2019年5月27日月曜日

YouTuberになりたい


良く晴れた金曜日のランチタイム。部下のカンチーに誘われ、リトルイタリーにあるCivico 1845というイタリアン・レストランまで歩きました。

「すごく美味しくて、量はそれほどでもないのに結構お腹にたまるんですよ。」

濃い緑色の日除けを張り出した軒下の狭いテラス席に、向き合って座ります。何度も前を通り過ぎたことはあるけど、この店に来るのは初めて。緑の葉が茂る箱型プランターを連続して吊るした黒い鉄製フェンス越しの歩道には、連休直前ということもあってか、いつもより多めの家族連れやカップルが楽し気に行き過ぎます。カンチーはニョッキを、私はトマト・ベースのペスカトーレを注文。これがなかなかのクオリティだったのですが、最初にメニューを見た際に評価基準を上方修正せざるを得なかった私。ランチに一皿18ドルは、ちと高すぎるだろ…。独身貴族の店選びを若干恨みつつふと交差点の斜向かいに目をやると、私の選ぶイタリア料理店ベスト3にランク入りしているBencotto(ベンコット)のガラス張りエントランス。ここも順番待ちの客で溢れています。結構値が張る店だから結婚記念日くらいしか行かないけど、ここでこんなに払うくらいならあっちに行っときゃ良かったな…。あそこのイカ墨パスタは絶品なんだよな…。

「あ、そうだ。思い出した。」

突然ある話題が、脳の表層に湧き上がって来ました。

「ほら、先月さ、息子の大学見学でひとしきりあちこち旅してたでしょ。その一環で、フィラデルフィアのルイズバーグという街へ行ったんだ。」

夜9時以降は明かりを消して閉鎖してしまうほどさびれた空港から、更に2時間レンタカーを走らせてようやく到着するほどの田舎町。商店の並ぶ一角もわずか数ブロックしか無く、住民の外食オプションは極端に少なそう。サンディエゴだって東京に較べれば小さいけど、それでもこの街に較べれば巨大都市です。

当日朝一番の一般説明会は通り一遍で退屈だったこともあり、既にそれまでの大学見学ツアーでだいぶ疲れを溜めていた我々夫婦は、続く保護者向けセッションをぶっちぎり、息子を置いてキャンパスから脱出しました。美味しいコーヒーでも飲みに行こうよ、と冗談交じりにネットで検索したところ、歩いて7分のところに5段階で4.9という驚異の高評価を誇る喫茶店を発見。店名はAmami。え?あまみ?日本語か?到着してみると、行列が戸口から溢れ出しています。おいおいこれは期待出来るんじゃないの?と中へ入ると、大学のロゴ付きスポーツファッションの女子大生たちが奥のキッチンまでぎっしりと並んで辛抱強く順番を待っています。アジア人は我々夫婦のみ。

そこへ突然、奥から三十代くらいの白人男性が現れ、何故か妻に話しかけてました。

「今日のスペシャル見た?」

キッチンドアの左の壁、黒板にチョークで書かれたスペシャル・トースト・メニューを指さし、丁寧に説明する男。

「これホント、抜群にうまいよ。」

そうしてキッチンに戻って行ったのですが、男が何者なのか、そして何故彼が妻を狙い撃ちしてメニュー説明に時間を割いたのかは謎でした。果たして、15分ほど待った末にようやくありついたスペシャルメニューのCarciofo & Burrata Toast(アーティチョークとブラタチーズのトースト)は、思わず夫婦で顔を見合わせるほどの美味。どうしてこんな田舎町にこれほどのクオリティ?釈然としないまま、店を去ってキャンパスに戻ります。

その後数時間キャンパスを見て回り、別ルートでの見学を終えた息子と落ち合ってホテルに戻ろうとした時、我々が午前中に訪ねた喫茶店の話をしてやりました。すると、「僕も行きたい」と言い出したため、それなら、ともう一度訪問することに。両腕入れ墨だらけのぶっきらぼうな女性店員が、「四時で閉めるけど」と言いながら迎え入れてくれたのが、閉店5分前。彼女は他の男性店員と窓際の席について小声で話しながらまかない料理を食べ始め、我々はエスプレッソなどを注文。その後すぐに正面ドアの鍵が閉められたため、実質我が家の貸し切り状態となりました。

