2016年4月24日日曜日

ハートの強いアメリカ人

先週はカマリヨ支社へ出張しました。大規模プロジェクトのためのプロポーザルチームが集まって、この大物をどうやって仕留めるかの作戦会議。私は、スケジューリングと積算の担当です。参加者は、環境部門の重鎮ポールとブレント、サンタバーバラ支社のティム、カマリヨ支社のレイとカール、オレンジ支社のウィル、そして会議をリードするマイク。日系アメリカ人の奥さんがいる彼とは共通の話題も多く、過去6年くらいずっと仲良くして来ました。

スタートは9時でしたが、ウィルはクライアントから急な電話が入ったということで、隣の会議室に籠ってしまいました。その間に、規則にのっとってマイクがセーフティーモーメント(安全行動喚起のための話)を始めます。

「安全について考える時、肝心なのは何故それが大事なのかを意識することだと思うんだ。自分が日々安全に働くことがどうして重要なのかを、一人ずつ順番に話してくれないか?まずは僕から行くね。」

皆を見渡し、にこやかに語り始めるマイク。

「僕には妻と三人の子供、それに二人の孫がいます。友達は少ないけど家族は多い(笑)。自分の身に何かあったら、彼等の何人かは(笑)きっと悲しむでしょう。だからいつも健康でありたい。あと、以前骨折して暫くギブスをしてたんだけど、あれは本当にイヤな経験だった。僕は常にアクティブでいたいタイプだから、怪我をしないことの大事さを一層強く意識するようになったんだ。」

参加者たちが何度も頷き、照れ笑いも浮かべず大真面目に後を引き取ります。それぞれのスピーチを聞きながら、みんなハートが強いなあ、と感心する私。安全に対する意識向上には賛成だけど、こういうややプライベートな信条を会議の場で臆面も無く披露するのには、ちょっと抵抗があるのです。でも他のおっさんたちが皆きっちりやり遂げてバトンが渡されたので、頑張って喋りました。

「僕はいつも、日本という国を代表しているという意識があります。長寿で知られる国なので、そういう期待を裏切らず、皆のロールモデルになりたいんです。サンディエゴ支社にジャックという日系アメリカ人の社員がいますが、彼は87歳なのに誰よりも溌剌としています。将来ああいう人になるのが目標なので、安全と健康はすごく大事なんです。」

80過ぎまで働きたいってか?という茶々は入ったものの、概ね好意的に受け入れられたようで、ほっとする私。その時さっと扉が開いて、ウィルが入って来ます。どうやらクライアントとの電話が終わったみたい。席に着くや否や、マイクが彼を捕まえます。

「今ちょうどセーフティーモーメントの最中なんだ。一人ずつ、自分にとってどうして安全行動が重要なのかを話してもらってたんだけど、ちょうど全員終わったところだから、君にも話してほしい。例として僕の話をするね。二回も聞かされる皆には悪いけど。」

そしてマイクがさっきの話を、ほぼ一言一句違えず繰り返します。頭頂部が薄く白髪混じりで、ごま塩状の顎鬚を蓄えたウィルが、真剣な眼差しでマイクの話を聞き終えた途端、落ち着いた口調でこう言いました。

「ごめん。もう一回言ってくれる?さっきのクライアントとの電話の内容をずっと考え続けてて、君の話が全然頭に入って来なかった。」

激しくズッコケるオジサンたち。今しっかりマイクの目を見つめてたじゃん!と笑います。するとあろうことか、これに全く動じる様子も見せず、マイクが例の安全話を同じトーンで繰り返したのです。この短時間に三回も同じスピーチをする彼のガッツに、感動すら覚える私。

マイクの話を聞き終えたウィルが、

「ああ、僕にも家族がいます。だから安全は大事です。」

と表情も変えずにさらっと流したので、皆一斉に、え?それで終わり?と再びズッコケます。この時、向かい側に座っていたブレントが、小声で助け舟を出します。

「ほら、一週間後に赤ちゃんが生まれるんだろ?」

するとウィルが思い出したように、

「ああ、赤ん坊がもうすぐ生まれるので、その子のためにも安全は大事です。」

とぶっきらぼうに付け加えました。隣のカールが「初孫?」と尋ねると、

「孫じゃないよ。自分の子供だよ。今の末っ子が15歳だから、年の離れた兄弟になるね。」

と答えるウィル。ええ~っ?と一同のけぞります。なんて元気なじじいなんだ!という驚きと、そんな大事な情報をすっ飛ばしてスピーチ終わろうとしてたの?という意外性が合わさって、ひとしきり野次が飛び交いました。するとウィルが、微かに抗議の色を浮かべ、ぼそりと弁解しました。

“At least I was honest!”
「少なくとも俺、正直だったろ!」

どいつもこいつもハートが強いなあ、と感心しきりの私でした。


2016年4月18日月曜日

What happens here, stays here. ここで起きたことは口外無用。

3月に若い女性社員を雇いました。彼女はベトナム生まれのアメリカ育ち。私の部下三人はこれで全員女性。男所帯で育った私は、女性に囲まれた職場環境を楽しく思う反面、何か思わぬ失態をやらかして一斉にそっぽを向かれたらどうしよう、という不安を常に抱えています。

先日シャノンとラスベガスの話をしていた際、あるエリアでは夜になるとホテル周辺にエスコートと呼ばれる女性が立って競い合うように客引きしてるのよ、と教えてくれました。

え?そうなの?と大げさに驚いてみせる私。

時々経験することですが、女性との会話の流れが下世話な方に向いた場合、ノリで下品なジョークをかます度胸が無いためか、思わず過剰に聖人君子的反応をしてしまいます。それから、さして興味も無いギャンブルの話題に切り替える私。

ラスベガスといえば、一時期テレビで盛んに流していたコマーシャルが非常に印象的でした。

“What happens here, stays here.”

