2016年9月11日日曜日

Cut from the same cloth 同じ生地で出来ている

火曜日の朝、久しぶりにオレンジ支社へ。きっかけは、南カリフォルニアの建築部門を束ねるリチャード(「スキンヘッド」リチャードの上役)から木曜の午後に受けた一本の電話でした。

「進行中の刑務所設計プロジェクトを担当していたトムが辞職したんだ。新しいPMをあてがったんだけど、この会社に来てまだ日が浅くてシステムに慣れてないんだよ。サポートを頼めないか?」

急遽、新PMチームのマークとドン、他数名のメンバーとオレンジ支社の会議室で初顔合わせです。私が金曜に作成し送付しておいた財務分析をネタに、今後のマネジメント方針について議論を重ねました。

12時過ぎに打合せを終えて会議室を出ると、重鎮PMのキースに呼び止められました。彼は空港プロジェクトがきっかけで知り合った、コンストラクション・マネジメントのエキスパート。現在、二年前に私が担当から外された地元刑務所プロジェクトのPMを務める一方、四年間の中断を挟み一月からの再スタートが決まったテキサスの刑務所プロジェクトを担当することになったというので、ここ数週間彼のサポートを続けているのです。

「何の会議だったの?」

と尋ねる彼に、

「今年三件目の刑務所プロジェクトに関わることになってね。初のチーム・ミーティングを終えたところ。なかなか刑務所から足を洗えないでいるよ。」

と冗談めかして答える私。

“You are a prisoner of prison jobs!”
「刑務所仕事の囚われ人だな!」

そう言ってキースが笑います。

この後彼は、先週私から受け取った財務分析を聞いた上層部が大騒ぎになっている様子を話してくれました。既に前任者が会社を去っているプロジェクトの蓋を開けてみたら火の車だった。これは実によくある話です。私の役目は、そういう状況を詳細に分析して改善のシナリオを提案することですが、どう考えても上層部が満足出来るようなシナリオを作るのは不可能だ、という場合は正直にそう告げるしかない。

キースはひとしきり愚痴に近い説明をした後、現在進行中の刑務所プロジェクトに話題を移しました。そして、クライアントから受け取った長文メールを私に見せ、深々と溜息をついたのです。

「またもや苦情の嵐だよ。うちの仕事に対するダメ出し満載のメールだ。事細かに、何故彼らが不満なのかを書き連ねてるんだな。」

そして、こうまとめます。

“They are all cut from the same cloth.”

直訳すれば、「彼らは皆、同じ布地で出来ているのさ。」ですね。色や形は様々でも、同じ布地から出来ている服は根本に共通の肌合いがある、という意味。

キースのこのうんざりした表情には、深いワケがあります。何度かのミーティング中、刑務所プロジェクトに限って何故それほどクライアントとのトラブルが多いのかを尋ねたことがあるのです。彼の説明が、これ。

1.そもそも刑務所の建設は、その土地で百年に一度あるかないかという稀な事業。発注担当者にとっては全てが初めてづくし。コンサルタントにどう指示を出すか、設計変更をどう処理するか、などというノウハウは誰も持ち合わせていない。プロのこちらが当然と思っている基本的手続きも、彼等にとってはちんぷんかんぷん。常識の隔たりの大きさゆえ、誤解によるトラブルが簡単に発生する。
2.刑務所勤務が長い担当者たちは、受注者が自分達の命令を従順に受け入れるのが当然と考えるきらいがある。法律上は対等な契約関係にあるはずなのに、権威を武器に無理な要求をごり押しして来る。たとえ純粋に彼等の気まぐれによる設計変更であっても、無報酬で実施するよう真顔で迫ってくる。こちらが抵抗すればこれを圧力でねじ伏せようとし、無抵抗でいれば新たに要求を積み重ねて来る。
3.刑務所担当者たちは、鼻っから人を疑ってかかる傾向がある。我々が真面目に成果品を提出しても、どこかで手を抜いて騙そう、誤魔化そうとしているんじゃないか、と常に身構えている。小さなミスを発見すると、鬼の首を取ったようにいつまでも責め立てるので、仕事が前に進まない。

「囚人相手の仕事を来る日も来る日も続けているんだから、そういう性格になっていくのも仕方無いと思うんだ。常に人を疑い、四の五の言わせず屈服させる。日々この繰り返しだからね。遠い知人で刑務所管理のポジションへ転職した人が複数いるんだけど、みな最終的に離婚や家庭崩壊を経験してるよ。生活面にも必ずその影響が及ぶからね。」

それがカリフォルニアであれテキサスであれ、刑務所建設プロジェクトに携わるPMは、まず間違いなくクライアントとのコミュニケーションから大きなストレスを受けるのだそうです。先ほどのキースの台詞は、こういう意味ですね。

“They are all cut from the same cloth.”
「(どのクライアントも)根っこのところはみんな同じなんだよ。」

さて金曜のランチタイム、食堂でカナダ出身の同僚ジェフと会いました。十数年前サンディエゴ支社への異動が決まり、レンタルトラックに荷物を載せて国境を渡った時の経験を話してくれました。意気揚々とアメリカ第一日目を迎えようとしたところ、入国管理官から執拗な尋問を受けて何時間も足止めを食らったのだと。

「仕事はいつスタートするのかと聞かれたから、会社の規定に従った健康診断を終えたらすぐ、と答えたんだ。そしたら、じゃあ本当に職があるかどうかまだ正式決定じゃないじゃないかって責めるんだな。それからずっと、本当は何か違法な物を持ち込もうとしてるんだろうって詰問されてね。」

ここでジェフに、キースから聞いた刑務所管理官たちの話をしたところ、彼がこう言いました。

「入国管理官も同じだよ。誰が相手でも、まずは疑ってかかるのが仕事だからね。」

とんだ入国一日目になっちゃったね。さぞかし不愉快な記憶でしょう、と私が同情を示したところ、彼が暫くキョトンとした表情になりました。そしてようやく私の発言の意図を理解したように、

「いやいや、あっちは単純に自分の仕事をしてただけだからね。」

と答えます。

「こないだテレビで、空港の入国審査官を巡るドキュメンタリーを放送してたんだけど、ごく平凡な外見をした旅行者が平然と違法な荷物の持ち込みをするのを次々と暴いて行くんだな。いちいち愕然としたよ。インドから来た子連れのおばさんが、スーツケース内に生の食品やフルーツはありますか?と聞かれて、ありませんってはっきり答えるんだ。で、開けてみたら、ビニール袋に包まれた肉やら果物やらが出るわ出るわ。巨大な生の鶏肉まで。そもそもインドから十数時間もかかるのに、その間ずっと生肉積んでて大丈夫なのかよ!って思ったけど、そのおばさんのしれっとした態度を見て、背筋が寒くなったよ。そういう人たちを毎日相手にしてたら、自然と人を疑ってかかるようにもなるってもんでしょ。」

在らぬ嫌疑をかけられて延々と足止めを食らったことに、ジェフは少しも怒っていない。むしろ、ネチネチと質問を繰り返して来た担当者に対して同情まで抱いている様子です。

確かにあらためて考えてみれば、自分だってもしもそういう仕事を選んでいたら、随分違う性格になっていたことでしょう。こちらの常識を根拠に相手の性格を責めたって仕方がない。ここは気持ちを綺麗に切り替えないといけません。

刑務所プロジェクトを担当する際は、クライアントの性格を責めたり恨んだりするのではなく、「コミュニケーションに倍負担がかかる」前提で予算とスケジュールを組むべし!


