2013年8月18日日曜日

Terms of endearment 親愛の情をこめた呼び名

ランチルームで同僚のジムと話していた時、日本人は「名は体を現す」と言って、子供の名前つけにはとても真剣に取り組むよ、という話になりました。で、当然話題は「アメリカ人の名前には特別意味が無い」、というオチを迎えます。

「僕の名前はおじいさんから取ったんだよ。」

とジム。それって理解に苦しむなあ。時には父親と一緒のファースト・ネーム、なんて人もいるし。日本人で、「うちは親父が一郎だったから、僕もそれをもらって一郎になったんだ」なんて話、聞いたことがありません。「名前負け」なんて概念も無いんだろうな、きっと。

「ちょっと待てよ、そもそもどうしてジェームスをジムって呼ぶのかなあ。」

と、ジムが首を傾げます。今日までついぞこんな疑問は浮かばなかったと言わんばかりの驚きよう。ボケすぎだぜ、ジム。

「そう言えば、ジミーって呼び方もあるでしょ。ジェームスとジミーの距離は更に大きいよね。」

と私。

去年解雇されたアーニーが良く、ジムのことを「ジミー・ホー」と呼んでいたことをふと思い出しました。彼らは転職前の会社でも同僚だったそうで、その頃から同じ愛称だったのだと言います。

「中国系とかベトナム系の名前に聞こえて笑えるよね。」

ちなみにジムは、バリバリの白人です。

「でも、なんでホーなの?」

と私。

「ほら、僕の苗字がHOで始まるでしょ。それでアーニーがふざけたんだよ。」

「あ、なるほどね。チャイニーズ・アメリカンのアーニーがそう呼ぶから余計面白いんだよね。」

「あいつがあまりにも多用するもんだから、そのうち僕のボスまでそう呼び始めちゃってさあ。」

と苦笑いするジム。

「で、僕も冗談めかしてこう言ったんだ。」

“I’m assuming that it’s a term of endearment.”
「それってターム・オヴ・エンデアメントと思っていいんですよね。」

ん?たーむ・おぶ・えんであめんと?これ、知ってるぞ。

シャーリー・マックレーン主演の映画に「愛と追憶の日々」というのがあり、原題がTerms of Endearmentなのです。昔から、どの部分が「愛」でどの部分が「追憶」なのかな、とずっと疑問に思っていました。

さっそく、別の同僚リチャードに質問してみました。

Endearment は愛情の表現だね。やさしい言葉だよ。これに、法律などで使われる堅い感じTerm(呼称、用語)をくっつけてるんだ。ちょっと面白い言い回しだよね。」

後で調べたところ、Dear (親愛なる)という形容詞がEndear になると「愛される」に変わり、Endearment で「愛情表現」という名詞になるのですね。ジムの発言は、こういう訳になると思うのですが、どうでしょう?

“I’m assuming that it’s a term of endearment.”
「それって親愛の情をこめた呼び名と受け取っていいんですよね。」


映画の邦題、原題とかなり違いますね。邦題の方が内容に即してる気がするけど…。

2013年8月13日火曜日

98 minutes is a waste to me. 複数形のナゾ、ふたたび

今日の午後、同僚のレベッカにこんな質問をぶつけてみました。

90 minutes is a long timeという言い方あるでしょ。これって文法的に正しいの?」

90 minutes (90) は疑いも無く複数形です。これをis という単数用Be動詞が受けることへの疑問ですね。明らかさまに動揺を見せるレベッカ。

「私はしょっちゅうそういう言い方するけど、正しいかどうか聞かれると自信ないわ。」

ちょうど部屋の前を通りかかったリタを呼び止め、会話への参加を促します。

「私は90 minutes are a long time が正しいと思うけど…。」

と、リタ。待ってました、とばかりに反論する私。

「それだと今度は a long time との整合がとれなくなるよね。」

「あ、そうか。う~ん、どっちが正しいのかしらね。」

「最初からA 90-minute time periodと言っていれば問題ないのにね。でも実際は90 minutes is っていう言い回しの方を良く使うし聞くわよね。」

結局結論は、「文法的に正しいかどうかは不明だが、日常的に使える表現」ということになりました。実はそもそもこんな疑問が生じたのも、先週同僚ステヴの発したセリフがずっと心に引っかかっていたからなのです。

