2018年7月15日日曜日

Follow your passion 好きこそものの…


今週は、一泊二日の出張がありました。

話は遡ること3月中旬。一時帰国のための休暇突入前の、ドタバタ時期でした。ユタ州はソルトレイクシティ支社のウィルという中堅エンジニアから、突然メールが届いたのです。

「PMのジムから紹介を受けたんだ。スケジューリングのヘルプを頼めないかな?途轍もなく大きなプロジェクトをもう少しで手中に出来そうなところまで来ていて、追加要求されてるプロポーザル資料の最後の一点が、スケジュールなんだ。これを一週間後に提出しないといけないんだけど、時間取れる?」

いきなり身体じゅうにアドレナリンが駆け巡ります。超多忙にもかかわらず、二つ返事で引き受ける私。こういう困難な挑戦を突きつけられると、つい興奮してしまうのですね。翌日、ジムを含めてウィルと三人で電話会議を開きました。

「随分久しぶりですね、ジム。まだワシントンDCにいると思ってましたよ。今、どこなんですか?」

「二年前にDCを去って、カナダのウィニペグに移ったんだよ。こっちの仕事はまだ終わってないんだけど、もしも今回のプロジェクトが獲れたら、ソルトレイクに引っ越しだ。」

ジムとは、13年前にオレンジ郡のプロジェクトを追いかけた頃からの付き合いです。当時既に五十代半ばだった記憶があるので、今や大ベテランというところでしょう。最後に会ってから6年以上経ってるし、特段連絡も取り合ってなかったのに、どうして今回声をかけてくれたんですか?と尋ねる私。

「君の作るスケジュールは、オレンジ郡のクライアントからの評価がとても高かったじゃないか。後々、彼等がコンサルタントにサンプルとして配布するまでになってただろ。その記憶があったから、ウィルに推薦したんだよ。」

スケジュールはプロジェクト遂行のための最強コミュニケーション・ツールと信じているので、「誰が見ても一瞬で理解出来て、その通り行動したくてたまらなくなる」ようなデザインをしないと気が済まない私。フォントタイプやサイズ、全体の色調、行高や余白の取り方に至るまで、強迫神経症レベルのこだわりをもって設定しています。そういう細部に時間を費やせば、当然その分仕事は大変になる。しかしその価値を認めてくれる人がいるからこそこうしてリクエストを貰えるのだなあ、と思って嬉しくなりました。

「そりゃ光栄ですね。是非協力させて下さい!」

土壇場での私のサポートがどれだけ功を奏したか分かりませんが、6月になって吉報が届きます。「やったぜ!」勝利を祝う社内メールが暫く飛び交いました。そしていよいよ、巨大プロジェクトの正式スタート。さっそく私が任されたのは、前回作成したスケジュールを基に、プリマベーラというソフトで詳細なベースラインを作る仕事。しかし始めてみて、これがなかなかの難物であることに気付くのでした。

下水処理場設計と一口に言っても、これを一人でこなせる者などいません。建築設計、構造設計、機械設計、電気設計、プロセス設計など複数分野に分かれており、それぞれに専門家がいるのです。ジムとウィルにメールや電話で質問しても、複数の担当者に聞いてみないと分からないケースが多く、回答が届くまでに時間がかかるのですね。痺れを切らした私は、一度主要メンバーを全員集めて欲しい、と頼んでみました。そこでまとめて質問させてくれ、と。その願いを聞き入れてくれたジムが、今回の会議を招集したというわけ。

水曜の朝8時。ソルトレイクシティ支社三階の会議室に集まったのは、ジムとウィルの他、北米及びカナダの各地から駆け付けた四人のベテラン・エンジニアたち(ニック、テリー、キース、サイモン)。窓の外には夏空をバックに、朝の陽光を浴びたワサッチ山脈の連なりが望めます。私のコンピュータモニターを壁の大画面テレビに映し、質疑応答を繰り返しながらスケジュールの基盤を固めて行きます。このタスクの責任者は誰?スタートのタイミングは?この作業を始めるためにはどの情報が揃ってなければならないの?

