2016年6月12日日曜日

You are the man! あんたが大将!

南カリフォルニアの大規模プロジェクト獲得に向けた会議のため、二十人を超す社員が先日オンタリオ支社に集合して二日間議論しました。数年前に買収されたエンジニア部門がデンバーからやって来て、そこのトップP氏がまず高らかに宣言します。

「これはうちの部隊がリードする仕事だ。プロジェクト・コントロールはうちのジャックが仕切る。」

クライアントの主要メンバーや対象エリアの特性を知り尽くしている我々環境部隊は、この強引なやり方に釈然としない一方、何か政治的な駆け引きが裏で動いているようなので、下手に反論できません。中でも私は一番下っ端なので、周りのサポートが無ければ発言も出来ない。

会議中何度か、うちの重鎮ブレントや司令塔のマイクが、

「その仕事はシンスケが…。」

と切り込むのですが、すかさずP氏が

「いや、それもジャックが担当する。」

と被せて来るので、このプロジェクトに自分の居場所は無いな、とさすがに鈍感な私でも勘付き始めました。そしてそのうち援護射撃も打ち止めとなり、私は貴重な二日間をただただ黙って座り通したのです。人をバカにするにも程があるぞ。必要無いなら最初から呼ぶなよな。デンバーのジャックに全部任せるって言うなら、勝手にそうしてくれよ。大体そのジャックとやらも、二日間姿さえ見せなかったじゃないか。初日に数時間電話で会議に参加しただけで中心人物扱いとは、笑わせるぜ!

二日目の会議終了後、握手しながら談笑する人々を横目で見つつ急いで立ち去ろうとする私に、マイクが

“We’ll need to talk.”
「後でちゃんと話そう。」

と小声で言いました。

それから数日間、プロポーザル・チーム間に飛び交う一斉メールがインボックスに雪崩れ込んで来ましたが、私は完全無視。いずれ正式にチームから抜けようと心に決めて、他の仕事に集中しました。

水曜日、マイクから電話が入ります。プロポーザル準備の進め方について相談したいとのこと。

「僕にまだ何かやることが残ってんの?」

と尋ねる私に、マイクが、

「分かってる。確かにあの会議はひどかった。やる気が出ないのも理解出来るけど、俺たちには君が必要なんだ。」

となだめます。

「あのさ、正直言ってもう情熱湧かないんだよね。どう転んだって、プロジェクト・コントロールのポジションはジャックっていう人が担当するわけでしょ。その人に任せればいいじゃん。」

「本気で言ってんのか?環境分野の経験が無い人間に、俺たちの仕事のスケジュールや積算が出来るわけないだろ。はっきり言って、彼等エンジニア達は環境部門を甘く見てる。このプロジェクトの行方を左右するのはうちの仕事なのに、それが分かってないんだ。そんな奴等に、全てを任せられるわけないじゃないか。」

「いや、手伝わないと言ってるわけじゃないんだよ。必要なことがあればそう言ってよ。ちゃんとやるから。」

当初の熱がすっかり冷めてしまっているのを私の口調から感じ取ったようで、マイクがこう提案します。

「ブレントを加えてもう一度話そう。」

夕方、この日二度目の電話会議。公家さんのようにおっとりした口調で、重鎮のブレントが諭します。

「シンスケ、あの会議での君の扱われ方は不当なものだった。本当に申し訳なく思ってる。でも君も分かってる通り、我々が絶対の信頼を置いているのはデンバーのジャックじゃない。環境部門のメンバー全員が、君を頼りにしてるんだ。カマリヨ支社でのキックオフミーティングでは、君のアドバイスにみんな感銘を受けてたんだよ。」

そして彼が、こうキメます。

“To us, you are the man!”
「我々には、ユー・アー・ザ・メ~ン!」

このYou are the man!というのは、「あんたが一番!」とか「あんたが大将!」という褒め言葉です。

「どうか引き続き、我々をリードしてくれないか?」

ブレントの説得で俄然やる気を取り戻した私は、残業して環境部門のスケジュールを仕上げ、翌日彼等に提出しました。

その日の夕食の席、妻子に今回の顛末を話して聞かせました。

「我ながら大人げなかったなあ、と思うよ。マイクやブレントがそこまで持ち上げてくれなかったらやる気が出ないっていうのは、プロとして未熟だよね。」

すると14歳の息子が、

「なんか、トイ・ストーリーみたいだね。」

と笑います。

「え?なんで?」

キョトンとする妻に、息子が説明します。

「ほら、バズが登場した時、それまでずっとアンディの一番のお気に入りだったウッディーがさあ…。」

「あ、そうか。すねちゃったんだよね。」

と妻。

すねちゃった…。確かに私の態度を一言で表現したら、こういうことですね。

なんか、めちゃくちゃ恥ずかしいじゃないか…。


2016年6月5日日曜日

Web Thinking ウェブ的思考

金曜の朝。オフィスの地下駐車場に到着してiPhoneをチェックすると、東海岸のパットからメールが入っていました。

「どうしてる?久しく会話してないなって気が付いて、連絡してみようと思ったの。」

彼女は本社の上席副社長。社内でプロジェクト・コントロールの組織を正式に立ち上げるために雇われた腕利きです。直接顔を合わせたことはないのですが、イントラネットの社内ニュースで彼女の活動を知り、興味を持った私が数か月前にメールで質問したことから交流が始まりました。これまでに、ほぼ月一のペースで情報交換をしています

「5分後にこちらからかけるね。」

と返信してエレベーターに乗り込みます。自分の席についてコンピュータを立ち上げ、ヘッドホンスタイルの受話器をかけて電話をスタート。

「一カ月ぶりにスケジュールがポカッと空いたのよ。」

「僕も昨日、ちょうど急ぎの仕事が終わったところ。」

北米南部地域でのパイロット・プロジェクトの進展具合や、会社トップとの調整状況を細かく語ってくれるパット。

“This is strictly confidential.”
「これは絶対に秘密なんだけどね。」

と、かなりヤバそうな内輪話をどんどん打ち明けてくれます。彼女のポジションから見れば、私なんか相当な下っ端です。しかもたった数カ月の付き合い。そんな私をなんでここまで信用してくれるのか首を傾げたくなりましたが、きっとこちらが提供する情報に対する見返りをしなきゃという義務感なんだろうな、と勝手に推察する私。