ダウンタウン・サンディエゴ支社では、隔週木曜の4時に社員が集まって自由な情報交換をする会を催しています。先週の火曜日、総務のトレイシーから

「久しぶりに帰った日本がどんなだったか、皆に話してくれない?」

と頼まれ、撮りためた写真や、隅田川花火大会やら新橋駅前の雑踏などを捉えたビデオを披露したのです。旅行の序盤で名古屋から白川郷まで長距離バスに乗ったのですが、岐阜を過ぎたあたりで夥しい数のラブホテルが目に飛び込んで来ました。日本の郊外ならではの光景に興奮し、思わずシャッターを切り続けた私。その時撮った写真の一枚に、

Hotel Water Gate  1002480円」

と書いてある野点看板があり、私が

100分で25ドルだそうです。」

と解説したところ、総務のシンディが

「え~?分刻みの料金制なの?」

と無邪気に驚き、皆がドッと湧きます。その時、周りに聞こえるか聞こえないかのボリュームで、ステヴがぽつりとこう呟いたのです。

“98 minutes is a waste to me.”
98分間は無駄だな、俺には。」

2013年8月9日金曜日

She’s a tough cookie. 固いクッキー?

火曜の夕方、出張先のオレンジ支社で帰り支度をしていたら、元ボスのリックに呼び止められました。

「5分ほどいいかな?いや、10分。待てよ、やっぱり15分!」

「いやいや、何分でも大丈夫ですよ。」

笑いながらリックの後について、彼のオフィスへ向かいます。

「スティーブとマーリーンが辞めるの、聞いてるよね。」

そっとドアを閉めてから尋ねるリック。

「ええ、聞きましたよ。キツいですね。」

「うん、優秀な社員が揃って辞めるのは損失だ。それで、僕も含めて複数のPMが、彼らのプロジェクトを引き継ごうと調整中なんだ。」

会社が大きくなるにつれ、PMに対する要求がどんどん理不尽になって行く現状は、誰もが認識しているところ。マネジメント層が一向に対策を講じないため、嫌気のさした社員が櫛の歯が欠けるように去って行きます。

「その一環で今日の午後、ヴァネッサと話したんだ。彼女がどれくらい仕事を引き受けられるか聞こうと思ってね。そしたら彼女、突然泣き始めたんだ。怒るでもなく、ただはらはらと涙を流して。長時間のサービス残業続きなのに、その成果が全く評価されていないっていうんだよ。」

「あのヴァネッサが、ですか?」

彼女は若くて元気な女性社員。常にあっけらかんとした印象で、涙なんて全く想像がつきません。

「だろ?本当に、あっけにとられたよ。」

そしてリックがこう続けます。

“She’s a tough cookie!”

え?タフ・クッキー?

直訳すると、「彼女は固いクッキーだ!」ですが、それじゃ意味が通りません。すかさず説明を求める私に、

「え?あ、意味?う~ん、そうだなあ、強い人ってことだよ。」

とリック。

「タフは分かりますけど、なんでクッキーなんですか?」

「それはちょっと分かんないなあ。あとでグーグルしてみないとね。」

追究はここで打ち切りとなり、彼は私の率いるプロジェクトコントロール・チームの再拡大を提案しました。

「これは差し迫った問題だし、ヴァネッサに限った話じゃないのは明らかだ。今じゃ大勢のPMが、限界ぎりぎりで働いてる。このまま手をこまねいていれば、更に人が去って行くのは目に見えてるだろ。今こそ君のチームを更に増員して、南カリフォルニアの全PMをサポート出来るくらいの態勢を敷くべきだと思うんだ。この提案を上層部に上げてみたいんだけど、どう思う?」

「そりゃもう、喜んで!是非やりましょう。」

大いに興奮する私。リックとのミーティング後、さっそく上司のクリスピンの部屋へ行って提案を伝えます。すると彼も、すんなり同意。カマリヨ支社、ロングビーチ支社、オンタリオ支社の社員も私のチームに加えたらどうか、という案がまとまりました。実現すれば、更に5人ほど部下が増えます。