「昨日も来てくれたよね!」

いきなりキッチンから現れたさっきの男性が、我々を見て高い声で嬉しそうに叫びます。

「いや、今日の午前中なんだけど。」

「あれ、そうだっけ?忙し過ぎて時間の感覚が飛んじゃった。」

我々の席の横に立ち、調子よく喋り続ける男。その瞳の色は、宝石のようなアクアマリン。思わずまじまじと見入ってしまいます。

「大学見学でしょ。どこから来たの?」

「サンディエゴからだよ。」

ここで男性の顔が、パッと輝きます。

「僕も数年前まで、サンディエゴに住んでたんだよ!」

もともとミラノ出身で、バリ島への旅行中に覚えたサーフィンに取りつかれ、サンディエゴに渡った。パシフィック・ビーチのアパートに、日本人のサーファー仲間と暮らして毎日サーフィンに明け暮れていた、と興奮して語る男。結婚した相手の実家がこの街の近くなんで移って来て店を出したんだが、今でも年に何回かはサンディエゴを訪ねるんだ、と。

「叔父さんがサンディエゴに住んでてね。当時は彼の店を手伝ってたんだ。Piazzaって知ってる?」

「いや、行ったこと無いな。」

「すごく美味しいよ。行ってみて。あと、叔父さんの仲間がリトルイタリーに店を出す時も手伝ったな。知ってるかな、Bencottoって。」

「え?Bencottoだって?我が家の大のお気に入りじゃん!」

これですっかり意気投合し、閉店作業の邪魔になるのも顧みず、それから数十分話し込みます。挙句にみんなで記念写真まで撮るはしゃぎっぷり。男の名はダビデ。叔父さんの名はステファノだ、と教えてくれました。

サンディエゴに戻って二週間後の金曜日、さっそくラホヤにあるPiazzaに出かけてみました。席について注文を終えた時、妻が店員にダビデとの記念写真が映ったiPhoneを手渡し、店主に見せてあげてくれる?と頼みました。暫くすると、満面に笑みを浮かべたオーナーシェフのステファノが登場。おおそうか、甥っ子に会ったのか!ようこそ、一品おごらせてよ!と上機嫌。彼はそれから馴染み(らしい)客たちの席をひとつひとつ回って、子供の様な笑顔で話し込んでいました。

「随分人懐っこいオーナーだね。」

「あんなに歓待されたら嬉しくなって、また来ちゃうよね。」

と感心する我々。この後登場するガーリックたっぷりのペスカトーレ・フェットチーネは非の打ち所が無く、妻の飲んだ白ワインも近年まれに見る大ヒット。レストラン激戦区のラホヤで長年店を構えていられるわけに納得でした。帰宅して、ステファノとの笑顔溢れる記念写真をダビデに送る妻。何ともほんわかした気分に浸った夜でした。

「いい話ですね!」

と、テーブルを挟んで頷くカンチー。

「でしょ。世界は繋がっているんだなあって実感したよ。心を開いてどんどん人と話してみるべきだなって、あらためて思った。」

イタリア人特有の「とっつきやすさ」によって、またとない素敵な体験が出来た。「人と繋がって情報をシェアする」だけで、世の中の幸せは増殖する。これって損得勘定じゃなく、純粋に「愛」から来てる行為だよな。仕事への愛、食べ物への愛、家族愛、人への愛…。

「そうそう、こないだYouTubeで日本人のパスタ王がやってるチャンネル観てさ、そこで紹介されてたカルボナーラを作ってみたんだよ。そしたらこれが、驚愕のウマさだったんだ。今まで作ってたカルボナーラのレシピが偽物だったのかと疑いたくなる程の違い。妻子もびっくりしててさ。こんな風に、縁もゆかりも無い赤の他人がシェアした情報のお蔭で家族が幸せを味わうなんて、本当に素晴らしいことだなあって思ったよ。今の時代に生きてて良かったなあって。」