2016年9月5日月曜日

アメリカで武者修行 第36話 説得したわけじゃないんです。

ある日、老ジョージが私のキュービクルにやって来ました。
「来週から、非常勤の相談役のような立場になる。このオフィスに顔を出すこともほとんど無くなるだろうから、君にPMの座を引き継がないといけない。」
高速道路設計プロジェクトは訴訟状態にもつれこみ、未だに終結出来ずにいるのです。
「とは言っても、大物の課題はほぼ解決済みだから安心したまえ。PB社のケンがクラウディオの後を引き継いでいるから、JV側の業務は彼がほとんどやってくれる。やっかいなのは下請け契約の終結だが、そこは君の得意分野だろう。頼んだぞ。」

二年前、苦しい職探しの末にようやくこのプロジェクト・チームに潜り込んだ時点では、自分がいずれPMになるかもしれないなどと、想像もしませんでした。銃声が消えた焼野原の戦場を見渡し、所属部隊で生き残った兵は自分一人なのだと、ようやく気付いたような格好です。

数日後、ダウンタウンにあるPB社のケンを訪ねました。彼は韓国系アメリカ人。JVチームのプロジェクト・ディレクターという肩書です。髪に少し白い物が混じってはいますが、年齢は私とほとんど変わらないでしょう。終盤でいきなりプロジェクトに飛び込んで来た彼は、細かい経緯を知りません。私の持つ断片的な記憶と、彼がクラウディオから引き継いだ書類上の知識を寄せ集め、二人でプロジェクトの終結に取り組むことになったのです。

大会議室のテーブルに、まるでトランプの七並べのようにずらりと書類を並べ、つぶすべき大小百以上の課題を二人でひとつひとつ洗います。彼はリストを見ながら、一件ずつ内容のおさらいをして行きます。その中に、喉に刺さっていつまでも抜けない魚の小骨のような、悩ましい一件がありました。
「これは、どういう話だったっけ?」
と、手にしたリスト越しに、ケンが私の顔を覗き込みます。
「現場担当者から口頭で追加作業を頼まれたという測量業者に対し、文書による事前の合意が無いという理由で、6千ドルあまりの支払請求を拒否したんです。先方の担当者アンディが、下請けをイジメる酷いJVだ、州政府に訴えてやる、と、脅迫めいた手紙を寄越して来たため、当時私の上司だったフィルと一計を案じ、元請けのORGに対して追加請求をしました。ところがその後、元請けとの訴訟騒ぎになったため、この件は脇に追いやられてしまったんです。それで未だに下請け契約が閉じられない、というわけです。」

現場事務所の食堂で、テーブル越しにすがるような目で6千ドルの支払いを懇願するアンディの顔が蘇りました。
「払ってくれるまでは契約終結書にサインしない、と彼が言い張ったらどうしましょうか?」
「難しいね。シンスケはどう思うんだ?」
「個人的には、全額支払うべきだと思ってます。こっちはちゃんと成果品を受け取っているんですからね。なのに対価を払わないというのは、道義的に許されないでしょう。でも契約担当の立場で言えば、やはり突っぱねるべき話です。法的には、契約外の仕事に報酬を払う必要はないからです。我々自身も、同じ仕打ちをORGから嫌と言うほど受けて来ましたからね。」
元上司のリンダから「タフになりなさい」と日々どやしつけられて来たお蔭で、感情を捨ててビジネスマンとしての判断をする習慣が身についていました。とは言え、これは疑いようも無く理不尽な行為です。日本の公的機関で14年間も働いて来た私には、辛い葛藤でした。
「よく分かった。それじゃあ半額の3千ドルを譲歩の限界点としよう。それでも手を打たないと言い張るようだったら、一旦退いてくれ。」
ケンが妥協案を出してくれたことで、ほっとしていました。これで、「喧嘩両成敗」という理屈を持ち出して穏便に契約を閉じるオプションが出来たのです。

薄曇りの金曜日、住所を頼りにアンディのオフィスを訪ねました。鞄の中には、サイン欄に付箋を貼り付けた下請け契約終結書二通、それから三千ドルの小切手が入っています。土捨て場と見られる広大な空き地に面した、灰色の工業団地。舗装の無い駐車場で車を降り立つと、タイヤに巻き上げられた砂煙が霧のように立ち込めていました。数社の会社名がひしめく雑居ビルの入り口で、受付嬢と見られるブロンド女性に名前を告げます。彼女は暫くの間、ガムを噛みながら眠たげな目で私の顔を見つめた後、
「今呼んで来ます。」
と奥に引っ込みました。土埃でまだらに汚れた紺色のソファに浅く腰かけ、アンディを待ちます。段ボール箱やスコップ、錆びた測量道具などが乱雑に積み上げられた狭い待合室の壁には、ハクトウワシが力強く飛翔する写真がかけられていました。写真の下に、くっきりとした活字体で、SUCCESS (成功)と印字されています。額縁が右側に大きく傾げているのが気になり、立ち上がって水平に戻しました。

その時、ノーネクタイにYシャツ姿のアンディが元気良く現れました。
「ハーイ、シンスケ、よく来てくれたね。」
握手の手を差し伸べ、屈託なく歓迎の笑顔を浮かべます。遺恨のかけらも見せぬ明るい振る舞いに、まさかこちらの油断を誘っているのでは、と裏の意図を勘繰って反射的に身構える私。

小ぶりな会議室のドアを開けて私を招き入れたアンディが、会議机のパイプ椅子を引くと、そこに段ボール箱が載せられているのに気付きました。決まり悪そうにこれを床に下ろし、私の着席を促します。
「さっそくだけどアンディ、メールに書いた通り、今日は下請け契約を閉じるために来たんだよ。」
と単刀直入に切り出して、書類をテーブルに拡げる私。
「うん、分かってる。どこにサインすればいいんだい?」
とアンディは、書面に視線を走らせつつ、シャツの左胸ポケットに挿してあった万年筆を右手でひょいと取り上げます。まるで過去のいざこざなど、とうの昔に記憶から消し去ったとでもいうように。
「アンディ、わざわざ蒸し返すこともないかもしれないけど、追加業務の扱いについては、あらためてJV内部で話し合ったんだ。」
彼がペンを置いてさっと右手を上げ、セリフの続きを制します。
「シンスケ、今日は見せたいものがあるんだ。」
アンディはくるりと椅子を回すと、背後の棚に置いてあったクリップボードをつかみました。
「これを見てくれよ。」
書類のトップに書いてある太字のタイトルが、真っ先に目に飛び込みます。

