2018年2月11日日曜日

Group Dynamics グループ・ダイナミクス

先週月曜の昼1145分。オフィスのビル2階にあるオープンテラスへ出てみると、目も眩むほどの強烈な日差し。見上げると高層ビル群が、突き抜けるような青空の輪郭をギザギザに切り抜いています。パティオ・ルーフの下で日陰になったソファに深く腰掛け、大きめのサングラスをかけてくつろぐ部下のテイラー。近づいて行くと彼女が私に気付き、ニッコリ笑って足元の巨大なショッピングバッグを指さします。どうも有難う!と中を覗くと、透明プラスチックのパックにグリルド・チキンやらサラダやらがおさまって美しく重ねられています。彼女は、ブロードウェイ通りの「テンダーグリーンズ」で予め注文しておいたランチをピックアップし、早めに運び込んでおいてくれたのです。

食べ物や飲み物を手にパラパラと人影がテラスに現れて椅子が埋まり始めたので、手遅れになる前に、とテイラーと二人、四人掛けの正方形テーブルを二つ連ねて椅子を六脚周囲に巡らせ、グループ席を確保しました。あ、来た!とテイラーの指さす方を見ると、残りのメンバーが手を振りながら近づいて来ます。

そう、これは私の率いるプロジェクトコントロール・グループの、初の公式チーム・ランチ。私の左隣にアンドリューが着席、その正面がカンチー。彼等に挟まれた格好で角に座るのがテイラー。一方、私の正面にはシャノン、そして右隣のお誕生日席が、今回の主役であるティファニーです。

ご主人の転勤に伴いヴァージニアで暮らしていた彼女が、四年ぶりにサンディエゴに戻って来た。これを皆で歓迎しようということで、今回のランチを企画した私。総勢六名になったこの段階で、コミュニケーションを円滑にしておきたいな、と考えてのことでした。これまでのチーム・ミーティングでは、皆まるで寺小屋に集う塾生のように真剣な眼差しで私の話に聞き入り、こちらが自由討論を促すと、まずはお母さん的ポジションのシャノンが発言。その後、若いメンバーにも徐々にエンジンがかかって活発な議論が展開する、というパターンでした。それはそれで良いのですが、ちょっぴり物足りなくも感じていたのです。ここへ元気者のティファニ―が飛び込めば、グループ全体のエネルギー量がぐんとアップするのではないか、という目論見がありました。

「私もう、嬉しくって嬉しくって仕方ないの!」

と、いきなりハイテンションのティファニー。ヴァージニアの蒸し暑い夏や厳しい冬から逃れ、ようやくパラダイスに戻って来た。あっちじゃ苦難の連続だった。近辺に親戚も知り合いもおらず、旦那は遠洋航海で何か月も不在。そんな中での出産は本当に辛かった。今回の引っ越しはRVを借りての大陸横断ドライブ旅行だったが、前半は豪雪や大雨に何度も足止めを食らった。年間を通じて温暖なサンディエゴの良さをあらためて実感した。やっぱりここが最高!と一気にまくしたてます。

「私の得意技は、オフィスのデコレーションなの。もうすぐバレンタインでしょ。うちのグループの席を全部、ハートで飾るから覚悟しててね!私さっそく、ファン・コミッティー(Fun Committee)に参加することに決めたわ。」

ファン・コミッティー(お楽しみ委員会)というのは、社内の親睦イベントを企画・運営するボランティア・グループです。

「ヴァージニアに移る前も私、ファン・コミッティーでガンガン活動してたのよ。」

気が付けば、かれこれ十分くらいティファニーの独壇場が続いています。これはいかん、と割って入る私。

「あ、そういえば、テイラーもファン・コミッティーに入りたかったんだよね。」

若いテイラーに発言を促すと、頷きながら口を開きかけます。しかしここで素早くティファニーが、大声でかぶせて来ます。

「いいじゃない!一緒にやろう!すっごく楽しいわよ!

勢いに呑まれたようにぐっと口をつぐむテイラーに構わず、ハイスピードで喋りつづけるティファニー。暫くして、話題は彼女の出産時の騒動に変わりました。

「エピデューラル(硬膜外麻酔)を打たれた時は、右半身だけ効いて、左半身は痛いままだったの。でもそのまま耐えちゃったのよ。お産の後トイレに行こうとしたら医者から止められたんだけど、どうしても我慢できなくて、まるで負傷兵みたいに片足引きずりながら廊下を進んだのよ!」

出産にまつわる苦痛に満ちた数々のエピソードを、淀みなくハイピッチで語り続けるティファニー。「私、きっとこのことだけで本が一冊書けるわ!」まるで、箱から取り出した人形がいきなり高速でシンバルをジャカスカ叩き始めたようで、止めるすべも分からず、ただただ見守るばかりの我々でした。う~ん、こういう展開は予期してなかったぞ。饒舌キャラであることは重々分かっていたのですが、グループに入れた時にどうなるかは未知数だったのです。

と、その時、

「私は息子の時が滅茶苦茶大変だったわ。丸二日、猛烈な痛みで苦しみ続けたもの。」

と、出産エピソードの舞台に駆け上がって来たのがシャノンでした。えっ?この段階で参戦すんの?そろそろ止めに入うかと考えてたのに…。

「娘のジュリアの時も同じ目にあうかと思って覚悟してたら、予想外のスピードでスポッと生まれちゃったの。ほんとに出産の大変さって予測不可能で、対策の立てようが無いわよね。」