ランチタイムになっても誰一人席を立つことなく、デリバリーのサラダをフォークで口に放り込みつつ話し続けます。そしてようやく原案が出来上がった午後三時半、全員と笑顔で握手を交わし、五時発のサンディエゴ行きデルタ便に間に合うよう、ウーバーに飛び乗ってハイウェイで空港へ向かう私。車窓をゆっくりと横切って行く山脈の青い稜線を眺めながら、今回集まってくれた専門家たちの印象についてひとしきり考えてみました。

会議に参加した「その道の権威たち」は全員、ユーモラスでリラックスしたキャラでした。私が繰り出す素人丸出しの質問にも、漏れなく丁寧に、そして穏やかに答えてくれました。

「このTie-In(タイ・イン)って何?」

と私。ジムが胸の前で両手の指先を動かしながら、こう答えます。

「ネクタイを締める時、くるっと一周させてから先っぽを入れるだろ。これがタイ・イン。」

「最後にぐっと引っ張り出すのが、タイ・アウトな。」

とキース。

「うそうそ。冗談だよ。個別の下水処理施設を繋ぐ部分がタイ・インで、サイモンがこの設計担当なんだ。」

と笑うジム。こんな感じで、和やかなやり取りが続きます。

「おっと、クロアチアが一点返したぞ。」

と隣のウィルが、ラップトップ隅の小さな画面を見ながらワールドカップ準決勝「イングランド・クロアチア戦」の実況中継をします。なんか皆、余裕たっぷりだなあ…。キリキリしてんの、僕だけじゃん。

前日火曜の午後は、会議室のコンピュータ接続確認のため前ノリした私をジムが出迎えてくれました。つやつやした禿頭の外周を純白の短髪がぐるりと飾ってはいるものの、昔と変わらず健康的で温かい笑顔。今も週三回はテニスをしているという彼は、遅咲きのアスリート転向を目指すサンタクロース、といった外見です。夕方にはマリオットホテルで奥さんのシンディを拾い(まだ引っ越しが完了していないので、当面はホテル暮らしの二人)、1930年から営業しているというRuth’s Dinerという山間のレストランに連れて行ってくれました。木々の陰が作る涼風の中、ガーデンテラスの丸テーブルでパスタやバーガーを楽しみつつ、ひとしきり近況報告を交わします。

ジムはそもそもウィスコンシン州出身。数年間は地元で仕事していたけど、上司からの依頼でカリブ海に浮かぶバルバドス島のプロジェクトを手掛けた。地元に戻ったところ、今度はオレンジ郡のプロジェクト獲得を頼まれる(その時私と出会ったのですね)。そのまま暫く南カリフォルニアで複数プロジェクトを担当してたら、ワシントンDCから巨大プロジェクトのPM就任を要請される。そこで数年働いてキャリアを締めくくろうと考えていたら、ウィニペグのプロジェクトに引っ張られた。いよいよこれを最後に引退しようと目論んでたら、今回のプロジェクトを任された、というわけ。

「あと半年で70歳になるっていうのに、なかなか引退させてくれないんだよ。」

ニコニコ笑うジム。彼の手掛ける仕事は成功ばかりで、社内からもクライアントからも頗る評判が良いのです。自分からガツガツ仕事を探さなくても、オファーがどんどん入って来るのですね。「ただ好きな事に取り組んでいるだけ」で、全てが上手く回ってる。

「息子さんは、どういう分野に進みたいと思ってるの?」

と尋ねるジム。

Environmental Science(環境科学)に興味があるみたいですよ。先週から、地元の自然歴史博物館で無報酬のインターンもやってるんです。でも親の私から見ると、その興味がどこまで本当なのかは分かりかねるんですよね。」

