2021年7月5日月曜日

Field of Dreams フィールド・オブ・ドリームス

 


三十年以上前に日本で観たケヴィン・コスナー主演のヒット映画「フィールド・オブ・ドリームス」を、最近久しぶりに再鑑賞しました。自分だけに聞こえる、

“If you build it, he will come.”

「それを作れば彼がやって来る。」

という謎の声に誘われ、通常なら考えもつかない突飛な行動に出る農場経営者の主人公。気でも狂ったかと止めにかかる親戚たちに逆らい、妻子の支えを頼りに広大なトウモロコシ畑の一角を潰して野球場を建設する三十路男。メッセージに含まれた「彼」が何者なのか明かされぬまま非現実的な出来事が立て続けに起こるのですが、エンディングの涙腺爆撃で完膚無きまでに打ちのめされます。

今回も嗚咽を堪えるのがやっとの私でしたが、鑑賞後に思うところがありました。この「謎の声に従って素直に行動したら素晴らしい出来事が起きた」という経験、確かにあるような気がするのですね。理屈よりも直感を大事にしたら、不思議な偶然が重なって思いもよらないラッキーな結末が待っている。こういう体験、実際に何度かあったのです。

水曜の午後、仕事を一時中断してコーヒーのおかわりを注ごうとキッチンへ行った際、ダイニングテーブルで仕事していた妻が話しかけて来ました。

「さっきね、K子さんから電話があったの。」

「随分久々だね。なんだって?」

K子さんというのは、妻が四半世紀前に留学先のミシガンで知り合って以来のお友達です。妻はその後帰国したのですが、K子さんはカリフォルニアの日系企業に就職。数年後、妻と出会って結婚した私が留学した際、K子さんが二つ目のマスターを取ろうと選んだ学校が偶然私と同じだった、という奇跡。その後も南カリフォルニアで一年に数回食事をする関係が続いていました。そのK子さんから久しぶりに連絡があったというのです。

「野球観に行かない?って誘ってくれたの。大谷翔平がもうすぐ30号ホームラン打ちそうだからって。いいですねって答えて、今チケット調べてたの。行きたい?」

「お、いいね。行こう行こう。」

南カリフォルニアのワクチン接種率はかなりのペースで上昇しており、この界隈は「コロナ完全収束前夜」と呼んでも良いような明るい雰囲気に満ちています。しかし過去一年以上「人混み」から遠ざかって来た結果、出かけるのが億劫になっている自分がいました。試しに先月、ダウンタウンのオフィスに出勤してみたのですが、簡単に「人疲れ」してしまい、帰宅後すぐにベッドで横になる始末。大谷の活躍はネットで見て知っていましたが、片道二時間以上も運転した末に観客でごった返す球場に飛び込むことを考えると、正直ちょっぴり気が重い…。

ところがこの時、何故かそういう面倒臭さは一瞬頭から消し飛んでいて、K子さんの提案に素直に賛同していた私。後で考えても不思議なのですが、「迷わず行けよ、行けば分かるさ」とでもいう内なる声に押され、それに従っていたのです。

そして金曜日。午後二時半に家を出て大渋滞のハイウェイをじりじり進み、オレンジ郡でK子さんを拾ってエンゼルス・スタジアムに到着したのは五時過ぎ。三塁側内野3階席に陣取って見渡すと、エントランスで無料配布された赤いアロハシャツを羽織った何千という客が観客席に散らばり、全体がエンゼルス・カラーの赤で染まっています。私達の周囲には小学生くらいの子供を連れたグループが多く、バケツ大の紙容器に入ったポップコーンやらピザやらを食べながら突き合ったりふざけ合ったりしながら、やんやの歓声。

前夜ニューヨークでヤンキース戦に先発し、5四死球7失点で初回降板という稀に見る乱調を見せた大谷。いよいよスランプ突入か?ひょっとして今日の試合は欠場かも?というこちらの心配をよそに、二番DHで元気に登場した若きヒーロー。

最初の打席こそ内角高めに詰まらされてライトフライに終わったものの、二打席目は同じ内角球をライト外野席上段に深々と打ち込み、リーグ単独トップを更新する29号。球場がどよめきます。おいおい、このまま30号も打っちゃったりなんかして、と三人顔を見合わせていたら、本当に次の打席、今度はレフトに2ランホームランを叩き込みます。嘘だろ?こんなことってある?とファンはそこら中でお祭り騒ぎ。


7対7の同点で最終回裏の攻撃が始まったのは、時計が夜9時45分を回ったあたりでした。四球で一塁へ進んだ大谷はやすやすと2盗をキメますが、二塁へ送球した捕手のヘルメットに打者のバットが微かに触れており、守備妨害ということでこのプレイは無効になります。エンゼルスファンは一斉にブーイング。しかし大谷はまるで盗塁なんていつでも出来ますよとばかり、軽々と二度目の2盗を成功させます。そして四番打者ウォルシュの強打がライト前に落ちる間に俊足を飛ばし、本塁へ滑り込んでサヨナラ勝ちを収めるという、漫画だとしても嘘臭すぎるほどの劇的な展開になりました。何千もの観客が総立ちになり、その場で両手を挙げ、奇声を発して飛び跳ねます。私もあまりのことに大口を開け、目を見開いてぼんやり周りを見渡したところ、左後方の通路で拍手をしていた中年の白人男性と目が合いました。彼はにっこり笑って私の目を見つめたまま、ゆっくりと深く頷いたのでした。

「何も言うな。分かってる。最高のゲームだった。オータニは真のヒーローだ。」

赤の他人同士が暗黙の了解を交わして悦に入るという、何とも素敵な図でした。

3階席最前列まで降りて大谷選手(一平さん通訳)のヒーローインタビューを聞いた後、球場をぐるりと廻るスロープを大勢の帰り客とペースを合わせて進み、駐車場へ向かいます。その間、誘ってくれて本当に有難う、とK子さんに何度も感謝する我々夫婦。急遽決めたこの野球観戦。面倒臭がらず、心の声に従って本当に良かった、としみじみ思いながら。

それにしてもK子さん本人はどうして急に野球観に行こうだなんて思いついたんだろうね、と車中で妻と首を傾げます。何十年も交際して来たけど、これまで一度だって野球の話題で盛り上がったことがないのです。きっとK子さんの中でも、何かドラマチックな出来事が起こるかもというお告げがあったんじゃないか、という結論に至ったのですが、私にはそう確信する理由がありました。最終回が近づいた時、彼女が私の方に向いて急にこう尋ねたのです。

「ええっと、こっちがライトでこっちがレフトでいいんだっけ?」

え?…ええ~っ?

 


2021年6月20日日曜日

Swing of Pendulum 振り子の振動


金曜の昼。抜けるような青空の下、4S Ranchという比較的新しいニュータウンのショッピング・モールにあるイタリアンレストラン「Piacere Mio Del Sur」まで車を走らせました。私の見立てでは、サンディエゴ最高ランクの極上ピザを味わえるお店。この場所を選んだのは、懐かしい友人との再会を祝うためでした。

カリフォルニア州知事の発表により6月15日をもって飲食店の入店制限が解除され、これまで息を潜めていた市民達が、まるでマラソン大会スタートの号砲を聞いたかのように一斉に街へ溢れ出したようで、まだ正午前だというのに既にモールの飲食店エリアではそこここで行列が出来初めています。私の順番がようやく巡って来たので中を覗き込むと、家族連れを始めとした団体が十数組ものテーブル席を埋め、満面の笑顔で歓談しながらランチパーティーに興じています。イタリア語なまりの英語を喋るマスク姿の若い男性店員が、

「申し訳ないんだけど、あとはカウンター席四人分しか空いてないんです。」

と困り顔。ネットで調べた際に予約を取らないと断り書きがあったので直接来てみたんだけど、もうちょい早く集合時間をセットするんだったな、と軽く後悔。

「ここまで混むとは全然予測してなかったよ。」

と、店員が嬉しい悲鳴を上げます。まだ友達が到着してないんだと言うと、着席して飲み物でもどうぞ、と一番奥へ誘われ、足が床に届かないほどのハイスツールに腰を下ろします。忙しげにカクテルを作り続ける黒マスクの男性バーテンダーから笑顔の歓待を受け、ペリエを注文して喉を潤したところ、背後から白人の大男が現れました。

「ヘイ、マイフレンド!久しぶり!」

そう、この日は数ヶ月前に転職して行った元同僚ディックとのランチだったのです。野球帽からはみ出して襟元にかかる栗毛色の長髪、そして無精髭。かつてはすっきりと締まっていた腹部も、半袖シャツ越しに見事な隆起を見せています。長期の在宅勤務で運動不足だったことは一目瞭然ですが、眼光にはエネルギーが漲っていて、再会の喜びは即座に確認出来ました。カラヴァッジオ・ピザとラム肉のパッパルデッレを注文し、限られた昼食時間を有効に使おうと矢継ぎ早に質問する私。

家族は皆元気なこと、リモートワークが続いていて転職以来一度も自分のオフィスに足を踏み入れていないこと、しかしストレスは激減したこと、同僚たちの真摯な気遣いを度々感じること、チームワークが良く個々のモチベーションも高いためか、プロポーザル競争での戦績が驚くほど良いこと。

「クライアントもさ、うちのチームの結束力を感じ取るみたいなんだ。ただ単にエキスパートを沢山揃えてますよ、と売り込むのと違って、このチームに任せれば大丈夫だという安心感を与えられてる。これは転職してすごく感じてることなんだ。」

とディック。それは素晴らしいね、と私。うちの会社は顧客より明らかに株主の満足を優先しているし、社員の多くはいつ辞めさせられるかとストレスを溜めており、その前にとっとと転職しちまおうかと悩む者も少なくない。そんな環境で結束の固いチームを作るなど至難の業です。対してディックの転職先では社員の自主性が尊ばれていて、皆がのびのびと働いているとのこと。

「色々振り返ってみて思うんだけどさ、」

とディックが最適な表現を探そうと宙を見つめて暫し沈黙します。

“It’s like a swing of pendulum.”

「ペンジュラムのスイングみたいなものだ。」

Pendulum というのは振り子のことですが、彼が何を言いたいのか飲み込めず、続きを待ちます。

「トップが変わる度に、会社の方針や組織体制がガラリと180度変わって来ただろう。冷静に考えると、それは必要に迫られてではなく、ただ単に前任者のやり方を否定して新しさを打ち出したいだけの話じゃないかと思うんだよ。大きいことは良いことだ、と言わんばかりに果敢な吸収合併を押し進めたと思ったら、次の代では贅肉を削りまくれと極端なリストラに走ってさ。とにかく前体制を全否定することから新政権がスタートするから、うまく機能していたやり方でさえ、お構いなく嵐のように吹き飛ばして行く。我々末端社員に出来ることは、次の大幅改革とやらが到来するまで頭を低くしてやり過ごすくらいさ。」

つまりディックが言いたかったのは、こういうことですね。

“It’s like a swing of pendulum.”

