2017年1月29日日曜日

Groundhog Day グラウンドホッグ・デイ

間もなく2月です。我が社の新PMツール全米使用開始まであと半月。この一週間はオレンジ支社へ出張してエンドユーザーのトレーニングに時間を費やしました。アカウンタントのアンドレアとペアを組み、朝8時から夕方5時半まで教え続ける毎日。トレーニングは四つのモジュールに分かれており、それぞれ二時間、30分の休憩を挟んで行います。受講者は都合の良い時間帯を選んでモジュール1から4まで順に受けて行く。一週間のスケジュールがこれです。

月曜  1,2,1,2
火曜 3,4,3,4
水曜 1,2,1,2
木曜 3,4,3,4
金曜 1,2,3,4

一月九日の週を皮切りに四週間、各支社で繰り広げられているこのトレーニング。講師の数が少ないため、各員が支社間を飛び回って幾週も教える運びとなりました。部下のシャノンはパートナーを変えつつ、第一週にサンディエゴ支社、第二週はオレンジ、そして第三週は再びサンディエゴで教えるという、過酷な巡業。今週私の相方を務めたアンドレアは、先週シャノンと二人で同じことを繰り返したばかり。同じ週に全く同じモジュールを5回ずつ教えるため、途中で頭がクラクラして来る、と言います。

「ようこそエンドユーザートレーニングへ。今回講師を務めるのはサンディエゴ支社から来た私シンスケとアンドレアです。それではまず、…。」

受講する社員は入れ替わるのですが、講義内容は全く同じ。喋る対象や道筋をクラスによって変えることは御法度なのです。限られた時間内に本社から提供されたスライドを順番通りに進めなければならないため、オフザケもほとんど無し。トレーニング慣れしている私ですが、構成に自分のテイストが盛り込めないという今回の縛りには結構苦しみました。総合格闘技の選手がK-1ルールでフルラウンド闘うようなものですね。

実際、早くも初日の晩には飽き飽きしていた私。相棒のアンドレアに告白すると、彼女も同じ感想を述べた後、こう言いました。

“It’s Groundhog Day!”
「まるでグラウンドホッグ・デイよ!」

グラウンドホッグというのは、俗にウッドチャックと呼ばれる巨大なリス。2月2日の「グラウンドホッグ・デイ」にフィラデルフィア州パンクサトーニー(Punxsutawney)で開かれるイベントでは、フィルという名のグランドホッグが主役。檻から出されたフィルに、イベント司会者が耳を傾ける。フィルが「自分の影が見えるよ」と囁けば、冬の終わりは遠い。「影は見えない」と言えば春は目の前、という公開占いみたいなイベントなのですね。

「まるでグラウンドホッグ・デイみたい!」というのは、ビル・マレー主演のコメディー映画が元になった表現です。2月2日にパンクサトーニーへ取材に出かけた自惚れ屋のテレビ・レポーター、フィルが、吹雪のために街から出られなくなる。翌朝ホテルで目覚めると、前日と全く同じ出来事が繰り返される。同じ人が同じタイミング、同じフレーズで話しかけて来る。そして日付が前日と変わっていないことを知る。それ以降、毎日どんなにあがいても翌朝になるとやっぱり2月2日に戻っているので、頭がおかしくなってくる。しかし途中で、「だったら好き放題暴れてやれ」と無茶をしたり、前から好きだったレポーター仲間の女性リタを落とそうと無理にアタックして振られたり、と色々もがいているうち、段々と自分自身の生き方を見つめ直すことになる。

映画の後半、それまでエゴの塊で皮肉屋だったフィルが、他人を思いやることの大切さに気付き、次第に周囲と調和して行きます。すると全てがうまく回り始め、リタの方から彼に近づいて来る…。フィルの発言内容や態度にも余裕が出て来て、途中こんな会話まで…。

リタ “Do you ever have déjà vu?”
      「デジャ・ブを経験したことってある?」

フィル “Didn’t you just ask me that?”
      「さっき同じことを僕に聞かなかった?」

ルーティーンの繰り返しから何とか脱しようと闇雲にもがいた挙句、「今この時を幸せに生きよう、出会う人々を心から愛そう」という境地に達したフィル。その瞬間、彼を取り巻く世界に大きな変化が…。

無理のある設定なのに不思議に納得してしまえる、よく出来たプロット。「アメリカ人なら誰でも知ってる」レベルの人気作品です。この映画が有名になってからというもの、「何度も繰り返されるイベントや日々」を指して「グラウンドホッグ・デイみたい」という表現が使われるようになったのですね。

この週末、たっぷりと英気を養った私。月曜にはオレンジ支社に戻り、別のパートナーと再び5日間のトレーニングを展開します。また同じ内容を5回ずつ!う~む。やっぱりちょっと気が重いぞ。

最終日にはフィルのような境地に達していると良いのですが…。


2017年1月20日金曜日

キャッシュ!

