2018年7月8日日曜日

Star-Spangled Banner(星条旗)


水曜日は、Fourth of July (独立記念日)のため会社がお休みでした。我が家は友人M家の母娘を招いてパスタとチキンのディナーを楽しんだ後、ミッション・ベイを見下ろす丘陵地に建つ彼女達の邸宅へ移動。夜9時にはウッドデッキに出て、水平線上の六ケ所で同時に繰り広げられる花火ショーを鑑賞。

普段は閑静な住宅街ですが、さすがにこの夜ばかりは騒々しく、どこからか子供たちの集団が大声コンテストでもしているかのようなバカ騒ぎが聞こえて来ます。十歳前後とおぼしき男の子が、まるで酔っ払いのように調子はずれのアメリカ国歌Star-Spangled Banner(星条旗)をがなる声も混じっていました。

さて、金曜日は久しぶりに大男の同僚ディックと連れ立って、クィーンズタウン・パブリック・ハウスでランチ。彼はポテトの目玉焼き載せ、私はフルーツ盛り合わせにスパイシー・シュリンプを載せた料理を頂きます。何の脈絡だったか、私がこんな質問をしました。

「あのさ、自分のPatriotism(愛国心)ってどのくらいあると思う?」

「藪から棒に随分難しい質問をぶつけて来るね。」

と笑うディック。

「独立記念日の朝、NPR(公共放送)ラジオでこんなのやってたんだ。」

と私。「あなたの愛国心について聞かせて下さい」、とラジオで広く問いかけておき、リスナーが局に電話をかけて語った声の録音を立て続けに放送する、という企画。

「この国で生きることを誇りに思う。政局がどうあれ、私の愛国心は変わりません。」

と力強く宣言する人もいれば、

「かつては自国に誇りが持てた。現政権になってから全てが変わったよ。今じゃどの国に住んでいるかを口にするのも恥ずかしい。」

と、溜息混じりのリスナーも。

「俺もそっちの側だな。」

とディック。

「ガキ大将みたいなリーダーが世界から顰蹙を買ってる国に、どうして忠誠が誓えるよ?」

「じゃあLoyalty to the company(会社に対する忠誠心)は?」

「それもゼロだ。うちの会社のトップは社員よりも株主の方をよっぽど大事にしてるからな。だったらこっちも淡々と給料分の仕事をするだけ、ってことになるじゃないか。ほら、ドリー・パートンの歌にもあったろ?」

そして彼が、懐メロのサビを口ずさみます。

Working 9 to 5                                     
9時から5時まで働いてる
What a way to make a living               
なんて暮らしなの
Barely gettin' by                                  
その日を凌いでるだけ
It's all taking                                        
取られるばかりで
And no giving                                      
得るものなんか無い
They just use your mind                     
使うだけ使われて
And they never give you a credit        
手柄なんて認めちゃくれない

「セルフィッシュな言い方になるけど、俺が何かに忠誠を誓うとすれば、それは自分の家族を守ることに直結する場合だけだな。会社や国家の方針が俺の家族の幸せと同じ方向性なら、いくらでも加担するよ。」

というディックの言葉に、ハッとする私でした。結局個人は「本人や家族の幸せ」を最優先し、それを束ねる集団の目指す先がそこからずれる程忠誠心は薄れる、という当然の理屈にあらためて納得したのですね。

部下が五人に増えた今、文化、慣習、価値観の違う彼等が全て活き活き働ける環境をつくるのは容易じゃないのだ、という実感に襲われる毎日。これが十人になり、百人、千人、何万人という規模に拡大していくと、全員を幸せにするのなんてほぼ不可能だと思うのです。全社員が忠誠心を抱く会社や全国民が愛する国家なんてものは、小説やおとぎ話の中だけの話なのかもしれない…。

「あ、そうだ。俺の新しいベイビー見せたっけ?」

と、突然話題を変えてスマホを高速でスワイプし始めるディック。えっ?ベイビー?まさか第三子?奥さんが妊娠してるなんて聞いてなかったぞ。それとも子犬でも買ったのかな?といぶかっていると、

