さて、先週末を挟んで家族三人、五泊六日の旅行に出かけて来ました。木曜にデンバーへ飛び、空港からレンタカーで一路コロラドスプリングスへ。16歳の息子は間もなく高校最終学年に突入するため、大学選びが段々本格化して来ています。今回、意中の大学のひとつであるコロラド・カレッジのオープンハウスがあると聞いたので登録し、キャンパス見学や説明会、そして体験受講などで二日間を過ごしたのでした。二日目午後の部を欠席し、車を飛ばしてデンバー空港に戻るや、今度は北カリフォルニアのサンノゼへ飛びます。水球の全米ジュニアオリンピック(JO)のトーナメントに参加するため、息子のチーム(U-16C)が所属するクラブの集会に合流したのです。
今回初めてJOに行ってみて分かったのですが、競技場となるプールは高校や大学の敷地内にあり、サンノゼを中心に北はウォルナットクリーク、西はサンマテオ、南はサンタクルーズとかなりの広域に分布。勝敗次第では次の試合会場まで、かなりの長距離を行き来しなければなりません。サンノゼを東京とすれば、朝は鎌倉、午後銚子、明日の朝は所沢、といったイメージ。息子のチームは「16歳以下」なので、選手のほとんどが運転免許を持っておらず、当然親がかりの移動になります。湿気が無く不快指数は低いものの、そこはさすがに7月末のカリフォルニア。紫外線満載の直射日光は肌の細胞組織を数秒で焼き尽くしてしまいそうなほどの破壊力で、我々はまるで避難民さながら、冷房の効いたカフェやレストランで涼を取りつつ会場間を移動する旅となりました。
初日の晩、お父さんの一人が自己紹介しつつ他の親御さんたちから電話番号を集め、グループチャットをセットアップしてくれました。次の試合時間と会場が決まると誰かが素早くランチやディナーの場所を選んで全員に住所を送る、という段取りが出来上がり、以降四日間はほぼ全員が揃って行動するようになりました。十名の選手とその親たちがそれぞれグループ席を陣取ります。
チームとはいえ、そもそも複数の高校から集まったメンバーです。学校の水球シーズンが始まれば、たちまち敵同士になる間柄。冬から初夏にかけて週にニ、三回夜間練習で会うだけなので、接触機会は意外に限られています。サンノゼに来てみて、実は皆お互いのことをそれほど良く知らないままこの大会に臨んだのだということが、段々と分かって来ました。そういえば地元で予選を観戦していた際、なんでこんなに息が合わないのかな?と心配になるほど意思疎通が見られませんでした。対戦相手にパスしてしまったり、敵に囲まれた味方選手を誰も助けに行かなかったり、と。今回のツアーでは、食事時間を含めたっぷりと集団行動したことが功を奏したようで、試合を重ねるごとにコミュニケーションが向上し、セットプレーもビシビシと決まるようになって行きました。
「メイソンとアダムがさ、タング・チキンっていうのやってたんだ。」
ランチの後、次の試合会場へ向かう車の中、息子がさもおかしそうに話します。
「なにそれ?」
「舌を出して顔をどんどん近づけて行って、どっちが先によけるかっていうチキンレース。アダムがギリギリのとこで顔を背けたら、メイソンのベロが頬っぺたにペトッてくっついちゃってさあ!」
うちの息子は幼い頃から協調性に欠け、誰かの邪魔をするのが大好きでした。クラスの子たちが砂場で何かを作っていると、無言で近づき破壊して笑う、という悪魔的なまでの反社会性を見せていたので、これを心配した元バレーボール女子の妻は、何とかチームスポーツをさせようと色々試みました。しかし結局バスケも野球もモノにならず、高校入学と同時にやや強制的に放り込んだ格好の水球部。予想に反してこれが見事に彼のツボにはまり、シーズンオフにはクラブチームにも通うようになり、今ではスタメン選手を務めるまでになったのです。
サッカーやバスケと同様、水球はあ・うんの呼吸で各選手が組織的に動かないと勝てない種目。一人一人がどれほど個人技に優れていても、信頼に基づいたチームプレーが出来なければ勝利には繋がらないのですね。少年たちが一試合終えるごとにどんどん強くなっていくのを目の当たりにし、チームのコミュニケーションがいかに大事かを今回実感したのでした。
ちなみに、今大会でのスタメン選手は次の通り。
マックス:ゴーリー。ギリシャ人を父に持ち、浅黒く逞しい肉体にカールした金髪。いつもニカっと笑っている。地中海の港で若い女性をナンパしてそうなイメージ。
アダム:サッカーで言えばセンターフォワード。金髪に青い目。背は低いが暴れん坊。襲い掛かるディフェンス陣を力尽くで突破し、ボールをゴールに押し込むのが得意。
ライダー:寡黙で冷静な小兵。ピンチの時のトム・クルーズみたいに深刻な表情。敏捷で球技センスも抜群。ここぞという時に、ミッドレンジから技ありのシュートを決めてくれる。
メイソン:ベビーフェイスながら長身の司令塔。攻守どちらもこなせるオールラウンダーで、柴崎岳のように正確でタイムリーなキラーパスが得意。
キャム:ムキムキでワイルドな外見。シュート練習では観衆を唸らせるほどのパワーを見せるが、ここ一番でハートの弱さを露呈。良い時と悪い時の差が激しい、予測不能の爆弾。
