2015年3月7日土曜日

訴訟社会アメリカ

朝5時に起床。納豆と海苔をおかずに玄米ご飯を食べながら、録りためたTV番組(NHKスペシャル等)を見るのが日課になっています。

先日は、東日本大震災の際に全国各地から集められた人命救助のエキスパート達のお話。一秒でも早く被害者のところへ辿り着くのが救命隊にとっての最大の課題。しかしあれほどの大災害では、地図もあてにならず給油も思うようにいかずと、想定外の障害が次々に立ち塞がり、救命隊員たちの力が充分発揮出来なかった、という反省が語られていました。

「もう少し工夫していれば、一人でも多く助けられたんじゃないか。」

悔しさを滲ませながら当時を振り返る隊員たちの映像に、胸が詰まりました。自分達だって次の津波に襲われるかもしれない状況で、あんなに身体を張って働いてたじゃないか。それなのに自戒を止めないなんて

夕食の席で妻に話しながら、ついこんな感想を漏らしてしまいました。

「ホントに感動したよ。でもアメリカじゃあり得ないよね。少しでも責任を認めるようなコメントをテレビで流されたら、訴訟を起こされた時不利になるからね。」

「そっか、そうだよね。反省を口にするの、嫌がる国だもんね。」

と妻。

「そんなのおかしいよ!反省した方がいいに決まってるじゃん!」

と、13歳の息子がいきり立ちます。アメリカ生まれのくせに

虚心坦懐に過去と向き合い、辛くて認めたくなくなるほどの教訓を分かち合って初めて、組織に真の向上がもたらされるのだと思います。

10年ほど前、担当プロジェクトの終了時にLessons Learned (教訓集)を編集しようとしたら、マネジメント層からストップがかかったことがありました。
「失敗を文書化してそれが外に漏れた場合、訴訟になった時に困る。」
というのがその理由。これにはあっけにとられましたが、いかにもアメリカ人の考え方だという気がしました。

さて先日、朝6時半くらいにオフィスのビルへ到着。一階からエレベーターに乗り込んだところ、照明が完全に落ちていました。一緒に乗り合わせた女性が、「こわいわね」と暗闇の中で話しかけて来ます。急いでiPhoneの懐中電灯アプリを使ってヘルプボタンを探しましたが、見つかりません。ここで停止したらどうなるんだろう?どうやって救助隊を呼べばいいんだ?

そうこうするうち、無事目的階へ到着。たった今起きたことなどすっかり忘れて仕事に取り掛かります。10分ほど後に出勤して来た同僚べスが、興奮した面持ちで叫びます。

「エレベーター停電してたでしょ!乗り込む時にはホールの灯りが射しこんでたけど、ドアが閉まったら真っ暗になっちゃって、ひとりぼっちで本当に怖かったわよ!」

彼女はつい最近、YouTubeでエレベーターを使ったドッキリカメラの映像を見たそうで、もしかして?と一瞬疑ってしまったのだと。

これはブラジルで放送された映像。何も知らない客を乗せた偽エレベーターの照明が突然消え、赤ちゃん人形を抱いた青白い少女が隠し扉からこっそり入ってくる。そして静かに俯いて立ったところで点灯。目が慣れて少女の存在に気づいた乗客は、悲鳴を上げて脱出しようとするが、扉は開かない。

興味をそそられたので、ネット検索してそのドッキリ映像を見てみました。これはすごい!というか悪質。こんなイタズラ仕掛けられたら、誰だってパニくるでしょ!

その日は9時から、テリー、シャノン、ヘザーとの会議がありました。本題に入る前、シャノンが満員のエレベーターで大男に押し潰されそうになった話をしたので、私も今朝の事件を報告しました。YouTubeのドッキリ映像に話が及んだ時、ヘザーが

「あ、それ、私も見た!」

と同調。私が放送内容をテリーやシャノンに話して聞かせたところ、ヘザーがこうコメントしました。

「この国じゃあり得ないわよね。あんなことしたら絶対訴えられるでしょ!」

確かにあのイタズラはちょっと度が過ぎてるけど、訴訟が怖くてオフザケを思い留まるようなカルチャーというのも、ちょっと味気ない気がしました。

シャノンが自分の体験談に話を戻します。

「私、閉所恐怖症なの。見知らぬ大男に身体をコーナーに押しつけられた状態でエレベータが停まっちゃって、そのまま助けが来なかったらどうしよう、なんて想像したら余計パニックになっちゃった。」

ヘザーがふざけた口調でこうコメント。

「狭くて苦しい上に何日も助けが来なかったりして。どんどんお腹も空いて来て、もう何食べたらいいのよ!なんてね。」

そこへテリーがすかさず、

「そりゃ皆でその大男を食べるしかないでしょ。」

と突っ込んだので、大笑いしてしまいました。なかなかどうしてブラックじゃないの、と感心しながら。

2015年2月28日土曜日

We are jamming. ジャムしてるの。

金曜の昼、オフィスの引っ越し以来すっかり疎遠になっていた同僚ステヴと、久しぶりにバーガーラウンジへ行きました。彼とは別の階に落ち着いたため、話す機会が著しく減っていたのです。

テラス席を陣取り近況報告を交わす中で、彼が奥さんと一緒にシアトルへ行って来たという話題が出ました。Mad Season (マッド・シーズン)というロックバンドが一夜限りの再結成コンサートを開くという情報をゲットし、一も二も無く飛びついた、とのこと。これに彼も同行したのだそうです。

