2016年7月2日土曜日

The beatings will continue until morale improves. 幸せですと言うまでイジメ抜くぞ。

先週のある日、暫く顔を見ていなかったマリアが私の席にやって来て、挨拶もそこそこに、

“I can’t believe this.”
「信じられないんだけど」

と告白。

「エドの誕生日、すっかり忘れてたのよ!」

十年前までは私の、それから今日までずっとマリアの上司であるエドが、先月60歳になっていたというのです。バースデーランチの企画を失念したまま一カ月経っちゃって気まずいんだけど、とにかく集まろう、という話にまとまりました。我々は過去十年、仲間内の誕生日を祝うために欠かさずランチに出かけていたのです。あろうことか、我らがエドの大事なマイルストーンをすっ飛ばしてしまうなんて!

水曜日、数年前に「ランチクラブ」会員になったリチャードも加え、四人で近所のレストランへ。会社が吸収・合併を繰り返してグローバル企業に変質して行く中、大勢の仲間が去って行きました。そんな中、この四人はしぶとく生き残っています。

「さっきのウェブキャスト、見た?」

と私が話題を振ります。11時、アメリカ地域のトップであるF氏がウェブを使って国内の社員数千人に話しかける、というイベントがあり、大ボスのテリーをはじめとする支社の社員がランチスペースに集まったのです。大型スクリーンに映し出されたF氏が取り上げたのは、春に行った全社意識調査の結果でした。社員の士気が著しく下がっているという分析結果を語った後、

「我々はこれを重く受け止め、既にタスクフォースを組織している。今後一カ月でアクションプランを練る予定だ。七月の終わりには皆さんに方針をお話し出来ると思う。」

と、大きなジェスチャーを交えてややドラマチックに話しました。

「相変わらずって感じよね。これまでも、そういうのを繰り返して来たじゃない。」

とマリア。過去数年、上層部が毎年のように入れ替わり、その度に経営改善の秘策があるかのように振る舞って皆を鼓舞しては消えて行きました。上場企業の宿命ではあるのですが、コストカットを推進すると社員が根を上げて辞めて行き、エグゼクティブ達が「モラル(士気)を改善しなければ」と対応に追われるのですね。

この十年、会社がサポート系(ITや経理)の人材を大量解雇してインドやメキシコなどにアウトソースした結果、サービスの質がガタ落ちし、稼ぎ頭であるPM達の負担が増大しました。ちょっとしたソフトの不具合など、昔ならオフィスに常駐するIT専門家が飛んで来て五分で解消してくれたのに、今では一時間以上も電話をたらい回しにされた挙句、なまった英語の外国人が曖昧に解決する、という始末。会話を終えた途端に自動でアンケートが送られて来て、サービスのクオリティを尋ねて来るのですが、こんなもんに使う時間は残ってねえぞ!と苛立ちます。

「貴重な人材の流出を食い止めるため、モラルを向上させなければいけない。」

というのが上層部の決まり文句ですが、具体的に有効な策を打ち出せた試しがありません。あるとすれば、昔みたいに金を使ってサポート・サービスを充実することですが、誰もそんなことは言いません。聞こえるのは、「対話集会を開く」とか「業績に見合ったボーナス制度を作る」とか、ほとんどコストのかからない話ばかり。社員の忙しさは加速する一方です。そのうち「一向に状況が改善しないじゃないか」と責任を問われ、会社を追われて行くエグゼクティブ達。そういう茶番を冷めた目で眺めて来た我々に出来ることは、上層部の話に一喜一憂しない、ということくらい。

「こういう経営スタイルを何て表現するか知ってるか?」

とエドが笑います。

“The beatings will continue until morale improves.”

これはよく聞く言い回しです。直訳すれば、

「懲罰を続けるぞ、士気が改善するまでは。」

ですが、簡単に言えば

「幸せですと言うまでイジメ抜くぞ。」

という意味。う~ん、あまりにもハマり過ぎてて笑えないぞ…。

さて、我らがエグゼクティブのF氏はウェブキャストの終盤、

「改善点は三点あります。」

と、一つずつ丁寧に解説して行きました。そして、

「三つ目は、ITサービスの改善です。我々は…。」

と、彼が大きな身振りとともに口を開けた途端、映像と音声がフリーズしたのです。それから十数秒、このトラブルは解決されることなく、会場の皆が半笑いでF氏の静止画像を眺め続けました。そしてようやく画面が動いたと思ったら、放送内容はすっかり終了していたようで、

「これでウェブキャストを終わります」

というコーディネーターの音声が流れました。一同爆笑。

“This is pretty ironic!”
「かなり皮肉なことになっちゃったわね!」

と、大ボスのテリーがコメントして更に笑いを誘ったのでした。


2016年6月26日日曜日

BYOD ビーワイオーディー

数カ月前に採用した女性社員のカンチーは、ベトナム生まれのアメリカ育ち。大学を出てからわずか数年なので、下手したら自分の子供でもおかしくない年齢です。うちの息子が何事にもちゃらんぽらんなのと対照的に、常に気を張って生きている感じの彼女。打合せ中は真剣な面持ちでメモを取り、席に戻って時々読み返しては頭に沁み込ませようとする姿をよく目にします。はす向かいのデスクでパソコンに向かう彼女に声をちょっとかけると、手を止めて素早く立ち上がり、私の横まで歩いて来てさっとメモ帳を拡げます。

彼女の年齢の頃はバブル景気に浮かれ、テニスだ飲み会だ、と仕事そっちのけで遊んでいた私。日中あまりにも眠いので、休憩室で仮眠することもしょっちゅうでした。業務中の私語は普通で、同僚や先輩との会話の大半は無駄話。社員旅行先の温泉旅館に呼ぶコンパニオンの手配にも、職場の電話を平然と使っていました。「少し年増の女も混ぜといてくれよ」と、横で課長が注文したりして…。大らかな時代だったのですね。そんな私の目に、カンチーの真面目さは驚異です。あまりに真っ直ぐで、逆に心配にもさせられます。仕事と遊びの境界を少し曖昧にしておくことも、心の健康のためには大事なことなんじゃないか、とちょっぴり思う私。最近はセクハラだ何だでがんじがらめになって、冗談のひとつも言えません。そんな職場が健全だとも思えないのです。

ちょっと前のある日、彼女が携帯プロバイダーらしき相手と電話で何やら言い争っているのを耳にしたので、こんな質問をしてみました。

BYOD(ビーワイオーディー)知ってる?」

BYODとは、Bring Your Own Deviceの略で、直訳は「自分のデバイス(携帯端末)を会社に持ってくる」という意味。意訳すると、「個人保有端末の業務上使用」って感じでしょうか。要は、個人のスマホを仕事で使うことを会社がサポートするプログラムです。業務のメールや電話を社員の私用スマホから出来るようにし、会社が一定額の費用払い戻しをする。社員は二台の端末を持ち歩かなくて済む上に、会社もコストを抑えられる。しかしその代償に、個人の携帯番号は社内で公開されてしまうし、企業機密が個人端末を通して社外に漏れる危険性も高まる。

