2016年5月22日日曜日

Everything is squared away 何もかもがきちんとしている

金曜日、ランチルームで同僚ダグに声を掛けられました。彼は出張で成田乗り継ぎがあった場合、わざわざ成田山に足を運ぶほど日本が好きで、カプセルホテルに泊まってその清潔さに驚嘆したり、出会った人々の親切さに感動したりした話をよく語ってくれます。

先日、彼の友達(アメリカ人)が成田乗り継ぎの機会があるというので、

「どこへ行ったらいい?」

とダグにアドバイスを求めて来たのだそうです。

「よくよく聞いたら、2時間しかないっていうんだよ。それじゃ外へ行くのは無理だ、ということで、空港内部で楽しむことになったんだけどね。」

「そんなの、僕でもアドバイス出来ないよ。」

と私。

「帰国したそいつに感想を聞いてみたら、やっぱりすごく驚いてたよ。すっかり日本のファンになったって。」

この時ダグが使った表現が、これ。

“Everything is squared away.”

Square というのは、四角く区切る、つまりきちんと整理整頓する、という意味ですね。Away をつけて、きちんとしておく、という感じでしょうか。私の和訳は、

“Everything is squared away.”
「何もかもがきちんとしている。」

「それって、お店や空港施設みたいな空間がってこと?」

と私。

「いや、人間もだよ。誰に話しかけても、みんな礼儀正しくて親切だろ。これはすごいことだよ。アメリカじゃあり得ないことだからね。」

そして彼が表情を曇らせ、

「でもね、そういうのを聞く度に、いつも必ずちょっと混乱するんだな。」

と付け加えます。歴史通でもあるダグには、これが大きな未解決テーマだというのです。

「一般市民の温かな国民性と、かつて日本軍が中国大陸で見せた残虐性とが、どうしても噛み合わないんだよね(incompatible)。」

これを聞いて、その日の朝息子と交わした会話が蘇りました。彼は今、日本語補習校の中学三年生なのですが、ちょうど土曜日に中間試験があるというので、その準備を前の晩に手伝っていたのです。社会のテスト範囲は「第一次世界大戦から日中戦争まで」。教科書には客観的な史実しか記載されていないので、これでは「何故日本が大陸に突入して行ったのか」が読み取れない。これを補足するため、彼を高校へ送る道すがら、解説を試みたのです。

とはいえ私がオリジナルな見解を持ち合わせているわけではなく、「昭和史」の著者である半藤一利氏が繰り返し語っている、「日本人の性質」をちょいとアレンジさせて頂きました。

権威や規律に対して従順で、列に並んで順番を待ったり交通信号をちゃんと守ったりすることに長けている我々日本人は、ひとたび目標が定まると、一丸となって熱狂的に突き進むことが出来る。戦後の復興やオイルショック後の省エネ運動などを見ても、その団結力は驚異的である。民主主義を謳ってはいるけれども、アメリカのように「個人が自由意思を主張し続け、常に混とんとしている」社会とは違う。ぶつかり合って摩擦を生むよりは、妥協して調和の中で生きる方を選択する傾向が強く、「分をわきまえる」「身の程を知る」ことが美徳とされている。そういう国民だからこそ、「五族協和」などというスローガンで大陸進出の正当性を「お上から」与えられれば、それ行け!と一斉に行動開始出来る。礼儀正しく親切な国民性は、主体性を失い妄信的な行動に駆り立てられやすいという、「脆さ」と背中合わせなのだ。

息子からもダグからも一定の共感を得られましたが、これはやっぱり「ストンと腑に落ちる」説明ではありません。私自身も戦争体験があるわけではないので、どこか遠い国の話をしているような気分。出来れば触れずにやり過ごしたい難しいテーマですが、こういう本質的な議論を避けていれば、本当の意味で歴史から何かを学ぶ経験は出来ないと思います。私はアメリカに来てから、一層強くそのことを感じるようになりました。だからあえて息子に、そんな補足説明をしたのです。

ダグは先日まで何度か、ティニアン島への環境関連プロジェクトの出張を続けていました。これは、広島、長崎に投下された原爆を搭載した爆撃機が飛び立った重要拠点。このちっぽけな島が日本の歴史を大きく変える重要な役割を負ったということを、私は数年前まで知らずにいました。

彼は帰国途上、経由地グアム島にある太平洋戦争記念館(Pacific War Museum)に寄ってみたのだそうです。ここには原爆に限らず、あの戦争に関するありとあらゆることが学べる展示物が陳列されているのだとか。