さて翌日、ダウンタウン・サンディエゴ支社で同僚ステヴに会ったので、「タフ・クッキー」の意味を尋ねてみました。

「例えばさ、マイクはタフ・クッキーだって言える?」

マイクというのは、身長190センチくらいあるステヴの上司です。

「いや、言わないね。肉体的な強さの話をしてるわけじゃないんだ。意外に強靭な精神の持ち主を指す表現なんだよ。マイクみたいに、精神面の強さについては疑問の余地がない場合にも使わないね。」

とステヴ。

「昨日オンライン辞書を調べた時は、対象が男性でも使えそうな印象を受けたんだけど。それはどう?」

「一般的には、女性を指す場合にだけだと思うよ。ほら、クッキーって大抵、見た目が華奢だったり柔らかそうだったりするでしょ。それを噛んでみたら意外と固かった、そうやすやすとは折れない、というところから来てると思うな。」

なるほど、納得です。私の和訳はこれ。

“She’s a tough cookie!”
「あの気丈なコが、だよ!」


どうでしょう?

2013年8月2日金曜日

Running joke 未だにウケてるジョーク

昨日は久しぶりにダウンタウン・サンディエゴ支社へ。総務の受付カウンターでトレイシーとシンディに会った途端、

「日本はどうだった?」

と尋ねられました。

「いやあ、素晴らしかったよ。行くところ行くところ、いい人ばかりでさ。それに食べ物がもう、うまいのなんのって…。」

「今まさに、それを聞こうと思ってたところよ!」

とトレイシー。

「やっぱりこの辺で食べる日本食とは違うんでしょ。」

「そりゃもう、ぜ~ぜん別物!」

ほんとに、日本滞在中は美味しいものを沢山食べました。刺身はもちろん、焼き魚、焼鳥、とんかつ、コンビニのおにぎりに至るまで超ウマカッタ!特に友人一家と一緒に行った金沢の料亭「銭屋」では、竜宮城で浦島太郎が受けたもてなしを想像させるほどの超絶豪華ディナーを頂きました。しめに出てきた「新生姜入り炊き込みごはん」には、夫婦で絶句。大将に、

「どんなに頑張っても、自分じゃ絶対こんなうまい料理作れませんよ。」

とレベルの低いコメントを吐いたところ、

「そりゃ家庭料理と較べちゃいけませんよ。だって私ら、今夜のために朝5時から仕込みしてるんですから。」

そりゃそうだ。彼によると、腕の良い主婦が作る料理をレクサスだとすると、彼らの料理はF-1カーなのだと。しみじみ納得しつつ、絶品炊き込みご飯を頬張る私。

そんな素敵な思い出に、突然シンディの高音が割り込んで来ました。

「そうだ、こんなRunning Joke があるのよ!」

Running joke? 走るジョークって何だ?

いぶかる私に構わず、シンディが続けます。

「こないだトレイシーが一斉メールを出したの。ランチ・ミーティングでとった出前のチャイニーズ・フードの残り物が給湯室のテーブルにあるわよ、皆さんどうぞって。そしたらリンドンがね、」

さも可笑しそうに笑うシンディ。リンドンというのは、中国出身の真面目な風采の男。サイボーグ009に出てくる006にどことなく似ている。ふと気がつくと、彼がいつの間にか私の横に立っていたのでびっくり。シンディはきっと、彼が我々の会話に加わったのでこの話を持ち出したのでしょう。

「リンドンがこう言ったのよ。“It’s just food to me.” (俺にとっては普通の食べ物だけど。)

ここでトレイシーも大笑い。

「そりゃそうよね。中国人に中華料理どうぞって言ってもねえ!」

つられて私も、あっはっはと笑います。

え?これって面白いか?

横でリンドンがクスリとも笑わず、

「何が面白いのかな。」

と呟きます。

後で調べたら、Running というのは「続いている」という意味なので、Running Joke は「未だにウケてる冗談」ということだと分かりました。


なぜ自分が笑ってしまったのか、未だに分からないジョークです。

2013年7月30日火曜日

美しい国、ニッポン

昨夜おそく、二週間の夏休みを終えてサンディエゴに戻りました。四年ぶりの一時帰国だったためか、日米の違いが前回より一層強く心に残りました。特に印象的だったのは、接客態度の違い。

自宅にコンタクトレンズを忘れて来た息子の眼鏡を作ろうと大船のZoff を訪れた際、まだ小学生の息子に対して、まるでいっぱしの大人を扱うみたいに敬語を使う店員さんを見て驚愕する私。旅行日程が進むにつれ、それはこの店に限ったことじゃないと気づき、更にびっくり。あれ?昔からこうだったっけ?