発表当初は、「公私の境界がこんなに曖昧な制度をスタートしちゃっていいのかよ?」という声が大半でした。個人情報を拡散したくないから、と頑なに参加を拒む人も多数。それが今では、まるで当たり前のこととして受け入れられている。

「何ですかそれ?初耳です。」

というカンチーに、

「個人の携帯番号を社内で公開することさえ気にしなければ、会社から払い戻しが来るんだ、これは美味しいでしょ。」

とお気楽な説明をする私。暫く悩んだ末、彼女は意を決して総務のヘザーを訪ね、書類にサインしました。

ところが一昨日、大ボスのテリーから、この件についての質問メールが届きました。

「この制度は、一日の大半を社外で過ごすようなタイプの仕事をしている人のためにあるのよ。どうして彼女にこれが必要なの?」

え?そんな条件あったっけ?急いでイントラネットを検索したところ、どうやら最近付け加えられた条項みたいです。発足当初は無条件で一斉適用しておいて、一旦制度が広まったら更なるコストカットのために条件を厳しくする、というやり口か。会社もなかなか賢いじゃないの…。

「それは知りませんでした。却下して下さい。彼女には話しておきます。」

とあっさり引き下がる私。カンチーの横にいって書類棚に腰を下しました。

“I have bad news.”
「悪いニュースがあるんだ。」

そう真顔で告げる私を見て、急激に硬直する彼女。そのあからさまなうろたえ方が面白かったので、思わず必要以上に間を取って顔色の変化を窺います。

“Please don’t cry.”
「泣き出さないでほしい。」

わざとドラマチックにトーンを落とし、更に間を取りました。激しく動揺する彼女の隣の席で、ただならぬ様子に気付いたシャノンが、何事かとこちらを振り向きます。

「大丈夫です。何ですか?ちゃんと言ってください。」

顔を紅潮させつつも、どんなに恐ろしい宣告でもしっかり受け止める覚悟を決めた様子のカンチー。

「ビーワイオーディーが却下されちゃったんだよ。そもそもオフィスワーカーには応募資格が無かったんだってさ。」

と明るく告げる私に、更に顔を赤くした彼女が言いました。

“Oh, you scared me!”
「もう、ビビったじゃないですか!」

解雇宣告みたいに深刻なニュースを想像していたであろう彼女は、大きく息を吸って安堵します。あっはっは、と笑う私に、向こうからシャノンが笑顔で、

“Shinsuke does that!”
「こういうことするのよ、シンスケは!」


年齢の近いシャノンはちゃんと分かってくれているのですが、このおふざけが若いカンチーに好意的に受け取られたかどうかは謎です。人事に訴えられませんように…。

2016年6月19日日曜日

Big Kahuna 大物

南カリフォルニアとハワイ地区を統括するP氏が、Town Hall Meeting(タウンホール・ミーティング)のためにサンディエゴ支社を訪れました。就任から数カ月経って引き継ぎも終わり、いよいよ支社巡りを開始したようなのです。タウンホール・ミーティングとは、要職にある人物が大勢の人と対話するための集会。ランチタイムに150人ほどの社員を大会議室に集め、前四半期の業績と今後の展望などについて話します。三月に行った就任挨拶のカンファレンスコールでは、軍服姿が目に浮かぶような高圧的口調でした。しかし実際会ってみると、普通に身なりの良い、物腰柔らかな紳士です。ノーネクタイの純白シャツ、見る角度によって光る場所が変わるシルク混じりっぽい紺ジャケット。眼光こそ鋭いものの、演説の端々に軽いジョークを絡ませるなどして、集会は終始和やかに進みました。

「昨年までテキサスの建設会社でCEOを務めていました。しかし皆さんが働くこの会社の目覚ましい成長を知り、自分がキャリアの終盤を過ごすのはここしかない、と転職を決意したのです。」

更なるステップアップのためにCEO職を捨てるのか。しかも他州に引っ越してまで。よっぽど上昇志向が強いんだなあ…。彼はしきりに、我が社がどれほど強大で競合他社の脅威になっているかを繰り返します。特にカリフォルニアにおける環境分野の業績は群を抜いているらしく、こんな表現を使いました。

“We are the biggest kahuna in the environment business.”
「我々は環境部門では一番のビッグ・カフーナだ。」

Big kahunaというのはよく使われる表現で、先日同僚ディックに解説をお願いしたところ、ハワイの波の神であるカフーナが語源で、「ビッグ・カフーナ」は「大物」という意味だそうです。

“We are the biggest kahuna in the environment business.”
「我々は環境部門では一番の大物なんだ。」

辞めて行った社員の多くは、会社が大きくなりすぎて自分の存在がどんどん小さく思えて来る、という心情を吐露していました。P氏はこれと真逆のメンタリティーを持っているのですね。

三時からは、Coffee with Managers(マネジャー達とコーヒーを)と題した別のミーティングがあり、12名ほどの社員が中会議室に集められてP氏と対面しました。誰がどう選んだのか、メンバーには部下のシャノンと私が含まれています。P氏はまず、出席者の在籍年数や専門分野を尋ねました。次に、普段不満に思っている点、改善したい点などを順番に話させ、しきりにメモしています。

ITサポートの質が落ちています。一般的なサービスはともかく、専門分野のソフトウェアなどについては問題解決に異常に時間がかかります。」

「プリンターをキャノンからゼロックスに替えてからというもの、印刷物の質が落ちています。コスト削減のために品質を犠牲にした良い例だと思います。」

「オープン・オフィスが嫌だと言って辞めて行った社員が結構います。個室オフィスを撤廃することで、優秀な人材を確保しにくくなった点は否めないと思います。」

この話題には沢山の出席者が食いつきました。しかも揃ってネガティブな意見。部下たちと世間話を楽しめるオープンな環境をいたく気に入っている私は、思わず割って入りました。

「職種によると思いますよ。プロジェクト・コントロールのようなサポート職は、人が質問しやすい環境に身を置いた方が仕事しやすいですが、エンジニアのように長時間の精神集中を要求される職種には試練ですよね。」

私の目を見て、満足げに頷くP氏。

「お楽しみ企画やボランティア活動に、めっきり人が集まらなくなりました。社員同士のつながりが希薄になっている気がします。」

こう発言したリタは、日頃から率先して勤務時間外のイベントに参加するタイプ。確かに振り返ってみれば、私自身も最近は、多忙にかまけて食事会企画などが出来ずにいます。いいポイントついてるじゃないか、リタ…。この後、彼女の発言を引き継ぐ形でシャノンが言いました。

