水曜日の朝、私がPMを務める環境系プロジェクトの定例ミーティングがありました。技術面のリーダーをしているセシリアと財務系のサポートをしているシャノンが席に着き、他のメンバーの到着を待ちました。その時、セシリアが言いにくそうにこう切り出しました。
「テリーが来るまで待ちたかったんだけど、時間が無いから今言うわね。このプロジェクトのPMを私に変えろっていう指導が上層部から来てる話、聞いてる?」
「ああ、聞いてるよ。」
と答える私。シャノンもそれについては事前に聞かされていたようで、何も言わずに私の顔を見つめています。
「シンスケがPMをやってくれてるお蔭で私達、安心して仕事に打ち込めてるのよ。ずっとうまくやってきたのに、何でいきなり横槍を入れられなきゃいけないのか、理解出来ないわ。ここまで順調に舵取りをして来てくれたシンスケを、侮辱するようなことだけはしたくないの。」
確かに、契約額30ミリオンドルを超えるプロジェクトを、これといったトラブル無しに四年間も進めて来られたことは、私の密かな自慢でした。いつ問題の種が現れても即座に察知できるような仕組みを、早い段階で作り込んでおいた成果です。私にとってこのプロジェクトは、それまで蓄積してきたPM技術の集大成でした。セシリアもそのことは十分に分かっていたので、この変更が彼女の本意ではないこと、これからも変わらずサポートを続けて欲しいこと、を繰り返し説明しました。
「実はね、その動きは一か月ほど前から始まってたんだよ。」
と私。
「このプロジェクトだけじゃなく、建築部門や交通部門の巨大プロジェクトのPMリストに僕の名前が複数上がっていることは、上層部がずっと問題視してたみたいなんだな。本来責任を取るべき人間が僕の陰に隠れているような印象を受けてるんだと思う。だから、プロジェクト・コントロールの存在はやはり黒子であるべきだ、という原則論に立ち戻って、僕を一段下に下げようという動きが始まってたんだ。」
「でも私、自分がPM になっても、このプロジェクトでシンスケがやってることをそのまま出来るとは思わないわ。」
「それは大丈夫。きっちり後ろからサポートするから。」
セシリアもシャノンも、もしかしたら私が傷ついているんじゃないか、あるいは怒っているんじゃないか、と探るような目でこちらを窺っています。そんな必要など全くないのだ、ということを分かってもらうため、私はこんな話をしました。
「2011年の5月にこのプロジェクトを任された時は、まるで出産直後の分娩室に駆けつけた出張帰りの父親のような気分だった。」
「とうとう産まれちゃったわ、どうしよう!って、パニック状態だったわよね。」
と、笑いながら答えるセシリア。
「この子を何とかして立派な大人にしなきゃいけない、という使命感で一杯だった。でもね、だからといって、僕だけが子育てをしてるなんて思ったことは一度もないよ。何十人というチームメンバーがこの子のために、一生懸命働いて来たじゃない。僕の肩書なんて、本当にどうでもいいことだよ。一番大事なのは、この子が健やかに成長することなんだから。」
二児の母であるセシリアとシャノンの心に、このアナロジーは響いたようでした。二人はにっこり笑って顔を見合わせ、何度も頷きながらほぼ同時につぶやきました。
“It takes a village.”
これは、
“It takes a village to raise a child.”
「子供一人育てるには村全体の協力が必要だ。」
の短縮形です。語源をちょっと調べたところ、もともとアフリカで使われていた格言らしいのですが、これは古今東西で有効な考えだと思います。要するに、子供というのは親だけでなく、社会に育てられるものだ、という話。
このプロジェクトの成功は、メンバー全員の強力なチームワークにかかっている。
熱い気持ちを確認し合った朝でした。