銀座の東急ハンズで旅行用携帯歯磨きケース(800円くらい)を購入した際、女性店員が商品の入った袋を両手で恭しく差し出し、

「お気をつけてお持ち帰りください。」

と言うのを聞いた時は、ひええ~っ!とのけぞりそうになりました。ここは宮中か?

渡米してからこっち、粗暴な接客態度の店員に慣れていた私。旅行中、どこへ行っても礼儀正しい人ばかりで、うわあ、日本人ってちゃんとしてるなあ、と感心しました。

二週間の滞在を終え、ロサンゼルスの空港に到着。自家用車を預けていたQuikPark という業者に電話をかけて送迎者を回してもらい、停留所まで荷物を引きずって行ったところ、3秒も待たずにシャトルバスが到着。勢い良く飛び出して来た運転手が、

「ヘ~イ!パーフェクト・タイミングだっただろ~!」

と満面の笑顔で我々のバッグをてきぱきと積み込み始めました。作業の間中も休むことなく盛んにジョークを飛ばしていて、まるで映画「ビバリーヒルズ・コップ」のエディ・マーフィーみたい。妻と顔を見合わせ、

「こういうのもいいね。」

とクスクス笑いました。


さて、今回の旅行のハイライト、隅田川花火大会。友人宅の屋上から鑑賞しました。開始30分で豪雨がやって来て後半は中止になりましたが、いいものを見せてもらいました。

美しくも儚い花火の記憶。

暫くはノスタルジーに浸れそうです。

2013年7月15日月曜日

難波っ子のタマシイ

いよいよ明日、二週間の夏休みを過ごすため、家族で日本に向かいます。職場を去る際同僚ステヴに、日本から買って来て欲しいものがあるかどうか尋ねてみました。彼は若い頃、大阪の高槻市に短期留学した経験があります。彼のボケに先回りして、

「お好み焼きはダメだよ。持って帰れないからね。」

と釘を刺す私。

「オー、オコノミヤキ!いいなあ~。」

私のセリフが彼の思い出の扉を開けたみたいで、暫く遠くを見るような目になりました。それから急に我に返って、

「東京のオコノミヤキはダメだよね。」

と評論家みたいな顔で首を振ります。

「え?どうして?そんなことないと思うけど…。」

と、突然のダメ出しにうろたえる私。

“Okonomiyaki in Tokyo is just wrong.”
「東京のオコノミヤキは、とにかく間違ってるんだよ。」

おお、こんなところで大阪人のプライド・トーク炸裂!数ヶ月住んだだけで、そこまで難波っ子になれるのか?


彼には結局、阪神タイガースの帽子を注文されました。どうしよう。大阪、今回行かないんだけど…。

2013年7月14日日曜日

There is more than one way to skin a cat. 方法は色々ある。

先日、オレンジ支社のアレクシスが相談を持ちかけて来ました。彼女のプロジェクトには建設現場の生物環境変化を追跡調査する業務が含まれていて、モニター要員が現場に出かけて生物の生育状況などを記録する必要があります。この分野、テクノロジーの導入が比較的スローで、ずっと紙に手書きという原始的形態を取っていました。この際、彼らにタブレットコンピュータを携帯させて現地で素早くデータをインプットしてもらい、これをデジタルのままデータベースにシンクさせる方法に切り替えたい、というのです。

「エクセルで様式を作ってもらえないかしら?ドロップダウン・メニューを組み込んで。」

「いいけど、他の方法も探ってみたらどうかな?」

「うん、でもあまりプロセスを複雑にしたくないのよのね。」

さっそく、元ボスでIT通のエドに当たってみました。

「エクセルでも可能だと思うけど、アクセスの方がいいんじゃないかな。なんなら俺がシステム一式作ってやってもいいよ。でも、市販のソフトも検討してみた方がいいぞ。」

実は私がPMをしている大規模プロジェクトでもタブレットを導入しているので、マネジメント・チームのセシリアにその詳細をヒアリングしてみました。結果、各メーカーのタブレット端末に対応していて、しかも使い勝手の良いソフトであることが判明。この情報をエドに送ったところ、翌朝彼が私のオフィスに立ち寄ってくれました。