30分ほど内部情報をシェアした後、私の近況を尋ねるパット。

「先週R氏がサンディエゴに来たんだよ。」

「そうらしいわね。どうだった?彼の印象は。」

「相当優秀みたいだね。プロジェクト・コントロール界じゃ、間違いなく大物だと思うよ。西海岸地域のPM達をサポートするために、ガイドラインやテンプレートをどんどん提供するぞ、と意気込んでた。でもね。」

私は思い切って、彼の人物評を付け足しました。

「正直、彼から良いバイブレーションは受け取れなかったんだ。一時間ミーティングしたんだけど、そのほぼ9割は、彼がどれほどの業績を上げて来たかという話に終始したんだもん。」

「やっぱり?私も数回会ったんだけど、残念ながら同じ印象を受けたわ。ちょっと心配よね。それに彼のアプローチって、問題を特定して分析し、ツールやトレーニングという形の解決策を提供して一丁上がり!でしょ。結局のところ、PM達に全てを押し付ける格好じゃない。私の方法論は違うの。PM達が安心して仕事が出来るように包括的なサポート環境づくりをする、というものだから、短期間ではあまり効果が期待出来ないのよね。そんな悠長なことやってられないって批判を受けても仕方ないんだけど、私はそれがベストだと思ってるの。」

「僕がやってるのも、そっちの方だよ。」

「そうなの?具体的に聞かせてよ。」

南カリフォルニアのプロジェクト・コントロール・グループをじわじわと拡大中で、隔週のカンファレンス・コールを使って情報交換し、PMツールのトレーニングも適宜実施。現在総勢14名になっていることを説明しました。

「僕以外は全員女性なんだけどね。どういうわけか。」

と付け足すと、彼女がすかさず、

“Because women are detail oriented!”
「そりゃ女性は細かい仕事が得意だからね!」     

と語気を増します。

「そうだ、こんなフレーズ知ってる?」

とパットが教えてくれたのが、これ。

“Men are a linear thinker. Women are a web thinker.”

複数形のMenWomenを単数形のbe動詞で受ける、という特殊な英語表現である点はひとまず置いて、その意味するところはなかなか含蓄あり、です。

「男性は直線的思考をし、女性はウェブ的思考をする。」

ウェブ的思考(Web Thinking)、というのは初耳。後で参照元を調べたところ、これはHelen Fisher (ヘレン・フィッシャー)という人類学者の造語で、女性のリーダーがどういう点に秀でているか、という論の中で使われています。男性というのは一度にひとつの事象に集中するのが得意で、今のステップが終われば次へ行き、ゴールまで順々に進む、という直線的な思考をする。それに比べて女性は、まるでウェブ(蜘蛛の巣)のようなアプローチを採る。連続していない複数の事象を同時に捉えて処理していく。時間はかかるが抜けが少なく、曖昧さも受容出来る。女性の脳というのは男性脳と較べ、右脳と左脳を繋ぐ神経経路が多いというのがそれを支えている要因だとか。

「なるほど、スゴイ表現だね。あらゆることがこの一言で説明つくよ。」

「そうでしょ!」

帰宅して、さっそく妻にこの話をしてみました。14歳の息子は水筒やら上着やらをあちこちに忘れて帰って来て彼女にしょっちゅう叱られているのですが、同時に複数のことを考えられない男性脳特有の直線的思考が原因だと分かれば、怒りもちょっとは和らぐでしょ、という私のコメントを、

「何言ってんの?全部その直線上に並べればいいだけじゃん!」

と一喝。

我が家の女性脳は、なかなかシビアです。

2016年5月29日日曜日

Turnaround Guy 再建請負人

数週間前から、ドラマ「24」のシーズン5を見直しています。今回のジャック・バウアーは、一年半に及ぶ潜伏に終止符を打ち、正式にCTUに復帰したわけでもないのに、細菌兵器を入手したテロ組織に立ち向かって大活躍、という役回り。一刻の猶予も許されない緊迫状態の中、組織内部の裏切りや仲間の死、情愛のもつれ、大統領の企みなどが複雑に絡まって物語を盛り上げるのですが、今回久々に見返してみて感心したのは、トップ人事が組織の行動にどういう影響を及ぼすかが巧みに描かれている点。シーズン5が異彩を放っているのは、地域本部から送り込まれたリンという若きエリートの存在によるところが大きいと思います。

周囲から厚い信頼を受けていたビル・ブキャナンの指揮権をいきなり奪い取り、自分のやり方に従わない者は権威を振りかざしてねじ伏せ、時には冷酷に排除する。部下たちの忠告には耳を貸さず、彼らが命令に背いたのではと疑えば厳しく監視する。統制を図ろうと居丈高になればなるほど、部下たちは彼から離れて行く。頭に血が上ったリンは遂に、細菌兵器のありかを掴むために現場で決死の侵攻作戦に取り組んでいたジャックですら、「自分の命令を聞かないから」という理由でCTUへ連行させようとします。憤然としながらもこれに従うしかない職員たち。さあどうするジャック?

十年前に鑑賞した時は気づかなかったけど、これって大きな組織で働く人にとっては「あるある」な状況なのですね。現場を知らない上層部と最前線との間に生まれる不信感。組織が大きくなればなるほど縦方向の距離が増し、情報や意思の交換が難しくなるのは当然です。

さて、我らがジャック・バウアー。テロ行為の阻止を最優先課題に置く彼は、リンの権威に臆することなく、彼の指示をあっさりと無視。色々無茶を重ねながら信念に基づいて行動し、起死回生の成果を上げて戻って来ます。彼以上に現場を知っている人間はいないのだから、初めから邪魔せず任せておけばいいのに、と視聴者がイライラを募らせる仕組みになっているのですが、組織で動いている以上、こういう摩擦は避けられません。今回私は、登場人物間に働く力関係の入念な作り込みに惚れ惚れしながら、ドラマを再鑑賞したのでした。

