2015年9月28日月曜日

Blood Moon ブラッド・ムーン

昨日の晩は、友人の邸宅でパーティーがありました。皆既月食とスーパームーン(地球に最も近づいた月)が重なり、「ブラッド・ムーン(オレンジ色の満月)」という珍しい現象が起こるというので、皆で飲みながら鑑賞しようじゃないか、という企画。日本人六家族くらいが集合し、持ち寄った食べ物で腹ごしらえをしてから庭に出ました。

西の地平に夕日が落ちて間もなくのこと。東に連なる山の稜線の少し上、雲ひとつ無い紺色の夜空に、突然オレンジがかった大きな月が現れました。大人も子供も、どっと歓声をあげます。その後4時間ほどかけ、月の表面を覆っていた地球の影がじわじわと立ち退いて行く様子を鑑賞しました。そしてとうとう、興醒めするほど明るい満月に変身。このころには皆さん、若干飽きてしまった様子。

iPhone でたくさん撮影したものの、やはり月を写すというのは至難の業でした。なんだかピンポン玉を撮ったみたいになっちゃった。

途中、家主のBさんが思い出したように屋敷に戻り、どこかから担ぎ出して来たバズーカ砲のような巨大な天体望遠鏡で、代わる代わる月を観察するゲスト達。

「でかすぎて全部おさまらないや。」

望遠鏡ののぞき穴にiPhone を押し付けるようにして撮影した月は、表面のクレーターまで見えて感動でした。

「次は18年後だね。またみんなで集まろう!」

と盛り上がった私達。アメリカに来て15年。お月見は初めてです。10時半ごろさよならし、助手席と後部座席ですやすや眠る妻子と共に、しあわせ~な気分で家路につきました。


2015年9月24日木曜日

One thing after another 踏んだり蹴ったり

今朝早く、部下のシャノンからメールが届きました。

「昨日ジュリアが歯医者に行った時に色々あって、今日も別の医者のところへ行かなきゃいけなくなったの。出社は午後一番になると思う。」

ジュリアというのは高校生の娘さんです。この子は歯にまつわるトラブルに小さい頃から悩まされていて、これまでもシャノンは何度も会社を抜けて娘の歯医者通いをして来ました。昨日は、「インプラント」という手術の予定日だったのです。早退する前にシャノンは、

「あの子はこれでようやく、歯の問題を巡る長い旅に終止符を打てるのよ。」

と、安堵の溜息をついていました。

昼休みの中盤に現れた彼女に、何が起こったのか聞いてみました。

「昨日、施術前に3D X-ray(三次元レントゲン)を撮ってもらったのね。そしたら、インプラントを予定していたポイントの根元の間隔が7ミリ必要なところ、4ミリしか無いことが分かったの。このまま手術したら両脇の歯の根っこを駄目にしてしまうって。インプラントは取りやめて、一から矯正をやり直さなきゃならないって言うのよ。これを聞いたジュリアがね、いつもは年齢の割に冷静な子なのに、その場で泣き崩れちゃったの。これまで何年も辛い思いをしてたのが、一気に爆発しちゃったんだと思うのね。先生が困っちゃって、おろおろよ。」

虫歯知らずで歯医者ともほとんど縁のない私には、想像もつかない事態です。

「実は私自身も、最近色々あったのよ。話してなかったけど、貸し家にしてるアパートのガレージが、週末に火事を起こして大騒ぎだったの。それでなくてもここ数週間は連日夜遅くまでの残業でストレス溜まってたせいか、気が付いたら私もジュリアの隣で泣いてたの。」

歯医者の診察室で泣く母娘。これは医者にとってもなかなか衝撃的な光景だったことでしょう。シャノンが言います。

“It’s one thing after another!”

文字通り解釈すれば、

「次から次に色んなことが起こる。」

ですが、後で各種サイトをチェックしたところ、このThing Problem(問題)やDifficulties(困難)の意味で使われることが多いようです。

そんなわけで、シャノンが言いたかったのはこういうことですね。

“It’s one thing after another!”
「もう踏んだり蹴ったりよ!」

「でもさ、最新テクノロジーのお蔭で事前に問題が分かったんだから、手術が始まってから発覚するより良かったんじゃない?」

と私。

「そうなのよ。ジュリアにもそう言ったんだけど、あまり効果無かったわ。」

ま、そう言われて簡単に気持ちがおさまるくらいなら、初めから涙なんか流さないか。

「ヨーロッパじゃ、今この瞬間にも何万人という難民が命懸けで地中海を渡ってるでしょ。歯医者に通えるだけでもラッキーだっていう慰め方はどう?」

「それも言ったの。これはちょっと効き目あったみたい。ま、一旦泣き止んじゃったら腹が座ったみたいだけどね。これだけ色々大変な目に遭ったんだから、ここから先はきっと良いことだらけよ、って言ってあげたの。」

とシャノン。良いお母さんだなあ。

それから一時間後、私の隣にやって来て静かに腰を下ろした彼女が、呆れ顔と笑顔をミックスしたような複雑な表情で、こう言いました。

「今、フランクからテキストが入ったの。」

フランクというのは、シャノンの旦那さんです。

「ハッピーアニバーサリー(Happy Anniversary)って書いてあるの。一瞬何のことか分からなかったんだけど、よく考えたら今日って私達の結婚記念日だったのよ。もう、すっかり忘れてた。こんなの、信じられないわ!」

「踏んだり蹴ったり」はまだ終わりじゃなったのですね。ま、最後の一発は殺傷能力低いけど。


2015年9月12日土曜日

Get my ducks in a row. 準備万端整える。

数カ月前、オレンジ支社のブライアンとロングビーチの建築設計プロジェクトについて話し合っていた際、彼がうんざりした表情でこう言いました。

“Every time I try to get my ducks in a row, management would change everything.”
「アヒルを一列に並べようとすると、決まって上層部が全部ひっくり返すんだよ。」