と私。現在16歳の息子は、いよいよ今夏から高校の最終学年に入ります。環境系に興味があると口では言ってるけど、普段はゲームと漫画漬けなので、その本気度はかなり疑わしい。本人は真剣さを訴えているのですが、先日初めてその自信に亀裂が入る出来事がありました。博物館の職場に、元インターンでエコロジー専攻だという若者二人がふらりとやって来て、大学は出たけど仕事が全然見つからないとぼやいてた、と言うのです。

「なんかゾッとしちゃったよ。このまま環境系に進んで大丈夫なのかな、と心配になって来た…。」

これを聞いて、シンディが身を乗り出します。

「本当に好きなことを一生懸命やっていれば、必ず結果はついて来るわ。息子さんに言ってあげて!」

そして、彼等の次女のエピソードを紹介してくれたのでした。

現在36歳の彼女。大学教授を務めながら、数年前に自分の会社をスタートさせたとのこと。専攻は舞台衣装デザイン。究極のマイナー産業で、普通の親なら、そんないかにも不安定そうな専門なんかやめとけと止めるところだけど、幼い頃から衣装づくりが大好きだった次女は周囲の意見など気にもかけず、とことん道を究めたとのこと。今ではブロードウェイのミュージカル衣装なども手掛けていて、その道の第一人者になりつつあるというのです。

「フロリダに家族旅行した時なんかさ、」

とジムが話題を引き継ぎます。NFLのチケットが入手出来て、一家でサポーターをしているグリーンベイ・パッカーズとタンパベイ・バッカニアーズ戦の観戦をしたそうです。パッカーズのユニフォームを模したオリジナル衣装とかつらを纏って現れた次女に観客席のファンたちが群がり、一緒に写真を撮らせてくれとせがんで来たというのです。対戦相手のサポーターまでも寄って来て、記念写真会になる始末。

「お金になろうがなるまいが、衣装づくりがしたくてたまらないのよ、あの子。」

そうだよな、本当に好きなら誰がなんと言おうが続けるんだよな…。好きこそものの上手なれ、と。

金曜日、同僚ディックとイタリアン・ピザの店へランチに出かけた際、この話をしてみました。

「う~ん。その意見には俺、ちょっとばかり反論があるな。」

と首を振るディック。

Follow your passion(自分の情熱に従え)だろ。でもさ、好きなことを極めて達人になったからと言って、その道で食って行けるとは限らないじゃないか。例えばさ。」

とキョロキョロしてから炭酸飲料のボトルを指さし、

「ビンの蓋を使ったアートが好きで好きでたまらない奴がいたとして、これを何年もやったからって、その道で食えるかどうか疑わしいだろ。たまたまどんぴしゃのタイミングでマーケットが存在してなければ、単なる貧乏人の道楽になっちゃうじゃないか。」

「僕もずっとそう思ってたんだけど、ジムの娘さんの実話には、何か説得力があるんだよね。だって、見知らぬ人たちが群がって写真撮らせてくれって頼むくらいハイレベルの作品が作れれば、思ってもみなかった収入の道が開けるかもしれないじゃない。」

「それは一理あるけど、あくまでそこまで突き詰めた人に限った話だと思うんだ。親が止めようが教師に叱られようが、諦めずに続けるくらいの執念が無ければ駄目だよ。」

そこでディックは、9歳の息子さんの話をします。

「うちの子は俺が止めなかったら、永遠にマインクラフトやってるんだよ。朝から晩までずっと。そんなことに一日の大半を費やしてたら、この先困るぞと小言を言いたくなるだろ、親としては。そしたらさ、自分のプレイを録画したビデオをYouTubeにアップして億万長者になってる若者もいるんだよ、と反論して来るんだな、これが。何も知らないくせに!ってな調子でさ。」

「ほほう、なかなか言うねえ。それでどうしたの?」

ディックは落ち着いて、こう切り返したそうです。

“Fair enough. Well, where’s your video?”
「そりゃそうだね。で、君のビデオはどこ?」

9歳の男の子を一瞬で黙らせた、やや大人げないが真理を突いた一言でした。


10 件のコメント:

  1. オイラがよく見ている日経ビジネスのサイトで連載されているこの記事なんか同じようなことを言っているかもね。
    http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20150615/284248/?ST=print