文字通り解釈すれば、

「ここであったことは、この場限り。」

つまり、

「ここで起きたことは、口外無用。」

ですね。どれだけ羽目を外して乱痴気騒ぎしたとしても、この街を出たらそのことは言いっこなしだぜ、とウィンクしながら使いそうなキメ台詞。ラスベガスという享楽の街が醸し出す背徳の匂いを表現するのにこれ以上ピッタリのフレーズは無いなあ、と感心しきり。こういうシンプルで気の利いたセリフを普通の会話でも使えないもんかな、と企んでいたところ、つい先日、思わぬところから飛び出しました。

同僚のディックとリンドンと三人でランチへ出かけた際、女性の多い職場というのは気を遣うよね、という話題になりました。

「最近じゃ、逆差別されてるなあと感じることすらあるよ。」

とディック。

「会議室を見渡して男は自分ひとり、という状況だと、ちょっと気圧されるね。」

と私。

「一番コワいのが、気の緩みから自然に口をついて出る下ネタなんだ。」

ここで私は、以前の職場でベテラン社員のジムが、出産後復帰する女性社員のために設けられた搾乳室にマグカップを持って行く、というジョークを放つのを目撃してヒヤヒヤした、という話題を振りました。

ディックとリンドンが、同時にのけぞります。

「それはヤバいだろ~!」

圧倒的に男性の多い職場だったから事なきを得たけど、今の我々のオフィス環境なら間違いなく一発退場だよね、という見解で一致しました。その時ディックが、ふいにこう言ったのです。

“I wouldn’t need a mug cup.”
「マグカップなんて必要ないっしょ。」

ニヤリとするディックの顔を2秒ほど見つめてからようやく意味を悟り、腹を抱えて暫くの間笑い続ける私。そこで彼が、こう締めくくりました。

“What happens here, stays here.”
「今の会話は口外無用だぜ。」


2016年4月3日日曜日

Circle of Life サークル・オブ・ライフ

先日、生物学チームの同僚エリックがやって来ました。

「ごめん。このことすっかり忘れてた。今時間ある?」

彼が手に持っているのは、小さなガラス瓶。さっそく立ち上がって、二人でラボ室へ向かいます。

大学で昆虫学を専攻していたというエリックと、去年あたりから急速に親しくなった「元昆虫博士」の私。二週間ほど前に自宅で捕まえた虫の鑑定を依頼したのですが、現場仕事に忙殺されて暫くオフィスに姿を見せなかった彼のデスク上、ずっと放置されていたのです。

この虫、一月末に古い一軒家を購入してからというもの次々と湧き出して我々一家を悩ませて来たトラブル(雨漏り、下水管の詰まり、など)の中、最も妻を逆上させた輩です。どこからか大量に現れてバスルームや寝室の壁や床をうろうろと這い回る彼等は、体長が一ミリにも満たないので、単体ではそれほど気になりません。しかしこれが水をかけてもびくともしない上に、やたらすばしこい。潰そうと思って指を近づけると、一瞬で姿を消してしまう。まるで「ワープ」するように、数十センチ先に瞬間移動出来るのです。

「知らないうちに身体中を這い回ってるかもしれないじゃない!」

と、妻を恐怖のどん底に陥れたこの虫。数週間前には害虫駆除の会社を雇って薬を散布してもらったのですが、数こそ減ったものの全滅には至っておりません。担当者は、

「これはSpringtail(トビムシ)ですね。人間には害を及ぼしませんよ。ただ湿ったところが好きなんで、なるべく部屋を乾かして下さい。」

と笑顔でコメントして帰って行きました。

検体を顕微鏡で確認したエリックも、これがSpringtailであることに同意しました。家屋の周辺や床下の湿った土に住んでいて、何かのきっかけで家の中に入り込んでしまったのだろう、とのこと。彼はCollembora(コレンボラ)という学名を使い、解説を続けます。

「その跳躍力は、人間にたとえればエッフェル塔を飛び越えるくらい強力なんだ。」

「人間を刺したり噛んだりはしないから、心配する必要無いよ。」

「コレンボラの存在は、良質な土があることの証明でもあるんだよ。彼等が好きなある種のキノコ(菌類)があってね、このキノコは植物に寄生して糖分を吸い取りつつ、お返しに栄養分を生成して送り込む。一方コレンボラはキノコを食べて土中に糞をするんだけど、この糞が土質を改善する。つまりこの三者の共生関係が、肥沃な土地の成り立ちに重要な役割を果たすんだな。」

「すごいね。こんなちっぽけな存在が大地の恵みに貢献してるなんて!」

顕微鏡を覗き込みながら感嘆する私。

“That’s a circle of life.”
「サークル・オブ・ライフだね。」

とエリック。直訳すれば「生命の環」でしょうか。これ、映画「ライオン・キング」の主題歌タイトルにもなっていますが、何だか分かったような分からないような高尚な言い回し。後で色々な人にこのフレーズの解釈を尋ねて回りました。

「エリックの発言はちょっとズレてると思うな。サークル・オブ・ライフっていうのは、一つの生命の初めから終わりまでという意味だよ。例えば鮭が川の上流で孵化し、成長しながら河口へ向かい、大海で暫く暮らしてから川を遡って産卵して死ぬ。そういうのを指すんだ。」

と、生物学チームの重鎮、ロン。

「賢くて鋭かった父が最近ボケて来て、どんどん子供がえりしてるの。その様子を見ながら、これってサークル・オブ・ライフだなあって思うの。」

と、全く違うアングルの見解を述べる総務のトレイシー。

「俺はエリックの言うことに賛成だな。我々を含めた全ての生命体が、互いに依存しつつ生と死のサイクルを紡ぎあげている自然界全体の営みを指した表現だと俺は思うよ。」

と、ランドスケープ・デザイナーの同僚ディック。人によって解釈の分かれるフレーズなのですね。

帰宅して、早速妻に報告。あのちっぽけなトビムシが、キノコ、そして庭の植物との共存関係を構築しつつ、結果的に土を肥やしていることを説明したところ、間髪入れずこう返しました。

「勝手にやっててよ、外で!」

…そりゃそうだ。


2016年3月27日日曜日

和を以て貴しとなす

先日、若い同僚のジェイソンがアジア人の中年男性を連れてやって来ました。彼がPMを務めるプロジェクトに協力するためサンフランシスコ支社から出張して来たこの人、どうも日本人らしい、というのです。