実は私(決して自惚れているわけではなく)、常にジャック・バウアーに似た立場で仕事に取り組んで来たという自負があります。PMたちがサポートを求めているのに、会社にはその体制が無い。組織図のどこにも、「プロジェクト・コントロール部門」が存在しないのです。だったら勝手に動くしかない。トレーニングを企画し、自前のプレゼンスライドを携えてゲリラ的に支社巡りをして来ました。そこで相談を受けたPM達からサポート要請を取り付け、じわじわと仕事の基盤を広げて行き、これに平行してチームを拡大。各支社にネットワークを広げ、南カリフォルニア地区に非公式のプロジェクト・コントロール・チーム(総勢14名)を構築したのです。5月後半には大ボス・テリーの後押しで、南カリフォルニアの支社を巡ってPMトレーニングを展開。部下のシャノンにサンタバーバラ支社とサンタマリア支社を任せ、私はベーカーズフィールド支社、カマリヨ支社、それからサンディエゴの二支社でトレーニングを開催しました。
ところがこのさ中、状況が大きく揺らぎます。

数カ月前、南カリフォルニア地域のトップに就任したP氏が、彼の右腕としてR氏をデンバーから呼び寄せました。彼はプロジェクト・コントロール担当副社長と名乗り、就任直後から猛然と改革をスタートします。ウェブ会議を度々開催し、これまで会社に欠けていたPMサポート体制を構築して行く、と発表。ガイドラインやテンプレートの提供、各種トレーニングの開催など、様々な角度からプロジェクト・マネジャー達を支援して行きます、と。

私が草の根運動としてコツコツ積み上げて来たことを、トップダウンで開始したのです。やれやれようやく会社が重い腰を上げてくれたか、と安堵したのも束の間、R氏がPM達に一斉送信した最近のEメールを読んで愕然としました。私が「これだけはやっちゃ駄目だよ」とトレーニングで強調している悪しき慣習を、手放しで奨励する内容が盛り込まれていたのです。彼はこの会社に来て日が浅いから、問題の大きさに気付いていないのかもしれない。さてどうする?彼に連絡して率直にミスを指摘するべきか

そんな時、大ボスのテリーからEメールが届きます。

R氏がうちの支社を訪問することになったの。シンスケのトレーニングの日程を教えたら、サンディエゴでの最終回に出席したいっていうのよ。」

R氏の面前で、大勢の受講者に「先日の彼の指示は間違いだ」と指摘して顔を潰すことだけは避けたい。しかしだからと言って、重要なメッセージを伝えずに済ますことも出来ない。そもそも既にトレーニング・ツアーは始まってるし、過去の受講者の口からいずれ彼の耳に入るかもしれない。ここはまずトレーニングの前日に会って、彼と直接話をするしかない、と決心。早速一時間のミーティングを申し入れました。きちんと説明を聞いてもらった上で、自ら対処してもらうのが最良の解決法です。しかしそれにはまず、彼が現場の忠告を受け入れるタイプの人物なのかどうかを見極める必要がある。

「君の評判は沢山の人から聞いているよ。」

人懐っこい笑顔で握手するR氏は、拍子抜けするほど気さくな人物でした。おそらく五十代後半でしょう。でっぷりとした腹部を左右に揺らしながらゆったり歩く姿とは対照的に、漲るエネルギーがその目に溢れています。

「これからどんどん君の力を借りることになると思う。心の準備を頼むぞ。」

和やかな雰囲気でスタートした初会合。この分だとすんなり事が済みそうだな、と気を緩める私。まずは、彼の現職就任に至る経緯を尋ねてみました。するとR氏は、これまでに携わったプロジェクトの数々について語り、去年はカナダ全土でピンチに陥っていた多数のプロジェクトを回ってその再建に貢献したこと、その手腕を買われて南カリフォルニアに引っ張られ、既にいくつかの巨大プロジェクトを窮地から救っていることを語りました。そして彼の口から飛び出したのが、このセリフ。

“I’m a turnaround guy.”
「僕はターナラウンド・ガイなんだよ。」

Turnaround とは、事業経営などを再生、再建する、という意味の単語。Turnaround guy とは、再建のプロ、ということですね。私の和訳は、これ。

“I’m a turnaround guy.”
「僕は再建請負人なんだよ。」

この後彼は、プロジェクト・マネジメントに関する論文をいくつも書いていること、間もなく本の出版もすること、この分野の全米組織で役員のトップを務めていることも語りました。

どこからどう見ても大物です。すごいですねえ!と素直に感心しながらも、この後の展開がややこしくなって来たことを感じる私でした。

「疑いも無く優秀な方にこういうことを言うのもなんですが、あなたがPM達に一斉メールした指示は間違いですよ。」

なんて、とてもじゃないけど口に出来ません。R氏はこの後、彼の立案した革新的なプロジェクト・コントロールの方法論を紹介してくれました。そして別れ際、彼の論文をいくつかメールしてもらうようお願いしてミーティングが終了。結局本題を切り出すきっかけは訪れなかったのでした。

その晩、今は別部門で働いているかつての部下、ヴィヴィアンから携帯にメッセージが入ります。「私の携帯に電話ちょうだい。」とあります。なんだろう?珍しいな

R氏が木曜日のトレーニングに出席するって聞いてる?」

「ああ、聞いてるよ。」

「良かった。シンスケに知らせておけってボスから言われたの。彼がどういう人物か知ってるの?」

「今日、直接会って話したよ。すごく優秀みたいだね。ピンチに陥ったプロジェクトを沢山再建して来たんだって。」

「そこなのよ。沢山再建する一方で、人も大勢切って来たらしいの。凄腕なのは間違い無いけど、油断は禁物よ。気を付けてね。」

なんか、ITエキスパートのクロエがジャックにこっそり忠告する場面みたいだな…。

「そういえば彼、自分のことをTurnaround Guyって呼んでたよ。僕らプロジェクト・コントロールの仕事は裏方としてPMを支えるスタイルだから、正直、この発言には違和感を覚えたんだ。周りからそう呼ばれるのならまだしも、自分から名乗るのは、おこがましい感じがするもんね。」

翌日、トレーニング会場である会議室に現れたR氏は、「一番近くで見たいから」と微笑み、隣の席にどかっと腰を下しました。私のスライドは、彼がPM達に一斉メールで指示したのと同じ内容から始まります。そして二ページ目から、「何故それをやったら大失敗が待っているのか」を説明する段取り。さあどうする?

