2020年9月13日日曜日

嘘とストレス

 先週月曜日のことでした。


「来月の組織改編について、何か新しい情報入ってる?今度の水曜日に定例電話会議でチームの皆と話すから、我々がどの部門におさまることになりそうか、事前に知っておきたいんだ。」

とジェームスにメールを送ったところ、五時過ぎに彼から電話がかかって来ました。

「ちょうど連絡取ろうと思ってたところだったんだよ。」

ジェームスというのは、環境部門北米西部エリアのオペレーションを統括しているエリート社員です。三年ほど前に転職して来て、短期間に重要ポストを歴任。去年までは南カリフォルニアが担当範囲だったのに、今年から西海岸全域に(アラスカまで)守備範囲を広げました。それまで彼と横並びで北半分を所管していたカレンは押し出される格好になり、二月に立ち上がったプロジェクトコントロール部門とその他共通部門を束ねるポジションにおさまりました。カレンにしてみればあからさまな格下げで、きっと面白くはなかったでしょう。でもプロジェクトコントロールの人員をひとつに束ねようという動きは、それまで明確な組織的認知を受けて来なかった我々にとって、歴史的な決定でした。この新生チーム立ち上げから八ヶ月、その成果は誰の目にも明らかでした。しかしまたしても巨大な組織改編の荒波に襲われ、バラバラに解体されて元の木阿弥になるのではないか、とチームメンバー達から不安の声が漏れていたのです。

「大丈夫。シンスケのチームはほぼ現状通り維持されることになった。」

とジェームス。ひとまず安心です。

北米環境部門では、これまで五つの地理的エリアに分けて運営していたのを、十月から三つの部門(IRE)に再編成することになったのですが、私のチームはI部門に落ち着くことになった、とジェームス。彼自身はE部門で今の仕事を続けるとのこと。

「カレンはどうなるの?」

と私。ボスともども同じ部署に異動が決まればラッキーだな、と思っていたのです。ほんの一瞬、電話の向こうで微かな怯みを見せたジェームスですが、

「彼女はVSP申請が承認されたよ。」

と答えました。VSPとはVoluntary Separation Programの略で、自ら手を上げれば通常よりやや手厚い退職手当が支払われますよ、という「自主退社プログラム」です。

「苦労をともにしてきた仲間だから、本当に残念なんだけど…。」

そうか、カレンは遂に引退する決意を固めたのか。前回電話で喋った時はそんな意思を匂わせもしなかったけど、何か思うところがあったんだろうな…。

そんなわけでチームの存続は確認されたものの、誰の下につくことになるのかまでは未定とのこと。一、二週間の内には詳細が決まるだろう、と説明するジェームスでした。

電話を切った後、さっそくカレンに翌日早朝の電話会議予約のメールを送りました。

「昨日の晩ジェームスと話したんだけど、一応本人の口からも聞いておきたいと思って。」

と開口一番切り出すと、ため息まじりの笑い声で、

「私も昨日初めて知ったのよ。」

と返すカレン。

「え?どういうこと?」

と当惑する私に、

「どんな風に知らされたか聞きたい?」

と畳み掛けます。

「オフィスの月極パーキングの契約期限切れを知らせるメールが届いたの。更新手続きの方法を調べようと人事総務部に問い合わせたら、すごく言いづらそうに、契約延長はしないほうがいいって言うの。で、しつこく理由を尋ねてみたら、あなたは間もなく退職する予定だからって。はあっ?でしょ。」

乾いた笑い。

「で、退職予定日ってのがまた気が利いてるのよ。」

この日付については前日にジェームスから知らされていたのですが、敢えて黙っていました。

9.11(ナイン・イレブン)ですって。どうよこれ?」

確かにそれは随分dark sense of humor(陰気なユーモア・センス)だね、と何とか反応する私。彼女が自主的に退職を決めたわけではないばかりか、こうなることを予測もしていなかった、という事実に衝撃を受けていたのです。彼女の上司のリックも、それからロングビーチ支社のリーダーであるウィルも、皆同じ処遇のようだとカレン。五つの組織を三つに減らすのだから、単純計算すれば副社長クラスの四割が職にあぶれて当然です。それを「自主退社希望者募集」という名目で穏便に処理しようと試みたものの期待通りに進まなかったため、なりふり構っていられなくなった会社側が勝手に自主退社者を選出する、という強硬策に出たのでしょう。

「あなたのチームは安泰よ。それは本当にいいニュースで、ほっとしてるの。」

とポジティブなコメントをつけ加えた後、でもやっぱりね、とカレン。

32年もこの会社でやって来たのよ。32年よ。」

長年に渡る貢献のお返しがこの仕打ちか、という無念さが伝わります。今回の組織改編はコロナが原因ではなく、数年前に策定された長期戦略に則った決定なのだ、という説明は部門のトップから度々説明されていました。でも本当にそうなのか?

確実に言えるのは、「誰かが嘘をついている」ということでしょう。

不都合な目に合う社員に対する気遣い、対外的イメージの維持。理由は何であれ、真実が語られていないのは確かです。滅茶苦茶だった西海岸北部地域の経営を立て直したエピソードを語ろうと試みたカレンが声を詰まらせて数秒間会話が止まった時、あまりの居心地悪さに電話を置きたくなりました。

さて、水曜の昼前。どんよりした気分を振り払い、マイクロソフト・ティームズを使ってメンバーたちとビデオ会議です。

「あのさ、前回のセッションで、これからはみな顔を見せながら話そうって言ったよね。」

と私。カラフルな風船の画像を背景にライブで姿を見せているのが私だけだったので、カメラをオンにするようやんわりと促します。

「ええ?そうだっけ?無理無理。今は絶対無理。」

と女性陣が一斉に抵抗します。

「まあいいけど、次回からはそうしようよ。」

と私。メンバー全員が自由闊達に話せるのが理想のチームじゃないか、顔を見せてなきゃちゃんと身を入れて参加してるのかどうかさえ分からないよ、と主張します。そして組織改編のニュースを含めて事務連絡を淡々と済ませてから、

「じゃあさ、どんなに他愛もないテーマでもいいから自分についてちょっと話すっていう企画やろうよ。こないだそういう話題になったでしょ。」

と焚き付けます。しばしの沈黙。

「じゃ、私から行くわね。」

とオレンジ支社のヴァージニアが口を開きました。お、いいね、と私。

「こないだふと思い出したんだけど、小学校四年生の頃だったか、生徒会長に立候補したの。何でそういう決断に至ったのかは全く思い出せないんだけど、とにかく頑張って選挙活動したのよ。結局五年生の男の子に負けちゃったんだけどね。」

それからまた静寂。ええ?それでおしまい?なんだその唐突な話題?何でもいいとは言ったけどさ…。するとシャノンが、

「公約は何だったの?」

と普通に質問します。おっと、この話題を拡げようっていうのか?すごいな。

「いろいろあったと思うけど、第一に給食の品質改善だった気がする。」

へえ~、そんなこと考えてたんだ、ちっちゃいのに…。と皆で感心します。

「で、改善はされたの?」

とサンタマリア支社のデボラ。え?まだ引っ張んの?と呆れ始める私。

「それがね、選挙には負けたんだけど、それから給食が格段に美味しくなったの!私の公約が影響したかどうかは分からないけどね。」

まあ良かったじゃない!とメンバーたち。この後、更にこの「どうしようもなく他愛もない話」が引き延ばされ続けたのですが、気が付けばチームの会話は楽しいトーンで弾んでいたのでした。さっきまで暗い話題で沈んでたもんな、こういうのいいな。そうじんわり感動していた私は、