今の会社で働き始めて13年以上経ちますが、社内に日本人がいるなどとは初耳です。握手の後、一言二言英語で会話し、恐る恐る、

「日本人ですか?」

と尋ね合う二人。昼休みには二人でバーガーラウンジへ行き、「どういう経緯で今の暮らしに落ち着いたか」を語り合いました。このR氏、上下水道部門の専門家で博士号まで持っています。勤め先が買収されるまでは、カナダやオーストラリアなど、世界のあちこちで活躍して来たそうです。で、二年ほど前サンフランシスコに落ち着いたのだと。勤務先が度重なる吸収・合併・買収によってマンモス企業へと成長を遂げた結果、全くランダムに日本から飛び込んで別々に働いていた二人の男が、こうしてサンディエゴで顔を合わせることになったのですね。

翌日ジェイソンがやって来て、R氏と話せたかと尋ねました。この時の彼の第一声が、これ。

“Yo, Bro!”
「よぉ、ブロ(兄弟)!」

ブロというのはブラザー(Brother)を縮めた言葉。30歳前後の若者が50過ぎの先輩社員にこうして親しみのこもった呼びかけが出来る米企業の職場環境は素晴らしいのですが、これを聞いて前日のR氏との対面について話さないわけにはいかなくなりました。

「あのさ、変に思うかもしれないけど、彼と会った時に最初に頭に浮かんだのは、どっちが年上だろうってことなんだよ。」

アメリカに長く住んでいるとは言え、ここは日本人同士。相手がだいぶ先輩であれば、やはり敬語を使うべきでしょう。向こうも私の年齢が読めなかったようで、お互い出身を聞いたり渡米した時期を尋ねたりして、しばらく探り合いのジャブをちょこちょこと挟みました。でも結局探りきれず、最終的には敬語を交えた中途半端な同輩語に落ち着いたのです。

「相手を敬い、和を保つ(maintain harmony)という文化が我々のコミュニケーションのベースにあるんだ。その際に、年齢や経験の差というのは重要な要素になるんだよ。」

理解に苦しむ様子のジェイソンを見て、先輩社員が若手を厳しく躾ける職場なんてものは、もっと腑に落ちないんだろうな、と想像して可笑しくなりました。日本で働いていた頃は、胸にズブリと突き刺さる苦言を沢山の先輩諸氏から頂きました。そのお蔭で少しは成長出来たと思うのですが、アメリカ企業に勤めてからそういう人間関係を築くチャンスは滅多にありません。

歯に衣着せぬ物言いで周りを困惑させる傾向のあるジェイソンは、相手が会社の重鎮であっても同輩であっても、構わず正論を立てて相手を論破しようとします。こないだも、苛立ちを露わにして私のところへやって来ました。上下水道部門では新しいプロジェクトを獲得する度に、ほぼ無条件で彼にお鉢が回って来るという件。既に十件近く担当しているのに、もうこれ以上は無理だ、とジェイソン。

この会話の数時間後、同僚リチャードがやって来て、ジェイソンが上の方と揉めている状況を話してくれました。会社がPM要件を厳しくしたお蔭で資格を剥奪された元PM達は居場所を失い、担当プロジェクトを残したまま大勢去って行きました。その結果、残されたPM達に負担が重くのしかかる事態があちこちで起こっていて、ジェイソンの担当プロジェクト数は倍に膨れ上がりました。彼の上司ジェフも一応PM有資格者ですが、複数のプロジェクトを監督する立場におり、今更PMにおさまる気は無い。「そんなこと知るか。俺だって大変なんだ。あんたがやればいいだろう。」と正面切って上司に盾突くジェイソンに、皆が手を焼いている、というリチャード。

PMが決まらないからプロジェクトのセットアップが出来なくて、仕事が始められない状態が続いてるんだ。提出物の締め切りが迫っているっていうのにさ。ジェイソンとジェフの我慢比べに、これ以上付き合ってられないよ。」

ランチタイムに食堂でジェイソンと会った際、彼に話を聞いてみました。

「うちの部門にPM資格者が少ないことは重々承知してるけど、こっちのキャパにも限界があるんだよ。それに、他人に責任を押し付けようとする連中は大抵コスト管理に無関心で、だらだら働いてそのまま全部俺のプロジェクトにチャージしてくる。予算オーバーの責任だけ俺がとるなんて、そんな役回りは御免だよ。」

私は思わずこう返しました。

「筋が通ってるし、全面的に賛成だけど、聞いてるこっちはハラハラして来るよ。僕も君と同じ年頃は、そうやって周りとしょっちゅうぶつかってた。正論かまして上司を黙らせるのは確かに痛快だけど、後で冷静に状況を見つめてみると、確実に味方が減ってるんだな。結果的に、仕事がますますやりにくくなるんだよ。長い目で見れば、そこをぐっと堪える方が得かもしれないよ。苦しい立場に置かれている上司をサポートすることで、自分にもプラスが返ってくる、ということだってあると思うんだ。今みたいに人とぶつかり続ければ、折角同情的だった立場の人だって離れていくかもしれない。そうやって孤立すれば、楽しく仕事を続けるのは難しくなるだろ。君のように優秀でやる気のある人が不必要に傷つくのは、見たくないんだ。」

一瞬、叱られた子供のように赤面してからさっと顔をこわばらせたジェイソン。しまった、日本的な価値観を持ち出して立ち入った忠告をしちゃったかも、と戸惑う私でしたが、口から出てしまった言葉は取り返せない。

翌朝、私の席にふらりとやってきたジェイソンが、笑顔でこう言いました。

“I took your advice and accepted the PM position.”
「忠告に従ってPMを引き受けたよ。」

これには意表を突かれました。「和を以て貴しとなす」の価値観が受け入れられることもあるんだなあ…。


2016年3月13日日曜日

NIMBY (Not In My Backyard) ニンビー

あるプロジェクトの財務状態をレビューをするためミニ会議に参加した際、この仕事を引っ張っている生物学部門の重鎮スコットに尋ねました。

「プロジェクト名の頭にあるPPMっていう三文字は、何の略?」

Pacific Pocket Mouse(パシフィック・ポケット・マウス)だよ。」

「え?何それ?」

財務管理のため毎日複数のプロジェクトをサポートする私は、仕事の細かな中身までいちいちチェックすることは滅多にありません。しかしこのプロジェクトは工期が長いため、まず基礎的な不確定要素を洗っておきたかったのです。

スコットとペアで働いている若手生物学者のジャクリンが解説してくれたところによると、これはカリフォルニアの海沿いで砂の中をねぐらとするネズミ。つい最近まで既に死に絶えたと思われて来た、連邦政府指定の絶滅危惧種です。スコットとジャクリンはこのネズミの棲息環境を保護するための仕事をしているのです。その場でiPhoneを使って画像を検索したところ、思わす「おお~っ」と声が出ました。