「まるで振り子の振動みたいなものだ。」

昨年秋の組織改編で私の身の周りに起こった変化も、まさに180度の方向転換でした。西海岸をひとつのブロックとして経営すること、プロジェクト・コントロール部門を一枚岩にし、PM達とパートナーシップを組んで経営改善に望むこと。そういう方針で仕事を進めていたのに、突如東海岸チームがカナダを含めた北米全体の経営指揮権を得て、プロジェクト・コントロール部門はあわや解体の危機に。何とか存続はしたものの、弱体化は誰の目にも明らか。PM達はマイクロ・マネージされ、これまで四半期ごとだった経営状況のチェックも毎月に頻度が上がりました。

PM達が何よりフラストレーションを訴えるのは、自分のプロジェクトの背景をよく知らない遠く離れた連中が、データだけ見て「問題の可能性」を指摘し、「今すぐ解決案を策定しようじゃないか。我々に出来ることは無いか。」と干渉して来ること。そもそもエクセル表に現れたデータはプロジェクトの状況を正しく反映していないことが多く、数字に表せない特殊事情を色々学んで初めて理解出来るケースがしばしばなのです。大勢で寄ってたかって解決すべき問題などそもそも存在しないのだと上層部に納得させるのは時間と労力の無駄であり、有難迷惑でしか無い。地域ごとにマネジメントが任されていた頃は良かった、と。

プロジェクトの問題を発見し解決するのはPM(とそのパートナーであるプロジェクト・コントロール)であり、彼らの自主性を重んじた上で必要に応じ上層部が手を差し伸べる、というのが私が理想とする組織運営です。これに対し新体制は、上層部が監視の目を光らせ、PM達が気づく前に問題の可能性を察知しズカズカと介入する、という流儀。

経営改善のプレッシャーは必要ですが、双方向の信頼関係も極めて重要です。ある程度の自由裁量を与えられている代わりに責任も負っているという自覚があるからこそ、PM達は自信を持って働けるのだと思います。新体制のやり方に適応しつつも、その思想に染まることは避けよう、いずれ振り子は逆に振れるのだから…。そう自分に言い聞かせる私でした。

「結局さ、信頼の欠如に気づいたPM達はやる気を失って行くんだよな。」

とディックが力なく笑います。転職前の彼は、まさにそういう心境だったのでしょう。

彼のこの表情を目にした時、つい最近体験したある出来事を思い出しました。

毎朝一万歩のウォーキングを日課としている私は、薄曇りの早朝、ガランとした住宅街の大通りを軽快に進んでいました。何か前方の景色に違和感を覚えて目を凝らすと、交差点の手前で道の真ん中にSUVが停まっており、運転手らしき若い男性が降りて大声で誰かに呼びかけています。近づいて行くうちに、もう一台、逆向きのSUVが歩道の植え込みに乗り上げ、電信柱の手前でストップしているのが目に入りました。そしてようやく、その左前輪のタイヤがバーストして跡形もなくなっていること、運転席のドアは開いており、車内は無人であることに気付きます。

車道に立って声を上げている男性の視線の先を見ると、痩せた人物が、こちらに背を向けて遠くをよろよろと歩いています。どうしたのかと尋ねると、

「車がこんなことになってるのに、運転手がどんどん向こうに歩いて行っちゃうんだ。心配になって声をかけたんだけど、立ち止まってもくれないんだよ。」

もう一度遠くに目をやると、その人物が突然振り返り、こちらに向かって何か言い始めました。どうやらかなり高齢な人物で、その歩き方から、頭を打って朦朧としているか、どこか怪我をしているかが疑われます。

「どうしよう。俺、もう行かなくちゃいけないんだ。」

と腕時計に目をやる男性に、

「あとは僕に任せて。もう行っていいから。」

と言い、急いで老人の後を追いかけました。

「大丈夫ですか。お怪我はありませんか。」

近寄ってみると、枯れ木のように痩せた白人男性。八十代後半でしょうか。声帯の手術を経験した人のようで、ほとんど声が出ていません。耳を近づけてみると、

「大丈夫。怪我はしてない。」

と答えていることが分かりました。

「どこへ行こうっていうんです?あれはあなたの車ですよね。」

「パンクしたんだ。今から家へ帰らないと。」

「ご自宅は近いんですか?」

「いや、遠い。」

「どなたかご自宅にいらっしゃるのですか?連絡出来ますか?」

「一人暮らしだ。電話は家に置いてある。帰宅すれば連絡する相手はいる。とにかく家に帰らなきゃいかん。」

やれやれ、電話も持たずに外出したのかよ。

「あまり動かない方がいいと思いますよ。頭を打ってるかもしれないし。」

「打ってない。大丈夫。とにかく誰かに家まで送ってもらえさえすれば何とかなるんだ。」

「私は今ウォーキングの最中なので、お送り出来ないんです。一旦車のところまで戻りませんか。」

連れ立ってゆっくりと今来た道を戻り、二人で故障車をしげしげと眺めます。左前輪が大破してはいるものの、よく見ると電信柱の数センチ手前で止まっており、衝突の形跡は無い。歩道に乗り上げてはいるものの、大きな交通の邪魔にもなっていない。確かにこの老人が言う通り、一旦家に戻って電話でレッカー車を手配すれば解決出来るケースのようです。後は彼がどうやって自宅まで辿り着くか、ですね。この人のためにウーバーを呼んであげるべきか。でも、どうやって料金を精算すればいいのか?いや、一旦我が家へ帰って車でここまで戻るか。そうすると彼を15分ほど待たせることになる。そりゃ良くないな…。そうして頭が問題解決モードに突入したその時、サイレンの音が聞こえて来ました。角を曲がってサンディエゴ市警のパトカーが目の前に現れるのと同時に、老人が弱々しい声でつぶやいたのでした。

“Oh boy.”

「マジかよ。」

恐らく一部始終を目撃していた近所の人が、警察に電話したのでしょう。事故車の後方で停車したパトカーから、筋肉隆々の若い警官が二人降り立ちます。何とかおおごとにせぬようもがいた老人が、寄ってたかって問題解決を図ろうと張り切る人々の前に屈する、という皮肉な結末。

「あ、私は単なる通りすがりの者でして…。」

とプロ達に後を任せ、そそくさと立ち去る私でした。

 

2021年6月6日日曜日

Hair-on-fire Situation  髪の毛燃えてる状況

 


よく晴れた土曜日。十年来の友人夫婦と四人でランチに出かけました。コロナで自宅に籠もる生活を延々と続けて来たため、最後に会ってから一年半以上も経過していたことにあらためて気付き、愕然とします。

「ネットフリックスで最近観始めたんだけど、テラ・ハウスってのにハマってるんだ。」

食事を終え、興奮気味に語るご主人のリーさん。

「テラスハウスのことね。」

と補足する、奥様のミワコさん。

数年前に海軍を引退し、一般文民として民間企業に勤めながらも日々肉体鍛錬を怠らないバリバリ硬派のリーさんですが、「相手の気持ちが読み取れない」状況で何とか関係を進展させようともがく若い男女の様子や、それを実況解説するという形式の斬新さに惚れ惚れしているのだと。

「あたしはAmerican House Wivesみたいなリアリティ・ショーの方が好きなんだけど。」

とミワコさん。

そもそも「テラ・ハウス」を勧めてきたのはアメリカ人の同僚男性なんだ、とリーさんが笑います。思考や感情を露骨に表現せず、「慮った」り「忖度」したりを美徳とする奥ゆかしき日本文化を全面に押し出した作品が、逆にストレートな物言いをお家芸とするアメリカ人の興味を惹きつけた。理に適っているとはいえ、何か新鮮な驚きを覚えるのでした。

「アメリカのリアリティ・ショーだと、好きだ!とか大嫌い!とか、臆面もなく男女が怒鳴り合ってるし、すぐに抱き合ってキスして、ウヤムヤのうちにできちゃったりするじゃない。」

とミワコさんが笑います。

次の一手を繰り出す前に、相手の仕草や言葉の端々から真の意図を嗅ぎ取ろうとする日本人のコミュニケーション方法は、まどろっこしいしテンポも遅い。渡米する前はこれが息苦しく、アメリカのドラマや映画に観る「曖昧さを排除した意思伝達法」の方がスピーディ且つ効率的なのだから、日本人社会にも導入したらどうかな、と思案したものでした。

さりながら、「二つ良きことさて無きものよ」というフレーズもあるように、日本流とアメリカ流のどちらが優れているかなんて比較は全くもって無意味な試みなのだという結論に、最近あらためて辿り着いた私。

前日の金曜日、朝九時の電話会議。私を含めた北米のPDL(プロジェクト・デリバリー・リード)五人と財務部門の数人を集め、連日同時刻に行われる連絡会。オペレーション部門のトップである東海岸のジョンが、画面に映し出されたスプレッドシートの数字にカーソルを合わせながら、質問して行きます。

「次はシンスケの番だ。」

私が所掌するプロジェクトおよそ250件の内、5月期決算書に特別歳入計上が出来そうなものを選んで毎朝発表することになっていたのですが、正直な話、毎月毎月ギリギリまで搾り取って来たため、もう「逆さに振っても鼻血も出ない」状況です。二件ほど少額の計上予定を説明し、大物一件は現在部下のシャノンが分析中です、と締めくくったところ、予想通り猛烈な追い込みをかけて来るジョン。

「何だと?それだけか?これじゃあ全く目標に届かないじゃないか。」

PDLには予めそれぞれの目標額が与えられていたのですが、そもそもどんな根拠があってその数字を割り出したのか謎なのです。進行中のプロジェクトから特別に歳入を計上するためには、将来の収支予測を楽観的な方向に修正する必要があります。まるでドローンを飛ばして飛行中の旅客機に横付けし、予備タンクの燃料を抜き取って行くような行為。良くて不時着、一つ間違えば墜落いう大災害を招きかねない、危険な賭けです。私としては各PMと会議を重ね、一件一件丁寧に検討した上で結論を出しているつもりなのですが、「慎重過ぎるぞ。もっとアグレッシブに取り組め。」と責め立てられる毎日。

沈黙する他のPDL達の面前でじわじわと締め上げられる私でしたが、苦し紛れにやっと絞り出した答えが、これ。

「可能性があるとすれば、エレンがPMを務めているプロジェクトです。朝一番でシステムをチェックしていたら、まだ推敲中の将来収支予測データを発見したんです。もしそれが最終稿なら、千ドルくらい余分に計上出来そうなレベルでした。」

「それで、エレンに問い合わせはしたんだろうな?」

「メールを投げましたが、今日は朝から現場に出ているという自動返信メールが返って来ました。時々メールをチェックするということなので、返信を待ってます。」

「電話はかけたのか?」

「いえ、彼女は今、現場仕事に取り組んでいる最中だと思います。さすがにそこは尊重すべきかと…。」

するとジョンが、語気を荒げてこう言ったのです。

“We’ve already passed that point. People’s jobs are on the line.”

