ランチルームで同僚のジムと話していた時、日本人は「名は体を現す」と言って、子供の名前つけにはとても真剣に取り組むよ、という話になりました。で、当然話題は「アメリカ人の名前には特別意味が無い」、というオチを迎えます。
「僕の名前はおじいさんから取ったんだよ。」
とジム。それって理解に苦しむなあ。時には父親と一緒のファースト・ネーム、なんて人もいるし。日本人で、「うちは親父が一郎だったから、僕もそれをもらって一郎になったんだ」なんて話、聞いたことがありません。「名前負け」なんて概念も無いんだろうな、きっと。
「ちょっと待てよ、そもそもどうしてジェームスをジムって呼ぶのかなあ。」
と、ジムが首を傾げます。今日までついぞこんな疑問は浮かばなかったと言わんばかりの驚きよう。ボケすぎだぜ、ジム。
「そう言えば、ジミーって呼び方もあるでしょ。ジェームスとジミーの距離は更に大きいよね。」
と私。
去年解雇されたアーニーが良く、ジムのことを「ジミー・ホー」と呼んでいたことをふと思い出しました。彼らは転職前の会社でも同僚だったそうで、その頃から同じ愛称だったのだと言います。
「中国系とかベトナム系の名前に聞こえて笑えるよね。」
ちなみにジムは、バリバリの白人です。
「でも、なんでホーなの?」
と私。
「ほら、僕の苗字がHOで始まるでしょ。それでアーニーがふざけたんだよ。」
「あ、なるほどね。チャイニーズ・アメリカンのアーニーがそう呼ぶから余計面白いんだよね。」
「あいつがあまりにも多用するもんだから、そのうち僕のボスまでそう呼び始めちゃってさあ。」
と苦笑いするジム。
「で、僕も冗談めかしてこう言ったんだ。」
“I’m assuming that it’s a
term of endearment.”
「それってターム・オヴ・エンデアメントと思っていいんですよね。」
ん?たーむ・おぶ・えんであめんと?これ、知ってるぞ。
シャーリー・マックレーン主演の映画に「愛と追憶の日々」というのがあり、原題がTerms of Endearmentなのです。昔から、どの部分が「愛」でどの部分が「追憶」なのかな、とずっと疑問に思っていました。
さっそく、別の同僚リチャードに質問してみました。
「Endearment
は愛情の表現だね。やさしい言葉だよ。これに、法律などで使われる堅い感じのTerm(呼称、用語)をくっつけてるんだ。ちょっと面白い言い回しだよね。」
後で調べたところ、Dear (親愛なる)という形容詞がEndear になると「愛される」に変わり、Endearment で「愛情表現」という名詞になるのですね。ジムの発言は、こういう訳になると思うのですが、どうでしょう?
“I’m assuming that it’s a
term of endearment.”
「それって親愛の情をこめた呼び名と受け取っていいんですよね。」
映画の邦題、原題とかなり違いますね。邦題の方が内容に即してる気がするけど…。