「ほら、これ。」

とスマホ画面を差し出します。フェイスブックにアップした写真らしく、そこには光沢のある薄茶のエレキギターが映っていました。

「二週間前に買ったんだ。」

と顔をほころばせる大男。それから30分ほど、アコースティックとの根本的な違いやエレキの拡張性についての講釈が続きます。彼に触発されて一年前にアコースティックギターを購入した私ですが、さすがにエレキまでは考えてなかったぞ。

「いや、これがほんとに楽しいんだよ。ほんのひとつまみって感じて、極々控えめに弦を弾くだろ。そんな微かな音でさえ何十秒も引っ張ったり、極端に歪ませたり、超大音量に変えたり出来るんだ。こればっかりはアコースティックギターに出来ないことだ。」

映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」でマーティー少年がアンプの音量つまみを順々に最大値まで上げて行き、満を持してエレキの弦をストロークした途端、スピーカーの爆音で身体が何メートルも吹き飛ばされる、というシーンを二人で語り合い、笑います。

「アコースティックの音量なんてたかが知れてるけど、エレキの練習してる時って奥さん、どういう反応なの?」

一般サラリーマンの住む家じゃ、エレキギターの練習なんて楽々と「騒音」のカテゴリーに入れられるような行動でしょう。伴侶の理解無しでは存分に楽しめないのでは、という懸念からの質問でした。

「いや、彼女は寧ろTearly Eyes(涙目)で見守ってくれてるよ。俺が幸せそうにしてるのが嬉しいんだって。」

そこで思い出しました。ディックは過去数カ月間、仕事以外にも大きなストレスを抱えて来たのです。

奥さんのお母さんが何かにつまづいて転び、骨折したのは数年前のことでした。老いによるものと軽く考えていたのですが、その後何度も同様の事故が起き、段々と物忘れも激しくなり言語障害まで現れて来たので病院に行ったところ、何千万人に一人という不治の奇病にかかっていることが判明したのです。病状の悪化で食事も満足に出来なくなり、2016年にカリフォルニア州で施行された「終末選択肢法」に則って安楽死をしたいとお義母さんが言い出したのは、去年の終わり頃。

「え?そんな法律通ってたの?」

と私。

「そうなんだ。州が安楽死を正式に認めたんだよ。もちろん、専門家たちが何人も集まって審査して、患者を苦しみから救うのにはそれが唯一の、しかも最良の策だと認定した場合に限るんだけどね。」

しかしながら当然、ディックも奥さんも大いに心を悩ませます。お義母さん本人も何度か翻意したのですが、脳が侵され始めたのを悟った時、もはやこれまでと覚悟を決め、3月に家族の見守る中で安楽死を実行。そんな苦しい数カ月間を共に悩みぬいた夫婦は、結束をより強固にしたのですね。

「これまではどこかに出かけるのが通例だったんだけど、今年の独立記念日は友達数人を我が家に招待して、裏庭のパティオでパーティーだったんだ。ファイヤーピットの周りに集まって飲み食いしてさ。」

とディック。

もうすぐ花火が始まるぞ、という段になって奥さんが、

「あ、そうだ。Star-Spangled Banner(星条旗)をエレキで弾いてよ。」

とリクエストして来たそうです。ギター購入から約二週間、密かに練習を重ねていたのがバレてたのですね。よし来た、と機材をパティオに運び出して音量を一杯に上げ、スタンバイします。奥さん、9歳の双子兄妹、そして飼い犬がみな屋根に上って並んで腰かけ、花火を待ちます。そして一発目が夜空を明るく染めたのを合図に、ディックのエレキが思い切りディストーション(歪み)を利かせた轟音で国歌の演奏を始めます。