「中で説明していた係員に、ちょっと聞いてみたんだ。観覧者からどういう感想が聞けるのかってね。そしたら、出身国によってはっきり分かれるって言うんだな。」

アメリカ人:「やったね、俺たち戦争に勝ったんだぜ!イェイ!」

韓国人:「知れば知るほど、日本ってやっぱりひどい国だよね。」

中国人:「日本人に会ったら顔を思いっきりぶん殴ってやりたい。」

日本人:「全然知らなかった!勉強になりました!有難うございます!」


2016年5月15日日曜日

Diversity 多様性

中間期実績評価(Midyear Performance Review)の締め切りが迫って来ました。上半期(10月から3月まで)の実績を自己評価し、ゴール設定を見直すという活動。イントラネットサイトに行き質問に答える形でこれを行うのですが、いつも引っかかるのがこの設問。

Diversityをどれだけ尊重しているか?」

ダイバーシティ(多様性)を尊重するというのは、年齢や性別、性的指向、人種、宗教、文化的背景などの違いを認めた上で個々人と公正平等に接しつつ、その「違い」を積極的に活かすことだと私は理解しているのですが、5段階評価で何点をつけるべきかでいつも悩むのです。多様性尊重に関する不満をこれまで誰からもぶつけられたことが無いというだけの根拠から、毎回5点(満点)を自分に与えているのですが、そもそもうちの組織は一応の基準を超えて採用されて来たプロフェッショナルの集団です。「多様性の幅」が決して大きいとは言えない「下駄を履いた」環境で、自分に満点をつけるのもどうかなあ、と

さて、実績評価と言えば、二週間に一度の割合で、14歳の息子が通う高校から彼の成績の実況報告がメールで届きます。会社経営者が株価のアップダウンをチェックするみたいに、ほぼリアルタイムで子供の行状が分かるのです。学期末に通知表を渡されるドキドキはもちろんゼロでやや興醒めではあるのですが、この方法の利点は、問題の改善に向けたアクションが取り易い、ということでしょう。

ある科目の成績が突然悪化したのに気付いて息子に尋ねたところ、

「宿題ちゃんと出したのに先生が記録し忘れてたんだよ。明日直しておくってさ。」

と釈明するので半信半疑でいたところ、二週間後のレポートで本当に訂正されていたこともありました。

彼の学校はチャータースクールといって、公立高校でありながらユニークな教育方法が採用されています。教科書は一切使わないし、学科もたった三科目。

Math/Physics 数学および物理
Multimedia マルチメディア
English/World Culture/Geo 英語、世界の文化、地理

最後のは、社会問題についてグループで調査し、討論したり論文を書いたりという、総合格闘技みたいな科目。息子の得意分野のはずなのに成績がイマイチの時があり、どうしたのか聞くと、「ディベートになると手持ちのネタが少なくて不利だ」というのです。意味がよく分からないので更に尋ねると、

Rough neighborhoodに住んでる奴はキツイ実体験に基づいた発言が出来るから、ディベートに有利なんだよ。」

とのこと。Rough Neighborhood(ラフ・ネイバーフッド)とは、荒れた地域のことですね。ギャングが街を徘徊し、麻薬の売買が横行するような街に住んでいる生徒たちは、社会の不正や差別がテーマになると俄然勢いづき、クラス討論での存在感を圧倒的なものにするのだそうです。例えばお題が「銃規制」だと、実際に銃弾の犠牲になった親戚の子の話などを持ち出すものだから、議論のパンチは強烈。うちの息子は、ただただガードポジションで耐えるしかない。

クラスの隅で、彼が級友のノアに、

“I’ve never heard a gunshot.”
「銃声を聞いたことなんて一度も無いよ。」

と言うと、ノアも「僕も無いよ!」と激しく同意したそうです。その会話を耳にしたマーレーンという女子生徒が、辺りをキョロキョロうかがいながら、

“Me, too!”(私も!)

とひそひそ声で打ち明けたのだと。まるで特権階級と見なされるのを恐れ、少数派の仲間を見つけて安堵するかのように。


ダイバーシティの幅が小さい環境で実績評価に悩んでた私ですが、大きいは大きいで大変なんだなあ、と思ったのでした。

2016年5月8日日曜日

Too many cooks in the kitchen 料理人が多すぎる

カマリヨ支社への出張から戻った翌週の月曜、デンバー支社エネルギー部門のメンバー達とのカンファレンス・コールがありました。彼等はつい最近我が社に買収された部隊なのですが、のっけから予想外に高飛車な物言いが炸裂します。

「今回のプロジェクトは疑いも無く我々の得意分野だ。うちのメンバーでPMチームを編成する。おたくたち環境部門には我々と下請け契約を結んでもらうことになるだろう。うちで開発したプロジェクト・コントロールのツールを使う予定だ。使ったことがない?いや、心配ご無用。他の下請け会社たちも集めてトレーニングをするから。そのうちメールでインビテーションを送る。マイクと、それから何とか言う名前のプロジェクト・コントロールの人(私のことです)宛てでいいよな。」