「効率追求が行き過ぎて、みんな忙しさが極まっているんだと思います。私も毎日夕方になるともうヘトヘトで、余力が全然残っていません。何か楽しい行事に誘われても断るしかないんです。忙しさの原因の一つは、ランチタイムに開かれるトレーニングやミーティングの増加です。社員の稼働率を落とすなというプレッシャーが強すぎて、プロジェクトに時間をチャージ出来ないような集まりは、最近みんなランチタイムに開かれるんです。一週間の昼休みが全部仕事で埋まってしまうことも珍しくありません。そもそもお昼休みは休むためにあるのに、全然休めないんです。」

じっと聞いていたP氏が、皮肉な微笑みを浮かべながらこう返します。

「私もついさっき、みなさんのランチタイムを奪ったばかりだね。それは申し訳なかった。」

「いえ、今日だけのことじゃないんです。これは最近の傾向なんです。」

慌てて補足するシャノン。

「分かってる、これは由々しき傾向だ。何とかできないか考えてみるよ。」

と笑うP氏。

意図せぬ事とは言え、ビッグ・カフーナに公然と盾突いた彼女を称え、暫くこの話題でシャノンをいじりました。その度に顔を赤くして、

“Am I in trouble?”
「まずいこと言っちゃったかしら?」

と不安そうな彼女。

実はそうやってからかいつつも、すっかり感心していた私でした。日和見的な発言でお茶を濁した私と違い、大物相手でも怯まずアグレッシブな態度で臨んだシャノン。彼女のような人こそが、本当の大物なのだと思います。


2016年6月12日日曜日

You are the man! あんたが大将!

南カリフォルニアの大規模プロジェクト獲得に向けた会議のため、二十人を超す社員が先日オンタリオ支社に集合して二日間議論しました。数年前に買収されたエンジニア部門がデンバーからやって来て、そこのトップP氏がまず高らかに宣言します。

「これはうちの部隊がリードする仕事だ。プロジェクト・コントロールはうちのジャックが仕切る。」

クライアントの主要メンバーや対象エリアの特性を知り尽くしている我々環境部隊は、この強引なやり方に釈然としない一方、何か政治的な駆け引きが裏で動いているようなので、下手に反論できません。中でも私は一番下っ端なので、周りのサポートが無ければ発言も出来ない。

会議中何度か、うちの重鎮ブレントや司令塔のマイクが、

「その仕事はシンスケが…。」

と切り込むのですが、すかさずP氏が

「いや、それもジャックが担当する。」

と被せて来るので、このプロジェクトに自分の居場所は無いな、とさすがに鈍感な私でも勘付き始めました。そしてそのうち援護射撃も打ち止めとなり、私は貴重な二日間をただただ黙って座り通したのです。人をバカにするにも程があるぞ。必要無いなら最初から呼ぶなよな。デンバーのジャックに全部任せるって言うなら、勝手にそうしてくれよ。大体そのジャックとやらも、二日間姿さえ見せなかったじゃないか。初日に数時間電話で会議に参加しただけで中心人物扱いとは、笑わせるぜ!

二日目の会議終了後、握手しながら談笑する人々を横目で見つつ急いで立ち去ろうとする私に、マイクが

“We’ll need to talk.”
「後でちゃんと話そう。」

と小声で言いました。

それから数日間、プロポーザル・チーム間に飛び交う一斉メールがインボックスに雪崩れ込んで来ましたが、私は完全無視。いずれ正式にチームから抜けようと心に決めて、他の仕事に集中しました。

水曜日、マイクから電話が入ります。プロポーザル準備の進め方について相談したいとのこと。

「僕にまだ何かやることが残ってんの?」

と尋ねる私に、マイクが、

「分かってる。確かにあの会議はひどかった。やる気が出ないのも理解出来るけど、俺たちには君が必要なんだ。」

となだめます。

「あのさ、正直言ってもう情熱湧かないんだよね。どう転んだって、プロジェクト・コントロールのポジションはジャックっていう人が担当するわけでしょ。その人に任せればいいじゃん。」

「本気で言ってんのか?環境分野の経験が無い人間に、俺たちの仕事のスケジュールや積算が出来るわけないだろ。はっきり言って、彼等エンジニア達は環境部門を甘く見てる。このプロジェクトの行方を左右するのはうちの仕事なのに、それが分かってないんだ。そんな奴等に、全てを任せられるわけないじゃないか。」

「いや、手伝わないと言ってるわけじゃないんだよ。必要なことがあればそう言ってよ。ちゃんとやるから。」

当初の熱がすっかり冷めてしまっているのを私の口調から感じ取ったようで、マイクがこう提案します。

「ブレントを加えてもう一度話そう。」

夕方、この日二度目の電話会議。公家さんのようにおっとりした口調で、重鎮のブレントが諭します。

「シンスケ、あの会議での君の扱われ方は不当なものだった。本当に申し訳なく思ってる。でも君も分かってる通り、我々が絶対の信頼を置いているのはデンバーのジャックじゃない。環境部門のメンバー全員が、君を頼りにしてるんだ。カマリヨ支社でのキックオフミーティングでは、君のアドバイスにみんな感銘を受けてたんだよ。」

そして彼が、こうキメます。

“To us, you are the man!”
「我々には、ユー・アー・ザ・メ~ン!」

このYou are the man!というのは、「あんたが一番!」とか「あんたが大将!」という褒め言葉です。

「どうか引き続き、我々をリードしてくれないか?」

ブレントの説得で俄然やる気を取り戻した私は、残業して環境部門のスケジュールを仕上げ、翌日彼等に提出しました。

その日の夕食の席、妻子に今回の顛末を話して聞かせました。

「我ながら大人げなかったなあ、と思うよ。マイクやブレントがそこまで持ち上げてくれなかったらやる気が出ないっていうのは、プロとして未熟だよね。」

すると14歳の息子が、

「なんか、トイ・ストーリーみたいだね。」

と笑います。

「え?なんで?」

キョトンとする妻に、息子が説明します。

「ほら、バズが登場した時、それまでずっとアンディの一番のお気に入りだったウッディーがさあ…。」

「あ、そうか。すねちゃったんだよね。」

と妻。

すねちゃった…。確かに私の態度を一言で表現したら、こういうことですね。

なんか、めちゃくちゃ恥ずかしいじゃないか…。


2016年6月5日日曜日

Web Thinking ウェブ的思考

金曜の朝。オフィスの地下駐車場に到着してiPhoneをチェックすると、東海岸のパットからメールが入っていました。

「どうしてる?久しく会話してないなって気が付いて、連絡してみようと思ったの。」

彼女は本社の上席副社長。社内でプロジェクト・コントロールの組織を正式に立ち上げるために雇われた腕利きです。直接顔を合わせたことはないのですが、イントラネットの社内ニュースで彼女の活動を知り、興味を持った私が数か月前にメールで質問したことから交流が始まりました。これまでに、ほぼ月一のペースで情報交換をしています

