2015年7月3日金曜日

Badass  バッドアス

先週の水曜。サンフランシスコの大物、アレクサンドラからメールが届きました。

「沢山の人から推薦があったんだけど、本社の新しいポジションに応募してみたら?」

現在、個々に独立して使用されている複数のプロジェクトマネジメント関連ツールを束ねて一つのプログラムに統合する動きが進んでいる。これを統括し、更には各国の支社を巡ってトレーナーを養成するためのトレーナーを探しているというのです。PM経験とトレーニング経験の両方が重視されているのだと。おお、これは面白そうだ。

「窓口はロスのジェニファーだから、連絡してみて。」

さっそくジェニファーにメールを送って「興味あり」と伝えたところ、大至急履歴書を送ってくれ、とのこと。応募者との面接を進めている最中だから、と。え?こんなキワモノの仕事に応募する人がそんなに大勢いるの?と心底驚く私。自分ひとりしか名乗り出ないんじゃないか、と高を括っていたのです。

今週の火曜日、ジェニファーとの電話面接がありました。技能、経験面での条件をクリアしていることを確認すると、彼女がこう言いました。

「今、候補者を絞り込んでるところなの。あなたは最終候補の一人よ。でも話を進める前に、大事な条件を言っておくわね。これから半年以上、ほとんど家に帰れないわよ。オーストラリアに一カ月行ったと思ったら一旦戻って、次に中東に一カ月、その後はニュージーランドに一カ月、という風に、長期出張の連続なの。これ、大丈夫?」

職務内容に「出張が多い」とは書いてあったけど、そこまでとは予想していませんでした。

「そりゃまた極端な条件ですね。」

今の仕事と掛け持ち出来るような内容だったらいいな、と甘い期待をしていた私。これは間違いなく、完全な本腰を要求されています。

「妻子ある自分のような人間には、大きな負担になりますね。何か特別手当とか、給料アップなどはあるんですか?」

思い切って尋ねる私。数秒言い淀んでから、ジェニファーがこう返します。

「これは人気のポジションなの。報酬面でのメリットは期待しない方がいいわ。」

期間は約一年。任務終了後のポジションについては、何の保証もありません。しかも、プロジェクトマネジメントのトレーナーというよりは、プログラム使用法の説明をする役割みたい。今の仕事で充分幸せな私にとって、一切合財投げ捨てて乗り換える船としては、いささか不安です。家族とも相談した結果、丁重に辞退しました。

昨日の昼休み。キッチンで弁当箱を洗いながら、若い同僚のジェイソンに顛末を話しました。

「本当に何人も候補者がいるのか、疑わしいな。海外出張したい奴なんて山ほどいるだろうけど、本当に教える技術のある人間は限られてるはずだよ。」

と不審顔のジェイソン。新婚の彼は、奥さんと付き合っている頃から毎年のように世界中を旅しています。来月は、ノルウェーから東欧まで巡る旅を予定しています。

「ま、俺だったらそこんとこは誤魔化して引き受けちゃうけどね。」

ここで彼が発した次の一言に、箸を拭く手が止まりました。

 “And I’d travel around the world like a badass.”
「そんでバッドアスみたいに世界中を旅して回るんだ。」

バッドアス(badass)?

「ちょっと待って。最後に何て言ったの?」

「ん?何が?」

「バッドアス(「ベダス」と聞こえます)とか何とか言わなかった?それどういう意味?」

文字通り訳せば、「悪いケツ」。何でそんなネガティブな言葉がここで登場するのか分からなかったのです。

「ああ、それはスーパークールっていう意味だよ。」

え?なんで?彼によれば、もともとは悪者を指す言葉だったのが、いつの頃からか反対の意味で使われるようになったのだと。う~ん、納得できないなあ。

「ワルの要素を含んでるの?」

「いや、ワルの要素ゼロでも使われるよ。」

そこへ、ランチを終えてさっきから自分の食器を洗っていたバーバラが参入します。

“I swam with a whale shark. That was a badass experience.”
「ジンベイザメと一緒に泳いだのは、バッドアスな体験だったわ。」

彼女は先月休みを取って、メキシコでボランティア活動に従事しました。その際、巨大なジンベイザメと一緒に泳ぐという稀有な体験をしたのです。この時の映像を、先日皆に披露してくれました。

「スーパークールって意味だけど、勇気ある行動だったっていう含みがあるわね。かなり恐かったもん。」

「おお、なるほど。」

「勇敢さは確かに大事な要素だね。つまりbadassは、スーパークールでタフな奴を指すんだ。」

とジェイソン。

Baddass
スーパークール・タフガイ

ぴったりした日本語が見つからないので、英語を英語で訳すという愚を犯すしかありません。それにしても、ワルの要素を抜きにしてるのにワルと呼ぶところが、どうも腑に落ちません。

「まだちょっとピンと来ないけど、なんかいい感じだねえ。僕もbadass になりたいよ。」

そう私が言うと、ジェイソンとバーバラが同時にこう返しました。

“You already are!”
「もうなってるじゃん!」

え?そうなの?どうも有難う、と答える私。

なんか、褒められたのかどうか分かりにくい…。


2015年6月27日土曜日

It takes a village 子供は社会に育てられる

水曜日の朝、私がPMを務める環境系プロジェクトの定例ミーティングがありました。技術面のリーダーをしているセシリアと財務系のサポートをしているシャノンが席に着き、他のメンバーの到着を待ちました。その時、セシリアが言いにくそうにこう切り出しました。