「そんな悠長なことを言ってる場合じゃないんだ。このままじゃ誰かの首が飛びかねないんだぞ。」

千ドル余計に載せられる「可能性がある」というだけの話だし、しかもたまたまそういう原稿の存在にさっき気がついた、と言っているのです。そんな曖昧な情報をもとに現場の仕事を中断させるような行為を正当化する神経が、私にはありません。沈黙する私に対し、ジョンがこう続けました。

“This is a hair-on-fire situation.”

「これはヘア・オン・ファイヤーな状況なんだよ。」

おお、新しいフレーズが飛び出したぞ、と思わずノートに書き取る私。On fireというのは「火が着いている」つまり「燃えている」という意味なので、hair-on-fire で「髪の毛が燃えている」となります。つまりジョンが言いたかったのは、こういうことですね。

“This is a hair-on-fire situation.”

「絶体絶命の大ピンチなんだよ。」

直ちに携帯電話でエレンに連絡を取ることを約束すると、ようやく拘束を解かれ、次のPDLマリアンにバトンタッチしたのでした。

定例連絡会が終了した後も、中間報告の催促や緊急電話会議が絶え間なく続きました。ちなみに、現場で電話に出てくれたエレンからは、「あの収支予測はまだちゃんと検討が終わってないの。今の段階じゃ答えを出せないわ。」とあっさり拒否されました。

部下のシャノンが抱える大物案件からは、夕方六時まで二人で分析を重ねた結果、約2万ドルの特別歳入を叩き出すことに成功。メールでジョンに報告しましたが、既に東海岸では夜九時を回っており、ノーリアクション。全ての案件をかき集めても与えられたトータル目標額には遠く及びませんでしたが、心身ともに疲弊しきっていた私は、「後は野となれ山となれ」とばかり、シャノンとともにコンピューターをシャットダウン。怒涛の一週間に幕を下ろしたのでした。

こんな風に緊張感溢れる生活を去年の十二月末から続けて来た私の精神状態は、つい最近までボロボロでした。妻からは、

「そんなブラック企業、とっとと見切りをつけて転職した方がいいんじゃない?」

と履歴書の更新を勧められていたのです。

それが一週間ほど前になり、出し抜けに「トンネルの先の明かり」が見えたのです。何が具体的なきっかけだったのかは不明ですが、ある時突然、「ジョンは単に自分の考えを素直に表明しているだけで、相手を攻撃しているわけではないかもしれない。」という認識が脳に浮上したのです。電話会議中の会話に注意深く耳を傾けてみたところ、彼と付き合いの長い古参PDL達は、ジョンの激しい質問攻撃にもジョーク混じりで淡々と切り返しています。そしてジョンも度々、「皆のハードワークには本当に感謝している。」と我々を労っていたことに気が付きました。彼の言動に攻撃的意図を読み取ってファイティング・ポーズを取り続けていた私ですが、もしかしたら不必要にストレスを溜めこんでいたのかもしれない、という考えに至ったのです。

金曜の午後一番に緊急招集された会議でも、検討対象となったプロジェクトのPMマットに特別歳入の計上を詰め寄ったジョン。何故それが危険な行為なのかを言葉を尽くして説明した私に、

「ああなるほど、確かにそうだな。了解。解説を有難う、シンスケ!」

と、拍子抜けするほどあっさり引き下がったのです。

渡米から二十年以上も経ち、アメリカ式のストレートなコミュニケーション方法は熟知していたつもりでしたが、自分の中の「日本人的な」部分が、世界の見方を知らず識らずの内に歪めていたのかもしれない。郷に入っては郷に従え、というけど、文化的な基盤が違う場合、そう簡単に適応出来ないものなんだなあ、としみじみ思うのでした。

さて、コンピュータの電源を落として死んだふりを決め込んだ私ですが、ジョンがあれほど事態の緊急性を強調していたことを考えると、週末に何らかの動きがあるかもしれません。さすがに心配になって来て、土日の二日間、結局ちょくちょくメールをチェックしてしまった私。ところが、本当に一本の連絡も来ないのです。勤務時間は鬼のように働くものの週末はきっちり休む。そうだ、アメリカ人ってやっぱそうなんだ。納得しようと試みてはみるものの、どこかまだちょっぴり不安な、「日本人の」私でした。

2021年4月4日日曜日

Two Weeks’ Notice 二週間前通知


 一月最終週の夕刻。そろそろサービス残業を切り上げようとコンピュータ画面の清掃に取り掛かっていた時、同僚ディックから電話が入りました。

「こんな時間にすまん。ちょっと話せるかな。」

リモートワークがスタートしてから約一年が経過し、同僚たちと顔を合わせるのはコンピュータ画面を通してのみという日常。思い返すと、仕事上の直接の繋がりは薄くランチに誘ったりオフィスの片隅で無駄話を交わしたりするディックのような仲間とは、自然と交流が減る傾向にあります。実際、彼と最後に対面したのがいつだったのかすら思い出せません。

Two Weeks’ Noticeを提出した。シンスケにはなるべく早く伝えておきたかったんだ。」

Two Weeks’ Notice(二週間前通知)とは、会社を辞める日の二週間前に人事に提出する書類のこと。つまりディックは、辞職の決意をしたわけですね。

去年十月の組織改編以来、次から次へと苦難に襲われ、渡米以来最悪の精神状態になっていた私にとって、今や「親友」とも呼べる同僚のこの告白は衝撃的でした。

実は時を同じくして私も、会社を去ることを真剣に考え始めていたのです。秋の組織改変で我々プロジェクトコントロール・チームは組織図の隅に追いやられ、低賃金の海外チームに仕事を回すようプレッシャーをかけられています。長期展望など微塵も感じられず、今を生き延びるためのコストカットを敢行し続ける上層部。度重なる無慈悲なレイオフで職場の士気がダダ下がりの中、アリーシャ、ティファニー、デボラ、カンチー、カサンドラ、ジゼルが続々とチームを離れて行きました。その穴を埋めるべく新規採用を図っても、「駄目だ。フィリピンかルーマニアの社員を教育して使え。」と撥ね付けられる。こっちはPM達と、毎日トップスピードで二人三脚を走ってるんだ。その間地球の裏側でスヤスヤ寝ている人たちに、どうやってこの仕事が務まるって言うんだよ?第一、これほど極端なオーバーワーク状態の中、我々の仕事を奪おうとしている連中をトレーニングするためにわざわざ時間を割けと本気で言ってるのか?

新組織のリーダー層は、過去にも、そしてこれからも直接の対面は無いであろう面々です。その多くは東海岸にいて、西海岸の事業運営やカルチャーに疎い。「プロジェクトコントロールなんてものがどうして必要なんだ?」とハッキリ言われたことさえあります。チームの存続が危ぶまれる中、何とか残留組を護るために引き受けた新たな任務は、出来るだけ各プロジェクトから利益を搾り取るよう画策するというもの。これまで一貫してPM達の守護役を務め、コンサバなコスト予測を勧めて来たというのに、「アグレッシブに予測コストを削って1ドルでも多くプロフィットを計上せよ。」とプレッシャーをかけなければならない。民衆の保護者と圧制者の手先という真逆の役割を演じ続けるうち、ジワジワと神経が参って来ました。

コロラドにいる息子からある日電話がかかってきて、

「パパ、仕事大変なんだって?」

と気遣ってくれました。どうやら母親から、私の近況を伝え聞いた模様。

「うん、一日の仕事を終えるたびにズタボロだよ。身動きするのも嫌になるくらいね。」

と私。すると息子は、ヘビーな視聴者だけに通じる「進撃の巨人」ジョークを持ち出します。

「黒焦げになったアルミンみたいに?」

「いや、どっちかっていうと憔悴し切ったライナーだな。」

と、すかさず返す私。

「アハハ、それいいね!」

 

そんな感じで一日ずつギリギリ凌いでいた時、ディックの辞職を知らされたわけです。

「何度も自問自答したんだよ。Am I just naïve?(単に俺がナイーブなだけなのか?)ってね。」

時々声を詰まらせながら、苦渋の決断について語ってくれたディック。

「いやいや、まともな神経の持ち主なら到底やってられないよ。」

と首を振る私。転職先には、うちの会社のブラックぶりに嫌気がさして移って行った仲間が大勢いて、彼の決断を手放しで喜んでくれているとのこと。それは良かったじゃないか…。

「あっちで落ち着いたら、シンスケに合ったポジションが無いか探してみるよ。」

「それは有難う。」

 

二月初旬のオンライン送別会で彼の旅立ちを祝った後、私の精神状態は降下の一途を続けました。三月のある週末、このままじゃ再起不能になっちまう、と危機感に襲われた私は、ふと思い立って副社長のパットに電話をかけます。

「会社を辞めようかって、本気で考え始めてるんだ。」

十分くらいかけて、思いの丈をぶちまけた私。彼女から一体どんな慰めを期待していたのかは思い出せませんが、返ってきたのはこんな言葉でした。

「愚痴を言ってるだけじゃ何も生まれないわよ。現場はともかく、会社の上層部はあなた一人辞めたところで何とも思わないでしょ。労せずして一人分コストカット出来たぞって喜ばれてお終いよ。あなたはリーダーなのよ。こういう時こそさっさと泥沼から脱け出して、問題解決者の視点に立つべきじゃない。何かが上手く行っていないというのなら問題の構造を解析して、どこをどう変えれば良くなるかを考え抜くの。あなたやあなたのチームにとっての問題じゃなく、経営者にとっての問題を解決する具体策を企画書にして売り込むのよ。それが受け入れられなければ、その時辞めればいいじゃない。」

側頭部に後ろ回し蹴りが綺麗にキマったような、文句のつけようがない完全KO。爽快感さえ覚えるほどでした。そうだ、パットの言う通りじゃないか。彼女と話して本当に良かった…。