サウンドガーデンのクリス・コーネル、パールジャムのマイク・マクレディ、ガンズ・アンド・ローゼズのダフ・マッケイガンなどのスター・プレイヤー達が一堂に会してのコンサートで、昔からパールジャムの大ファンである奥さんは「一生に一度かもしれない」このチャンスを絶対逃したくなかったのだと。

きっと有名な人達なんだろうし、イベントの希少価値もすごいものなんだろうけど、彼らの音楽に関する知識ゼロな私には、その素晴らしさがイマイチ伝わって来ません。

「俺は彼女ほど期待してなかったんだけど、クリス・コーネルの圧倒的な歌唱力にはぶっ飛んだよ。」

「ふ~ん、知らないな、その人。」

「シンスケだったら絶対知ってるって。007のカジノ・ロワイヤルって映画のテーマソングも歌ってたんだぜ。」

彼はスマートホンでわざわざ曲を探し出して聴かせてくれたのですが、やっぱりピンと来ない。彼ら夫婦が大興奮のうちにシアトルの宵を過ごしたことが頭では理解出来ても、何故か心に届かないのです。

「あのさ、関係ない話になっちゃうんだけどね。」

私は解ろうとする努力を放棄し、話題を変えました。

「さっきパールジャムってバンド名が出たでしょ。ジャムって果物の瓶詰っていう名詞の他に、動詞があるよね。数日前にある人から、こういうメールが届いたんだ。その意味がイマイチ分からなくってね。」

私がPMを務める設計プロジェクトでディレクターをやっている、ビバリーからのメール。

“Are you available to talk now? John and I are jamming in the EAC.”
「今話せる?ジョンとEACにジャムしてるんだけど。」

EAC というのはEstimate at Completion (最終予測値)の略ですが、これにジャムするというのはどういうことだ?急いでオンライン辞書をチェックしたのですが、最適な訳が見つかりません。どうやら、何か狭いスペースにたくさんの物を詰め込む様子を表す言葉みたい。コピー機が紙詰まりした時に「ジャムした」っていうけど、ビバリーのメールからはそれほど悲壮な様子が窺えません。

「ミュージシャンが譜面も持たずに何人か集まって即興でノリノリ共演する、みたいな時にジャムするっていうでしょ。でもこのケースにはちょっと当てはまらないよね。」

と私。暫く考えたステヴが、こう答えました。

「俗語的な用法だから、辞書には載ってないと思うよ。今回の場合、数人で集まって脇目も振らずに大量の仕事を片付けるということだね。ジャズ・ミュージシャンみたいに一種のゾーンに入って力を合わせることで、驚くべき生産性を実現するようなケースに使うフレーズなんだ。We’re jamming on the data analysis. (皆で没頭してデータ解析に取り組んだ)とかね。」

「ふ~ん、そうなのか。でもなんで辞書に出てないのかな。」

「まだ一般に流通していない表現かもね。そういうの、英語にはいっぱいあると思うよ。」

実は別の同僚三人にも同じ質問をしたのですが、皆同じ説明をしてくれたのです。それほど誰もが知ってるフレーズなら、辞書に載っててもいいと思うんだけど…。なんだかどうも納得いかない話です。

その時ステヴが、ハンバーガーをつまんだ手を止めて、パッと顔を輝かせました。

「もしもコピー機数台が楽器を抱えて演奏している漫画があって、そこにWe are jamming. (俺たちジャムしてるんだぜ。)ってタイトルが書いてあったら笑えるよね。」

笑顔で、何度もThat's funny. と繰り返すステヴ。

う~ん、それって面白いか?


最初から最後まで、「イマイチ伝わらない」会話の続いた金曜日のランチタイムでした。

(ちなみに、そういう漫画、存在してました。)


2015年2月22日日曜日

Out of the month of babes 赤ん坊の口から?

三週間前の日曜日のこと。ここのところすっかり恒常化していた休日出勤から昼前に帰宅すると、13歳の息子が妻に、

「パパってすごいお金持ちなんでしょ。」

と嬉しそうに言いました。その根拠はと尋ねる妻に、

「だっていっつも残業してるじゃない。日曜日も会社に行ってるんだから、沢山給料貰えるんでしょ。」

と無邪気に答える愚息。

「何言ってんの?そんなのサービス残業に決まってるじゃない。余分に給料貰ってるわけじゃないのよ。」

と、半ば呆れたような、私にあてこするような表情で答える妻。ええっ?と素直に驚く息子。

「そんなのバカじゃん!だったらもっと僕と遊んでよ!」

と態度を豹変させ、最近ちっとも遊んでくれない、と文句を垂れ始めました。13歳にもなってまだ親父と遊びたいのか、と驚くと同時に、目を覚まされたような気もしました。

翌週の日曜は妻が家を空けていたので、午前中に息子を連れてラホヤのファーマーズマーケットへ出かけました。彼はダイバーのおじさんが出しているお店で立ち止まり、店主が海底から採って来たという100年前の銃弾を買いました。私はりんごとオレンジ、イチゴ、かぶ、スナップえんどう、ジャパニーズ・トマトなどを購入。どれを取ってもとびきり新鮮で、光り輝いています。帰宅してからサラダや炒め物にして、二人で美味しく頂きました。

