2016年11月11日金曜日

Unprecedented  前代未聞

大統領選挙の翌朝、いつものように出勤した私は、何かただならぬ空気にハッとしました。まるで身内に不幸があったかのように、皆がふさぎこんでいるのです。朝一番の打合せでは、同僚サラに「ハウアーユー?」と挨拶したところ、「Not good(調子悪い)」と不機嫌な表情で返して来ました。会議中、何度も何度も大きなため息をつきます。昼休み前のミーティングではディックが、

「不適切な発言も、これからは職場で堂々と出来るよな。なにしろ我らの新リーダーが範を示してくれてるんだから。」

と苦々しげに笑います。遅れて打合せに参加した南米エクアドル出身のアナベルは、今にも些細な一言をきっかけに泣き崩れてしまいそうな涙目でした。打合せ後に食堂へ行くと、総務のヘザーがこちらを見て、

It’s over(もうおしまいよ)」

と吐き捨てるように言いました。隣の席に座ってランチを食べ始めたダグラスは、黒い服に身を包んでいます。

「喪に服してるのさ。リズもアナベルも、今日は黒い服だぜ。」

そういえばアナベルも、ブラックのワンピースでした。

州民の大多数が民主党支持者のカリフォルニアだけに、今回の選挙結果に納得しない人は多いだろうな、と思ってはいましたが、皆が職場でここまであからさまに不満を表明するとは予想もしていませんでした。この国で選挙権を持たない私は、同僚達と同じレベルの憤りを感じることが出来ません。むしろ、こんな無茶をしてまで現状を変えたいと半数の人が思うほど国が病んでいるのだ、という気づきに慄然としている、というのが本当のところ。同時に、その是非はともかく、国の進む方向を変えようと思えばこうやって変えられる仕組みがある、というアメリカのダイナミズムに感心すらしていたのです。そんな心境のまま、

“This is interesting.”
「インタレスティングだねえ。」

と感想を漏らしたところ、間髪入れずダグラスが、

“If that means fucked up, yes!”
「滅茶苦茶だっていう意味で言ってるならね!」

と返しました。

古参社員のビルは不機嫌面を隠そうともせず、

Facts(事実)を脇に押しやって、選挙に勝つためならどんな嘘でもついてやる、というんだからな。全くやり切れんよ。」

と、深いため息。

帰宅すると高校生の息子が、

「先生が何人か、泣きそうになってたよ。」

と話してくれました。彼の担任は授業中、生徒たちにこんなことを言ったのだと。

「私達(の世代)の責任でこんな事態になってしまって、本当にごめんなさい。これから四年間しっかり勉強して、次の選挙で世の中を変えてちょうだい。」

学校でそんな話をしちゃっていいの?と尋ねると、選挙が終わったからいいんだよ、と答えます。ほんとかなあ。

昨日の夕方、同僚ヴァレリーがやってきて仕事の話をした後、彼女が言います。

「シャノンからテキスト来た?」

部下のシャノンは今週、北カリフォルニアのオークランド支社でトレーニングを受けているのです。

「いや、今日は何も。」

「オークランドで暴動が起きてて、警察隊と衝突してるんだって。オフィスの窓からそれが見えるっていうのよ。危ないからビルの外に出ないでねってテキスト返したところなの。」

「え?そんなことになってんの?さすがオークランド、血の気が多いなあ。さすがに平和なサンディエゴの人はやらないよねえ。」

「何言ってるの?ここでもダウンタウンやバルボアパークでデモが始まってるわ。ニューヨークやワシントンDCでもやってるし。」

ぶったまげました。大統領選挙後に各地でデモや暴動が勃発するなんて、聞いたことありません。まさに前代未聞の珍事です。ええと、これって英語で何て言うんだっけ?二秒かかってようやく思い出しました。

“It’s so unprecedented!”
「アンプレシデンテッドだねえ!」

Precedent(プレシデント)が「前例」。Unprecedented(アンプレシデンテッド)で「前例の無い」「前代未聞の」という形容詞になります。するとヴァレリーが苦い表情を浮かべ、

“Not pun intended?”
「ダジャレじゃないわよね?」

と聞きます。え?ダジャレ?何のこと?

“I’ll leave you to it.”
「今の、宿題ね。」

不機嫌面のまま立ち去るヴァレリー。その後ろ姿を見送りながら、ようやく合点が行きました。大統領のPresident(プレジデント)とPrecedent(プレシデント)がシャレになってたのですね。おお~!と感心する私。これ、ここ暫く使えそうじゃん!

でも冷静に考えたらこのネタ、ただでさえふてくされてる同僚達の神経を逆なでするのはほぼ確実。


とりあえず、おとなしくしておきます。

2016年11月5日土曜日

Transparency トランスペアレンシー

金曜の朝10時半ぴったりに電話会議に参加したところ、既に他の出席者たちが議論の真っただ中でした。30分以上前から白熱してるぞ、と言わんばかりの温まり方で。あれ?時間間違えたかな?と慌ててスケジュールを確認したのですが、受け取った招待メールには、はっきり10時半スタートと記されています。おかしいなと思いつつも、話の腰を折りたくなかったのでそのまま黙っていました。すると5分ほど経ってから主催者のキャリーが、唐突にトーンを落としてこう言います。

「ねえ、さっき誰かが入って来たみたいな音しなかった?」

そこへパットが、

「うん、私も聞こえた。誰か入って来た気がする。」

「俺にも聞こえたよ。」

とジョーゼフ。

まるで「ゾッとする話」のオチ直前みたいな感じになってしまいました。もうちょっと沈黙を守ってその雰囲気を楽しんでも良かったのですが、

「シンスケだけど。この電話会議、10時半スタートじゃなかったっけ?」

と口を開く私。

「あ、そっか、シンスケか!」

とキャリーが叫びます。

“I totally forgot that I had invited you!”
「招待したことすっかり忘れてた!」

それから、ごめんなさいねと謝りました。ここへパットが、これは連続した電話会議の第二部で、第一部の議論を早めに終えてしまったためにそのまま後半の議題へ突入してしまい、もうすぐ終わりそうなのだと解説します。キャリーは第二部の議論に私を加えようと前日になって急に思い立ち、わざわざ招待メールを転送してくれていたのですが、そのことを失念していたのですね。

“Thank you for being honest.”
「正直に言ってくれて有難う。」

と、やや皮肉めいた返しをする私。するとパットが、

“I admire your transparency, Carrie!”
「あなたのトランスぺアレンシー素敵だわ、キャリー!」

と称賛します。

Transparencyとは「透明性」という意味ですが、キャリーの性格を的確に表した単語だと思います。私は「正直さ(Honesty)」を押し出したコメントを吐いたのですが、よくよく考えてみると「正直さ」と「透明性」には、微妙な違いがありますね。もしも彼女の発言が「ごめんなさい、すっかり忘れてた!」であれば「正直な人だね」で正解でしょうが、「すっかり忘れてた。ごめんなさい!」という順番だったことがとても重要です。キャリーが「あけすけで飾らない」人物だということが、これで明白になるのです。この人、パットとともに本社の副社長という高い地位にありながら、私が聞いたことには何でも包み隠さず答えてくれます。え?そんなトップシークレットまで教えてくれちゃっていいの?と、質問したこっちが心配になるほど。

そのキャリーとは過去二ヶ月の間に、三回の出張をともに過ごしました。先週のオースティン滞在中は、ホテルの飯があまりにも不味かったため、道を一本隔てたマクドナルドまで足を運んで一緒に朝食をとりました。その際、「私のフィアンセ(婚約者)が」という発言があったので、