Oh, say can you see,                                     
おお見えるだろうか
by the dawn's early light                                
夜明けの薄明かりの中
What so proudly we hailed                            
我々は何を誇り高く叫ぶのか
at the twilight's last gleaming?                       
たそがれの最後の光に
Whose broad stripes and bright stars,           
太き縞と輝く星々が
through the perilous fight.                              
厳しい戦いを通じ
O'er the ramparts we watched                       
見えていた、城壁の上に
were so gallantly streaming?                         
雄々しく翻るのを

「最後まで一度も間違えずに弾けたぜ!」

活き活きと輝く友の顔。何ともシアワセな気分になったのでした。


2018年7月4日水曜日

Suburban Kids 郊外の子供達


月曜の12時ぴったりにランチルームへ行くと、古参社員のビルが既に真ん中の席を確保していて、私に大声で呼びかけました。

「ゼロゼロだよ!」

一瞬何のことか分からず、彼の顔を見つめます。振り返って彼の視線の先に目をやると、大画面テレビにコマーシャルが流れている。ようやく分かりました。ワールドカップサッカーの日本対ベルギー戦前半が終わったところだったのですね。

「日本はなかなかいい試合をしてるよ。」

と感心するビル。冷蔵庫にしまってあったカレーライス弁当をレンジで温め、彼の左に座ります。間もなくぞろぞろと他の社員も加わって来て、気が付くとほぼ満席になっていました。一つ空けて左に同僚ミシェルが座り、二人の間にアレックスが着席。

「良かった。私はベルギー応援側だから、シンスケとの間に緩衝壁が欲しかったのよ。」

とミシェルが笑うと、

「そりゃ駄目だよ。僕も日本サポーターだから。」

と、アレックスが意外な返答。こんな感じで、後半開始。いきなり厳しい角度から原口の先制ゴール、そして乾の無回転シュートでたちまち2対0と日本がリード。心の中で狂喜乱舞の私でしたが、他の社員たちはまさかの異常事態に困惑気味。

ここのところ、ワールドカップ・サッカーが昼休みにどんぴしゃライブで観られるとあって、沢山の社員がランチルームの大画面テレビ前に集まるようになっています。ミシェルはおばあちゃんがベルギー人、ご主人はドイツ人。早々にドイツが姿を消したため、今やベルギーが頼みの綱なんだとか。上の階から降りて来たアナベルはエクアドル出身で、

「あれ?エクアドルって出てたっけ?」

と聞くと、

「私の精神衛生に気を遣って今回は出場を辞退してくれたのよ。」

と首を振ります。

「どこでもいいから南米のチームが勝ってくれれば、それで私は幸せよ。」

ベトナム出身のカンチーは、母国では国民の大半が熱狂的サッカーファンなのに、まだ一度も予選リーグに上がったことすら無いと言います。そっか、日本は決勝リーグに進んだ上、今まさにベスト8というステージに上がろうとしているんだ。これはとんでもない快挙じゃないか!

後半25分、フェルトンゲン選手がヘディングで折り返したセンタリング気味の高いボールが、ゴールキーパー川島の両手を超えてふわっとゴールに吸い込まれ、ベルギーは儲けものの一点を返します。

「きっと後でこいつ、あれは狙ったんだよって言うぜ!」

横でビルが、江戸っ子老人みたいな嗄れ声で笑い飛ばします。周りの社員もクスクス笑います。この後、ベルギーがアフロヘア―のフェライニ選手を投入。

「う~ん、こいつはヤバいぜ。」

とビル。ベルギー選手の何人かは世界トップクラスの実力者で、このフェライニも怪物ルカクも名門マンチェスター・ユナイテッドの超スター選手なのだと言います。

「スバ抜けて足が速い上にとんでもなく身体がデカいからなあ。アメフトのチームに入っても充分主力選手としてやっていけるレベルの身体能力だ。マンチェスターでも、高いセンタリングをゴール前に放り込んで奴らがヘディングで決める、という空中殺法がお家芸になってんだよ。」