「テリーが来るまで待ちたかったんだけど、時間が無いから今言うわね。このプロジェクトのPMを私に変えろっていう指導が上層部から来てる話、聞いてる?」

「ああ、聞いてるよ。」

と答える私。シャノンもそれについては事前に聞かされていたようで、何も言わずに私の顔を見つめています。

「シンスケがPMをやってくれてるお蔭で私達、安心して仕事に打ち込めてるのよ。ずっとうまくやってきたのに、何でいきなり横槍を入れられなきゃいけないのか、理解出来ないわ。ここまで順調に舵取りをして来てくれたシンスケを、侮辱するようなことだけはしたくないの。」

確かに、契約額30ミリオンドルを超えるプロジェクトを、これといったトラブル無しに四年間も進めて来られたことは、私の密かな自慢でした。いつ問題の種が現れても即座に察知できるような仕組みを、早い段階で作り込んでおいた成果です。私にとってこのプロジェクトは、それまで蓄積してきたPM技術の集大成でした。セシリアもそのことは十分に分かっていたので、この変更が彼女の本意ではないこと、これからも変わらずサポートを続けて欲しいこと、を繰り返し説明しました。

「実はね、その動きは一か月ほど前から始まってたんだよ。」

と私。

「このプロジェクトだけじゃなく、建築部門や交通部門の巨大プロジェクトのPMリストに僕の名前が複数上がっていることは、上層部がずっと問題視してたみたいなんだな。本来責任を取るべき人間が僕の陰に隠れているような印象を受けてるんだと思う。だから、プロジェクト・コントロールの存在はやはり黒子であるべきだ、という原則論に立ち戻って、僕を一段下に下げようという動きが始まってたんだ。」

「でも私、自分がPM になっても、このプロジェクトでシンスケがやってることをそのまま出来るとは思わないわ。」

「それは大丈夫。きっちり後ろからサポートするから。」

セシリアもシャノンも、もしかしたら私が傷ついているんじゃないか、あるいは怒っているんじゃないか、と探るような目でこちらを窺っています。そんな必要など全くないのだ、ということを分かってもらうため、私はこんな話をしました。

「2011年の5月にこのプロジェクトを任された時は、まるで出産直後の分娩室に駆けつけた出張帰りの父親のような気分だった。」

「とうとう産まれちゃったわ、どうしよう!って、パニック状態だったわよね。」

と、笑いながら答えるセシリア。

「この子を何とかして立派な大人にしなきゃいけない、という使命感で一杯だった。でもね、だからといって、僕だけが子育てをしてるなんて思ったことは一度もないよ。何十人というチームメンバーがこの子のために、一生懸命働いて来たじゃない。僕の肩書なんて、本当にどうでもいいことだよ。一番大事なのは、この子が健やかに成長することなんだから。」

二児の母であるセシリアとシャノンの心に、このアナロジーは響いたようでした。二人はにっこり笑って顔を見合わせ、何度も頷きながらほぼ同時につぶやきました。

“It takes a village.”

これは、

“It takes a village to raise a child.”
「子供一人育てるには村全体の協力が必要だ。」

の短縮形です。語源をちょっと調べたところ、もともとアフリカで使われていた格言らしいのですが、これは古今東西で有効な考えだと思います。要するに、子供というのは親だけでなく、社会に育てられるものだ、という話。

このプロジェクトの成功は、メンバー全員の強力なチームワークにかかっている。

熱い気持ちを確認し合った朝でした。


2015年6月23日火曜日

パラダイスでパラサイト

過去十年以上、様々な分野のプロジェクトをサポートして来て分かったことですが、一般にハードコアなエンジニア集団は、生物学系の社員たちと仲良くしない傾向があります。環境問題が持ち上がれば建設事業がストップするわけで、部門間に利害の対立があることは確か。でもそれだけじゃなくて、建設業と較べて生物学系の仕事は「成果が分かりづらい」ため、理解が得にくいという点も大きいと思うのです。私も最近になるまで、生物学系の同僚達がやっていることの凄さを理解することが出来ずにいたのです。今は言えます。彼ら無しではエンジニアリングもクソも無い、と。

さて、先週の日曜から一週間、ミシガンの義父母と一緒に家族5人でドライブ旅行を楽しみました。行程の大部分は、アッパーペニンシュラ(UP)と呼ばれるカナダに近いエリア。見どころは、森と湖と滝。普段乾燥した土地で暮らす私達一家にとって、深緑の森を突き抜ける直線道路を何時間も車で進む旅というのは、実に爽快な体験です。

最初の目的地は、「パラダイス」という街。その名前からどんなに浮かれた場所かと思いきや、人家のほとんどないのんびりした片田舎。ところがモーテルに到着した我々を出迎えたのは、蚊の大群でした。東京で暮らしていた時にも蚊はいたけど、ここで我々を出迎えたのは、何万という数の大軍団。ゾンビ集団のど真ん中に丸腰で放り出されたような格好で、圧倒的劣勢。虫除けスプレー買って来るなんていうアイディアは誰も持ち合わせていなかったので、笑っちゃうくらいの猛攻撃を食らいました。特に義母は蚊に好まれる体質のようで、腕はもちろん両まぶたが腫れ上がる、という惨たらしい有様。