「9月にダラスで会った時は、Boyfriend(彼氏)って言ってなかったっけ?」

と尋ねる私。すると、あの翌週にプロポーズされたのだと話してくれました。おめでとう!と祝福した後、そういえばダラス出張後に一週間旅行するって言ってたよね、と私。どこへ行ったの?どんな感じで申し込まれたの?彼氏ってどんな人?とまるで幼馴染の女友達のように直球質問を畳みかけたのですが、いちいち丁寧に答えてくれるキャリー。そこまで深々とプライベートを掘っていいほどの間柄でも無いよなあ、と自分に呆れつつも、無防備なまでに率直な彼女の反応が面白すぎるので、そのまま詮索を続けました。

二年前から付き合って来たバツイチの彼氏は、法執行機関に勤めていると言います。具体的にはどんな仕事?と尋ねると、Probation Officer(プロベーション・オフィサー)。日本語にすると、「保護観察官」。犯罪者を社会復帰させるために監督・指導する職業ですね。毎日犯罪者を相手にしている彼は、屈強な大男であるばかりでなく、極端に注意深い人だそうです。一緒に街を歩いている時も百メートル先に怪しい人物を発見すると、黙ってキャリーの腕をつかんで方向転換するのだと。

「残念ながら社会復帰を果たせずに犯罪者に逆戻りする人も沢山いるのよ。そういう人を刑務所に送り届けるのも彼の仕事なの。」

「さぞかしがっかりすることだろうねえ。」

「私の存在は、職場でも一切口外してないんだって。何かあって逆恨みされるような事態になった場合、彼のアキレス腱になりかねないでしょ。」

「人の嘘を見分ける嗅覚が、物凄く発達するだろうね。キャリーみたいに透明な人と出会って、普段接する人たちとのギャップにショックを受けたんじゃない?」

「暫くは戸惑ってたみたいよ。」

拗ねたりひねたり妬んだり恨んだり、嘘をついたり隠し事をしたり、といった心の捻じれと一切無縁のまま、真っ直ぐ中年になっちゃったキャリー。天衣無縫というのはこういう人のことを言うのでしょう。職業上他人を疑ってかかる習慣が身体に染み付いているであろう彼氏には、彼女がまるで砂漠のオアシスのように映ったのではないでしょうか。きっと二人は末永く上手く行くだろうな、と思ってなんだか嬉しくなりました。

しかし彼女との会話中ずっと気になっていたのは、これほど話題がプライベートな内容であるにもかかわらず、キャリーの話し声が終始マクドナルドの店内に響き渡っていたということ。ボリューム調節機能が装備されていない彼女は、どんな話でも周辺にいる人全員に聞こえる声でしか喋れないみたいなのです。そこは直した方がいいと思うんだけど、と心中笑いを堪えつつ耳を傾ける私でした。

さて、先週のトレーニング終盤。なんとなく振り返った時、会議室最後列のズービンが声をひそめて隣のキャリーに何か話しかけているのに気づきました。すると彼女が平然と通常音量で返答したので、「何事か?」と皆が一斉に振り返ります。トレーニング参加者全員の視線を浴びて微かに顔を赤らめ、キャリー相手にひそひそ話をしたことを激しく後悔している様子のズービン。その隣で、何が起きているのか全く理解出来ていない様子のキャリーに、改めて惚れ惚れする私でした。


2016年10月30日日曜日

Bring it on! かかってこいや!

一週間のオースティン出張から戻りました。来月中旬オーストラリアの全支社で一斉に使用が開始されるPMツールのユーザーサポートを支援するため、全米から選抜された6人のNinja達(エリック、キャリー、ズービン、ティム、アダム、そして私)が仕上げの訓練を受ける、というのが主目的。これにアメリカのITチーム、それにオーストラリア、ニュージーランド、イギリス、中東のスーパーユーザー達も加わって、30名を超える大所帯になりました。

開催地がテキサスのせいか、来る日も来る日も食事は肉中心。ポテトサラダとかコールスローが、思い出したように時々少量付け足されるのみ。奇跡的にか意図的にか、ベジタリアンの参加者がゼロだったので何の苦情も出なかったのですが、菜食主義でない私でさえこれはさすがにキツかった。みんな胃腸が丈夫に出来てるんだなあ…。イギリスから参加したベンは、この食事攻勢を「Meat Bomb(肉爆弾)」と呼んでいました。

二日目の晩には、ダラス在住のズービンが彼のワゴン車に男性Ninja達を載せて、コロラド川を見下ろす絶景スポットに連れて行ってくれました。ここにオーストラリアから来たレナータという女性社員も加わって私の前に座ったのですが、彼女が「前の晩にバーピーを100回以上やった」と発言しました。私が「バーピーって何?」と尋ねると、車内の連中が「え?知らないの?」と一斉にこっちを振り向きます。Burp(バープ)は「げっぷ」なのですが、いくらなんでも女性がゲップ百連発を誇らしげに語るわけがない。バーピー(Burpee)とは、スクワットと腕立てとジャンプを連続で行う有酸素運動メニューで、効率的にエクササイズがしたい人に好都合なのだと言います。え?何?みんなそんなこと日常的にやってんの?と驚愕する私に、他のNinja達が、俺は20回、とか僕は3分やったよ、とまるで今回予め与えられていた日課のように発表していきます。げげっ!僕だけ宿題の範囲を聞き逃してたみたいじゃんか。レナータが、

「今晩何回バーピーしたか、明日報告してもらうからね。」

と悪戯っぽい目で言いました。車内の野郎どもが、

「あまり無理するなよ。意外にキツイからな。」

と、まるで新人に忠告する先輩レスラーみたいな態度。その晩さっそくホテルのジムでやってみたところ、30秒でグロッキー。回数にして10回程度。全然駄目じゃん。翌朝、まわりから散々からかわれたことは言うまでもありません。

木曜の晩は男性Ninja5人、再びズービンの車でオースティンのダウンタウンに繰り出します。議事堂を見学した後、バーで食事をし、最後はデュアル・ピアノ(二台のピアノ)をコメディアンみたいな男たちがガンガン弾きながら歌う懐メロ・バーへ。客はグラスを手に歓声を上げたりジョークに応えたり、知ってる歌を一緒に口ずさんだりして楽しみます。飲まない私は純粋に雰囲気を楽しみつつも、段々時間が気になり始めました。帰りの運転を頼まれているのに、眠くなって来たぞ11時を超えたっていうのに誰一人立ち上がろうとしないばかりか、歌手の煽りでますますテンションが上がって行きます。明日はトレーニング最終日だぞ。大丈夫なのかな。居眠りしちゃったらどうしよう?他のNinja達をちら見するのですが、皆さん普通に楽しんでいらっしゃる。この人たちの体力、尋常じゃないぞ

11時半を過ぎ、さすがに痺れを切らした私がトイレに立ったのを潮に、ようやく腰を上げるNinja達。慣れないワゴン車を慎重に発進し、高速を30分ほど走らせます。間もなくホテル到着という段になって、ズービンが

「腹減った。俺、さっきあまり食べてないから。」

と、寄り道を促します。

「ええっ?今から?こんな夜中に開いてる店ないでしょ。」

と抵抗する私に、

「ワラバーガーは24時間営業だよ。」

と返します。What a burger (ワラバーガー)というチェーン店に、12時過ぎてからどやどやと入るおっさん5人組。

「ここのバーガーは最高なんだぜ!