過去一年間、オレンジ支社では度重なる組織改変で、ほぼ四半期毎にボスが交代しています。当然ながら事業方針は一貫性を欠き、PM達はこれに苛立ちを募らせているのです。ブライアンは知っている同僚の中でも、「笑いながら怒る人」の代表選手。口を開けば、「もうどうでも良くなった。ただ言われたことを黙ってこなして行くことに決めた。クビにするならどうぞしてくれ、という境地だ。」と、怒りに紅潮した笑顔で滔々と諦観を述べます。

私は同情を示しながらも、ずっとむずむずしながら彼の話に耳を傾けていました。

「ブライアン、ちょっと聞くけど、なんでさっきアヒルの話をしたの?」

彼が怒りの長口舌を締めくくるのを見計らって、恐る恐るこの疑問を彼にぶつけてみました。

「え?俺、アヒルの話なんかしたっけ?」

「ほら、アヒルを一列に並べるって言ってたじゃない。」

「あ、そのこと?」

途中で彼の話を遮らなかったことで、きっと満足していたのでしょう。下らない質問をしやがって、とムカつく様子もなく、説明してくれました。

「準備のためにOrganizeする(整理整頓する)ってことを言いたかったんだよ。会議とか旅行の前には、それがうまく運ぶように準備万端整えるだろ。」

「うん、そういう意味だろうことは何となく分かってた。僕が聞きたいのは、なんでそこでアヒルが出て来るのかってこと。」

ここでブライアンは、上を向いて黙ってしまいました。

「う~ん、考えたこともなかったよ。お母さんアヒルが子供たちを一列に並び従えてる状態から来てるんじゃないかな。本当の語源は知らないけど。」

それ以来、複数の人の口からこの表現が飛び出すのに出くわしました。もしかしたら、これまでも頻繁に使われていたフレーズなのかもしれません。イディオムというのはきっと、それと知るまでは、実際に使われていても聞き流しちゃうものなんですね。

先日、環境部門の同僚ディックに同じ質問をしてみました。

「俺の頭はその表現を聞くとすぐ、オーガナイズする、という言葉に自動変換しちゃうけどね。いちいち語源を考えてこのフレーズを使ってる人なんていないと思うよ。」

と笑うディック。

「だってさあ、どうしてもアヒルの家族が一列に進んでるイメージが頭に浮かんで来ちゃうんだよ。それがあんまりハッピーな映像なもんで、準備を整える、という意味に繋がる前に池の向こうに消えて行っちゃうんだよね。」

Kill two birds with one stone (一石二鳥) はどう?いちいち視覚イメージが浮かんでくる?」

「あ、そうだね、そっちは浮かばないや。不思議。Bird(鳥)と言うかDuck (アヒル)と言うかで随分インパクトが違うなあ。」

昼休みになり、キッチンのカウンターに座って弁当を食べていたら、向かい側にベテランPMのダグが座り、休日をどう過ごしたか、という話題になりました。

「息子たちを連れて、猟に行ったよ。」

彼は素早く周囲を見渡し、我々の会話が聞こえる範囲に他の社員がいないことを確認します。この支社には生物環境保護を専門にしている社員が大勢いて、狩猟の話題は快く受け入れられない可能性が高いのです。

「今回は何が獲物だったの?」

と私。前回は鹿狩りだったのは知っていました。うちの息子と同い年の彼の末っ子が、死んだ鹿の首に腕を回してニッコリ笑ってる写真を見せてもらったので。

「今回は鳩(Doves)だよ。散弾銃で撃った。その後皆でバーベキューさ。」

「鳩ってどんな味がするの?」

「ちょっとレバーっぽいね。でも美味いよ。」

「手羽先とか?」

「いやいや、羽の部分には肉なんか無いよ。食べるのは胸だけだね。こうやって皮を剥いてから肉をはずすんだ。」

彼は両手で何かをひっくり返すジェスチャーをしてくれたのですが、動物を捌いた経験の無い私には、全く想像がつきません。

「散弾銃の破片が肉に食い込んでることがあるから、気を付けて食べなきゃいけないんだ。」

そしてキッチンカウンターに誰かが広げてあった新聞の記事を指さし、

「このoという活字くらいの大きさしか無いから、なかなか気付きにくいんだけどね。舌の上で肉を転がしてチェックしてから飲み込むんだ。」

彼は口をもぐもぐ動かしてから、ぺろっと舌を出す真似をしました。

私は急に思い出して、Get my ducks in a row の語源について尋ねてみました。彼はちょっと考えてから、こう答えました。

「弾丸を無駄にしたくない猟師が、一発で複数のアヒルを殺せるように、自分から見て縦一列に並んだ状態になるような場所で銃を構えることだと思うんだけど…。違うかな。」

あらためて、キョロキョロと周囲を確認するダグでした。

2015年9月5日土曜日

日本人あるある

先日の夕方、二つ上のフロアで働いている同僚マリアがやって来ました。

「最近うちの階に全然顔出さないじゃない。」

と、のっけから詰り口調。

「そっちこそ、ちっとも降りて来ないじゃん!」

とすかさず応戦すると、

「何で来たかっていうとね、日本食を食べる会をそろそろまた企画してよって言いたかったの。」

と、子供がおねだりするような目で笑います。

「あ、その話か。」

前のオフィスにいた頃は、仲間と連れ立って時々地元の日本食レストランでディナーを楽しんだものです。これが意外と人気のイベントで、皆の超乗り気な反応に毎度驚かされていました。同僚たちに会う度に、次の会はいつ?とせかされるほど。