二十人を超える受講者が着席し、セーフティーモーメントの後、R氏に自己紹介をお願いします。彼はここでも再び、自分がいかに大物であるかを柔らかな口調で誇示しました。

「今日はシンスケのトレーニングを監視するために来たんだよ。」

と、冗談とも本気とも取れるコメントで挨拶を締め括り、いよいよ本番がスタートしました。私は慎重に言葉を選び、ゆっくりとパワーポイントのスライドを捲ります。

「多くの人は、このように進めていますね。この手順自体は正しいのですが、大きな落とし穴の存在を知っておく必要があります。まずはベースとなる情報が正確であることを確認してから進めないと、毎月提出するレポートは常に間違いということになるのです。このPMツールは詳細データを内蔵しているので、これをまずダウンロードして精査して下さい。」

R氏の指示を真っ向から否定するのではなく、「落とし穴の存在」を知らしめることに重きを置く、という変化球を投げたのですが、多くの受講者の顔が困惑で歪みます。私の隣でR氏は、さらさらとメモを取っています。ちらりと顔を見ましたが、その表情からは動揺が読み取れません。トレーニング中盤になり、女性社員がさっと手を挙げました。

「結局のところ、私たちが受けて来たこれまでの指示が間違ってたってことじゃないの?」

うわあ、そんなストレートな反応するか?すかさずR氏がこれを受け、「あの指示を送ったのは自分で、基本路線は正しい。大事なことは…。」と、論点を変えてはぐらかすような受け答えをします。完全な納得が得られたとは思えませんが、皆それ以上騒がなかったので、私は何事も無かったかのように先へ進み、無事トレーニングを終了しました。

R氏が立ち際に、Good Job!と微笑みます。う~ん、この言葉と顔色からじゃ内心が読めないぞ…。そしてそのまま、会場を後にしたのでした。

ところで私は、トレーニングの後半から自分の身体に何か異変が起こっているのに気づいていました。みぞおちの当たりが猛烈に痛むのです。触ってみると、カッチカチ。これって胃痛だよな?そしてそれはストレスを意味するのか?うまく立ち回ってたつもりだけど、実はものすごく緊張していたのかもしれない…。吐き気まで催して来たので、慌ててトイレに駆け込みます。便座の上で、両膝の間に顎を埋めるように上体を倒した格好になった私は、ちょっと笑えて来ました。

これしきの逆境、ジャック・バウアーだったら軽々と乗り越えることでしょう。ハライタになんか絶対ならないよな…。

帰宅して一部始終を妻に告げたところ、

「まだまだだねえ。」

と冷やかされました。

「でも、念のためにレジュメ(履歴書)のアップデートはしといた方がいいかもね。」

おいおい、また胃がキュッとなったじゃないか。


2016年5月22日日曜日

Everything is squared away 何もかもがきちんとしている

金曜日、ランチルームで同僚ダグに声を掛けられました。彼は出張で成田乗り継ぎがあった場合、わざわざ成田山に足を運ぶほど日本が好きで、カプセルホテルに泊まってその清潔さに驚嘆したり、出会った人々の親切さに感動したりした話をよく語ってくれます。

先日、彼の友達(アメリカ人)が成田乗り継ぎの機会があるというので、

「どこへ行ったらいい?」

とダグにアドバイスを求めて来たのだそうです。

「よくよく聞いたら、2時間しかないっていうんだよ。それじゃ外へ行くのは無理だ、ということで、空港内部で楽しむことになったんだけどね。」

「そんなの、僕でもアドバイス出来ないよ。」

と私。

「帰国したそいつに感想を聞いてみたら、やっぱりすごく驚いてたよ。すっかり日本のファンになったって。」

この時ダグが使った表現が、これ。

“Everything is squared away.”

Square というのは、四角く区切る、つまりきちんと整理整頓する、という意味ですね。Away をつけて、きちんとしておく、という感じでしょうか。私の和訳は、

“Everything is squared away.”
「何もかもがきちんとしている。」

「それって、お店や空港施設みたいな空間がってこと?」

と私。

「いや、人間もだよ。誰に話しかけても、みんな礼儀正しくて親切だろ。これはすごいことだよ。アメリカじゃあり得ないことだからね。」

そして彼が表情を曇らせ、

「でもね、そういうのを聞く度に、いつも必ずちょっと混乱するんだな。」

と付け加えます。歴史通でもあるダグには、これが大きな未解決テーマだというのです。

「一般市民の温かな国民性と、かつて日本軍が中国大陸で見せた残虐性とが、どうしても噛み合わないんだよね(incompatible)。」

これを聞いて、その日の朝息子と交わした会話が蘇りました。彼は今、日本語補習校の中学三年生なのですが、ちょうど土曜日に中間試験があるというので、その準備を前の晩に手伝っていたのです。社会のテスト範囲は「第一次世界大戦から日中戦争まで」。教科書には客観的な史実しか記載されていないので、これでは「何故日本が大陸に突入して行ったのか」が読み取れない。これを補足するため、彼を高校へ送る道すがら、解説を試みたのです。

とはいえ私がオリジナルな見解を持ち合わせているわけではなく、「昭和史」の著者である半藤一利氏が繰り返し語っている、「日本人の性質」をちょいとアレンジさせて頂きました。

権威や規律に対して従順で、列に並んで順番を待ったり交通信号をちゃんと守ったりすることに長けている我々日本人は、ひとたび目標が定まると、一丸となって熱狂的に突き進むことが出来る。戦後の復興やオイルショック後の省エネ運動などを見ても、その団結力は驚異的である。民主主義を謳ってはいるけれども、アメリカのように「個人が自由意思を主張し続け、常に混とんとしている」社会とは違う。ぶつかり合って摩擦を生むよりは、妥協して調和の中で生きる方を選択する傾向が強く、「分をわきまえる」「身の程を知る」ことが美徳とされている。そういう国民だからこそ、「五族協和」などというスローガンで大陸進出の正当性を「お上から」与えられれば、それ行け!と一斉に行動開始出来る。礼儀正しく親切な国民性は、主体性を失い妄信的な行動に駆り立てられやすいという、「脆さ」と背中合わせなのだ。

息子からもダグからも一定の共感を得られましたが、これはやっぱり「ストンと腑に落ちる」説明ではありません。私自身も戦争体験があるわけではないので、どこか遠い国の話をしているような気分。出来れば触れずにやり過ごしたい難しいテーマですが、こういう本質的な議論を避けていれば、本当の意味で歴史から何かを学ぶ経験は出来ないと思います。私はアメリカに来てから、一層強くそのことを感じるようになりました。だからあえて息子に、そんな補足説明をしたのです。