と大声でしきりに売り込むズービンに、客として立っていた若くてハンサムなポリスマンが、「その通り!」と厳しい顔のまま同調します。それに応えてティムとアダムは巨大シェーク、エリックはチキンナゲットを注文。そしてズービンは油ギトギトの特大バーガーにかぶりつきました。数時間前から内臓が就寝状態に入っていた私は、ブースシートに腰を下して目を開けたまま充電スタート。

深夜の活動でテンションが上がったためか幾分下ネタが増えて来た仲間たちの会話をぼんやりと聞きながら、今回のニンジャ・チームについてちょっと考えてみました。既に副社長だとか地域部門長だとかの要職にある彼等は、並外れた知力、体力、リーダーシップ、コミュニケーション能力、ユーモアセンスを実証済み。これほどのAチームの一員として選ばれた自分には、一体何があると言うのだろうか?英語力だってまだまだだし(辞書を引きつつトレーニングに参加しているのは、きっと私だけでしょう)。受講中、瞬時に的確な質問やコメントを加えていく仲間たちを横目に見ながら、ひたすら黙ってメモを取っていく私。英語を読み聞き話す、という三つのプロセスを同時に処理できないので、それだけでかなりの後れを取っているのです。じゃあどうして選ばれたんだろう…?

さて金曜日。いよいよトレーニング最終日です。午後の総括で、講師のクリスティーナが皆に感想を訪ねます。カタールから参加していた若いスーパーユーザーのピーターが挙手し、

「学べば学ぶほど、自分の知識の浅さを知って不安になります。中東地域でツールの使用開始をする時は、ここにいる皆さんの助けを借りなければいけないなあと思いました。」

と謙虚な発言をしました。確かに冷静に考えてみれば、プロジェクトマネジメントをトータルでカバーする巨大ツールをこんな短期間でマスター出来るわけなど無いのですが、私はここで、おや?と思いました。その感じ方、自分と違うぞ、と。ここまでみっちりトレーニングを受けたんだから充分務めを果たせるに決まってる、まかせろよ!と口にしかかっていた私は、ピーターのこの謙遜に違和感を感じていたのです。

「じゃあ、オーストラリアに派遣されるアメリカのニンジャたちはどう?」

とクリスティーナが我々6人に投げかけます。隣同士に座っていたエリックと私は、ほぼ同時に

“I’m ready.(準備できてるよ)

と答えました。最後列のズービンも、イエーとか何とか奇声を上げます。そして間髪入れず、エリックの後ろに座っていたティムが、

“Bring it on!(ブリング・イット・オン)

と叫びました。

ブリング・オンは「持って来いよ」。Itは、「困難な挑戦」という意味。「いつでも来い」とか「どんと来い」など、いろいろ和訳出来ると思いますが、この時のティムの声の調子などを加味すると、

「かかって来いや!」

くらいのニュアンスでしょう。この発言に呼応し、ニンジャ・チームが一斉に鬨の声を上げました。

「心強いわね。安心したわ。」

とクリスティーナが微笑みます。

この時、はっきりと分かりました。私がこのチームに選ばれたのは、結果を恐れずとりあえずどんな挑戦でも受けてみる、という超楽観的な性格のせいなんだなあ、と。

迷わず行けよ。行けば分かるさ。


2016年10月22日土曜日

Stereotype ステレオタイプ

今週はシカゴ出張でした。新しいPMツールを北米で使用開始する2月に向け、アメリカとカナダの各地から選抜されたトレーナー達が再び集結し、リハーサルを繰り広げた二日間。初日の夜は、ダウンタウンのパブに皆で繰り出しました。先月ダラスでみっちり一週間トレーニングを受けたお蔭で、今ではすっかり「同じ釜の飯を食った」仲間たち。二列の長テーブルに挟まれた格好でスツールに腰かけていた私は、ディナー開始後間もなく、背中合わせに座っていたクリスティーナの肩をつつきました。彼女は、このツール開発プロジェクトの中心人物です。

「あのさ、今度のオーストラリア行きのメンバーって、どうやって選んだの?」

と、ずっとくすぶっていた疑問をぶつけてみたのです。二週間前、突然降って湧いた海外出張のご指名。

「ちゃんと説明しなくちゃとは思ってたのよ。それは気になるわよねえ。」

この会話が耳に入ったのか、遠征組に選ばれた他のメンバー達も、グラスを手にクリスティーナの声が届く席まで移動して来ました。訓練を受けた総勢18名のトレーナー達は、来月から北米各地でトレーニングを展開するのが使命でした。ところが突然、私を含めた6名がこのトレーナーグループから外され、オーストラリアの各支社へエンドユーザー・サポートのために派遣されることになったのです。

「オーストラリアでの新ツール使用開始日が迫ってるでしょ。二週間前、先方と詳細を詰めてたら、今のサポート態勢じゃ不十分だ、もっと援軍をくれ、という真剣な要請があったの。先行実施するオーストラリアがコケたら北米での2月スタートだって危うくなる、後に続くヨーロッパやアフリカ、それから中国にだって影響が及ぶ。これは全社的な問題だ、という話になってね、48時間以内に回答しろって言われたの。そんなわけで、当人たちには事後承諾という形であなたたちの名前をリストアップしちゃったのよ。」

シンスケ(サンディエゴ)
エリック(サンフランシスコ)
キャリー(シアトル)
ズービン(ダラス)
ティム(フィラデルフィア)
アダム(ニューヨーク)

「なるほど、これは責任重大だね。でもさ、一番気になるのは、どういう基準でこの6人が選ばれたかってことなんだ。」

「新旧ツールを熟知していて、PMサポートの経験が豊富で、ポジティブな性格の人、というふるいにかけたの。それでも、ホリデイ・シーズンに長期間家を空ける話を勝手に決めやがって、とブーイングが来ると覚悟してたのよ。そしたら、怒らないどころか全員が喜んで引き受けてくれて、感激したわ。本当にポジティブな人達だなあって。」

会社持ちでオーストラリア旅行が出来るってのに、文句言う人なんていないと思うんだけど…。

「ところでさ、誰がNinja(忍者)なんて名前を付けたの?」

そう、この6人衆は何故かニンジャと呼ばれていて、その任務について話す時には誰もがニヤつくのです。今回のリハーサル中もティムが自己紹介の際に、

「ニンジャの一人、ティムです。何か難しい問題に苦しんでいる時にふと風を感じたら、それはきっと私です。」

などとジョークに使ってました。

「最初はスーパー・ドゥーパー・ユーザーとか色んな呼び方をしてたんだけど、どれもしっくり来なくて、多分フランクかアイリーンが、ニンジャはどうかって言ったのよ。特殊訓練を受けていて、素早く問題を解決してくれるイメージがあるでしょ。一発で皆が気に入っちゃって、それから使い始めたの。」

オーストラリアについてはほとんど基礎知識が無いこと、イメージと言えば映画「クロコダイル・ダンディー」に出て来る、巨大なナイフを持ったワイルドな主人公くらいだ、と言うと、そんなオーストラリア人いないわよ、と笑いながらクリスティーナが各都市の特徴を教えてくれました。

「シドニーがスーパーモデルだとすれば、メルボルンは隣のお姉さんって感じ。パースはね…。」

さて来週は、テキサス州オースティンへ一週間出張です。IT部門の専門家たち、それからオーストラリアのサポート部隊も参加するNinja Bootcamp(忍者特訓キャンプ)と題された今回の出張では、技術的なテーマの他、オーストラリアの文化や風習についても学ぶのだと。