「分かった。じゃ、9月の終わりくらいに企画しよっか。」

「やったぁ!インビテーション送ってよ!」

私が招待状を送るまでその場を去らないぞ、という圧を感じたので、「日本食ディナーを楽しむ会」と銘打ち、会場未定のまま仲間たちへ一斉メールを送信。すると、間髪入れずに「参加します」という返事が届き始めました。これを見届けてから、マリアが満足げに去って行きました。

翌日、若手PMのサラと打合せを始めた際のこと。彼女が目を輝かせ、

「シンスケからの招待メールを開けた時は、ものすごく興奮しちゃったわよ!」

と顔を上気させたので、

「それは良かったね!」

と答えつつ、何か腑に落ちない感じを味わっていました。みんなどうしてそこまで喜ぶのかな?そんなに日本食が好きならレストランを探して自分で足を運べばいいわけだし、ただ同僚達とわいわい集まるのが楽しいというのなら、こないだ地ビールの店に皆で繰り出した時だって同じくらい盛り上がってても良かったはずだし。ほんと、不思議。そもそも、一般のアメリカ人が日本や日本人に対してどういうイメージを抱いているのか、いまいちつかめないのです。

数年前、一時帰国から戻ったばかりの私が同僚達を集めて30分ほど土産話をプレゼンしたところ、のめり込むように聞いていた同僚のスーが、

「へえ、中国ってそういう感じだったんだ!」

と思いっきり国名を間違えてコメントして来たのに言葉を失ったこともありました(周りの誰もスーに突っ込まなかったこともショックでした)。アメリカ人にとって、アジアは十把一絡げなんだなあ、と実感した次第。

そんな経験も手伝って、日本に対するアメリカ人の関心がどの程度のものなのか、今でも良く分からないでいるのです。そんな感じで「日本食ダイスキ」とか言われてもねえ…。

ちょっと前、日本通の同僚ダグが、厚木基地のプロジェクトに携わって暫く東京周辺に滞在していた頃の思い出を語ってくれました。ヤクザが介入しようとして揉めた事件とか、新幹線に乗る時に日本人乗客がビールを飲みながらタコの脚の切り身にかじりつくのを見てゾッとした話とか(アメリカ人の多くはタコを食べないので)。

「日本人男性が職場で奥さんに電話をかける時って、誰でも同じことを同じ声で言うよね。」

と、嬉しそうに話すダグ。

「え?そう?そんなこと無いと思うけど。みんな何て言ってた?」

この藪から棒な指摘には全く思い当たる節が無く、私は首を傾げてしまいました。するとダグは受話器を耳に当てたジェスチャーで口を小さく開き、若干鼻にかかったような声でこう言ったのです。

「むしむ~し。」

職場での私用電話だから周りに気を遣ってるんだよ、だからそういう発音になっちゃうの、と解説する私。これまで十回以上日本へ出張して来た彼にとっての「日本人あるある」が「むしむ~し」だというのは、なんともやり切れない話でした。

さて、こないだの週末は、日本人の友人宅(豪邸)でホームパーティーがありました。毎年8月最後の土曜日に開かれる宴で、今年も百人近い老若男女が集い、楽しく飲み食いしました。遠くに海を臨む巨大な裏庭の一角に立ち、日本人配偶者を持つ白人男性二人(リーとアンディ)と談笑していた際、日本人の特徴の話題になりました。日本に住んだこともある二人は、一般のアメリカ人よりも遥かに大和文化に慣れ親しんでいるはず。そんな彼らからどんな「日本人あるある」が飛び出すか、これは期待出来そうだぞ、とワクワクしていました。

「日本人ってさ、簡単にイエスを言いたくはないけど結局は同意せざるを得ない状況だと、喋る前に歯の間から思い切り息を吸い込むよね。」

と、リーが切り出します。

「はっ?」

何を言っているのかなかなか理解出来ない私。それまで口数が少なかったアンディが、これに食いつきます。

「そうそう、しょっちゅう聞くね。やりましょう、やるにはやるけどでもねえっ、て感じの気の進まない状況でね。」

そして二人同時に、ちょっと顎を上げ気味で首を傾げ、閉じた歯の間から息を吸い始めました。

え?それが日本人のイメージ?

歯を食いしばって大きく口を横に開き、スースー音を立てながら何度も息を吸い込む白人男性二人を前に、よく分からないけどこれから頑張っていかなきゃな、と思う私でした。


2015年8月26日水曜日

Safety Moment セーフティ・モーメント

先週水曜のランチタイムには、サンディエゴ支社のリーダーシップ会議がありました。開始とともに進行役のテリーが、

「誰かSafety Moment (セーフティ・モーメント)ある?皆が無ければ私、ネタあるんだけど。」

と、出席者の顔を覗き込むように見回しています。我が社には、どんな会議も必ずセーフティー・モーメントという安全行動喚起の話で始めなきゃならない、というルールがあります。出席者たちは、どうぞどうぞ、とテリーにトーク開始を促しました。彼女の口から飛び出したのが、こんなエピソード。

「カナダの女子大生が彼氏の運転でハイウェイをドライブ中に、両脚をダッシュボードの上に載せてうとうとしてたんだって。その車の前方で玉突き事故が起きて、彼氏がかけたブレーキは間に合わず、前を走ってたトラックに突っ込んじゃったのね。そしたらエアバッグが作動して女の子の両脚を撥ね飛ばしたもんだから、膝が自分の顔にめりこんじゃったんだって。」