SNS世代のカンチーは、これに深く同意します。

「ところで僕もさ、そのうちYouTube チャンネル持ちたいなあなんて思ってんだ。」

と私。ウケるかと思ったら「いいじゃないですか!」と素直に乗っかって来る彼女に、そう思うに至ったきっかけを説明します。

「実は昨日、テキサスとコロラドから一人ずつ、僕らの定例会議に参加させて欲しいっていう依頼があったんだよ。」

水曜日の隔週定例会議で私が披露したプレゼンが好評だったことを、当日出席していたカンチーはもちろん知っていました。この会議はそもそもうちのチーム用にスタートしたものですが、南カリフォルニアの他支社の社員も参加したいという声に応え、サンディエゴの会議室でスクリーンに映している内容をWebExでオープンにし始めました。オレンジ、ロス、カマリヨ、サンタバーバラ、とじわじわ出席者の分布が拡がって来て、最近はアンカレッジやシアトルを含めた西海岸全般に拡大。三十名以上参加することもあります。構成としては。最初の20分間、私がプロジェクトコントロールのテクニックや最新ツール、失敗談、そして教訓などを喋り、残り10分は質疑応答と自由な情報交換に充てています。前回は、かなり複雑な会計処理のコンセプトをヘリコプター着陸プロセスになぞらえた可愛いアニメーションで解説したところ、これが大ウケ。ティファニーなどは、iPhoneを取り出してスクリーンの動画撮影を始める始末。

この会議にいつの間にかウェブで参加していたコロラドのサマンサという社員が私の動画プレゼンを気に入ったらしく、北米中部の各支社に拡がる十数名の同僚達に紹介メールを打ったようなのですね。それで、初耳の社員たちから参加申し込みが送られて来た、というわけ。まるでフォロワーが増えて行く気分。

「すごいじゃないですか。これからもっともっと拡がるかもしれませんね。」

と、嬉しそうなカンチー。一般の定例会議の趣旨が「与えらえた業務はちゃんと済ませたか?」と訊問調なのに対し、我々のは「共に学ぼう、シェアしよう。そして一緒に成長しよう。」です。そして「興味のある方はご自由においでませ」と謳っているので、垣根も低いのですね。

「やっぱ基本、愛だよね。」

常々チームにどや顔で説いている私。愛こそが人を惹きつけ、元気づけ、成長を助けるのだ、と。随分「イタい」おっさんだなあと思われてるかもしれませんが、そう本当に信じてるんだから仕方ない。今や、テクノロジーの進化がこの考えを地球規模でサポートしてくれている。自分が夢中で愛しているテーマを、SNSYouTubeを通して世界中の人にシェア出来る。素晴らしいムーブメントが今、爆発的な勢いで進んでいるのだ。僕も貢献出来ないものかな、そうだ、うちの定例会議の延長上に何かあるんじゃないかな、と考えた末のYouTuberデビュー案だったのですね。

「どんな内容にするんですか?」

と身を乗り出すカンチー。

「プロジェクトマネジメント関係の面白エピソードかなあ。でも会社に勤めてる間は、情報漏洩の規制があるから難しいと思うんだよね。顔隠して身元を明かさなきゃ大丈夫かなあって気もするんだけど、そうなると今度は胡散臭いしねえ…。」

愛だけでは片付かない問題もあるのですね。

17歳の息子にこのアイディア話したら、何て言ったと思う?路上でおばあさんとすれ違いざまにおならの音を出してびっくりさせるイタズラのチャンネルとかやめてよね、だってさ。」

「一体いつもどんなチャンネル見てるんですか?彼は。」

と、さすがにこれには突っ込むカンチーでした。

ちなみに、フィラデルフィアの大人気カフェの店名 Amami は、イタリア語。英語ではLove Me、日本語では「愛してね」でした。


2019年5月12日日曜日

Boomer ブーマー


今週から、七人目の部下ブリトニーがチームに加わりました。去年大学を卒業したばかりなので最年少ですが、ちょうど空席だった私の左隣で働くことになりました。キャンディーのように光沢のある金髪、うっすらとそばかすの残るベビーフェイス。採用面接で真剣にこちらの話を聞くその瞳には、高い知性がうかがえました。初日は緊張でガチガチになっているかもしれないので、まずはなるべく柔らかい物腰で接してみようと週末から考えていました。