Field Change Request Form
「現場変更要求書」

「六千ドルの件では、社長に散々絞られたよ。暫くは、君たちJVのやり口を恨んだもんだ。でもね、頭を冷やしてよく考えたら、追加業務を始める前に文書で確認を取らなかった僕らにも非があるんだな。そこで僕が作ったのが、この様式だ。あれ以来、現場に行く人間には必ずこれを持たせるようにしてる。作業中にクライアントから変更指示を受けた場合、これをパッと差し出してサインを貰ってるんだ。こいつのお蔭で、二度と痛い目には合わなくなった。六千ドルは高い授業料だったけど、今じゃ、あの一件があって良かったとさえ思ってるんだ。」
苦い経験を梃に、大幅な業務改善を成し遂げた。逆転ホームランをお見舞いしてやったぞ、という誇らしさが、光線のように彼の顔から放射しています。
「うん。これは素晴らしいね。こんな書類を差し出されれば、追加業務を頼む側も曖昧な指示が出来なくなるしね。」
参考にするから一枚持ち帰っていいか、と尋ねられるのを待つかのように私の顔を暫く見つめていたアンディは、それほどまでの賞賛を私から引き出すことは出来ないと悟りながらも、感心は本物であることを確認して満足したようで、二通の契約終結書に素早くサインしました。そしてにこやかに立ち上がると、さっと右手を差し出しました。
「これからも、末永くお付き合いを頼むよ、シンスケ。」
彼の手を握り返すまでのほんの一瞬、思考が目まぐるしく交錯しました。今ここで三千ドルの小切手を鞄から取り出せば、望外の出来事にアンディは感激するだろうか。いや、むしろプライドに輝いた彼の顔に、泥を塗ることになるかもしれない。いや待てよ、小切手を見せずとも、用意したオプションをほのめかして彼の反応を見るくらいはするべきじゃないか…。

砂煙越しに小さくなっていくアンディの姿をバックミラーの中におさめながら、ゆっくりと車を走らせる私。オフィスに戻って会議室の扉を内側から閉め、ケンに電話で首尾を報告しました。
「そうか。よくやったな。小切手は破棄しておいてくれ。こっちの帳簿からも消しておくから。それにしても、よく説得出来たな。」
「いえ、説得したわけじゃないんです。」
「まあいいよ。とにかくこれで一件落着だ。」

電話を切って椅子を回転させると、窓の外が刻々と夕暮色に染まって行くのを、暫く眺めていました。次に鞄のジッパーを開け、受け手を失った小切手を取り出して机の上に載せ、部屋がすっかり暗くなるまで見つめていました。


2016年9月4日日曜日

Please me プリーズ・ミー

先日の朝、総務のヘザーから一斉メールが届きました。内容は、「LGBT ミーティング」。LGBTというのは、「レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー」の略です。うちのオフィスには同性愛や両性愛といった性的指向をはっきり表明している社員が何名もいるのですが、今度その集会が開かれますよ、というお知らせ。発信人のダグラスからの元メールが底の方に表示されていたのですが、中身を注意深く読まずに閉じていました。

ダグラスは、大胸筋の著しく発達した逞しい白人男性ですが、会社のパーティーにも「ハズバンド」同伴で現れるほどの大っぴらなゲイです。どうやら彼が発起人となって、グループ集会を企画した様子。彼とは日頃から大変仲良くしているのですが、その性的指向に関しては何のコメントも加えたことがありませんでした。

午後になって、向かいの席からシャノンがさも可笑しそうに、「ヘザーのメール見た?」と尋ねて来たので、まさかその手の連絡を会社メールで転送したことを取り上げて面白がってるのかな?と疑ったのですが、

「ダグラスのメールが付いてたでしょ。あれ読んだ?」

と笑うのです。あらためて彼のメール部分を読み返してみたところ、こう結んでありました。

“If you have any questions, directly please me.”
「もしも何か質問があれば、僕をダイレクトに喜ばせてくれ。」

はぁ?なんだこれ?

Pleaseは「どうぞ、どうか」という意味の間投詞として使われるのが通常です。今回のように動詞として用いられると、「喜ばせる、楽しませる」という意味になるのですが、実際には「プリーズ・ミー」などという英語表現、聞いたことがありません。これは明らかにミスでしょう。

この後、たまたまダグラスとのミーティングがありました。会社のPMツールへのデータ打ち込み方法が良く分からないというので、ヘルプに行ったのです。打合せ冒頭、ヘザーのメールについて尋ねてみると、

「ああ、あれ?もういやんなっちゃうよ。僕のメールをヘザーがコピペした時に、へんてこな文章になっちゃったみたいなんだ。」

と顔を赤らめます。元の文章はこうだったのだそうです。

“If you have any questions, please directly contact me.”
「もしも何か質問があれば、直接僕にコンタクトして下さい。」

「そうだろうとは思ったよ。でも、テーマがテーマだけに笑えるミスだよね。」

とからかう私に、さらに顔を紅潮させるダグラス。自分の性的指向に関しては常に堂々と振る舞っている彼のこの恥じ入りようが意外で面白かったので、ミーティング終了後、さらに追い討ちをかける私。

「何か他に質問ある?あれば、ダイレクトに僕を喜ばせてね(directly please me)。」

悪い癖が出ました。


2016年9月3日土曜日

Ultimate Service 究極のサービス

2年前にスタートした建築部門の巨大プロジェクトが、いよいよラストスパートを迎えています。オレンジ支社の建築部門長でPMのリチャードと二人三脚でプロジェクトを進めて来ましたが、相手が上層部でも構わず慇懃に毒舌をかます彼は、気楽に軽口を楽しめる相手ではありません。滅多に無い笑顔の時でさえ口の端をわずかに歪める程度なので、機嫌が読めないのです。腹を抱えて笑い転げた経験なんか、生まれてこの方一度も無いんだろうな、と決めつけたくなるくらい気難しい。ただでさえ185センチはあろうかという上背と鋭い眼光で威圧感たっぷりなのに、ユル・ブリンナー張りの完璧なスキンヘッド。そんなパンチの利いた容貌で機関銃のようにまくしたてるので、気圧されないよう始終気を張っているのですが、

「あ、それってこういうことですね?」

と軽く合いの手を入れたつもりが、

「違う。黙って聞け。」

とぶっきらぼうに斬り返されることもしばしば。これまでに何度か、「あ、怒らせちゃったかな」と、ひやりとしたこともあります。しかしこつこつとサポートを続けるうち、少しずつ態度の軟化が進んで行きました。メールの返信も、Ta からThanks、そしてThank youへゆっくりと変化。こういうことに、仕事の喜びを見出している私。

常々、うちのチームメンバーに聞かせている言葉があります。

“We are not in project management business. We are in hospitality business.”
「我々はプロジェクトマネジメントのビジネスをしているんじゃない。ホスピタリティ(おもてなし)ビジネスをしてるんだ。」