会議参加者から、一斉に呻き声が漏れます。

「幸いにも一命はとりとめたんだけど、脳内出血を起こしたために障害が残ったの。それ以来、人格も変わっちゃったんだって。というわけで、助手席に座る時は必ず両脚を床におくべし!」

すると私の隣に着席していたスコットが、

「僕は運転中、絶対窓を開けないようにしているよ。」

と流れを引き継ぎます。数年前、彼は大きな自動車事故に遭ったのです。

「昔からの癖でね、いつも窓全開にして肘を出したまま運転してたんだよ。衝突事故で車が横転した時、身体はシートベルトで護られたんだけど、腕が車体と路面に挟まれちゃったんだ。」

スコットの味わった苦痛を思い、皆が一斉に呻きます。

「腕を失ってた可能性を考えれば、本当に自分はラッキーだったと思う。でもあれ以来、運転中はどんなことがあっても窓を開けないようにしてるんだ。」

すると総務のトレイシーが、

「ランディの弟の話、聞いたことある?」

と更に引っ張ります。ランディというのは、マーケティング部門の女性です。

「彼も横転事故に遭ったんだけど、その時サンルーフが全開だったのよ。」

この時点で出席者のほとんどが、先を見越して静かに悲鳴を上げました。

「上半身が屋根から飛び出した状態で車が回転しちゃったの。何十か所も複雑骨折したばかりか、複数個所で内臓破裂を起こしたんだって。あれから三年経つけど、完治は望めないって聞いたわ。」

会議室が静まり返ったその時、若手PMのマットが小さな声でこう言いました。

“Can we stop here?”
「もうやめない?」

「そうだそうだ」「本題に入ろう」と、みんな夢から醒めたように同意します。「安全行動の喚起」という目的は、充分に達成できたと思います。

実は私、最初のエピソードが頭からなかなか離れず、後でネットを調べてみました。事故当時この女性は22歳で、もうすぐ大学卒業、というタイミングだったそうです。女手ひとつで育てて来た彼女のお母さんは引退間近だったのですが、このことがあったお蔭で退職を先延ばしせざるを得なくなりました。医療費がかさみ、収入が必要になったのです。

「あの子はすっかり変わってしまいました。何の脈絡も無く突然怒り始めて私を罵倒したと思ったら、数秒後にはケロッと忘れちゃってるんです。まるで13歳に逆戻りしたみたい。」

こういう苦痛に満ちた生々しい体験談というのは聞いた人の頭に残りやすく、その後の行動に大きく影響すると思います。

昨日の朝は私のチームの定例電話会議があったので、この女子大生の話題をそのまんまセーフティ・モーメントに使うことに決めました。皆きっと震え上がるだろうなあ、とほくそ笑みながら。ところが喋り始めて数秒も経たないうちに、大きな失敗に気づきます。英語力不足のせいで、話がうまく組み立てられないのです。

「一気に膨らんだエアバックに撥ね飛ばされた脚が顔にめり込んで、失明は免れたものの、脳内出血が原因で後遺症が残った。」

これだけのストーリーを英語で再現するのが、想像を遥かに超える難しさだったのですね。単語をひとつひとつ絞り出すようにつっかえつっかえ喋ったものだから、この手のエピソードを語るのに重要な要素である「スピード感」が、全く伝わりません。

「エアバッグがね、その、すごいスピードで膨らんでね。そしたらさ、脚がさ、ほら、エアバッグに押されて持ち上がるでしょ。それでね。」

もうグダグダ。しまった、リハーサルしておくんだった!後悔先に立たず、です。

予定の二倍くらい時間をかけて何とか話し終わったものの、電話の向こうの出席者たちからは何の反応も返って来ません。ほお、とか、へえ、とか、うわぁ、とかも聞こえて来ない。何事も無かったかのように次の話題へ移る私でしたが、実は内心、この「しゃべり事故」の衝撃でかなり動揺していました。部下の前で、とんでもない醜態をさらしてしまった…。

というわけで、

「英語でとっておきの話がしたい時は、必ずリハしておくべし。」

苦痛に満ちた教訓でした。

2015年8月21日金曜日

Good Life グッドライフ

7月からテレビジャパンが流していたNHKスペシャルは、戦後70年の特集続きでした。初耳の情報がふんだんに盛り込まれていて、実に見応えがありました。特に沖縄でゲリラ戦に従事した少年兵たちの70年越しの証言には、胸が締め付けられる思いでした。

わずか14歳や15歳で「志願」させられ、本土防衛の楯となった少年たち。親しい友人たちがすぐ傍で次々と死んで行っても無感情のまま前進できるほど、徹底的に「玉砕精神」を叩きこまれた彼ら。そんな悲惨な話、今まで一度も聞いたことがありませんでした。語られていない歴史って、きっとまだまだあるのでしょう。

さて、我が家の愚息(13歳)は、来週から高校へ通い始めます(日本語補習校ではまだ中二なので、違和感が半端じゃない)。数か月前から、クラブ活動をどうするか、というテーマを家族で何度も話し合って来ました。彼の高校は規模が小さく、他校では定番メニューのブラスバンドもフットボール部も、はたまた野球部もサッカー部も無し。チョイスが極端に少ないため、ほっといたら帰宅部に落ち着いちゃうぞ、と我々夫婦は危機感を抱きます。ゲームと漫画漬けでお腹もぷっくりして来た彼に、