「あ、僕もちょっと思い出した。」

と、この日の朝の出来事を話し始めました。客間で仕事していた私のところに妻が来て、「あの子、起きてる?」と尋ねたのが朝九時四十分。自宅からオンラインで大学の授業を受けている18歳の息子が今学期履修しているのは「化学Ⅰ」ですが、授業はカリフォルニア時間で九時からのはず。そういえば彼の部屋から物音が聞こえて来ないな、と訝ってドアを開けてみたら、ベッドで大口を開けて熟睡しています。肩を軽く叩いて「今日は授業無いの?」と尋ねたところ、薄目を開けて一瞬考え込んだ後、がばっと手を伸ばしてスマホをつかみ、時間を確認して飛び起きます。

「ありがと!」

そしてバタバタとトイレへ行ってから再び部屋に戻り、音を立ててドアを閉めました。一クラス十数人の少数編成なので、出席してなかったら絶対バレる状況です。しかもオンラインで顔を見せるフォーマットだから、しれっと途中参加出来るわけがない…。三十分後、キッチンに現れた彼に首尾を話させました。

「もう授業はほとんど終わってたから、イーライに謝ったよ。」

イーライというのは、教授の名前です。どんな言い訳をしたのかを尋ねたところ、

「寝坊しちゃったって言ったんだよ。そしたら、そういうこともあるよって許してくれたの。もう二度と寝坊なんかしませんって言って謝ったよ。」

「え?素直に理由を話したんだ。」

ハッと驚いていた私でした。遠隔でのコミュニケーションなんだから、いくらでも誤魔化せそうなのに…。

「だってイーライは好きな先生なんだよ。好きな人に嘘つきたくないでしょ。」

と真顔で答える息子。そっか、そうだね、確かに…。

高い授業料を払ってる親の目の前で寝坊しておいて、よくもそうぬけぬけと正論が吐けたもんだな、と怒ってやってもいいところかもしれませんが、何か胸にぐっと来るものがあり、黙ってやり過ごした私でした。「好きな人に嘘つきたくないでしょ」というセリフには、社会で揉まれてすっかり擦れてしまった大人たちを、はっと立ち止まらせるパワーがあるな、としみじみ思うのでした。

この話を終えた時、電話の向こうで暫く無言が続きました。あれ?みんなどうしたの?と反応を待っていたら、ヴァージニアがようやくこう言いました。

“Can he mentor my five-year-old?”
「(お宅の息子さん、)うちの五歳児のメンターになってくれるかしら?」

そこで皆笑い、今のエピソードをポジティブに受け止めてくれた様子が窺えました。

会社がどうであれ、このチーム内ではお互い何でも言える間柄にしたい。そのためには、たとえどんなくだらない話でもきちんと時間を割いて会話をしよう。好きな相手には正直になれる。正直でいられればストレスも少ない。ストレスが無ければ仕事は楽しいはずだ。そういうチームを作らなければ、とあらためて思うのでした。

さて金曜の朝、855分。息子の部屋を覗いてみたら、まだベッドの中です。

「おい、今日は授業無いのか?」

スマホで時間をチェックし、跳ね起きた18歳。

「ありがとう!」

とトイレに駆け込もうとする息子を、信じられない気持ちで追いかけます。

「もう二度と寝坊しませんって先生に謝ったばかりだよな!」

正直でストレス知らずなのはいいけど、いくら何でも緊張感が無さすぎるだろ!

2020年8月30日日曜日

夏の終り


サンディエゴ一帯にしぶとく停滞していた重たい熱気団はいつの間にか姿を消し、朝夕に窓から忍び込んで来る風の冷たさにハッとするようになりました。裏庭で日々陣地を拡大し続けていたかぼちゃの蔓はその成長をパタリと止め、少し前まで十個以上鮮やかに咲き狂っていた黄色いこぶし大の花も、その痕跡さえ遠目に確認出来ないほど茶色くしぼんでしまいました。

かれこれ五ヶ月間ほぼ自宅を離れず生活して来たため、日々変化する外界の様子に関心を向けていなかった私。これまで数え切れないほど経験して来たことだけど、またひとつの夏が終わってしまったのだという気づきに不意打ちを食らい、じんわりと動揺しています。しかも今回は、いつか思い出して微笑んだり涙腺が緩んだりするようなイベントが何ひとつ無かったということに、あらためてコロナの影響の大きさを考えさせられるのでした。

私にとって夏というのは、たとえ他の三つの季節が束になってかかろうとびくともしないほど重要な位置を占めていて、印象的な人生の記憶は概ねこの時期に集中しています。子供時代のキャンプに始まり、学生時代のエネルギーに満ちた活動の数々、そして職を辞して南カリフォルニアに渡ったのも、ちょうど夏真っ盛りでした。

海の家で食べる蛍光色のかき氷、海水浴場の喧騒、閉じた瞼を通してもなお眩い青空、日焼けした頬、祭りの屋台のアセチレンライト、キャンプファイヤーの周囲を舞い儚く消える火の粉、激しい夕立、濡れた髪、浴衣、花火を見上げる瞳に映る鮮やかな色彩。こうした様々なシーンが緻密に織り込まれたきらびやかな絹織物のように、夏は私の心を踊らせる大切な人生の背景画になっているのです。

学生時代、9月の新学期が始まって間もなく、当時住んでいた港南台から根岸線で桜木町へ向かっていた朝のことです。吊革につかまって車窓の外をぼんやり眺めていた時、確か磯子を過ぎ、電車が高架部分に入った辺りだったでしょうか。急に視界が開け、大きなプール・センターが現れました。高校時代に何度か友達と連れ立って遊びに行ったことのある場所で、広大な敷地を周回する「流れるプール」が売りでした。

車窓を横切るほんの一瞬でしたが、全てのプールはすっかり水を落としてあり、清掃人があちこちでデッキブラシを動かしているのが見えました。そのうち一人はブラシの柄を胸の前に立て、重ねた両手に顎を載せて支えながら、ぼんやり遠くを眺めています。

景色が変わって数秒後には、どうにも落ち着かない気分に包まれていました。否定しようもないほど明確な夏の終りのイメージをたった今、目の前に突きつけられた。水しぶきの中ではしゃぐ何千という若者や子どもたちの笑い声や叫び声。想像の中でその轟音が鼓膜を打ち、瞬時にかき消えます。耳の奥でいつまでも消えない残響。生命が最も躍動する大好きな季節が今はっきりと過ぎ去ってしまったのだということを全身で感じ、どっと涙が湧いて来たのでした。もちろん、すんでのところで堪えましたが。

数週間前、夫婦でネットフリックスのオリジナル・ドキュメンタリー “David Foster – Off the Record”を鑑賞しました。デイビッド・フォスターと言えば、映画「セント・エレモス・ファイヤー」のテーマ・ミュージックやChicagoの「素直になれなくて」をプロデュースした超売れっ子の音楽家。彼は何度も離婚を繰り返し、ヒット作を連発し、時に各賞を総なめにし、ド派手な私生活を送って来た自由人です。鼻持ちならない自惚れ屋ではあるものの、常に最高の仕事をすることで批評家の口をつぐませている。映画の中盤で彼が、「俺はよくこう自分に問いかけるんだ」と語っていました。

“How many summers do you have left?”
「あといくつ夏が残ってるんだ?」

これは私だけでなく、妻にも刺さった一言でした。そうだ、ひとつの夏も無駄には出来ない。僕らには無限に夏が残されているわけじゃないんだ…。大いに元気づけられた我々二人でした。