イギリスに何年も住んでいたビルはヨーロッパのサッカー・リーグ事情に通じています。ベルギーの選手層の厚さは世界トップクラスだとのこと。

「ああ~っ!」

彼の予言通り、後半終了間際にフェライニの芸術的ヘッドで同点ゴール。エクストラ・タイムには見事なカウンターで決勝点を決められ、日本は悔し過ぎる逆転負けを喫します。周囲の社員がぞろぞろと立ち上がって仕事に戻り始める中、がっくりとうなだれる私の太ももをビルがぽんぽんと叩き、慰めてくれました。

「いや、日本は素晴らしいゲームをしたよ。」

ジャパニーズのプレーも驚異的だったけど、ベルギーの最後の猛攻は圧巻だった。これぞ世界トップクラスの実力だよ、というビルの言葉に、ぐうの音も出ません。ただただ、世界ランキング3位の大魚をあと一歩で釣り逃がした、というショックで脱力状態の私でした。

数週間前、

「アメリカは今回出場して無いんだよね。」

と彼に尋ねたところ、

「駄目だよこの国は。サッカーはSuburban Kids(サバーバン・キッズ)のためのスポーツだからな。」

と吐き捨てるように言いました。サバーバン・キッズというのは、郊外に住む家庭の子供、という意味ですね。それがどうして駄目なのか?

「南米やアフリカを見てみろよ。貧しい家の子であってもちっちゃい頃からプレイして、実力が認められれば十代前半でクラブチームにスカウトされるんだ。そこから十数年もずっと高いレベルで実戦経験を積むんだぜ。アメリカじゃそういう人材は、フットボールやバスケットにほとんど吸い取られちまうだろ。残った奴等の一部がサッカーに回る。アメフトやバスケには企業が群がるけど、サッカーにスポンサーとして付くビジネスはごくわずかだ。自然、サッカーを続けるには親のサポートが不可欠になる。ある程度世帯収入の高い、郊外に住む家庭の子にしかチャンスが無いんだよ。」

親の支援だけじゃ世界で闘えない、というのがビルの説。確かに日本も、Jリーグを立ち上げて官民が盛り上げたからこそここまで来られたんだよな…。

実は我が家でも、16歳の息子が所属する水球のクラブチームが先日地方予選を突破し、今月後半にサンノゼで開催されるジュニア・オリンピック(JO)という全国大会に出場することが決まりました。彼のクラブには16歳以下の部に三チームあり、Aチームは断トツで予選リーグ優勝。息子のCチームは最下位でギリギリ通過でした。やったね、JO進出おめでとう!と喜んだはいいのですが、問題は、「選手の親がサンノゼまで連れて行かなければならないし、試合会場間の移動も親がかり」ということ。三人分の航空券とホテルに食費にレンタカー。夫婦で仕事を休むことにもなるので、結構な負担です。サッカー同様、ある程度家計に余裕が無ければ子供に水球を続けさせるのは難しいのですね。彼のチームの仲間がみんなサバーバン・キッズであるのも頷けます。

一昨日の夜9時過ぎ、いつものように息子のチームが練習する屋外プールまで車で迎えに行った時、彼がプンプン怒っているのに気付きました。

「もう練習行きたくなくなった。他のクラブに移りたいよ。」

この日は、初心者に近い控え選手たちを大勢混ぜてのゲーム形式を繰り返したそうなのですが、スタメン選手同士のセットプレーを重点的に練習すべき時期なのに、あれじゃあ誰の技術もアップしない、と忌々し気に唸るのです。コーチに何か考えがあってのことなんじゃないの?と言うと、

「違うよ。下手な子たちにも練習させてやらないと、同じレッスン料払ってるだろって親が文句言うからだよ。」

と息子。なるほどねえ。でも、「コーチの指示は絶対」という日本文化で育った私からすると、そこで抵抗するのが得策とも思えないのですね。そのコメントを聞いた彼は、イラッとした口調でこう切り返します。