やや極論なのですが、プロジェクトコントロールという仕事の本質はあくまでサポートであり、自分達が表舞台に出てはいけない、と伝えたいわけです。プロジェクトマネジメントに関する豊富な知識を土台に、PM達が日々快適に働けるようあらゆる角度から彼らを支えるのが我々の仕事なんだ、と。スケジュールやコスト管理の他にも、「書類をクライアントに大至急送らなきゃいけないんだけど、フェデックス様式への記入方法が分からない!」みたいな、職域外のヘルプ要請にもにっこり笑顔で応え、必ず「何とかして」しまう。

この「徹底して相手をサポートする」姿勢を学んだのは、20年前に日本で読んだ一冊の本がきっかけでした。

究極のサービス(原題Ultimate Service)」は、5つ星ホテルのコンシェルジュだったホリー・スティール(Holly Stiel)が著した、おもてなしの指南書。毎日怒涛のように襲い掛かるかぐや姫的無理難題を、鮮やかに解決していくコンシェルジュの仕事について書かれた本なのですが、ホテルと無関係の仕事をしていた私でさえ大きな衝撃を受け、その後の人生がすっかり一変しました。そこには、大抵の仕事に共通する「ピンチをどう切り抜けるか」というテーマに対する答えが満載なのです。

当時夢中で付箋を貼った箇所は今読んでも、ううむと唸らされます。たとえばこれ。

「正しいかどうかは問題外。」クレームを受けたら、このフレーズを繰り返してみましょう。(中略)たとえ自分が正しくてもそれがお客様に認められないという不条理は無数にあります。自分はいつでも正しくなければならないという考え方をあきらめたとき、精神的に大きく成長したと言えるでしょう。

それから、こんなのも。

昔の同僚はストレスがピークに達した時に大変役立つ方法を知っていました。マイケルは指を鳴らして、私に「ディスココンシェルジュの出番だ」と宣言し、それから二人でリクエストとストレスのラッシュを文字通り踊りぬくのです。

先日数カ月ぶりにオレンジ支社へ出張する用事が出来たので、早速リチャードとのミーティングを申し込みました。いつも電話だけなので、機会がある度に顔を合わせておかないと、と思ったのです。多忙な人なので、30分だけという約束ですが。彼は私に着席を促すと挨拶もそこそこに、コスト予測の積み上げと経営状況報告書の作成を早口で指示。それからわずかに微笑んでこう言いました。

「このまま順調に行けば、かなり大きな利益率でプロジェクトを終了出来そうだ。君のサポートに感謝してる。」

過去数千件のプロジェクトをサポートして来た私から見ても、彼のプロジェクトの利益率の高さは異例です。

「それは良かったですねえ。これほどの好成績でプロジェクトを締められれば、会社から表彰されてイントラネットのトップに顔がでかでかと載るかもしれませんよ。」

そう祝福する私に、急に表情を曇らせて素早く顔を左右に振りながら、リチャードがこう反応しました。

“No no no! That’s not me.”
「ノーノーノー!そんなの俺のスタイルじゃない。」

あ、ヤバい、これは地雷踏んだか?と思った次の瞬間、彼が無表情でこう続けました。

“My head is too shiny.”
「俺の頭はまぶし過ぎるだろ。」

彼とタッグを組んでから約二年、ようやく聞けた自虐ジョーク。ミーティング後しばらくの間、この仕事の醍醐味を静かに噛みしめる私でした。


2016年8月28日日曜日

Where’s the beef? ビーフはどこ?

「素晴らしいPMツールを作りました。これさえあれば、進捗管理や人員計画、それにアーンドバリュー管理が簡単に出来ます。木曜のランチタイムにウェブで使用説明をしますので、是非参加して下さい。」

こんなメールが火曜日、西海岸とハワイのPM達に向けて一斉に送られました。これは、去年この地域のプロジェクトコントロール部門トップに座ったR氏のチームによるもの。彼は次々に外部から優秀な人材を雇い入れ、各種PMツールの構築に注力して来ました。

プロジェクトコントロールという仕事には、二つの種類があります。一つは、クライアントの側に立って事業全体の管理を手伝う、というもの。これは空港建設などの大規模プロジェクトに要求されるサービス。スケジュールやコストの分析をしてクライアントに報告する仕事です。二つ目は、社内のPM達の仕事を助ける役割。PMの仕事の大半は、コミュニケーションと意思決定。意思決定のためにはデータの分析が不可欠ですが、ここに多くの時間を費やせば肝心の業務がおろそかになる。で、プロジェクトコントロールというサポートが求められるのです。

私のチームは、この後者の役割に集中して来ました。PMごと、プロジェクトごとにツールをカスタマイズし、二人三脚でプロジェクト管理をする。まるでアスリートとトレーナーのような関係を築いて来たのです。ツールを渡して自分でデータ分析をしてもらおうと試みたこともありますが、その度に失敗して来ました。多忙なPMには、ツールの使い方を学ぶ時間さえ無いのが現状なのです。ではこのトレーナー役の人材を増やせばいいじゃないか、と思われがちですが、会社としてはコストが心配。結局のところ、PMが一人で何でも完璧にこなしてくれるのが一番安いわけですから、プロジェクトコントロールの大幅増員には二の足を踏まざるを得ないのです。それじゃあ最適なバランスはどこなのか?これはなかなかの難題です。

水曜日、オレンジ支社へ出張した際、ロングビーチ支社のウィルとランチルームでバッタリ会いました。挨拶もそこそこにR氏達のPMツール宣伝活動の話題になりました。そもそもの趣旨に一応の賛意を示した後、彼がこう言いました。

“So, where’s the beef?”
「で、ビーフはどこ?」

これは、かつてハンバーガー・チェーンのウェンディが出した人気TVコマーシャルで使われたセリフ。バーガーの中身(大きなバンズの真ん中にミニサイズの肉がちょこんと載せられている)を覗き込んだおばあちゃんたちが、顔を見合わせて怪訝そうに発するセリフがこれなのです。ハンバーガーの主役であるはずのビーフをケチる他社に対し、ウェンディの製品は特大サイズを使ってますよ、という主張。

このCMが元となり、色々飾り立ててはいるが肝心の中身が貧弱な企画や提案を批判する際に使われるようになった表現が、「ビーフはどこ?」なのですね。ウィルが言いたかったのは、こういうことでしょう。

「すごいPMツールを作ったから使ってみろ、と言われてもねえ。PM達が本当に必要としているのは、データを分析した上で問題点の洗い出しとその改善策の提案をしてくれる人的サポートなのに。」

私が訳すとすれば、こんな日本語。

“So, where’s the beef?”
「能書きは分かったよ。で、結局何してくれるの?」

「残念だよね。PM達を苦境から救おうという意図でやってることは確かなんだけど。」

と溜息をつく私に、ニコニコ笑いながらウィルがこう言いました。

“I’d say, thank you for being sorry about us.”
「言わせてもらえば、同情してくれて有難う、だね。」

気遣いは見せても本気で手を差し伸べてくれてはいないじゃないか、同情するなら人寄越せ!という指摘。綺麗にキマッた痛烈な皮肉に彼と二人で大笑いした後、問題の根深さに暫し考え込む私でした。