「すごくおいしい。また連れて行って!」

と目を細める息子。そしてハッと気づいたように、

「あ、そうだ。パパ、今日は会社行かなくていいの?」

と尋ねます。もう日曜出勤は止めたんだよ、と答えると、

「有難う。そっか、それで僕をファーマーズマーケットに連れて行けたんだね。」

と再び笑顔になりました。

休日出勤というのは、麻薬のようなものです。誰もいないオフィスで効率よく大量の仕事を片付けてしまえば、平日の業務がかなり楽になる。だから一旦そのサイクルにはまってしまうと、なかなか抜けられなくなるのです。しかも「同好の士」が意外にも大勢いて、こっちが週末も働いていることに勘付くと、どんどんメールを送って来たりもする。アメリカ人なんて週40時間以上は働かないとかつては思っていた私ですが、とんでもない。少なくとも私の周囲では、特に組織内での地位が高ければ高いほど、就業時間は長くなる傾向があるようです。

とにもかくにも、この休日出勤という「麻薬」をすっぱり断ち、息子としっぽり過ごした日曜日。忘れがたい一日になりました。

オレンジ支社へ出向いた火曜日の夕方、閑散としたほぼ無人のオフィスで残業していた同僚パトリシアにこの話をしたところ、すかさずこんな合いの手を入れて来ました。

“Out of the mouth of babes!”

ん?何だそのフレーズ?初めて聞く言い回しです。

素直に訳すと、

「赤ん坊の口から出たのね!」

ですが、それじゃ何のことやら分からない。パトリシアの表情には、「ドンピシャのフレーズを使っちゃったわよ」という満足感が滲んでいたのでその場では説明を求めず、帰宅してから調べてみました

“Prov. Children occasionally say remarkable or insightful things.”
「ことわざ。子供というのは時にびっくりするような、あるいは洞察に富んだことを言う。」

 なるほどね。確かに!

そんなわけで、私の訳はこれ。

Out of the mouth of babes!”
「素朴だけど深い子供の一言ね!」



2015年2月14日土曜日

ワイルドだろぅ?

金曜日はほぼ一日かけて、担当プロジェクトの現場視察をしました。これは、高圧鉄塔の建設工事によって荒らされた生態系を10年がかりで復元しようというプロジェクト。生物学者であり、とりわけ昆虫にやたら詳しいエリックが案内役兼ジープ(レンタカー)の運転手。先週サンディエゴ動物園から転職して来た若い生物学者のサラが助手席に座り、砂漠に近い山岳地帯を回ります。4年前にこのプロジェクトのPMに就任したものの、この日まで現場には一度も足を踏み入れて来なかった私。ようやく念願成就です。

プロジェクトの財務面を担当している私は、毎月計上されるレンタカーの月額料金を訝しく思っていました。現場に行くのは分かるけど、自分の車で行けばいいじゃん、それで距離に応じたコストをチャージすれば済むのに、と密かに思っていました。でも実際に現場へ出てみて、一発で理由が呑み込めたのです。側頭部を窓ガラスに強打するほどの車の揺れを、生まれて初めて体験。道なき道を行くため、とてもじゃないけど一般車では走行できません。

「会社のトラックを使ってもいいんだけど、台数が限られてるでしょ。緊急出動に対応出来ないし、メンテナンス費用もばかにならないんだよね。」

とエリック。なるほど、これは現場に出てみないと分からない。自分がいかに「机上の空論」男になっていたかを実感しました。

現場を回るうちに多数発見したのが、Tumbleweed(回転草)。風に吹かれて荒野を転がるうちに球形にまとまった枯草の束だと思いこんでいたのですが、れっきとした植物の一種だったのですね。エリックによれば、これはロシアから来た外来種で、もともと枝の輪郭が球形になるよう成長する雑草。土に生えている間は濃い紫色で、意外にキュート。あまり深く根を張らず、枯れた後は簡単に根本から折れる。そして荒野を転がり続け、その過程で種子をあちこちにまき散らすのですね。

「そりゃまた随分賢い種の保存法だねえ。何か強い意思すら感じられるよ。」

と感心する私。

「植物ってさ、話しかけると成長が良くなるなんていう話もあるよね。」

冗談めかして言う私に、今更何を言ってるの?という表情でエリックとサラが頷きます。

「それは科学的に証明されている事実だよ。何かしらの方法で、例えば化学物質の分泌などでコミュニケーションを取ってるとも言われているね。」

とエリック。え?それって常識なの?

「たとえばある草はね、バッタに葉っぱを食い荒らされ始めると、独特の化学物質を空中に散布するんだ。ある種のハチの大好きな成分で、これがバッタの天敵と来てる。そんな風にして身を守るんだな。」

「うわ、それはすごい話だねえ。」

“Plants are cool!”
「植物って素敵なのよ!」

と微笑むサラ。

貯水池を見下ろせる高台に登った時、大型の鳥が四羽ほど円を描きながら滑空しているのに気付きました。

「あれってHawks(タカ)かな?」

と私が尋ねると、今度はサラが即答します。

「あれはTurkey Vultureヒメコンドル)ね。羽を広げた時の形で見分けられるのよ。」

タカが両翼を水平に拡げるのに対し、ヒメコンドルの翼はやや上がり気味に見えるのだと。10分ほど後、別のポイントに行った時、

「ほら、あれがHawkよ。」

と指さすサラ。本当だ。水平に翼を拡げて飛んでいる。すごいなこの二人、生き物のこと何でも知ってるじゃん

あらかた視察を終え、現場から一般道へ抜ける山道を下っていた時、突然エリックが声を上げてブレーキをかけました。彼が運転席から飛び出すとほぼ同時に、助手席のサラも車を降りました。なになに?どうしたの?彼らの後を追うと、後方の路上で腰をかがめています。二人の間にはえんじ色の縞模様のある小さな白蛇が、まるで怯えたように身体を縮めています。