超大型新規プロジェクトのサポートを頼まれ、一昨日は財務分析に時間を費やしました。規模が規模なので、お偉方の注目が集まります。このプロジェクトの失策が支社の屋台骨を揺るがす可能性もあるのですから、慎重に取り組まなければいけません。昨日は上層部がぞろぞろとウェブ会議に集まって、私の計算結果をレビューしました。最大の関心の的はキャッシュフロー計画。組織にとってキャッシュフローは血流だ、というのはビジネス・スクール時代に何度も聞かされた話です。血が止まったら肉体は活動を停止するしかない、と。

さて土曜の夜6時過ぎ、久しぶりにChipotle(チポトレ)というブリトーの美味しいメキシカン・ファストフード店へ立ち寄りました。週末の晩飯時だというのに、50人は収まろうかという広い店内に客は二人くらい。ちょっと前までは常に活況、長蛇の列。週一くらいのペースで通うほどお気に入りのチェーン店でした。気が付けば、最近はこんな風に閑古鳥の鳴く様子をよく目撃します。

帰宅後に調べたところ、チポトレは2015年にE.coliウィルス感染事件を起こし、数十人の患者を出したのだそうです。以降経営が厳しく、従業員の賃金が上げられないため質の良い働き手がどんどん店を去っている。劇的に悪化した接客サービスを一度でも経験した客を呼び戻すのは困難で、去年は創設以来の株価下落を経験したのだとか。コストカットすればサービスレベルが低下し、それが更なる経営悪化を煽る。まさに負のスパイラル。

そんなこととは露知らず、一体どうしちゃったんだろう?と怪訝に思いつつ入店した私。調理済み食材を並べたショーケースを挟んで、若い女性店員が二人立っています。黒人女性の方は背を向けてしきりに何か片付けている。ラテン系の若い白人女性は、鼻に大きなリングピアス。つまらなそうに下を向いています。微妙な動きながら、奥歯で静かにガムを噛んでいる様子が見て取れます。レジのポジションはからっぽ。繁忙極める時間帯のはずなのに、奥のキッチンは綺麗に片付いていて、調理スタッフもいません。

私が近づくと、鼻ピアスの女性が顔を上げます。

「チキン・ファヒータ・サラダを持ち帰りで。」

と言うと、面倒くさそうに容器を手に取りレタスを盛ります。そして過去に何度も繰り返して来たであろう紋切型の質問を、機械的に発します。

「ここで食べます?それとも持ち帰り?」

「あ、持ち帰りで。」

「ブラック・ビーン?それともピント・ビーン?」

「いえ、豆は結構です。」

「肉はポーク、ビーフ、それともチキン?」

「あの、だからチキンサラダを…。」

冒頭で結構歯切れよく注文を告げたはずなのですが、全く耳に入っていなかったようです。

「他に何入れます?」

「ファヒータを。」

プライベートで何かムカつく事件があったのかもしれないし、ご機嫌斜めなのは明らかなのですが、職場でここまであからさまにしちゃいかんでしょ。アメリカに来てから16年余、こういう低レベルの接客サービスというのはいやというほど見て来ましたが、ずっと好きだったお店だけに、残念でした。

「サルサはホット?マイルド?」

「マイルドでお願いします。」

すると彼女は藪から棒に、まるで周りに当たり散らすかのような大声になり、

「キャ~ッシュ?」

と叫びました。うわあ、なんか訳分からんが、突然怒り始めたぞ。ちょっと前にキャッシュで支払った客の中に、嫌な人でもいたのかな?慌てて財布からクレジット・カードを取り出し、

「いえ、カードで払います。」

と差し出す私。すると一瞬の間をあけ、鼻ピアス女性が私の目を見て言いました。

「彼を呼んだだけよ。」

指さす方向を見ると、厨房の奥から若い黒人男性が現れ、足早にレジへと向かいます。あ、この人の名前がキャッシュだったのね。早くレジ打ちに来てよ、という意図で大声出して呼んだ、というわけか。

「カードで払えますよ。」

くすりと笑う、鼻ピアス。

キャッシュが滞ると経営が大変、というお話でした。


2017年1月14日土曜日

Gotta love it! 最高!