2016年8月21日日曜日

She’s a unicorn 彼女はユニコーン

北米全域でプロジェクトコントロール部門を立ち上げようと日々奮闘する副社長のパットと、月一回のペースで電話し、情報交換をしています。ただでさえ忙しい彼女が、組織的には直接繋がりの無い私のためにそこまで時間を割く義理は全く無いのですが、

「誰であろうとこの活動に興味を示してくれる人の熱意には応えたいし、あなたと話すことでこちらも得るものがあるのよ。」

と言ってくれています。具体的に何を得られるのか説明は頂いてませんが、これがおべんちゃらでなければきっと、現場で何が起きているかを私を通して知ることが出来る、と言いたかったのでしょう。

我が社は北米を九つの地域に区分しているのですが、このうちの一地域で今、着々とプロジェクトコントロール・グループが形成されつつある、という話をしてくれるパット。そのトップに採用した女性のことを、彼女がこう言いました。

“She’s a unicorn.”
「彼女はユニコーンよ。」

え?ユニコーン?あの奥田民生率いる?じゃなくて、額から角が生えてる馬のこと?羽も生えてたっけ…?

頭の中を異形の馬がバタバタと駆け回り、その後の会話がなかなか入って来ません。電話を切った後、さっそくネットで検索。真っ先にヒットしたのが、

「過去の実績は無いのに市場価値が1ビリオンドルを超えるスタートアップ企業。グーグルやフェイスブックがその例。」

え?そうなの?だとすると、その女性は外部から雇われたために実績は不明だけど、報酬が高いということか?う~ん、腑に落ちないぞ。大体そんな人、雇うか?

同僚ジェイソンと打合せした際、この質問をぶつけてみました。すると、

「現実には存在しない想像上の生き物、という意味だね。」

と、背景説明をあっさり丸ごと無視した解答をくれました。いやいや、そんな妖精みたいなもの、会社が採用するわけないでしょ。

「バイセクシュアルという意味もあるよ。」

と補足するジェイソン。採用した人が両性愛者だったっていうのか?う~ん、そんな爆弾情報、さらりと提供してくれるほどパットに信用されてるとは思えないし…。

数時間後、今度は若い同僚サラに同じ質問をしてみました。

「想像上の生き物で、誰も捕まえたことが無いでしょ。だから、得難い(hard to get)って意味に使われてる表現だと思うわよ。その人、きっと滅茶苦茶優秀なんじゃない?」

おお、それなら分かる!パットのセリフはきっと、こう訳せるでしょう。

“She’s a unicorn.”
「彼女は奇跡的な逸材なのよ。」


ここまで手放しの評価を貰える人に、なりたいものです。

2016年8月13日土曜日

Toned Body トーンされたボディ

金曜の午後は、ヘルスコーチとの電話がありました。これは、社員の健康のために会社が毎年無料で提供しているサービスです。月に一回程度、あてがわれたパーソナル・コーチと電話でヘルス・チェックをし、健康維持を図るのが目的。今回のコーチは、ジョイという女性。

「初回の今日は、私から色々質問しますね。まず、長期と短期の目標から伺います。」

半年後にどうなっていたいか、という質問に、ちょっと考えてからこう答えます。

「今年の初めにアパートから一戸建てへ引っ越してからというもの、全く運動しなくなったんです。以前はアパート内のジムに通ってたんですけどね。お蔭で体幹がすっかり弱っていて、先月は久しぶりに腰痛が復活したんです。これはやばいと思いつつ、なかなかエクササイズを日々のスケジュールに組み込めない。これは誰かにケツを叩いてもらわなきゃ、と思ってこのプログラムに応募したんです。」

「分かりました。それで、六ヶ月後にどうなっていたいんですか?」

あ、そうか。それを聞かれてたんだっけ。

「ま、体幹トレーニングで腰痛を抹殺すると同時にですね…。」

これだけじゃ病人みたいだな、と思ったので、こう付け加えます。

“I want to feel good about myself again.”
「自信を取り戻したいですね.

相槌を打ちながらも、納得していない様子のコーチ。

「なるほど。それは具体的にどういうことですか?どうすれば自信が取り戻せるのですか?」

「ほら、シャワー浴びる前とか、鏡の中の自分を見て嫌な気分になる、そういうのを止めたいんですよ。横っ腹の贅肉なんか見ても楽しくないじゃないですか。」

ここで、ようやく合点がいったと言わんばかりに声を強め、ジョイがこう応えます。

“OK, you want to be toned!”
「分かったわ。トーンされたいのね!」

ん?トーンされる?

「その通り!」

と調子を合わせたものの、いまいち意味が分かりません。

「後日、トレーニング内容を記した資料を送ります。二週間後の今日、途中経過を確認するために電話しますね。頑張って下さい。」

ううむ、何の途中経過を確認されるんだろう?

電話を切った後、急いでオンライン辞書をチェックしたところ、Toneは、「カラートーン(色調)」とか「声のトーン」とかで使われる「調子」という意味の名詞であるとともに、「固くする、強くする」という動詞でもあることを知りました。ジョイが言いたかったのは、こういうことですね。

“OK, you want to be toned!”
「分かったわ。引き締めたいのね!」

Toned Body(引き締まった肉体)を手に入れるため、まずはカレンダーにエクササイズの予定を書き込みました。二週間でどこまでトーン出来るか、楽しみです。


2016年8月7日日曜日

Bigotry ビガトリー

金曜の昼前、大ボスのテリーと打合せがありました。年次業績評価の時期ということもあり、プロジェクト・コントロール・チームの組織化についての話し合いです。正式にはシャノン、ティファニー、カンチー、と三人の女性が私の部下なのですが、他の支社の環境部門(テリーの傘下)にも緩く繋がっているメンバーが複数いて、これが全員女性。

テリーがこんな発言をしました。

“We can think about the other girls later.”
「他のガールズについては後で考えましょう。」

そしてすかさずフォロー。

“Oh, I sounded like Donald Trump.”
「あら、ドナルド・トランプみたいな物言いだったわね。」

この「ガールズ」という表現が不適切だった、という意味。一国の大統領になろうとしている人物とは思えないほど勝手気ままな言葉のチョイスで国民を動揺させているトランプ氏をネタにした、というわけ。クスクス笑いながら、「ウィメン(女性)」と言い直すテリー。

打合せの後、同僚ディックとNA Pizzaでランチ。テリーの発言を話題にしたところ、

Damn bitches(クソ女ども)って言ったのならともかく、そこまで気にするほどの表現じゃないと思うぜ、ガールズなんて。大体そういうのって、発言の主が普段どういう風に人と接しているかによって受け取られ方が変わるだろ。テリーがどんな過激な発言をしようが、みんな彼女の人柄をよく分かってるから、誰も悪意には取らないよ。」

