売ります買いますサイト)で売ればいいじゃない。」

と発言したので反射的に笑ったところ、これが真剣な提案だったのです。世の中にはおっぱいが出なくて困っているママが沢山いるのよ、と。だから実際、母乳マーケットが立派に成立しているのだと。

「でもね、どこかの記事で読んだんだけど、これを成人男性が買いつけるケースがあるのよ。」

ええ~っ!とぶったまげる私。

「よくよく聞いたらボディビルダーの間で、高品質のプロテインとして人気だっていうの。確かに牛のおっぱい飲むよりは身体に良さそう、って後から納得したの。」

ここで彼女が言ったのです。

「最初はew! って思ったんだけどね。」

この場合、「うえ!」程度の軽いリアクションじゃ済まないぞ、と思った私。

こは最低でも「うげっ!」でしょ。


2016年1月3日日曜日

Pictionary ピクショナリー

年が明けました。今年は元日が金曜日なので、三連休。

大晦日には、友人L家のイヤーエンドパーティーに招かれました。彼等はかつてのご近所さん。うちの息子と同い年の娘さんSちゃんとがまだあどけない6歳児だった8年ほど前、ご主人の転勤でバージニアに引っ越したのですが、去年の春サンディエゴに戻って来た古い仲間です。

前日に訪れていたミシガンの義父母と合わせ、五人で夕方6時に到着した私達。少し遅れて両家共通の友人、T家の四人が合流します。L家にはシアトルからやって来た彼等の友人一家三人が既に滞在していたので、総勢15人の賑やかなパーティーになりました。我が家を除き、他の三家族はみなご主人がアメリカ人。英語と日本語とが入り混じった会話が飛び交います。開始から30分ほどして、T家のMちゃん(14歳)とNちゃん(12歳)姉妹が小ぶりなホワイトボードを車から運んで来ました。ゲームのスタートです。

二人が持ってきたのは、Pictionary(ピクショナリー)と呼ばれるパーティーゲーム。各チームの代表がサイコロを振り、すごろく上のコマを進めます。次にカードをめくり、出たお題に応じてホワイトボードに絵を描いて行きます。各カードには色違いの英単語が四つ書かれていて、コマの置かれたスポットの指示が特定の色を示していればその色の単語を選び、そうでなければ四つのうちどれでも選んで良い、というルール。お題を見てホワイトボードに向かう人は、「これは場所の名前です」「動詞です」「人物です」などと大まかなヒントを出した後、一言も喋ってはいけないし、ジェスチャーも厳禁。絵の中に文字を入れても駄目。他の参加者は、描かれて行く絵を見ながらこれと思う単語を叫び、一番早く正答を出した人のチームが得点をもらえるのです。

当然ながらこのゲーム、絵を描く人の技術が低ければ低いほど盛り上がる仕組み。なんじゃそりゃ?分かるわけないだろ!ゲラゲラゲラ!ってな感じで。

ところが現実に起こったのは、私が思っていたのとは全然違う展開でした。

三人のハーフ少女たち(Sちゃん、Mちゃん、Nちゃん)は開始の号令とともに、チームの代表者が絵を描き始めるのも待たず、最初のヒントのみを手掛かりに秒速三個くらいの割合で、何十種もの単語を淀みなく唱え続けたのです。それはまるで機銃掃射。絵を見ながらゆっくり考えようと構えていた私の目の前で、あれよあれよと正解がかすめ取られて行きます。なになにこの戦い?滅茶苦茶レベル高いじゃん。そしてとうとう一問も正解出来ないまま、私の順番が巡って来ました。すごろくの目は「どの色でも可」。ほっとしてカードをめくると、目に入ったのは次の四単語。

Candlestick(キャンドルスティック)
Black Eye(ブラックアイ)
Towel Rack(タオルラック)
Shakespeare(シェークスピア)

ええと、キャンドルスティックって何だっけ?ろうそくに刺す太い針のことか?それともろうそくを立てる台のこと?ブラックアイは黒目のことか?それとも顔を殴られて目の周りに出来た黒あざのことかな?タオルラックって、タオルをかけておく棒とか輪っかのこと?あるいは棚?う~ん、単語の意味を正しく理解出来てるかどうか確信が持てないし、考えれば考えるほど自信がなくなる。このまま絵を描いたら、描画力じゃなく英語力の低さが露呈してしまうじゃないか。唯一確信があるのはシェークスピアだけど、あのおっさんをどう描きゃいいんだ?肖像画の特徴、うろ覚えだし

私がその場で固まっていると、女子たちが焦れたように、「どうしたの?」と訝しみ始めます。

「ごめん、どの単語も駄目だ。描けない。」

「四つとも?」

Mちゃん。

「次のカードに替えていい?」

と懇願する私。

「ちょっとそれ見せて。」

受け取ったカードをしげしげと見つめ、私が立ち往生している理由をさっぱり理解できない様子のMちゃん。うう、これはツライぞ。ようやく皆の承認を得た上で次のカードをめくると、並んでいたのは誤解の余地がない単語ばかり。よし、これならいける!