「何言ってんの?みんな、ちょっと不満があると他のクラブチームに移るんだよ。」

実際、今回の予選リーグでも対戦相手のクラブに、顔馴染みの元チームメイトが何人もいました。息子が静かに、こう締め括ります。

「パパ、これはキャピタリズム(資本主義)なんだよ。」

ぐうの音も出ない、というのはこういうことですね。


2018年6月17日日曜日

Kafkaesque カフカエスク


カマリヨ支社のケンから電話が入ったのは、金曜の12時ちょっと前でした。

「さっきのメール、読んだ?」

彼とは、「最近同じ巨大プロジェクトにチームメンバーとして参加している」間柄。私の記憶が正しければ、まだ会ったことも話したこともありません。彼自身がPMを務めるプロジェクトに深刻な問題が発生していて、その解決に助けが欲しいというメールをこの数分前に受け取ったところ。でも彼のプロジェクトに関わりは無いし、予備知識ゼロです。そんな僕に一体何を求めてるんだろう?そもそもケンがPMをやってることすら、この時初めて知ったのでした。

「参っちゃうよ。下請け会社の奴が怒り心頭でさ。支払いがこれ以上遅れたら機械を停めるって言うんだ。所帯は小さいけど、あの会社の技術が無ければ俺のプロジェクトは成立しない。それほど重要な存在なんだ。返信する前に、まずは過去の請求書がどういう状況にあるかを調べたいんだ。どのシステムを開けばいいのか教えてくれないか?」

これで彼が連絡を取って来た理由が分かりました。我が社でPMとして認定されるには、専門分野での優秀さのみならず、財務会計分野や各種オンライン・システムに精通していることが要求されます。でも現実にそんなスーパーマンがいるはずもなく、多くのPMたちは誰かのサポートを頼まざるを得ない、というわけ。同じプロジェクトに関わるうちに、ケンは私が社内システムに詳しいことを知ったのですね。

「まずそっちの画面を見せてくれる?」

彼のコンピュータ・モニターをシェアしてもらい、電話で「そこクリックして。右側の表にハイパーリンクがあるでしょ。」とイントラネット内を丁寧に誘導する私。数分かけて下請け会社の請求書をひとつひとつ確認したのですが、問題の肝は、「何故我が社からの支払いが滞っているのか」です。これには複雑な事情があるんだ、と言うケン。

「三カ月前にクライアントのPMパトリックから、彼等の会計システムが刷新されると言われたんだ。だから既に期限切れの支払いも少し遅れるし、新しい請求書を送って来られても移行期のドタバタで紛失してしまうかもしれない、少し待ってくれ、と。で、言われるままに待ってたんだけどそこから連絡がぷっつり途絶えるんだな。何度メールを送ってもとんと返事が来ない。うちが支払ってもらえなければ下請けにも払えないだろ。イライラしてたら先月になって、知らない女性から突然連絡が入ったんだ。パトリックは会社を去って、私が引き継いだ、と。更に現契約は打ち切りになり、彼等のクライアントが引き継ぐことになったので、おたくと彼等とで新契約の締結をしないといけない。今後請求書はそちらへ送ってくれ。じゃあ過去の請求書はどうなるのか?と尋ねると、それは新しい契約書に基づいた新プロジェクトを立ち上げて、その下で払うことになる。じゃあ下請け契約も全部やり直さなければいけないじゃないか、ということになってバタバタと慌てて処理したんだ。ところが、新プロジェクトのスタート日が請求書の日付より後に設定されていたため、システムにはじかれちゃったんだ。」

このあたりで、集中力がだいぶ減退して来ているのに気付いていました。昼休みに突入してから随分経っていて腹ペコだし、事情が込み入っていて理解するのに根気が要るのです。ケンはここから更に、我が社の会計システムの複雑さとサポート態勢の不備に対する不満をぶちまけ始めます。