13歳の息子は、モーテルの室内にあったテニスラケットのような電気蚊取り器(バグザッパーと呼ばれる道具)を発見するや否や、これを振り回して果敢に部屋を飛び出し、切った張ったを一時間近く繰り広げましたが、息も絶え絶えになって戻って来て、「ダメだ、多すぎる。」、とうなだれます。ドアを開けた途端に十数匹飛び込んで来たので、今度は私が処刑人に就任。30分ほどかけて最後の一匹を感電死させ、ようやく皆で安眠することが出来ました。

翌朝は、Tahquamenon Fall(タクアメノン滝)を見学。しかし、やはりどこもかしこも蚊の大群。記念写真を撮ろうとカメラを構えた左手の甲に蚊が舞い降りたので、反射的に顎で潰します。

「パパ、すご~い!」

と喜ぶ息子。しかしあまりにも蚊がひどいので、早々に退散。皆でギフトショップに逃げ込んだところ、店員と見られる白人のおっさんが、扉の前でバグザッパーを振り回しています。

「なんでこんなに蚊が多いの?」

と尋ねたところ、

「White-Nose Syndrome (ホワイトノーズ症候群)だよ。」

と答えます。え?何それ?と聞くと、

「蚊の天敵であるコウモリが、この病気のせいで絶滅寸前なんだよ。だから蚊が大量発生したってわけさ。」

「え?コウモリ?」

彼の指さした壁に、詳しい説明が貼ってありました。

「冬の間、身体を寄せ合うようにして洞窟で冬眠するコウモリの皮膚に、寒冷地を好むある種のFungus(ファンガス)が取り付く。これがコウモリを目覚めさせ、夏の間貯め込んでいた体脂肪を急速に燃焼させる。餌の捕れない真冬に活動させられたコウモリの群れは、凍死や餓死という形でほぼ全滅してしまう。感染したコウモリの鼻が白いため、これをホワイトノーズ症候群と呼ぶ。夏になり、天敵のいない蚊やその他の害虫が一斉に繁殖。農作物を荒らすなどの被害を人間にもたらしている。数年前ニューヨークで発生が確認された後、年々西へと広がっている。昨年ミシガンとウィスコンシンで、初の被害が確認された。」

Fungus(ファンガス)というのは菌類のことで、キノコ、カビ、酵母の総称です。細菌と違うのは、「外部の有機物を利用する」点。つまり、他の生き物から栄養を採って生きる、寄生生物(パラサイト)なのです。ごくごく微小なパラサイトがコウモリにとりついて全滅させ、これが蚊の異常発生を促していたのです。

全米の国立公園は対応に追われていますが、今のところ抜本的解決策は無いようです。とりあえずの対策は、

「観光客が菌を運ばないよう、まだ感染の確認されていないコウモリの住む洞窟を立ち入り禁止にする」

というもの。

キノコごときに生態系をかき乱され、右往左往する人間たち。滑稽なまでに無力です。地元のニュースでは、こんなことを言っていました。

「食品業界は、農作物を害虫被害から守るために大量の殺虫剤を散布しなければならず、これに数ビリオンドルのコストがかかるだろう。全米の生物学者たちが、解決策を模索中。」

実は数週間前、昆虫学専門の同僚エリックと、「アルゼンチンアリの駆除方法」についてひとしきり話し合ったことがありました。

アルゼンチンアリというのは行動スピードが速く獰猛で、他の種を攻撃し次々に絶滅させ、アリ界の世界地図を日々塗り替え続けています。生態系に及ぼしている影響は甚大で、カリフォルニアの砂漠に住むサバクツノトカゲも、絶滅の危機に瀕しているというのです。

「効果的な駆除方法は存在しないって話を聞いたんだけど、本当に何も無いの?」

と尋ねる私。

「いや、とっておきのがあるよ。」

と微笑むエリック。

「Parasitic Fungus(他の生物に寄生する菌類)を使う方法が残ってるんだ。ある種の菌類は特定の生物に寄生し、自己の繁殖を助ける行動を取らせ、最終的には母体を死に追いやるんだよ。」

彼が送ってくれたYouTubeビデオのリンクを見て、背筋が寒くなりました。あるアリに寄生したキノコが、種子をばらまきやすくするために母体の脳に働きかけて木の枝を上へ上へと登らせる。最後は硬直したアリの頭を突き破ってニョキニョキと自分の身体を成長させて行くのです。キノコの分際で、他の個体の身体はもとより頭脳も乗っ取ることが出来るということが、驚愕でした。


「この方法を使えば、殺虫剤を使わずして生物の異常発生を食い止めることが出来ると思うんだ。大事なのは、どの生物のどの成長期にどんな菌類を寄生させるべきかを知ることだね。」

パラサイトを逆手にとって生態系のバランスを回復する、というアイディア。

生物学者の存在を、とても頼もしく思ったのでした。


2015年6月11日木曜日

ホットな男

12月に三支社を統合し、「オープンオフィス」なるコンセプトの新オフィスに移った際、上層部は
「仕切りを撤廃することにより、コミュニケーションの機会が増える」
という売り口上を高らかに謳いあげていました。