「5分後にこちらからかけるね。」

と返信してエレベーターに乗り込みます。自分の席についてコンピュータを立ち上げ、ヘッドホンスタイルの受話器をかけて電話をスタート。

「一カ月ぶりにスケジュールがポカッと空いたのよ。」

「僕も昨日、ちょうど急ぎの仕事が終わったところ。」

北米南部地域でのパイロット・プロジェクトの進展具合や、会社トップとの調整状況を細かく語ってくれるパット。

“This is strictly confidential.”
「これは絶対に秘密なんだけどね。」

と、かなりヤバそうな内輪話をどんどん打ち明けてくれます。彼女のポジションから見れば、私なんか相当な下っ端です。しかもたった数カ月の付き合い。そんな私をなんでここまで信用してくれるのか首を傾げたくなりましたが、きっとこちらが提供する情報に対する見返りをしなきゃという義務感なんだろうな、と勝手に推察する私。

30分ほど内部情報をシェアした後、私の近況を尋ねるパット。

「先週R氏がサンディエゴに来たんだよ。」

「そうらしいわね。どうだった?彼の印象は。」

「相当優秀みたいだね。プロジェクト・コントロール界じゃ、間違いなく大物だと思うよ。西海岸地域のPM達をサポートするために、ガイドラインやテンプレートをどんどん提供するぞ、と意気込んでた。でもね。」

私は思い切って、彼の人物評を付け足しました。

「正直、彼から良いバイブレーションは受け取れなかったんだ。一時間ミーティングしたんだけど、そのほぼ9割は、彼がどれほどの業績を上げて来たかという話に終始したんだもん。」

「やっぱり?私も数回会ったんだけど、残念ながら同じ印象を受けたわ。ちょっと心配よね。それに彼のアプローチって、問題を特定して分析し、ツールやトレーニングという形の解決策を提供して一丁上がり!でしょ。結局のところ、PM達に全てを押し付ける格好じゃない。私の方法論は違うの。PM達が安心して仕事が出来るように包括的なサポート環境づくりをする、というものだから、短期間ではあまり効果が期待出来ないのよね。そんな悠長なことやってられないって批判を受けても仕方ないんだけど、私はそれがベストだと思ってるの。」

「僕がやってるのも、そっちの方だよ。」

「そうなの?具体的に聞かせてよ。」

南カリフォルニアのプロジェクト・コントロール・グループをじわじわと拡大中で、隔週のカンファレンス・コールを使って情報交換し、PMツールのトレーニングも適宜実施。現在総勢14名になっていることを説明しました。

「僕以外は全員女性なんだけどね。どういうわけか。」

と付け足すと、彼女がすかさず、

“Because women are detail oriented!”
「そりゃ女性は細かい仕事が得意だからね!」     

と語気を増します。

「そうだ、こんなフレーズ知ってる?」

とパットが教えてくれたのが、これ。

“Men are a linear thinker. Women are a web thinker.”

複数形のMenWomenを単数形のbe動詞で受ける、という特殊な英語表現である点はひとまず置いて、その意味するところはなかなか含蓄あり、です。

「男性は直線的思考をし、女性はウェブ的思考をする。」

ウェブ的思考(Web Thinking)、というのは初耳。後で参照元を調べたところ、これはHelen Fisher (ヘレン・フィッシャー)という人類学者の造語で、女性のリーダーがどういう点に秀でているか、という論の中で使われています。男性というのは一度にひとつの事象に集中するのが得意で、今のステップが終われば次へ行き、ゴールまで順々に進む、という直線的な思考をする。それに比べて女性は、まるでウェブ(蜘蛛の巣)のようなアプローチを採る。連続していない複数の事象を同時に捉えて処理していく。時間はかかるが抜けが少なく、曖昧さも受容出来る。女性の脳というのは男性脳と較べ、右脳と左脳を繋ぐ神経経路が多いというのがそれを支えている要因だとか。

「なるほど、スゴイ表現だね。あらゆることがこの一言で説明つくよ。」

「そうでしょ!」

帰宅して、さっそく妻にこの話をしてみました。14歳の息子は水筒やら上着やらをあちこちに忘れて帰って来て彼女にしょっちゅう叱られているのですが、同時に複数のことを考えられない男性脳特有の直線的思考が原因だと分かれば、怒りもちょっとは和らぐでしょ、という私のコメントを、

「何言ってんの?全部その直線上に並べればいいだけじゃん!」

と一喝。

我が家の女性脳は、なかなかシビアです。

2016年5月29日日曜日

Turnaround Guy 再建請負人

数週間前から、ドラマ「24」のシーズン5を見直しています。今回のジャック・バウアーは、一年半に及ぶ潜伏に終止符を打ち、正式にCTUに復帰したわけでもないのに、細菌兵器を入手したテロ組織に立ち向かって大活躍、という役回り。一刻の猶予も許されない緊迫状態の中、組織内部の裏切りや仲間の死、情愛のもつれ、大統領の企みなどが複雑に絡まって物語を盛り上げるのですが、今回久々に見返してみて感心したのは、トップ人事が組織の行動にどういう影響を及ぼすかが巧みに描かれている点。シーズン5が異彩を放っているのは、地域本部から送り込まれたリンという若きエリートの存在によるところが大きいと思います。

周囲から厚い信頼を受けていたビル・ブキャナンの指揮権をいきなり奪い取り、自分のやり方に従わない者は権威を振りかざしてねじ伏せ、時には冷酷に排除する。部下たちの忠告には耳を貸さず、彼らが命令に背いたのではと疑えば厳しく監視する。統制を図ろうと居丈高になればなるほど、部下たちは彼から離れて行く。頭に血が上ったリンは遂に、細菌兵器のありかを掴むために現場で決死の侵攻作戦に取り組んでいたジャックですら、「自分の命令を聞かないから」という理由でCTUへ連行させようとします。憤然としながらもこれに従うしかない職員たち。さあどうするジャック?

