2018年5月6日日曜日

reddit レディット


「パパ、またなの?」

16歳の息子があからさまな呆れ顔で大きな溜息をつきます。

「そのうち見つかるよ。ぐちゃぐちゃ言うな。」

トレーダージョーズで買い物を終え、巨大平面パーキングのどこに車を停めたかを思い出せずキョロキョロ探す私。

「さっきあそこに停めたじゃん!」

父親にはいつまでもシャープでいて欲しいらしい息子は、こんな風に私がちょっと油断してボケた行動を取ると、

「逗子のおじいちゃんの方がずっと元気で若々しいよ!」

と容赦なく急所を突いて来ます。

4月に5年ぶりの一時帰国を果たし、逗子の実家を訪れた際のこと。裏駅の改札口で我々一家を出迎えた83歳の父が、挨拶もそこそこに、

「ここにいて。今、車回すから。」

50メートルほど離れたバス停に違法駐車していたプリウス目掛け、ダダっと駆け出したのです。え?走るの?

「あ、走らないで結構です!」

慌てて制止する妻の声が父の耳に届いたかどうかは分かりませんが、彼は一度も止まることなくバス停に到達し、運転席に着くや否やぐるっとUターンして改札前で我々をピックアップ。「おじいちゃん、すご~い!」と喜ぶ息子。ビデオに撮っておけばよかったな、と後悔するほどの衝撃映像でした。

コンピュータもスマホも持たない昭和一桁の後期高齢者ではありますが、疑いも無く私よりエネルギッシュな父。終戦後は小学校へ履いて行く靴すら無かったので、土方仕事で日当を稼いだといいます。

「いや、真面目な話、その頃つけた基礎体力が今になって役立ってるんだよ。」

がむしゃらに働いて立身出世を遂げた上、今では余裕たっぷりの年金生活を楽しんでいる。それは素晴らしいことなんだけど、高度成長期に日本を支えた昭和人特有の頑迷な言動が年齢とともに粒だって来ていて、

「安倍内閣は駄目だ。東大出身の官僚たちに見くびられている。」
「お前は日経新聞もとっていないのか?」
50過ぎてユニクロの服なんて着てるのか?」

などと、反論する気も萎えるほど偏った価値観を押し付けて来るのです。中でも、

「子供の活動に関心を持ったことなど一度も無いな。最近の父親は子供の学校行事やクラブ活動に興味を持つようだが、全く理解できんよ。」

というコメントは、彼の特異な父子観を示すこの上ない好例となりました。

サンディエゴに戻って同僚ディックとランチに行った際、実家訪問の話をしてみました。

「俺、そんなに走れるかどうか自信ないな。」

「僕もだよ。走ろうなんて発想すら出て来ない。」

「まずはこれを何とかしなきゃ。」

と出っ張ったお腹をさする、巨体のディック。

「最近は夜中にトイレ行きたくなって目が覚めるしね。」

「え?そんなことになってんの?僕もトイレは確実に近くなったね。ゴムが劣化しちゃった感じ。それに、毎回どうも切れが悪いんだよ。」

「俺もそうだよ!なんなんだろうなあ。」

こういう話題で意気投合してちゃ駄目だよね、と苦笑して話題を変える中年二人。

「俺は子供の習い事とかにはしっかり口出す方だな。というか夫婦で頻繁に相談してるよ。」

「うちもそう。考えてみれば、僕のテニス部の試合を親が観に来ることなんて一度もなかったけど、僕ら夫婦は息子の水球トーナメントに毎回同行してる。それが異常なことだとは思わないけどね。」

「世代が違うと、父親のポジションってのも結構変わって来るもんだね。」

「テクノロジーとの付き合いの深さも、世代のギャップに大きく貢献しているよね。」

うちの父はネットでニュースが読めることを知らないし、知らないということをネガティブにすら受け止めていない。日々配達される日経新聞をメインの情報ソースにしている彼は、ありとあらゆる情報を瞬時に集められる現代に背を向け、四半世紀前の生活スタイルを続けているのです。

「あ、そうだ。レディットって知ってる?」

と私。いや、聞いたことないな、と首を振るディック。

「うちの息子の情報ソースでね、宿題でも何でも、まずはレディットに行って調べるって言うんだ。」

レディット(reddit)というのはソーシャルニュースサイトで、日本の2ちゃんねるに似た媒体です。誰でも「サブレディット」というトピックを立てられ、そこに登録した人がどんどん意見や感想を書き込める仕組み。息子は何かというと、