「何か運動した方がいいよ。」

「このままだと若年性糖尿病になっちゃうよ。」

と脅したりすかしたりの私達。

結局息子は、渋々ながら水球(Water Polo)部に仮入部することを決めました。子供の頃、水泳教室に何年か通っていたので、未経験でも何とかなるんじゃないかな?という甘い見通しのもと。滅茶苦茶キツい種目だと聞いていた我々夫婦は、「一日でギブアップするかもね」と、ハードルを膝丈まで下げてサポート体制を整えます。ひとつやっかいなのは、彼の学校にはプールが無いため、よその高校まで親が連れていかないといけないということ。

初日は妻の担当でした。渋滞のハイウェイを南下し、不案内な土地でようやくプールを見つけて連れて行ったところ、息子は更衣室に入ったきり消息を絶ちました。練習が始まって随分経っているのに、一向に出て来る気配が無い。痺れを切らした妻がその辺にいた男性に頼んで様子を見て行ってもらったところ、「裸になりたくない」と籠城しているとのこと。これにはブチ切れかけた妻。なっさけない!なんだ男のくせに!と。

冷静に考えてみれば、学校も始まっていないこのタイミングで、いきなり知らない集団の中で裸体をさらすのは容易じゃありません(僕でも抵抗あります)。プールで盛んに水しぶきを立てている上級生たちの多くは、まるでアバクロのモデルみたいに見事な逆三角形。そんなカッコマン達を前にして怖気づくなという方が無理かも。妻が顧問の先生に事情を話したところ、キャプテンらしい長身の男子ともう一人の生徒に指示し、更衣室へ向かわせました。「誰もが一度は通る道なんだ。大丈夫だよ、皆待ってるから出ておいでよ」、と優しく声をかけられ、ようやくプールサイドに姿を現した愚息。

他人の前に貧弱な身体をさらすことが彼のWorst Fear(最大の恐怖)なのだという説明を聞いた顧問の先生が、妻にぼそっとこう言ったそうです。

“If that’s his worst fear, he has had a good life.”
「それが彼にとっての最大の恐怖だというなら、彼はいい人生を送って来たんですね。」

それから二週間、週四回の練習にきっちり通い続けた彼の身体は、傍目にも違いが分かるくらい筋肉質に変貌して来ました。昨夜は、「水球、すっごく楽しいよ。ダイエットも簡単に出来ちゃったし。」と屈託なく微笑んでぺったんこのお腹を見せびらかす息子をソファに座らせ、一緒に「NHKスペシャル アニメドキュメント あの日、僕らは戦場で~少年兵の告白」を鑑賞しました。

自分がどれほどグッドライフを送って来たか、ようやく実感したみたいです。


2015年8月12日水曜日

Albatross around neck 首に巻いたアルバトロス

大ボスのトラヴィスから、先月出席したワークショップで得た情報をリーダーシップ会議で解説してくれ、と頼まれたので、ロス支社から一緒に参加していたブライアンと共同で上層部の皆さんにプレゼンしました。ウェブを使った電話会議なので、私が作成した資料を喋りが達者なブライアンが説明し、私が適宜補足する、という形式。

プレゼン中盤、ブライアンがこんなことを言いました。

「これまでは、複数のツールに全く同じ内容を何度も書き込まなければいけませんでした。しかも、データベースとの交信に時間がかかるため、イライラしながら待つのがすっかりPMの日常となっています。」

そして、こんな表現をぶちこんで来たのです。

“This has been a big albatross.”
「これはでっかいアルバトロスです。」

え?今なんて言った?アルバトロス?急いでノートに書き留める私。日本語では「アホウドリ」だよな。これって、ゴルフ用語じゃない?パーよりも三打少なくホールアウトするというスーパープレイのことでしょ。そんなポジティブなフレーズを、こんな、ちょっと嫌な場面で使うとは…。

会議は無事終了し、さっそくネットをチェック。なんと、意味は「burden(重荷)」だとあります。ええ?なんで?更に調査を進めると、

A big albatross around one’s neck(首に巻いたアホウドリ)

というのが元のフレーズらしく、サミュエル・テイラー・コールリッジという人の詩が語源と見られているそうです。

船乗りが罪も無いアホウドリを撃ち殺したのを仲間が咎め、罰としてその死骸を首に巻かせた、というストーリー。色々調べたところ、昔のアホウドリは無防備なまでに友好的で、人間が近寄っても逃げないので簡単に仕留められたのだとか。

鳥の死骸を首に巻くなんて、暗い語源だなあ。そんなビジュアルイメージがあったら、使いにくいじゃないか。それにしても、ゴルフでは超ポジティブな用語が、こんなにネガティヴな意味で使われるとは…。あまりにも両極端なので、もう一方の訳に引っ張られてイマイチ呑み込めません。残念ながら、このフレーズは自分のものに出来そうも無いな、と半ば諦めました。

念のため、同僚ステヴを訪ねて解説を依頼します。

「単に重荷と言いたいなら、burdenでいいじゃん。アルバトロスという言葉を使うからには、何か特別な意味合いがあるはずだよね。」

と詰め寄る私。

「う~ん。確かにね。」

「教えてよ。何が違うの?アルバトロスってどういう時に使うの?このままだと、知ってるけど一生使えないフレーズになっちゃうよ。」

「たとえばさ、」

数秒考えて、ステヴがこんなエピソードを語り出しました。

「僕のプロジェクトは一年前に終わってるんだけど、クライアントからの支払が遅れているためにまだ閉じられないでいるんだ。うちの上層部は、最終予測コストを更新して毎月レポートを提出しろと言ってくる。もう終わってるんだから最終予測コストは金輪際変わらないって何度も説明してるんだけど、それでも提出を要求してくるから、もうすっかり諦めて、無意味なレポートを毎月書いてる。これ、アルバトロスだよ。」

「おお~、それなら分かる。ちょうど僕もその手のレポートを出して来たところだから。」

「つまりね、prolonged(長引いていて)、annoying(不快で)、ridiculousな重荷 (burden) を指すんだよ。」

ここで、はっと気づく私。最後の ridiculous は、「アホくさい」と訳せるじゃあ~りませんか!