「大抵の人が外国や外国人に対するStereotype(ステレオタイプ)を持っているでしょ。まずはそういうのを取っ払うところから始めないといけないの。」

ステレオタイプとは、対象に対して抱く勝手なイメージですね。オーストラリア人は腰にナイフ提げてちょくちょくワニと闘ってる、とか。後で調べたら、これはギリシャ語源のフレーズ。ステレオは「強固な」、タイプは「インプレッション、印象」で、18世紀の印刷機が由来だそうです。

「来週のブートキャンプにはオーストラリアから6人くらい参加するんだけど、皆すごく嫌がってたのよ。なんでよりによってテキサスなんだ?って。」

「え?どうして嫌なの?」

「テキサスでは銃の携帯が許可されてるでしょ。銃器の所持が禁止されているオーストラリア人からすれば、考えられないくらい危険な地域なの。街中の人がカウボーイハット被って銃を腰に提げてるってイメージ持ってる人は沢山いるのよ。」

「まさか!」

「本当なのよ。真面目な話、それが理由で出張拒否しようとした人もいたの。それくらい、ステレオタイプって強烈なものなのよ。」

シカゴから戻った金曜日。大ボスのテリーと久しぶりに言葉を交わしました。私がニンジャに選ばれたこと、オーストラリア出張の後、もしかしたら別の国々に派遣されるかもしれないというくだりで、

「よく考えたらニンジャって単語、どうかと思うんだよね。これって皆ポジティブなイメージ持ってる言葉なのかなあって。」

と問題提起してみました。テリーも、

「そうね。確かに微妙よね。」

と同意します。

「中国に出張することになって、私は忍者ですって日本人のあなたが名乗ったら、一体どうなるのかしらね。」

う~ん、どうなるんだろう?


2016年10月16日日曜日

Over-Communication オーバー・コミュニケーション

息子の高校の水球チームに、転校生二コラが加わりました。彼とうちの子は、小学校低学年時代のクラスメート。約6年ぶりの再会です。中学生の頃から水球選手だった彼は、いきなりコーチのような風格で部員達をリードし始めました。二コラのお母さんは、自己紹介もそこそこにチームの連絡係を買って出て、試合日程や会費集めなどの連絡メールを頻繁に父兄へ送信するようになりました。それもほぼ毎日。転校早々よくここまで積極的に前へ出られるよねえ、と感心する我々夫婦。そういえば子供たちが小学生の頃も、あの人あんな調子だったわ、と妻。

先日学校の集まりで彼女に会ったところ、「笑福亭」と丁号を授けたくなるくらいの人懐っこい笑顔で、とめどなく喋り続けていました。ただただ合いの手を打つだけの私達。

「今でも覚えてるわ。夫婦それぞれの名前の一部をとって息子さんの名前をつけたってエピソード。すごい印象的だったもの!」

妻はこのセリフ、彼女からもう何度も聞かされているのだそうです。しかもこのエピソード、内容に決定的な間違いがあるし(偶然にもそういう名前になってたことに他人から指摘されるまで気づかなかった、というのが真相)。でも、わざわざ訂正するような重大案件でも無いので、黙って頷いていました。

幼い頃から、「頭の中で内容をきちんとまとめてから口を開け」とか「要らんことをべちゃくちゃ喋るな」という躾を受けて来た男系家庭出身の私にとって、この手のキャラはひたすら驚異です。経験から言ってこれは女性特有の習性で、彼女らの活躍機会が増えてきた昨今、この「圧倒的なおしゃべり」に驚嘆することしばしば。部下のシャノンも毎朝出勤していきなり、娘の歯医者とのゴタゴタだとか高速道路で目撃した事故の話などを、15分以上聞かせてくれます。東海岸にいるティファニーとの電話でも、赤ん坊が夜中にぐずった話とかデイケアセンターの予約待ちがひどいとか、プライベートな内容をたっぷり披露してもらった後で本題に入ることが日常。

うちの妻でさえ、よくもまあそんなにネタがあるもんだなと感心するほど、毎日の出来事を詳細に聞かせてくれます。結婚当初は、「で、オチは?」って聞くのやめてくれる?とよく怒られてました。「そっちが聞きたいかどうかはともかく、こっちが聞かせたいことをそのまま喋ってるんじゃない。どこが悪いのよ?」と言い切るその潔さに唸った私は、黙って耳を傾けるようになりました。同じ相手に同じネタを複数回使うなどというとんでもなく恥ずかしいミスを犯しても、さほど気にしない様子の妻。それどころか、

「知ってた?誰かから聞いたんだけどさぁ、」

と興奮して教えてくれようとする妻に、

「あの、それ僕が教えた話だと思うんだけど…。」

とおずおず指摘した経験も、少なからずあるのです。

何はともあれ、結婚生活や女性に囲まれた職場環境の影響で、今ではすっかりこの「過剰気味のおしゃべり」を礼賛するようになった私。「男は黙って」などとカッコつけてるより、より多くの情報を交換し合った方が良いに決まってます。

先日、あるビジネス誌に載った記事で、こういうスタイルのコミュニケーションがいかに大事かを読みました。さほど重要でない話を沢山することによって、信頼感が強まるというのです。「何でも遠慮なく言える関係なんだ」という確認を重ねるのですから。それに、個人のプライベートをある程度知っておくことで、より思慮深い方法で情報を伝えられるようにもなるのです。「娘さんの卒業式、来週だったよね。その翌週だったら出張だいじょうぶ?」などという風に。

さて、過去数カ月、本社のプロジェクトコントロール担当副社長であるパットと頻繁に会話しています。本来であれば、一支社の一中堅社員である私が簡単に接触するチャンスの無い相手です。彼女がイントラネットで流したニュースに反応してメールを送ったところから交信が始まったのですが、話すうちに意気投合し、気が付けば、彼女が主催する定例電話会議のレギュラー・メンバーにおさまっていた私。全米に拡がるプロジェクト・コントロール部門の社員たちに施すトレーニングの教材づくりに力を貸して欲しい、という依頼に応え、一度も顔を合わせたことのないメンバーと定期的に電話で議論しているのです。

金曜の朝、今週二度目の電話会議がありました。パットが

“Let me grumble first.”
「まずはちょっと愚痴らせて。」

と口火を切り、本社上層部から受けているプレッシャーを語ります。エピソードに登場する人物は、みな会社のトップ5に入るキーメンバー。S氏がB氏にこう詰め寄った、そのシワ寄せでこんな事態になっている、などと。普通なら私のようなポジションにいる社員が絶対知り得ないようなキワドイ話題を、パットが惜しみなく話してくれるのです。しかも同じ内容を、前日の電話会議でも彼女は喋ってました。

ひとしきりぶちまけてから溜息をついた彼女が、こう言います。

“I apologize for over-communicating.”
「オーバー・コミュニケートしちゃってごめんなさいね。」

女性の参加者が、すかさずこう答えます。

“We all love your over-communication!”
「私達みんな、あなたのオーバー・コミュニケーション大好きよ!」

このOver-Communicateというフレーズですが、辞書で調べてもほとんど訳が出ていません。あるサイトでは、「同じ内容を何度も繰り返し伝えること」と説明されていました。ただでさえ情報過多のこの時代に、無駄を省いた軍隊的伝達方法は通用しない。相手の頭にしっかり浸透するよう、リピートせよ、と。