「俺ならこっちのソフトを使うね。使用実績のあるソフトを使う方が、一から起こすよりもずっと効率的だからな。」

という意見。検討に時間を割いてくれて有難う、と丁寧にお礼を述べたところ、お安い御用だ、と微笑んだ後、こんなセリフを残して立ち去りました。

“There’s more than one way to skin a cat.”
「猫の皮を剥ぐ方法はひとつじゃないからな。」

ええっ?何の話?と疑問の呻きを漏らす私。これには答えず、遠ざかりながら笑うエドの声が廊下に響きます。

15分後、同僚ジムが私の部屋に現れます。彼のプロジェクトの健康診断をするためのミーティング。議論が一息ついた時、さっきのフレーズについて質問しました。

「ああ、そうだね、確かにそういうイディオム、あるね。」

語源は全然分からない、とのこと。

「とんでもなく残虐な言い回しだよね。特に猫好きな人が聞いたら気分壊すよね。あ、そうだ、ジム、猫は好き?」

と私が尋ねた直後、彼がくしゃみを連発。暫く鼻をもぐもぐさせた後、

「ごめん。俺、猫アレルギーなんだ。」


ですって。うそだろ…。

2013年7月12日金曜日

Don’t get hung up on it. こだわり過ぎるなよ。

昨年の秋、上司達にうまく乗せられてオレンジ支社環境部門の品質管理担当を引き受けた私ですが、2月に内部監査を受けた辺りで、ドサクサ紛れに支社内四部門の調整役まで任されてしまいました。監査官からの指摘事項に対し、部門間調整を経て、支社としての統一回答を提出しなければならない。これが思ったより難儀なのですね。もともと複数の会社が買収されて出来た組織なので、他部門の社員はまるで別会社の人みたい。カルチャーが全然違う。フレンドリーな人もいれば、とんでもなく横柄な人もいます。こういう人たちをまとめて統一見解に辿り着くまでの道のりは、なかなかに険しいのです。

Office Improvement Plan(支社改善計画)の最終版がようやく落ち着き、いよいよ監査部門のウェブサイトにアップロードしようとした時、ふと疑問が湧きました。同じオフィスにいる品質管理のエキスパートで監査官でもある同僚クリスの部屋を訪ね、こう質問します。

「あのさ、エクセルファイルをそのままアップロードするのと、PDFにしてからアップロードするのでは、どっちがいいの?」

クリスがこう答えます。

「厳密に言えば、エクセルファイルは更新可能なドキュメント、PDFはレコード(保存のための文書)として扱われるから、PDFの方が望ましいね。ま、でもこれはあくまで内部の監査だからさ、」

そして彼がこう締めくくります。

“I wouldn't get too much hung up on it.”
「あまりハングアップされる必要はないよ。」

このHung up on という言い回し、以前からず~っと気になっていたのですが、なかなか使えずにいました。そもそもHangは、服を吊るす「ハンガー(えもんかけ)」からも分かるように、「ひっかける」という意味。過去分詞のHung で受動態を取り、そこに「Up」という高さを表す言葉を添え、さらには対象と接した状態を表す「On」を加えたもの。ううむ、これは一体どういう意味だ?

同僚リチャードの部屋を訪ねます。

「携帯電話で誰かと話してる時、電波の悪いエリアに入って突然通話が切れちゃうとするでしょ。相手がすぐにかけ直して来て、”You hung up on me!” (電話切ったわね!)と怒る場面があるよね。この場合のハングアップと、今回のハングアップとが、どうもうまく繋がらないんだよね。そもそも何でアップなわけ?」

「古いタイプの電話をイメージしてみてよ。壁に取り付けたフックに受話器をかける動作をさ。」

「え~?ハングは分かるけど、アップというのは上の方向を指すわけだよね。受話器をかける時は、手を下方向へ動かすじゃない。この場合、ハングダウンが正しいんじゃない?」