ところが蓋を開けてみると、誰もが四六時中コンピュータに向かって仕事に没頭しているので、意外にも会話が無い。私も隣のべスにおはようを言ったきり、夕方バイバイするまで一切話をしないことがあります。これはさすがにいかんだろうと思い、時々同僚に話しかけてみるようにしました。大抵は皆、夢から覚まされたようにこちらを向き、会話が終わるとまた無言で仕事に集中する。企業なんだから効率重視は当然なんだけど、なんだか味気無いよなあ、昔はもっと大らかだったのに、と溜息が出ます。

先日、総務のヴィッキーが受付カウンターに座っていたので、話しかけてみました。彼女は荷物や手紙の受け取りもするのですが、ちょっと前にUPS (United Parcel Service) の配達員と話してたことを思い出し、

「あのさ、UPSの男たちって一年中半ズボン履いてるでしょ。あれ、何でなのかな?」

この途方も無くどうでもいい質問に、彼女は大笑い。通りかかったディックを呼び止めました。

「ちょっと聞いてよ。シンスケが面白い質問して来るの。」

「シンスケはいつも面白い質問をするよ。」

とディック。

「そうねえ、ホットだから (because they’re hot) じゃない?」

と適当に答えるヴィッキーに、

「それはtemperature hot?それともsexy hot?」

と聞き返す私。つまり暑いかカッコいいか、という話ですね。

「温度の方よ。常に大急ぎで荷物を運んでるから、体温が上がるのよね。」

あとで同僚リチャードから聞いたところによると、彼の友達にUPSの配達員がいて、効率が何よりの成績評価になるのだそうです。一秒でも配達時間を短縮するため、配達コースの設定やサインの受け取り方法などに、無駄を排除するありとあらゆる工夫がなされているのだと。だから、アスリートのように心拍数上がりっぱなしで、長ズボンなんか履いていられない、というのです。

「でもね、中に一人、自分のことを本当にホットだと思っている面倒くさい配達員がいるの。」

とヴィッキー。

「半ズボン姿がセクシーだと思い込んでるのよ。」

「え?半ズボンが?」

「配達中にお客さんの女性から、うちのプールに入って行かない?って誘われたりとか、合鍵渡されそうになったこととかあるんだって。一緒に楽しい午後を過ごさない?ってね。」

なんと!そんな妄想漫画みたいな話、実際にあるんだなあ。

「ここに荷物運び込むたびにそんな話していくのよ。本当にやめて欲しいのよね。」

この時彼女が使った表現が、これ。

“He’s full of himself.”

文字通り解釈すれば、「彼は自分のことで頭が一杯」ですが、要するにこういう意味ですね。

“He’s full of himself.”
「ものすごい自惚れ屋さんなのよ。」

「興味湧くなあ。どんなにセクシーなのか、ちょっと見てみたいなあ。」

正直、半ズボンの男などには全く興味が無いのですが、一応ノリでふざける私。

「今度来たらすぐに知らせるわね。」

とウィンクするヴィッキー。

席に戻って30分ほど過ぎた時、ヴィッキーからメールが入りました。

「シンスケ、荷物が届いてるわよ。」

お、さっそく暗号使って来たな。込み入った仕事の真っ最中なんだけど、ああいう会話をしちゃった手前、ここは調子合わせておかなきゃいかんだろうな、と駆けつけました。

「で、ヴィッキー、どこなの?」

声を落としてキョロキョロする私の顔をまじまじと見た彼女が、

「ここよ。」

と荷物を指さします。

「いや、そうじゃなくて、半ズボンの配達員は?」

きょとんとした表情になったヴィッキーが、アッハッハと笑います。

「すっかり忘れてた。でも、今日の配達員は私の話してた人じゃなかったの。ごめんなさいね。今度来たらちゃんと合図出すからね。」

う~む。今の自分、滅茶苦茶カッコ悪い。


2015年6月5日金曜日

Between you, me, and the lamp post ここだけの話

私がPMを務める建築部門のプロジェクトが、ヤバいことになっています。クライアントは連邦政府。プロジェクト開始時、元請けの建設会社が設計の基礎条件となる最新の水供給モデルを要求したのに、政府がなかなかこれを出して来ない。このままでは締切に間に合わなくなる、ということで、既存のモデルを基に仕事をスタート。元請けの要請を受け、我々コンサルティング・チームも走り始めます。で、設計が全て終了してから、

「おいおい、これじゃ消火設備が基準を満たしていないぞ。」

と、政府からお叱りを受けたのです。設計終盤になって受け取った水供給モデルを調べたところ、かなりの変更含みで更新されていたというのです。

「そもそも最初に基礎資料を出してくれなかったあんたらが悪い。」

「いや、見切り発車したオタクらが悪い。」

という醜い争いが、複数の弁護士事務所を交えて展開中。

そんなゴタゴタを、現場を担当しているベテランのボビーから電話で聞きました。私は財務面だけ管理していればいいんだけど、前線に立っている彼は、とことんうんざりした様子。