そんな思いがどう働いたのか謎ですが、先週後半になって急に思い立ち、早朝ウォーキングを始めた私。マスクをつけて五時半にスタートし、暗闇の中、ガランとした巨大ショッピングモールの外周を早足で三十分以上歩きます。六時半頃まで夜が明けないので、家に戻るまでずっと暗いまま。車の通りはまばらで、歩いているのは私ひとり。いつ建物の陰から不審者が現れてもおかしくない状況。考えてみれば、会社に通っていた頃は毎日この手のスリルにさらされてたんだよな。それが無くなったことで、精神が弛み切っている…。そうか!と心の中で膝を打ちます。

僕が夏を好きなのは、ドキドキするチャンスが沢山あるからなんだ。あちこち出歩くこと、人と会うこと、夜更しすること、陽焼けすること、水に入ること。みんなリスクと隣合わせです。しかしその見返りに、新しい何かを体験出来るかもしれない。その期待感がたまらないのですね。

よし、怪しい輩が物陰から飛び出して来たら、ポケットに忍ばせた家の鍵を拳から少しだけ出し、武器として使おう。怯んだ相手の手首を素早く取り、合気道技で関節を決めて…と護身シミュレーションを重ねながら歩くことにしたら、ウォーキングが格段に楽しくなって来たのでした。

さて、昨日の晩は妻が、急にNHK紅白歌合戦を観始めました。DVRに録画しておいたものの、八ヶ月間も放っておいて、何故今頃?と思ったのですが、九時半を過ぎていたので、私は先に消灯(最近はすっかりジジイのスケジュール)することに。寝室のドアの隙間からテレビの音量が微かに届いていたのですが、気にせず眠ることにしました。ところが十数分後、大きな悲鳴で目が覚めます。確かに今、彼女の声が聞こえたよな…。耳を澄ますと、男性歌手が元気よく演歌を歌っている声がしている。う~ん、気のせいだったかな?そう思い直して目を閉じたのですが、その僅か数秒後に再び、「キャッ!」と叫ぶ声。そして相変わらず演歌。

おかしい。演歌を聴きながら二度も悲鳴を上げる理由なんて、どう考えても思いつかない。もしかして、強盗がこっそり侵入して来たのではないか?息子は部屋に籠もってイヤホンで何か聴いていて、気づいてないのかもしれない。これは私が助けに行かないと、彼女の身が危ないぞ…。

そうっとリビングに近づいて行って顔を出すと、妻がカウチにのけぞって左手で口を抑え、右手でリモコンを握りしめています。

「どうしたの?大丈夫?」

と問いかけると、

「ごめんなさい。聞こえた?」

と妻。テレビ画面を振り返ると、三山ひろしがマイクを握って一時停止しています。その背後には、番号の書かれたホワイトTシャツを来た若者たちが大勢立っている。これで合点が行きました。

「あ、けん玉でしょ。」
「知ってたの?」

三山ひろしが「男の流儀」を歌唱する間に、彼を合わせた124人がけん玉連続成功ギネス記録にチャレンジする、という企画。

「もうどんどんどんどん緊張して来てちゃって、見てられなくて…。」

それで思わず悲鳴を上げてしまった、という妻。

夏の終りの「ドキドキ」は、こんな意外な形で我々夫婦の元に訪れたのでした。

2020年8月16日日曜日

I’ve been around, you know. なめんなよ


お気に入り映画ベスト10を決めるとしたら五位以内には必ずランクインすると思う作品に、Scent of A Woman(邦題:セント・オブ・ウーマン/夢の香り)があります。一年に三回以上は観直していますが、毎回必ずクライマックスで涙腺ダムが決壊し、1,000キロカロリー以上は消費したんじゃないかと思うほど大量の涙を放流させられます。アル・パチーノ演ずる盲目の退役軍人フランクは人生に絶望していて、感謝祭の休みにニューヨークで贅の限りを尽くした末に自決しようと計画している。その付添人として雇ったバイトの高校生チャーリー(クリス・オドネル)は、田舎の貧しい家庭からやって来た実直な青年。高級売春婦を買い、超一流ホテルのレストランで食事をし、と想像を絶する放蕩ぶりに呆れながらもフランクに付き合っているうち、彼の企みを知ることになります。あろうことかこの青年は、自らの命も顧みずに老人を死の淵から救うのです。この後の展開は本当に毎度毎度唸らされるのだけど、今度は老フランクが若きチャーリーを大ピンチから助け出すのですね。それも、たった一本のスピーチで

先日ふとこのシーンを再生してみたのですが、やはり非の打ち所の無い大団円でした。全校生徒の前でチャーリーが校長のトラスク氏から退学を言い渡される場面で、フランクが「真のリーダーシップとは何か」という演説をぶつのです。後ろ暗いところのある校長はフランクを黙らせようとするのですが、ここで彼が声を荒げます。

“Who the hell do you think you’re talking to?”
「一体誰に口をきいてると思ってるんだ?」

そして微かに顎を上げ、背筋を伸ばしてこう続けるのです。

“I’ve been around, you know.”

字義通りに訳せば、

「あちこちで色んな経験を積んで来たんだぞ。」

となりますが、意訳すればこんなところでしょう。

「なめんなよ。」

厳しい軍人生活、そして視力を失い、「自分のような人間が生き続けて良い理由」を問い続ける後半生。苦しみながら人生と向き合ってきたフランクが、無闇に権威を振りかざす校長の戯言に耐えかねて発したセリフでした。こういうの、リアルな場面で使えたらさぞかし溜飲を下げるだろうなあ、と思う私。

さて、話変わって先月末の木曜の午後のこと。仕事中、一通のメールが届きます。スクロールしてみると、受取人の数はざっと百を超えています。上司のカレンや、その上司リックの名前も含まれている。タイトルはVoluntary Separation Planで、翌週月曜のお昼に催される電話会議に参加して下さい、とのこと。差出人は我が環境部門のトップ・エグゼクティブ。ん?何のことだ?Voluntary(自らの意思による)Separation(お別れ)のプラン?十秒ほど考えて、ようやく事態が飲み込めました。これは、「自主退社希望者募集」の御触れだったのです。とうとう来るべき物が来たか…。コロナの影響で4月から全社員給料一割削減を展開していたのを、今月になって元に戻したばかり。しかしその一方で、近いうちに抜本的な経営改善の一手が打たれるだろうという噂は流れていました。だからそれほど驚くに値しないニュースとは言えるでしょう。今から数週間内に希望を出せば通常より幾分か手厚い解雇手当が受けられますよ、という甘い文句で誘惑し、この機会を逃せば後日あらためてレイオフを言い渡された時に後悔するぞ、と脅すのがプランの主旨。

後で思い返してみると、この時の私は妙に落ち着いていました。アメリカで働き始めて約18年。とうとう自分も自主退社希望候補者リストに名を連ねるようなステージに辿り着いたのだという感慨を、薄っすら笑いながら味わっていたのです。そして、「切るなら切れや。すがり付くつもりは毛頭無いが、甘い誘いに乗る気も無いぜ。」と胸を張っていました。だって、どう考えたって今の私を辞めさせるのは得策じゃないのです。進行中の巨大プロジェクト数件の中枢にいるし、十数人の部下を育てている最中だし、しかもutilization(稼働率)だってかなり高い。辞めた方が良い理由はひとつも見当たらないのです。

