PMIのカンファレンスにはどういう服を着て行くべきなのか、という問題がありました。これまでの経験から、いわゆる「ビジネスカジュアル」でオッケーだろう、と主張する私に、妻は「ネクタイとジャケットくらいは持っていった方がいいんじゃないの?」と忠告します。
「大丈夫だよ。プレゼンする側じゃないんだから。」
と笑って取り合わなかった私。
会場のホテルに到着してみると、やはり私の予想通りでした。発表者の中にすら、ノーネクタイの人がちらほら。私の格好は、ピンクのストライプが入ったボタンダウンのシャツに、白っぽい綿パン。余裕でクリアでしょ。
初日のプログラムが全て終了し、晩飯時が近づきます。主催者のPMIがディナーを企画していたのは知っていたのですが、折角のニューヨーク出張なんだから、どこか有名なレストランにでも出かけてみようと計画していました。しかし、根を詰めて密度の濃い話を一日聴講し疲労困憊の体だったのと、ちょうど雨が降り出したことも重なって、この日はおとなしくホテルに留まってPMIのタダ飯を頂くことに決めました。
ところが、ディナー会場に到着した途端、激しくうろたえる私。なんとこれが、大真面目な晩餐会だったのです。巨大な宴会場に並べられた十人掛けの丸テーブルを囲んで二百人前後の参加者が着席し、ボーイ達がフルコースのディナーを給仕する披露宴スタイル。照明はほの暗く、会場の隅では生ピアノでスローなジャズが演奏されています。さっきまでとは打って変わって、男性はネクタイにスーツ、女性はカクテルドレスを着込んでる。宴会場の入り口で立ちすくむ、思い切り場違いな服装の私。なんだよみんな、晩飯のためにわざわざめかし込んで来たのかよ。聞~てないよ!
出発前にイベント・プログラムをチェックしていて、「初日の夜に
Gala Dinner があります」と書いてあるのに「おや」と思った記憶が蘇りました。ガーラって何だ?確か「ガーラ湯沢」とかいうスキー場があったっけ。「ガーラなディナー」って一体何だろう?
今思えば、疑問を抱いたら即辞書を引くべきだったのですが、迂闊にもやり過ごしてしまいました。サンディエゴに戻ってから同僚ディックに聞いてみたところ、
「特別な何かを祝うタイプの、きちんとしたパーティーに使う言葉だね。」
との返答。しかも、発音は「ガーラ」じゃなくて「ゲイラ」だとのこと。
しかしそんなことは、今更判明したところで後の祭り。私は会場入り口付近で行きつ戻りつ三分ほどためらった後、腹を決めて空いた椅子に腰を下ろしました。直後にどやどや現れた男性三人組がいて、いきなり自己紹介しつつ握手を求めて来ます。みなしっかりスーツを着込んでいる。
「どこから来たの?」
顎鬚を入念に切りそろえ、青白い頬との境界線が妙にくっきりと見える白人の青年が、にこやかに尋ねました。
「サンディエゴからだよ。」
と答えると、私の服装をちらっと見やり、
“No wonder you look so relaxed.”
「道理でリラックスしてると思ったよ。」
というコメント。南カリフォルニアの人間は、ラフなスタイルで有名なのです。彼の発言にどれほど皮肉の要素が含まれていたかは謎ですが、帰宅した私から話を聞いた妻は、これを疑いも無く侮辱的なコメントと受け止めたようで、
「恥ずかしい!どういう服装で参加するべきか、ちゃんと事前に調べておかなきゃダメじゃない!」
と激しく反応しました。
教訓:パートナーの忠告は真摯に聞くべし。