ボビーが続けます。

「訴訟に発展する可能性が高いからさ、メールも含めて、プロジェクト関連の文書は漏れなく弁護士の目を通さなきゃいけないんだ。」

「うわぁ、ひどいね。どうしてそこまで話がこじれちゃったのかな?」

ボビーが声を潜めるようにして、こう言いました。

“This is between you, me, and the lamp post.”
「俺と君と、それからランプポスト(街路灯)の間の話にして欲しいんだけど。」

それから彼は、専門用語を交えて細かく経緯を話し始めたのですが、これが全然頭に入って来ません。彼と私と街路灯が「三人で」深刻に話し合っている映像が浮かんでしまい、笑いをこらえるのに精一杯だったのです。これ、ボビーのジョークなのか?だとしたら彼もこっちの笑いを期待してたんだろうけど、話題がシリアスだし、声のトーンも変わってないから、笑って良いものかどうか判断がつかない…。

電話を切った後、同僚のべス、リチャード、それとディックに解説をお願いしました。

「This is between you and me (ここだけの話だけど)というフレーズなら知ってるけど、いきなり街路灯が割り込んで来たもんだから、どう解釈すればいいのか分かんなくてさ。」

三人とも笑いながら、こう答えます。

「他言無用というポイントを強調するために、誰にも秘密を洩らしっこない街路灯を仲間に加えた言い回しなんだよ。」

「それ、ユーモラスな表現なの?」

「もちろんだよ。」

「じゃ、笑うとこだったんだ。」

「うん、笑うポイントだね。」


そんなわけで、ボビーのジョークをスルーしてしまったことを、遅ればせながら知ったのでした。

2015年5月31日日曜日

Don’t rain on my parade! 水を差すなよ!

私の仕事のひとつに、プロジェクトの週刊速報があります。依頼をくれたPM達のために、彼らのプロジェクトのどのタスクに誰がいつ何時間チャージしたか、そして予算はいくら残っているか、利益率の推移は?などを簡単にまとめたメールを、週の初めに発送する業務。

これ、最初の頃は「どうも有難う」という返事が来るのですが、そのうち皆、うんともすんとも言って来なくなります。ロングビーチ支社のマークもその一人。アイルランド系特有の荒っぽさを持つこの男には、過去6年近くもこのサービスを提供していますが、ほぼノー・リアクション。受け取ったとも、有難うとも言って来ない。あまり無反応なので、もうレポート要らないのかな、と訝って送らないでおいたところ、

「今週のレポート来てないぞ!」

と激怒されたことがあるので、それからはどんなにゼロ・リアクションが続いても送り続けています。うつ伏せになった父親の腰を揉んであげてたら、いびきをかいて寝てしまったので、そっと立ち去ろうとすると、

「なんでやめるんだ!」

と怒鳴られるので手を止められない、みたいな感じ。

さて先日、ロングビーチ支社を束ねる若きマネジャーのジェイが、私とマークの両方に宛ててメールを寄越しました。

「○○プロジェクトにケヴィンが参加していると思うんだけど、彼が過去何時間チャージしたか教えてくれ。」

さっそくフォルダーを開いて今週のレポートを調べてみると、ケヴィンは先週末までに63時間働いていたことが判明。表をメールに張り付けてジェイに返信。この間、約30秒。ところがそれより一秒ほど早く、全く同じデータを貼り付けたメールをマークがジェイに送っていたのです。

“Shinsuke, your spreadsheet is excellent.”
「シンスケ、君のスプレッドシートはすごいよ。」

ジェイにCCを入れた上で、彼が私への賛辞を述べます。

 “You beat me!”
「先越されたよ!」

とからかう私に、

「もしも俺が自分自身でデータベースを調べなければならなかったら、この簡単なリクエストに応えるのに30分くらいかかってたかもしれない。その上、ストレスのせいで二ヶ月くらい寿命が縮まってたかも。シンスケの速報のお蔭で、二ヶ月は寿命が延びたぜ。」

おお、あの気難しいマークからこの手放しの褒め言葉!毎週レポートを送っているのに過去数カ月間何の反応も無かったため、メールを開いてすらいないんじゃないか、とまで疑い始めていたところでした。なので、ちょっとばかし胸が熱くなった私。ところが、ジェイがこんなメールを返して来たのです。

“I thought you would have the number of hours Kevin spent memorized Mark! Come on man…step up your game.”
「ケヴィンのかけた時間数くらいちゃんと頭に入ってると思ってたぞ、マーク!頼むぜ、しっかりしてくれよ。」

語尾にスマイル・マークが足してあるので、もちろんこれはジェイ流のジョークです。でも、普段滅多にポジティブな発言をしないマークが折角興奮して褒めてくれてるんです。この茶化し方はちょっぴり興醒めだよなあ、とがっかりしていました。この気持ちを英語でどう表現したらいいんだろう?と考え始めた時、マークからこんな返信が届きました。

“Don’t rain on my parade.”
「俺のパレードに雨降らせんなよ。」

これは、「楽しい気分に水差すんじゃないよ!」という意味の言い回しです。それよそれ!