“It’s in a hospital.”
「これは病院の中です」

とヒントを提供してから水性マジックペンを握った途端、Sちゃんが “Go!”と開始の号令をかけました。その直後、Nちゃんが高い声で叫びます。

“X-ray!”
「レントゲン!」

ペン先がホワイトボートと接触する前に正答を出され、あっけなくゲームオーバー。Nちゃんのお父さんのTさんが、

「これは我が家のゲームだから。」

と、娘が天才ではないことをそれとなく強調して慰めてくれましたが、リトルリーグのピッチャー相手に見送り三振したプロ打者のような気分で席に戻った私。

12時のカウントダウンとともにテキーラで乾杯した仲間たち(私はお茶でしたが)に別れを告げ、帰宅したのは午前2時頃。素晴らしく楽しいパーティーでした。

翌朝さっそく、昨日の英単語の意味を確認する私。

Candlestick(キャンドルスティック)とは、燭台のこと。
Black Eye(ブラックアイ)は、目の周りのあざのこと。
Towel Rack(タオルラック)はタオルかけで、棚状のものでも棒状のものでも、輪っか状のものでも該当します。

後でこの話を妻子にしたところ、息子がこう言いました。

「ゲームなんだから、これだと思ったことをどんどん描いちゃえば良かったんじゃない?誰にも分からなくたっていいじゃん。」

確かに彼の言う通りだし、勘違いが元で笑える、という見方もあるでしょう。たかがゲームなんだし。しかしその引き換えに、「それ全然違うよ!単語の意味分かってないでしょ!」と一斉に詰られる可能性だってある。私には、その攻撃を笑って受け止める覚悟が無かったのですね。

「いや、対象が何であるかを正確に分かってなかったら絵なんか描けないでしょ。」

息子相手にまだ意地を張る私。

「そうかなあ。」

「じゃさ、今度一時帰国した時、日本版のピクショナリーやってみようよ。それで君が同じ立場に立てば分かるよ。例えばさ、燭台を描きなさいって言われたらどうする?」

「しょくだいってなに?」

「キャンドルスティックのことだよ。ほら、分からないでしょ。分からなかったら絵も描けないじゃん。」

「そっか。そうだね。へえ、燭台っていうんだ。知らなかった!」

割と簡単に息子を納得させてしまった後で、我ながら大人げないなあ、と恥ずかしくなりました。この年になってまだ「カッコ悪い立場に置かれることを恐れている」自分は、もっとカッコ悪い。単語を知らないことを恥ずかしがるのは、外国語学習の大きな妨げです。これを機に、もう一度初心に返って英語を学ぼうと心に決めました。

ピクショナリーで遊んだことで、英語学習者としての謙虚さを取り戻せたのでした。


2015年12月29日火曜日

Unsung Hero 名も無きヒーロー

うちの支社では二週に一度の木曜夕方に、社員のプレゼンを聞く会が催されます。業務に直接関連しないテーマでもOK。社内コミュニケーションの促進が目当てで、プレゼンをきっかけに社員同士が話をし始めることが目的とも言えます。これまで数々のプレゼンに出席しましたが、今年一番心を打たれたのは、長期にわたって休職していたエンジニアのジェラルドによるものでした。

あまりにも長い不在に、気ままな一人旅でもしているのかなと思っていたら、海外でのボランティアに励んでいたというジェラルド。この夏フィリピンで低所得者用住宅の建設プロジェクトを終え、帰国しようとマニラ空港の待合室に座っていたら、携帯電話が鳴ったとのこと。

「シエラレオネへ飛んでくれないか?」

唐突な、しかもとんでもなくハイリスクの依頼をためらいも無く引き受け、即座に帰国を取りやめて現地へ飛んだジェラルド。シエラレオネと言えば、当時エボラ・ウィルスが大流行し、政府が非常事態宣言を出していた西アフリカの小国です。彼は、流行の拡大を抑えるための医療施設を設計・施工するボランディア・グループの一員となったのでした。

エボラというのは、汗などの体液を介して感染する、致死率83%といわれる殺人ウィルス。今のところ対症療法しか存在せず、とにかく感染者を隔離することが最優先です。死者が出た場合は素早く埋葬しなければならないそうで、防護服に身を包んだ係官が二人、誰にも告げずに少し離れた共同墓地まで営々と遺体を運び、その後についた別の係官が無言で消毒液を撒いて歩く。感染が確認されたが最後、患者は二度と家族と触れる合うことのないまま命を落とし、ひっそりと埋葬されるケースが大多数だというのです。

「そのことが一番辛かったねえ。」

と何度も繰り返すジェラルド。

彼が最初に取り組んだのが、施設内での患者の動線分析です。診察を受けようとやってきた非感染の患者の多くが、同室の感染者やその体液に接触したために死んでいる。この状況をまず変えなければいけません。