「一旦設定を終えた新プロジェクトのスタート日をさかのぼらせるのには苦労したよ。おまけに変更の電子決裁がようやく終わったっていうのに、その情報が支払いシステムに伝わっているかどうかが分からないんだ。問い合わせしたくても、インドかどこかで管理してるみたいで、連絡先すら分からない。オンラインで請求書の承認をしようとしても、エラーメッセージが出るだけで何の説明も無いんだぜ。一体どうしろっていうんだよ!」

初めて会話する相手によくここまでヒートアップ出来るな、と半ば感心しつつ、満を持して合いの手を入れる私。

“I know how you feel. It’s really Kafkaesque.”
「分かるよその気持ち。全くもってカフカエスク(Kafkaesque)だよね。」

これは先日、同僚クリスティから仕入れた新しい英単語です。彼女もケンと同様、下請け会社への支払い遅延についての不満を漏らしつつ、

「うちの会社ってカフカエスクよね。」

と首を振ったのです。え?なにそれ?と質問すると、

「カフカ調の、とかカフカっぽい、って意味よ。」と

クリスティ。

「フランツ・カフカの小説で描かれるような、悪夢みたいに複雑で不合理な世界を指すのよ。」

組織が拡大するにつれ、個々の社員の存在感はどんどん薄れてきている。その一方で、社内手続きの煩雑さ、システムの難解さ、意思決定プロセスの不透明さは増している。たとえば自分が現在取り組んでいる社内レポートは、そもそも誰の指示によるものなのか。その情報は、誰が何の役に立てているのか。どうして夕方締め切りのレポート要求が今朝届くのか。何も分からず、聞こうともせず、ただただ指示通り一心不乱に作業している社員たち。ひとたび問題が起きると、誰に何をどう問い合わせればいいのか分からず途方に暮れるのよね、と。

「何でエスクっていうの?ライクじゃ駄目なの?」

と私。

「エスクの方が洗練されて高尚な感じがするでしょ。」

とクリスティ。ふ~ん、なるほど。「ロマネスク」もそうだね。他にどんな例がある?と尋ねると、暫く固まった後、(物知りの同僚)アンディに聞いて来る、と言って立ち去りました。そして間もなく戻って来て報告します。

「ルーベネスク(Rubenesque)って言葉があるって。ルーベンスっていう中世の画家がいるでしょ。ふくよかな女性の裸体で有名な。ルーベネスクっていうのは、ぽっちゃりした官能的なタイプのことを指すみたいよ。」

私がケンに放ったセリフは、こう和訳出来ると思います。

“I know how you feel. It’s really Kafkaesque.”
「分かるよその気持ち。全くもって、カフカ的に複雑怪奇だよね。」

仕入れたばかりのクールなフレーズをドンピシャの場面で使ったことで、してやったりの私。しかしあろうことか、ケンはこれを無反応でスルー。あれ?伝わらなかった?そもそもこの単語、高尚過ぎてあまり流通してないのかも…。動揺する私を気にかける様子も無く延々と毒を吐き続ける、顔も知らない電話の主。おいおい、もう12時半だぞ。助けたいのはやまやまだけど、ランチタイムが無くなっちゃうじゃんか。午前中に終わらせようとしてた仕事も片付いてないし…。

その時、ケンが急に言葉を切りました。そしてこう私に告げたのです。

「ごめん。ちょっとボーイズ・ルーム(男子便所)に行ってくる。すぐ戻る。」

ガタガタっと席を立つ音。そしてドアの閉まる気配。え?嘘でしょ。まさか僕を電話口で待たせたままトイレ休憩?

三分近い静寂の後、まるで何事も無かったかのように受話器を取り上げ、溜息混じりの泣き言を続けるケン。財務部門のお偉いさんに対して特別措置依頼メールを書くことを勧め、電話を切ったのは1245分でした。

遅いランチへ出かける前、椅子に腰かけたままひとしきり考えました。今のケンの行動は、アポ無しで病院に飛び込んで診察料も払わず医者に助言を乞い、挙句に突然尿意を催したからと中座するようなもんだよな。あっけに取られるあまり咄嗟に反応出来ませんでしたが、やっぱりどう考えても非常識だろ…。

これって「何エスク」?