アホウドリを首に巻いた姿の「アホくささ」。

つながった!

新しいフレーズが自分のモノになる瞬間を体験した午後でした。


2015年8月8日土曜日

Jack of all trades は褒め言葉か?

水曜はロングビーチ支社へ出向き、トレーニングの講師をしました。タイトルは、

“How to make your Excel work five times faster.”
「エクセル仕事を5倍速くする方法」。

そもそもは、この支社で働くイラン出身の同僚ファラネーから、

「うちの若い社員たちに、エクセルの基礎講座やってくれないかな?」

と言われたのがきっかけ。会社公認ではないこういうゲリラ的トレーニングを、私は過去何年も、ほぼ趣味的にやってきました。インフォメーション・デザインやスケジューリングなどがその題材例。今回は総勢20名ほどの出席者を、朝7時からと午後1時からの二回に分けての講演。クールなエクセル・ショートカットキーの数々を一時間かけて紹介し、好評を頂きました。

午後の部が終わり、コーヒーを飲もうとキッチンに入ったところ、総務のミシェルと会いました。

「すごく勉強になったわ、有難う!」

「どういたしまして。最近どう?忙しい?」

「忙しいなんてもんじゃないわよ。4年も一緒に働いて来た相棒が辞めちゃって、彼女の仕事も引き受ける破目になったから、もう大変。」

「それはキツイね。でも、そういう時こそ新しいスキルを身に着けるチャンスかもよ。」

「その通り。」

ミシェルはそう明るく答えると、

“Now I’m Jane of all trades.”
「今じゃ私、オール・トレードのジェーンよ。」

とキメました。

「え?ジャック(Jack)じゃなくて?」

と私。

「ジャックじゃないもん、あたし。」

と笑うミシェル。自分は女だから、名前の部分はジェーンにすげ替えた、というわけ。

Jack of all trades というのは、もともと「Jack of all trades, master of none」というフレーズの上の句です。Trade(トレード)は「貿易」の他に、「(手先の熟練を要求される)仕事」という意味があるため、これは「あらゆる仕事を器用にこなせる人」というポジティブな言葉。そこに「master of none」が加わると、「どの仕事においてもマスターのレベルには至っていないが」という但し書きが付く格好となり、全体として「何でも屋」とか「器用貧乏」と、若干卑下した表現に落ち着くのです。(ジャックというのは男性一般を示す名称で、「太郎」などと同様の役割で使われます。)

以前から私は、このフレーズに異様な親近感を持っていました。「押し出しの強さ」を美徳とする現代アメリカ社会にあって、この謙虚さはハッとするほど日本的だと思うのです。

と、ここで、「Jack of all trades, master of none も、上の句で止めたらただの自慢になるのかな?」という疑問が芽生えます。サンディエゴに戻って、さっそく同僚ステヴに尋ねてみました。

「そうだね、あえて下の句を言わなければ、自慢と受け取られるね。」

「なんだ、じゃあミシェルは、自分の多才ぶりを単純に自慢してたってわけか。」

「そうだと思うよ。」

「なんだかさ、アメリカ人一般の自己評価の高さって、ちょっと違和感あるんだよね。日本人だったらこういう場合、ほぼ間違いなく下の句を添えて来ると思うんだ。人前で平然と自分のことを褒めるって、ほとんどの日本人は抵抗あると思うよ。」

日本への留学経験があるステヴは、両国の文化の違いをしっかり把握しています。

「日本じゃ、全体の調和のために個人が主張を差し控えることが美徳として捉えられてるからね。」

とまとめるステヴ。

「そう、それそれ。ほらちょうど今、年次業績評価のシーズンでしょ。まずは自分で自分を褒めちぎるところからスタートして、そこへ上司が評価を加える、というプロセスじゃない。このやり方が、僕には未だに馴染めないんだよね。」

ステヴは頷きながら微笑んでいます。

「これ、うちの会社だけじゃなく、アメリカ一般の流儀だと思う?」

と私。

「うん、そう思うよ。」

とステヴ。

部下のひとりで、現在向かい合わせの席に座っているシャノンに、この話題をぶつけてみました。

「私も自己主張が強いことを下品と考える家庭で育ったから、このプロセスは本当に辛いの。」

「ええ?そうなの?」

「業績評価なんて、そばで仕事ぶりを見ている上司がしてくれれば済む話だと思うのよね。なんで社員一人一人が自分の凄さについて書かされなきゃいけないのかな、って不思議。そう感じてるの、私だけじゃないと思うわよ。」

今の業績評価システムを、アメリカ人社員の誰も彼もが違和感なく受け入れているわけじゃないんだ、というのは新鮮な驚きでした。でもよくよく考えたら、上司が部下の仕事ぶりをどれだけ見ているか、という点については大いに疑問です。少なくともうちのボスとは月に一度世間話をする程度で、仕事に関しては完全に野放し状態。業務が専門化、細分化している組織では、専門分野の異なる上司が部下それぞれの日々の仕事ぶりをどれだけきっちり理解出来ているか怪しいところ。今の業績評価制度は、個人に自分の業績を説明するチャンスを与えているという点で、むしろ公正なのかもしれません。

先月、5人の部下たちとそれぞれ個人面談をし、

「過去一年間での際立った実績を集め、できるだけ具体的に描写するように。可能なら、仕事でかかわった人からの賛辞もメールでもらっておいて欲しい。」

と告げました。

「対象が自分自身であることを一瞬忘れ、この人物を上層部に高く売り込むために最高の宣伝文を書くんだ、というくらいの姿勢で取り組むように。」

そんなわけで、私は今回の自己評価書の最後に、こう書き足しました。

「職務範囲外ではあるが、社員の業務能力向上に資するため、各種トレーニングを自発的に実施。インフォメーション・デザイン、スケジューリング、エクセルなど、その対象領域は多岐に渡る。」

な~んか私、どっぷり「アメリカ慣れ」してしまったみたいです。


2015年7月24日金曜日

Did you bring a rubber? ゴム持ってきた?