ダグは先日まで何度か、ティニアン島への環境関連プロジェクトの出張を続けていました。これは、広島、長崎に投下された原爆を搭載した爆撃機が飛び立った重要拠点。このちっぽけな島が日本の歴史を大きく変える重要な役割を負ったということを、私は数年前まで知らずにいました。

彼は帰国途上、経由地グアム島にある太平洋戦争記念館(Pacific War Museum)に寄ってみたのだそうです。ここには原爆に限らず、あの戦争に関するありとあらゆることが学べる展示物が陳列されているのだとか。

「中で説明していた係員に、ちょっと聞いてみたんだ。観覧者からどういう感想が聞けるのかってね。そしたら、出身国によってはっきり分かれるって言うんだな。」

アメリカ人:「やったね、俺たち戦争に勝ったんだぜ!イェイ!」

韓国人:「知れば知るほど、日本ってやっぱりひどい国だよね。」

中国人:「日本人に会ったら顔を思いっきりぶん殴ってやりたい。」

日本人:「全然知らなかった!勉強になりました!有難うございます!」


2016年5月15日日曜日

Diversity 多様性

中間期実績評価(Midyear Performance Review)の締め切りが迫って来ました。上半期(10月から3月まで)の実績を自己評価し、ゴール設定を見直すという活動。イントラネットサイトに行き質問に答える形でこれを行うのですが、いつも引っかかるのがこの設問。

Diversityをどれだけ尊重しているか?」

ダイバーシティ(多様性)を尊重するというのは、年齢や性別、性的指向、人種、宗教、文化的背景などの違いを認めた上で個々人と公正平等に接しつつ、その「違い」を積極的に活かすことだと私は理解しているのですが、5段階評価で何点をつけるべきかでいつも悩むのです。多様性尊重に関する不満をこれまで誰からもぶつけられたことが無いというだけの根拠から、毎回5点(満点)を自分に与えているのですが、そもそもうちの組織は一応の基準を超えて採用されて来たプロフェッショナルの集団です。「多様性の幅」が決して大きいとは言えない「下駄を履いた」環境で、自分に満点をつけるのもどうかなあ、と

さて、実績評価と言えば、二週間に一度の割合で、14歳の息子が通う高校から彼の成績の実況報告がメールで届きます。会社経営者が株価のアップダウンをチェックするみたいに、ほぼリアルタイムで子供の行状が分かるのです。学期末に通知表を渡されるドキドキはもちろんゼロでやや興醒めではあるのですが、この方法の利点は、問題の改善に向けたアクションが取り易い、ということでしょう。

ある科目の成績が突然悪化したのに気付いて息子に尋ねたところ、

「宿題ちゃんと出したのに先生が記録し忘れてたんだよ。明日直しておくってさ。」

と釈明するので半信半疑でいたところ、二週間後のレポートで本当に訂正されていたこともありました。

彼の学校はチャータースクールといって、公立高校でありながらユニークな教育方法が採用されています。教科書は一切使わないし、学科もたった三科目。

Math/Physics 数学および物理
Multimedia マルチメディア
English/World Culture/Geo 英語、世界の文化、地理

最後のは、社会問題についてグループで調査し、討論したり論文を書いたりという、総合格闘技みたいな科目。息子の得意分野のはずなのに成績がイマイチの時があり、どうしたのか聞くと、「ディベートになると手持ちのネタが少なくて不利だ」というのです。意味がよく分からないので更に尋ねると、

Rough neighborhoodに住んでる奴はキツイ実体験に基づいた発言が出来るから、ディベートに有利なんだよ。」

とのこと。Rough Neighborhood(ラフ・ネイバーフッド)とは、荒れた地域のことですね。ギャングが街を徘徊し、麻薬の売買が横行するような街に住んでいる生徒たちは、社会の不正や差別がテーマになると俄然勢いづき、クラス討論での存在感を圧倒的なものにするのだそうです。例えばお題が「銃規制」だと、実際に銃弾の犠牲になった親戚の子の話などを持ち出すものだから、議論のパンチは強烈。うちの息子は、ただただガードポジションで耐えるしかない。

クラスの隅で、彼が級友のノアに、

“I’ve never heard a gunshot.”
「銃声を聞いたことなんて一度も無いよ。」

と言うと、ノアも「僕も無いよ!」と激しく同意したそうです。その会話を耳にしたマーレーンという女子生徒が、辺りをキョロキョロうかがいながら、

“Me, too!”(私も!)

とひそひそ声で打ち明けたのだと。まるで特権階級と見なされるのを恐れ、少数派の仲間を見つけて安堵するかのように。


ダイバーシティの幅が小さい環境で実績評価に悩んでた私ですが、大きいは大きいで大変なんだなあ、と思ったのでした。

2016年5月8日日曜日

Too many cooks in the kitchen 料理人が多すぎる

カマリヨ支社への出張から戻った翌週の月曜、デンバー支社エネルギー部門のメンバー達とのカンファレンス・コールがありました。彼等はつい最近我が社に買収された部隊なのですが、のっけから予想外に高飛車な物言いが炸裂します。

「今回のプロジェクトは疑いも無く我々の得意分野だ。うちのメンバーでPMチームを編成する。おたくたち環境部門には我々と下請け契約を結んでもらうことになるだろう。うちで開発したプロジェクト・コントロールのツールを使う予定だ。使ったことがない?いや、心配ご無用。他の下請け会社たちも集めてトレーニングをするから。そのうちメールでインビテーションを送る。マイクと、それから何とか言う名前のプロジェクト・コントロールの人(私のことです)宛てでいいよな。」

デンバー支社には正式なプロジェクト・コントロール部門があり、そこのディレクターという肩書の人物を押し出しています。我が環境部門にはそういう組織が存在せず、私が勝手に「プロジェクト・コントロール・マネジャー」と名乗っているだけ。これじゃさすがに分が悪い。

そんなこんなで、我が部隊の誰ひとりとして彼等の独壇場に水を差すこともないまま電話会議が終了しました。先週の会議で「このプロジェクトは何が何でも獲りに行くぞ!」と気炎を上げていたリーダーのポールですら異議を唱えなかったのは妙でした。あの場では私がプロジェクト・コントロールの責任者だと持ち上げてくれてたのに。釈然としないまま別の仕事に取り掛かろうとした時、コンピュータ画面の右隅にインスタント・メッセンジャーのウィンドウが開きました。カマリヨ支社のマイクです。

「面白いことになってきたね。」

いやいや、何を呑気な反応してんだよ。全然面白くなんかないぞ。なんでカリフォルニアのプロジェクトの主導権をコロラドの部隊に奪われなきゃいけないんだよ!