「○○っていうサブレディットに出てたんだけど、」

と夕食の会話などにエピソードを放り込んで来ます。そもそも元ネタが英語だし、コミュニティ内での内輪ウケ・ジョークだったりするので、日本語で説明されても大抵は笑えないどころか何の話なのかも見当がつかず、無反応のまま解説を待つ我々夫婦に、「もういいよ」とフラストレーションを溜める息子、というのが通例。彼がレディット閲覧に費やす時間は低く見積もっても一日3時間以上で、大学受験を控えているだけに、段々心配の種になって来ています。

数カ月前、何がそんなに息子を惹きつけているのかを知るため、iPhoneにアプリをダウンロードしてみました。読み始めてたちまち、その中毒性にショックを受ける私。

Power Washing Porn(高圧洗浄ポルノ)」というサブレディットでは、高圧洗浄でどんどん綺麗になって行くパディオや家の外壁の映像が無数にポストされていて、おお~っ!パワーノズルから噴き出す水の力ってすごいなあ、何年も洗ってなかったギトギトのウッドデッキが、まるで新品同然じゃないか!と高揚してついつい見てしまう。

DadReflexes(父親の反射神経)」というサブレディットでは、ベッドや椅子から落ちかけた乳幼児を、すんでのところで父が救う場面を捕えたホームムービーが、何百本もポストされています。ハラハラ・ドキドキしつつ、お父さんってすごいねえ!赤ちゃんに怪我が無くて良かったねえ!と感動しながらどんどんスクロール。

「おいおい、こんなに面白い物があったら受験勉強なんて出来ないだろうが。一年後に後悔しても遅いぞ。レディットは一日30分とか決めた方がいいんじゃないのか。」

これには息子も素直に同感したようで、「分かった、そうするよ。」と頷きます。もちろん、翌日にはベッドに寝転びながらケタケタ笑って何時間もレディットを読んでいましたが。

自分の高校生時代、ゲームセンターに出かけるなど自ら動かなければ娯楽と触れ合えなかったことを考えると、とんでもない環境変化です。まるでインベーダーのようにどんどん侵入して来る途方も無く面白いエンターテインメントに抵抗するには、並外れた自制心が要求される。こうなったら父親の私も彼のセルフ・コントロール強化に協力しないと、この若者の人生は悲惨なものになるぞ…。

そんなわけで、前より一層口やかましくレディット閲覧時間の制限を唱える私でしたが、ある日彼が車の中で、こんなことを言い始めました。

「おしっこがさあ、全部出したつもりなのに残ってて、後からちょろっとパンツに出ちゃうことってあるでしょ。」

「え?君でもそんなことあるの?」

「レディットにさ、それの防ぎ方が出てたんだよ。」

なんと、そんなきわきわのトピックまで立ててるのか?

「袋と肛門の間をぐっと押すと、残ってたのがビュッと出るんだってさ。そのポストには、ゴールドが何十個も付いてたよ。」

ゴールドというのは、「いいね(Like)」よりも格段上の賞賛サインだそうで、これをもらうと普通は月に3.99ドル払わないといけないプレミアム・メンバーシップ料金を受け取ったことになる。つまり、誰かが書いたものを金を払ってまで褒めたい時に贈るものなのだそうです。

う~む。恐るべし、レディット。閲覧規制に本腰入れようと思ってたのに、決心がぐらつくじゃないか。


4 件のコメント:

  1. キミの父君は将校さんだから成年後の鍛錬も人並みではないからこそのエピソードだろうね。

    2ちゃんねるは、ヒマを持て余しているとホントにはまってしまうよね。それが動画とリンクしていたら中毒性も倍増だろう。ちょっと前までは、引きこもりといえば”一日中2ちゃんねる”と相場は決まっていたもんね。

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  2. うちの息子は暇を持て余しているわけではないのにハマってるのが問題なんだよね。

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  3. 他の優先すべき事項を置いてでも、ついついそちらの方をやってしまう。。。まささに”中毒”だね。

    ということは、体調悪いから体を養生しなければ・・・ってときでも、女が絡むとスーパーマン並みの体力を発揮してしまう、ってのは「女中毒」になるのかな(笑)

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    1. そんな恐ろしい症状を抱えている人なんているの?僕の周りにはいないけど…。

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