妻が秋口からずっと患っていた右肩の痛みが悪化の一途を辿っていて、右腕がほとんど使えない、横になって眠れない、車の運転なんてとんでもない、という状態。診断は、「腱板断裂」。治療には暫くかかりそうで、病院や買い物へ行くのにお友達の助けを借りることが増えています。彼女は過去数年、地元の大学で日本語コースのTA(ティーチング・アシスタント)を続けていたのですが、今シーズンは断念。数年前までこのバイトの上司みたいな存在だった先生(既に引退されている)が近所に住んでいて、彼女にも運転手を頼むことになりました。

一昨日、その先生とメールのやり取りをしていた妻が、さも感心したという面持ちで私に言いました。先生の家には車が二台あり、乗り降りの楽そうな方で迎えに来て下さるとおっしゃっている。車種の説明をされたがその分野に詳しくないので分からず、ドアの開け閉めが軽く出来る方でお願いします、と答えた。車の扉の重量など考えたことも無かった先生は、暫く戸惑った挙句、こう返事を書いて来られた、と。

「適当に見つくろって行きます。」

日本語教師としての経験豊富な先生ならではのユーモラスな表現。妻と二人でクスクス笑ったのですが、彼女がふとこう言ったのです。

「これ、日本語を勉強してる外国人が読んだら、どう解釈していいのか悩むわよね。」

見つくろって行きます、などという折り目正しいフレーズを微妙にひねって使った先生のセンスにただただ感心していた私は、妻の言葉でハッと我に返りました。

そうなんです。私も英語を学ぶ外国人として、相手の高度な言葉遊びについて行けず、茫然と立ちすくむ場面にたびたび置かれるのです。先週も、こんなことがありました。

現在、本社副社長のパットを中心に、プロジェクト・コントロール部門の全社的立ち上げが進められています。職務の明文化、キャリアパスの確立、肩書の統一、トレーニング・プログラムの充実などなど、課題は山積です。私はパットと月二回くらい連絡を取り合い、意見交換をしている仲。しかしややこしいことに、私の所属する南カリフォルニア地域を仕切っているR氏は、本社の方針に従おうとせず、彼独自のやり方でどんどん仕事を進めています。パットとR氏は何度か話し合ったのですが、未だに和解点を見出せていない様子。年明け早々、R氏の腹心の部下であるステファンが送信したメールに、私の手が止まります。R氏の指示で作成中だという「プロジェクト・コントロール部門のキャリアパス・モデル」を図解して複数の人に送ったものなのですが、どう見ても本社とすり合わせたとは思えません。即座にこれをパットへ転送する私。数秒後、コンピュータ・モニター上に彼女のテキスト・メッセージが現れます。その第一声が、これ。

“gotta love it...!”

ん?なんだこれ?高速で脳を回転させ、文章を丁寧に解きほぐしながら分析を試みる私。

“Gotta love it!”
“You’ve got to love it!”
“You have got to love it!”
“You must love it!”
「あなたもきっと気に入るわ!」

う~ん、ここまで解析しても皆目見当がつかない…。

一分近く考えたけど、沈黙を続けるのも失礼なので、とりあえず返事を書きました。

“Happy New Year!”

するとすかさず、

“lol”

とパット。え?なんで?ウケてるぞ…?