とコメントするディック。

「最近よく思うんだけど、世の中が他人の発言にピリピリし過ぎてどんどん窮屈になっていないか?誰かが何かを言う度に、ゲイを侮辱している、黒人差別だ、女性を下に見ている、とかさ。企業や役所はトラブルを防ぐためにトレーニングを繰り返して、禁句のリストは長くなる一方だ。でもさ、そもそもそんなチェックリストを一生懸命作るより、もっと根本的な教育を充実させるべきなんじゃないかな。」

「というと?」

「ただ単純に、Be nice to people(人に親切にしましょう)っていう一言ですむ話じゃないか。世界中の人が子供たちにそれを徹底して教えれば、あらゆる摩擦がすっきり解決すると思うんだ。」

いつも人一倍理屈っぽい男がこんなにシンプルな発想をしたことが新鮮で、何だかちょっと嬉しくなりました。そんな彼の純粋さに水を差す気は無かったのですが、一応私も意見を述べます。

「でもさ、人間って基本的に弱いでしょ。誰かをけなすことで自分の優位性を確認していないと、辛くてやってられない部分もあるんじゃない?」

彼は深く頷いて、もちろんそれは分かってると言います。

「俺の中にだって、そういう意識はずっと消えずに残ってるよ。」

25歳までサウスダコタの田舎町で暮らしていたため、未だにカリフォルニアの暮らしに馴染んでいないというディック。

「あっちにいた時は、カリフォルニアの人間に対する偏見がすごかったんだ。金の亡者で、うわべだけ親切で、本当は田舎者を馬鹿にしてる鼻持ちならない俗物の集まりだってね。サウスダコタがどこにあるのかも知らないってだけで、お高くとまった連中だ、という結論になるんだな。」

冷静に考えれば、カリフォルニア住民に限らず、他州に関する知識の無い人なんてどこにでもいるはずです。我々だけが責められるべき理屈はない。

「アメリカ中央部はFlyover country(フライオーバー・カントリー)っていう単語で十把一絡げにされてるの、知ってるだろ。」

「いや、知らないな。」

「アメリカ西海岸と東海岸を往復する飛行機が上空を行き交うだけで、旅の目的地にはならない僻地ってことだよ。牛の糞がゴロゴロしてて、通行人がほとんどいなくって、みんな服のセンスは最低、ブサイクで頭も悪いってね。」

「へ~え、初耳だなあ。」

「かなり長いことカリフォルニアに住んでるけど、今でも誰かがその手の発言をする度に、ぴくっと反応しちゃうんだよ。バカにしてんのかこの野郎ってね。」

子供の頃から沁みついた過剰な劣等感というのは、そう簡単に払拭できるものじゃないのですね。

「実家に里帰りした時とかって、皆ディックのことをどう扱うの?カリフォルニアに魂を売った裏切り者って呼ばれてたりして?」

「そういう奴は実際、ウンザリするほどいるよ。二年前のクリスマスに帰った時は近所の連中が大勢集まってくれたんだけど、輪になって畑仕事の話題で盛り上がってる男たちのそばに腰かけたら、あからさまに背を向けて俺をのけ者にしたおっさんがいてね。あれには驚いたしムカッと来たよ。こっちだって実家を離れるまでは皆と同じように農作業をしてたんだぜ。仲間外れにまでする必要はないだろ。でもそのおっさんから見れば、俺はもうカリフォルニア人なんだな。たったそれだけでもう憎たらしいんだ。」

皆がそんな些末なことでいちいち憎しみを抱いてたら、世界の平和はなかなか訪れないよね。という結論で頷く中年男二人。ここでディックが、満を持してキメ台詞らしきものを吐きました。

“Everybody has some sort of ビガトリー.”
「誰だって何らかの形のビガトリーを持ってるんだよ。」

激ウマピザを食べ終わってオフィスに戻る途中、思い切って質問する私。

「あのさ、さっきの単語、意味教えてくれる?ビガとリーとか何とかって…。」

「え?知らなかったの?」

話題と文脈から予測はついたのですが、このまま確認しないですませるとまた暫く忘れてしまいそうだったので、ここは恥を忍んでディックに教えを請いました。

Bigotry(ビガトリー)ね。ほら、俺がさっき言ってたみたいな、カリフォルニアの人間は薄っぺらいから嫌いだ、とかいうやつだよ。偏見に基づいた敵対意識とか憎悪っていう意味だね。」

「サンキュー!新しい単語、ゲットだぜ!」

後であらためて調べたところ、これはbigot(偏狭な人)の変化形で、語源は「フランス語由来でBy God(神のそばに)から来ている」とする説が有力みたいです。極端に信心深い人、という意味から、自分の信仰や価値観と相容れない人を差別するタイプの人に使われるようになったのだとか。

“Everybody has some sort of bigotry.”
「誰だって何らかの形の敵対意識を持ってるんだよ。」


自分の中のビガトリーに気付いたら、根本にある劣等感を排除する必要がありますね。他人と較べない教育やしつけを広めることが、世界平和への第一歩ではないか、とちょっと考えを進めた午後でした。

2016年7月31日日曜日

Drink from the fire hose 消防ホースから水を飲む

今週初め、若手社員のカンチーが一週間のお休みから戻って来ました。

「おかえり!どうだった?」

部下のシャノンと二人で出迎えます。メキシコはバハ・カリフォルニアの無人島、学習環境に恵まれない中高生たちと寝泊りし、海洋学を入り口としたサイエンス教育を施すというボランティア活動に参加して来たのです。すべて自腹で。生徒たちは圧倒的な大自然の中、一般の学校教育には到底望めないレベルのリアル学習を進めることで、地球の未来、自分達の未来について考えを深めて行くのだそうです。

十代の初めに両親とベトナムから渡って来た当初は、英語もろくに話せなかった彼女。家も貧しく、大変な苦労をしながら学業に取り組んでいたのですが、そんな時、ひょんなきっかけでこのプログラムに生徒として参加し、一気に視野が開けたと言うのです。今自分がここにいるのはあの夏の体験のお蔭、だからその恩返がしたい、と毎年インストラクターを務めているのだと。

「その傷、どうしたの?」

彼女の左腕に大きな擦り傷を発見した私。

「あ、これ、サメです。」

シャノンと一緒にギョッとする私。そのリアクションに満足したのか、ほとんど間を置かずにネタバラシするカンチー。

「ジンベイザメ(Whale Shark)ですけどね。」

「え?ジンベイザメって人を襲うんだっけ?」

「いえ、歯は無いし、人も襲いませんよ。大きな口を開けてプランクトンを飲み込みながら生きてるんです。」

出現したジンベイザメのそばまで泳いで行って観察していたら、突然背後でもう一頭浮上して来て、すれ違いざまに軽く皮膚が触れたのだそうです。

「サメの肌って、びっくりするほど粗いんです。だからちょっと油断すると、触っただけでこっちが傷ついちゃうんですよ。」

「へ~え。すごい体験をしたんだねえ。」

「職場ではサメに襲われたとだけ言っとけって、仲間に吹き込まれたんですけどね。」

クスクス笑うカンチー。

そんな美味しいネタ、僕なら五分は引っ張るけどなあ。この子ったら、一秒も待たずにバラシちゃうんだもん。モッタイナイ

さてこの週末からは、入れ替わりにシャノンが夏休み突入です。家族で二週間のイタリア旅行。木曜の午後、これから留守を預かるカンチーにじっくり時間をかけて引き継ぎしているのを横目で見ていた私。カンチーが退社した後、シャノンに首尾を尋ねます。