2018年6月10日日曜日

Cogs in a wheel 歯車のコッグ


月曜の午後。人類学チームのクリスティがやって来て、協力会社に対する我が社の冷酷な仕打ちについてひとしきり語りました。でも私みたいな一般社員には何もしてあげられないのよね、と溜息をつき、こんなセリフを呟いたのでした。

“After all, we are all cogs in a wheel.”
「結局私達ってみんな、ホイールのコッグなのよ。」

聞いたことのない言い回しです。特にCog(コッグ)という単語は初耳だったので、解説をお願いしました。

「ほら、大きな機械の中で動くホイール(歯車)があるでしょ。その一枚一枚の歯がコッグよ。つまり、私達ひとりひとりは組織全体から見たらちっぽけな存在だってこと。」

なるほど。つまりこういうことですね。

“After all, we are all cogs in a wheel.”
「結局私達ってみんな、歯車の歯なのよ。」

日本語にも、「俺たちは組織の歯車に過ぎない」という表現がありますが、これは更にそのスケールを落としたバージョンですね(歯車には「回転する」仕事があるけど、その歯ひとつひとつはただそこに立って役割をこなすだけなので)。

「なんか、じわじわと気が滅入って来る言い回しだね。」

と私。後であらためてa cog in the wheelの意味を調べてみたのですが、標準的な解説の中に、気になる表現がありました。

“Someone or something that is functionary necessary but of small significance or importance within a larger operation or organization.”
「機能的には必要だが大きな組織の中では重要性の低い存在」

少なくとも解説前段では、その存在の必要性が語られている。歯車の歯がいくつか欠ければ機械全体が停止する可能性もあるわけで、そう考えればこのフレーズも、ポジティブに使える場面があるんじゃないか?

「無いわね。」

その日の昼食時、ランチルームで左隣に座っていた同僚バレリーに尋ねてみたところ、即答で断言。

「生まれてこの方、ポジティブに使われるのを聞いたことなんて一度も無いわよ。」

すると右隣から、若い同僚のローレンがスマホを見つめつつ会話に参加します。

「確かにネットの説明を読むと、ネガティブばかりじゃないようにも感じられるわね。でもやっぱり、ポジティブな意味で使われることなんて無いんじゃないかしら。」

折角新しい英語表現を仕入れたのに、卑屈で厭世的なニュアンスがあるのなら口にするのは抵抗があります。なんとかうまく明るい印象の使用法を見つけられないもんかな、とひとしきりもがくのでした。

その翌日火曜の昼前、元ボスのエドが職場に現れました。今や完全な自宅勤務になっていて、オフィスで姿を見ることは滅多にありません。随分ご無沙汰ですね!と握手すると、

「デスクを取り上げられちまったんだから仕方ないだろ。」

と笑います。社員数が急増した時期、オフィススペースを確保するためリモートワークが推奨されたことがありました。エドはそのキャンペーンに乗っかったわけです。

「毎日ひとりぼっちで働くの、淋しくないですか?」

と私。

「通勤苦から解放されて、むしろほっとしてるよ。朝起きるとコーヒー淹れて、直ちに仕事開始だ。第一、オフィスには顔なじみの社員がほとんど残ってないだろ。わざわざ足を運ぶ動機も無いじゃないか。職場に顔を出すのは、もうこういう時だけだよ。」

そう、今日は久しぶりのランチ・パーティーだったのです。

かれこれ十年以上続いている、仲間の誕生日に皆で昼食をおごる「バースデー・クラブ」。組織の吸収合併や大量レイオフという名の疾風怒濤をくぐり抜け、エド、マリア、リチャード、そして私の四人で今日まで続けて来ました。今回の主役は、50歳という大きな節目を迎えたリチャード。ダウンタウンのイタリアン・レストラン「ソレント」に、この後合流したマリアと四人で出かけたのでした。