今週は月曜から木曜まで、ロサンゼルス出張でした。わが社では現在、プロジェクトマネジメントのための全社統一プログラムの開発が進んでいて、あと数カ月で完成、という運びになっています。世界中に広がる約二万人の社員が使用を開始する前の最終チェックのため、ペンシルバニア、ミシガン、デンバー、テキサス、更にはオーストラリアと、様々な地域から十人ほどの社員がロスに集合し、三日間缶詰状態で議論しました。ちなみに私は、アメリカ西海岸代表。

開発チームを代表してプログラムの解説をするのは、ボストンから飛んできたクリスティーナ。年齢は私と同じくらいでしょうか。何時間でもぶっ続けに喋れるタイプの、活力みなぎる女性です。

二日目の晩には、近くのフレンチレストランで会食があったのですが、私は意識してクリスティーナの真正面に陣取りました。私の右隣は、ミシガンからやってきた40歳くらいの白人男性トロイ。その正面はオーストラリアから来たサラ。ボーイさんが注文を取りに来る前に、クリスティーナが自分の周りの出席者に、名前や出身、趣味などを矢継ぎ早に尋ね始めました。トロイは地ビール造りとマウンテンバイクが趣味で、一時期は自転車を7台も持ってたよ、笑います。私もビール造るしバイクも乗るのよ!とひとしきり盛り上がった後、クリスティーナが私の目を見て質問します。

「あなたの趣味は?」

考える時間がほとんど無かった私は、反射的にこう答えていました。

「アメリカ英語のイディオムを集めることかな。」

大きく口を開け、目を見開くクリスティーナ。その表情は、「あんた何言ってんの?ばっかじゃないの?趣味を聞いてんのよ、趣味を。」という侮蔑とも取れましたが、彼女の顔はみるみる嬉しい興奮に包まれて行きました。

「私もよ!」

「うん、そうだと思った。だからここに座ったんだよ。解説をお願いしたいことがあってね。」

と答える私。

そうなんです。それまでの二日間、私は彼女の繰り出す新しいイディオムの数に圧倒されていました。書き留めることが出来たものだけでも、十は超えています。仕事で使えるイディオムはほぼ制覇しちゃったかも、という慢心を、気持ちよく打ち砕いてくれました。プロ野球のスカウトが愛工大名電時代のイチローのバッディングを初めて見た時のショックが、こんなものだったのではないでしょうか。

「実を言うとね、君の口から新しいフレーズが飛び出す度に、いちいち書き留めながらネットで意味を確認してたんだ。」

と私。

「ごめんなさい。私そんなだった?全然気づかなかった。」

とクリスティーナ。

「いやいや、こっちは興奮してたんだよ。お、また新しいのが出たぞ!ってね。」

彼女のイディオム連打に挑発されたか、会議室のあっちからもこっちからも、まるで競い合うように初耳イディオムが乱れ飛び始めたので、私は密かにエクスタシーに浸っていました。まるで荒川と隅田川と東京湾で同時に花火大会が始まったみたい。

There’s no bones about it. (骨なしだからね。)
スープに骨付き肉が入っていないと食べやすいことから、全然難しくないよ、という意味。

If your client is breathing down your neck, (もしもクライアントの息がうなじにかかっていたら)
クライアントが過剰なまでに干渉して来たら、という意味。

The proof is in the pudding. (証拠はプリンの中にある)
「実際に使ってみるまでは分からない」という意味で使われるこのイディオム。そもそもは、The proof of the pudding is in the eating. (プリンの品質は食べてみなければ分からない)というフレーズだったのがいつの間にか縮まってしまったらしいよ、と説明すると、全然知らなかったわ、と感心するクリスティーナ。

「日本語のイディオムがあったら何か教えてくれる?」

と散歩をねだる犬のような目でせがむので、「他山の石とする」という慣用句を教えてあげました。つい最近、東芝の不祥事に際して経済同友会の小林代表幹事が使った一言です。ほおぉ~、と感心するクリスティーナ、トロイ、そしてサラの三人。

「イディオムってさ、その国や土地の文化や歴史と密接に関係してるんだよね。」

とトロイ。

When the rubber meets the road. (ゴムが道路に会った時)
このフレーズは、「タイヤ(ゴム)が道路に接した時」、つまりテスト期間が終了して実際に車を道路で走らせる時、という意味。要するに、「実施段階が来たら」ということですね。

「これは比較的新しいイディオムだよね、自動車が登場してからのことだから。」

とトロイ。

「そうそう、オーストラリアのイディオムって、えげつないのが多いのよ。」

とクリスティーナ。彼女は3年ほど家族であちらに住んだことがあるそうです。サラがすかさずクリスティーナに何か耳打ちします。

「ええっ?嘘でしょ。そんな表現があるの?」

とのけぞるクリスティーナ。なになに?教えてよ!と詰め寄るトロイと私に、「絶対言えない」と首を振るサラ。想像を超える下品さらしい。

「外国人には伝わりにくいイディオムもあるわよね。そもそも同じ単語なのに違う意味で使われるケースも一杯あるからね。」

クリスティーナの娘は、オーストラリアで通い始めた学校の初日に、教師からこう聞かれたそうです。

“Did you bring a rubber?”
「ゴム持ってきた?」

オーストラリアではRubberが「消しゴム」という意味で使われていたことを知らなかったので、娘から報告を受けたクリスティーナは 一瞬ギョッとしたそうです。

サンディエゴに戻って総務のトレイシーにこの話をしたところ、

Rubber には長靴っていう意味もあるのよ。Put on your rubbers. (長靴履きなさい。)と言われた人が、無理やり頭にゴムを装着しようとしたりしてね。」