ゆっくりと、受話器をかけるマネをする私。

「いやいや、壁に設置した電話の場合、受話器をかける時は一旦上の方へ手を伸ばすでしょ。」

「あ、なるほど。いや、でも、う~ん、そうかなあ…。それはどっちにでも取れるよなあ。」

どうも釈然としません。見かねたように彼は、散乱した書類の山から内線番号一覧表を摘み上げると、てっぺんに画鋲を刺して壁に近づけつつ、

“I hang this, up, on, the wall.”
「これを、留める、壁に。」

と、アクション付きで実況解説してくれました。

「こうやって留めておかれると、この紙は自由が利かないわけだよね。人を対象にこの表現を使うと、何かが心に引っかかって先へ進めなくなってる状況を指すんだよ。」

“I’m hung up on her.”
「まだ彼女のことがふっ切れないんだ。」

“I wouldn't get too much hung up on it.”
「そこにあまりこだわる必要はないよ。」

あ~、すっきりした!これでようやく、私も先へ進めそうです。

2013年7月10日水曜日

Common sense prevails. 常識の勝利

日本で働いていた頃、2年に一度くらいのペースで人事異動がありました。当時は「せっかく油がノッて来たのにもう転勤?」と不満たらたらだったのですが、外資系経営コンサルティング・ファームに勤める友人から、

「僕達なんか、同じポジションに平気で10年いたりするんだよ。環境を変えたきゃ転職しかない。それを考えたら、強制的な定期異動の慣習も悪くないんじゃない?」

と冷静にコメントされ、なるほどね、と思いました。渡米してアメリカのコンサルティング・ファームに勤め始めてから、そのことを日々実感しています。自分から動くかクビにされない限り、ず~っと同じ仕事。

さてこの数週間に、私の周辺で大規模な人事異動(?)がありました。突然解雇を言い渡された人たち、そして会社のやり方に嫌気がさして自ら去っていった人たち。ロサンゼルスのエリックとマイラ、そしてダウンタウン・サンディエゴ支社のミケーラが後者です。二年前、エリックが指揮する南カリフォルニア地区のプロジェクト・パフォーマンス・チームに部門の壁を超えて参加した私。数ヶ月前にチームの番頭役だったリサが突然辞職した後、何とか6人で頑張ってきたのですが、これで創設メンバー7人中4人を失いました。ミケーラの部下だったシャノンとヴィヴィアンが、深刻な顔で不安を訴えます。一夜にして上司を失い、何の後ろ盾も無くなったのですから当然でしょう。

南カリフォルニアの三支社を統括していたエリックが去った結果、ダウンタウン・サンディエゴの実力者テリーが支社長に就任。その直後、彼女がこんな提案をして来ました。

「シャノンとヴィヴィアンはあなたの部下になるのがいいと思うんだけど。」

私もこれには大賛成。

「でも、人事が何て言いますかね。別部門の人間を上司にするなんて話、ありなんですか?」

「大丈夫よ。だって二人ともプロジェクト・コントロールの仕事をしてるのよ。専門家であるあなたの下で働くのが、一番筋が通ってるじゃない。」

それはそうなんだけど、簡単じゃないから今まで実現しなかったんじゃないの?

さっそく翌日、人事のコリーンに電話で問い合わせてみました。

「それは無理よ。だって、会計システムが部門別になってるんだから。」

と、にべもない回答。やっぱりダメじゃん。すぐにテリーにメール。すると、

「大丈夫。手を打つから。」

と、何故か自信たっぷりの彼女。

その一週間後、シャノンとヴィヴィアンの名前がイントラネット上で私の部下になっているのを発見し、驚嘆する私。すぐさまテリーにメールでニュースを伝えたところ、

“Common sense does prevail.”

という返信。なんでも、人事の上層部を説得したというのです。さすがに彼女くらいになると、話を持ち込める相手の層が厚いのですね。シャノンとヴィヴィアンが、

“I’m so happy!”(嬉しい!)

とそれぞれメールをくれました。

二ヶ月前に部下が6人に増えたところだったので、これで8人目。去年の10月まで一匹狼だった私が、一気に大所帯を抱える身分になりました。

さて、テリーの使ったPrevail(プリヴェイル)ですが、よく聞く割には使いづらい単語のひとつです。「普及する、行き渡る」という意味で記憶していたのですが、今回の文章には今ひとつフィットしません。

「常識が行き渡る」

じゃおかしいもんなあ。

あらためてMerriam Webster のオンライン辞書で調べたところ、同義語として挙げられていたのが conquer, win, triumph と、どれも勝利を意味する単語

え~っ?そうだったのかあ!