「それは勝手に自分で思ってるだけでしょ。」

と、この説明を聞いた妻が心配げに眉をひそめました。

「そうだよ。もちろん上層部の誰かがお構いなしに切ってくる可能性はある。でもそんなこと心配し始めたらきりがないでしょ。」

と私。理不尽な解雇劇の犠牲にならないために、打つべき手はすべて打ってある。それでも理屈抜きで解雇して来るなら、「お前らホントにアホだなあ」と笑いながら辞めてやるよ、という覚悟はあるのです。

週が開けて月曜のランチタイム。いよいよ問題の電話会議に参加します。始まって数分して、どうやら自分が呼ばれたのは自主退社希望候補者としてではなく、「リストに載っている社員の上司として」であることが分かりました。今年2月に私のチームに加わった勤続30年のベテラン社員アリーシャが候補に挙がっていたのです。え?なんで?合点がいかない私は、早速翌日の早朝に彼女との電話会議をセットしました。

予想通り、がっつり落ち込んだトーンのアリーシャ。

「人事が言ってたように、これはあくまでも希望者を募集してるってだけの話だよ。君が確実にターゲットにされてるわけじゃない。いくつかの経営指標で篩にかけてみたら名前が残ったってだけのことだと思う。そのフィルターにしたってどれだけ意味があるか謎なんだ。今辞めることは無いよ。仕事は山ほどあるんだから。」

「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、今回はさすがに堪えたわ。あなたのチームに入る以前にも色々あったでしょ。辛い経験の数々を思い出して、もう潮時かな、と思ってるの。これは何かのお告げかもってね。」

昨夜、ご主人ともじっくり話し合ってみたとのこと。

「それに今ここで延命してもらったところで、数ヶ月後にあっさりレイオフされる可能性は否めないでしょ。」

これには私も、正直にならざるを得ませんでした。

「うん、それについちゃ何の保証も出来ない。でもさ、僕だってカレンだってリックだって全員そうなんだぜ。いつでも誰にでも首切りは起こり得るんだ。」

「そうね。でもやっぱりちょっと考えさせて。」

アリーシャは去年、プロジェクトコントロールから離れレコードマネジメント部門に配属されました。実はこの異動、コンサルティング・ファームで働く者にとっては危険な賭けだったのです。プロジェクトに参加しないため「稼働率ゼロ」の状況が続き、細かい事情を知らない上層部の人間は過去の統計数字だけ見て、彼女を「お荷物」と評価してしまう可能性が高くなります。今回まさに、そういう誤解が起こってしまったのですね。

さらに、年末プロジェクトコントロールに戻ったアリーシャは、散々もがいた末に大きなプロジェクト・チームにおさまります。ところがその僅か四ヶ月後、プロジェクトの経営状態が振るわないため、彼女の仕事を賃金の安いルーマニアのチームに任せることを上層部が決定。自分の仕事を奪うことになる地球の裏側の社員を、早朝や夜間を使って指導することになったアリーシャ。さぞかし悔しかったことでしょう。そんな不運な出来事が立て続けに起こったため、すっかり士気を失ってしまっていたのです。

そしてこの電話の二日後、彼女から正式に退社希望を知らされた私。こういうことは本人の意思を尊重するのが一番なんだと自分に言い聞かせつつ、何ともやりきれない気分でした。

金曜の朝、約十ヶ月ぶりに副社長のパットと近況報告のための電話会議をしました。当然、私からはアリーシャの一件を話すことになります。

「何ですって?」

といきり立つパット。

「そういうの、一番頭に来るのよね!」

慰留できなかった私を責めるわけではなく、官僚的で血の通わないメッセージを無差別に送ることで社員の士気を削ぐ愚かさに対して憤慨する彼女。

「社員を人間扱いしていない証拠でしょ。数字だけ見て、お前は役立たずだと決めつけてるわけだから。」

会社の図体が大きくなるに従い、上層部は効率的な意思決定のため細かい配慮を省くようになる。自分が番号札を首から掛けられた家畜のような存在であることに気づかされた社員は、組織への帰属意識を捨て去ることになる…。

「そもそも会社のトップは、プロジェクトマネジメント経験も無い財務畑の人間ばかりだからね。現場の苦労など分かるはずもない。」

と私。

「そうなの。勘定の得意な者ばかりが幅を利かせてるのは問題よ。どんなに優秀か知らないけど、アカウンティング・ファームから転職して来たばかりの若造が、物知り顔でプロジェクトマネジメントについて得々と語ったりするのよ。この私に、よ。」

プロジェクトコントロール畑を四十年近く歩んで来たパットにとっては、許されざる無礼。この時、やや間を置いて彼女が放ったのが、このフレーズでした。

“I’ve been around, you know.”
「なめんじゃないわよ。」

こちとら伊達や酔狂で長年この仕事やってんじゃねえんだ。見くびんなよ。いつかこういうドスの利いたセリフを、思い上がった秀才野郎に向かって叩きつけてやりたいものだと思う私でした。


2020年8月2日日曜日

Go haywire メチャクチャになる


火曜の午後のこと。同僚ディックがマイクロソフト・ティームズでテキストを送って来ました。自分がPMを務める新プロジェクトのキックオフ・ミーティングが来週あるんだが、クライアントが藪から棒にCost loaded schedule(コスト・ローデッド・スケジュール)を提出しろと言って来た。突然の依頼に一同大慌て。そもそも事前に提出したスケジュールだってチームの誰かの急ごしらえであり、大幅な手直しが必要だ。スケジューリングソフトをまともに使えるメンバーがいなので、まずはそのステップに不安がある。オリジナルのファイルが紛失してしまいPDFバージョンしか残っていないので、一からやり直さないといけない。たとえ無事複製出来たとしても、スケジュールに「コストを載せる」手順を知る者がいない。仕方なく自ら取り組もうとしたところ、ソフト(MSプロジェクト)自体がコンピューターから消えていた(我が社のITグループはコスト削減のため、ユーザーが一定期間以上使用していないソフトを警告抜きで消去していくのです)。八方塞がりのままクライアントとのミーティングが急速に近づいて来る…。助けを頼めないか?

「持ってる情報を送ってよ。詳しくは電話で聞くから。」

木曜の午後に電話会議をセット。さっそくミーティング前に、彼から送られた資料を元にコスト・ローデッド・スケジュールを作成しておきました。

「これこれ!素晴らしい、有難う。もう完成品が出来てるじゃないか。これで来週のミーティングは安心だ!」

コンピュータ画面に映し出されたコストプラン表に、歓喜の声を上げるディック。電話会議の後で私の作業がスタートするものと予想していたであろう彼には、思いがけないイリュージョンだったのでしょう。しかし種明かしをすれば、この手の仕事は私にとって珍しくもなんともなく、一時間もかけずに仕上げられる程度の初歩的なお題なのです。「一応これで飯食ってますんでね」と肩をすくめるレベル。ある個人にとっては極めて難解な問題でも、その道の専門家に頼めばあっという間に解決する。これは至極当然なお話なのですが、問題の渦中にいる者にとってはマジシャンに魔法を見せられるようなものなのだ、ということをあらためて感じたのでした。

ところで電話の冒頭で、彼がこんなフレーズを使ったことに気づいていました。

“Things went haywire.”
「物事がヘイワイヤーになっちゃった。」

この表現、実はたまたま前日に他の同僚の口から飛び出して、意味を調べておいたところでした。Haywireというのは丸めた干し草を縛っておく金属のワイヤーで、かつてはそこかしこに捨ててあるようなものだったそうです。工作物の補修などに再利用されがちだったにもかかわらず、簡単に絡み合ってほどけなくなってしまうため、”Go haywire”が「事態がこんがらがって収拾がつかなくなる」という意味になった、とのこと。