ビジネスシーンでのコミュニケーション向上に、女性の社会進出が多大な貢献をしているんだなあ、とあらためて実感した次第です。

というわけで、特にオチはありません。


2016年10月8日土曜日

Lead by Example 自ら範を示す

金曜の朝、南カリフォルニア地域のプロジェクト・コントロール担当副社長R氏からメールが届きました。

「時間のある時に電話くれないか?君と君のチームの今後の役割について話したいんだ。」

古参の社員に対するトレーニングを重ねてじわじわとチームを拡大して来た私の地道な努力をあざ笑うかのように、今年の春ふらっとロサンゼルス支社に現れてあっさりと新部門を立ち上げてしまったR氏。そして次々に外部から人を雇い入れ、気が付けば十人を超える集団の長になっていました。手塩にかけて育て上げたチームを率いる私にとってみれば、この「よそ者軍団が幅を利かせている」状況は正直面白くないし、脅威でもあります。これまでR氏のチームと私のチームとの関係をどうするのか、という議論は一度も無かったし、ひとたびこのテーマが大っぴらに話し合われたら、うちのチームが潰されるか吸収される可能性は容易に想定出来ます。R氏からの突然のメールは、本格的組織改変の開始を示す「のろし」かもしれない、と踏んだ私。さっそく大ボスのテリーにメールを転送し、

「昼休み明けに電話してみますね。」

と告げました。

「何があろうとサポートするわよ。」

と、間髪入れずに返信してくれた彼女。去年の10月にサンディエゴ支社環境部門へ移籍してからというもの、私はこのテリーの翼の下で愉快に仕事を続けて来ました。彼女の「肝っ玉母さん的」なアドバイスには、これまで何度も助けられて来た私。

数週間前、R氏がオーストラリアから引き抜いて来た女性社員のMが、サンディエゴ支社のPM達に電話をかけまくり、あれこれ指図して来たことがありました。

「Mって何者?シンスケのチームが僕たちをサポートしてくれていること、彼女は知ってるはずだよね。」

困惑するPM達から話を聞き、「R組の奴等、いよいようちの縄張りに殴り込んで来やがったな。よ~し、全面戦争や!」とチンピラのようにいきり立って組長テリーに報告した私は、彼女の一言に意表を突かれました。

「Mに電話して話を聞いてみたら?」

何らかの下心があっての行動かもしれないと勘繰っていても埒が明かないでしょ、よくよく聞いてみたら「なんだそんなことか」って話、よくあるじゃない、と。え?そんな呑気なリアクション?戸惑って立ちすくむ私を、小会議室に引っ張って行って迷わずMに電話をかけるテリー。

「ごめんなさい。着任したばかりでよく分かってなかったの。これからはサンディエゴ支社のPM達に連絡する場合、まずシンスケに断りを入れるわね。」

と素直に謝罪するM。電話を切った後、ほらね、とテリーが微笑みました。あまりに拍子抜けな結末に、ただただ茫然とする私。家族には、「誰かの言動に悪意を読み取って色々悩んでいる自分に気付いた時は、思い過ごしかもしれないぞと冷静に考えてみるべし」と日頃から偉そうに説教していたのに、このザマです。なんて未熟な奴なんだ!と激しく恥じ入ったのでした。

そんな出来事があったお蔭で、今回も最悪の事態を覚悟はしつつ、ややリラックスした心境でR氏に電話をかけることが出来た私。

「昨日の晩、本社のショーンからメールを受け取ったんだ。オーストラリアでのトレーニングに講師が足りないということで、アメリカから6人選ばれたそうなんだが、君の名前もそこに入っていてね。12月に三週間、それから年明けに一週間、オーストラリア出張だ。都合つくかな?君が今サポートしてるプロジェクトにも支障が出るだろうから、今からチームでどうカバーするかを相談しておいた方がいいと思うんだ。」

これは全くの想定外でした。更にR氏が続けます。

「本社のパットと相談してね、南カリフォルニアの各支社でプロジェクトコントロールを担当してる人材の能力評価を、近いうちに始めることにしたんだ。これには君の協力がぜひとも必要だ。お願い出来るかな?」

電話を切った後、テリーの席へ行って首尾を報告しました。

「ほらね。悪の親玉みたいなイメージをどんどん膨らませて警戒してるより、さっさと電話しちゃった方が早いのよ。」

とニッコリ笑うテリー。

「まったく、前回の件も含めて、自分の思い過ごしが恥ずかしいですよ。アドバイス、本当にどうも有難う。コミュニケーションのレベルって、自分の心構えひとつですごく変わってくるんだなあ、ってあらためて学びましたよ。」

自分の上司もあまり頻繁にコミュニケーションを取りたがらないタイプだ、というテリー。

「だから要求されてるわけでもないのに、あたしの方から勝手にガンガン連絡しちゃうのよ。それで彼からも、段々と情報を提供してくれるようになったの。」

なるほどねえ。彼女の開けっ広げなアプローチが、じわじわと相手の心を溶かすのでしょう。テリーがこう言って微笑みました。

“It’s leading with example.”
「自ら範を示す、というやつよ。」

何度も大きく頷いて自分の席に戻った私。

今後は人間関係でモヤモヤしたら、さっさと受話器を手に取って相手に電話をかけよう、そしてそういう習慣を続けることで、家族や部下たちにも範を示そう。そう心に決めた私でした。


2016年10月1日土曜日

Don’t be cheeky. チーキーになるな。

サンフランシスコ支社で副社長を務めるエリックと、昨日電話で打合せしました。先週受けて来たトレーニングのフォローアップとして、今月再び出張が予定されているのですが、その際に彼とチームを組んで他のメンバー達の前でリハーサルすることが決まったのです。昨日の電話では、ざっくりと担当分けを話し合いました。

彼とは先週5日間ずっと隣同士で受講していたのですが、隙間時間に二人で日本料理屋やJFK博物館へ出かけたりもしました。一般の白人男性に共通する押し出しの強さが全然無く、身だしなみが綺麗で人当たりが良く、気遣いも細やか。食事に誘う時も、「僕はどちらでもいいんだよ。もしも興味があれば、ということで提案しているだけだから。」という雰囲気で微笑むのです。奥さんが日本人なので、その影響もあるのでしょう。寿司カウンターに並んで腰かけて刺身をシェアした時も、箸を逆さに持って自分の分を取ったので、いたく感心しました。

自分の審美眼に適うようなデザイン性の高いケースを探す間iPhoneを裸のまま使っていたら、出張初日に落としてしまい、液晶画面の隅にひびが入ってしまったよと実物を見せて苦笑するエリック。私のiPhoneケースは質実剛健の艶消しブラックで、これまで何十回となく落としていますが、無傷です。自分の決断に軍配を上げて良い場面なのに、なんだかエリックの繊細さの方が人間として上等なような気がして、ちょっと恥ずかしくなりました。

さて、彼との電話を切ってすぐ具体的な準備を開始した私でしたが、一番の悩みは「どこまでふざけるか」です。プロジェクトマネジメントのプロセスを順々に説明して行くだけでは、参加者が絶対飽きてしまう。先週のトレーニングでは、各講師がそれぞれユニークな「ふざけ方」をしていました。共通していたのは、「誰も傷つけずに笑いを獲る」点。エリックも、他の講師たちのミニ・プレゼンを見ながら、