LOLというのは、Laugh Out Loud の略で、「爆笑」という意味ですね。

「あなたもきっと気に入るわ。」
「明けましておめでとう!」
「爆笑」

全くもって理解に苦しむやりとりですが、パットの方はそこそこ楽しんでいる様子。後でシャノンやディックに説明してもらったところ、どうやらパットはひねった表現を使ったようなのです。

“Gotta love it!”
「あたたもきっと気に入るわ。」

という言葉の裏には、

「最高!実に傑作で、自分はいたく気に入っている。」

という前提がある。しかし文脈によっては皮肉に使われるフレーズでもあり、

「出たよ。やってくれるよ。ったく、頭に来るぜ。」

という意味にもなる、というのです。つまりパットと私の会話は、こう訳せますね。

“gotta love it…!”
「やらかしてくれちゃったわね…!」

“Happy New Year!”
「明けましておめでとう!」

“lol”
「爆笑」

新年早々、英語上級者への道のりの長さを思い知らされたのでした。


2017年1月8日日曜日

Damn the torpedoes! 構わず突っ込め!

年が明けました。年末年始に悪い風邪が蔓延したようで、職場はまだ人影まばら。やつれ切った顔で出勤したカンチーが「まだ本調子じゃない」と言いながら咳込むので、「今すぐ帰りなさい」と追い返しました。そんな体調で良い仕事が出来るわけないだろ、百パーセントまで充電してから出直すように、と厳しくたしなめます。「辛いけど精一杯頑張ってますよ」というアピールは本人にとって気持ちいいかもしれないけど、大抵は病気が長引いたり仕事にミスが多発したりして、ろくなことにならないものです。冷静にリスクを管理すべし!

そんな中、いきなり全速航行状態の私。来月いよいよ全米で使用開始するPMツール。そのエンドユーザートレーニングが来週から全支社で一斉展開するので、その準備におおわらわなのです。

さらに火曜の朝、建設部門のPMキースが疲れた表情でやって来ました。二週間後に迫ったプロジェクトの再始動を前に会社としての進退を決めなければならず、一刻の猶予も許されない。この難局を切り抜けるには君の助けが必要なんだ、とあらためて訴えます。大赤字の見込みを知らされて一斉にそっぽを向く南カリフォルニア地域の上層部。クライアントを怒らせるわけにはいかないので何とか続ける方策を絞り出せ、と迫る全米レベルの副社長たち。そんなまとまりのない意思決定者たちを、総員納得させるための書類づくりに追われるキース。データの積み上げや分析は私の得意分野なので助けたいのは山々なのですが、こちらも限界ギリギリの出力で航行しているのです。なかなか痺れる展開。その時キースが、こんなセリフを口走りました。

“Damn the torpedoes!”

直訳すれば、

「くそったれ魚雷砲!

ですが、何のことやら分かりません。彼との会話を終えた後、トイレに立ったついでに同僚ディックを訪ねます。

「ああ、それは歴史の一場面で使われたセリフだと思うよ。」

そう、これは南北戦争の海戦中、David Farrugut(デイヴィッド・ファラガット)という艦長が発した名言らしいのです。

「リスクに構わず突き進め、という意味だね。」

本当に言ったかどうかはともかく、現在に伝わる全文は、こんなのだそうです。

“Damn the torpedoes, full speed ahead!”
「くそったれ魚雷砲、全速前進!」

Torpedo(トルピード)とは魚雷のこと。魚雷にやられる心配をする乗組員の忠告に、そんなこと構うな、突き進め!と指示し、結局この戦いに勝った、というエピソードが元だとのこと。ふ~ん、そうなの、と一旦納得したものの、南北戦争時代に魚雷なんてあったのかな?という疑問が浮上します。ちょっと調べたところ、torpedoというのはかつて地雷や機雷(Naval Mines)の呼称だったようで、やはりこの時代に今でいう「魚雷」は存在しなかったようです。そんなわけで、デイヴィッド館長のセリフはこう訳すのが正しいでしょう。

“Damn the torpedoes, full speed ahead!”
「機雷がどうした、突っ込め!」

前方の海中に機雷が多数仕掛けられている可能性はあるが、構わず進め、という指示。疲労困憊状態のキースは、討ち死に覚悟で不完全な文書を上層部に投げ込もうかと思っていたわけですね。おいおい、そこまで破れかぶれになっちゃ駄目だろ、と慌てて彼のサポートを最優先する私。数時間後、彼の書類中に重大なミスを発見!あらためて積算し直したところ、これなら何とか機雷に触れずに和解点へ辿り着けそうだ、という見通しが立ちました。

「どんなに高くてもいい、好きな食べ物ご馳走するよ!」

と顔をほころばせるキース。

威勢よく突っ込まなくてホントに良かった、というお話でした。