そして月曜の朝。総務のデビーによる社員心得セッションを終え、廊下を案内されて来た彼女。立ち上がって「おはよう。ようこそ!」と笑顔で遠くから呼びかける私。するとブリトニー、声の出所を探り当てようとさまよった視線が私の目にロックオンした瞬間、さっと頬を染めて懐かしそうな笑みを浮かべ、右のてのひらを顔の横で小さくひらひら振りながら近づいて来たのです。まるで待ち合わせにちょっぴり遅れて現れた、付き合い始めのガールフレンド。日本の職場ではまずあり得ない新入社員の天真爛漫な登場スタイルに、思い切り意表を突かれた私でした。

このブリトニーもその一週間先にスタートとしたジゼルも、自分の娘と言って良い年齢。男所帯で育ち、おまけに子供は男子一人という私には正直、彼女達をどう扱って良いのかよく分かりません。とりあえずちょくちょく声をかけてみて、その反応を見ながら接し方を調整して行くしかないだろうという結論に達しました。

それにしても、このうっすらとした苦手意識はどこから来てるのか。異性だからということであれば、うちの職場には女性が大勢います。なのに全然抵抗なく接している。じゃあ何なのか。よくよく考えると、これは世代のギャップが大きく影響しているような気がして来たのです。17歳の息子は最近とみに、冗談交じりにではありますが、

「もうBoomer (ブーマー)はこれだから…。」

と親をからかうようになりました。

彼によれば、ブーマーというのは「ベビーブーマー」の略で、昔ながらのやり方に固執し若者の言動の良し悪しを決めつけて説教を垂れるタイプの世代を総称する、からかい表現だとのこと(ピッタリした日本語が見つからないけど、「オヤジくさい」くらいのニュアンスでしょう)。

「え?本当にそんな風に映ってんの?」

人間は個人レベルで見ればそれぞれ極めてユニークな存在であり、世代で一括りにするなんて馬鹿げているし有害ですらある、というのが古くからの私の持論。実の息子にブーマー呼ばわりされる覚えはないぞ、と若干憤慨する私に、

「ジョークだよ。パパがそういう人じゃないのは知ってるよ。ムキにならないでよ。」

と笑う息子でしたが、全く身に覚えが無いわけでもないのは確か。

「これ、インスタで流行ってるミーム。」

などと見せられるネットの差別的ジョークを笑える確率がじわじわと減って来ていて、

「それ面白いか?どっちかっていうと不快なんだけど。」

と眉をひそめると、

「ほら、やっぱブーマーじゃん。」

とあざけるように笑う息子。う~ん、やっぱりこれってオヤジ的感性なのかなあ…。

さて、その息子。金曜の晩はGrad Nite(グラッドナイト)に出かけて来ました。高校最終学年が大型バスをチャーターしてディズニーランドへ行く、という学校行事。よくよく聞いてみたら、南カリフォルニアの高校はほとんどこれに参加していて、ディズニーランドは五月と六月の週末を全てこの行事のため、夕方から午前三時ごろまで貸し切りにしているとのこと。

そんな企画やって大丈夫なのか?と私。「深夜に各地の高校からやって来た大勢の若者たちが同じ場所で集まって騒ぐ」なんて、もうトラブルのイメージしかありません。私が高校生の頃は、京都に全国からやって来た修学旅行生たちが「目が合った」だけで集団乱闘、なんて頻繁に聞く話でしたから。

「問題は、バスの中なのよ!」

この話を職場で持ち出した時、筆頭部下のシャノンが声をひそめました。彼女の娘さんの学年で、マリファナを持ち込んでつかまった生徒がいたとのこと。

「それは完全にアウトでしょ。」

法に触れるような行為はおふざけの範囲を完全に超えている。その境目も分からないほどの愚か者は厳しく罰せられて然るべきだ、と私。シャノンがその時の状況を詳しく解説します。