ライアン:チーム最長身を活かし、水面から高く躍り出てパスを受けてのシュートが得意技。しかし注意力に欠けており、コーチの指示が伝わらないこともしばしば。異次元に住むゴールゲッター。
愚息:長い腕とでかい手を武器に、敵チームのパスをカットするのが十八番。人の邪魔が大好きだった幼少時の性格が、こんなところで生きて来たのですね。
さて、事件は三日目の三試合目におきました。最終クォーターまで接戦が続き、同点で残り一分半、という時、ライアンがファールを取られて一旦コースロープ外に出されます。一人少ない状態で敵チームにボールが渡り、これはヤバいぞ、何とか守り抜け!と応援席からの声援も一層高まります。その直後、競り合いからこぼれたボールがちょうどライアンの目の前に落ち、あろうことか、これを見た彼がコースロープをくぐり抜け、ボール目指して泳ぎ始めたのです。レフリーが鋭くホイッスルを吹き、選手も応援席も一瞬固まった後、騒然となります。
「お前、一体何やってんだ!?」
ファールで退場になった場合、ボールが味方の支配に移るまで再入場出来ないというルールは、素人の私でも知っています。ライアンはきっと、試合の行方を注視せず行動に出てしまったのでしょう。
このとんでもなく不必要な反則により、敵チームに5メーター(サッカーで言えばペナルティーキック)が与えられ、これが決勝点となって敗北を喫してしまったのです。
試合後、プールの隅に選手たちが集められます。皆で横一列に並び肩まで水につかった格好で、プールサイドに立つコーチを見上げ十分ほど話を聞いているのを、遠くの観客席から眺めていた私。この間ずっと、ライアンは両手で顔を覆ってうなだれていました。そして話が終わると選手たちが次々に両腕の力だけでひょいとプールから身体を抜き出すようにして、チームの集合場所に向かって歩き出しました。何番目かでプールを出て、弱々しく歩き始めたライアン。うなだれつつも、そこらに散らかっていたチームの帽子に気付いて拾い集め始めました。すると遅れて上がって来たライダーがその背中をポンポンと叩き、俺がやるからいいよ、という感じで仕事を引き継ぎます。そしてその後を追いかけるように上がって来たマックスが、ライアンの背中に手を回し、やさしく肩を抱くようにして二人でゆっくり歩いて行くのでした。
四日目の第二試合。これに勝てば銅メダル、という大事な一戦でした。ゲームは終始相手リードのまま進み、これはいよいよ駄目かもな、と諦めかけた時、ライダーのミドルシュートや敵ディフェンスを振り切って打ったアダムの強引な一発が決まり、最終クオーターで同点に追いつきます。そして残り一分強。するすると右からゴールに近づいたうちの息子が、左から突進するアダムに敵ディフェンスが気を取られた隙に、ひょいと右隅へシュートを決めます。私の横で腰を浮かせて声を上げ、大興奮する妻。いや、一点差じゃ駄目だ。相手チームの強さからして、まだ安全圏じゃないぞ、と不安な私。すると次のプレーで敵のボールを奪い取るや、これが再びうちの息子の手に渡ります。やんやの歓声。すると今度は彼がぽ~んと前方へボールを送ります。いつの間にかあのライアンが凄まじい勢いでゴール前まで泳いでおり、顔を上げてパスを受けると、追いすがる敵ディフェンスを振り切ってバシュッとシュート。これが見事に決まり、とどめを刺したのでした。
「最後にライアンが決めてくれて、ほんとに良かった!」
と、涙目の妻。あの凡ミスで心に傷を残したまま大会を終わって欲しくなかった、というのです。ところが後から息子に聞いたところ、あの敗戦の翌朝ライアンは、「今日は絶対勝とうぜ!」って誰よりも張り切ってたよ、とのこと。切り替え早いなあ、と感心した私でした。
「僕、ライアン大好きになっちゃったよ。うちの高校のチームにいたらよかったのになあ。」
そんな旅行を終え、久しぶりに出勤して部下のシャノンにこの話をしたところ、
“It’s good to end on a good note!”
「グッド・ノートで終わって良かったわね!」
と言われました。ん?良いノート?なんでここでノートが出て来るの?言葉遣いに慎重な元上司のマイクをつかまえて解説をお願いしたところ、この場合の「ノート」というのは、雰囲気とか気分という意味だとのこと。
「ノートには音符って意味があるだろ。On a noteといえば、どんぴしゃの音。Off a noteは外れた音。正確に音符通りの音が出れば気分いいからね。そういうことで意味が派生してるんじゃないのかな。」
ということで、シャノンのコメントはこうなりますね。
“It’s good to end on a good note!”
「良い気分で終わって良かったわね!」
帰宅後しばらく余韻に浸っていた妻が、明るい溜息をついて言いました。
「終わっちゃったねえ。」
「良い旅行になったね。チームがどんどんひとつになっていく様子が見られてよかったよ。」
と私。
「ジュニアオリンピックが終わって、次は大学受験。これが終われば子育て終了かあ。」
遠くを見る妻。そうだ、彼が遠くの大学へ行けば、我が家の子育てプロジェクトも終結するんだ…。
グッド・ノートで終わるといいな、と思うのでした。