「シンスケは今、何人部下がいるんだ?」

「五人です。」

「おいおい、随分景気がいいな。このままどんどんエラくなって手が届かない存在になっちまうんじゃないか?」

と、リトルイタリーに向かって歩きながら冷やかすエド。数カ月前の組織改変でエリカとマリアを手放すことになった彼は、長年育てて来た部下を理不尽に奪い取られた男の悲哀を滲ませるどころか、彼女たちの勤務評価をしなくて良くなったその身軽さを楽しんでいるよ、と笑うのです。まるで幾多の試練を乗り越えて来たベテラン大工が、皮肉混じりの冗談をテンポよく飛ばしつつ仕事に打ち込む姿を見るような清々しさ。自分もこういう風にならなくちゃな、と元ボスへの尊敬を新たにするのでした。

パスタやポークチョップなどに舌鼓を打ち、誕生祝にと店から提供されたデザートのティラミスを皆でつついた後のことでした。

「俺、辞職したんだ (I resigned)。マリアから聞いてる?」

テーブルを挟んで向かいの席から、リチャードが爆弾発言をかましたのです。隣ではエドとマリアが額を突き合わせるようにして、こまごまと仕事の話をしています。

「いつ?」

ショックのあまり固まったり、落胆の溜息をついたり、と色々なリアクションがとれる場面ですが、一瞬のためらいを経て淡白に聞き返した私。

これには理由があるのです。

89歳の元同僚ジャックが、ひと月ほど前ふらりと私を訪ねて来た時のこと。ひとしきり近況報告を交わした後、

「リチャードがうちの会社に来るの、聞いてるよね。」

と口走ったのです。突然のレイオフを受けた後、ほとんど間を置かずに小さな競合会社への再就職を果たしたジャック。仕事量はうなぎのぼりで大忙しだよ、と新天地の繁栄に嬉しい悲鳴を上げる彼が、長年大きな信頼を寄せて来たリチャードの引き抜きを試みるのは当然でしょう。今の部署で設計技師として大活躍を続けて来たものの、ハードワークに見合った報酬を受けていないことに対する不満をしょっちゅう口にしていたリチャードにとっても、これは渡りに船というところ。

「あ、今のは聞かなかったことにして。」

私の顔色からこのニュースが初耳であることを素早く察したようで、慌てて顔をこわばらせたジャック。えらい秘密を打ち明けてくれちゃったよなあ、と困惑する私でした。

そんな背景があったので、ランチパーティーでのリチャードの告白にも対応を迷ったのですね。しかし、

「三週間ほど前に辞職届を提出したんだよ。」

という彼の返答に、ふと違和感を覚えます。

「え?それってどういうこと?」

辞める二週間前に届けを出すのが通例なので、普通に考えればとっくに退職日を過ぎているのです。

「ボスに止められたんだよ。給料の大幅アップをするから残ってくれってね。彼が上層部に掛け合って、その日のうちに転職話は無かったことになっちゃった。」

おお~!それは良かったな!と意外な急展開を喜ぶ私。長年の仲間が欠けるのは寂しいけど、新天地で彼がより幸せになるのなら仕方ないじゃないか、と諦めていたのです。

「あ、思い出した!」

エドとマリアにも注意を促し、くすぶっていた質問を投げかけます。

「食事の前に、a cog in a wheel(歯車のコッグ)ってイディオムの話したでしょ。今回リチャードに起こった事件は、機械全体に対するコッグの重要性を証明してるよね?だからこれってやっぱり、ポジティブにも使える言い回しだと思うんだ。」

するとエドが、

「もちろんポジティブに使える表現だよ。機械を操縦し続けようと思えば、コッグがきちんと機能していることが絶対条件になるだろ。」

と真顔で応えます。そして間髪入れず、ニヤリと笑ってこう付け足したのでした。

“We’re not the ones who’re running the machine for sure.”
「機械を操作してるのが俺たちじゃないのは確かだけどな。」