先週水曜のランチタイムには、サンディエゴ支社のリーダーシップ会議がありました。開始とともに進行役のテリーが、
「誰かSafety Moment (セーフティ・モーメント)ある?皆が無ければ私、ネタあるんだけど。」
と、出席者の顔を覗き込むように見回しています。我が社には、どんな会議も必ずセーフティー・モーメントという安全行動喚起の話で始めなきゃならない、というルールがあります。出席者たちは、どうぞどうぞ、とテリーにトーク開始を促しました。彼女の口から飛び出したのが、こんなエピソード。
「カナダの女子大生が彼氏の運転でハイウェイをドライブ中に、両脚をダッシュボードの上に載せてうとうとしてたんだって。その車の前方で玉突き事故が起きて、彼氏がかけたブレーキは間に合わず、前を走ってたトラックに突っ込んじゃったのね。そしたらエアバッグが作動して女の子の両脚を撥ね飛ばしたもんだから、膝が自分の顔にめりこんじゃったんだって。」
会議参加者から、一斉に呻き声が漏れます。
「幸いにも一命はとりとめたんだけど、脳内出血を起こしたために障害が残ったの。それ以来、人格も変わっちゃったんだって。というわけで、助手席に座る時は必ず両脚を床におくべし!」
すると私の隣に着席していたスコットが、
「僕は運転中、絶対窓を開けないようにしているよ。」
と流れを引き継ぎます。数年前、彼は大きな自動車事故に遭ったのです。
「昔からの癖でね、いつも窓全開にして肘を出したまま運転してたんだよ。衝突事故で車が横転した時、身体はシートベルトで護られたんだけど、腕が車体と路面に挟まれちゃったんだ。」
スコットの味わった苦痛を思い、皆が一斉に呻きます。
「腕を失ってた可能性を考えれば、本当に自分はラッキーだったと思う。でもあれ以来、運転中はどんなことがあっても窓を開けないようにしてるんだ。」
すると総務のトレイシーが、
「ランディの弟の話、聞いたことある?」
と更に引っ張ります。ランディというのは、マーケティング部門の女性です。
「彼も横転事故に遭ったんだけど、その時サンルーフが全開だったのよ。」
この時点で出席者のほとんどが、先を見越して静かに悲鳴を上げました。
「上半身が屋根から飛び出した状態で車が回転しちゃったの。何十か所も複雑骨折したばかりか、複数個所で内臓破裂を起こしたんだって。あれから三年経つけど、完治は望めないって聞いたわ。」
会議室が静まり返ったその時、若手PMのマットが小さな声でこう言いました。
“Can we stop here?”
「もうやめない?」
「そうだそうだ」「本題に入ろう」と、みんな夢から醒めたように同意します。「安全行動の喚起」という目的は、充分に達成できたと思います。
実は私、最初のエピソードが頭からなかなか離れず、後でネットを調べてみました。事故当時この女性は22歳で、もうすぐ大学卒業、というタイミングだったそうです。女手ひとつで育てて来た彼女のお母さんは引退間近だったのですが、このことがあったお蔭で退職を先延ばしせざるを得なくなりました。医療費がかさみ、収入が必要になったのです。
「あの子はすっかり変わってしまいました。何の脈絡も無く突然怒り始めて私を罵倒したと思ったら、数秒後にはケロッと忘れちゃってるんです。まるで13歳に逆戻りしたみたい。」
こういう苦痛に満ちた生々しい体験談というのは聞いた人の頭に残りやすく、その後の行動に大きく影響すると思います。
昨日の朝は私のチームの定例電話会議があったので、この女子大生の話題をそのまんまセーフティ・モーメントに使うことに決めました。皆きっと震え上がるだろうなあ、とほくそ笑みながら。ところが喋り始めて数秒も経たないうちに、大きな失敗に気づきます。英語力不足のせいで、話がうまく組み立てられないのです。
「一気に膨らんだエアバックに撥ね飛ばされた脚が顔にめり込んで、失明は免れたものの、脳内出血が原因で後遺症が残った。」
これだけのストーリーを英語で再現するのが、想像を遥かに超える難しさだったのですね。単語をひとつひとつ絞り出すようにつっかえつっかえ喋ったものだから、この手のエピソードを語るのに重要な要素である「スピード感」が、全く伝わりません。
「エアバッグがね、その、すごいスピードで膨らんでね。そしたらさ、脚がさ、ほら、エアバッグに押されて持ち上がるでしょ。それでね。」
もうグダグダ。しまった、リハーサルしておくんだった!後悔先に立たず、です。
予定の二倍くらい時間をかけて何とか話し終わったものの、電話の向こうの出席者たちからは何の反応も返って来ません。ほお、とか、へえ、とか、うわぁ、とかも聞こえて来ない。何事も無かったかのように次の話題へ移る私でしたが、実は内心、この「しゃべり事故」の衝撃でかなり動揺していました。部下の前で、とんでもない醜態をさらしてしまった…。
というわけで、
「英語でとっておきの話がしたい時は、必ずリハしておくべし。」
苦痛に満ちた教訓でした。