「僕にはあんな才能無いよ。」

と舌を巻いていたのですが、どっこい彼も、「僕の細かすぎるこだわり」という潔癖症的切り口を打ち出して、きっちりウケてました。

トレーニング中、講師心得を伝授しに本社からやってきたジョーが、いくつか注意すべき点を挙げました。ノートに書き取ったのが、以下のポイント。

「聴衆の文化的背景によっては、何気ない動作やセリフが悪意に取られる可能性もある。」
例えば、オーストラリアでピースサインを裏返して手の甲を相手に向けた場合、侮辱と取られる。イスラム圏の人相手に手でオッケーサインを作るのもタブー。ジャンプしてへそを見せた女性の写真をスライドに使うのもご法度、など。

「自分を卑下するな(Don’t discredit yourself)」
僕はこの分野に詳しくないんですが、などという言い訳はするな。知ったかぶりする必要は無いが、進んで自分の株を下げるのも不要。

「ネガティビティは感染する(Negativity is contagious)」
会社の方針などに対する愚痴や悪口は絶対口にしないこと。後ろ向きな態度は受講者に伝わり、あっという間に広がってしまう。

どれも有効なアドバイスですが、こういうルールの数々を全てきちんと守っていくと、プレゼンの自由度が狭まっていくのですね。これまであちこちの支社でゲリラ的にオリジナルのトレーニングを実施して来た私。思い返してみると、結構過激なことを喋って来たし、むしろタブーに挑戦するくらいの心意気でした。受講者の頭にナタを振り下ろすように強烈なメッセージを届けるのが、私のスタイルだったのです。

ノートを見返しているうちに、別のメモが目に留まりました。

“Don’t be cheeky on your comment.”
「コメント書く時はチーキーにならないように。」

PMツール上にコメントを書く際の注意事項として受講者に伝えて下さい、という文脈での講師ジョシュの発言です。ここで書いたことは全て公式文書として残るので、チーキーになっちゃだめだよ、という意味ですが、そもそもチーキー(cheeky)という単語が初耳だったので理解出来ず、後で調べようと思ってメモっておいたのです。英辞郎を調べたところ、「生意気な、厚かましい、ずうずうしい」に続き、「気の利いた、セクシーな」という訳が出ています。ん?これ、合ってるか?誰も生意気で厚かましいコメントなんて書かないよな。続いてMerriam-Websterの英英辞書をチェックしたところ、

“rude and showing a lack of respect often in a way that seems playful or amusing”

とあります。

「無礼で敬意を欠いた様子で、ふざけて楽しんでいる感じの時が多い」

う~ん、もうちょっとで分かりそうな感じ…。キモチワルイので、5時を過ぎて帰り支度を始めていた大ボスのテリーをつかまえて解説を求めました。

「ふざけ過ぎて度を超した事を言ったり書いたりする様子を指すわね。プロらしくないってことよ。」

これで分かりました。調子に乗ってふざけ過ぎるなよ、という意味ですね。

“Don’t be cheeky.”
「悪ノリしないように。」

一番の得意技を封じられました。どうしましょう…。

2016年9月25日日曜日

北米頂上決戦

昨日の昼前、一週間の出張から戻りました。空港前の車寄せで拾ってくれた妻に「どうだった?」と尋ねられ、「正直、今回は結構キツかった」と答えました。

テキサス州ダラス支社6階にある、窓の無い重役用会議室。コの字型大テーブルに20人の社員が着席し、月曜から金曜までみっちりとトレーニングを受けました。本社から8名、残り12名は北米9地域(Region)を代表しての出席。カナダから2名、ニューヨークから3名、残り7地域からはそれぞれ一名ずつが参加。私は、南カリフォルニア・ハワイ・グアム地域の代表です。全員が同じホテルに泊まり、オフィスとの間はシャトルバスで行き来するため、実質的に缶詰状態の一週間でした。

新しいPMプログラムの北米一斉使用開始が来年2月に予定されているため、今後数カ月で約九千人の社員に対するトレーニングを終えなければなりません。そのためにはまず、百名前後のトレーナーを早急に育成する必要がある。今回の出張は、そういうトレーナーの養成を担当する「スーパートレーナー」を育てるためのトレーニングだったのです。参加者のほとんどは講師経験豊富で、肩書も副社長クラス。年齢は私と同じくらいですが、幾分若いメンバーもちらほら。ペーペーのアジア人は私一人です。各地域を代表しているのだから凄腕ぞろいなのは当然ですが、このアウェイ感はさすがにキツイ。今回私を苦しめた最大のポイントが、参加者たちのユーモア・レベル。講師側も受講側も、絶え間なくジョークを飛ばしながらトレーニングが進行して行きます。その騒々しさは、スタンドアップ・コメディーの舞台と観客席さながら。インストラクションを聞き取ってメモするのに精一杯の私は、時々皆の大笑いに付き合いながらも、その余裕綽々な態度に圧倒されっぱなしでした。

三日目の午後、インストラクターのジョシュが、「悪い講師の例」としてビデオクリップを流しました。高校の社会科教師が単調な声で授業を続けるのを、生徒がどんよりした目で見ている、というシーン。後で聞いたら、「フェリスはある朝突然に(Ferris Bueller’s Day Off)」という「アメリカ人なら誰でも知ってる」クラシック・コメディ映画の一場面だったのですが、ここで教師が繰り返す、
Anyone?(分かる人?)」というセリフに、全員揃って大笑い。

“Today, we have a similar debate over this. Anyone know what this is?
「昨今でも似たような議論があるが、これ分かる人?」

無反応で宙を見つめ続ける生徒たち。男性教師はこれに全く構わず、自分でさっさと答を言ってしまって先へ進みます。そしてすぐにまた、「Anyone?」と問いかける。

大笑いしながらも、こういう「アメリカ人の常識」を知らないと心から笑えないんだよなあ、と悔しい思いを噛みしめます。きっと最近日本で働き始めたアメリカ人達も、「誰でも知ってるギャグ」に反応出来ず、同じように戸惑っていることでしょう。

水曜日の夜は参加者全員でディナー。地元レストランの屋根付きパティオに20人が集合し、親交を深めます。私の右隣に座ったブランドンは、フランシスコ・フィリオと昔のジョージ・クルーニーとを合体したような、精悍で甘いルックス。彼は、リビア、サウジアラビア、カナダ、と様々な地域のプロジェクトで活躍し、今はニューヨークで要職に就いている若きスター社員。リビアでは、カダフィ大佐の死の後の大混乱でプロジェクトが打ち切りになり、命からがらヨーロッパに脱出したそうです。

私の向かいの席に座っていたワシントンDCのフィルは、ヴァンダレイ・シウバとエメーリヤエンコ・ヒョードルの合成みたいなコワモテ男。耳の下がすぐ肩、という偉丈夫ですが、リスク・マネジメント分野では社内屈指の専門家。数年前までは原子力潜水艦の乗組員だったと言います。

「最長でどのくらい潜航してたの?」

と問いかけるブランドンに、無表情で「70日」と答えるフィル。それほどの長期間外に出られなかったら、精神に異常を来すんじゃないか、という皆の質問に、

「そもそも適性テストにパスした人間しか勤務出来ないから」

と事も無げに応えるフィル。だからと言って、全員が平常ではいられないでしょ、と食い下がる我々に、

「そういえば一度指揮官が、退屈で死にそうな乗組員たちの集中力を取り戻すために、こういうチャレンジを投げかけたよ。」

と話し始めました。司令部の誰にも気づかれることなく、しかも潜水艦の航行に支障を来たすことなく原子炉を完全停止させ、再び稼働させることは可能なのか分析せよ。というお題。スタートの合図で皆一斉に計算を始めたとのこと。結果、それが可能であることを見事に証明してみせたフィルが優勝をかっさらったのだと。