後で大ボスのテリーに報告したところ、

「あっちのトップはクライアント企業の出身者なのよ。しかも退職当時、かなりの大物だったらしいのよね。」

なるほど。地勢的な観点からは我々が主導権を握るのが当然だけど、政治的な力関係では向こうに分がある、ということか。

「更に一段上層部でもこれから話合いが持たれるみたいよ。まだどっちが主導権を握るか最終決定したわけじゃないと思うわ。」

プロジェクトのスコープが複数の専門分野に跨っている今回のような場合、それを狙う我が社のような巨大企業の内部で熾烈なつば迫り合いが演じられることもあるんだなあ。だけど同じ組織内で反目しあっていては、仕事の効率に差し障ります。この後、よほど責任分担を明確にしておかないと、メンバー達が余計な緊張感の中で働かなきゃいけなくなるでしょう。

さて今週木曜は、同僚ディックとの打ち合わせがありました。私は彼のプロジェクト8件の財務管理を担当していて、このミーティングは月一回の健康診断みたいなもの。その中の一本に、広大な土地の周囲に張り巡らすフェンスをデザインする、というやや地味な仕事があったのですが、彼のコンピュータに映し出された提出前のプランを見て、おや、と思いました。コンクリート製の基礎構造物に、幅20センチほどの鋼板をわずかな隙間を開けて互い違いに差し込んだ格好。板同士はお互いに接触していません。まるで植木鉢から伸びる植物のようなフォルム。彼のコンセプトは、「風に揺れるフェンス」。おお、これは新しい!感嘆の声を漏らす私に、

「多分これはボツになるよ。」

と苦笑いするディック。

「クライアントのトップが、何か思い切ったことをしろ、と部下たちに常々言ってるのは知ってるんだ。だけどその部下たちってのが揃いもそろって官僚的で、冒険を嫌うんだな。しかも部門間の意見のすり合わせを全然してくれないから、こういうアイディアを出しても、大抵たらい回しにあった挙句、コストがどうだ、住民の反発がどうだ、とかでやり直しを繰り返させられる。そしてようやく無難で凡庸なデザインにおさまったところでトップに上げると、何でこんな退屈なプランを持って来るんだ?って怒られる。で、やり直せ、と俺に突き返してくる。そういう展開が今から全部見えてるんだよ。」

その時、彼が使ったフレーズがこれ。

“Too many cooks in the kitchen.”

直訳すれば、「厨房に立つ料理人が多すぎる」ですね。日本語で一番近いのが「船頭多くして船山に上る」でしょう。

Too many cooks spoil the broth.
「料理人が多すぎるとスープが台無し」

というイディオムが元らしいですが、キッチンを含めた表現の方をよく耳にします。私の意訳は、これ。

「意思決定者が多いとろくなことにならない。」


巨大プロジェクトが大失敗に終わる要因のひとつが、実はこういうことなのかもしれません。

2016年5月5日木曜日

Unintended Consequences 予期せぬ展開

YouTubeの映像を気の向くままに鑑賞していたら、こんなタイトルの番組にたどり着きました。

“Unintended Consequences”

直訳すれば、「意図していなかった結果(影響)」ですね。私の訳は、「予期せぬ展開」。

自転車に乗る際はヘルメットを被ることを義務付ける公共団体が増えている中、意外な調査結果が発表された、という話。ヘルメットを着用して自転車に乗る人は、非着用者よりも走行車の接近を許す傾向にある、というのです。つまり事故に遭う確率が高い、と。

身を護るためにヘルメットを被っている人からすれば、納得のいかない話です。だったらノーヘルの方がましじゃないか、と。なんでも自動車のドライバーの目にはヘルメット着用者の方が運転技術が高いように映り、気が緩んでしまう傾向があるのだと。おばちゃんがノーヘルでふらふらママチャリを漕いでる道の方が、運転手の気が引き締まる。言われてみれば頷ける結論です。

プロジェクトマネジメントの世界でもこんな現象は山ほどあって、良かれと思ってしたことが思わぬ結果を招いてしまうケースは日常茶飯事。例えば生物環境部門のスコットから聞いた話では、保護対象種のBurrowing Owl(アナホリフクロウ)のために住処を作ってやろうと砂漠にコルゲートパイプを埋め込んでおいたら、代わりに野ネズミが住み着いちゃったのだと。慌てて追い出して、今度はコルゲートパイプの開口部を地面から30センチほど高い場所に持ち上げておいたのですが、野ネズミたちは落ちていた木の枝で器用に梯子を組み立て、易々とよじ登って見事に住居を奪回。自然が相手では、人間様の予期しない展開がいくらでもあるのですね。

さて、私の新居の庭はGopher(ホリネズミ)が縦横にトンネルを張り巡らし、一面芝生だったエリアの地下空間はほぼ占拠されてしまった格好。生物学チームのエリックに撃退法を尋ねたところ、コヨーテの尿をトンネルの入り口に注いでおくといいかも、と教示されました。コヨーテはゴーファーの天敵らしく、その臭いで逃げ出すらしい。ネットで調査したところ、瓶入りの尿が普通に販売されています。しかし購入一歩手前で別の人から、こんな忠告を頂きました。

「そりゃやめといた方がいいぞ。コヨーテの存在を示せば、ここに獲物がいるぞというサインになって、別の肉食動物を惹きつけちゃうかもしれないから。」

自宅の庭で動物たちの大捕り物が演じられるのも嫌なので、とりあえずコヨーテの尿は購入を控えました。かくなる上は、金属製のワナで仕留めるしかない…。

他にも、花壇に植えたキュウリやナスの葉っぱが、夜のうちに何者かに食われまくって穴だらけになっているという問題があります。調査の結果、容疑者に浮かび上がって来たのがハサミムシ。夜になると土中から姿を現し、濡れた葉っぱを食う、と書かれている記事を発見したのです。撃退法をネットで調べ、さっそくひとつ試してみました。