「良かった。轢いてなかった!」

近くに寄ってみると、蛇の尻尾は小刻みに震えています。

「これはガラガラ蛇のマネをしてるんだよ。敵を怯えさせようとしてね。」

おお、なんと健気な

エリックとサラは、

「ほらほら、もう道路に出て来るなよ。危ないからな。」

と話しかけながら、落ちていた木の枝を使って蛇を道端に追いやりました。

「さ、オフィスに戻ろうか。」

と旅の終わりを宣言するエリックに、

「ごめんなさい、私、トイレ行きたい。」

と言うサラ。え?こんな山の中にトイレあるの?

「オッケー。僕もだ。でもここは監視カメラがあるから、もうちょっと行ったところでね。」

とエリック。ん?どーゆーこと?

彼が車を停めた当たりには、トイレの影も形もありません。

「じゃ、僕はこっちの茂みで。」

と姿を消すエリック。サラは逆方向の茂みの中に消えて行きました。え?何?立ちション?サラまで?う~ん、生物学者ってワイルドだなあ。

のどかな鳥のさえずりを遠くに聞きながら、ひとり取り残された私。自分だけお高くとまっている感じもイヤだったので、大して尿意も無かったのに木陰でいたしました。でもどこで手を洗うの?まあいいか。

戻ってきたエリックが、私に白っぽい葉っぱの束を手渡します。どこかで摘んで来たみたい。

「はいこれ、ホワイトセイジ。葉っぱを一枚水に浮かべて飲むと、美味しいよ。」

生物学者ってオシャレだなあ、とあらためて感心しました。

手、洗ってないけど。


2015年2月8日日曜日

We’ll cross the bridge when we get to it. その時になったら対応するよ。

上場企業の責任として、会社は財務諸表を公表する必要があります。そのためには、各プロジェクトの財務情報を正確に吸い上げなければならない。この際に鍵となるのは、PMが計算するプロジェクトの最終予測コスト(これを「EACコスト」と呼びます)。これが不正確だと毎期末歳入の計算結果はあてにならないので、財務部門は厳しくPMに迫るのです。しかし大抵のPMは技術屋なので、金の計算はあまり得意じゃない。それで私のような専門家が助っ人として呼ばれるわけですが、当然こっちは細かい技術的内容など分からない。実際に技術的な仕事をこなしながらクライアントとも頻繁に会話しているチームメンバーと対話しつつ、EACコストを計算していきます。

火曜日、久しぶりにオレンジ支社へ出張しました。私がPMを務める建築プロジェクトの財務レポートを、大至急提出せよというメールが上層部から毎日のように届くので、技術職の要である老建築家のボビーと会って話を聞こうと思ったのです。ところが土壇場になって、

「都合が悪くなったから今日は会えない。電話してくれ。」

というメールが届きます。こっちはわざわざ時間をかけてサンディエゴから運転して来たのに!と苛立ちながらも、会計担当のステイシーと二人で、会議室から電話をかけることにしました。

「ボビー自身も、プロジェクト全体を把握しているわけじゃないと思うわよ。」

とステイシー。そうなんです。前のPMが会社を辞めたので、私が財務面を、ボビーが技術面を引き継いだのですが、二人とも他のことに忙しく、全神経をこのプロジェクトに集中出来ないでいるのです。

「そうかもしれないけど、僕の受信箱にはEACコストを提出せよという催促メールが毎日届くんだよ。他に頼る人はいないからね。とにかく彼が持ってる情報を少しでも多く搾り出さなきゃ。」

と私。

ボビーと電話が繋がったので、どのタスクに今後いくらかかるのかという質問を浴びせます。

「それは分からんね。クライアントにやれと言われればやらざるを得ないからな。すぐに承認が下りるかもしれんし、ずっと下りないかもしれんし。」

などという曖昧な返答を繰り返すボビー。

「大体の感じがつかみたいんです。4時間で出来そうですか?それとも400時間かかりそうですか?」

という私の質問に、

「いやいや、どんなにかかっても40時間だろう。4時間で終わる可能性だって無きにしも非ずだがね。」

ようやく範囲を絞り込んでくれるボビー。やれやれ、と溜息をつきながらメモを取る私。ところがあるタスクの話になった時、彼の歯切れが更に鈍りました。

「それは全く分からんね。政府の承認がどうなるかでその先が変わってくるからな。」

そして彼が放ったのが、次のフレーズ。

“We’ll cross the bridge when we get to it.”

文字通り訳せば、「辿り着いたらその時に橋を渡るよ。」つまり、「その時になったら対応するよ。」という意味ですね。

一時間後、食堂で弁当を食べていると、中堅PMのマーカスが自販機のコーラを買いにやって来ました。

「ねえマーカス、ちょっと聞きたいんだけど、このフレーズどう思う?」

ボビーの発言を再現してから、

「こっちはEACコストの提出を迫られて焦ってるのに、彼は終始こんな感じなんだよ。不透明な状況で当てずっぽうを言いたくない気持ちは分かるけど、そんな返事じゃ参考にもならないでしょ。大事なのは、現時点で考えうる最良の答を出すことなのにさ。彼に何かビシッとひとこと言いたかったんだけど、全然浮かばなかった。君ならここで、どう切り返す?」

するとマーカスは、コーラの缶を手に数秒考えた後、こう言いました。

“We ARE on the bridge, dude!”
「今まさに橋の上にいるんだよ!」



素晴らしい!