院内に足を踏み入れる人は、まず個室へ通します。壁の反対側から窓を隔て、医者が問診します。次に尿を採取させ、紙コップを小窓から提出させます。ここで陰性と診断された場合、一応潜伏期間が終わるまで別室で待機。この間、他の患者と触れ合わせないように注意します。陽性の患者は別ルートへ。対症療法で何とか持ちこたえさせ、生き延びれば退院させ、亡くなった人は裏口から運び出す。これら複数ケースの患者が互いに一度も接触することなく院内を行き来するためには、緻密な動線計画が必要です。

計画が出来上がったら施設の設計をし、直ちに施工、維持管理へと移ります。これら全てを、世界中から集まったボランディアの人たちがこなすのです。NPOの資金繰りは大変なため、コスト削減は徹底していて、ナースコールの装置などはジェラルドがアメリカの安売りショップから部品を取り寄せ、全て手作りしたそうです。

「命の危険を感じたことはなかったの?」

という質問に対し、彼があっさりと答えます。

「いや、それは無かったな。僕らは全員、入念にトレーニングを受けてから働いたからね。防護服の装着や消毒などの手順を端折らなければ大丈夫だよ。むしろ街を歩く時の方が緊張したね。汗をかいた人でごった返す中を通過する時は、その汗が自分の身体についたらどうしよう、とヒヤヒヤしたよ。」

そしてスライドのページをめくり、

「ボランティアとして外国からやって来た僕らのような人間は、装備やトレーニングが充実しているせいで、不安無く働けたんだ。本当に大変だったのはむしろ、現地で採用された職員だよ。」

と言いました。ひとりの男性職員の写真を指さし、感無量という面持ちで話すジェラルド。

「彼は地元でJanitor(用務員)をやっていたせいで、このプロジェクトに呼びこまれたんだ。ほとんど基礎教育を受けてない彼のような人は、不注意から命を落とす危険性が高い。でも彼は迷わず手を挙げたんだ。彼こそが、Unsung Heroだよ。」

このUnsung Hero とは、Singされる(謳われる、褒め称えられる)ことのないヒーロー。つまり人知れずスゴイことをしている人。直訳すれば、「謳われることのない英雄」ですね。辞書には「縁の下の力持ち」という訳が多く出ていますが、これだと「ヒーロー」のニュアンスが欠けている気がします。私の訳はこれ。

“Unsung Hero”
「名も無きヒーロー」

ジェラルドの帰国から数週間経った頃、シエラレオネのエボラ終息宣言がニュースを賑わせました。

彼が褒め称えた用務員の男性には、自国の人々を救おうという自然な使命感があったことでしょう。縁もゆかりも無い場所に命を賭して飛び込み、多くの人々の命を救ったジェラルドのような人こそが、本当のUnsung Hero ではないでしょうか。


しびれました。

2015年12月27日日曜日

First World Problems 勝ち組のお悩み

14歳の息子が通う高校はCharter School(チャータースクール)といって、公立でありながら教科書を使わず、プロジェクト中心のカリキュラムで教育を受けることが出来る、いわば「自由な私立もどき学園」。受験戦争無しに抽選で入れるのですが、家庭の所得レベルによって不公平が生じないよう、低所得層にやや有利な選抜方法になっています(とてもアメリカ的)。クラスには大金持ちの子もいれば、三食すらままならない子までいます。

先日、学年集会のようなものがあり、その場にいる誰かを指さして「どれだけその人に感謝しているか」を皆に話す、というプログラムがあったそうです。生徒たちの多くは担任の先生を対象に話したようで、特に低所得層の家庭から来ている女の子たちは、先生にどれだけ助けてもらったかを強調したのだと。

「お母さんは忙しすぎて、私のことをほとんど気にかけてくれません。先生はまるで二人目のお母さんみたいに、いえ母親以上に、いつも真剣に私のことをサポートしてくれます。」

中には感極まって泣き出す子もいて、男子生徒たちは半ば白け気味に顔を見合わせていたのだそうです(この年齢の男子らしい)。その中で立ち上がったのは、既に涙目になっていた裕福な家庭の白人女子生徒。

「私はずっと、Self Acceptance (ありのままの自分を受け入れること)が出来ずに苦しんでいました。そんな時、先生は私を優しく見守ってくれて…。」

男子生徒たちは眉を顰めて目配せを交わし、

“Such a first world problem…”

と囁き合ったのだそうです。直訳すれば、

「ファースト・ワールドなお悩みだよな。」

First World Problemをネットで調べると、「裕福な人の贅沢なお悩み」と出ています。ファーストワールドって何だろう?と更に調べを進めたところ、これはそもそも冷戦時代に出現したカテゴリーだったそうです。

First World: アメリカをはじめとした西側諸国
Second World: ソビエトや中国などの共産国
Third World: その他の国々

だからそもそも経済的な強さ別に分けたものではなかったのですが、いつの間にかそこに裕福さの意味合いが加わってしまったみたい。私なりに訳すとすれば、

“First World Problem”
「勝ち組のお悩み」

ですね。

息子にこの言葉の使用例を尋ねたところ、友達の家でケーブル会社を替えたらWi-Fiのスピードが落ちたと不満たらたらだ、という話をしてくれました。なるほど、それは贅沢な不満だね。