十年前に鑑賞した時は気づかなかったけど、これって大きな組織で働く人にとっては「あるある」な状況なのですね。現場を知らない上層部と最前線との間に生まれる不信感。組織が大きくなればなるほど縦方向の距離が増し、情報や意思の交換が難しくなるのは当然です。

さて、我らがジャック・バウアー。テロ行為の阻止を最優先課題に置く彼は、リンの権威に臆することなく、彼の指示をあっさりと無視。色々無茶を重ねながら信念に基づいて行動し、起死回生の成果を上げて戻って来ます。彼以上に現場を知っている人間はいないのだから、初めから邪魔せず任せておけばいいのに、と視聴者がイライラを募らせる仕組みになっているのですが、組織で動いている以上、こういう摩擦は避けられません。今回私は、登場人物間に働く力関係の入念な作り込みに惚れ惚れしながら、ドラマを再鑑賞したのでした。

実は私(決して自惚れているわけではなく)、常にジャック・バウアーに似た立場で仕事に取り組んで来たという自負があります。PMたちがサポートを求めているのに、会社にはその体制が無い。組織図のどこにも、「プロジェクト・コントロール部門」が存在しないのです。だったら勝手に動くしかない。トレーニングを企画し、自前のプレゼンスライドを携えてゲリラ的に支社巡りをして来ました。そこで相談を受けたPM達からサポート要請を取り付け、じわじわと仕事の基盤を広げて行き、これに平行してチームを拡大。各支社にネットワークを広げ、南カリフォルニア地区に非公式のプロジェクト・コントロール・チーム(総勢14名)を構築したのです。5月後半には大ボス・テリーの後押しで、南カリフォルニアの支社を巡ってPMトレーニングを展開。部下のシャノンにサンタバーバラ支社とサンタマリア支社を任せ、私はベーカーズフィールド支社、カマリヨ支社、それからサンディエゴの二支社でトレーニングを開催しました。
ところがこのさ中、状況が大きく揺らぎます。

数カ月前、南カリフォルニア地域のトップに就任したP氏が、彼の右腕としてR氏をデンバーから呼び寄せました。彼はプロジェクト・コントロール担当副社長と名乗り、就任直後から猛然と改革をスタートします。ウェブ会議を度々開催し、これまで会社に欠けていたPMサポート体制を構築して行く、と発表。ガイドラインやテンプレートの提供、各種トレーニングの開催など、様々な角度からプロジェクト・マネジャー達を支援して行きます、と。

私が草の根運動としてコツコツ積み上げて来たことを、トップダウンで開始したのです。やれやれようやく会社が重い腰を上げてくれたか、と安堵したのも束の間、R氏がPM達に一斉送信した最近のEメールを読んで愕然としました。私が「これだけはやっちゃ駄目だよ」とトレーニングで強調している悪しき慣習を、手放しで奨励する内容が盛り込まれていたのです。彼はこの会社に来て日が浅いから、問題の大きさに気付いていないのかもしれない。さてどうする?彼に連絡して率直にミスを指摘するべきか

そんな時、大ボスのテリーからEメールが届きます。

R氏がうちの支社を訪問することになったの。シンスケのトレーニングの日程を教えたら、サンディエゴでの最終回に出席したいっていうのよ。」

R氏の面前で、大勢の受講者に「先日の彼の指示は間違いだ」と指摘して顔を潰すことだけは避けたい。しかしだからと言って、重要なメッセージを伝えずに済ますことも出来ない。そもそも既にトレーニング・ツアーは始まってるし、過去の受講者の口からいずれ彼の耳に入るかもしれない。ここはまずトレーニングの前日に会って、彼と直接話をするしかない、と決心。早速一時間のミーティングを申し入れました。きちんと説明を聞いてもらった上で、自ら対処してもらうのが最良の解決法です。しかしそれにはまず、彼が現場の忠告を受け入れるタイプの人物なのかどうかを見極める必要がある。

「君の評判は沢山の人から聞いているよ。」

人懐っこい笑顔で握手するR氏は、拍子抜けするほど気さくな人物でした。おそらく五十代後半でしょう。でっぷりとした腹部を左右に揺らしながらゆったり歩く姿とは対照的に、漲るエネルギーがその目に溢れています。

「これからどんどん君の力を借りることになると思う。心の準備を頼むぞ。」

和やかな雰囲気でスタートした初会合。この分だとすんなり事が済みそうだな、と気を緩める私。まずは、彼の現職就任に至る経緯を尋ねてみました。するとR氏は、これまでに携わったプロジェクトの数々について語り、去年はカナダ全土でピンチに陥っていた多数のプロジェクトを回ってその再建に貢献したこと、その手腕を買われて南カリフォルニアに引っ張られ、既にいくつかの巨大プロジェクトを窮地から救っていることを語りました。そして彼の口から飛び出したのが、このセリフ。

“I’m a turnaround guy.”
「僕はターナラウンド・ガイなんだよ。」

Turnaround とは、事業経営などを再生、再建する、という意味の単語。Turnaround guy とは、再建のプロ、ということですね。私の和訳は、これ。

“I’m a turnaround guy.”
「僕は再建請負人なんだよ。」

この後彼は、プロジェクト・マネジメントに関する論文をいくつも書いていること、間もなく本の出版もすること、この分野の全米組織で役員のトップを務めていることも語りました。

どこからどう見ても大物です。すごいですねえ!と素直に感心しながらも、この後の展開がややこしくなって来たことを感じる私でした。

「疑いも無く優秀な方にこういうことを言うのもなんですが、あなたがPM達に一斉メールした指示は間違いですよ。」

なんて、とてもじゃないけど口に出来ません。R氏はこの後、彼の立案した革新的なプロジェクト・コントロールの方法論を紹介してくれました。そして別れ際、彼の論文をいくつかメールしてもらうようお願いしてミーティングが終了。結局本題を切り出すきっかけは訪れなかったのでした。

その晩、今は別部門で働いているかつての部下、ヴィヴィアンから携帯にメッセージが入ります。「私の携帯に電話ちょうだい。」とあります。なんだろう?珍しいな

R氏が木曜日のトレーニングに出席するって聞いてる?」

「ああ、聞いてるよ。」

「良かった。シンスケに知らせておけってボスから言われたの。彼がどういう人物か知ってるの?」

「今日、直接会って話したよ。すごく優秀みたいだね。ピンチに陥ったプロジェクトを沢山再建して来たんだって。」

「そこなのよ。沢山再建する一方で、人も大勢切って来たらしいの。凄腕なのは間違い無いけど、油断は禁物よ。気を付けてね。」

なんか、ITエキスパートのクロエがジャックにこっそり忠告する場面みたいだな…。

「そういえば彼、自分のことをTurnaround Guyって呼んでたよ。僕らプロジェクト・コントロールの仕事は裏方としてPMを支えるスタイルだから、正直、この発言には違和感を覚えたんだ。周りからそう呼ばれるのならまだしも、自分から名乗るのは、おこがましい感じがするもんね。」

翌日、トレーニング会場である会議室に現れたR氏は、「一番近くで見たいから」と微笑み、隣の席にどかっと腰を下しました。私のスライドは、彼がPM達に一斉メールで指示したのと同じ内容から始まります。そして二ページ目から、「何故それをやったら大失敗が待っているのか」を説明する段取り。さあどうする?