こういう返しがさらっと出来るようになりたいものです。

2015年1月31日土曜日

Tree Hugger 環境オタク

火曜日の夕方、うちのオフィスビルの三階テラスで、Mixerイベントがありました。三支社が合体して出来た新組織なので、まだまだ知り合うチャンスの無い同僚も沢山います。要らぬ垣根は早いうちに取っ払ってしまおうということで、総務の女性陣が企画したイベントでした。

先週、「自分に関することで、皆にあまり知られていない情報を教えて下さい」という一斉メールがトレイシーから届きます。イベントのゲームに使うから、とのこと。自己紹介については以前苦い思いをしているので、今回はびしっとキメました。

「合気道の黒帯で、趣味は折り紙です。」

さて当日、夕闇迫る会場に若干遅れて到着したところ、ビル群の灯りにほんのり顔を照らされた50人近い同僚たちが、既に談笑しています。手にはビールやワインの小瓶。よく見ると皆何か、コピー用紙のようなものを持っています。何それ?とそこらにいた人たちに尋ねると、「人間ビンゴだよ」と答えます。

飲み物が冷やしてあるケースの横に積まれた紙の束から一枚つまんでみると、縦横四マスずつのマトリックスに短い文章が書かれています。

「腎臓のドナー経験者です。」
「一卵性双生児の兄弟がいます。」
229日生まれの子供がいます。」
「中国で一年間英語を教えたことがあります。」

私の自己紹介文も発見。要は、ひとつひとつ該当する人を探し出してマスを潰していくゲームなのだと。なるほど、それはいい考えだな、と感心しました。ビンゴを口実に、初対面の人に話しかけられるんだから。

陽がすっかり落ちてから、同僚ジェフがやって来ました。

「このビンゴの表に君のプロフィールは入ってる?」

と尋ねると、

「いや、申告しなかったよ。」

という返事。

「なんで?僕は若い頃お店で肉を買ったことがありませんでした、なんて書けたんじゃない?」

ジェフはカナダに住んでいるころ、週末になると猟に出かけ、アーチェリーで仕留めた獲物を捌いて食糧にしていたのです。彼の返答がこれ。

“I don’t want to upset tree huggers.”
「ツリーハガーの気分を害したくないからね。」

このTree Hugger ですが、一般には「環境保護論者」と訳されます。「木に抱き付く人」と直訳すれば、そう受け取られるのも当然ですが、この時のジェフの発言は明らかに皮肉混じり。

ジェフや私が所属していた旧オフィスの社員は大多数がエンジニアで、当然ながら男所帯。一方、元々ダウンタウンにオフィスを構えていた支社は3倍以上の社員数を抱えていて、ほとんどが環境保護の専門家です。しかもその過半数が女性社員。私はこの支社に行くたび、ほんわかした気分になったものです。エンジニアの社員が断定的な、時に攻撃的な物言いを得意とするのに対し、環境部門の人々は概ね「聞き上手」で、しかも笑顔を絶やさない。ジェフの言いたかったのは、統合後の支社の大多数を占める「環境に優しい人々」に、動物をじゃんじゃん殺して食ってたなんて話をしたらどんな目で見られるか分かったもんじゃない、という話ですね。

そんなわけで、私の訳はこれ。

“I don’t want to upset tree huggers.”
「環境オタクらの気分を害したくないからね。」

後でちょっと調べたところ、1730年にインドで起きた事件がこのフレーズの語源だという記事を発見。

王様の宮殿を建造するために木を伐りに来た人たちに対し、アムリタ・デヴィという女性が、この土地の木は伐採を禁じられているはずだと抵抗。木を切られたくなければ賄賂をよこせと言われ、代わりに私の命を取りなさい、と答える。彼らは彼女を斬首。アムリタの三人の娘たちも母にならい、次々に斬首されます。構わず伐採を続ける王の手下どもに対し、村人たちが手を繋ぎ、木々の周りを囲むようにして抵抗。計363名の村人が命を落としたところで、王様が伐採を止めさせた。

本当かどうかは分かりませんが、もしもこれが事実なら、恐ろしい語源です。軽はずみに使っちゃいかんな、と思ったのでした。

さて、ジェフと話をしている最中、エンジニアの若き同僚ジェイソンも加わりました。

「俺も申告しなかったからこれには載ってないよ。シンスケは?」

「この中にあるよ。探してごらん。」

私のマスを探し当てた彼らは、仰天。すかさず私がこう釘を刺します。

「僕にはちょっかい出さない方がいいよ。気づいた時には身体が宙を舞ってるからね。」

後ずさりしながらビビりまくるジェスチャーでおどける、ノリの良いジェフとジェイソン。

「ところでさ、ずっと気になってるプロフィールがあるんだけど、これ、どう思う?」

と私が二人に尋ねます。

“Had a pet turtle named Otto as a child, and released it into a pond.”
「子供の頃、オットーという名のペットの亀を池に放した。」

