数週間前から、建築部門の大規模プロジェクトをサポートし始めました。来春の建設着工が絶対条件になっているため、各分野から集められた選りすぐりのメンバー達数十人が猛スピードで設計を仕上げて行かなければなりません。久しぶりの大仕事に興奮し、脳内アドレナリンが吹き出すのを日々感じている私。だんじり祭りの山車を引く人たちが開始の合図を聞いた瞬間って、こんな感じかも。
ただ、ひとつ気になることがあります。先日の重役会議で任命されたプロジェクトマネジャーが、オレンジ支社の建築部門長リチャードだということ。私をこのプロジェクトに引っ張り込んだリチャード(同じ名前)の部下ですが、それでも彼は副社長の肩書を持つ大物です。PM達を指導する立場にいる人なのですから実力はすごいのでしょうが、問題は彼がかなり「くせのある」人物だということ。イギリスなまりの英語で必要以上に毒のある受け応えをする彼は、2年前に私の元上司クリスを公然と侮辱した男。
過去、まともに会話したことは一度も無く、彼の方も「なんで部外者のこいつがプロジェクトに入り込んでるんだ?」と訝しく思っているかもしれません。ま、そんなことを想像して怯んでいる時間的余裕は無いので、
「WBSはこう変えるべきだと思いますが、どうでしょう?」
「スケジューリングは誰がやるんですか?私にやらせてもらえますか?」
「コンティンジェンシーの計算法はどうします?」
と立て続けにメールを送り込みます。そのたびに、
“I’m confused. Why do we need to do this?”
「分からないな。どうしてこんなことをしなきゃならんのだ?」
などと、私の先走りを牽制するかのような乾いたコメントが返って来ます。しかしそのうちに、何か納得出来るポイントがあったみたいで、返信の言葉遣いが柔らかみを帯びて来ました。その頃ふと気づいたことなのですが、彼のメールの最後には必ず、
Ta
と書いてあるのです。句読点抜きで。なんだ?Ta(たぁ)って?
最初のうちは、メールの推敲中に間違って送信ボタンを押してしまったんだろうな、と推察していました。でも、彼ほどの人物がそんなに何度も同じミスを犯すとは思えない。同僚たち数人に尋ねてみましたが、Taが何かを知っている人はいませんでした。その時突然、リチャードの英国なまりを思い出します。「もしかしてイギリス人しか使わない表現か?」
さっそく、東海岸出身でイギリス系の友人が多そうな同僚サラに尋ねてみました。
「それは、サンキュー、とかじゃあね、って意味よ。イギリスのスラングね。」
「やっぱりイギリス英語か!それって君も使うの?」
「ううん。アメリカ人は誰も使わないんじゃない?」
リチャードは、「労務」に当たる英単語のLabor もわざわざLobour とイギリス式に書き直すくらいの「誇り高き英国人」なので、メールの流儀でもあえてイギリス風を貫いているのかもしれません。
私としては、元上司を愚弄された記憶が新しいだけに、「Thank you ってタイプするのにどれだけ時間がかかるっていうんだよ?」とちょっぴり反感を抱かずにはいられませんでした。たぁって何だよ?省略するにもほどがあるだろ!、と。
夕食の席でこの話を妻にしたところ、
「Ha?って一言書いて返信してみたら?」
と反感を共有してくれました。(ちなみに、はぁ?を意味する英語はHuh?です。)
ま、PM達がどんなキャラであれ、私の仕事は彼らをサポートし、プロジェクトを成功に導くこと。集中してプロジェクト・セットアップを急ぎます。週末出勤を繰り返し、矢継ぎ早に仕事を仕上げて彼に送り込んでいたところ、ある日こんなメールが返って来ました。
Thanks for all your help Shinsuke.
We’re making a strong team as far as I can see.
「これまでのヘルプ有難う、シンスケ。強力なチームが出来て来てるなあって感じてるよ。」
おお、初めて感謝らしい感謝のメール。しかもTa からThanks にめでたく昇格!このまま緊張感を維持し、近いうちにThank you very
much. と言わせてみせます。