半分握った掌に納まるくらいのミニサイズ、シルクのような光沢を持つ毛皮、短い四肢にくびれの無い胴体、大きな黒い目。おいおいこれ、ヤバいくらい可愛いじゃん。

「極端に臆病だしストレスに弱い生き物でね。上手くワナをかけて捕獲したとしても、オリの中に数時間放置しただけで死んじゃうんだよ。」

「じゃ、下手に手を出せないね。どんな感じで捕まえるの?」

「俺はまだお目にかかってないから分からないよ。」

「え?そうなの?」

「私もよ。」

とジャクリン。なんと、二人は一度も実物を見たことが無い生き物の保護のために日夜働いているのです。絶滅危惧種が相手なんだから当然かもしれないけど、なんか想像を絶するなあ。帰宅して14歳の息子に写真を見せたところ。

「めちゃくちゃ可愛いじゃん!これ、ポケモンのキャラの元になってると思うよ。」

と大興奮でした。

さて、話は変わり、うちの新居。住宅部分の床面積は普通なのですが、裏庭のサイズはバレーボールコートほどあります。購入時は綺麗に刈られた芝生をぼんやり眺めて楽しんでいたのですが、みるみるうちに雑草に侵略され、気付いた時には腰高の茂みがあちこちに拡がるただの「空き地」に変貌していました。これはいかんと一念発起し、草刈鎌と芝刈り機で大手術。ようやくさっぱりしたので花壇を作り、キュウリとトマトとなすとネギ、それにイチゴの苗を植えました。すると間もなく、周辺にボコボコと新鮮な土塁が出現し始めました。モグラがいるのかな?といぶかり、生物学チームの同僚ジョナサンに尋ねたところ、

「それはGopher(ホリネズミ)だな。肉食のモグラと違って、ゴーファーは草食なんだ。家庭菜園の野菜を狙ってやってくるんだよ。うちは四年かけて大事に育てたアスパラガスを、いよいよ明日収穫しようと思ってた晩にごっそりやられた。ディズニーのアニメで見るみたいに、土の中にスポッ、スポッと引っ張り込んで行くんだよ。賢い奴らで、農作物の食べごろがちゃんと分かってるんだな。」

「え?それは困るなあ。どうすればいいの?」

「ネズミ捕りのワナをかけるんだよ。で、死体を奴らの巣穴に突っ込んでおくんだ。見せしめとしてね。これが一番有効な手段だ。」

さっそく帰宅して息子と一緒にYouTubeで「ゴーファーのワナ」を検索。巣穴から顔を出してキョロキョロと周囲を窺うゴーファーは、予想に反して愛くるしい姿。パシフィック・ポケット・マウスをちょっと大型化した格好です。結構可愛いじゃん、と息子に言おうとしたその時、穴の入り口に仕掛けてあった罠の金具に頭部をバチンと挟まれ、「キュー」と断末魔の叫びを上げた後、ぐったりしてしまいました。息子と二人、黙って顔を見合わせます。

翌日職場でジョナサンに会ったので、

「ネットで調べてみたらゴーファーがあんまり可愛いくて、ワナで殺すのは忍びなくなっちゃた。代わりに、超音波で嫌がらせて庭から追い出す装置を注文したよ。」

そんなものホントに効くのかね、と言いたげな表情のジョナサンに、冗談半分でこう詰め寄ります。

「あんな残酷な殺し方をして何とも思わないの?生物学チームは普段、野生生物を保護するために一生懸命働いてるでしょ。生きとし生けるものに対する大きな愛がそれを支えてるんだと思ってたんだけど…。」

するとジョナサンは、間髪入れずにこう返して来ました。

“Not in my backyard.”

そして忘れずに、略語も付け足します。

“NIMBY.”

NIMBY (Not In My Backyard)とは、「うちの裏庭以外で頼むよ」という意味。社会問題を議論する際などによく使われるフレーズです。街にショッピングセンターを誘致して欲しいけど我が家のすぐそばに来てもらっちゃ困る、などという発言に代表される、「総論賛成各論反対」の主張を表現するのに便利な単語。


そのまんま文字通り裏庭の話にこのフレーズを使うケースは滅多に無いので、ジョナサンと二人、まるで何か望外の大発見をしたみたいに興奮して暫く笑いました。

2016年3月4日金曜日

Don’t shoot the messenger. メッセンジャーを撃つな

今日のランチタイムには、同僚ディックとWaterfrontというパブに行きました。話題の中心は、月曜のランチタイムにあったウェブ会議です。これは最近南カリフォルニア地域のトップに就任したP氏の催したもので、ディックは都合で参加出来なかったのですが、既に大勢のPM達から感想を聞いているとのこと。

「皆の発言を総合すると、どうやらとんでもない内容だったみたいだね。」

とディック。最近テキサス州ヒューストンからロスに引っ越して来たというP氏は、空軍出身のコワモテ。30分ほど喋りまくったのですが、その間ジョークのひとつも笑い声もなく、一貫して「君達はダメだ。このひどい状況を改善しなければならない。」というメッセージを繰り返すばかり。

冒頭、「Imperatives」と題した4つの行動を説明するP氏。え?インパラティヴ?初めて聞く単語です。プレゼンを聞きながら辞書を引いたのですが、今一つ意味が呑み込めないまま会議(演説?)が終了しました。

「ビジネス・シーンじゃなかなかお目にかからない言葉だよ。」

とディック。

「課題とか行動目標ってこと?」

「いや、そんな生易しいものじゃないね。文章の四タイプっていうの、学校で習わなかった?」

列挙して説明するディック。

Declarative Sentences(平叙文)
Imperative Sentences(命令文)
Exclamatory Sentences(感嘆文)
Interrogative Sentences(疑問文)

「つまり、Imperativesってのは命令だよ。それも、ビックリマーク付きの強烈な奴ね。やれ!とか、やめろ!とかね。それにしても、会社のプレゼンにそんな言葉を使うかね。」