どんぴしゃのフレーズを頂きました。


2015年5月23日土曜日

Bus Test バステスト

木曜日はオレンジ支社まで車を走らせ、会議に出席しました。私が去年の夏からPMを務めて来た、建築部門の巨大プロジェクトがテーマ。

副PMのデイヴ、ディレクターのビバリー、経理のステイシー、そしてバージニアから飛んで来た新PMポールの顔合わせからスタートしました。

そもそも私は新しいPMが見つかるまでの場繋ぎを頼まれたまでで、新任探しがここまで長期化するとは思ってもいませんでした。

「これでようやく肩の荷が下せるよ。」

と安堵する私にビバリーが、

「逃げちゃ駄目よ。あなたには引き続き副PMとして財務面のマネジメントをやってもらうんだから。」

と釘を刺します。

ポールというのは、五十絡みの白人。このプロジェクトのために、バージニアから毎週出張ベースでやって来ることになるのだそうです。会社のPMプログラムには精通しているという触れ込みだったのですが、

「実は、プログラム自体の操作についてはあまり経験が無いんだよ。もちろん数字の読み方ぐらいは解るけどね。」

と、サポート役としての私の続投を要請します。

そんなところへ、この部門のアメリカ全体を束ねる上席副社長のロジャーが、遅れて登場しました。チャコールグレーのスーツの胸ポケットから、藤色のチーフをまるで蘭の花のように立体的に覗かせ、ピンクのストライプ・シャツに光沢のあるメタリック・バイオレットのネクタイ、という出で立ち。ライオンのたてがみのようにボリュームのある白髪。バカンス帰りを思わせる、薄く日焼けした血色の良い顔。ゴールド縁の真っ黒いサングラスを外し、どかっと椅子に腰を下ろしました。険しい眉間のシワと対照的に、子供みたいに純粋な好奇心を漂わせた、大きな瞳が光ります。マフィアの親分かハリウッドの重役を思わせる、強烈なオーラ。

しかしロジャーの存在感をその外見で認めていた人は、彼が喋り始めた途端、自分がいかに彼を過小評価していたかを悟ることになります。その弁舌は、水が低きに流るるが如し。豊富な語彙、巧みな比喩、声の高低や抑揚の使い方など、非の打ち所がない。その完成美は、陶酔感を覚えるほど。彼が「あのですねぇ」とか「それはそのぅ」とか言い淀むのを聞いたことは、一度もありません。

ポールが私に質問します。

「PQR(ピーキューアール)はどうなってる?」

「一応トムを指名して、品質管理ツールには彼の名前があるんだけど。でもね…。」

そこへステイシーが割って入ります。

「トムは先月、解雇されちゃったのよ。色んな人が上層部と掛け合って、パートタイム扱いに留めてもらったんだけど、この先どうなるか分かんないわ。」

「ちょっと待って。PQRって何?」

とビバリー。私がここで、解説を加えます。

「Project Quality Representative の略だよ。成果物をクライアントに提出する前に、正式なレビューが行われたかどうかを確認する役割。」

「そうなの。有難う。知らなかったわ。」

とビバリー。するとポールが、真剣な面持ちでこう言いました。

“We need to find a new PQR.”
「新しいPQRを見つけなくちゃな。」

そこへ、それまで黙っていたロジャーが急に割り込んで来ます。

“We need PDQ.”
「PDQ(ピーディーキュー)が必要だ。」

皆が一斉に笑い、私もつられて笑いました。するとビバリーがこちらを向いて尋ねます。

「シンスケ、PDQの意味、知ってるの?」

「え?意味なんてあるの?ただ単に、アルファベットを滅茶苦茶に並べたから面白いのかと思ったけど。」

「ううん。意味はあるのよ。ね、ロジャー。」

と彼の方を向くと、ロジャーがいたずらっ子のような表情で、

“Pretty Damn Quick”

と呟きました。

「どえらく早急に」

というところでしょうか。おお、新しい表現!急いでノートにメモすると、ビバリーがこれを面白がり、

「シンスケはアメリカ英語の新しいフレーズを聞くと喜んでメモするのよ。」

とロジャーに伝えます。話はこれですっかり脇道に逸れ、ロジャーの「言葉の宝箱」から、いくつかキワドイ略語を提供して頂きました。

5分ほどそんな会話が続いた後、ビバリーが我に返ったように、最近のクライアントとの話し合いの経過を話してくれるようロジャーに促します。

「昨日の会議で、あっちのディレクターがこう言ったんだな。大至急仕事を再開してくれ、予算は大丈夫だから、と。」

大幅な設計変更を要求された我々は、追加予算の承認を書面で頂くまでは前に進めない、と先月作業を中断しました。二か月間打合せを繰り返して来たのですが、「俺が大丈夫と言ってるんだから大丈夫なんだよ。」という姿勢を貫くディレクター氏。ロジャーはこう切り返したと言います。

“It doesn’t pass the bus test.”
「それじゃバステストには通らない。」

ん?バステスト?なんじゃそりゃ...。この後ロジャーは三度もこのフレーズを繰り返したのですが、誰も意味を聞こうとせず、そのまま話が終わりました。私は「立て板に水」の彼のスピーチを止めるのが忍びなく、黙って聞いていました。

会議終了後、同僚クリスに質問してみました。

「バステスト?う~ん、なんだろ。」

「え?知らないの?そうか、僕だけじゃなかったんだね。」

席に戻って仕事を始めたところ、クリスがやって来ました。

「調べてみたよ。これはね、あんたが明日バスに轢かれて死んだとしても、この約束は守られるのか?その保証が出来ないなら約束は有効じゃないね、という意味で使われるんだって。だからさっきの文脈だと、ディレクター氏の口頭の約束じゃバステストに通らないってわけだ。」