「他のプロフィールとだいぶ趣が違うでしょ、この文章。ダジャレになってるのかな、と思って。」

と私。ジェフもジェイソンも、顔をしかめて何度も文章を読み返します。

「なぞかけになってるんじゃないかな。」

とジェイソン。

「う~ん、俺には解読出来ないな。なんだろう、この自己紹介?」

とギブアップするジェフ。

そこへ環境部門のピーターがやってきたので、僕のプロフィールを当ててみてよ、と挑んだところ、

「シンスケが日本人だと分かってるだけにちょっとベタ過ぎるけど、合気道のやつ?」

と即答しました。その通り!と笑うと、

「この中で一番クールなプロフィールだね。」

と、優しい笑顔で褒めてくれました。

「で、ピーターのはどれ?」

彼は照れながら、ペットの亀のやつが自分のだ、と言います。

「君だったのか!あのさ、聞きたかったんだけど、これって何かダジャレとかなぞかけになってるの?」

怪訝な顔で首を振るピーター。

「いや、これがそのまんま僕のプロフィールだよ。飼ってた亀を池に放したことがあるって。」

私はあっけにとられ、暫く彼の顔を見つめてしまいました。我々エンジニア軍団は、完全に無駄な深読みをしていたわけです。ピーターはただ、子供の頃の切ない記憶を自己紹介に使っただけだったのですね。


ほんわ~かした気分になりました。


2015年1月25日日曜日

Nerves of steel 鋼鉄の神経?

建築部門の大出血プロジェクト10件に加え、終結を迎えた空港プロジェクトのPMを任されて以来、まるで「消防ホースから水を飲む (Drink from a firehose)」ような状態が続いています。毎日複数の副社長たちから問題プロジェクトの経営状況に関する質問が飛び込み、「経営改善策を大至急作成してくれ」などというリクエストを一日に何十本も受け取ります。当然、ほとんどのメールに返答する時間もないので、未解決の課題がみるみる山積されていく。

電話会議では出席者が総じてカリカリしており、中にはためらいも見せずに怒りをぶちまける人も。

「一体全体、なんでこんなことになったんだ?」

プロジェクト開始からだいぶ経った時点で引き継いでいるので、答えられない質問も多く、時に禅問答のようなやり取りが続きます。更にタイミング悪く、11月から大規模な組織改編が始まりました。上層部にも新顔がちらほら加わって来て、プロジェクトの背景を全く知らない彼らからすれば、いきなり火のついた爆弾を渡されたようなものです。パニックになって直接電話して来る副社長も。

PMのサポートというお気楽ポジションを10年以上楽しんで来た私ですが、人並みに「ストレス」を抱えるようになりました。誰よりも早く出社して誰よりも遅く退社する毎日。しかもその間、まともに呼吸した気がしないほどの猛烈なプレッシャーが続きます。

金曜の朝も、LA地区の建築部長に就任したばかりのジョン、北米の建築部門を代表する東海岸のリック、サンフランシスコからサンディ、それから私のプロジェクトのディレクターを務めるビバリーとの電話会議がありました。全員が副社長。ジョンはこのプロジェクトに一時関わっていたこともあり、私の出した数字に対して極度に苛立っています。

「去年の10月頃、各部門のリーダーが集まって作り上げたコスト予測はどこへ行ったんだ?

「ビバリーと私とで年末に作り直した予測を基にしたんですが。」

「それは断じて受け入れられないぞ。どれだけ時間をかけてあれを作ったと思ってるんだ?」

彼女も私も、比較的新しいプロジェクト・メンバーです。情報が不足しがちな中、模索しながら必死に取り組んでいるのですが、その努力がちっとも認められていないように感じました。

結局無数のダメ出しを浴びた後、月曜の朝一番までに書類を仕上げて再び会議で揉まれることになりました。これで週末出勤が正式決定です。電話を切ろうとした際、「ちょっと待った」とジョンが制します。正直、もういい加減にしてくれ、という心境だったのですが、彼が妙に落ち着いた声でこう言ったのです。

「この仕事を引き受けてくれて本当に感謝してる。色んな人と話したけど、誰もがシンスケのことを高く評価してるんだ。大変だけど、よろしく頼む。これを前から言いたかったんだけど、チャンスが無くてね。」

え?そんな展開?動揺する私。慌ててお礼を言うと、今度はビバリーがジョンに同調します。

「ジョン、その話を切り出してくれて有難う。私も同じ気持ちなの。」

おいおいなんなんだ?ふたりとも。気持ち悪いぞ。

「別の会議でもシンスケの話題になってね。皆にこう言ったの。Shinsuke has a very quiet demeanor, but he’s got nerves of steel.(シンスケってすごく静かな物腰だけど、鋼鉄の神経を持ってるのよ。)」

あれえ?なんだかものすごい勢いで褒められてるみたいだぞ。

「二人とも有難う。これで更にプレッシャーが増大したよ。」

と、ふざけながら切り返す私。

午後になって空港のオフィスに向かいながら、さっきのビバリーのセリフを思い返していました。なんなんだ?「鋼鉄の神経(nerves of steel)」って。図太いっていう意味か?だとすれば単純な褒め言葉じゃないかもしれないぞ。素直に喜び過ぎたかも。