二十人を超える受講者が着席し、セーフティーモーメントの後、R氏に自己紹介をお願いします。彼はここでも再び、自分がいかに大物であるかを柔らかな口調で誇示しました。

「今日はシンスケのトレーニングを監視するために来たんだよ。」

と、冗談とも本気とも取れるコメントで挨拶を締め括り、いよいよ本番がスタートしました。私は慎重に言葉を選び、ゆっくりとパワーポイントのスライドを捲ります。

「多くの人は、このように進めていますね。この手順自体は正しいのですが、大きな落とし穴の存在を知っておく必要があります。まずはベースとなる情報が正確であることを確認してから進めないと、毎月提出するレポートは常に間違いということになるのです。このPMツールは詳細データを内蔵しているので、これをまずダウンロードして精査して下さい。」

R氏の指示を真っ向から否定するのではなく、「落とし穴の存在」を知らしめることに重きを置く、という変化球を投げたのですが、多くの受講者の顔が困惑で歪みます。私の隣でR氏は、さらさらとメモを取っています。ちらりと顔を見ましたが、その表情からは動揺が読み取れません。トレーニング中盤になり、女性社員がさっと手を挙げました。

「結局のところ、私たちが受けて来たこれまでの指示が間違ってたってことじゃないの?」

うわあ、そんなストレートな反応するか?すかさずR氏がこれを受け、「あの指示を送ったのは自分で、基本路線は正しい。大事なことは…。」と、論点を変えてはぐらかすような受け答えをします。完全な納得が得られたとは思えませんが、皆それ以上騒がなかったので、私は何事も無かったかのように先へ進み、無事トレーニングを終了しました。

R氏が立ち際に、Good Job!と微笑みます。う~ん、この言葉と顔色からじゃ内心が読めないぞ…。そしてそのまま、会場を後にしたのでした。

ところで私は、トレーニングの後半から自分の身体に何か異変が起こっているのに気づいていました。みぞおちの当たりが猛烈に痛むのです。触ってみると、カッチカチ。これって胃痛だよな?そしてそれはストレスを意味するのか?うまく立ち回ってたつもりだけど、実はものすごく緊張していたのかもしれない…。吐き気まで催して来たので、慌ててトイレに駆け込みます。便座の上で、両膝の間に顎を埋めるように上体を倒した格好になった私は、ちょっと笑えて来ました。

これしきの逆境、ジャック・バウアーだったら軽々と乗り越えることでしょう。ハライタになんか絶対ならないよな…。

帰宅して一部始終を妻に告げたところ、

「まだまだだねえ。」

と冷やかされました。

「でも、念のためにレジュメ(履歴書)のアップデートはしといた方がいいかもね。」

おいおい、また胃がキュッとなったじゃないか。


2016年5月22日日曜日

Everything is squared away 何もかもがきちんとしている

金曜日、ランチルームで同僚ダグに声を掛けられました。彼は出張で成田乗り継ぎがあった場合、わざわざ成田山に足を運ぶほど日本が好きで、カプセルホテルに泊まってその清潔さに驚嘆したり、出会った人々の親切さに感動したりした話をよく語ってくれます。

先日、彼の友達(アメリカ人)が成田乗り継ぎの機会があるというので、

「どこへ行ったらいい?」

とダグにアドバイスを求めて来たのだそうです。

「よくよく聞いたら、2時間しかないっていうんだよ。それじゃ外へ行くのは無理だ、ということで、空港内部で楽しむことになったんだけどね。」

「そんなの、僕でもアドバイス出来ないよ。」

と私。

「帰国したそいつに感想を聞いてみたら、やっぱりすごく驚いてたよ。すっかり日本のファンになったって。」

この時ダグが使った表現が、これ。

“Everything is squared away.”

Square というのは、四角く区切る、つまりきちんと整理整頓する、という意味ですね。Away をつけて、きちんとしておく、という感じでしょうか。私の和訳は、

“Everything is squared away.”
「何もかもがきちんとしている。」

「それって、お店や空港施設みたいな空間がってこと?」

と私。

「いや、人間もだよ。誰に話しかけても、みんな礼儀正しくて親切だろ。これはすごいことだよ。アメリカじゃあり得ないことだからね。」

そして彼が表情を曇らせ、

「でもね、そういうのを聞く度に、いつも必ずちょっと混乱するんだな。」

と付け加えます。歴史通でもあるダグには、これが大きな未解決テーマだというのです。

「一般市民の温かな国民性と、かつて日本軍が中国大陸で見せた残虐性とが、どうしても噛み合わないんだよね(incompatible)。」

これを聞いて、その日の朝息子と交わした会話が蘇りました。彼は今、日本語補習校の中学三年生なのですが、ちょうど土曜日に中間試験があるというので、その準備を前の晩に手伝っていたのです。社会のテスト範囲は「第一次世界大戦から日中戦争まで」。教科書には客観的な史実しか記載されていないので、これでは「何故日本が大陸に突入して行ったのか」が読み取れない。これを補足するため、彼を高校へ送る道すがら、解説を試みたのです。

とはいえ私がオリジナルな見解を持ち合わせているわけではなく、「昭和史」の著者である半藤一利氏が繰り返し語っている、「日本人の性質」をちょいとアレンジさせて頂きました。

権威や規律に対して従順で、列に並んで順番を待ったり交通信号をちゃんと守ったりすることに長けている我々日本人は、ひとたび目標が定まると、一丸となって熱狂的に突き進むことが出来る。戦後の復興やオイルショック後の省エネ運動などを見ても、その団結力は驚異的である。民主主義を謳ってはいるけれども、アメリカのように「個人が自由意思を主張し続け、常に混とんとしている」社会とは違う。ぶつかり合って摩擦を生むよりは、妥協して調和の中で生きる方を選択する傾向が強く、「分をわきまえる」「身の程を知る」ことが美徳とされている。そういう国民だからこそ、「五族協和」などというスローガンで大陸進出の正当性を「お上から」与えられれば、それ行け!と一斉に行動開始出来る。礼儀正しく親切な国民性は、主体性を失い妄信的な行動に駆り立てられやすいという、「脆さ」と背中合わせなのだ。

息子からもダグからも一定の共感を得られましたが、これはやっぱり「ストンと腑に落ちる」説明ではありません。私自身も戦争体験があるわけではないので、どこか遠い国の話をしているような気分。出来れば触れずにやり過ごしたい難しいテーマですが、こういう本質的な議論を避けていれば、本当の意味で歴史から何かを学ぶ経験は出来ないと思います。私はアメリカに来てから、一層強くそのことを感じるようになりました。だからあえて息子に、そんな補足説明をしたのです。

