金曜の朝8時半。部下でまだ24歳のテイラーと、会議室の机のコーナーを取り合うような格好で座ります。
「カリフォルニアに庭付き一軒家を持って、犬を五匹飼いたいの。」
若干探るような、しかし決然とした目で宣言するテイラー。
12月末までに2020年度の個人目標を設定しなければならないため、この二週間、チームメンバーとの個別面談を開いて来ました。一人につき二回のセッションを予定しているのですが、一巡目の最終スロットがテイラーでした。この面談ラリーをスタートする前に、チームミーティングでこう告げた私。
「会社とプライベートの境目を一旦忘れて、本心と正面から向き合ってみようよ。自分が一番望んでるものって何だろう?ってね。そこから話を始めようと思うんだ。」
これに対するテイラーの答えが、「一軒家と犬5匹」だったのです。大きく頷く私を、ちょっと怒ったような、そして不安そうな顔で見つめる彼女。
「それがみんな手に入ればあとはもう何も要らない?充分幸せかな?」
そうソフトに聞き返したところ、暫く宙を見つめてから、
「う~ん、そうね、ちょっとは働きたいかな。何か月かしたら飽きちゃうかもしれないし。うん、やっぱり仕事は続けたい。それで、部門長くらいまでは行きたい。」
「なるほどね。たとえお金に困らなくなっても働いてはいたいんだ…。」
「人の役に立ってる気分は味わっていたいもん。それに、小さい頃からどこへ行ってもずっとリーダーの役割だったから、会社でもいつかリーダーになりたいの。」
落ち着かない様子で口を小さくすぼめ、私を見つめるテイラー。
「そっか。じゃあ家と犬を手に入れて、今の組織で部門長になったら充分幸せ?後は何も無くていいの?」
その先に私がどんな言葉を用意しているのか探るように、
「分かんない。充分って気もするけど、違うかも。」
「じゃあ何かどうしようもない社会の変化でそのどちらも手に入らないってことになったら、君の幸せは根こそぎ吹き飛んじゃうんだね。」
この不意打ちに、まるで電気ショックを受けたようにピクリと反応し、
「え?そんなことは無いと思うけど…。」
とうろたえるテイラー。その様子を数秒間眺めた後、
「カリフォルニアで家を買うって、年々大変になってるよね。もしかしたら一般の勤め人には手が届かない価格まで上がって、高止まりしちゃうかもしれないよ。逆に、経済が崩れて簡単に買える時が意外に早くやって来るかもしれない。いずれにしても、そういうのって我々のコントロールが及ばない話だよね。もちろん収入を上げるのはある程度努力次第だけど、いくらこっちが貯金しても、今のペースで住宅価格が高騰を続けたら到底追いつかないでしょ。」
と話す私。
「そういうところにゴールを置くとさ、ちょっとした環境変化にいちいち行く手を阻まれて、ストレス溜まるんじゃない?」
「そうね。確かに。」
「逆にさ、環境に左右されようがない理想の自分像っていうものを考えてみたらどうだろう?それが見つかったら、今の自分とのギャップを分析するんだ。で、個々のギャップを埋めるにはどの障害を克服すればいいかを考える。そして、具体的な行動計画を日々のルーティンに組み込むべく、カレンダーとかにリマインダー付きで記入しちゃうんだよ。」
眉間に皺を寄せ、沈黙して続きを待つテイラー。
「たとえばさ、会社でのポジションに関係なくあらゆる場面でリーダーシップを取れる人でいたい、と思うとしようよ。そうなるためには今の自分に何が欠けているのかを考えてみる。リーダーに必要な資質やスキルを体系的に理解してないな、と思えばそのジャンルの本を読むとかセミナーに行ってみるとか、具体的な行動計画が導き出せるでしょ。毎月一冊そのテーマの本を読んでまとめノートを作ろう、とかね。で、出勤前の15分は読書時間に充てる、みたいにルーティンにしちゃうんだよ。」
“It all makes sense.”
「すべて納得。」
と頷くテイラー。
「確かに、家とか犬とかに目標置いてたら、どうやってそこに辿り着けるのか全く想像がつかないわ。」
「次回の個人面談までに、自分の理想像とギャップの分析、そして具体的行動計画づくりをやって来れるかな。」
と私。
「分かった。有難う。やってみる。」
それからふう~っと息をつき、
「働き始めてまだ何年も経ってないし、本当に知らないことばかりでしょ。今のキャリアの先にどんな選択肢があるかも見えてないし、自分のゴールが何かって考えるのは本当に大変だったの。」
そして、今にも泣き出しそうな笑顔でこう吐き出したのでした。
“It’s hard to be young, Shinsuke!”
「若いって苦しいのよ、シンスケ!」
反射的に大笑いしてしまった私ですが、よく考えてみたら、これは案外深刻な訴えです。現代は、私がテイラーの年齢だった頃と較べて格段に変化のスピードが速く、数年先に職場が、いや業界自体がどうなっているかすら分からない。「長期的視点で目標を立てましょう」なんて発言が失笑を買うこんな時代に若者でいるというのは、確かに厳しい試練なのかもしれません。
「でも、なんかすっきりした。自分のコントロールが及ぶ範囲内で目標を立てていれば、周りがどう変わろうがストレス無く頑張れるもんね。」
そうしてニコリと笑った彼女が、こう付け足したのでした。
“Then my boyfriend won’t need to see
my RBF.”
「彼氏も私のアールビーエフ見なくて済むし。」
ん?何?今なんて言ったの?と顔を上げる私。
「え?RBF知らない?Resting Bitch
Faceの略よ。」
ケラケラ笑いながら説明するテイラー。
Resting Bitch Face?
直訳すれば、「休憩中の意地悪女の顔」、文脈に合わせて意訳すれば、「無意識の不機嫌面」あたりが妥当なところでしょうか。もうひと捻りすると、こんなところでしょう。
“Then my boyfriend won’t need to see
my RBF.”
「彼氏も私のむっつり顔見なくて済むし。」
若者の日常をちょっぴりだけ明るく出来た気がして、ほっこりする金曜日でした。
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