驚きを隠せない様子のディック。どうやらP氏は、ビジネス用プレゼンに我知らず軍隊用語を持ち込んだみたいです。

「僕がもっと驚いたのはね、」

と私。

「会社を去ったPMのプロジェクトを引き継いだ場合、30日以内に内容を精査し、重大な問題があったら上司に報告、それを基にRe-baseline(計画・目標の再設定を)せよ。これ以降に起きた問題は全て君たちの責任になる、そういう言い方をしたんだよ。既にオーバーワーク状態のPM達にいきなり誰かのプロジェクトを押し付けておいて、30日で全てを理解せよと要求するのは、かなり無理があると思うんだよね。」

ディックも大きく頷いて同意します。

30日のくだりで、彼は更にこう言ったんだ。」

“We’re not gonna shoot the messenger.”
「我々はメッセンジャーを撃たない。」

これは頻繁に使われるフレーズです。この場合のメッセンジャーとは、「悪いニュースを伝える人」という意味。つまり、プロジェクトを精査していて何か深刻な問題が見つかったとしても、隠さずに報告せよ、そのことで罰したりはしない、と言いたいのでしょう。このセリフ自体には問題無いのですが、私が気になったのはその使い方でした。

「プレゼン中、彼はこのフレーズを三回も使ったんだよ。そんなに何度も繰り返されたら、真意を勘繰りたくなるでしょ。それに、30日間の猶予を与えるという但し書きを加えた時点で、31日目からは容赦なく撃ちまくるぞ、という脅しにも聞こえるじゃない。」

「うん、皆も言ってたよ。あれはプレゼンじゃなくてお説教と脅迫だって。」

とディック。軍隊式の鉄拳統治をうちのような会社に適用しようなんて、随分思い切った話です。

「まあでも、会社のトップが彼みたいな人物をあのポジションに据えるには、それだけの理由があるはずだよね。これから恐怖政治が始まるのはほぼ確実だ。」

暗澹たる気分で昼食を頬張る、中年男二人。私の頭には、軍服姿のコマンダーPが銃を構え、整列したPM達を無表情で一人ずつ処刑していくイメージが浮かんでは消えて行きます。まるで同じ幻影を目にしていたように、

「手遅れになる前にさっさと転職して行く社員も少なくないだろうな。」

と苦笑いを浮かべるディック。

「あ、ちょっと待てよ。来週あたり、社員アンケート調査が始まるんじゃなかったっけ?」

と私。全社員に対する無記名の意識調査が毎年3月上旬に実施されることを、急に思い出したのです。さっと顔色が明るくなるディック。

「そうだ!皆でアンケートにボロクソ書けば、おっさんを辞めさせられるぞ!」

「彼はこの会社に来て日が浅いから、まさかそんな調査があるなんて知らないんだろうね。」

「うん、最悪のタイミングで俺たちを追い込んだことにまだ気が付いてないな、きっと。」

ほくそ笑む二人。一気に形勢逆転です。圧政に屈しそうになっていた群衆が銃を手に立ち上がり、独裁者を包囲して一斉に銃口を向ける図に変わったのでした。


2016年2月26日金曜日

TGIF 花金!

オレンジ郡での巨大プロジェクトを獲得し、マネジメントチームに入ることになりました。上下水道部門の重鎮、キースがPMを務めます。彼とは6年近く前、顧客へのプレゼンのためにサクラメントへ行った時に会ったきりで、それ以来同じチームで働く機会は一度もありませんでした。

去年の秋、プロポーザルチームがオレンジ支社に集結した際、キースと久しぶりの再会を果たしました。ここで、ずっと温めていた質問をぶつけます。

「噂で聞いたんだけど、3年くらい前、大変な事件に巻き込まれたんですって?」

スキンヘッドにベビーフェイスのキースは、人懐っこい笑顔でこれに答えてくれました。

フレズノの自宅を拠点に全米を飛び回って活躍する彼(おそらく50代後半)は、ある晩ロスに降り立ってホテルへ向かう途中、夕食を取ろうと全米チェーンのファミレス、「T.G.I. Fridays」に立ち寄ります。これはThank God It’s Fridayの略を使った店名。「TGIF(ティージーアイエフ)」と四文字に縮めるのも一般的です。和訳すると、「やった~、今日は金曜日だ」ですね。サラリーマンがメールの挨拶などに使える、軽いノリのフレーズです。日本語だと「花金」くらいがちょうど同じトーンかもしれません。

さて晩飯を済ませ、駐車場へと向かうキース。車のドアを開けて運転席に腰を下した途端、後部ドアが開いて若い黒人が乗り込んで来ました。振り向くと、男はドアを閉めて銃を突きつけ、「財布を出せ」と凄みます。普通ならここで大人しく財布を渡して立ち去ってもらうべきなのですが、キースは反射的にこう言ったというのです。

“Get out of my car!”
「車から降りろ!」

しかもこのセリフを、三回繰り返したのだと。

「後から考えると、なんでそういう反応になったのか自分でもよく分からないんだ。」

この間、若者はキースに銃口を向けたまま沈黙を守っていましたが、三回目のセリフを聞いた後、静かに拳銃の引き金を引きました。カチリ、と撃鉄が落ちましたが、何故か弾丸は発射されません。おや?と思うキース。もう一度カチリ。不発。しかし三度目、轟音とともに激痛が走ります。弾丸が、鎖骨の当たりに命中したのです。

自分がたてた銃声に動揺したのか、何も盗らずに猛然と走り去る若者。どうにかこうにか運転席からもがき出たキースは、ばったりと路上に倒れます。

「気が付いたら病院だよ。その辺にいた人が救急車を呼んでくれたんだな。」

幸い命に別条は無く、数か月後に無事職場復帰を果たしたキース。犯人は捕まって、今は刑務所にいるそうです。

「この事件の前後で、何か大きな心境変化はありましたか?」

と私。

「いや、それは特に無いね。少しだけ用心深くなったかもしれないけど。」

もしもそんな大事件が自分の身に降りかかったらガラリと人生観が変わるだろうと確信する私には、彼のこのあっさりした受け答えが何か呑み込めず、微妙な違和感を残して仕事に取り掛かったのでした。そしてそれから金曜日を迎えるたびに(TGIFとの連想から)、この事件のエピソードが蘇るようになってしまったのです。

さて今週、二週間後に迫ったクライアントとのキックオフミーティング用に提出を要求されている実施計画書を仕上げなければならなくなったキースが、やおら動き始めました。水曜の朝、プロジェクトのスケジュールを仕上げてくれないか?という依頼メールが来たので、プロポーザルの際に作ってあったバージョンに一日かけて修正を施し、夕方送信して帰宅したところ、夜の10時近くになって大量の修正指示が届きました。明日クライアントとの打ち合わせがあるから、それまでに全部盛り込んで欲しい、とのこと。え?本気で言ってんの?