「たっぷり仕事を渡しといたから、あの子、暫くは忙しくなると思うわ。」

「アップアップって感じだった?」

「もちろんよ。そうなるように意識してやったんだもの。」

初めから全部処理出来るとは思えない量の課題を与え、わざとミスを犯させる。そこから何かが学べればいい、と彼女は言います。

「私もそうやって学んで来たから。」

私よりずっと若い彼女がそういう価値観を持っているとは、ちょっと意外でした。

「彼女の生い立ちを聞いてると、共感出来る点が沢山あるの。」

「え?そうなの?」

「私、六人も兄弟がいたから、経済的にも教育環境的にもかなり大変だったのよ。でもそういう状況でも苦労しながら学ぶことで、何とかやって来たの。到底消化できそうも無いような大量の情報でも構わず一気に浴びて、もがきながら何かをつかむ。私の経験上、これが一番の勉強法だと思うのよ。」

ゆとり教育信奉者なら眉をひそめそうな発言ですが、もちろん全面的に賛成です。その時、私の頭にあるフレーズが浮かびました。

“She’s drinking from the fire hose.”
「彼女は消防ホースから水飲んでるんだね。」

これはつい先日、副社長のパットと電話で話している時に彼女の口から飛び出したイディオム。最近転職して来た社員が職務に必要な情報を大慌てで詰め込んでいる様子を描写したものですが、消防ホースから水を飲む、というビジュアルイメージは、このシャノンの主張にもピッタリだと思いました。似た慣用句が日本語にあるかどうか考えたのですが、思いつくのは「千本ノックを受ける」くらい。違いと言えば、ノックのように誰かにシゴかれるわけではなく、むしろ自ら望んで試練に耐えるニュアンスが強いという点でしょうか。

実は私、若いカンチーがどういう働き方をするのか未知数だったので、ここ数カ月は一口サイズの仕事をゆっくりと与えて様子を見て来ました。でもシャノンは、早くもカンチーの強さを見極めたようなのです。大丈夫、この子は試練に耐えるだけの地力がある、と。

ニッコリ微笑んで、シャノンがこう言いました。

「私達、ほんとにいい子を採用したわね。」

私もニッコリ。まるで、孫の寝顔を見て目を細める老夫婦みたいでした。


2016年7月24日日曜日

アメリカで武者修行 第35話 煩悩を切り捨てよ

「シンスケって、人の悪口言わないわよね。」

職場から車で五分の距離にあるショッピングモールに、小さなタイ料理屋「タイカフェ」があります。同僚のジェシカとティルゾに誘われ、週に二回程度ここでランチを取るようになりました。ジェシカというのは、構造力学専門の若手社員。高速道路プロジェクトの終了間際にチーム入りした後、今の支社に転属した仲間です。彼女がティルゾとゴシップに花を咲かせるのをぼんやりと聞きながら淡々と咀嚼を続けていた私は、突然の一言でハッと我に返りました。
「え?何の話?」
「シンスケの口から人の悪口を聞いたことないなあって、今気づいたの。よく考えたら私なんか、喋ってることの大半が人の噂話とか悪口よ。恥ずかしくなっちゃう。」
「うん、確かにシンスケは他人のことを悪く言わないよね。」
と、ティルゾが同調します。
「いやいやとんでもない、買い被りだよ。僕はそんな立派な人間じゃないって。」
突然二人から聖人君子のように扱われたことに、当惑する私。
「自分のことに精一杯で、他人のことを気にしてる余裕が無いだけだよ。それに二人には分からないかもしれないけど、悪口って、英語学習者にとってはとんでもなくハードルが高いんだぜ。」

思わず本音を吐露してしまいました。周りの社員が何でも軽々とこなしている脇で、毎日慣れない仕事にもがき続けてる。出来ることなら、人の悪口が言えるような境地に辿り着きたいよ…。そんな風に鬱屈していたのに加え、実はこの時、午前中に臨んだレベル2会議でのダメージが心を重く湿らせていたのです。

小会議室のテーブルに、電話を挟んでエリカと着席し、一件20分のカンファレンスコールを立て続けに3時間こなします。全米各地から、顔を合わせたこともないPM達が入れ替わり電話してきて、それぞれが担当するプロジェクトの現況を説明します。これをじっくり聞き取りつつ的確な質問を投じ、相手のリアクションから危険信号を察知して上層部に報告するのが私の役目。一段リスクの高いプロジェクトを対象としたレベル3会議では、エドやクリスが刃物のように鋭い質問の連続で相手をじわじわと追い詰めて行き、その気になれば最後まで伏せておけたかもしれない「問題の種」を易々と自白させる場面に、再三立ち会って来ました。

もちろん、新米の私にそれだけの技量が備わっているはずもなく、工期に遅れは無いか、クライアントとは上手く行っているのか、などという当たり障りのない尋問しか出来ません。当然、期待通りの回答しか得られないため、私がレビューを担当したプロジェクトは全て順風満帆、というレポートが出来上がってしまいます。これじゃ、大勢の社員の仕事を中断させてまで聞き取りをするそもそもの意味が揺らいで来ます。会議机の向かい側でノートPCを開き、静かに議事録を取るエリカに対しても申し訳なく思う気持ちが募り、何とかして一矢報いたい、と焦れていました。

そんな時、前日エドが盛んに使っていたキーワードが蘇りました。彼はレベル3会議の出席者に対し、「契約書にLiquidated Damages(リクィデイテッド・ダメージ)条項は含まれているか」と何度か尋ねていたのです。その響きがクールだったのに加え、電話の相手の怯む様子が無言状態の長さから読み取れて印象的だったため、試しに使ってみようと咄嗟に思い着いた私。
「え?なんだって?」
電話の向こうで、PMがさっと気色ばむのを感じます。
「そんなものあるわけないだろう。これは資料を集めて分析し、レポートを書く仕事だってさっき説明したばかりじゃないか。どうしてここでLD(エルディー)が出て来るんだよ?」
言葉の意味を理解せずに質問したのですから、こちらの落ち度なのは百も承知です。しかしPMの反撃が予想外に激しく、「エルディー」などという略称を使うことで知識の差を見せつけられたこともあって、すっかり落ち込んでしまいました。