「ディズニーランドの駐車場に麻薬犬を連れた警察官たちが待ち構えてて、生徒たちが降りる前に一斉検問よ。それでその子、卒業目前で退学処分。もちろん、入学予定だった大学にも行けなくなっちゃったんだって。」

う~ん、それってどうなのかな?もちろん薬物持ちこんだ奴に罪があるんだけど、わざわざおとぎの国を餌に生徒の気の緩みを誘っておいて入園寸前で御用、という学校側のやり口も性格悪過ぎる気がするぞ。だったら学校出発前に荷物検査しときゃいいじゃないか、と批判する私でした。

「俺はグラッドナイト、参加しなかったな。」

と、六十歳越えのベテラン社員、ビル。

「でも卒業間近の悪ふざけ、というのはあったよ。大勢で食料品店の裏から売れなくなった古い果物を大量に引き取って来て、いきなり教室で投げ合う、Fruit Fight(フルーツ・ファイト)という伝統のおふざけ行事。授業中、誰かの合図でいきなり全面戦争が始まるんだ。俺はリスクを取らないタイプで、それまでトラブルには一切近づかない模範生だったんだけど、熟しきったオレンジがコロコロ転がって来て俺の足元で止まった時、反射的に拾い上げてたんだな。身体が自然に動いて、今まさにそのオレンジを投げようと振りかぶった瞬間、誰かに右腕をがしっと掴まれた。振り向くと、そこにはスクール・ポリス。そのまま腕を引っ張られて校長室送りさ。厳しい顔でポリスが母親に電話するんだ。うちの子何をしでかしたんですか?とうろたえるおふくろに、その男が表情も変えずにこう言った。 “He was throwing fruit, ma’am!”(彼は果物を投げてたんですよ、奥さん!)おふくろはもちろん何のことだか全く理解出来ず、ポカ~ンだよ。その後自宅謹慎を命じられたんだけど、一週間後の卒業式前日に釈放されたから、結果オーライだったけどな。」

夕食の席でこのエピソードを紹介したところ、妻も息子も大爆笑。そんな悪ふざけならぎりぎりセーフだよね、と私。学校側の過剰反応だろ。教室掃除すりゃ済む話だもん…。

金曜の朝、隣のブリトニーにグラッドナイトの話をしたところ、

「私の学年、もう少しで企画中止になるところだったんですよ。」

前年の卒業生がやらかしたおふざけがいささか度を超していたため、わが校でグラッドナイトは金輪際実施すべきではない、いやそれは過剰反応だ、という議論がギリギリまで続いたとのこと。

「一体どんなおふざけだったの?」

と尋ねる私。するとブリトニー、クスクス笑ってこう答えたのでした。

「ディズニーランドへ向かってフリーウェイ走行中の団体バスの窓から、ひとりの生徒が並走してる車に向かって大きな紙を広げて見せたの。そこには、我々は誘拐されている、助けてくれって書いてあったのね。それでパトカーが何台もやって来てバスを止めて、高速道路は大渋滞。もう大騒ぎよ。」

う~ん。アウトかセーフかと問われれば、これはやっぱりアウトかな…。面白いけど。やっぱ警察沙汰は駄目だよね、と判定を下す私。

ちなみにブリトニーの初日の挨拶は、余裕でセーフですね。めちゃくちゃ可愛いかったので。

…これってやっぱり、オヤジ的発言でしょうか。


2019年5月5日日曜日

Finish other people’s sentences 人の発言を遮って下の句を言う


先週月曜から、新たなチームメンバーが加わりました。一昨年UCサンタバーバラを卒業したばかりの若手で、名前はジゼル。フィリピン出身です。屈託ない笑顔でこちらの目を見つめ、黒く大きな瞳を輝かせ何度も強く頷きながら話を聞くタイプ。初日の朝、総務のデビーから社員としての基本事項を講義された後、先輩社員カンチーの案内で社内を挨拶回り。その後私と会議室に入り、一時間ほど業務内容についての総括説明を受けます。