半信半疑のまま、

「じゃあ早朝に出勤して取り組むことにしますね。」

iPhoneで返信すると、すぐに返事が届きます。

「ミーティングは朝7時だから、俺は6時に出発しなきゃならない。何が何でもそれまでに修正版を送ってくれ。」

そしてこんな一節。

“I appreciate you burning the midnight oil to get this done.”
「深夜のオイルを燃やして仕上げてくれ。」

なんじゃそれ?意味分からんが、彼が大真面目に「夜通し働け」と迫っていることだけは伝わりました。

あんたちょっと計画性に欠けるんじゃないの?何でこっちが尻拭いしなきゃならないんだよ!と言ってやりたいところですが、ここは挑戦を受けることにした私。日本にいた頃はこんなことしょっちゅうだったし、久しぶりに無茶してみるのも面白いか、と思ったのです。

午前2時、新居のダイニングテーブルにラップトップを開いて作業開始。4時ごろ仕上がったスケジュールをキースに送ったところ、彼もどこかで働いているようで、すぐに修正依頼コメントを送り付けて来ます。しかも、別の資料作成指示もどんどん追加して。こうしたやり取りを何度も繰り返し、5時半近くになった時、

「俺はあと30分で出発しなきゃいけない。最終版を大至急送ってくれ。」

と追い込んで来ます。そして朝5時50分、空が白みかけて来た頃、最終版を送信。睡眠不足と達成感とで若干ハイになっていた私は、キースからの確認メールを半ば楽しみに待っていました。

「お蔭でミーティングに間に合うよ。よくやってくれた。有難う。ぐっすり寝てくれよ。」

なんて感じのほんわかトーンを期待していた私は、届いたメールの文面に目を疑いました。

“That works.  Please continue working on the other tasks and I’ll circle back after my meeting with the client.”
「まあこんなもんだろう。引き続き他の作業に取り組んでくれ。クライアントの会議が終わったらまた連絡するから。」


反射的に、大声で笑いだしてしまった私。徹夜させといて、更にまだやれってか?信じられない思いでしたが、ここで負けるのは嫌だったので、そのまま普通に出勤しました。睡魔と戦いつつ作業を続けながら、他人に夜通し働かせて何とも思わないキースの「ハートの強さ」に対するオドロキが、じわじわと増して来ました。そして、T.G.I. Fridays で彼を撃ってしまった若者の心境に、少しだけ共感を覚えたのでした。

2016年2月23日火曜日

In the name of love 愛という名のもとに

高校の水球部に所属する14歳の息子は、冬の間、週に二、三回は学外のチームに入って特訓を受けています。シーズン中は試合の予定が立て込んでいてほとんど練習に時間が割けないため、こうしてオフの間に力をつけておかないと試合に出れないし、出ても勝てないのだそうです。これはとても良いことなのですが、夜7時からの練習にチームが借りているプールは室内でも温水でも無いのです。ナイター照明の下で白い息を吐きながら、キンキンに冷えたプールにパンツ一丁で(当たり前だけど)飛び込み、泳ぎまくる少年たち。寒がりでカナヅチな私は、「おいおい君達、二月だぞ。ちょっと頭おかしいんじゃない?」と呆れつつも、冬でも温暖なサンディエゴだからこそこんなことが可能なんだよな、と今の生活環境に対する感謝の気持ちを新たにしています。

さて先日、大ボスのテリーが送信した一斉メールを読んでいて、手が止まりました。近いうちに複数名の社員が会社を去るという噂は聞いていましたが、リストの中に意外な人物の名を発見したのです。

ここ数年、珍しい英単語やイディオムの解説をお願いするのに最も信頼を置いて来た同僚ステヴが、シアトルの会社に転職する、と書いてあるじゃありませんか!前の週に世間話を交わした際には匂わせもしなかったので、これはショックでした。さっそく彼をランチに誘い、NA Pizzaという激ウマのピザ屋へ出かけます。

彼の専門はAnthropology(アンソロポロジー)、日本語では「人類学」です。インディアンやらアラスカ原住民の生活などに詳しく、彼が出張から持ち帰って来る伝説交じりの土産話は、どれも嘘くさいほど刺激的な奇譚ばかり。インディ・ジョーンズもどきの仕事が出来て本当にラッキーだと語ってくれたこともあるのですが、近年、会社が凄まじい勢いで膨張を続ける中、彼の職種は組織の中でみるみる存在感を失って行きました。大都市の巨大建設プロジェクトなどが広告塔としてもてはやされる中、消滅の危機にさらされている少数民族の民話の伝承がどうたらこうたら、などというテーマは日陰者なのです。様々な分野のPM達をサポートしている私にはその様子がよく見えていて、いつかはこういう日が来ることを危惧していました。でも、なぜシアトル?

「このまま会社に残れば、たとえ同じ仕事を続けることは出来たとしても、キャリア形成という点では全く先が見えないんだよね。社長がメディアに向けて話をする時、俺のプロジェクトに脚光を当てるチャンスなんてほぼゼロだろ。人類学の専門家が昇進したり要職に抜擢されたりなんてことも、まず無いと思うし。」

と、ステヴ。そんなことないよ、と元気づけたいところですが、スキンヘッドに伊藤博文風の口ひげを蓄えた彼は、もはや若者とは呼べない年齢です。彼の将来を思えば、いい加減な慰めはかえって迷惑でしょう。ピザを頬張って黙るしかない私。

「でもさ、転職はしょうがないとして、何もサンディエゴを離れなくたっていいんじゃないの?」

数秒の沈黙の後、ようやく反論する私。同じエリアに同業者がいるかどうかも知らないので、無責任な発言であることは自覚していました。でも、彼が遠くへ引っ越すのはやはり残念だったのです。

「俺だってサンディエゴが嫌なわけじゃないんだよ。でもローレンがね。」

ローレンというのは彼の奥さんです。

「実はそもそも、彼女がずっとサンディエゴを離れたがっていたことが今回の転職のきっかけなんだよ。」

四季を楽しめる土地に住みたい。特別暑かったり寒かったりしなくていいから、サンディエゴみたいに一年中青空じゃない場所がいい、と。その第一希望がシアトルだというのです。