こめかみに両手を当て、窮屈そうに身をよじるトレイシー。


う~ん、この人、ノリ良すぎ。

2015年7月18日土曜日

She’s a basket case. 彼女はバスケットケース

水曜日は数カ月ぶりにロングビーチ支社へ出張しました。私がまだ週三日の割合でサンディエゴから長距離通勤をしていた頃からの友人でもある、同僚マークの部屋で久しぶりの打合せ。

彼は現在多忙を極めているのですが、その最大の原因は、この支社の古参PMだったBが突然辞職したことです。Bという男は、常に数ミリオンドルのプロジェクトを何件も抱えていたのですが、何の引き継ぎもせず去ったため、支社の連中がてんやわんやの大騒ぎ。技術屋集団のエースであるマークは、当然のようにBのプロジェクトを引き継がされたのですが、中身を見てみて愕然としたのだそうです。

Bは文書管理や契約手続きなど、会社の規則を悉く破っていて、どこから手を付けて良いかも分からないほどの散らかりよう。まるで誰かが家の中をごみ一杯にして夜逃げしたような有様だったのです。

「そんなになるまで、どうして周りは何も出来なかったの?」

と私。

「いや、もちろん数えきれないほど手を施そうとしたんだよ。でもさ、」

とマーク。そしてこう続けます。

“He was like, my way or high way.”
「彼はさ、マイウェイかハイウェイか、だったからね。」

俺のやり方(マイウェイ)か高速道路(ハイウェイ)、つまり俺のやり方が嫌ならとっとと消えろ、というフレーズですね。「あいうぇい」という部分を語呂合わせに使った慣用句。お~、新しい言い回しをサンキュー、とメモする私。マークという男は、イディオムの宝庫なんです。

「そういえば、Bが辞めた後、Sがデンバーからヘルプに来たでしょ。」

と私。Sというのは、元々Bの部下だった女性で、結婚後デンバーに引っ越しました。私は彼女のプロジェクトを遠隔でサポートしながら、いつの頃からかカウンセラーのような役割も務めていました。勤務時間外に私の携帯にかけて来て、仕事の愚痴を一時間くらいぶちまけることもしばしば。同僚も上司も私を誤解してる、全然信頼してくれていない、これでは良い成果が出せるわけない、と。

「彼女はクビになったよ。」

「うん、聞いてる。とんでもなくスピーディーな解雇劇だったよね。一体何があったの?」

するとマークは、吐き捨てるようにこうコメントします。

“She was a basket case.”
「彼女はバスケットケースだったんだよ。」

え?バスケットケース?これも新しい表現だぞ。どういう意味か尋ねると、

“She was not functioning.”
「彼女はファンクションしてなかったんだ。」

ううむ、ファンクション(機能)していないとはどういうことだ?

「つまり、ちゃんと仕事の成果が出せなかった、ということ?」

と問いただす私。

「いや、とにかくクレイジーだったんだよ。彼女は頭がおかしかったんだ。」

「ええっ?そういう意味なの?でもなんでそれがバスケットケースなの?」

これにはぐっとつまるマーク。ちょっとネットで調べてみよう、と彼がキーボードを叩きます。コンピュータ画面を数秒にらんでいたマークの顔に、不審な表情が浮かびます。

「第一次大戦中、両腕両脚を失った兵士はバスケットケースに入れて運んだ、というのが起源だと書いてあるぞ。」

暫く無言で見つめ合う中年男二人。そんな語源を知っちゃったら、怖くて使えないじゃないか、とビビる私。そこへマークが、しみじみ思い返すように繰り返しました。

“Yeah, she was really a basket case.”
「ああ、彼女は本当にバスケットケースだったよ。」

後で複数の同僚に聞いて確認したのですが、「四肢が無い」ので「人間として満足に機能していない」、それで「頭がおかしくなってる」状態を指すようになった、というのが一致した見解。

翌日オレンジ支社で会った同僚フィルが、こう笑い飛ばします。

「そんな語源知ってる人なんて、きっとこの支社でシンスケくらいだよ。みんなもっと軽い気持ちで使ってると思うぞ。」

サンディエゴ支社で受付を担当するヴィッキーは、

「そんなムゴい語源があったなんて、全然知らなかったわ。ストレスや何かで一時的におかしな言動を取る人を指して使ってるもの。」

と言っていました。

さてマークとの会議後、Bのプロジェクトの経理を担当していたサラを訪ねました。

「ねえサラ、どうしてSが解雇されたのか聞いてる?」

すると彼女は声をひそめ、きょろきょろと周囲をうかがいます。

「それは知らないけど、あの人、昔からちょっと変わってたのよ。Bの残したプロジェクトの経理面を大至急洗わなきゃいけないってデンバーから飛んで来たことがあったのね。彼女、土曜日に出勤してくれって一生懸命頼むの。もちろん無給でよ。私、これは緊急で重要な仕事なんだから、と引き受けたの。そしたらオフィスに着いた彼女がね、真っ先にフェイスブックの更新を始めたのよ。」

う~ん、それはバスケットケースと呼ばれても仕方ないか。