この電話を境に、私のメンタルは改善へと向かい始めました。さっそく翌週、アウトソーシングに係る問題を分析し、解決策とともにマトリクスにまとめて上層部に投げます。不思議なことに、この行動に出た途端、怒りや不安が激減したのです。問題の只中で悶絶するのを止め、コンサルタントの視点で問題解決に取り組むことは、精神衛生上大いに有効なのだ、という素晴らしい教訓になったのでした。

さて、木曜日の四時半。処理速度を遥かに超えみるみる積み上がって行く仕事を横目に見つつ、電話会議に参加しました。これはFirst Thursday Seriesと呼ばれる月一回のプレゼン・ミーティング。毎回、自薦他薦のプレゼンターが業務に関係無い話をする、お楽しみ会ですね。コロナでリモートワークが始まってからというもの、オンラインでの開催が続いています。今回はGIS(地理情報システム)チームのダンが、南カリフォルニアの砂漠地帯(パームスプリングスやジョシュア・ツリー)に散在するオススメ訪問スポットを紹介する、という企画でした。グーグルアースの航空写真上に各種の情報を重ね合わせ、ズームイン、ズームアウトを繰り返しつつ優雅に飛び回り、美しい写真を披露します。まるでドローンに乗って広大な土地を高速移動しながら、気の向くままに降り立ってあちこち散策している気分。

鳴り物入りで砂漠の真ん中に作られたものの倒産して廃墟となった、落書きまみれの大規模ウォーターパーク。便器などの廃品を積み重ねて作ったオブジェが所狭しと並ぶ野外美術館。まな板状の巨大岩盤に描かれた、「ナスカの地上絵」のような製作者・年不詳の壮大な落書き。ゴツゴツした岩山の中腹に忽然とそびえ立つ、映画「ミスター・インクレディブル」の舞台になりそうな摩訶不思議なデザインの豪邸。そして整然と立ち並び下界を見下ろす、数百を越す風力発電用プロペラ塔群

ダンのプレゼンのお陰で暫しの間、殺伐とした日常を離脱し、バーチャルな空中遊泳を愉しむことが出来たのでした。

「僕は砂漠が大好きで、一年に何回も遊びに行ってるんだよね。今回紹介しきれなかったお勧めの場所もまだまだあるんだ。話を聞いてくれた皆にこのファイルをシェアするから、是非行ってみて欲しい。」

何とも言えぬ浮遊感の余韻に浸りながら、ダンにお礼を言います。ふと気づくと、今回の出席者は僅か十人足らず。オフィスで開催していた頃は、毎回三十人を超えていました。たくさんの同僚たちが会社を去ったのに加え、最近は誰もが超多忙だし、オンラインのみの開催ではイマイチ引きが弱い。でもこんな楽しいプレゼンを聞き逃すなんて、勿体ないよなあ。出席出来て本当に良かった…。

「さて皆さん、来月以降、プレゼンしてれるボランティアを募集してます。是非名乗り出て下さい。」

とダンが続けます。彼は、この手のお楽しみ企画をリードする「職場改善委員会」の一員でもあるのです。

「我こそは、という人がいたら、クリスティンかキャサリンに連絡して下さい。僕は今回をもって皆とサヨナラしなきゃいけないんで。」

瞬間、空気が凍りつきます。

「つい先日、Two Weeks’ Notice(二週間前通知)を提出しました。皆と楽しく話すのも、これで最後になりそうです。今まで本当に有難う。」

オンライン会議が、水を打ったように静まり返りました。誰も反応出来ずに十秒ほど経過した時、なんとダンが笑いながらこう続けたのです。

「というのは、エイプリルフールの冗談です。当分、辞める予定はありません。」

なあんだジョークかよ、とどよめきが起こるまでに、暫く間が空きました。この日が四月一日だったことに気付いた後でさえ、今の告白が本当に嘘だったのかどうかを見定めかねて、皆戸惑っていた様子。

ありゃ悪い冗談だぜ、と後でテキストしたところ、悪びれる様子も無く笑顔のアイコンで返して来たダンでした。

 

2021年1月17日日曜日

Water Cooler Moment ウォータークーラー・モーメント


東海岸のパットとは、数年前から時々電話で連絡し合う仲。一度も対面したことが無いにもかかわらず、いつの間にかまるで数十年来の仲間のように忌憚なく物が言える関係になっていました。そもそも彼女が本社副社長として転職して来たのは、我社にプロジェクトコントロール部門を立ち上げて技術標準やトレーニングプログラムを作ってくれ、と当時の上席役員ボブに口説かれてのことでした。ところがそのボブがあっけなく解雇され、更に立て続けに起こった政変の煽りを受け、今や一人の部下も持たず孤軍奮闘。その境遇は(職階の差こそあれ)私のそれと似ており、何かバーチャルで「同じ釜の飯を食っている」ような親近感が湧くのですね。

そんなパットと先月中旬、久しぶりに近況報告会をしました。激動を続ける環境下、何とか健康に暮らしていること。理解ある伴侶のお陰でメンタル面も良好なこと。コロナ対応や大統領選を巡るニュースを見ていて、アメリカ国民のレベルの低さに嫌悪と幻滅を禁じ得ないこと。外国への移住を半ば本気で考え始めたこと。いちいち意見が一致するので、二人で大笑いしてしまいました。

「夫がね、カナダに引っ越そうかって言うの。安直に物を考えてすぐ口に出すのは私達アメリカ人の悪い癖よ、それこそ傲慢な国民性の現れじゃない、って釘を差したのよ。大体こっちがそうしたくたって、きっとカナダの方でアメリカ人はお断りって突っぱねて来るわよって。そしたら夫が真面目な顔で驚いて、確かにそうだなあって…。」

話題は、リモートワークの影響に移ります。社員同士の会話の中身が仕事関係の連絡や報告だけになりつつある。これは長い目で見ると深刻な問題だ。オフィスで顔を合わせていれば、自然と無駄話が増えてくる。実はその無駄話こそが、創造性の源なのだ。誰かの何気ない一言が脳を刺激して、自分だけでは到底思いつかないようなアイディアや行動に繋がる。職場に大勢集まることの真の価値はそこにある、と。

「ちょっと前に、ビジネス改善イノベーションとか何とかいう社内コンテストがあったじゃない。私、応募しかけたのよ。そしたら何ページも細々と記入しなきゃいけない書類が送られて来て、これこそイノベーションを阻む元凶じゃない、と呆れて止めちゃったのね。」

その時パットが提出しようと思っていたアイディアが、Virtual Water Cooler (バーチャル・ウォータークーラー)だとのこと。

「ほら、昔はどこのオフィスにも、冷たい飲料水を出す装置があったじゃない。みんなランダムにやって来て、水汲みがてらお喋りして。そういう場をね、バーチャル空間で作れないかしら、と思ったのよ。」

パットとの不定期電話連絡会は通常45分間としてあるのですが、次の発言は残りあと三分というタイミングで飛び出したのでした。

「私の今のキャリアだって、元はと言えばウォータークーラーでの同僚の一言から始まったんだから。」

こんなエピソードを聞いておいて、すんなり電話を切るわけにはいきません。

「ちょ、ちょっと待って。それ、どんな言葉だったの?」

「え?あ、そうね。う~ん、あと三分で話せるかしら。時間大丈夫?」

およそ35年前の話。大手エンジニアリング・ファームに就職した新婚ホヤホヤの彼女は、ボストンのオフィスで事務員として働いていました。さすがのアメリカでも当時は女性が技術屋として活躍することが難しく、もっとやりがいのある仕事がしたい、どこかにチャンスは無いものか、と欲求不満を溜め込んでいたパット。そんなある日、ウォータークーラーへ水を汲みに行った際、顔は知っているけど名前はちょっと、という程度の同僚と立ち話になりました。もうすぐ転職するというこの男、自分が関わっているオハイオ州の原発設計プロジェクトについて暫く語った後、興奮を顕にした彼女に気づき、シンシナティ支社で人を募集しているらしいよ、興味があるなら、とメモ用紙に連絡先を書いて渡してくれたのです。

メモ用紙を手にデスクに戻って暫く考え込み、それから勇気を出して受話器を取ります。何人かとやりとりした後、ようやくプロジェクトマネジャーとの電話面接をセットしてもらいました。そしてインタビュー当日。相手は良い人っぽいのですが、女性の採用は鼻っから想定していなかったらしく、通り一遍の質問の後、「後日連絡する」と素っ気なくあしらわれてしまったのです。どう考えても不合格だわ、と気落ちして帰宅。ご主人に顛末を話したところ、彼がこんな入れ知恵をします。

「たまたま翌週、夫婦でバケーションを過ごすためにシンシナティを訪れる予定だったので、ご都合が合うようだったらランチを一緒にどうですか、と申し入れてみたらってね。」

シンシナティみたいに退屈な街を観光しようなどという物好きな人間はいないので、嘘はバレバレだった、というのが笑いのポイントだったようなのですが、そういうジョークが分からない私は、このボケをあっさりスルー。

「で、そこで直接PMと会って意気投合して、転属が決まったの。夫と一緒にボストンから引っ越して、この現場でプロジェクトコントロールのイロハを覚えたわ。数年後に終結したそのプロジェクトは会社史上稀に見る大成功を収めて、メンバー全員、各支社から引く手あまた。私も以後、次から次へと大きなプロジェクトを渡り歩いて実績を積むことが出来たの。今ここでこうしていられるのは、そもそも今じゃ名前も思い出せない同僚のWater Cooler Moment(ウォータークーラーでの無駄話)がきっかけだって話。」

なるほど、そいつは凄い。引っ越しも厭わず妻の転勤をサポートした旦那さんの存在も無視できない要素ではありますが、ウォータークーラー・モーメントの価値を実証する印象的なストーリーでした。結局予定を三十分もオーバーして電話を切った私ですが、この時ハッと我に返るのでした。

自宅勤務が一年近く続いているものの、通常通り仕事は出来ているし給料も順調に振り込まれている。以前よりむしろ健康ですらある。でもずっと何かが決定的に欠けている気がしていた。実はそれが、「無駄話」をする機会の喪失だったんだ。職場のキッチンやランチルームで同僚たちと交わす何気ない会話。それがあまりにも刺激的で、ワクワクしながらオフィスに向かっていた毎日。コロナで世界が一変した後、ブログを書く気すら失せてくすぶり続けていたのは、暗いニュースのせいなんかじゃなく、単に日々の無駄話が激減したからなんだ、とあらためて気づくのでした(よく考えてみたらこのブログ、そもそもネタ元はほぼ全部無駄話じゃん…)。