プロジェクトコントロールというのはデータ分析能力を駆使してPMを支える仕事ですが、私は何よりチームメンバー全員に、ハイレベルのホスピタリティを要求しています。PM達を、同僚であると同時に大切なクライアントと考え、彼等がそれぞれの専門分野で存分に実力を発揮出来るよう心を砕く。ホテルのコンシェルジュになぞらえるとPMは宿泊客であり、我々は彼等の快適な滞在のため、地図案内や郵送サービス、タクシーの手配、クリーニングから靴磨きまで細部に渡り誠心誠意尽くす。当然ながら会社の公式書類にそんな業務内容は記載されておらず、私が勝手に布教しているチームのモットーなのです。

心を込めたサービスには大抵温かい感謝の言葉が返って来るもので、うちのメンバーは日々やりがいを実感しています。チームが順調に成長を続けているのは、この「顧客第一」精神が深く浸透しているからだと自負していている私。新入社員のジゼルにも、初日からきちんと心構えを叩きこんでおこう、と熱を込めてくどくど語りました。

ミーティングを終え、給湯コーナーでマグカップにお茶を汲んだ時、ふと何か心に引っ掛かっているのに気付く私。暫し沈思の結果、さっきジゼルと交わした会話の中にその原因があることをようやく突き留めました。あれはちょっと気になるな。早目に釘を刺しておいた方がいいだろう。しかし初日にそんな指摘をされたらさすがに凹むかな…。マグカップを手にその場で十秒ぐらい考えた後、意を決して彼女の席に向かいました。

「ちょっといいかな。」

微かに緊張の色を滲ませて振り返るジゼル。言葉の選択に注意を払いつつ、こう告げる私。

「さっき会話してて、ちょっぴり気になったことがあるんだ。大事なことだから、今のうちに言っておくね。」

“Please resist the temptation to finish the other people’s sentences.”
「人の発言を遮って下の句を言いたくなっても我慢して。」

このFinish the other people’s sentences(相手の文章を終わらせる)という表現ですが、しっくり来る和訳に出くわしたことがありません。そもそも日本人には馴染みのない行動なのかな、とふと思ったのですが、よくよく考えると我が家では妻と息子にしょっちゅうこの仕打ちを受けている私。私の喋り方がゆっくりすぎて聞いているうちに段々イラついて来て、ついついお手付きしてしまう、ということなのかもしれません。

それはさておき、私のこの指摘にさっと顔を赤らめ、あからさまに動揺を見せるジゼル。

「あなたに同意してますよという姿勢を示したい気持ちは分かるけど、それは危険な癖だと思うよ。相手の話はなるべく遮らずに耳を傾けた方がいい。だって、満を持して出そうとしていたキメ台詞を最後の最後でかすめ取られる側の気持ちになってご覧。あるいは、意図してたのと違う言葉で下の句をすげ替えられちゃった人の気分はどう?どう考えてもこの行動は、百害あって一利なしでしょ。」

初日にこんな辛辣な忠告を受け、しゅんとしょげたり必死に言い訳したりとか、色んな対応が考えられる中、果たしてジゼル、少し口を開けて息を吸い込み、純粋な驚嘆と感心の表情を浮かべます。そして、

「全く自覚がありませんでした。これから気をつけます。ご指摘有難うございました。」

と、笑顔でお礼を言ったのです。

なんてすがすがしい対応なんだろう。この人を雇って正解だったな、と感動する私でした。

実はこの忠告、ちょっと前に17歳の息子に与えたのですが、この時は全く違う結果になりました。彼がいちいち私の話を遮って先を言おうとするので、

「あのさ、うまい表現が日本語で見つからないから英語で言うけどさ、」

と一旦区切ってから、

“Don’t finish.,,”

と私が言いかけた瞬間、

“the other people’s sentences!”

物凄い速さで下の句を奪い去った息子。あっけにとられて彼の得意顔を見つめていたら、三秒ほどしてようやく自分の過ちに気付いたようで、

「あ、ごめんなさい」

と言ってから大笑いしてました。

まだまだだな、君は…。