電話会議終了後、エリカに話しかけます。
単語の意味を知らないまま使って逆襲にあっちゃった。Liquidated Damagesって言葉、知ってた?」
「実はさっき、シンスケの質問を聞いた時に調べておいたの。読み上げるわね。」
彼女がインターネットの画面を、いかにも「私だって知らなかったのよ」とかばう様な調子で棒読みします。
「なるほどね。スケジュールの遅れや成果品の不具合のために契約相手に与えた損害を、一日当たりいくらと決めて賠償する条項ってわけか。確かにエドは、建設設計プロジェクトのレビューでこのワードを使ってた。そうだよね。レポート書くだけの仕事に、そんなものあるわけがない。あ~あ、本当に僕は何をやってるんだか…。」
「気にすること無いわよ。私だって、会話の内容を全部理解出来てるわけじゃないのよ。」
「慰めてくれて有難う。でも、今の失敗はさすがにこたえたよ。」
早く一人前にならなければ、という焦りが、自分を実力以上に見せようと駆り立てていることは自覚していました。失職の危機を一時的に脱したとは言え、折角チャンスを与えてくれたエドの忍耐力をいつまでも試し続けるわかにはいかないのです。

こんな風にして、日一日と心身の疲れが蓄積していました。平日は、通常業務終了後にプロポーザル準備の仕事に取り組むため、恒常的な深夜残業。土日は朝5時起きし、近所のスターバックスでPMP資格取得のための試験勉強です。辞書を引き引き、専門用語を丸暗記しながらプロジェクト・マネジメントの基本を頭に叩き込みます。そして家族が目を覚ます頃に帰宅し、ヨチヨチ歩きの息子の相手をする、というライフスタイル。

プロポーザル締め切り前日の日曜日、早朝の試験勉強を終えて無人のオフィスに出社した私は、自宅で作業を続ける同僚サディアと、電話で話しながらスケジュールを仕上げて行きました。オレンジ郡のプロジェクト獲得のために競合他社から引き抜かれて来た彼は、下水道管老朽化検査のエキスパートです。インドの大学を卒業後、渡米して修士号と博士号を取得し、その後四半世紀、エンジニアとしてのキャリアをアメリカで積んで来ました。インド出身者にありがちな強いアクセントは無く、一語一語を丁寧に発音します。カールした銀髪、縁なし眼鏡の奥で光る好奇心に満ちたその瞳は、アインシュタインとの血縁を思わせます。
「ちょっと待って。そんなに急がないで。今考えているところだから。」
先走る私を悠然と制する、電話の向こうのサディア。早くスケジュールを仕上げなければ翌朝の提出に間に合わないため、私は焦りに焦っていたのです。彼ののんびりした口調に、やや苛立ちながら。

彼との電話を切った時には、既に陽が落ちていました。がらんとしたオフィスの天井灯を、頭上の一列だけ点灯します。仕上がったバーチャート・スケジュールをメールしてサディアの最終確認を受け取った後、各タスクに「リソースを載せる」作業に移ります。各プロジェクトメンバーの労働時間が一日8時間を超えないよう試行錯誤を繰り返し、リソース・グラフを仕上げたのが夜10時過ぎ。これをプロポーザル・コーディネーターに送信した後、くたくたになって帰宅しました。

翌日の昼、プロポーザル無事提出との知らせを聞いた後、サディアに誘われて日本食レストラン「将軍」へ行きました。目の前の巨大な鉄板でシェフが分厚い肉を焼くのを眺められるカウンター席に、二人並んで着席。
「君の頑張りが無ければ、今回のプロポーザルは到底まとまらなかったよ。本当に有難う。今日は僕のおごりだ。」
私は焼肉定食を頼み、サディアは肉抜きチャーハンを注文しました。お肉食べないんですか?と尋ねる私に、インド出身者には菜食主義者が多いんだよ、と彼が微笑みます。
「インドといえば、ヨガですよね。ヨガやるんですか?最近、このへんでもすごく流行っていますよね。私も無料体験コースに参加したことがあるんですが、床に寝転んでストレッチしてる最中に眠っちゃって。静まり返ったジムの中、いびきをかいて鼻を鳴らしちゃったんです。短時間に二回も。もうそれ以来恥ずかしくって、ヨガ・アレルギーですよ。」
会話の糸口を作るためのこの軽口に対し、サディアは穏やかな表情を浮かべたままこう応えました。
「僕は過去35年間、毎日ヨガの修行をしているよ。」
「え?そうだったんですか?ごめんなさい。失礼なことを言っちゃいましたね。」
ちょっと注意していれば、年齢の割に引き締まった彼の体形や冷静沈着な物腰から、ヨガとの関連性は簡単に連想出来そうなものです。どうして気づかなかったんだろう?
「いや、失礼なんてとんでもない。ヨガがこの国でどう扱われているかは、よく分かってるつもりだからね。まず、誤解しないでもらいたいんだけど、ヨガは単なる柔軟体操じゃないんだよ。身体の柔らかさを競うだけなら、人間は猿にも勝てないからね。ヨガの真髄は、己と外界との間で起こる、精神の融合なんだ。精神を集中することで、幸せを創り出す。たとえば、美味しい物を食べて幸せになろうとするのではなく、何を食べても美味しいと思うことを自分で選択する。我が身に起こることが幸か不幸かを決めるのは、自分の精神なんだよ。」
「あの、ちょっと待って下さい。メモ取ってもいいですか?今、ものすごく良い話を聞いてる気がするんです。」
「もちろんだよ。」
私は急いで尻ポケットから手帳を取り出し、彼の説話の要点を書き取り始めました。
「我々は、自分が考えていることを常に意識し、どう考えるかを慎重に決断しなきゃいけない。日々の想念が、着実に己を変えて行くんだ。ほら、ここに水の入ったコップがあるだろう。」
彼が、よく冷えて外側が水滴で一杯になったコップを、ひょいと摘み上げて指さします。
「ここに入っているのが、濁った泥水だとしよう。しかし毎日少しずつでも浄水を注いで行けば、いつの日かコップは清い水で満たされる。泥水を注ぎ続ければいつまでたっても泥水だ。己の魂が周囲のネガティブな想念に染まらないよう注意する必要がある。他人の悪口ばかり言う人間には、なるべく近づかない方がいい。」
「なるほど。」
「煩悩(desire)を切り捨てよ。サンスクリット語ではクレーシャというんだが、ぴったりした言葉が英語に無いので、ここは欲望(desire)としておく。己の欲望に気付いたら、直ちにそれを捨てるよう努めること。欲望をすべて排除した時、人間は最高に強くなれるんだよ。」
頭の隅で長い間しこっていたものが、ふわっとほぐれていくのを感じます。
「煩悩を持たない者は、周囲が自分をどう扱うかについて、何の期待も不安も抱かない。だから何を言われても傷つかないし、何を言われるかについて気を揉んだりもしない。」
彼の言う通りじゃないか。人からどう思われるかなんて気にしなければ、もっと楽に生きられるはずなんだ…。
「でも、それってすごく難しくないですか?」
と私。
「もちろんだ。簡単に出来るくらいだったら、僕だってこうして35年も修行を続けてないよ。」
包容力をたたえた笑顔で、私の目をじっと見るサディア。
「焦らずに淡々と、日々精進を続けるだけ。昨日より今日が、ちょぴり良くなってればいいじゃないか。」

老師のこの言葉で、再び前へ進む気力を取り戻した私でした。