協議事項満載の電話会議でバタバタとスケジュールが埋まってしまいがちな昨今、偶然出くわした同僚と下らないやり取りをするなんて、まず実現不可能です。バーチャル・ウォータークーラーの成功は、「偶発性」という要素が最大の鍵。会社が効率向上を最優先事項のひとつに掲げている今、たとえトップダウンで導入したとしても、全社的な施行にまでは至らず忘れ去られることでしょう。

そこで私が提唱したい代替案は、無駄話を誘発するため同僚との電話会議を午後4時半頃セットすること。この時間になると誰もが疲労して頭も鈍くなり、5時を回った頃には集中力が切れてきます。そこですかさず業務上の話題は締めくくり、ところで最近どうしてる?なんて切り出すのです。リモートワーカーは帰り道を急ぐ必要もないので、いやあ、こないださあ、なんていう力の抜けた会話が始まるのですね。

これに気づいたのが、カマリオ支社のPMブレンダと夕暮れ時に話した時でした。過去一年半近く彼女のプロジェクトをサポートして来たのですが、財務管理ばかりに集中していたため、それまで技術的な内容に触れたことはありませんでした。しかしこの日午後五時を回った時、ふと仕事の中身を掘り下げて説明してもらったのです。

ロサンゼルスエリアで70年以上前に埋められた工場廃棄物による地下水汚染の対策がこのプロジェクトの目的で、人員整理で会社を追われた前のPMから引き継いだブレンダは、それまで技術チームの一員として活躍していました。

「第二次大戦中、兵器を大量生産した際に出た有害な物質が、地中にじゃんじゃん投棄されたのよ。」

同じ課題は全米中にゴロゴロしていて、彼女の担当プロジェクトはそのほんの一部を担っているに過ぎないとのこと。

「当時は将来の環境汚染なんて考える余裕が無かったんだろうね。戦争が終わって経済が回復し、暮らしが豊かになって初めて対策に乗り出す。人間って本当に愚かだよね。」

衣食足りて礼節を知る、という言葉があるけれど、そのポイントを経てようやく長期的視野を持てるようになるのでしょう。

「この手のプロジェクトって、今後アフリカとか中国とかで山程必要になって来るんだろうね。この分野の技術者は引く手あまたって状態が、当分続く気がするな。」

私のこの発言が導火線になり、ブレンダの壮大な「無駄話」がスタートしたのでした。

環境対策のプロジェクトに予算を回す余裕が出来るのは、コミュニティがある程度の豊かさを獲得してからのこと。世界中の多くの国はいまだに底辺の「サバイバル・モード」でもがいている。環境に関心を示すレベルに至る目処すら立たない国はいくらでもある、と。

数年前から西アフリカ地方のドラムとダンスにハマってサンタ・バーバラのダンスクラブに所属している彼女は、クラブ活動の一環で、過去アフリカ諸国を何カ国も訪問して来た。そのたびに大きなショックを受けている。

「たとえば、ギニーの野外マーケットでオレンジを買って食べるじゃない。皮を捨てようと反射的に周りを見渡すんだけど、ゴミ箱なんてあるわけないのよね。そもそもゴミ収集サービスが無いんだから。だから地面に捨てるしか無いの。心理的にはだいぶ抵抗あるんだけど、仕方ないじゃない。そこら中ゴミだらけ。ハエは飛び回ってるし、とにかく不潔極まりないのよ。飲み水を手に入れることすらかなりの難題でね。道路はほとんど舗装されてないし、走ってる車は信じられないくらいのポンコツだらけ。隣町の目的地まで移動するのに14時間。途中で車がエンコして何時間も助けを待ったりしてね。」

現地でドラムを教えてくれたギニー人と友達になり、彼の生活ぶりを聞いたところ、15人家族が食べていくことの大変さを語ってくれたそうです。

「ショックなのはね、百米ドル(約一万円)あれば15人が一ヶ月食べていけるっていうことなの。栄養失調との戦いに家族が勝つのに、たったそれっぽっちのお金で済むっていうのに。」

それ以来、友情と感謝の印として、毎月百ドル送金しているというブレンダ。

「私だって格別高給取りってわけじゃないけど、外食とかちょっと控えるだけで月百ドルくらいの余裕は出るでしょ。それであの家族が救えるんなら、安いものよ。」

気がついたらもうすっかり日は落ちて、私の部屋も暗くなっていました。ブレンダとの電話を切ったのは、6時過ぎ。なんとも長大な無駄話でしたが、私の心は暫く大きく揺さぶられていたのでした。コロナとリストラの煽りを受けて目が回るほど忙しく、自分だっていつ職を失うかも知れないストレスフルな状況で、地球の裏側でたった一度だけ会った人とその家族をサポートしているブレンダ。こんな素敵なこと、僕に出来るだろうか…?

ウォータークーラーの無駄話というのは、水面にポトリと落ちる水滴みたいなもの。そこから広がる波紋の持つ振動数がもしも聞き手の固有振動数と一致すれば、共振現象が起きる。聞き手の心の揺れを増大させ、その後の言動に確実な変化を与える。その人が別の人に無駄話をし、更に共振が起き、と連鎖が広がる。そうしてじわりじわりと世界が変わって行く。世の中って、案外そういう感じで動いてるのかもしれないな、と思うのでした。

さて翌朝、いつものように夜明け前に家を出て、1万歩ウォーキングに向かいます。中央分離帯にユーカリプタスの巨木が連なる片側二車線の大通り沿いを、快調に十分ほど進んだ時でした。暗闇の中、遥か前方の中央分離帯十メートル以上上方から、何か人間のような輪郭の大きな影がすっと落下し、向かい側の車道上に「カツーン」と乾いた音を響かせたのです。そのまま歩みを進めて行くと、後方から走行して来た車が次々と急ブレーキをかけ、ゆっくりとその落下物を迂回して行くのが見えました。気がつくと、私は車道を横切り、問題の地点に小走りで向かっていました。暗い中央分離帯を越えて目を凝らすと、どこか人間の身体つきに似たユーカリの大枝が、まるでたちの悪い酔っ払いのように、二車線を跨ぐ格好で横たわっています。急いで左右を確認すると、車道に降りて両手で枝の両脇を抱え、まるで気絶した人を引き摺るように中央分離帯まで移動させたのでした。よし、これで誰も下らない事故に巻き込まれずに済むぞ、とすっきりした気分でウォーキングに戻った私。

「へえ、すごくいい一日の始まりになったじゃない。」

午後になって妻と買い物に出かけた際にこのエピソードを語ったところ、彼女が感心してくれました。前日にブレンダから聞いたアフリカの話に触発されたことも話し、

「もしも昨日あの話を聞いてなかったら、今朝あんなにフットワーク軽く動けなかったかもな、と思うんだ。」

とウォータークーラー・モーメントの効果についてしみじみ語る私。

その日はトレーダージョーズ(TJ)で生鮮食品ショッピングの後、ウェストビーンズ・コーヒーに寄って焙煎ホヤホヤのフレンチローストを買う、という段取りになっていたのですが、TJのレジに並んでいた時、

「先に駐車場行っててくれる?トイレに行っときたいから。」

と妻。オッケー、じゃあ荷物積み込んで待ってるね、と私。運転席でスマホをいじっていたところ、間もなく戻ってきた彼女が、

「駄目だった。トイレはコーヒー屋で。」

と言うので、あれ?閉まってたの?と尋ねる私。

「違うの。前の人がね、信じられないくらい巨大なのを残して行ったの。」

「え?流せばいいじゃん。」

「一回は流そうとしたわよ。でも、びくともしないんだもの。」

「器具とか使って動かせなかったの?」

「なんで私がそこまでしなきゃいけないのよ?」

いや、次に入った人のためにさ、と言おうとして思いとどまる私。

「で?どうしたの?」

「レジの人に報告しといた。」

ブレンダのウォータークーラー・モーメントからスタートした共振現象の連鎖は、この「水に流せない」話であっけなくその終焉を迎えたのでした。 

2020年12月20日日曜日

Throw your hat in the ring リングに帽子を投げ入れる


先週日曜、久しぶりに夫婦でオレンジ郡まで遠出しました。日本人が経営するお気に入りパン屋二軒のはしご。途中給油のために高速を降りた時、コロラドの大学寮にいる19歳の息子から電話が入ります。大体予測はついていたのですが、またしても「どうしようもなく他愛のない」用件でした。

「あのさ、キョウジって何?」

「は?」

彼が最近ハマっている漫画のひとつに「呪術廻戦」という作品があるのですが、呪いだとか霊だとかの異世界が舞台なせいか、レアで古風な漢字や四字熟語がセリフの中で乱発されるのです。難解なワードが出てくる度に、自分で調べもせず電話して来る息子。

「ホコっていう偏にイマっていう字なんだけど。」

「ああ、その矜持ね。」

「何それ?わたし知らない。」

と横からスピーカーフォンに答える妻。

「現代人が使わなくなってる単語だよ。武士の世界で好まれた表現だと思うな。自分自身の能力に対する強い信念のことだと記憶してるけど。」

「へえ、いいねえ。僕、この言葉これから使って行こうっと!ありがと!」

スッキリした声で軽快に会話を締めくくる息子。

矜持か…。確かにクールなワードだなあ。きっと漫画のクライマックスで主人公の吹き出しの中、特大フォントで使われていたのでしょう。「ここ、恐らくグッと来るはずのシーンなんだよな。ああ、でも意味が分かんない!」とフラストレーションをためての電話だったんだな、と可笑しくなりました。

「こういうのって、英語の会話でもしょっちゅうあるよね。」

給油を終えて高速道路のランプに向かいながら、妻と頷きあう私でした。

キメのセリフの終盤に初耳の単語やフレーズをぶち込んできて、こちらの反応を待つアメリカ人。え?今言われたこと、全然理解出来ないんだけど。一体何を伝えたかったんだろう?いかん、考えているうちに沈黙の時間が長引いているぞ。このまま黙っていると、まるでどう答えようか悩んでいるんだと勘違いされちゃうじゃんか。いやいや、こっちはそもそも聞かれたことの意味が分かってないんだよ。やばい、そうこうしているうちに、質問の意味を聞き直すタイミングも逃しちまった。相手は辛抱強くリアクションを待ってるぞ。まずいぞ、どうしよう?ってな感じです。