「へえ、なるほど、そうだったのか。どうも有難うね。」

「このフレーズ、今まで一度も聞いたことなかったよ。その会議に出てた人だって、誰も意味が分かってなかった可能性は高いよ。」

ビバリーをはじめとして、全員知ったかぶりして流してたのかもしれません。

みんな、ずるいなあ。


2015年5月14日木曜日

ホテルのキーカード

PMツールのトレーニング講師として、先週から支社巡りをしています。それぞれ30人前後の社員を集め、朝から8時間ほぼぶっ通しで教えます。

今週の会場は、サンタバーバラとロス。二週間でホテルに7泊!これほどの出張固め打ちは久しぶりで、お蔭で、あることに気づかされました。

ホテルでドアの開け閉めに使うキーカードって、大抵の場合、どの向きにスライドさせれば良いか極端に分かりにくいのです。ブランドイメージを高めようというホテル側の意気込みはそのデザインから見て取れるものの、客の立場からすれば不便極まりない。エンドユーザーの身になってデザインしているとはとても思えないのですね。

たとえばホリデイイン。

おいおいこのカード、どの方向に差し込めばいいんだよ?よくよく眺めてみると、小さな山型サインが右肩にちょこんとついてます。ん?これってもしかして矢印か?家の屋根かと思ったぞ。しかも薄いグレーだから、廊下の薄暗がりではほとんど気づかないし。

続いてウェスティン。

仲良しカップルが、服がびしょ濡れになるのも構わず波打ち際でじゃれ合う写真をど~んと使っています。イメージを売りたいのは分かるけど、このカードをどっち向きに差せっていうんだよ?照明の下で辛抱強く十秒ほど見つめているうちに、ようやく矢印に気づきました。「お前は隠し絵か?!」と一人で突っ込む私。

「いま、世の中で起きている問題のほとんどがコミュニケーション障害だと言ってもおかしくない。」

クリエイティブ・ディレクター佐藤可士和氏の言葉です。数年前に一時帰国した際、東京の本屋でこれを立ち読みし、後で赤面するくらいその場で激しく頷いていました。

社内トレーニングの講師を長くやっていると、会社はツールのデザインにもっと投資すべきだ、とつくづく考えさせられます。何時間もかけて取扱説明を聞かなきゃ使えないようなツールは、そもそも製品としてダメだと思うのです。ま、それで私の存在価値が保障されているので、あまり文句も言えないのですが。

さて、今回のホテル・キーカード比較、優勝はロスのStandard Hotel。

デザインはこうでなくっちゃ。
潔さに拍手です。


2015年5月7日木曜日

Trippy! トリッピー!

先日、サンディエゴのオフィスで仕事していたら、環境部門のトップであるテリーがやって来ました。

「この話は何としてもシンスケにしなきゃ、と思ってたのよ。」

と息を弾ませています。なんでも、アメリカ訪問中の安倍首相を迎えた晩さん会に、高校生の息子さんが招待されていると言うのです。日本語を勉強中の彼は去年、KAKEHASHI Project という外務省肝いりのプログラムで交換留学のチャンスを得、沖縄にホームステイ。その縁で今回呼ばれたのだと。

一週間後、テリーに特別ディナーの首尾を尋ねました。息子さんは安倍首相のすぐ近くの席をゲットしたそうで、かなり緊張したとのこと。写真は無いの?と聞くと、後で見せてくれると言います。

「安倍夫人がね、自分のフェイスブックに写真を載せて、それをシェアしてくれるんだって。」

これにはのけぞりました。一国の総理大臣の奥さんがフェイスブック?そこで写真をシェア?私の顔に驚愕の色を見て取ったテリーが、笑いながらこう言いました。

“It’s trippy. Isn’t it?”
「トリッピーじゃない?」

ん?トリッピー?この単語、知ってるつもりだったけど、この使い方は初めてだぞ。あとで辞書を調べたのですが、どうもぴったりした訳が載ってません。

ちなみに英辞郎には、「頭がクラクラするような、格好いい、いかす、奇抜な」とあります。

これ、合ってんの?

さて、昨日と今日はオレンジ支社でトレーニングに参加。今朝は早めにホテルを出て会社に到着し、いつも早朝出勤している同僚クリスを訪ねてトリッピーの意味を教えてもらいました。

「60年代とか70年代っぽい表現だね、それは。」

テリーは私と同い年なので、これは頷けます。

「もともと麻薬でラリッた状態を指す言葉だけど、そのケースではちょっと違うよね。それはtotally unexpected(とんでもなく意外)とかstrange(不思議)な様子を表現してるんだよ。」

なるほど。テリーの発言を思い切って意訳すれば、こうなりますね。

“It’s trippy. Isn’t it?”
「ぶっ飛んでると思わない?」

さて、明日のトレーニングはロサンゼルスで開催されるので、今夜のうちにオレンジからロスへ移動。会社が指定するホテルの中で、トレーニング会場に一番近い「The Standard Downtown LA」にチェックインしました。