「こんな能天気な土地で子供を育てたくないって人は大勢いるもんね。」

と私が笑うと、実はそれが彼女の口癖だというステヴ(私に気を遣ってこのエピソードは隠していたみたい)。いずれ子供を産むのなら、文化の香りのする街で育てたい、というローレン。

「だからいつかはシアトル、っていうのがベースにあったんだ。俺が転職を考え始めるずっと前からね。」

幸い、アラスカのプロジェクトに共同で取り組んだことにある小さな会社の社長がステヴを誘ってくれて、シアトル支社にポジションを作ってくれたのだそうです。

「彼女、この転職をすごく喜んでるんだ。」

そうか、奥さんへの愛が転職を後押ししたのか。すげえなステヴ。それに対して我が妻は、これまでずっと私の留学や仕事の都合で移動を余儀なくされています。彼女が住みたい場所で仕事を探す、というアイディアは、ついぞ思いつきませんでした。

数日後、彼からの送別メールが支社の社員全員に届きました。「この10年間、おつきあい有難う。」から始まり、毛むくじゃらのアシカと肩を並べて海上に顔を出している写真が添付されています。その下にはプロジェクト番号が記されていて、キャプションにはこうあります。

“I’m the slightly less hairy one on the right.”
「右側の、やや毛深くない方が俺です。」

アラスカの漁業関連のプロジェクトで現地へ行った時に撮ったものでしょう。

“I still can’t believe a place actually paid me to do things like this,”
「まだ信じられないよ。こんなことするのに金を払ってくれる会社があるなんてね。」

そしてこうまとめます。

“all in the name of anthropology”
「それもこれも、人類学の名のもとにね。」

この “in the name of” というフレーズ、冷静に考えるとちょっと腑に落ちません。ステヴのメールだけを取れば、「人類学の名を借りて」、つまり、実態はともかくその名の威光を使って、という風に解釈できます。でも、これが“in the name of love”「愛という名のもとに」という使い方だったらどうか。「愛してるんだからいいだろ?」みたいな口先だけの愛情表現を指すのか、それともニュートラルな意味合いで使えるフレーズなのか。

さっそく、受付のヴィッキーに質問してみました。すると彼女はいきなり立ち上がって右手を私の方へ真っ直ぐ差出し、

“Stop! In the name of love!”

と歌い始めました。

The Supremesっていうグループの歌でしょ!」

そうして出だしからサビまでを、振り付けつきで歌ってくれました。いや、聞きたいのはあなたの歌じゃないんだけど…。

翌日、久しぶりにオレンジ支社へ出張した際、同僚フィルに質問。

「これだろ?」

私が質問を終える前に、右手をさっと伸ばして「ストップ!」の部分のジェスチャーを見せるフィル。通路を隔てて向かいのキュービクルで働くサル(という男性社員)まで同調して手を伸ばします。いや、だから、知りたいのはそこじゃなくて…。

なんかこの歌、アメリカ人にとっては、メロディーを聴くと反射的に身体が動いてしまうタイプの曲みたいです。日本語の歌に、そんなのあるかな?思いつくのは金井克子の「他人の関係」くらいだな(かなり古いが)。

結局フレーズの意味はあやふやなまま、会話終了。もやもやしたまま立ち去る私でした。こんな時ステヴだったら、こちらの疑問を正確に理解してから「痒い頃に手が届く」的確さで解答してくれるんだけどなあ…。

妙な形で味わう喪失感でした。


2016年2月8日月曜日

ハッピーライフ

11月中旬、アパートの管理会社から一通の手紙が届きました。

「いつもご愛顧有難うございます。1月末の契約更新時に家賃が一割上がりますので、どうぞよろしく。」

おいおい、何だその極端な値上げは?何かの間違いじゃないだろうな。これまでも毎年じわじわ値上げはありましたが、その度に何とか耐え忍びました。それが突然一割も上がる?

さっそくオフィスを訪ねてみましたが、管理会社側はガンとして退きません。ここのところ賃貸市場は好調で、彼らからすればまたとない稼ぎ時なのでしょう。かなり大目に見てやっての一割アップなんだぞ、と言わんばかりの態度。環境や治安の良さに惚れ込んで13年も住み続けた場所ですが、今後この調子で毎年ポンポン家賃を上げられたらたまったもんじゃない。この国では賃貸者の権利が弱く、アパートに住み続ける限りこの仕打ちからは逃れられないのです。

「もうあったまきた!」

この暴挙に、憤然と立ちあがる妻。

「家、買おう!」

我々夫婦は日本にいた頃からアパート暮らしの経験しかないので、住宅購入に関してはズブの素人。おまけにここは外国です。何から始めて良いのやら、皆目見当がつかない。しかし怒りをエネルギーに変えた妻は、ここから八面六臂の大活躍を展開します。ちょうど出張が多く不在がちだった私に文句の一つも言わず、毎日深夜までリサーチに没頭。昼間は知り合いに紹介された不動産エージェント(ベトナム人女性)と何十もの物件ツアーをこなし、同時に複数の銀行とローンの交渉を繰り返し、不動産鑑定士、エスクロー(不動産取引代行)業者との打ち合わせなどをほぼ一人でやり遂げました。

そして遂に1月中旬、南に15分下った場所に、一軒家を購入したのです。アパートの契約が切れる直前の月末、滑り込みで引っ越しを完了。とんでもない早業でした。私は一連のプロセス中、妻の爆発的な行動力に圧倒されっぱなしでした。この人、ほんとすげえなあ、と。

ところが、これで万事解決とは行きませんでした。

今回、住宅選びに当たっての私の希望は、

「お客さんが来ても駐車スペースに困らない家で、斜面上に無いこと。」

これに対して妻は、

「洗濯室が室内にある、眺めの良い家。」

米国では洗濯機と乾燥機をガレージに置くのが一般的なようで、内部に洗濯室を設けている物件は非常に限られていました。

「ガレージって基本的に家の外でしょ。外で洗濯するなんて嫌なのよ。」

しかし残念ながら、彼女の希望に適う適正価格の住宅は見つからず、最終的に購入を決定した物件も、寒々としたオンボロガレージの隅に洗濯機と乾燥機を押し込むタイプでした。おまけに、家からの眺めも決して良くはない。結果的に、大して働かなかった私の希望の方を通した形になり、散々苦労してここまで漕ぎつけた妻に申し訳ない気持ちで一杯でした。