つい数週間前も、こんな経験がありました。

9月に大規模な組織改編があり、上司だったカレンを含む中間管理層の多くが解雇された他、首を傾げたくなるような無差別殺戮が繰り広げられました。私が所属していた環境部門の西海岸地区は北米大陸全域に吸収され、トップの座は東海岸のリーダー達が占めることに。まるで戦国時代のように、仁義なきパワーゲームの展開です。

カレンの下、一度は正式に組織化されたプロジェクトコントロール・グループは二分され、私のチームはセシリアの指揮する南カリフォルニア部に吸収されました。新組織のトップ達はプロジェクトコントロールという専門性の価値を理解しているとは思えず、組織図にはその名称すら挙がる気配がありません。そんな中、東海岸の新リーダーからこんな発表がありました。

Project Delivery Lead(プロジェクト・デリバリー・リード)というポジションを作ります。このPDLは地域ごとに選出され、数百のプロジェクトのApprover(承認者)となって組織のリスクマネジメントを担います。プロジェクトマネジメントに精通していて、財務部門にも明るい人が最適です。希望者は応募して下さい。」

最初のリアクションは、「はあ?」でした。そんな役職が必要なら、そもそもなんであれほど優秀な管理職達をごっそり解雇したんだよ?ふざけんな!と。ところが日を追うごとに周囲の人々が、この件に対する私のリアクションに関心を示し始めたのです。シンスケが適任だろう、なんで彼は手を挙げないんだ?と。上司のセシリアには包み隠さず打ち明けました。

「こんな役職についたら、うちのチームメンバー達はがっかりすると思うよ。これまで体制の圧力に与することなくプロジェクトマネジャー達のサポートに徹して来たのに、リーダーの僕が体制側に回るとなれば、裏切りと取られるでしょ。それにこのポジションは間違いなく解雇対象予備軍だから、数年後の組織改編であっけなく首切られるのがオチだね。」

「わかるけど、あなた以外にこの仕事が務まる人はいないでしょ。よく考えて欲しいの。」

そして一ヶ月、二ヶ月と経過していくうち、どうやら南カリフォルニア地域ではまだPDLのポジションが埋まっていないことが分かって来ました。ところが何故か、PDLが対象と思われる電話会議に招待され始めたのです。くそ、外堀から埋めて行こうという作戦だな…。その手に乗るか!

そんな中、セシリアから電話がありました。大ボスのテリーが心配している、というのです。もしもシンスケがこのまま沈黙を続ければ、全くの「よそ者」社員がうちのエリアのPDLに収まり兼ねない。そうなれば、厳しい運営を迫られる可能性が高い、と。プロジェクトコントロール・チームの生殺与奪権すら、その「よそ者」に委ねることになる。それでいいのか?ここは腹を括って踏み出す時じゃないのか?と。

あとでテリーからも直接電話がありました。チームを守りたい気持ちがあるのなら、承認する側に立つ必要がある。反体制を気取って戦っていれば気分は良いかも知れないけど、所詮、野党は野党。与党でいなければコントロール権は無い。チームを守ろうともがいても、その力があなたには与えられていないのだから…。

セシリアの決め台詞は、そんな文脈で飛び出したのでした。

“So, are you throwing your hat in the ring?”

「で、帽子をリングに投げ入れるつもり?」

ぐっと詰まる私。判断に迷ってではなく、質問の意味が分からず途方に暮れて。リング?輪っかのことか?指輪か?それともボクシングのリングか?帽子を投げ入れる?これってタオルを投げ入れるのと同じかな?だとすると、負けを認めるって話だよな。つまり、これだけヤイヤイ言われても戦う気にならないのか、と詰られているのかも…。いかん、このまま電話の相手を待たせれば、こちらの意図が疑われる!意を決して尋ねる私。

「ごめんセシリア。今のフレーズ、初耳なんだ。どういう意味なの?」

アハハ、と笑い出したセシリアでしたが、

「あ、そうなの?ごめんなさいね。」

と解説を始めてくれました。後で詳しく調べた結果と合わせると、こういういうことになります。

かつてボクシングの試合の後、観客の中から次の挑戦者が名乗りを上げる場合、被っていた帽子をリングに投げ入れる習慣があった。これが転じて、「立候補する」とか「出馬する」という意味で使われるようになった。

“So, are you throwing your hat in the ring?”

「で、立候補する気になった?」

ちょっと考えさせて欲しい、と時間をもらった後、妻にも意見を聞いてみました。

「もしも日本でお勤めしてたら、そういう役職についていてもおかしくない年齢でしょ。やってみたら?」

先週半ば、正式に新役職の発表があり、私は南カリフォルニアの280件を超えるプロジェクトのリスクマネジメントを任されることになったのでした。意外にもチームメンバー達はこの件について皆ポジティブに捉えてくれたようで、

「プロジェクトマネジャー達だって皆シンスケのこと信頼してるから、きっとすごくうまく行くわ!」

と応援してくれるのでした。

新しい仕事に移る際には必ず経験することですが、現職の引き継ぎをしながら新たな職務をスタートするため、数週間は激務に苦しむことになります。今週もそうでした。猛スピードで襲いかかってくる敵をバッタバッタと切り倒している(気分の)うちに目眩までして来ました。

火曜日の夕方、プロジェクトコントロール仲間で別部門の北米西部地区を担当していたモリーと数カ月ぶりに近況連絡会をしました。なんと、彼女の周りでは環境部門のそれを遥かに超える大鉈が振るわれたのだそうです。部門長に就任したばかりの人物が解雇宣告を受け、プロジェクトコントロール部門は木っ端微塵に解体されてメンバーたちはそれぞれ移籍先を探す羽目になったのだと。モリーも古巣のプログラムマネジメント部門に舞い戻ることを決めたのですが、今も最終的な落ち着き先は決まっていないとのこと。

暫く後になってみないと私の決断が正しかったのかどうかは分からないでしょうが、とりあえずチームともども生き延びたことを、モリーは喜んでくれました。

さて木曜日には、冬休みに入った息子がサンディエゴに戻って来ました。帰宅していきなり、

「進撃の巨人アニメのシーズン2を一緒に観ようよ!」

と誘ってきます。いやいや、こっちは激務でクタクタだよ。無理無理。え~?せっかく一人息子が帰ってきたっていうのに?と責める19歳。

「進撃の巨人ってさ、無表情な巨人たちに人間がムシャムシャ食べられちゃうでしょ。うちの会社でも、周りで優秀な人達がリアルに大勢消えて行ってるんだよ。これ以上残酷な話を聞かされたくないんだよね。」

と力無くベッドに横たわる父親に、「いいから一緒に観ようよ、面白いよ。」となおもすがる、180センチ超えの筋肉男。

「こっちは君の学費を稼ぐために、日々労働に明け暮れてんだ。少しはいたわってくれてもいいんじゃないか?」

Stop the guilt trip(罪悪感を植え付けようとするのはやめてよ)!」

そう言い返した後、なんとこの巨人、私の右脚の膝小僧の下あたりにガブリと噛み付いたのです。

「イテテテ!何してんだよ、おい!」

と半ば本気で怒る私。すると彼は笑いながら上体を起こし、こう言い放ったのです。

「スネ、かじってんの!」

おお、なかなかの日本語力じゃんか。ちょっと感心したぞ。

 

2020年10月11日日曜日

I’ve got the brawn. 俺はブロン派。


「正直に言うね。これじゃ全然弱いよ。大幅に修正する必要がある。」

先日、部下のテイラーとの電話会議中、たまらず本音を告げた私でした。

「君のやって来たことのインパクトのデカさが、なあ~んも伝わって来ないんだよね。」

議論の対象は、彼女が年度末に書き上げた自己業績評価。会社の年度は十月にスタートするので、先月が2020年度末だったのです。社員はそれぞれ、オンラインシステムに自分の仕事の成果や成長について記載し提出。これを上司が評価して採点する、という仕組みになっているのですが、私は何年も前から自分のチームメンバーと、原稿の段階で議論するようにしています。というのも、彼女たちが自分の業績を過小評価する傾向があることに気づいたから。

「たとえばさ、君はついこないだプロジェクトマネージャーになることを求められただろ。入社三年で。しかもそのプロジェクトをこれまで担当してた人は、かなりのベテランだ。それをまるで普通のことみたいに書いちゃってる。結局PM資格は棚上げになってしまって、それを残念な事件みたいに描写してるけど、何故却下されたかと言えば、ただ単に早すぎたからだろ。これほどの短期間でPMに推された人はかつて存在しなかったし、会社が規定する昇格プロセスを経ていないからというだけの理由で受け入れられなかった。裏を返せば、これは前代未聞の大抜擢だったんだよ。そのことに触れないで淡々と次の段落へ進んじゃってるんだからなあ、もう。もどかしいにも程があるよ。」

「なるほど。本当にそうですね。学生時代に訓練された文章の書き方が染み付いてるみたいで、どうしても淡白になっちゃうんです。書き直します。」

言いたいことは躊躇なく口に出すし、行動は時に過激。自己肯定感が強く、若造でも構わず公の場でガンガン自己アピールする。渡米五年目くらいまで、それが私にとってのアメリカ人のイメージでした。しかしそのうち段々と、そうでもないタイプの知り合いや同僚が現れ、これは考えていたよりちょっと複雑だぞ、と気づき始めます。自分のチームを持つようになり、しかも採用時には注意深く人となりを審査していることも手伝ってか、こちらが戸惑うくらい謙虚な人間に取り巻かれることが増えたのでした。

チームメンバー達が慎ましく腰が低いことには何の不満も無いのだけれど、年一回のこの自己業績評価においては、少しばかり態度をあらためてもらわなければならない、というのが私の主張。公式文書として残るものであり、それが独り歩きした時に微妙なニュアンスは霧消する。この文書が会社の決裁ルートを上って行き、それをベースに彼女たちの報酬を最終決定する人たちは、当人たちと面識すら無いことがほとんど。であれば、この際謙遜はマイナスでしか無い。冷静に過去一年を振り返り、自分の成長や貢献度を出来るだけ正確に描写することが、極めて重要なのです。

更にこのプロセスを通し、彼女たちが自分の仕事の価値を再確認し、自信を高めてくれたらいいな、というのも私の狙いです。たとえ「いや給料もらってますし、これが私の仕事ですから」という日常であっても、過去12ヶ月間を丁寧に振り返ってみると、「あの時かなり悩んだ末に、こんな決断をした。その結果、自分の役割も責任も大きく膨らんでしんどくなったけど、プロジェクトにこういう変化がもたらされた。後から考えれば深刻な損失が出てもおかしくなかった大ピンチを、すんでのところで私のリーダーシップが救った。」そう言えるような転機がいくつかあるものなのです。それをひとつひとつ思い出して記録するうち、まるで赤ん坊がハイハイした、最初の言葉を発した、立ち上がった、というような具体的な成長の記憶が脳に刻まれ、自己肯定感が高まるのですね。