「私はもう二度とあんな辛い経験はイヤよ。二人目は絶対無いわね。」

と首を何度も横に振るティファニー。

「おいおい二人とも、独身の若者たちをビビらせないでくれよ。」

と再び割って入る私。カンチーとテイラーの方を振り返ると、二人怯えたような表情で笑っています。しかしここでティファニーが、

「でもどんなに大変でも、やっぱり子供は可愛いからねえ!」

とシャノンに同調を求めます。これに応えてシャノンはさらにお産話を引っ張り、若い部下たちはただただじっと黙って聞くばかり。う~ん、これじゃあ折角のチーム・ランチが、単なる「先輩ママたちの話を聞く会」になっちまう。こういうのじゃないんだよな、僕が思い描いてたのは…。

まるでビーカーの透明溶液に試験管から新しい薬剤を注いだ途端、激しい化学反応がスタートして全体がピンクに染まり、モクモクと煙が立ち上ったような格好。このまま連鎖反応が進めば、収拾つかなくなるかも…。

「そうだ、バレンタインデーって、オフィスで何かイベントがあるんだよね。」

と思い切って話題を切り替えてみる私。

「ベーキング・コンテストがあるわ。」

と、これにテイラーとカンチーが反応します。そう、毎年2月14日は、腕に覚えのある社員達が自作のクッキーを持ち込んで品評会にかける催しがあるのです。

「そうだ、アンドリューは趣味でクッキー焼くんだよね。今年は出品する予定?」

と、左隣の若者にキラーパスを送る私。彼はつい最近、自作のレーズン・クッキーをどっさり持って来て我々に振る舞い、お菓子作りの実力を知らしめたのです。そんな彼から何か「ベーキング面白話」でも披露してもらえるだろう、と踏んでのことでした。ところがこのパスに咄嗟に反応できず、さっと顔を赤らめるアンドリュー。

「いや、まだ決めてないんですよ。ハートの形とかがちょっと…。」

「あたし、ハートの焼き型いっぱい持ってるわよ!まだ引っ越し荷物の段ボールに入ってるから急いで出さなきゃいけないけど、大きさも色々あってすっごく可愛くて、去年作った時はね...。」

再び右隣から猛烈な勢いで飛び込んで来た、ティファニーの甲高い声。まるで新人選手に反則すれすれの強烈タックルを食らわせて来た中堅。もちろんアンドリューは、あっけに取られて喋るのを止めてしまいます。

この時点で正直、かなりイラついて来ていた私。何とか皆に喋らせようとしてるのに、その度にいちいち主導権を奪い取って行くティファニー。悪気は無いんだろうけど、あまりよろしくないぞ。いくら歓迎会の意味合いが強いとはいえ、これはチームのミーティングなんだから。

それから私は、何とか出席者全員に話す機会を公平に分配しようと、バラエティ番組のMCさながらの仕切りを始めました。そんなこちらの意図に気付く様子もなく、ハイテンションで話題泥棒を続けるティファニー。ヤバいぞ、彼女の独走を止めなくちゃ、とトークにいちいち水を差し始めた私。

「君のエネルギー・レベルは本当にすごいね。」

「今朝は何食べて来たの?」

そんな意地悪な茶々が耳に入る気配も無く、上機嫌で突っ走る彼女。その時、誰かに左肩をつんつんとつつかれます。振り向くと、アンドリューが顔を近づけて私の耳元でこう囁いたのでした。

“Just listen.”
「まあ聞きましょう。」

その意図をしっかり汲んだ上で、上司の弄するつまらぬ小細工を諫めにかかった若者の冷静さに、ちょっぴり感動した私。よくよくテイラーとカンチーを見ると、二人とも素直にティファニーの話に耳を傾けています。そうか、みんなこれでオッケーなんだ。大人げなく振る舞っていたのは僕だけで、若者たちはちゃんと対応しているじゃないか。…とんだ取り越し苦労でした。

うちのチームは大丈夫そうです。


7 件のコメント:

  1. このセリフを引用したかったのかな?(笑
    http://blog.livedoor.jp/inoken_the_world/archives/51984742.html

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  2. 一人の転校生が、学校ばかりか地域社会を一変させてしまう…。ゾッとするよね~。

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  3. ああ、そっちの意味だったのね。
    てっきり「まだ間に合う、シンスケ組に入るんだ!」というメッセージかと思ったヨ(笑

    ビートたけしが戦メリの話をするときに、映画チームとしての「大島組」をカンヌとかでは「オオシマ・ギャング」って呼んでいたような話をしていたが、そういう言い回しって米国でも存在するの? 
    [シンスケ・ギャング]・・・なんか、WWEでのブームと相まって流行りそうな予感。

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  4. そういえば、電話会議なんかしてる時、「ヘイ、ギャング!」と参加者たちに呼び掛けたりすることはあるね。
    「シンスケ組」、なんか迫力に欠けるなあ。ジ・アンダーテイカーでも誘い入れるか…。

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  5. そういえば、チーム・ニンジャはその後どうなったの?

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    1. スリーパー・セルとして「その時」を待っております。

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  6. あら、こんな論争が起こってたのね。
    https://news.yahoo.co.jp/byline/furuyatsunehira/20180218-00081740/

    一般の米国市民は”sleeper cell"って聞いてすぐにピンとくるのかね?

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