オフィスに着いて、同僚の一人でシアトルから出張していたジョンに解釈を尋ねてみました。

「大丈夫。それは間違いなく褒め言葉だよ。」

「でもさ、神経が鉄で出来てるって言われたら、バカにされてるようにも感じるんだけど。たとえばどういう人のことを言うの?」

そうだな、と少し考えてから、彼がこう答えました。

「燃え盛るビルの中から助けを求める人に気が付いたら、迷いも無く飛び込めるような人だね。」

おお、それはスゴイ。強靭な精神力を備えた、勇敢な人のことですね。滅茶苦茶かっこいいじゃないか…。

帰宅して妻にそれを報告すると、

「日本人サラリーマンのすごさを見せつけてやったってわけね。」

確かに…。渡米するまで毎晩2時3時まで働いてタクシー帰りを繰り返していた彼女にとってみれば、今の私の働き方なんてちょろいもんです。実はちょっとだけ「心が折れそう」になっていた私。これでシャキッとしました。

2015年1月15日木曜日

Think of England イングランドのことを考えなさい

先日サンディエゴ支社の会議室で、環境部門のドンであるテリー、それに私の部下のシャノンと三人で会議をした際、プロジェクト予算におけるコンティンジェンシー・リザーブ(「かもしれない」予算)が話題に上りました。

これはまさかに備えて積んでおく予算ですが、最初から意識的に膨らませておき、プロジェクト終了間際にドーンと放出することも可能です。当初の約束より高い利益率を弾き出してハッピーエンドを演じる、というテクニックなのですが、これに目を光らせているのが財務部門。彼らは、毎月のように魔女狩りならぬ「コンティンジェンシー狩り」を敢行し、何故それだけの額が必要なのかをPMが明確に説明出来なければ、容赦なく没収して行きます。

財務部門にとっては、日夜プロジェクトを運営している社員よりもウォール街の方がはるかに大事。毎期の目標利益率を達成して株主の皆さんを満足させることが、彼らの何よりの喜びなのです。期末が近づき、いよいよ目標達成が困難になってくると、なりふり構わずコンティンジェンシー・リザーブを奪い取りにやって来ます。たとえ正当な理由と計算式を示しても、「株主利益の最大化」という錦の御旗の下、有無を言わさず根こそぎ持っていくことさえある。後になって本当に想定外の事態が起こった場合、当初用意していたコンティンジェンシー・リザーブがゼロになっているので、損失を計上する羽目になります。すると己の過去の蛮行など記憶から抹消したかのように、「なんで予算をオーバーしたんだ?」と食って掛かる。

「結局さ、我々PMの最大の敵は財務部門という構図になってるよね。」

と私。

「どっちにより大きな発言権があるかと言えば、やっぱり財務部門でしょ。最終的には彼らの好きなようにされるしかないんだから、抵抗しても無駄なのよ。」

とテリー。そこで彼女が思い出したようにくすっと笑い、私とシャノンに向かってこう尋ねました。

Think of Englandってフレーズ聞いたことある?」

私とシャノンは顔を見合わせて首を傾げます。二人とも初耳であることを告げると、

「セクハラ・トレーニングを受けたばっかりでこんな発言もどうかと思うけど…。」

と顔を赤らめながら説明してくれました。

“Close your eyes and think of England.”
「目を閉じてイングランドのことを考えなさい。」

というのがそのロングバージョンだそうで、どうやら夫婦の夜の営みに関する話らしい。テリーが照れながら早口で解説したためか、私には意味が分からず、帰宅してからネットで調べてみました。

これは、夜の行為に乗り気でない妻が、ベッドで夫を迎える際の心得なのだと。

イングランドには「緑豊かな土地」というイメージがあるようで、つまり「ちょっとの間、素敵なことを考えてやり過ごしなさい」という意味ですね。テリーはこのフレーズを使って、「目をつぶって財務部門の好きなようにさせるしかない」と言いたかったわけです。

この日のお昼に同僚ディックとランチを食べた時点では、イングランドを「飯のまずい退屈な場所」というイメージで捉えていた私。彼にこのフレーズの意味を尋ねたところ、

「いや、そんなの聞いたことないな。テリーはどういう文脈で使ってた?」

と首を傾げます。

「うん、財務部門の横暴エピソードには繋がらないんだけどさ、おそらく、少しでも長持ちさせようとする夫の努力を表現してるんじゃないかと思うんだよね。」

ま、完全に誤解してたわけです。

「なるほど。イングランドのことを考えたらそりゃ長持ちしそうだな。他にも色々方法はあるよ。自分のプロジェクトのことを考えるとかね。」

アイディアを列挙し始めるディック。私も調子に乗って、こう言いました。

Prime number (素数)を下から順番に数えてみるとかね。」

するとディックが、くすっと笑ってからこう返しました。

“That might be too effective.”
「そりゃ効果あり過ぎかも。」


2015年1月10日土曜日

Don’t bury your head in the sand! 恐ろしい現実から目を背けるな!