先週は、カマリロ支社にいる部下のケリーと電話。彼女の自己業績評価レビューをしました。

「ただでさえ忙しいさなかに、君は自ら手を上げて新PMツールのスーパーユーザーに立候補したんだぜ。せっせとトレーニングを受けに出張したりしてさ。その努力によって数多くのPM達が助けられた。どうしてそれを書かないかな?」

「あ、そうね。確かに。それを特別な貢献だとは、正直思ってなかったかも。」

「特別なんだよ。毎日決まってやってる仕事以外、全て特別だし、自分の意思でコンフォートゾーンを踏み出した時というのは、まず間違いなく成長してるんだ。それをちゃんと拾い上げてやらなかったら、自分が可哀想じゃないか。」

ここでケリーに、長い間私は、アメリカ人というのはみな押し出しが強く、自分を本物以上に大きく見せる術に長けている人たちというイメージを抱いていたことを告げました。だからこうしてチームメンバー達と喋ると、あまりの慎み深さに拍子抜けする、と。

「アメリカ人のほとんどは謙虚だと思うな。映画や政治ニュースに登場する人達が、むしろ異常なのよ。少なくとも私の周りには、そんな自惚れ屋いないもの。」

人種のるつぼと称されるような国なので、そもそも「アメリカ人は」という括りで語ること自体にあまり意味は無いのかもしれないけど、私にとってこの気付きは、アメリカ映画に夢中だった若い頃の自分に伝えてやりたくなるような驚きなのでした。

さて先週の金曜日、モハビ砂漠の真ん中に建つ刑務所の改築プロジェクトを担当するPMのブレットと電話会議がありました。マイクロソフト・ティームズを使って画面を共有し、エクセルで作ったスタッフプランをレビューします。タスクごとに担当者の計画労働時間を打ち込んで行くと同時に、利益率の変化をチェックします。巨大なスプレッドシートを巧みに操る私に、

「シンスケ、君はホントにすごいなあ。俺はこんな仕事、絶対やりたくないよ。」

と感嘆するブレット。毎日のように摂氏40度を超える現場に出かけている彼の方がよっぽどキツイ仕事をしているのですが、きっとコンピュータ上の操作の方が難度が高いように見えるのでしょう。その時彼が、静かに

“You’ve got the brain. I’ve got the brawn.”

と呟きました。最後の言葉は「ブロン」と聞こえたのですが、意味が分からず思わずエクセルの手を止めます。

「え?今なんて?スペルは?」

微かに笑いながら綴りを教えてくれるブレットに、ブロンというのは初めて聞く単語だよ、と答える私。電話会議の後あらためて調べたところ、Brawnというのは「ブロゥン」と発音し、そもそも豚の頭部の肉(骨と目を抜いた部分)を煮こごりにした食べ物(ヘッド・チーズ)の別称。「たくましい筋肉」とか「腕力」という意味に使われる言葉でもあるとのこと。文字数も意味も、Brain(ブレイン)とかけて洒落るのに絶好の相方。ブレットが言いたかったのは、こういうことでしょう。

“You’ve got the brain. I’ve got the brawn.”

「君には頭脳があり、俺には腕力がある。」

つまり、

「君は頭脳派、俺は肉体派。」

ここまであからさまに謙遜を表現する英語表現があったのか、と感心。あらためてアメリカ人を見直す私でした。 

2020年10月4日日曜日

Everything happens for a reason. 全ては必然である。


先月からほぼ毎日、夜明け前にソロ・ウォークを楽しんでいます。一般に薦められる「脂肪燃焼に効果的なハイペース」のパワーウォークではなく、約一万歩を80分という適度なペース。北カリフォルニアで長引いている山火事の影響で大気汚染のレベルがヤバい日以外は毎日歩くと決めたので、今くらいの負荷がちょうど良いのですね。

この日課を始めた時には、単に「運動不足解消」くらいに考えていたのですが、一ヶ月継続してみて大事なことに気付きます。これまで実に何年間も、物事をじっくり考える機会が減り続けていたのだ、ということに。

仕事のペースは日々刻々と加速して行く。YouTubeやポドキャスト、SNS、ネットフリックスなどの爆発的な増殖により、目や耳を通じて脳への侵入を試みる情報の量は毎秒、指数関数的に増えている。料理や洗い物の最中でさえ、AirPodを耳に装着して何かしら聴いている。自分でも気づかぬうち、脳は自律的に考えることを停止し、入力データをプロセスする作業にかかりきりになっていた。そうしていつの間にか情感全体が疲弊し、麻痺してしまっていた。

イヤホンもせず、携帯は懐中電灯と時間確認以外には使用せず、ひたすら黙々と暗闇を歩くようになってから、「ぼんやり考え事をしていて意識が飛ぶ」体験が増え、ゾクゾクするような興奮を味わっている私。なんだろうこの懐かしさは?学生時代ほぼ毎日じゃれあっていた旧友に、スクランブル交差点の真ん中で遭遇したような感覚。おお、元気だったか?あの頃はほんと、くだらない話で盛り上がってたよなあ…。金は無いけど暇はある。何かっていうと笑ってた、そんな時代。

そうなんだ。コンピュータもインターネットもスマホも無かった時代、世界はもっと鮮やかだった。夜明けの空の色や木々の緑、小鳥のさえずり。そうしたひとつひとつの事象が生き生きと粒立った天然色ワールドの中で、僕らは常に細かく思いを巡らせていたんだ。今日デジタルで届けられる膨大な情報は知識欲を満たしてくれる一方、僕たちの思考を巧みに制御し、支離滅裂な白昼夢を楽しむ自由を奪っている。そしてそれがじわじわと精神の健康を蝕んでいるということに、僕らはどこかで気づいているのだ。しかしその圧倒的なメリットには抗えず、デジタル世界の一員としてじわじわと洗脳されていく…。

コロナが無かったら早朝ウォーキングなど始めていなかっただろうし、こうしてデジタルの呪縛から解放される術を会得する機会も無かった。世の中というのは、個人のレベルでさえ絶妙なタイミングで目に見えぬ力が働いて、バランスを正すように出来ているのだなあ、という畏怖の念をあらためて覚えるのでした。

さて数日前、オレンジ支社のジョニーからテキストが届きました。

「シンスケ、どうしてる?六月以来喋ってないよね。」

彼が突然Furlough(一時解雇)通知を受けたのが、五月の末。アミューズメントパーク系の巨大デザインプロジェクトを多く手掛けていたスターPMの彼が、まさか戦力外宣告を食らうとは予想もしていませんでした。知力体力ともに並外れており、おまけに人当たりも良くチームメンバー達から厚い信頼を受けている彼。

さっそく電話で旧交を温めます。

「次の仕事はまだ見つかっていないんだ。コロナのせいで求職者がマーケットに溢れてるだろ。当然ながら極端な雇用者側の買い手市場になっていて、条件交渉が厳しいんだよ。」

「なるほど。」

それでも持ち前のポジティブさはいささかも失っていないこと。このチャンスを活かして毎日エクササイズに精を出し、三ヶ月で20パウンド(約9キロ)の減量に成功したこと。幼稚園や小学校の再開を待つ三人の子どもたちの面倒を見ていて、彼らの成長を間近に観察出来る喜びを味わっていること。公園に毎日出かけて練習したせいで、三人ほぼ同時に自転車に乗れるようになった。せっせとプールに通って、三人とも泳げるようにさせた。

「そいつはすごいな。」

と感心する私。その時、それまで遠くから聞こえていた幼い子供たちの声が急に大きくなり、ぐっと父親に接近したことが分かりました。

「ほら、Uncle Shinsuke(シンスケおじちゃん)にご挨拶しなさい。」

とジョニーが穏やかな声で促すと、三人の子どもたちが入れ替わり立ち代わり「ハ~イ」と自己紹介。三人目の子に、

「自転車に乗れるんだって?」

と尋ねると、いかにも得意げに

「うんそうだよ。僕、乗れるようになったの。」

と答えます。年齢を聞くと、

「五歳。」

「そうか、五歳なのにもう自転車に乗れるんだ。それは大したもんだ!」

と褒める私。うふふ、と嬉しそうに笑う幼児。その後、用は済んだとばかりに未練気もなく遠くに去っていく三人の子どもたちに何か話しかけた後、ジョニーが電話口に戻ります。

「あの子達、お父さんと一緒に公園で自転車の練習したな、とかプールで泳ぎを教えてもらったな、とか、大きくなってからしみじみ思い出すだろうな。お互いにとって、本当にプライスレスな体験だよね。」

と私。

「うん、僕もそう思ってこの幸運に感謝してるんだ。金銭的な不安を除けば、今の生活は最高に充実してる。」

噛み締めるように答えたジョニーが、最後にこう締めくくったのでした。

“Everything happens for a reason.”