実は先月、部下のシャノンと一緒にロスへ出張した際、このホテルのレストランで朝食をとったのです。食後に入った男子便所で、高さの違う小便器が四人兄弟のように並んでいたのに驚き、すかさず写真を撮ってシャノンに見せました。この分じゃ、きっと部屋もすごいんだろうね、と二人で話していたのですが、実際、部屋のデザインの奇抜さは私の予想を遥かに超えていました。

トイレとシャワーがベッドのすぐ横にあり、これが完全ガラス張り。カップルで泊まった場合、自分のあられもない姿が同伴者から丸見えになる仕掛けです。ロスのビジネス街のど真ん中、しかも会社が指定するホテルで、これはオフザケが過ぎるでしょ。

さっそく写真を添付して、シャノンにテキストを送信。

“Wow, that’s a crazy bathroom. No hiding there!”                             
「あらら、クレイジーなお風呂場ね。隠れるところが無いじゃない!」

と、予想通りのリアクション。ここで満を持して、私が答えます。

“Trippy!”

“Hahaha”

と、シャノン。

朝仕入れたフレーズが、さっそく使えたのでした。

2015年5月3日日曜日

英会話 とっさのひとこと

ここ数カ月間、多忙を極めています。職場の人とまともに顔を合わせる暇もないほど。先日は、ひとつ上の階で働く同僚リチャードの前を通り過ぎた際、

“Are you a hologram?”
「そこにいるのはホログラム?」

と、気の利いたフレーズでからかわれました。リチャードからはもう何か月も「昔みたいにまた晩飯食べに行こうよ」と誘われていたのに、ずっとリクエストに応えられずにいました。これはさすがにまずいと反省し、翌週彼を誘ってやきとり屋「大将」へ。

L字型カウンターの角に二人並んで座り、本格炭火焼の絶品に舌鼓を打っていたところ、中年カップルが二組入って来ました。角を隔てて反対側に四人が並んで座り、メニューを受け取ったところ、リチャードが私を小突きます。私の一番近くにいる男性が、有名人だと言うのです。リチャードは数秒ためらった後、その人に声をかけました。

「ちょっとすみません、あなた、Sam the Cooking Guyじゃないですか?」

Sam the Cooking Guy (サム・ザ・クッキング・ガイ)というのは、サンディエゴをベースとしたテレビの料理番組で有名なのだそうです。軽妙なお喋りで視聴者を楽しませつつ美味しい物をスピーディーに仕上げて行くその手法がウケて、短期間でとてつもない人気番組に成長したのだと。

「ああ、そうだよ。」

と答えるサム。

「どうも見たことある顔だな、と思ってたんですよ。やっぱりか!」

と喜ぶリチャード。後で振り返ると自分でも不思議なんだけど、私は反射的にこうコメントしていました。

「いや、僕は全然見たことないなあ。」

サムは間髪入れず、

「ノォ~~!」

と頭を抱えた後、くるりと背を向けて奥さんらしき女性とメニューをチェックし始めました。私はテレビをほとんど観ないので、それが誰であれ街で有名人と出会っても気付かない可能性は高いのですが、だからと言って面と向かってそれを表明する必要など無いし、そもそも無礼です。何か気の利いた一言が言えなかったのか?これは英語力がどうこういう話じゃなく、最近心に余裕が無くなってることが原因だと思います。いたく反省する私でした。

今週水曜日、昨年10月に転職したアルフレッドがダウンタウンに用事があるというので、かつての同僚達を誘い合わせてランチに行きました。ジェフ、ジェイソン、サラ、そしてマリアが参加。私は12時までのはずだった電話会議が12時半まで延びたため、だいぶ遅れて駆けつけることになりました。担当プロジェクトがとんでもなく深刻な状況に陥ってしまったため、議論が緊迫し、どうしても途中で抜けるわけにはいかなかったのです。

焦って到着したところ、遅れを責めるわけでもなく、皆ニコニコ笑っています。ジェフがこんな話をしていました。

「親父のところに、ある日電話がかかって来たんだ。うちの息子がメキシコで留置場に入れられて困ってるって。今すぐ金を送ってくれないかって言うんだな。息子はうちのすぐ近所に住んでるっていうのにさ。すんでのところで、親父は送金しちゃうところだったんだよ。」

アメリカにもオレオレ詐欺ってあるのですね。これは初耳でした。

するとマリアも、

「うちの父も、こないだ同じような電話を受けて、もうちょっとで大金を巻き上げられるところだったわ。どうしてそんな簡単に信じちゃうのか不思議で仕方ないんだけど。」

詐欺グループもそこは抜け目なく、「親には黙っててくれ」と釘を刺すのだそうで、孫思いの老人たちはコロリと騙されちゃうのだそうです。

するとサラが、

「それとは種類が違うんだけど、私ね、最近フェイスブックに載せた写真を気に入ったから友達になって欲しいっていうメッセージが来るようになったの。昨日もそういうのが複数届いたんだけど、二本目のメッセージが、もし友達承認してくれたら自分のおっぱいの写真送るって言うのよ。私が男性か女性かも知らないってことでしょ。明らかに怪しいわよね。」

そこでジェイソンがすかさず、こう言いました。

“Forward that to us. We’ll check it out for you.”
「それ転送してよ。チェックしてあげるから。」

う~ん、気が利いてるなあ。ひどく感心する私。咄嗟にこういうセリフが口をついて出るくらい、心に余裕を持ちたいものです。