そんな時、不動産エージェントに紹介してもらったベトナム人の大工さんに改装を頼めることになり、二週間でガレージを完全リフォーム。古い温水ヒーターや巨大な空調パイプ、その周りを覆っていた黄色い綿のような断熱材、天井の木材などが全てむき出しだったのが、見事に白い壁で覆われ、すっきりとした洗濯室に仕上がったのです。

「室内と同じレベルとは言えないけど、見違えるくらい綺麗になったわよね。」

と喜ぶ妻。

先日、職場で同僚のジョナサンと昼飯を食べながら、今回の顛末を話して聞かせました。彼は我々の新居の近所に十数年も住んでいて、コミュニティへの仲間入りを喜んでくれました。そしてガレージ改装のくだりを話した時、「こんなフレーズ知ってるか?」と微笑みました。

“Happy wife, happy life.”
「ハッピーワイフでハッピーライフ。」

ドンピシャの表現を頂きました。



2016年2月3日水曜日

Run, Hide, Fight 逃げろ。隠れろ。そして闘え。

昨日のランチタイムには、ダイニングスペースに社員が60人ほど集合しました。本社に新設された部署からクリスという男性社員がやって来て、スペシャル・プレゼンがあったのです。テーマは、「侵入者による銃乱射など、絶体絶命のピンチにどう対処するか。」

その銀髪から察するに、恐らく50代後半でしょう。ネイビーシールズ(海軍特殊部隊)やFBIでの勤務経験を買われて今の職に就いたという彼は、折り目のはっきりした紺のスラックスを履き、白いシャツを素肌に纏っています。異常に発達した大胸筋がそのうちボタンを弾き飛ばすんじゃないかと思えるくらい、シャツの生地が激しく横に引っ張られています。まるでイギリス訛りの抜けたダニエル・クレイグ(最近の007映画で主役を張ってる俳優)。両脇に水着の美女を数人侍らせても違和感は無いでしょう。穏やかな物腰ながら、誰がいつ飛びかかってもためらい無く秒殺するぞ、という凄みを発散しています。

「銃乱射事件の69%は、5分以内に殺戮が終わっています。それほどの短時間に警察の到着を期待するのはまず無理でしょう。だから、個人個人がどう対処するかが大変重要になってくるのです。」

二コリともせず、陰惨なプレゼンを淡々と進めるクリス。解雇された社員がじわじわと転落の人生を歩み、何年も経ってから「そもそもは俺をクビにしたあの会社が悪い」と職場に舞い戻って無差別銃撃をする、という実話にはぞっとしました。そういう「防ぎようがない」と思える事態をどう防ぐか、という話から、万が一そういう事件に巻き込まれた際にどうするか、というテーマに移った時、クリスがこう言いました。

「一番大事なのは、まずは自分の身を護る(Save yourself first)ことです。仲間を助けたければ、まずは逃げてプロの救助を求めることが最良の方法なのです。」

次に、こんなフレーズを紹介しました。

“Run, Hide, Fight”
「まずはとにかく頑張って逃げる。逃げられなければ隠れる。隠れる場所が見つからなければ、後は闘うしかない。」

質疑応答の時間を設けてくれたので、さっそく手を挙げ、プレゼン中ずっと心にひっかかっていた質問をしてみました。

「あくまでも仮定の話ですよ。たとえば一人の男性が、うちのオフィスを訪ねて来たとします。受付で、ここにいるシャノンの知り合いだ、と告げて職場に入って来たとします。」

隣に座っていた、部下のシャノンを指さします。

「実はそれが、彼女のEx boyfriend (昔の彼氏)だったんですね。」

そう言った時、皆がどっと沸きました。

24年も経ってるのに!」

と調子を合わせて笑うシャノン。

「ふられたことをずっと恨みに思っていたこの男が、彼女を片手で抱えて銃を頭に突き付けたとします。私の目の前で、ですよ。そういうケースでも、私はとっとと逃げるべきなんでしょうか?」

クリスは表情を少しも崩さず、三秒ほど私の目を見つめてからこう答えました。

「あなたが普段から厳しいコンバット・トレーニングを受けていて、しかも丁度その時充分な武装をしていた、というのなら話は別です。しかしそうでないならやはり逃げるべきです。」

「でも、仲間が殺されるかもしれないんですよ!」

「あなたがそこで抵抗する様子を見せて犯人を下手に刺激すれば、彼女が殺される確率が増すかもしれない。それに第一その場に留まれば、あなたの命も無くなる可能性が高い。どう考えても、逃げるより良い手段は無いでしょう。」

「う~ん、なるほど…。」

大きな拍手とともに、プレゼン終了。席に戻って仕事を始めたところ、少し遅れて向かいの席についたシャノンが、ケラケラ笑ってこう言いました。

「昔の彼氏ネタで皆にからかわれちゃったわよ。気をつけろよ、ちゃんと関係を清算しておけよ、だって。」

「ごめんごめん、変なたとえ話をしちゃったね。」

「いいのよ。すごく楽しかった!」

少し経って、別件で総務のトレイシーと話した時、

「あれはすごく良い質問だったわよね。」

と褒めてくれました。

「実はさ、まだ納得出来てないんだ。頭では理解出来ても、本当にそういう事態になった時、仲間を見捨てて逃げるなんて出来るのかなあって。」

「そうよね。難しいわよね。」

「たとえばそれが自分の奥さんや子供だったら、絶対助けようとして暴れちゃうと思うんだよね。」

「そりゃそうよ!」

それから少し考え、冗談めかしてこう言いました。

「大体さ、もしも犯人が捕まってシャノンが無傷のまま助け出された場合、どうしてあの時私を見捨てて逃げたのよ!って怒りたくなるだろうし、他の皆だって、シンスケはひどい奴だって責めたくなるんじゃないのかな。」

するとトレイシーが、

「それは絶対大丈夫よ。」

と、心配無用という表情で言いました。

「とにかく逃げろってクリスから指導されるのを、全員が聞いてたじゃない。」

う~ん、その「仮定の」事件に限定した話じゃないんだけど…。