ダグは先日まで何度か、ティニアン島への環境関連プロジェクトの出張を続けていました。これは、広島、長崎に投下された原爆を搭載した爆撃機が飛び立った重要拠点。このちっぽけな島が日本の歴史を大きく変える重要な役割を負ったということを、私は数年前まで知らずにいました。

彼は帰国途上、経由地グアム島にある太平洋戦争記念館(Pacific War Museum)に寄ってみたのだそうです。ここには原爆に限らず、あの戦争に関するありとあらゆることが学べる展示物が陳列されているのだとか。

「中で説明していた係員に、ちょっと聞いてみたんだ。観覧者からどういう感想が聞けるのかってね。そしたら、出身国によってはっきり分かれるって言うんだな。」

アメリカ人:「やったね、俺たち戦争に勝ったんだぜ!イェイ!」

韓国人:「知れば知るほど、日本ってやっぱりひどい国だよね。」

中国人:「日本人に会ったら顔を思いっきりぶん殴ってやりたい。」

日本人:「全然知らなかった!勉強になりました!有難うございます!」


2016年5月15日日曜日

Diversity 多様性

中間期実績評価(Midyear Performance Review)の締め切りが迫って来ました。上半期(10月から3月まで)の実績を自己評価し、ゴール設定を見直すという活動。イントラネットサイトに行き質問に答える形でこれを行うのですが、いつも引っかかるのがこの設問。

Diversityをどれだけ尊重しているか?」

ダイバーシティ(多様性)を尊重するというのは、年齢や性別、性的指向、人種、宗教、文化的背景などの違いを認めた上で個々人と公正平等に接しつつ、その「違い」を積極的に活かすことだと私は理解しているのですが、5段階評価で何点をつけるべきかでいつも悩むのです。多様性尊重に関する不満をこれまで誰からもぶつけられたことが無いというだけの根拠から、毎回5点(満点)を自分に与えているのですが、そもそもうちの組織は一応の基準を超えて採用されて来たプロフェッショナルの集団です。「多様性の幅」が決して大きいとは言えない「下駄を履いた」環境で、自分に満点をつけるのもどうかなあ、と

さて、実績評価と言えば、二週間に一度の割合で、14歳の息子が通う高校から彼の成績の実況報告がメールで届きます。会社経営者が株価のアップダウンをチェックするみたいに、ほぼリアルタイムで子供の行状が分かるのです。学期末に通知表を渡されるドキドキはもちろんゼロでやや興醒めではあるのですが、この方法の利点は、問題の改善に向けたアクションが取り易い、ということでしょう。

ある科目の成績が突然悪化したのに気付いて息子に尋ねたところ、

「宿題ちゃんと出したのに先生が記録し忘れてたんだよ。明日直しておくってさ。」

と釈明するので半信半疑でいたところ、二週間後のレポートで本当に訂正されていたこともありました。

彼の学校はチャータースクールといって、公立高校でありながらユニークな教育方法が採用されています。教科書は一切使わないし、学科もたった三科目。

Math/Physics 数学および物理
Multimedia マルチメディア
English/World Culture/Geo 英語、世界の文化、地理

最後のは、社会問題についてグループで調査し、討論したり論文を書いたりという、総合格闘技みたいな科目。息子の得意分野のはずなのに成績がイマイチの時があり、どうしたのか聞くと、「ディベートになると手持ちのネタが少なくて不利だ」というのです。意味がよく分からないので更に尋ねると、

Rough neighborhoodに住んでる奴はキツイ実体験に基づいた発言が出来るから、ディベートに有利なんだよ。」

とのこと。Rough Neighborhood(ラフ・ネイバーフッド)とは、荒れた地域のことですね。ギャングが街を徘徊し、麻薬の売買が横行するような街に住んでいる生徒たちは、社会の不正や差別がテーマになると俄然勢いづき、クラス討論での存在感を圧倒的なものにするのだそうです。例えばお題が「銃規制」だと、実際に銃弾の犠牲になった親戚の子の話などを持ち出すものだから、議論のパンチは強烈。うちの息子は、ただただガードポジションで耐えるしかない。

クラスの隅で、彼が級友のノアに、

“I’ve never heard a gunshot.”
「銃声を聞いたことなんて一度も無いよ。」

と言うと、ノアも「僕も無いよ!」と激しく同意したそうです。その会話を耳にしたマーレーンという女子生徒が、辺りをキョロキョロうかがいながら、

“Me, too!”(私も!)

とひそひそ声で打ち明けたのだと。まるで特権階級と見なされるのを恐れ、少数派の仲間を見つけて安堵するかのように。


ダイバーシティの幅が小さい環境で実績評価に悩んでた私ですが、大きいは大きいで大変なんだなあ、と思ったのでした。

2016年5月8日日曜日

Too many cooks in the kitchen 料理人が多すぎる

カマリヨ支社への出張から戻った翌週の月曜、デンバー支社エネルギー部門のメンバー達とのカンファレンス・コールがありました。彼等はつい最近我が社に買収された部隊なのですが、のっけから予想外に高飛車な物言いが炸裂します。

「今回のプロジェクトは疑いも無く我々の得意分野だ。うちのメンバーでPMチームを編成する。おたくたち環境部門には我々と下請け契約を結んでもらうことになるだろう。うちで開発したプロジェクト・コントロールのツールを使う予定だ。使ったことがない?いや、心配ご無用。他の下請け会社たちも集めてトレーニングをするから。そのうちメールでインビテーションを送る。マイクと、それから何とか言う名前のプロジェクト・コントロールの人(私のことです)宛てでいいよな。」

デンバー支社には正式なプロジェクト・コントロール部門があり、そこのディレクターという肩書の人物を押し出しています。我が環境部門にはそういう組織が存在せず、私が勝手に「プロジェクト・コントロール・マネジャー」と名乗っているだけ。これじゃさすがに分が悪い。

そんなこんなで、我が部隊の誰ひとりとして彼等の独壇場に水を差すこともないまま電話会議が終了しました。先週の会議で「このプロジェクトは何が何でも獲りに行くぞ!」と気炎を上げていたリーダーのポールですら異議を唱えなかったのは妙でした。あの場では私がプロジェクト・コントロールの責任者だと持ち上げてくれてたのに。釈然としないまま別の仕事に取り掛かろうとした時、コンピュータ画面の右隅にインスタント・メッセンジャーのウィンドウが開きました。カマリヨ支社のマイクです。

「面白いことになってきたね。」

いやいや、何を呑気な反応してんだよ。全然面白くなんかないぞ。なんでカリフォルニアのプロジェクトの主導権をコロラドの部隊に奪われなきゃいけないんだよ!