    現実味がないからダメだ・・・なんて言葉ではなかなか納得できないだろうケド、こんな風に具体例を示して説明してあげると判りやすいのカモね。

    ちなみに、オイラは「好きなことは仕事にしないで趣味で追及するのが案外シアワセなのでは」と言う主義だね。例えば、どんなにプロレスが好きでもプロレスライターって案外つまらなそうだダナってのは傍でよく見てると自ずとわかってきそうなもの。。。

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  2. そうかなあ。プロレスライターは結構面白そうだけど。「フリップニュース」でやってる「技をかけてる?かけられてる?」みたいな切り口で雑誌連載すれば、きっと楽しいぞ。

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  3. 伝統芸能に入ってくる若い人なんてどんな感じなんだろう。
    現在新進気鋭の若手講釈師「神田松之丞」と若手時代に落語会からドロップアウトしたラジオスター「伊集院光」のラジオの対談がなかなか面白かったヨ
    https://www.youtube.com/watch?v=5FZewZm7iwA
    (57分くらいから)

    茜ちゃんの弟弟子なのかな?

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    1. さすがの毒舌家も伊集院氏の前では随分腰が低いんだね。それが面白かった。僕が湯島講談道場に通って若い講談師たちの稽古を見学してた頃も、神田一門に限らず松之丞さんくらい巧い人は何人もいたんだよ。それでもあの頃の講談界は衰退期だったから、一生懸命応援してた。こうして若手が頑張って盛り上げているのは、嬉しい限りです。

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  4. 伊集院光の深夜ラジオは若者層からウチらのような中年まで、かなり幅広いファンを抱えていて、その存在はかつての「ビートたけしのオールナイトニッポン」を髣髴とさせるものなんだよね、しゃべくりを生業としようと志す若い人にはかなり神格化されているんじゃないかと思うヨ。

    松之丞氏のwikiを見てみたらなかなか面白い存在みたいだね、プロレス好きというのが特に気に入ったカナ(笑 真打昇進を打診するも協会から却下されたってのもなかなかイイねぇ。件のラジオで、今やりたいようにやらせてもらっているのは師匠の傘で守られているからってのは結構好きなパターンだわ、オイラもそんな上司になりたい所だが残念ながらオイラに部下はなし・・・

    そして、茜ちゃんとの関係は兄弟弟子ではなく「おばと甥」の関係なんだね、そりゃそうか年齢的にはベテランだもんね。そして茜ちゃん昨年離婚したみたいだね。。。。

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  5. ほぼ毎日ラジオの番組やってるんだね、伊集院氏は。よくもそんなに喋ることあるなあ。神格化されるのも納得。常に客観的な自分を持って日常を観察してるんだろうね。

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    1. 伊集院光の昼のラジオ、先週はスペシャルウイークとやらで特別ゲストが毎日来ていた。特に火曜日のホリエモンと水曜日のみうらじゅんが面白かったかな。
      https://www.youtube.com/watch?v=gvJcZVaJDCA
      https://www.youtube.com/watch?v=hTX2VCb0njg

      どちらも57分くらいから

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  6. ストロング・スタイルのホリエモンと、愛されたいキャラの伊集院氏。二人の掛け合いはなかなかでした。

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  7. ずいぶん前の投稿にコメントをするが、例によっての伊集院光の番組に双葉社・幻冬舎で編集をやっている箕輪厚介なる人物が、これからの社会では「好きなことをやってそれが金になるのが幸福」みたいな話をしていたのが大変興味深かった。

    https://www.youtube.com/watch?v=PApBxrDlS_4
    例によって57分くらいから。

    我々旧世代の人間には理解しづらい状況に世界はなりつつあるのかもしれないヨ

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    1. いいねえ。この人の言ってること、基本的に賛成だけど、衣食住に困窮しておらず、きちんとした教育や訓練を受け高い能力を持ち、親とか資産とかのセーフティーネットがある者だけに適用される話って感じもするなあ。

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