ディックが言いたかったのは、こういうことですね。

“Things went haywire.”
「メチャクチャになっちゃってね。」

サウスダコタの農村地帯から来た彼にとっては、干し草もそれを止める金具も珍しくないかもしれません。しかし都会育ちの私には、いまひとつイメージが湧かない言い回し。そもそも目にしたことが無いので何とも言えないけど、ワイヤーが絡みついたからってそんなに困るか?と首をかしげてしまうのですね。

さて話は変わり、我が家の裏庭にある約6メートル四方の農園に、一週間ほど前から異変が起き始めました。木片(マルチ)を被せた周囲のエリアも含め、体長五ミリにも満たない虫の大群が地表面を覆い始めたのです。近づいてみるとこの虫、蟻とは見た目の特徴が異なるものの、そのサイズや振る舞いは酷似しています。群れを成し、おまけに羽が生えている。一匹一匹はまるでランダムなブラウン運動を繰り返しているようにも見えますが、少し引いて見るとまるで魚群のように大きなうねりを形成している。その一帯に足を踏み入れると、まるでこちらの動きを見越していたかのように群れが同心円状に退却し、逃げ遅れた何匹かは私の靴に這い登ります。捕まえようと手を伸ばすと羽を使って飛び去り、その俊敏さには何か高い知能のようなものを感じて背筋がゾクリとします。

反射的に、数年前に入手した「アリの巣コロリ」を出して来て、特に交通量の多そうなスポットに設置してみました。一昼夜経過観察をしたのですが、罠にかかる気配が全く無い。敵が蟻では無いことがこれでほぼ決定したのですが、さてどうしたものか。よくよく考えれば、土の上で植物を育てているんだから虫が出るなんてことは自然な現象じゃないか、まあ騒ぎ立てることもあるまい、と暫く様子を見ることにしたのですが、彼らの集団規模はみるみる拡大して行き、農園を囲う低いフェンスを乗り越えてじわじわと住居に迫って来ました。遂にベッドルームのガラス窓を何十匹も這い回り始めたのです。あろうことか、隙間から一匹、また一匹と侵入を始めたではありませんか。虫嫌いの妻にとって、これ以上の恐怖体験は無く、何とかして!と悲鳴をあげます。

これはさすがに放置出来ないな、と液状石鹸を水で薄め、ビシャビシャと上から浴びせかけます。住居内への侵入を図っていた先鋒部隊を、とりあえず壊滅に追いやりました。夥しい数の死骸が銀色のアルミサッシの上で、盆にばら撒かれた黒胡麻のように拡がります。やれやれ、と一息ついたものの、振り返れば後続部隊がじわじわと陣形を整えています。かくなる上は、と数ヶ月前に害虫駆除をお願いしたペストコントロール会社のオスカーにお出まし頂いたところ、

「これは我々の専門分野じゃないですね。残念ながら何も出来ません。」

と申し訳無さそうに言うじゃありませんか。

彼らのライセンスは構造物に湧く害虫が対象で、庭に現れる「ランドスケープ・ペスト」と呼ばれる虫については手が出せないとのこと。なんと、害虫駆除業界にそんな線引が存在したとは…。さっそくネットでランドスケープ・ペストの駆除ライセンスを持つ近所の会社に問い合わせたところ、若い男性を派遣してくれました。

「いやあこんな虫、今まで一度もお目にかかったことが無いですねえ。」

首をひねる担当者。会社が駆除対象としている害虫リストに含まれていない以上、何も手出しが出来ないと言うのです。おいおい、ほんとかよ。害虫駆除業者がお手上げなんて…。

害虫でないというなら普通の虫だよな、それでは、と写真を撮り、同僚の昆虫博士エリックにテキストします。すると数時間後、サンディエゴ支社の生物学チームが誇る重鎮フレッドから電話が入りました。

「エリックから写真見せてもらったよ。彼も僕も、初めて見る種なんだ。残念ながら僕らには特定出来ないけど、是非これが何という虫か知りたい。今から言うアドレスに連絡して問い合わせてみてくれないか?」

なんと、我が社を代表する専門家二人でも断定出来ないような珍種の虫が、うちの裏庭で暴れまわっているようなのです。彼らが興味津々なのも頷けます。う~ん、でもね、僕はそれが何であるかを突き止めたいわけじゃなく、いなくなってくれりゃそれでいいんだよね。段々話がこじれて来ちゃったなあ…。

フレッドに教えてもらったアドレスは、サンディエゴ郡に住むガーデニング・マスター達が組織する非営利団体。あくまでもボランティア集団ですが、生物学の大家達が結集したグループみたいなのです。ここに質問を投げ込んで何が返ってくるか見てみよう、というのが彼のアイディア。

写真と状況説明をメールで送り、待つこと数時間。返って来たのは、こんな返事でした。

「これは恐らくLarder Beetlesに近い種ですね。添付リンクを見て下さい。」

ハイパーリンクをクリックすると、ミネソタ大学のサイトに飛びました。ところが、そこに掲載された写真はどう見てもコガネムシとかカメムシの一種。いやいや、これは絶対違うぞ。アリくらいのサイズだってちゃんと書いたのに…。なんだよ、期待して損したじゃないか。これでとうとう迷宮入りか…。

ここまでの顛末を18歳の息子に話したところ、彼が去年インターンシップを経験したサンディエゴ自然歴史博物館の昆虫部門のトップを務めるジムに聞いてみようか、と申し出ます。うん、それはいいね、是非頼むよ、と答えてから妻にここまでの経緯を伝えたところ、その予想外の展開に感心するかと思いきや、

「どーゆー人脈?」

と我々男子二人の持つネットワークの奥行きに驚嘆していたのでした。

「え?そこ?」

とウケながらも、確かに僕らの知り合いには凄い人たちがいっぱいいるんだなあ、と静かに感動していました。結果的に解決には至らなかったけど、いざとなれば頼れる専門家が自分の周りには沢山いるのだというのは、なかなか嬉しい気づきです。

実を言うとこんなドタバタの最中、この新種の虫の勢いが段々と衰えているのに気づいていました。二人目の害虫駆除業者が来た時も、大騒ぎしていた割には数が少なくて拍子抜けしていたみたい。あれ?何もしていないのにどうしたのかな?と訝っていたところ、息子がこう言ったのでした。

「ちょっと前だけど、でっかいトンボが四匹飛び回っているのを見たよ。」

両手の人差し指を立ててその大きさを示した彼ですが、それが本当だとすれば体長10センチを超えるサイズです。

「あの四匹が虫を退治してくれたんじゃないかな。」

トンボの他にもアブのような昆虫がブンブン飛び回っていたとのこと。そうか、きっとエコシステムがきちんと機能して、過剰に発生した種の繁殖に気づいた天敵種が現れて食べまくったのでしょう。う~ん素晴らしい。専門家達が大勢で首をひねっている間に、自然の方で勝手にバランスを取り戻してくれていた。

気づいた時には、すっかり元の静けさを取り戻していた我が家の裏庭。

我々の生きるこの世界は、カオスと秩序が入れ替わり立ち代わり現れ、その都度落ち着くところに落ち着いているんだなあ、という深い感動を噛み締めた週末でした。

2020年7月19日日曜日

荒ぶるカレン


カリフォルニア州の新型コロナ新規感染者数が、もうすぐ一日一万人を超えようという勢いです。州知事は態度を硬化させ、二度目のロックダウンを敢行しました。手綱を緩めるのがちょいと早すぎた、ということになりますね。ニュースを見ていて驚くのは、この期に及んでも州知事の何人かは未だにコロナ対策を軽んじている、という点。そもそも国のリーダーが、「俺はマスクなんかしない」と鼻息を荒くしているし、世界最多の感染者数を毎日更新している中、「学校はすぐにでも再開すべきだ、そうしない州には俺から圧力をかける」と息巻いているくらいなので、もうしっちゃかめっちゃかです。全米各地で、「マスクをする、しない」の口論がきっかけで乱闘や殺傷事件まで起きている始末。