強調のためのdoes を間に挟んだテリーのセリフは、こんな風に訳せるのではないでしょうか。

“Common sense does prevail.”
「結局は常識が勝利するのよね。」

2013年7月4日木曜日

アメリカのサマーキャンプ

11歳の息子は、6月中旬から夏休みに入りました。8月最終週までの約2ヵ月半、長いお休みが続きます。お前はヨーロピアンか!と突っ込みたくなるような優雅な生活。子供は嬉しいかもしれないけど、親は大変です。13歳未満の子供を一人で三時間以上留守番させてはいけないとかいう法律があるらしく(不確かですが)、どちらかの親が四六時中一緒にいないといけません。これでは我々の生活に支障を来たす。学校の先生が楽な分、親が大変じゃないか!

しかし、そこはアメリカ。この問題をお金で解決する、サマーキャンプというビジネスがあるのです。キャンプと言っても野山でテントを張ってお泊りするわけではなく、塾のようなところへ通う、夏期講習みたいなものです。塾との大きな違いは、その内容が大半は勉強ではなく、「お楽しみ」だというところ。大抵一週間単位でコースが作ってあり、面白そうな物を選んで200ドルとか300ドルとか払って申し込みます。

今年の夏うちの息子が選んだのが、次の三つ。
サーフィン・キャンプ(サーフィンの習得を中心に、ゲームをして遊ぶ)
ゲーム・エンパイア・キャンプ(コンピュータ・ゲームの作り方を教わる)
ライフガード・キャンプ(海の救命隊みたいな訓練をしながら遊ぶ)

さてその息子、昨秋から放課後に剣道の道場へ通い始めました。韓国人の師範が指導していて、生徒の大半はコリアン。「め~ん!」と叫ぶところをハングルで「もり~!」と言ったりするので、子供の頃日本でちょっと剣道をかじった私には違和感があるんだけど、当人は全然気にする様子も無く、とても楽しげに通っています。

先日、妻が道場で練習を見学していたら、息子が突然床に座り込んでもがき出したそうです。師範が駆けつけてきて、十数人の生徒たちが輪になって見守る中、息子が泣きながら、

「ハチに刺された!」

と訴えています。面を被ってるので表情は分からない。動作から見て、どうやら足の裏をやられたらしい。しかし何でまた屋根もドアもある道場内で?妻が近寄ってみたところ、確かに床の上で小さなミツバチが死んでいたそうです。師範が刺抜きを手にやって来て彼の足をつかんだところ、これを遮って息子が叫びます。

「クレジットカード!」

はぁ?一同首を傾げ、妻も

「落ち着きなさい。何を言ってるの?」

と問いかけるのですが、泣きながらひたすら、

“Credit card! Credit card!”

と叫び続ける息子。

アメリカ人ならこういう状況で、真っ先に訴訟の可能性を考えるでしょう。しかし我々日本人や韓国人のコミュニティにはそういうカルチャーが無い。こんなことで誰も訴えたりしないでしょう。ただ師範の頭の片隅を、「もしかすると、これはヤバいかも」という思いがよぎった可能性はあります。そこへうちの息子が泣きながら「クレジットカード!」を連呼し始めたので、彼はだいぶ動揺したようです。

後で息子に尋ねたところ、去年の夏参加したWilderness Camp (自然を学ぶサマーキャンプ)で、ハチに刺された場合の針の抜き方を習ったのだといいます。ミツバチは攻撃の際、針と一緒にお尻の先っぽを身体から切り離して行く習性があり、そこには毒の入った袋がついています。これを毛抜きなどでつかんで針を抜こうとすると、まるで歯磨き粉のチューブを絞るように、毒を針の方へ押し出してしまう。結果、刺された人の症状を更に悪化させる。そんな事態を防ぐため、クレジットカードのように堅く平たい物で横からなでるようにして針を抜いてやる。そういうテクニックを習ったのですね。だから、

「ハチに刺されたらクレジットカード!」

という連鎖が頭にこびりついたようなのです。

一年前にお遊びキャンプで習ったことをちゃんと憶えていたのには感心したけど、人にきちんと伝えられないようじゃいけません。来年の夏はコミュニケーション・スキルを磨くキャンプに行かせないといかんな、と思ったのでした。