「全ての出来事に理由がある。」

つまり、「全ては必然である。」ですね。スーパースターの彼らしいカッコいいセリフだな、と感心する私でした。

さて、かくいう私も「毎朝一万歩」の成果もあってか、日々健康増進を実感しています。過去九ヶ月で9パウンドの減量。脇腹もすっきりして来ました。わたしも歩こうかな、という妻に、

「でもさ、何歩歩くかに関係なく、僕のウォーキングは80分が限界なんだよね。」

と告白します。まるで新型ウルトラマンのカラータイマーみたいに、きっかり80分以内に帰宅しないといけない。

「さて、何ででしょう?」

と、ここでクイズ。

「トイレでしょ。」

間髪入れずに即答する相方。

「あ、分かった?」

「何年夫婦やってると思ってんのよ?」

そう、スタート前に水をたっぷり摂取しているせいで、ウォーキング終盤は毎回膀胱爆発のスリルと戦っている私。近所で立ちションしてたら逮捕されるので、必然的に一定時間内に戻らないといけなくなる。その限界値が80分であることが、毎日データを積み重ねてみて判明したのですね。必然の80分。それを妻が即座に言い当てるのも必然。本当に全ては必然だなあ…。

いや、これはちょっと違うか…。

2020年9月13日日曜日

嘘とストレス

 先週月曜日のことでした。


「来月の組織改編について、何か新しい情報入ってる?今度の水曜日に定例電話会議でチームの皆と話すから、我々がどの部門におさまることになりそうか、事前に知っておきたいんだ。」

とジェームスにメールを送ったところ、五時過ぎに彼から電話がかかって来ました。

「ちょうど連絡取ろうと思ってたところだったんだよ。」

ジェームスというのは、環境部門北米西部エリアのオペレーションを統括しているエリート社員です。三年ほど前に転職して来て、短期間に重要ポストを歴任。去年までは南カリフォルニアが担当範囲だったのに、今年から西海岸全域に(アラスカまで)守備範囲を広げました。それまで彼と横並びで北半分を所管していたカレンは押し出される格好になり、二月に立ち上がったプロジェクトコントロール部門とその他共通部門を束ねるポジションにおさまりました。カレンにしてみればあからさまな格下げで、きっと面白くはなかったでしょう。でもプロジェクトコントロールの人員をひとつに束ねようという動きは、それまで明確な組織的認知を受けて来なかった我々にとって、歴史的な決定でした。この新生チーム立ち上げから八ヶ月、その成果は誰の目にも明らかでした。しかしまたしても巨大な組織改編の荒波に襲われ、バラバラに解体されて元の木阿弥になるのではないか、とチームメンバー達から不安の声が漏れていたのです。

「大丈夫。シンスケのチームはほぼ現状通り維持されることになった。」

とジェームス。ひとまず安心です。

北米環境部門では、これまで五つの地理的エリアに分けて運営していたのを、十月から三つの部門(IRE)に再編成することになったのですが、私のチームはI部門に落ち着くことになった、とジェームス。彼自身はE部門で今の仕事を続けるとのこと。

「カレンはどうなるの?」

と私。ボスともども同じ部署に異動が決まればラッキーだな、と思っていたのです。ほんの一瞬、電話の向こうで微かな怯みを見せたジェームスですが、

「彼女はVSP申請が承認されたよ。」

と答えました。VSPとはVoluntary Separation Programの略で、自ら手を上げれば通常よりやや手厚い退職手当が支払われますよ、という「自主退社プログラム」です。

「苦労をともにしてきた仲間だから、本当に残念なんだけど…。」

そうか、カレンは遂に引退する決意を固めたのか。前回電話で喋った時はそんな意思を匂わせもしなかったけど、何か思うところがあったんだろうな…。

そんなわけでチームの存続は確認されたものの、誰の下につくことになるのかまでは未定とのこと。一、二週間の内には詳細が決まるだろう、と説明するジェームスでした。

電話を切った後、さっそくカレンに翌日早朝の電話会議予約のメールを送りました。

「昨日の晩ジェームスと話したんだけど、一応本人の口からも聞いておきたいと思って。」

と開口一番切り出すと、ため息まじりの笑い声で、

「私も昨日初めて知ったのよ。」

と返すカレン。

「え?どういうこと?」

と当惑する私に、

「どんな風に知らされたか聞きたい?」

と畳み掛けます。

「オフィスの月極パーキングの契約期限切れを知らせるメールが届いたの。更新手続きの方法を調べようと人事総務部に問い合わせたら、すごく言いづらそうに、契約延長はしないほうがいいって言うの。で、しつこく理由を尋ねてみたら、あなたは間もなく退職する予定だからって。はあっ?でしょ。」

乾いた笑い。

「で、退職予定日ってのがまた気が利いてるのよ。」

この日付については前日にジェームスから知らされていたのですが、敢えて黙っていました。

9.11(ナイン・イレブン)ですって。どうよこれ?」

確かにそれは随分dark sense of humor(陰気なユーモア・センス)だね、と何とか反応する私。彼女が自主的に退職を決めたわけではないばかりか、こうなることを予測もしていなかった、という事実に衝撃を受けていたのです。彼女の上司のリックも、それからロングビーチ支社のリーダーであるウィルも、皆同じ処遇のようだとカレン。五つの組織を三つに減らすのだから、単純計算すれば副社長クラスの四割が職にあぶれて当然です。それを「自主退社希望者募集」という名目で穏便に処理しようと試みたものの期待通りに進まなかったため、なりふり構っていられなくなった会社側が勝手に自主退社者を選出する、という強硬策に出たのでしょう。

「あなたのチームは安泰よ。それは本当にいいニュースで、ほっとしてるの。」

とポジティブなコメントをつけ加えた後、でもやっぱりね、とカレン。

32年もこの会社でやって来たのよ。32年よ。」

長年に渡る貢献のお返しがこの仕打ちか、という無念さが伝わります。今回の組織改編はコロナが原因ではなく、数年前に策定された長期戦略に則った決定なのだ、という説明は部門のトップから度々説明されていました。でも本当にそうなのか?

確実に言えるのは、「誰かが嘘をついている」ということでしょう。

不都合な目に合う社員に対する気遣い、対外的イメージの維持。理由は何であれ、真実が語られていないのは確かです。滅茶苦茶だった西海岸北部地域の経営を立て直したエピソードを語ろうと試みたカレンが声を詰まらせて数秒間会話が止まった時、あまりの居心地悪さに電話を置きたくなりました。

さて、水曜の昼前。どんよりした気分を振り払い、マイクロソフト・ティームズを使ってメンバーたちとビデオ会議です。

「あのさ、前回のセッションで、これからはみな顔を見せながら話そうって言ったよね。」

と私。カラフルな風船の画像を背景にライブで姿を見せているのが私だけだったので、カメラをオンにするようやんわりと促します。

「ええ?そうだっけ?無理無理。今は絶対無理。」

と女性陣が一斉に抵抗します。

「まあいいけど、次回からはそうしようよ。」

と私。メンバー全員が自由闊達に話せるのが理想のチームじゃないか、顔を見せてなきゃちゃんと身を入れて参加してるのかどうかさえ分からないよ、と主張します。そして組織改編のニュースを含めて事務連絡を淡々と済ませてから、

「じゃあさ、どんなに他愛もないテーマでもいいから自分についてちょっと話すっていう企画やろうよ。こないだそういう話題になったでしょ。」

と焚き付けます。しばしの沈黙。

「じゃ、私から行くわね。」

とオレンジ支社のヴァージニアが口を開きました。お、いいね、と私。

「こないだふと思い出したんだけど、小学校四年生の頃だったか、生徒会長に立候補したの。何でそういう決断に至ったのかは全く思い出せないんだけど、とにかく頑張って選挙活動したのよ。結局五年生の男の子に負けちゃったんだけどね。」

それからまた静寂。ええ?それでおしまい?なんだその唐突な話題?何でもいいとは言ったけどさ…。するとシャノンが、

「公約は何だったの?」

と普通に質問します。おっと、この話題を拡げようっていうのか?すごいな。

「いろいろあったと思うけど、第一に給食の品質改善だった気がする。」

へえ~、そんなこと考えてたんだ、ちっちゃいのに…。と皆で感心します。

「で、改善はされたの?」

とサンタマリア支社のデボラ。え?まだ引っ張んの?と呆れ始める私。

「それがね、選挙には負けたんだけど、それから給食が格段に美味しくなったの!私の公約が影響したかどうかは分からないけどね。」

まあ良かったじゃない!とメンバーたち。この後、更にこの「どうしようもなく他愛もない話」が引き延ばされ続けたのですが、気が付けばチームの会話は楽しいトーンで弾んでいたのでした。さっきまで暗い話題で沈んでたもんな、こういうのいいな。そうじんわり感動していた私は、

「あ、僕もちょっと思い出した。」

と、この日の朝の出来事を話し始めました。客間で仕事していた私のところに妻が来て、「あの子、起きてる?」と尋ねたのが朝九時四十分。自宅からオンラインで大学の授業を受けている18歳の息子が今学期履修しているのは「化学Ⅰ」ですが、授業はカリフォルニア時間で九時からのはず。そういえば彼の部屋から物音が聞こえて来ないな、と訝ってドアを開けてみたら、ベッドで大口を開けて熟睡しています。肩を軽く叩いて「今日は授業無いの?」と尋ねたところ、薄目を開けて一瞬考え込んだ後、がばっと手を伸ばしてスマホをつかみ、時間を確認して飛び起きます。

「ありがと!」

そしてバタバタとトイレへ行ってから再び部屋に戻り、音を立ててドアを閉めました。一クラス十数人の少数編成なので、出席してなかったら絶対バレる状況です。しかもオンラインで顔を見せるフォーマットだから、しれっと途中参加出来るわけがない…。三十分後、キッチンに現れた彼に首尾を話させました。

「もう授業はほとんど終わってたから、イーライに謝ったよ。」

イーライというのは、教授の名前です。どんな言い訳をしたのかを尋ねたところ、

「寝坊しちゃったって言ったんだよ。そしたら、そういうこともあるよって許してくれたの。もう二度と寝坊なんかしませんって言って謝ったよ。」

「え?素直に理由を話したんだ。」

ハッと驚いていた私でした。遠隔でのコミュニケーションなんだから、いくらでも誤魔化せそうなのに…。

「だってイーライは好きな先生なんだよ。好きな人に嘘つきたくないでしょ。」

と真顔で答える息子。そっか、そうだね、確かに…。

高い授業料を払ってる親の目の前で寝坊しておいて、よくもそうぬけぬけと正論が吐けたもんだな、と怒ってやってもいいところかもしれませんが、何か胸にぐっと来るものがあり、黙ってやり過ごした私でした。「好きな人に嘘つきたくないでしょ」というセリフには、社会で揉まれてすっかり擦れてしまった大人たちを、はっと立ち止まらせるパワーがあるな、としみじみ思うのでした。

この話を終えた時、電話の向こうで暫く無言が続きました。あれ?みんなどうしたの?と反応を待っていたら、ヴァージニアがようやくこう言いました。

“Can he mentor my five-year-old?”
「(お宅の息子さん、)うちの五歳児のメンターになってくれるかしら?」

そこで皆笑い、今のエピソードをポジティブに受け止めてくれた様子が窺えました。

会社がどうであれ、このチーム内ではお互い何でも言える間柄にしたい。そのためには、たとえどんなくだらない話でもきちんと時間を割いて会話をしよう。好きな相手には正直になれる。正直でいられればストレスも少ない。ストレスが無ければ仕事は楽しいはずだ。そういうチームを作らなければ、とあらためて思うのでした。

さて金曜の朝、855分。息子の部屋を覗いてみたら、まだベッドの中です。

「おい、今日は授業無いのか?」

スマホで時間をチェックし、跳ね起きた18歳。

「ありがとう!」

とトイレに駆け込もうとする息子を、信じられない気持ちで追いかけます。

「もう二度と寝坊しませんって先生に謝ったばかりだよな!」

正直でストレス知らずなのはいいけど、いくら何でも緊張感が無さすぎるだろ!