つい先月も、サンディエゴのスターバックスで事件がありました。「マスクをしていなかったためにひどい扱いを受けた」と白人中年女性が激怒し、男性バリスタに罵詈雑言を浴びせて立ち去った後、再び店内に入ってきてこのバリスタの写真を撮影。彼の実名入りでフェースブックに載せたのです。「レネンを紹介するわね。スターバックで私がマスクをしてないからとサービスを拒絶したの。この次は警察を呼ぶわ。」とコメントして。レネンは後にビデオインタビューで、「マスク持ってますかって聞いただけなんですけどねえ、なんか急に怒り出しちゃって。」と驚いた様子。

風邪のシーズンには街がマスク顔で溢れる国からやって来た私には、そもそも「マスクをする、しない」で喧嘩になる、という現象自体が意外でした。え?そんなに嫌がるようなことなの?と。

今回スタバで起きた事件は、これで終わりじゃありませんでした。女性のポストした記事に批判が殺到し、これに彼女が反撃。「あんたら暇人の脅しなんか怖くないわよ。」すると殺害予告まで含めた脅迫的なコメントが続々とポストされます。次に誰かが、「レネンに寄付を!」とGoFundMeというアプリを使って呼びかけたところ、あっという間に十万ドル(約一千万円)が集まったのです。

いかにもアメリカ的で素っ頓狂な話だなあ、と再び感心する私。この時発起人の書いた言葉が、これ。

“Raising money for Lenin for his honorable effort standing his ground when faced with a Karen in the wild.”
「調子こいたカレンに屈せず自らの立場を貫いたレネンを讃えるため、寄付を募ります。」

さて、この「カレン」という単語。渦中の女性の名前はアンバー・リン・ギルズで、どこにも「カレン」という言葉は含まれていません。何故ここでカレンが出てくるのか。鍵は、冠詞付きだという点(a Karen)ですね。つまりこれ、傲慢な白人中年女性のタイプを総称して、普通名詞的に使われているのです。

ウィキペディアの説明が、これ。

“A white woman who uses her privilege to demand her own way at the expense of others.”
「他人を犠牲にしてまで自分のやり方を押し通そうと特権を使う白人女性」

以前18歳の息子から、「カレン・ミーム」として、左右非対称のブロンド・ボブにでかいサングラスをかけ、「マネージャーを呼んでちょうだい」と表情を硬くした白人中年女性の写真を見せられたことがありました。彼にあらためて確認したところ、Karenはアメリカ人なら誰でも知っているミームだとのこと。

「今のボスの名前、カレンなんだけど…。」

と私。たまたま大衆から侮蔑の対象にされた名前を持つ人にとっては、いい迷惑でしょう。それにしても、どうしてカレンなどという名がこの不名誉なイメージの代表として選ばれたんだろう?そんな疑問が湧いてちょっと調べてみたところ、現代の中年白人女性に最も多い名前がカレンだということが分かりました。つまり、自分を特権階級と信じて偉そうに振る舞う白人女性の典型、というステレオタイプですね。ふ~ん、そうなのか。この名前にそんなイメージ抱いたこと、今まで無かったなあ、と振り返ってみたところ、かつて大滝詠一の名曲で私のカラオケ・レパートリーでもあった「恋するカレン」の歌詞が、結構ネガティブだったことに気づきました。

形のない優しさ それよりも見せかけの魅力を選んだ
Oh Karen! 誰より君を愛していた 心を知りながら捨てる
Oh Karen! 振られた僕より哀しい そうさ哀しい女だね君は

そっか、さすが松本隆(天才作詞家)、あの頃すでに「カレン」の正体を見抜いていたのか…。

さて、サンディエゴの「カレン」ですが、バリスタのレネンが十万ドル超えの寄付金を受け取った話を聞き、テレビ局の取材にこう答えたそうです。

「その半分は私がもらうべきでしょ。訴訟を起こすわ。これから弁護士費用を集めるために、GoFundMeで寄付を募るつもりよ。」

…すんげ~!


2020年7月3日金曜日

ツイてるねノッてるね


昨年末からほぼ毎週末、我が家のホーム・ドクター兼トレーナーである川尻先生のクリニックで、パーソナルトレーニングを受けています。最初は妻と二人で通っていたのですが、四月からはコロナ禍でコロラドから戻って来た息子も加わり、家族でエクササイズ。ソーシャル・ディスタンスを保ちつつ、コア(体幹)を中心にしたメニューで汗を流しています。そんなある日、川尻先生から「シンスケさんは今日は休んで下さい」と宣告されます。え?どして?と尋ねると、トレーニングが出来る体調では無い、働き過ぎで副交感神経が完全にオフっているので、今身体を追い込むのは得策でない、とのこと。私自身にはそこまでの自覚が無く、多少疲れてはいるけど運動したい、と意気込んでいたので正直驚きました。交感神経が暴走し、ハイパー状態が続いていたため、肉体が疲労困憊しているのを自覚出来ていなかったのですね。しかし、こうなった原因はよく理解していました。

隔週水曜の11時には、私の主催する定期プレゼンがあります。各支社で働くプロジェクト・コントロールのスペシャリスト達に向け、私の実体験をパワポ紙芝居に載せてストーリー形式で語るのです。大規模プロジェクトでのリアルな失敗談や、すんでのところで危機を回避したハラハラ・エピソードなどを紹介するため、まだ駆け出しの社員でもベテランでも楽しめるフォーマット。口コミで評判が広がったようで、回を追うごとに参加者が増え、登録数は遂に八十人超え。去年はサンディエゴの会議室で自分のチームメンバーのみを集めて喋っていたので、まるで自宅の居間に前座や二つ目連中を座らせて釈台を叩くベテラン講釈師みたいな気分でした。しかし年明けにマイクロソフト・ティームズを使って一般社員にも開放したところ、あっという間に拡散。気がつけば、出席者の七割は面識無し、という状況になっていました。最近はフィリピンの社員までメンバー入りしていて、「わざわざ海外から深夜に参加してくれるお客さんもいるんだ。みなさんの期待に応えるには、前回のクオリティを超え続けなければ!」と、平日の夜と週末をほとんど費やし「産みの苦しみ」に身悶えする日々。二週に一本のペースで新作をおろし続けるなんて、そもそもだいぶ無茶な企画です。なんでこんなことになるまで自分を追い込んじゃったんだろう、と悔やむ一方、開演五分前からパソコン画面に参加者の顔がじゃんじゃん現れ始めると、「さあショーの始まりだ!」と興奮に身体が震えます。これ、アドレナリン・ジャンキーの症状だな…。

ところが先週、とうとう恐れていた瞬間がやって来ました。

「やばい、もう何も浮かばない。ゼロだ。完全にネタ切れだ…。」

私のプレゼンの構成は、最初の三分に「つかみ」のセーフティー・モーメント(安全行動を喚起するエピソード)があり、これに関連したテーマのストーリーを二十分程度語る、というもの。例えば、「自分自身の体調を正しく判断するのは難しい。交感神経が異常に興奮した状態だと自分は元気だと思い込みがちだが、実は身体が疲れ切ってることがあり、こういう時のエクササイズは危険である。」というエピソードを紹介した後、EVM(アーンド・バリュー・マネジメント)における「進捗状況の客観的評価」は意外に難しいのだが、「難しい」ということを理解しておくことこそが鍵なのだ、というメッセージを核にした実体験を語って伏線を回収する、という具合。そんな余計なルールをスタート時から自分に課してしまったばっかりに、毎回この重い枷に苦しむことになっているのですが、もう後戻りは出来ません。次回は「リスク・マネジメント」をテーマに一本作る予定にしていたのですが、つかみどころか本編すらも、全くアイディアが出てこない。これは遂に万事休すか…。