翌日のランチタイム、サンディエゴ支社の環境部門を束ねるテリーに会ったので、この試みについて話し始めたところ、

「ビールでしょ!」

と早押しクイズの回答者みたいに小さく叫びました。

そう、空き缶にビールを注いで夜のうちに花壇の隅に置いておくと、酵母菌の匂いに引き寄せられたハサミムシたちが次々に入水し、溺れ死んでしまうのです。翌朝起き抜けにチェックしてみて、思わずおお~っと声を上げてしまいました。本当に十数匹のハサミムシたちが、ビールで満たされたプールの底で、折り重なるようにして息絶えているのです。これでうちの野菜たちが護られるぞ、とひと安心する一方、何だか気の毒にもなりました。これを聞いていたテリーが、

「うちでも試してみたんだけど、夜中に野ネズミたちが大集合してパーティしたみたいで、朝起きたら庭の植木鉢やら植物やらが倒されて滅茶苦茶になってたわ。明らかに、彼等もビール好きなのね。」

う~む、これまた予期せぬ展開。


2016年4月24日日曜日

ハートの強いアメリカ人

先週はカマリヨ支社へ出張しました。大規模プロジェクトのためのプロポーザルチームが集まって、この大物をどうやって仕留めるかの作戦会議。私は、スケジューリングと積算の担当です。参加者は、環境部門の重鎮ポールとブレント、サンタバーバラ支社のティム、カマリヨ支社のレイとカール、オレンジ支社のウィル、そして会議をリードするマイク。日系アメリカ人の奥さんがいる彼とは共通の話題も多く、過去6年くらいずっと仲良くして来ました。

スタートは9時でしたが、ウィルはクライアントから急な電話が入ったということで、隣の会議室に籠ってしまいました。その間に、規則にのっとってマイクがセーフティーモーメント(安全行動喚起のための話)を始めます。

「安全について考える時、肝心なのは何故それが大事なのかを意識することだと思うんだ。自分が日々安全に働くことがどうして重要なのかを、一人ずつ順番に話してくれないか?まずは僕から行くね。」

皆を見渡し、にこやかに語り始めるマイク。

「僕には妻と三人の子供、それに二人の孫がいます。友達は少ないけど家族は多い(笑)。自分の身に何かあったら、彼等の何人かは(笑)きっと悲しむでしょう。だからいつも健康でありたい。あと、以前骨折して暫くギブスをしてたんだけど、あれは本当にイヤな経験だった。僕は常にアクティブでいたいタイプだから、怪我をしないことの大事さを一層強く意識するようになったんだ。」

参加者たちが何度も頷き、照れ笑いも浮かべず大真面目に後を引き取ります。それぞれのスピーチを聞きながら、みんなハートが強いなあ、と感心する私。安全に対する意識向上には賛成だけど、こういうややプライベートな信条を会議の場で臆面も無く披露するのには、ちょっと抵抗があるのです。でも他のおっさんたちが皆きっちりやり遂げてバトンが渡されたので、頑張って喋りました。

「僕はいつも、日本という国を代表しているという意識があります。長寿で知られる国なので、そういう期待を裏切らず、皆のロールモデルになりたいんです。サンディエゴ支社にジャックという日系アメリカ人の社員がいますが、彼は87歳なのに誰よりも溌剌としています。将来ああいう人になるのが目標なので、安全と健康はすごく大事なんです。」

80過ぎまで働きたいってか?という茶々は入ったものの、概ね好意的に受け入れられたようで、ほっとする私。その時さっと扉が開いて、ウィルが入って来ます。どうやらクライアントとの電話が終わったみたい。席に着くや否や、マイクが彼を捕まえます。

「今ちょうどセーフティーモーメントの最中なんだ。一人ずつ、自分にとってどうして安全行動が重要なのかを話してもらってたんだけど、ちょうど全員終わったところだから、君にも話してほしい。例として僕の話をするね。二回も聞かされる皆には悪いけど。」

そしてマイクがさっきの話を、ほぼ一言一句違えず繰り返します。頭頂部が薄く白髪混じりで、ごま塩状の顎鬚を蓄えたウィルが、真剣な眼差しでマイクの話を聞き終えた途端、落ち着いた口調でこう言いました。

「ごめん。もう一回言ってくれる?さっきのクライアントとの電話の内容をずっと考え続けてて、君の話が全然頭に入って来なかった。」

激しくズッコケるオジサンたち。今しっかりマイクの目を見つめてたじゃん!と笑います。するとあろうことか、これに全く動じる様子も見せず、マイクが例の安全話を同じトーンで繰り返したのです。この短時間に三回も同じスピーチをする彼のガッツに、感動すら覚える私。

マイクの話を聞き終えたウィルが、

「ああ、僕にも家族がいます。だから安全は大事です。」

と表情も変えずにさらっと流したので、皆一斉に、え?それで終わり?と再びズッコケます。この時、向かい側に座っていたブレントが、小声で助け舟を出します。

「ほら、一週間後に赤ちゃんが生まれるんだろ?」

するとウィルが思い出したように、

「ああ、赤ん坊がもうすぐ生まれるので、その子のためにも安全は大事です。」

とぶっきらぼうに付け加えました。隣のカールが「初孫?」と尋ねると、

「孫じゃないよ。自分の子供だよ。今の末っ子が15歳だから、年の離れた兄弟になるね。」

と答えるウィル。ええ~っ?と一同のけぞります。なんて元気なじじいなんだ!という驚きと、そんな大事な情報をすっ飛ばしてスピーチ終わろうとしてたの?という意外性が合わさって、ひとしきり野次が飛び交いました。するとウィルが、微かに抗議の色を浮かべ、ぼそりと弁解しました。

“At least I was honest!”
「少なくとも俺、正直だったろ!」

どいつもこいつもハートが強いなあ、と感心しきりの私でした。


2016年4月18日月曜日

What happens here, stays here. ここで起きたことは口外無用。

3月に若い女性社員を雇いました。彼女はベトナム生まれのアメリカ育ち。私の部下三人はこれで全員女性。男所帯で育った私は、女性に囲まれた職場環境を楽しく思う反面、何か思わぬ失態をやらかして一斉にそっぽを向かれたらどうしよう、という不安を常に抱えています。

先日シャノンとラスベガスの話をしていた際、あるエリアでは夜になるとホテル周辺にエスコートと呼ばれる女性が立って競い合うように客引きしてるのよ、と教えてくれました。

え?そうなの?と大げさに驚いてみせる私。

時々経験することですが、女性との会話の流れが下世話な方に向いた場合、ノリで下品なジョークをかます度胸が無いためか、思わず過剰に聖人君子的反応をしてしまいます。それから、さして興味も無いギャンブルの話題に切り替える私。

ラスベガスといえば、一時期テレビで盛んに流していたコマーシャルが非常に印象的でした。

“What happens here, stays here.”