「それで何時間潰せたの?」

と尋ねるブランドンに、クスリとも笑わずフィルが答えます。

「二時間。」

こんな調子で他の参加者のバックグラウンドを知れば知るほど、じわじわと気圧されて行く私。それなりに武者修行を積んで来たつもりの私でしたが、世の中にはびっくりするような猛者が山ほどいるのです。HERO’Sのリングに初めて上がった時の「闘うフリーター」所英男も、きっとこんな心境だったことでしょう(知らないけど)。

さて金曜日の午後はトレーニングの総括として、各員前に出て5分間ずつ疑似トレーニングをせよ、というお題を出されました。どのモジュールでも好きに選んで良しとのこと。後半でプレッシャーに押しつぶされる事態はどうしても避けたかった私は、ハイハイ!と激しく手を挙げて二番手をゲット。WBSとスケジュールを題材に選びました。ツールの標準設定の揚げ足を取り、

「カレンダー設定は世界共通になっているので、土日も祝日も考慮されていません。やろうと思えば、社員を無休で働かせ続けるようなスケジュールを組むことも可能なのです。」

と、無難に「ややウケ」を得て席に戻ります。振り返ってみると、この判断は正解でした。私の後にプレゼンした人たちは、皆どっかんどっかんと笑いを獲って行きます。本社のベッキーは「娘の結婚式プロジェクト」の予算を作り、コンティンジェンシーの大きさで爆笑ゲット。一番の伏兵だったのは、フィラデルフィアから来たベテランのティム。常に冷静沈着、インテリの権化ともいうべき風貌の彼は、最後の最後に登壇したのですが、

“Anyone? Anyone?”

という二日前のネタを再利用して見事に大爆笑をかっさらって行きました。あぶねえあぶねえ、この人の後だったら最悪だったぜ~!と胸をなでおろす私。

私の報告を全て聞き終えた妻が、不思議そうにこう尋ねました。

「なんか、どれだけ笑いが獲れるかっていう話ばっかりだけど、そういう趣旨だったの?」

う~ん、違うな。

でもこれって、更なる高みを目指す英語学習者の私には、とっても大事な関門なのだと思うのです。十月中旬にはメンバーが再集合してリハーサルが行われる予定なので、それまでにきっちりと「笑いを取り入れた」トレーニングを練り上げ、北米チャンピオンを目指そうと思います。


2016年9月17日土曜日

No news is good news 便りの無いのは良い便り

一ヶ月ほど前、同僚ディックと緊急案件のための打合せを予定していました。ところが当日の朝、彼からこんなメールを受け取ります。

「とてつもない食中毒にかかっちゃったみたいなので、今日は休む。明日には復帰出来ると思う。」

「オッケー、じゃあ明日に延期しとくね、お大事に。」

と日程をずらしたのですが、それから彼はパタリと職場に姿を現さなくなりました。毎朝会議スケジュールを変更して招待メールを送り直すのですが、それを開いた形跡すらありません。一週間経って、さすがにこれはおかしいと思い始めました。上層部からも、あの件はどうなってるんだ?と日々問い合わせが寄せられます。PMはディックなので、彼が出て来るまで答えられない、の一点張りで押し通します。私は段々、彼の病気は実は食中毒などではなく、何かもっと深刻な状況に陥っているのではないか、と勘繰り始めました。

実は過去二年ほど、彼がどんどん元気を失くして来ているのには気づいていました。会社が大きくなるにつれて自分の活躍の場が狭まっている、意思決定の権限が縮小するばかりで成長のチャンスが潰されている、と溜息混じりに語ることもしばしば。40代の彼にとって、このままこの会社でキャリアを積むことがプラスなのかどうかは大問題です。もともと巨漢の彼ですが、ストレスからかじわじわと体重を増して来ているのも気になっていました。目に力が無く、肌もカサカサ。持ち前のユーモアセンスで何とか持ちこたえている、という状態でした。

だからこそ私は、彼のこの突然の長期不在に気を揉んだのです。

“No news is good news”
「便りの無いのは良い便り」

という頻出フレーズがありますが、現実の世界にそんな場面があるだろうか?と思いました。「何か変わったことがあれば連絡があるものだから、何もないのは無事な証拠」という意味ですが、それって通信手段が毛筆の手紙に限られていた時代の考え方じゃないかな、と思いました。スマホでテキスト打てば数秒で連絡出来る今、このフレーズは死語に近いよなあ、と。

さて一昨日、四週間ぶりに復帰したディックとの打ち合わせがありました。目に生気が宿り、頬はほんのりピンク色。体重が16パウンド(約7キロ)落ちたよ、と微笑むディック。

「見違えるほど元気になったねえ。大学出たばかりの若者みたいだよ。」

56人から同じこと言われたよ。」

仕事の話は15分で済ませ、彼の不在にまつわる物語に聞き入ります。

四週間前、食中毒にかかったと踏んだ彼。強烈な腹痛に悶絶しつつ何とか救急外来に辿り着きます。そしていくつかの検査の後、おそらく便秘だろうと謎の診断を受けて帰宅します。その晩は不思議に病状が落ち着いたのですが、翌朝とんでもないぶり返しがやって来て、絶対便秘なんかじゃないと確信した彼は、別の病院を訪ねます。そして今度は、これが食中毒でも便秘でもなく、盲腸が破裂していたことが判明。そのまま入院しますが、体内に拡がった毒素を消すため、抗生物質の投与を暫く続けなければいけませんでした。それからようやく外科手術。退院後は三週間の自宅安静。十時間睡眠と正しい食事を重ね、仕事のことを全く考えない新しいライフスタイルを楽しむうち、心身共にエネルギーが満ちて来ました。そして満を持して職場復帰。

「なるべく人に任せることを心掛けてるよ。もちろん俺の性格上、ストレスからは逃れられないけどね。」

一ヶ月前は彼の笑顔も、どことなく寂しいような諦めたような翳りを帯びていたのですが、今は一点の曇りも無いスマイル。今回のお休みは、リゾート地でバカンスを過ごすよりも遥かに有意義だった、と言います。

「俺ってケチだから、金かけて旅行してるって考えるだけでストレスになるんだよね。自宅で好きな時に好きなことをして過ごすのが、最高にリラックス出来る方法なんだってことを今回学んだよ。」

「本当に良かったね。でも随分心配したんだぜ。」

「ごめんごめん。でもこの長期間、誰とも連絡取らないってことが俺には重要だったんだ。」

このドラマティックな復活劇。何か目に見えない運命の力が彼をどん底から救ってくれたのかもなあ、と静かな感動を覚えました。

さて翌日。食堂で同僚のビルに会いました。彼とは2カ月前、巨大プロジェクトのためのプロポーザル・チームの一員として一緒に働きました。

「あのプロポーザル、どうなったのか聞いてる?」

と尋ねる私。通常は一カ月ほどでプロジェクト獲得か落選かの報せを受けるのですが、私の耳には何も入って来ていません。30人以上の高給取りが何百時間もかけて提出したプロポーザル。会社がこれほど巨額の投資をしたプロポーザルの審査結果がまだ分からないというのは心配です。

「いや、何も聞いてないよ。」

と答えるビル。そして、こう付け足します。

“No news is bad news.”
「便りの無いのは悪い便りだぜ。」

プロポーザルの結果はともかく、このことわざに対する違和感を共有出来る人と出会ったことに、思わず感動。

「だよね~!!」

と、やや過剰な激しさで反応する私でした。


2016年9月11日日曜日

Cut from the same cloth 同じ生地で出来ている

火曜日の朝、久しぶりにオレンジ支社へ。きっかけは、南カリフォルニアの建築部門を束ねるリチャード(「スキンヘッド」リチャードの上役)から木曜の午後に受けた一本の電話でした。

