昨日の昼前、一週間の出張から戻りました。空港前の車寄せで拾ってくれた妻に「どうだった?」と尋ねられ、「正直、今回は結構キツかった」と答えました。
テキサス州ダラス支社6階にある、窓の無い重役用会議室。コの字型大テーブルに20人の社員が着席し、月曜から金曜までみっちりとトレーニングを受けました。本社から8名、残り12名は北米9地域(Region)を代表しての出席。カナダから2名、ニューヨークから3名、残り7地域からはそれぞれ一名ずつが参加。私は、南カリフォルニア・ハワイ・グアム地域の代表です。全員が同じホテルに泊まり、オフィスとの間はシャトルバスで行き来するため、実質的に缶詰状態の一週間でした。
新しいPMプログラムの北米一斉使用開始が来年2月に予定されているため、今後数カ月で約九千人の社員に対するトレーニングを終えなければなりません。そのためにはまず、百名前後のトレーナーを早急に育成する必要がある。今回の出張は、そういうトレーナーの養成を担当する「スーパートレーナー」を育てるためのトレーニングだったのです。参加者のほとんどは講師経験豊富で、肩書も副社長クラス。年齢は私と同じくらいですが、幾分若いメンバーもちらほら。ペーペーのアジア人は私一人です。各地域を代表しているのだから凄腕ぞろいなのは当然ですが、このアウェイ感はさすがにキツイ。今回私を苦しめた最大のポイントが、参加者たちのユーモア・レベル。講師側も受講側も、絶え間なくジョークを飛ばしながらトレーニングが進行して行きます。その騒々しさは、スタンドアップ・コメディーの舞台と観客席さながら。インストラクションを聞き取ってメモするのに精一杯の私は、時々皆の大笑いに付き合いながらも、その余裕綽々な態度に圧倒されっぱなしでした。
三日目の午後、インストラクターのジョシュが、「悪い講師の例」としてビデオクリップを流しました。高校の社会科教師が単調な声で授業を続けるのを、生徒がどんよりした目で見ている、というシーン。後で聞いたら、「フェリスはある朝突然に(Ferris Bueller’s Day Off)」という「アメリカ人なら誰でも知ってる」クラシック・コメディ映画の一場面だったのですが、ここで教師が繰り返す、
「Anyone?(分かる人?)」というセリフに、全員揃って大笑い。
“Today, we have a similar
debate over this. Anyone know what this is?
「昨今でも似たような議論があるが、これ分かる人?」
無反応で宙を見つめ続ける生徒たち。男性教師はこれに全く構わず、自分でさっさと答を言ってしまって先へ進みます。そしてすぐにまた、「Anyone?」と問いかける。
大笑いしながらも、こういう「アメリカ人の常識」を知らないと心から笑えないんだよなあ、と悔しい思いを噛みしめます。きっと最近日本で働き始めたアメリカ人達も、「誰でも知ってるギャグ」に反応出来ず、同じように戸惑っていることでしょう。
水曜日の夜は参加者全員でディナー。地元レストランの屋根付きパティオに20人が集合し、親交を深めます。私の右隣に座ったブランドンは、フランシスコ・フィリオと昔のジョージ・クルーニーとを合体したような、精悍で甘いルックス。彼は、リビア、サウジアラビア、カナダ、と様々な地域のプロジェクトで活躍し、今はニューヨークで要職に就いている若きスター社員。リビアでは、カダフィ大佐の死の後の大混乱でプロジェクトが打ち切りになり、命からがらヨーロッパに脱出したそうです。
私の向かいの席に座っていたワシントンDCのフィルは、ヴァンダレイ・シウバとエメーリヤエンコ・ヒョードルの合成みたいなコワモテ男。耳の下がすぐ肩、という偉丈夫ですが、リスク・マネジメント分野では社内屈指の専門家。数年前までは原子力潜水艦の乗組員だったと言います。
「最長でどのくらい潜航してたの?」
と問いかけるブランドンに、無表情で「70日」と答えるフィル。それほどの長期間外に出られなかったら、精神に異常を来すんじゃないか、という皆の質問に、
「そもそも適性テストにパスした人間しか勤務出来ないから」
と事も無げに応えるフィル。だからと言って、全員が平常ではいられないでしょ、と食い下がる我々に、
「そういえば一度指揮官が、退屈で死にそうな乗組員たちの集中力を取り戻すために、こういうチャレンジを投げかけたよ。」
と話し始めました。司令部の誰にも気づかれることなく、しかも潜水艦の航行に支障を来たすことなく原子炉を完全停止させ、再び稼働させることは可能なのか分析せよ。というお題。スタートの合図で皆一斉に計算を始めたとのこと。結果、それが可能であることを見事に証明してみせたフィルが優勝をかっさらったのだと。
「それで何時間潰せたの?」
と尋ねるブランドンに、クスリとも笑わずフィルが答えます。
「二時間。」
こんな調子で他の参加者のバックグラウンドを知れば知るほど、じわじわと気圧されて行く私。それなりに武者修行を積んで来たつもりの私でしたが、世の中にはびっくりするような猛者が山ほどいるのです。HERO’Sのリングに初めて上がった時の「闘うフリーター」所英男も、きっとこんな心境だったことでしょう(知らないけど)。
さて金曜日の午後はトレーニングの総括として、各員前に出て5分間ずつ疑似トレーニングをせよ、というお題を出されました。どのモジュールでも好きに選んで良しとのこと。後半でプレッシャーに押しつぶされる事態はどうしても避けたかった私は、ハイハイ!と激しく手を挙げて二番手をゲット。WBSとスケジュールを題材に選びました。ツールの標準設定の揚げ足を取り、
「カレンダー設定は世界共通になっているので、土日も祝日も考慮されていません。やろうと思えば、社員を無休で働かせ続けるようなスケジュールを組むことも可能なのです。」
と、無難に「ややウケ」を得て席に戻ります。振り返ってみると、この判断は正解でした。私の後にプレゼンした人たちは、皆どっかんどっかんと笑いを獲って行きます。本社のベッキーは「娘の結婚式プロジェクト」の予算を作り、コンティンジェンシーの大きさで爆笑ゲット。一番の伏兵だったのは、フィラデルフィアから来たベテランのティム。常に冷静沈着、インテリの権化ともいうべき風貌の彼は、最後の最後に登壇したのですが、
“Anyone? Anyone?”
という二日前のネタを再利用して見事に大爆笑をかっさらって行きました。あぶねえあぶねえ、この人の後だったら最悪だったぜ~!と胸をなでおろす私。
私の報告を全て聞き終えた妻が、不思議そうにこう尋ねました。
「なんか、どれだけ笑いが獲れるかっていう話ばっかりだけど、そういう趣旨だったの?」
…う~ん、違うな。
でもこれって、更なる高みを目指す英語学習者の私には、とっても大事な関門なのだと思うのです。十月中旬にはメンバーが再集合してリハーサルが行われる予定なので、それまでにきっちりと「笑いを取り入れた」トレーニングを練り上げ、北米チャンピオンを目指そうと思います。