文字通り解釈すれば、

「ここであったことは、この場限り。」

つまり、

「ここで起きたことは、口外無用。」

ですね。どれだけ羽目を外して乱痴気騒ぎしたとしても、この街を出たらそのことは言いっこなしだぜ、とウィンクしながら使いそうなキメ台詞。ラスベガスという享楽の街が醸し出す背徳の匂いを表現するのにこれ以上ピッタリのフレーズは無いなあ、と感心しきり。こういうシンプルで気の利いたセリフを普通の会話でも使えないもんかな、と企んでいたところ、つい先日、思わぬところから飛び出しました。

同僚のディックとリンドンと三人でランチへ出かけた際、女性の多い職場というのは気を遣うよね、という話題になりました。

「最近じゃ、逆差別されてるなあと感じることすらあるよ。」

とディック。

「会議室を見渡して男は自分ひとり、という状況だと、ちょっと気圧されるね。」

と私。

「一番コワいのが、気の緩みから自然に口をついて出る下ネタなんだ。」

ここで私は、以前の職場でベテラン社員のジムが、出産後復帰する女性社員のために設けられた搾乳室にマグカップを持って行く、というジョークを放つのを目撃してヒヤヒヤした、という話題を振りました。

ディックとリンドンが、同時にのけぞります。

「それはヤバいだろ~!」

圧倒的に男性の多い職場だったから事なきを得たけど、今の我々のオフィス環境なら間違いなく一発退場だよね、という見解で一致しました。その時ディックが、ふいにこう言ったのです。

“I wouldn’t need a mug cup.”
「マグカップなんて必要ないっしょ。」

ニヤリとするディックの顔を2秒ほど見つめてからようやく意味を悟り、腹を抱えて暫くの間笑い続ける私。そこで彼が、こう締めくくりました。

“What happens here, stays here.”
「今の会話は口外無用だぜ。」


2016年4月3日日曜日

Circle of Life サークル・オブ・ライフ

先日、生物学チームの同僚エリックがやって来ました。

「ごめん。このことすっかり忘れてた。今時間ある?」

彼が手に持っているのは、小さなガラス瓶。さっそく立ち上がって、二人でラボ室へ向かいます。

大学で昆虫学を専攻していたというエリックと、去年あたりから急速に親しくなった「元昆虫博士」の私。二週間ほど前に自宅で捕まえた虫の鑑定を依頼したのですが、現場仕事に忙殺されて暫くオフィスに姿を見せなかった彼のデスク上、ずっと放置されていたのです。

この虫、一月末に古い一軒家を購入してからというもの次々と湧き出して我々一家を悩ませて来たトラブル(雨漏り、下水管の詰まり、など)の中、最も妻を逆上させた輩です。どこからか大量に現れてバスルームや寝室の壁や床をうろうろと這い回る彼等は、体長が一ミリにも満たないので、単体ではそれほど気になりません。しかしこれが水をかけてもびくともしない上に、やたらすばしこい。潰そうと思って指を近づけると、一瞬で姿を消してしまう。まるで「ワープ」するように、数十センチ先に瞬間移動出来るのです。

「知らないうちに身体中を這い回ってるかもしれないじゃない!」

と、妻を恐怖のどん底に陥れたこの虫。数週間前には害虫駆除の会社を雇って薬を散布してもらったのですが、数こそ減ったものの全滅には至っておりません。担当者は、

「これはSpringtail(トビムシ)ですね。人間には害を及ぼしませんよ。ただ湿ったところが好きなんで、なるべく部屋を乾かして下さい。」

と笑顔でコメントして帰って行きました。

検体を顕微鏡で確認したエリックも、これがSpringtailであることに同意しました。家屋の周辺や床下の湿った土に住んでいて、何かのきっかけで家の中に入り込んでしまったのだろう、とのこと。彼はCollembora(コレンボラ)という学名を使い、解説を続けます。

「その跳躍力は、人間にたとえればエッフェル塔を飛び越えるくらい強力なんだ。」

「人間を刺したり噛んだりはしないから、心配する必要無いよ。」

「コレンボラの存在は、良質な土があることの証明でもあるんだよ。彼等が好きなある種のキノコ(菌類)があってね、このキノコは植物に寄生して糖分を吸い取りつつ、お返しに栄養分を生成して送り込む。一方コレンボラはキノコを食べて土中に糞をするんだけど、この糞が土質を改善する。つまりこの三者の共生関係が、肥沃な土地の成り立ちに重要な役割を果たすんだな。」

「すごいね。こんなちっぽけな存在が大地の恵みに貢献してるなんて!」

顕微鏡を覗き込みながら感嘆する私。

“That’s a circle of life.”
「サークル・オブ・ライフだね。」

とエリック。直訳すれば「生命の環」でしょうか。これ、映画「ライオン・キング」の主題歌タイトルにもなっていますが、何だか分かったような分からないような高尚な言い回し。後で色々な人にこのフレーズの解釈を尋ねて回りました。

「エリックの発言はちょっとズレてると思うな。サークル・オブ・ライフっていうのは、一つの生命の初めから終わりまでという意味だよ。例えば鮭が川の上流で孵化し、成長しながら河口へ向かい、大海で暫く暮らしてから川を遡って産卵して死ぬ。そういうのを指すんだ。」

と、生物学チームの重鎮、ロン。

「賢くて鋭かった父が最近ボケて来て、どんどん子供がえりしてるの。その様子を見ながら、これってサークル・オブ・ライフだなあって思うの。」

と、全く違うアングルの見解を述べる総務のトレイシー。

「俺はエリックの言うことに賛成だな。我々を含めた全ての生命体が、互いに依存しつつ生と死のサイクルを紡ぎあげている自然界全体の営みを指した表現だと俺は思うよ。」

と、ランドスケープ・デザイナーの同僚ディック。人によって解釈の分かれるフレーズなのですね。

帰宅して、早速妻に報告。あのちっぽけなトビムシが、キノコ、そして庭の植物との共存関係を構築しつつ、結果的に土を肥やしていることを説明したところ、間髪入れずこう返しました。

「勝手にやっててよ、外で!」

…そりゃそうだ。