「進行中の刑務所設計プロジェクトを担当していたトムが辞職したんだ。新しいPMをあてがったんだけど、この会社に来てまだ日が浅くてシステムに慣れてないんだよ。サポートを頼めないか?」

急遽、新PMチームのマークとドン、他数名のメンバーとオレンジ支社の会議室で初顔合わせです。私が金曜に作成し送付しておいた財務分析をネタに、今後のマネジメント方針について議論を重ねました。

12時過ぎに打合せを終えて会議室を出ると、重鎮PMのキースに呼び止められました。彼は空港プロジェクトがきっかけで知り合った、コンストラクション・マネジメントのエキスパート。現在、二年前に私が担当から外された地元刑務所プロジェクトのPMを務める一方、四年間の中断を挟み一月からの再スタートが決まったテキサスの刑務所プロジェクトを担当することになったというので、ここ数週間彼のサポートを続けているのです。

「何の会議だったの?」

と尋ねる彼に、

「今年三件目の刑務所プロジェクトに関わることになってね。初のチーム・ミーティングを終えたところ。なかなか刑務所から足を洗えないでいるよ。」

と冗談めかして答える私。

“You are a prisoner of prison jobs!”
「刑務所仕事の囚われ人だな!」

そう言ってキースが笑います。

この後彼は、先週私から受け取った財務分析を聞いた上層部が大騒ぎになっている様子を話してくれました。既に前任者が会社を去っているプロジェクトの蓋を開けてみたら火の車だった。これは実によくある話です。私の役目は、そういう状況を詳細に分析して改善のシナリオを提案することですが、どう考えても上層部が満足出来るようなシナリオを作るのは不可能だ、という場合は正直にそう告げるしかない。

キースはひとしきり愚痴に近い説明をした後、現在進行中の刑務所プロジェクトに話題を移しました。そして、クライアントから受け取った長文メールを私に見せ、深々と溜息をついたのです。

「またもや苦情の嵐だよ。うちの仕事に対するダメ出し満載のメールだ。事細かに、何故彼らが不満なのかを書き連ねてるんだな。」

そして、こうまとめます。

“They are all cut from the same cloth.”

直訳すれば、「彼らは皆、同じ布地で出来ているのさ。」ですね。色や形は様々でも、同じ布地から出来ている服は根本に共通の肌合いがある、という意味。

キースのこのうんざりした表情には、深いワケがあります。何度かのミーティング中、刑務所プロジェクトに限って何故それほどクライアントとのトラブルが多いのかを尋ねたことがあるのです。彼の説明が、これ。

1.そもそも刑務所の建設は、その土地で百年に一度あるかないかという稀な事業。発注担当者にとっては全てが初めてづくし。コンサルタントにどう指示を出すか、設計変更をどう処理するか、などというノウハウは誰も持ち合わせていない。プロのこちらが当然と思っている基本的手続きも、彼等にとってはちんぷんかんぷん。常識の隔たりの大きさゆえ、誤解によるトラブルが簡単に発生する。
2.刑務所勤務が長い担当者たちは、受注者が自分達の命令を従順に受け入れるのが当然と考えるきらいがある。法律上は対等な契約関係にあるはずなのに、権威を武器に無理な要求をごり押しして来る。たとえ純粋に彼等の気まぐれによる設計変更であっても、無報酬で実施するよう真顔で迫ってくる。こちらが抵抗すればこれを圧力でねじ伏せようとし、無抵抗でいれば新たに要求を積み重ねて来る。
3.刑務所担当者たちは、鼻っから人を疑ってかかる傾向がある。我々が真面目に成果品を提出しても、どこかで手を抜いて騙そう、誤魔化そうとしているんじゃないか、と常に身構えている。小さなミスを発見すると、鬼の首を取ったようにいつまでも責め立てるので、仕事が前に進まない。

「囚人相手の仕事を来る日も来る日も続けているんだから、そういう性格になっていくのも仕方無いと思うんだ。常に人を疑い、四の五の言わせず屈服させる。日々この繰り返しだからね。遠い知人で刑務所管理のポジションへ転職した人が複数いるんだけど、みな最終的に離婚や家庭崩壊を経験してるよ。生活面にも必ずその影響が及ぶからね。」

それがカリフォルニアであれテキサスであれ、刑務所建設プロジェクトに携わるPMは、まず間違いなくクライアントとのコミュニケーションから大きなストレスを受けるのだそうです。先ほどのキースの台詞は、こういう意味ですね。

“They are all cut from the same cloth.”
「(どのクライアントも)根っこのところはみんな同じなんだよ。」

さて金曜のランチタイム、食堂でカナダ出身の同僚ジェフと会いました。十数年前サンディエゴ支社への異動が決まり、レンタルトラックに荷物を載せて国境を渡った時の経験を話してくれました。意気揚々とアメリカ第一日目を迎えようとしたところ、入国管理官から執拗な尋問を受けて何時間も足止めを食らったのだと。

「仕事はいつスタートするのかと聞かれたから、会社の規定に従った健康診断を終えたらすぐ、と答えたんだ。そしたら、じゃあ本当に職があるかどうかまだ正式決定じゃないじゃないかって責めるんだな。それからずっと、本当は何か違法な物を持ち込もうとしてるんだろうって詰問されてね。」

ここでジェフに、キースから聞いた刑務所管理官たちの話をしたところ、彼がこう言いました。

「入国管理官も同じだよ。誰が相手でも、まずは疑ってかかるのが仕事だからね。」

とんだ入国一日目になっちゃったね。さぞかし不愉快な記憶でしょう、と私が同情を示したところ、彼が暫くキョトンとした表情になりました。そしてようやく私の発言の意図を理解したように、

「いやいや、あっちは単純に自分の仕事をしてただけだからね。」

と答えます。

「こないだテレビで、空港の入国審査官を巡るドキュメンタリーを放送してたんだけど、ごく平凡な外見をした旅行者が平然と違法な荷物の持ち込みをするのを次々と暴いて行くんだな。いちいち愕然としたよ。インドから来た子連れのおばさんが、スーツケース内に生の食品やフルーツはありますか?と聞かれて、ありませんってはっきり答えるんだ。で、開けてみたら、ビニール袋に包まれた肉やら果物やらが出るわ出るわ。巨大な生の鶏肉まで。そもそもインドから十数時間もかかるのに、その間ずっと生肉積んでて大丈夫なのかよ!って思ったけど、そのおばさんのしれっとした態度を見て、背筋が寒くなったよ。そういう人たちを毎日相手にしてたら、自然と人を疑ってかかるようにもなるってもんでしょ。」

在らぬ嫌疑をかけられて延々と足止めを食らったことに、ジェフは少しも怒っていない。むしろ、ネチネチと質問を繰り返して来た担当者に対して同情まで抱いている様子です。

確かにあらためて考えてみれば、自分だってもしもそういう仕事を選んでいたら、随分違う性格になっていたことでしょう。こちらの常識を根拠に相手の性格を責めたって仕方がない。ここは気持ちを綺麗に切り替えないといけません。

刑務所プロジェクトを担当する際は、クライアントの性格を責めたり恨んだりするのではなく、「コミュニケーションに倍負担がかかる」前提で予算とスケジュールを組むべし!