後で大ボスのテリーに報告したところ、

「あっちのトップはクライアント企業の出身者なのよ。しかも退職当時、かなりの大物だったらしいのよね。」

なるほど。地勢的な観点からは我々が主導権を握るのが当然だけど、政治的な力関係では向こうに分がある、ということか。

「更に一段上層部でもこれから話合いが持たれるみたいよ。まだどっちが主導権を握るか最終決定したわけじゃないと思うわ。」

プロジェクトのスコープが複数の専門分野に跨っている今回のような場合、それを狙う我が社のような巨大企業の内部で熾烈なつば迫り合いが演じられることもあるんだなあ。だけど同じ組織内で反目しあっていては、仕事の効率に差し障ります。この後、よほど責任分担を明確にしておかないと、メンバー達が余計な緊張感の中で働かなきゃいけなくなるでしょう。

さて今週木曜は、同僚ディックとの打ち合わせがありました。私は彼のプロジェクト8件の財務管理を担当していて、このミーティングは月一回の健康診断みたいなもの。その中の一本に、広大な土地の周囲に張り巡らすフェンスをデザインする、というやや地味な仕事があったのですが、彼のコンピュータに映し出された提出前のプランを見て、おや、と思いました。コンクリート製の基礎構造物に、幅20センチほどの鋼板をわずかな隙間を開けて互い違いに差し込んだ格好。板同士はお互いに接触していません。まるで植木鉢から伸びる植物のようなフォルム。彼のコンセプトは、「風に揺れるフェンス」。おお、これは新しい!感嘆の声を漏らす私に、

「多分これはボツになるよ。」

と苦笑いするディック。

「クライアントのトップが、何か思い切ったことをしろ、と部下たちに常々言ってるのは知ってるんだ。だけどその部下たちってのが揃いもそろって官僚的で、冒険を嫌うんだな。しかも部門間の意見のすり合わせを全然してくれないから、こういうアイディアを出しても、大抵たらい回しにあった挙句、コストがどうだ、住民の反発がどうだ、とかでやり直しを繰り返させられる。そしてようやく無難で凡庸なデザインにおさまったところでトップに上げると、何でこんな退屈なプランを持って来るんだ?って怒られる。で、やり直せ、と俺に突き返してくる。そういう展開が今から全部見えてるんだよ。」

その時、彼が使ったフレーズがこれ。

“Too many cooks in the kitchen.”

直訳すれば、「厨房に立つ料理人が多すぎる」ですね。日本語で一番近いのが「船頭多くして船山に上る」でしょう。

Too many cooks spoil the broth.
「料理人が多すぎるとスープが台無し」

というイディオムが元らしいですが、キッチンを含めた表現の方をよく耳にします。私の意訳は、これ。

「意思決定者が多いとろくなことにならない。」


巨大プロジェクトが大失敗に終わる要因のひとつが、実はこういうことなのかもしれません。

2016年5月5日木曜日

Unintended Consequences 予期せぬ展開

YouTubeの映像を気の向くままに鑑賞していたら、こんなタイトルの番組にたどり着きました。

“Unintended Consequences”

直訳すれば、「意図していなかった結果(影響)」ですね。私の訳は、「予期せぬ展開」。

自転車に乗る際はヘルメットを被ることを義務付ける公共団体が増えている中、意外な調査結果が発表された、という話。ヘルメットを着用して自転車に乗る人は、非着用者よりも走行車の接近を許す傾向にある、というのです。つまり事故に遭う確率が高い、と。

身を護るためにヘルメットを被っている人からすれば、納得のいかない話です。だったらノーヘルの方がましじゃないか、と。なんでも自動車のドライバーの目にはヘルメット着用者の方が運転技術が高いように映り、気が緩んでしまう傾向があるのだと。おばちゃんがノーヘルでふらふらママチャリを漕いでる道の方が、運転手の気が引き締まる。言われてみれば頷ける結論です。

プロジェクトマネジメントの世界でもこんな現象は山ほどあって、良かれと思ってしたことが思わぬ結果を招いてしまうケースは日常茶飯事。例えば生物環境部門のスコットから聞いた話では、保護対象種のBurrowing Owl(アナホリフクロウ)のために住処を作ってやろうと砂漠にコルゲートパイプを埋め込んでおいたら、代わりに野ネズミが住み着いちゃったのだと。慌てて追い出して、今度はコルゲートパイプの開口部を地面から30センチほど高い場所に持ち上げておいたのですが、野ネズミたちは落ちていた木の枝で器用に梯子を組み立て、易々とよじ登って見事に住居を奪回。自然が相手では、人間様の予期しない展開がいくらでもあるのですね。

さて、私の新居の庭はGopher(ホリネズミ)が縦横にトンネルを張り巡らし、一面芝生だったエリアの地下空間はほぼ占拠されてしまった格好。生物学チームのエリックに撃退法を尋ねたところ、コヨーテの尿をトンネルの入り口に注いでおくといいかも、と教示されました。コヨーテはゴーファーの天敵らしく、その臭いで逃げ出すらしい。ネットで調査したところ、瓶入りの尿が普通に販売されています。しかし購入一歩手前で別の人から、こんな忠告を頂きました。

「そりゃやめといた方がいいぞ。コヨーテの存在を示せば、ここに獲物がいるぞというサインになって、別の肉食動物を惹きつけちゃうかもしれないから。」

自宅の庭で動物たちの大捕り物が演じられるのも嫌なので、とりあえずコヨーテの尿は購入を控えました。かくなる上は、金属製のワナで仕留めるしかない…。

他にも、花壇に植えたキュウリやナスの葉っぱが、夜のうちに何者かに食われまくって穴だらけになっているという問題があります。調査の結果、容疑者に浮かび上がって来たのがハサミムシ。夜になると土中から姿を現し、濡れた葉っぱを食う、と書かれている記事を発見したのです。撃退法をネットで調べ、さっそくひとつ試してみました。

翌日のランチタイム、サンディエゴ支社の環境部門を束ねるテリーに会ったので、この試みについて話し始めたところ、

「ビールでしょ!」

と早押しクイズの回答者みたいに小さく叫びました。

そう、空き缶にビールを注いで夜のうちに花壇の隅に置いておくと、酵母菌の匂いに引き寄せられたハサミムシたちが次々に入水し、溺れ死んでしまうのです。翌朝起き抜けにチェックしてみて、思わずおお~っと声を上げてしまいました。本当に十数匹のハサミムシたちが、ビールで満たされたプールの底で、折り重なるようにして息絶えているのです。これでうちの野菜たちが護られるぞ、とひと安心する一方、何だか気の毒にもなりました。これを聞いていたテリーが、

「うちでも試してみたんだけど、夜中に野ネズミたちが大集合してパーティしたみたいで、朝起きたら庭の植木鉢やら植物やらが倒されて滅茶苦茶になってたわ。明らかに、彼等もビール好きなのね。」

う~む、これまた予期せぬ展開。