毎週水曜にはオフィスの近所までフードトラックがやって来るという話を聞いたので、さっそく同僚ディックと出かけてみました。細い裏通りの片側車線を通行止めにし、5台くらいのトラックが縦列駐車で営業しています。我々は暫く品定めした後、ニューオーリンズ風の能天気なデザインのトラックを選びました。プレイボーイ誌のグラビアから抜け出たみたいな金髪女性店員が、スリムな赤Tシャツ姿で頭上からサンドイッチを手渡してくれます。オフィスのビルに戻り、三階のオープンテラスに陣取って、お日様を浴びながらランチを楽しむ野郎二人。

新しいオフィスビルに移って約一か月。三支社が統合して一気に社員数が増えたこと、個室ゼロ、おまけに間仕切りが撤廃されてプライバシーが一切無くなったこと、私の席周辺は空調の調節が滅茶苦茶で、スキーヤーみたいな厳冬スタイルを余儀なくされていることなど、職場環境の劇的な変化の話題でひとしきり盛り上がりました。ディックの席は受付から目と鼻の先なので、社外から訪ねて来た人から丸見えです。居留守を使うことはほぼ不可能。これは大誤算だった、と。ディック。

「ま、そのうちこういうのにも慣れて行くんだよね。」

と私。

「そういうば昨日、チームリーダー会議があったんだ。そこでステイシーが、さり気無く爆弾発言をしたんだよ。」

顔を動かさずに、ちらりと隣のテーブルへ目配せするディック。当のステイシーが、ランチを終えて他の同僚達と談笑しています。

「三つの支社が統合した上、来週あたりには去年買収した会社の社員たちもごっそり移ってくる。従来のメンバーだけでチームリーダー会議を続けてて良いものなんだろうかってね。」

「うわぁ、それはどえらい爆弾をぶちこんだね。」

「そうなんだ。俺とあと二人くらいはその疑問に同調したんだけど、残りの大多数は全くの無反応だった。まるで彼女の発言は聞こえなかったとでも言うようにね。これにはイラッとしたよ。大きな変化の波が立て続けに押し寄せてるっていうのに、気付かぬふりをしてるんだよ。」

この時ディックが使ったフレーズが、これ。

“You are burying your head in the sand.”

直訳すれば、「頭を砂に埋めてるんだよ。」ですね。

ちょっと待った、と話を止める私。

「それ、どういう意味?なんで砂なの?」

あはは、と笑うディック。

「本当かどうかはともかく、語源はこうだと思うよ。ダチョウは敵が近づくと、恐怖のあまり顔を砂に埋めてしまうって。幼児が自分の顔を手で覆うのと一緒。自分から見えなければ相手も自分を見えないだろうって発想だね。」

「なるほど。要するに、恐ろしい現実から目を背けるばかりで何も対策を講じないって話だね。」

「その通り。」

「あ、それで思い出した。」

その日の朝一番、同僚ヘザーが訪ねて来たのです。彼女は先月の三支社統合まで、前の支社のオフィス・マネジャーを任されていたのですが、新オフィスではトレイシーにポジションを奪われ、マーケティング部門の見習いみたいな部署に回されたのだと言います。

「これまではずっとオフィス全体を仕切ってたじゃない。それがいきなりの格下げでしょ。打ちのめされたわよ。職があるだけましだって言いたいところだけど、正直かなりこたえたわ。」

彼女の得意部門は、オフィス環境を改善しつつ社員をサポートすることです。それが今度の仕事は、表の作成ばかり。ほとんど誰とも話すことなくコンピュータに向かいます。しかも、することが何も無い手持無沙汰の時間が長く、常に忙しく立ち回って来た彼女にとっては拷問です。しかも、このままではいつ失職するか分かったもんじゃない。過去三週間、鬱々と毎日を送っていたのだと。

「そこへ、シンスケがプロジェクト・コントロール・チームの増員を目論んで動いてるって聞いたの。私にやれることがあるかしら、と思って。」

完璧主義者ヘザーの仕事ぶりには、常々感心していた私。話し合いの結果、チームに加わってもらうことになりました。彼女は顔を輝かせ、何度もお礼を言います。いやいや、感謝したいのはこっちの方だよ、だって僕はここんところ、完全なオーバーワークで青息吐息なんだから。

Chef(シェフ)って映画観た?」

と私。いいえ、と首を振るヘザー。

この作品、私がここ数年鑑賞して来た映画の中では断トツの一位です。人気レストランのトップシェフの座を失ってどん底に陥った中年男が、離婚した妻による「内助の功」で、小さなフードトラックを始めます。同時に、疎遠になっていた10歳の息子との触れ合いも復活。マイアミからニューオーリンズ、オースティン、そしてロサンゼルスまでの道中、美味しい料理を作って人に味わってもらうシンプルな喜びが、抜け殻のようだった彼にじわじわとエネルギーを吹き込んで行きます。仕事に対する愛、友の支え、家族との絆をベースに、男の人生後半戦は大きな歓喜に包まれて行くのです。

「この映画を観てね、何かを失った時って実はチャンスの到来なのかもしれないなって思ったんだ。もしかしたら、君の人生にとっての素晴らしい転機が、今訪れているのかもしれないよ。」

目を潤ませて、大きく頷くヘザー。さっそく金曜の朝一時間半かけて、プロジェクト・セットアップの基本を教えます。懸命にメモを取りながら質問する彼女に、ちょうどロングビーチ支社のマークからセットアップを頼まれていた最新のプロジェクトを任せました。終業時間直前に仕上げてメールして来た彼女に、よく出来てるよ、と褒めた後、二、三の手直しをお願いします。返信は五時半を回っていたので、月曜に仕上げてくれることを期待しながら。

ところが翌土曜日の朝、「修正したわ。もう一回チェックしてくれる?」というメールが届きます。おお、休みなのに仕事してる!

強力なチーム・メンバーが、こうして一人加わったのでした。