呆然と窓の外を見つめていた時ふと、昔YouTubeをブラウズしていたらテレビ番組「情熱大陸」が偶然現れ、それが作詞家松本隆の特集だったことを思い出しました。松田聖子の「赤いスイートピー」や太田裕美の「木綿のハンカチーフ」等、夥しい数のメガヒット作品を世に出してきた彼。ひょっとしたらその創作の秘密を学べるかもしれない、と再検索して鑑賞し始めたところ、稀代の天才作詞家は軽く微笑みながら、ボソボソとこんな話をするのでした。

「無理に作るとね、ろくなことないの。考えること自体不自然じゃん。」

「どうやって愛してるとか好きっていう言葉を使わないでそれを伝えることが出来るか。それが分かればさ、歌になるの。」

う~ん、素晴らしい。「何故知り合った日から半年過ぎても、あなたって手も握らない」なんてフレーズ、もう唸るほかないもんなあ…。

新たに何か吸収しようしようって、そういう感じで「本を読んだり映画を観たりする」ことはないか、と尋ねられ、

「それってもうね、不自然なことなの。何かのために何かするって不自然。たとえばネタを仕込むために本を読むとかさ。それやるとね、不自然だから。そういう不純な動機で得た知識っていうのはさ、不純な作品しか産まない。」

「書くのは早いの、僕ね。二時間くらいで書けちゃうんだけど、そこに、その世界に到達するまでに、長いと半年くらいかかるし、何書こうというんじゃなくて、何か星雲みたいなものがあってさ、もやもやっとしたものがあって、で、じっと見てるとそれが凝縮していって、で、段々クリアになってくるわけ。で、余計なものがこう取り除かれてって、で、残ったものを言葉にしてあげるって感じ。」

偉大な巨匠のこの仙人じみたトークを楽しんでいるうち、不思議に気分がスッキリして来ました。そうだ、創作ってのは、気合入れりゃ出来るってもんじゃないんだ。大体僕のプレゼンシリーズだって、誰かに頼まれて始めた企画じゃないんだし、いい作品が時間通りに出来なければその週はお休みにすればいいだけの話じゃないか…。久しぶりに肩の力が抜け、笑顔を取り戻したのでした。

さて、木曜の五時過ぎのこと。古いローファーをつっかけて庭へ出て、ベジタブル・ガーデンの様子をチェック。ネギもにんにくもセロリも、薩摩芋も順調だ。赤赤と熟れたミニトマトを左手に山積みにし、こぼれ落ちないよう注意深く歩いて戻ります。日差しはまだ肌を刺すように強く、随分日が長くなったなあと実感しながらダイニングルームの扉を開けると、妻が恨めしげに私の顔を凝視しています。え?何か気に障ることしたっけ?反射的に謝りそうになりますが、思い当たる節がない。彼女が無言のままゆっくりと視線を移動し始めたので、その先を目で追ったところ、キッチンの壁に掛かっていたはずの大型時計が姿を消しています。支える相手を失った小さな金色のフックだけが、きまり悪そうに居残っている。そして真下のカウンターテーブル上、「元」壁時計が三つくらいのパートに分かれて折り重なっていることに気づきました。え?なんで?僕が庭に出ている間に砕け落ちたのか?でも一体どうして?

妻が息子の名を呼び、ゆっくりと部屋から現れた彼に説明を要求します。きまり悪そうに笑いながら、18歳の息子がごめんなさいと侘びます。むすっとしたまま立つ妻の横で、彼が顛末を話し始めました。

筋力トレーニングに夢中な彼は、数ヶ月前に懸垂器具を購入しました。自分の部屋の扉の枠板にそれを引っ掛け、ぶら下がって懸垂するというもの。先程トレーニング中に突然板が剥落し、器具もろとも背中から床に落下。後頭部を護ろうと咄嗟に上体を捻ったところ、背後の棚の角におでこの上の生え際を強かに打ち付けた。この衝撃で、棚の裏に掛かっていた壁時計が落下した、というわけ。

「分かってると思うけど、いくらなんでも愚かすぎるだろ。」

と首を振る私。うん、分かってる、と頷く息子。彼の部屋の扉上の枠板は以前から撓みが確認されていて、このまま荷重をかけ続ければ近々崩壊点に達するだろう、ここでの懸垂は禁止だぞ、と常々警告していたのです。仕方なく客間の入り口を使用していたのですが、平日の日中は私の仕事部屋になっているため、いちいちノックしてからでないとドアを開けられない。これを不便に感じていた彼は、遂に自分の部屋を使い始めたのですね。「立入禁止区域に侵入した小学生が感電事故」みたいな、非常に低レベルな失敗。

「まあでも、大怪我にならなくて良かったな。」

という私の大甘コメントが癪に障ったのか、妻が、

「結婚十周年の記念で買った時計だったのよ!」

と緊張レベルをレッドゾーンに戻します。

「ごめんなさい。」

と再び謝る息子。

後で彼と二人になった時、そもそもどうしてそういうことになったのか、あらためて尋ねてみました。分別に欠ける年頃とはいえ、その脆弱さを十分理解していたはずの構造物に全体重を預けようと決めた心境が、私にはどうしても理解出来なかったのです。

「懸垂したいと思った瞬間には、もうあれセットしてたんだよね。」

テストステロン(男性ホルモン)のせいで理性的な判断力が吹っ飛んでしまったんじゃないかな、と息子。なるほど、ホルモンね。でもさ、首から落ちて致命的な怪我になっていたかもしれないんだよ、と私が言うと、ここ触ってみてよ、とこちらの右手をつかんで前頭部のコブを撫でさせ、少し笑ってから、

「これまでのトレーニングでコア(体幹)がしっかりしてたから、咄嗟に顎を引いて上体を回転することが出来たんだね。」

と何故かドヤ顔。おいおい、何でそこで得意気なんだよ?君のその愚かさのせいで、両親の結婚十周年記念の品が木っ端微塵になったんだぞ。

「あ、それはごめん。」

と再び恐縮するものの、どこまで反省しているのかは謎。つくづく思うのですが、彼のこの圧倒的な「自己肯定感」は、強みではあるものの手放しでは称賛出来ません。小さなことで落ち込んだり自分を卑下したりしない一方、知らぬ間に他人の感情を傷つけたり同じ失敗を繰り返したり、という危険と隣合わせなのです。

ここではたと気づく私。これって、大半のプロジェクトマネジャーに見られる傾向じゃないか?特に男性の…。大規模プロジェクトを任されて二つ返事で引き受けるなんて、冷静に考えれば正気の沙汰ではないのです。そもそもプロジェクトなんてものは不可知の危険が一杯で、失敗して責任を取らされる可能性をちょっとでも想像すれば、二の足を踏むのは当たり前。ところが自己肯定感の強い人間は、どんなリスクを突きつけられてもビビらないのですね。だからこそプロジェクトマネジャーにはそういうタイプが多く、実は愚かな失策を犯しやすいし、犯しても気づかない。そればかりか、自分は結構うまくやれてると思い込んだりする。

おお、次回のプレゼンの骨組みが見つかったじゃないか!無理して考えず自然に過ごしてたら、勝手にあっちから現れた…。やったぞ。ついてるな、ノッてきたぞ。松本先生有難う!

2020年5月16日土曜日

Stir-Crazy スター・クレイジー


カリフォルニア州の外出禁止令が出てから約二ヶ月。この二週間はほぼ毎日、チーム・メンバーひとりひとりと電話面談をしています。会社の会計年度が十月始まりで、四月には上半期のパフォーマンス評価をすることになっていたのですが、このゴタゴタで一ヶ月延びた、というわけ。14名の部下のうち七名は二月に移籍して来た新メンバーであるため、彼女たちが去年設定したゴール自体を見直さなければならない。軽いチェックで済ますわけにはいかず、それぞれ一時間かけてじっくり会話したのでした。その前後に受けた近況報告の内容は、実に十人十色。

オレンジ支社のヴァージニアは、幼い二人の子どもたちを自宅で世話しながら働くことの困難さを日々痛感しており、体力的にも精神的にも限界ギリギリだと言います。一方三年目の独身テイラーは、通勤が無くなった分エクササイズに割ける時間が増え、前より健康になったと嬉しそうに話します。ロス支社のベテラン社員カーラは、自宅アパートの椅子が仕事に適した高さに調整出来ず、脚が腫れて来たと言います。更にネットワーク・スピードの遅さで仕事が通常の倍近くかかるようになり、目が疲れて頭痛がひどい。一日も早くオフィスに戻りたい、と。サンタマリア支社のデボラはお孫さんもいる年齢で、一度引退してから復帰したベテラン社員。アパートで一人暮らしをしています。調子はどう?と尋ねると、

“I’m getting stir-crazy!”
「スター・クレイジーになって来たわよ!」

と笑います。一瞬、何と言ったのか聞き取れず、復唱してもらいました。

「え?知らない?ずっと部屋に籠もってるからもうたまらないのよ。」

「でも何でStir なの?」

「あら、なんでかしら?子供の頃から聞き慣れてる表現だから、深く考えずに使ってたわ。」

Stirは鍋などを「かき混ぜる」という意味なので、何かそこに鍵があるのかな、と最初は思ったのですが、どうも腑に落ちません。後であらためて調査してみたところ、あるサイトに、「そもそもStir Prison(監獄)の俗語だった」とありました。だとすれば納得です。長期間収監された人が味わう狂気というのは今の我々の置かれた状況にぴったりだから。

19世紀のロンドンにNewgateという悪名高い監獄があり、このニックネームがStartだった。これがなまってStirになり、一般に監獄を指すようになった。この言葉が20世紀にアメリカへ渡り、囚人が発狂する様をStir-crazyと表現するようになった…。な~るほど。「早く娑婆の空気が吸いてえ!」という決まり文句が示すように、閉鎖空間で長期間過ごす人たちが味わう息苦しさを表すフレーズなのですね。

というわけで、デボラが言いたかったのはこういうことでしょう。

“I’m getting stir-crazy!”
「外に出たくて頭おかしくなりそうよ!」

一人暮らしで二ヶ月は確かにキツイだろうな、と同情しました。ただでさえ話好きなデボラは、サンタマリア支社で働く社員たちと毎日お喋りを楽しんでいたそうで、さすがにこの状況下でそんなことは出来ません。私は幸運にも妻子と毎日会話しているし、そこそこスキンシップも図れるため、デボラほどのイライラは感じずにいられます。とは言え、業務上のコミュニケーション効率の悪さ、ネット会議での微妙なタイムラグによる意図せぬ発言の衝突と気まずい譲り合い、ネットスピードの遅さによる待ち時間の増大など、心身の平安を揺るがす要因は無数にあります。「通勤」という切り替え装置の不在は勤務時間の増大を許し、何も対策を打たなければ肉体も精神もじわじわと蝕まれて行く。そこで私は、一月前からルーティンの微調整を始めました。

十分を超える長い休憩を仕事の合間にちょこちょこ取り、裏庭で植物の手入れをすること。毎日夕方に、心拍数をドカンと上げる運動をすること。就寝前に熱いシャワーや足湯で体を温め、じっくりストレッチしてからベッド入りし、快眠に取り組むこと(めちゃくちゃジジイっぽいですが)。これら全てを実施した上で、更に力を入れているのが呼吸法です。交感神経と副交感神経のバランスを整えるために、我々に出来る唯一の手段は呼吸を制御すること(我が家のホームドクター川尻先生の教え)。これをやってみて、そのパワーにあらためて驚嘆している私。

大学時代は合気道部で、稽古前に必ず呼吸法の練習をしていました。全部員が目をつぶって横一列で畳に正座し、主将が「呼吸法、始め!」と叫んで拍子木を打つ。息を15秒吐き続ける、拍子木カーン、息を15秒吸い続ける、拍子木カーン!これの繰り返し。ただただ自分の呼吸に意識を向けること数分間。気がつくと、何とも表現し難い不思議な場所にワープしているのです。明るくて暖かくて、とにかく静かな世界。「やめ!」の合図でゆっくり立ち上がる時には、まるでコンピュータのメモリが全消去され、デスクトップはスッキリ片付き、デフラグも終了してどんな作業でもサクサクこなせるような気分になっているのです。まさに「生まれ変わったような」体験。Stir-crazyになりそうな時は呼吸法で乗り越える。これしかない。何十年もの時を経て、その効用に唸らされるのでした。

さて、自宅で遠隔授業を受けている18歳の息子。ここのところしつこく、ねえ、「鬼滅の刃」読んでよ、と迫ってきます。今まで見た漫画で一番すごいんだよ。パパとじっくり感想を語り合いたいんだ、と。う~ん、漫画は好きな方だけど、さすがに現代少年漫画の話題で盛り上がるのはキツイ年齢になってんだよな…。

「鬼滅の刃(きめつのやいば)」とは、少年ジャンプ連載のメガヒット漫画で、アニメ化された際のアートワークがあまりにも素晴らしくて一気にバズった、という作品。舞台は大正時代。家族の命が無残に奪われ、妹も鬼に変えられてしまった主人公の少年炭治郎が、厳しい試練に耐えながら強くなっていき、恐ろしい鬼たちを倒して行くお話。ストーリーの中で肝となるのが「呼吸法」で、これをマスターしないと強くなれない。炭治郎が幼い頃、体が弱く普段は病の床についていた父親が雪の中、呼吸法を使って完璧な舞を長時間踊るシーンは圧巻です。「正しい呼吸を出来るようになれば炭治郎も舞えるよ。」というメッセージは、うちの愚息の心に焼き付いたみたい。

「炭治郎の頑張りに励まされたお陰で、吐きそうなほどキツイ水泳部の練習にも耐え抜けたんだよ。」と、架空の人物への感謝を真顔で口にする息子。呼吸法の凄さを説いたことがある私と炭治郎の父とを重ねているのか、この漫画はきっとパパも夢中になるはずだよ、と鼻息を荒くします。

その息子ですが、最近は私の姿を見るとエア大刀を闇雲に振り回して斬りかかって来て、やめろと突き放してもなかなか止めず、最後は首を撥ねる真似までするので非常に邪魔くさいです。毎日何時間も泳ぎこんでいた若者が突然二ヶ月も家に閉じ込められればStir Crazyになるのも当然ですが、実に鬱陶しい。かくなる上は呼吸法を完全にマスターし、ヤツの攻撃を華麗にかわして格の違いを見せつけるしかないな。そうほくそ笑む、初老のオヤジでした。