デンバー支社には正式なプロジェクト・コントロール部門があり、そこのディレクターという肩書の人物を押し出しています。我が環境部門にはそういう組織が存在せず、私が勝手に「プロジェクト・コントロール・マネジャー」と名乗っているだけ。これじゃさすがに分が悪い。

そんなこんなで、我が部隊の誰ひとりとして彼等の独壇場に水を差すこともないまま電話会議が終了しました。先週の会議で「このプロジェクトは何が何でも獲りに行くぞ!」と気炎を上げていたリーダーのポールですら異議を唱えなかったのは妙でした。あの場では私がプロジェクト・コントロールの責任者だと持ち上げてくれてたのに。釈然としないまま別の仕事に取り掛かろうとした時、コンピュータ画面の右隅にインスタント・メッセンジャーのウィンドウが開きました。カマリヨ支社のマイクです。

「面白いことになってきたね。」

いやいや、何を呑気な反応してんだよ。全然面白くなんかないぞ。なんでカリフォルニアのプロジェクトの主導権をコロラドの部隊に奪われなきゃいけないんだよ!

後で大ボスのテリーに報告したところ、

「あっちのトップはクライアント企業の出身者なのよ。しかも退職当時、かなりの大物だったらしいのよね。」

なるほど。地勢的な観点からは我々が主導権を握るのが当然だけど、政治的な力関係では向こうに分がある、ということか。

「更に一段上層部でもこれから話合いが持たれるみたいよ。まだどっちが主導権を握るか最終決定したわけじゃないと思うわ。」

プロジェクトのスコープが複数の専門分野に跨っている今回のような場合、それを狙う我が社のような巨大企業の内部で熾烈なつば迫り合いが演じられることもあるんだなあ。だけど同じ組織内で反目しあっていては、仕事の効率に差し障ります。この後、よほど責任分担を明確にしておかないと、メンバー達が余計な緊張感の中で働かなきゃいけなくなるでしょう。

さて今週木曜は、同僚ディックとの打ち合わせがありました。私は彼のプロジェクト8件の財務管理を担当していて、このミーティングは月一回の健康診断みたいなもの。その中の一本に、広大な土地の周囲に張り巡らすフェンスをデザインする、というやや地味な仕事があったのですが、彼のコンピュータに映し出された提出前のプランを見て、おや、と思いました。コンクリート製の基礎構造物に、幅20センチほどの鋼板をわずかな隙間を開けて互い違いに差し込んだ格好。板同士はお互いに接触していません。まるで植木鉢から伸びる植物のようなフォルム。彼のコンセプトは、「風に揺れるフェンス」。おお、これは新しい!感嘆の声を漏らす私に、

「多分これはボツになるよ。」

と苦笑いするディック。

「クライアントのトップが、何か思い切ったことをしろ、と部下たちに常々言ってるのは知ってるんだ。だけどその部下たちってのが揃いもそろって官僚的で、冒険を嫌うんだな。しかも部門間の意見のすり合わせを全然してくれないから、こういうアイディアを出しても、大抵たらい回しにあった挙句、コストがどうだ、住民の反発がどうだ、とかでやり直しを繰り返させられる。そしてようやく無難で凡庸なデザインにおさまったところでトップに上げると、何でこんな退屈なプランを持って来るんだ?って怒られる。で、やり直せ、と俺に突き返してくる。そういう展開が今から全部見えてるんだよ。」

その時、彼が使ったフレーズがこれ。

“Too many cooks in the kitchen.”

直訳すれば、「厨房に立つ料理人が多すぎる」ですね。日本語で一番近いのが「船頭多くして船山に上る」でしょう。

Too many cooks spoil the broth.
「料理人が多すぎるとスープが台無し」

というイディオムが元らしいですが、キッチンを含めた表現の方をよく耳にします。私の意訳は、これ。

「意思決定者が多いとろくなことにならない。」


巨大プロジェクトが大失敗に終わる要因のひとつが、実はこういうことなのかもしれません。

2016年5月5日木曜日

Unintended Consequences 予期せぬ展開

YouTubeの映像を気の向くままに鑑賞していたら、こんなタイトルの番組にたどり着きました。

“Unintended Consequences”

直訳すれば、「意図していなかった結果(影響)」ですね。私の訳は、「予期せぬ展開」。

自転車に乗る際はヘルメットを被ることを義務付ける公共団体が増えている中、意外な調査結果が発表された、という話。ヘルメットを着用して自転車に乗る人は、非着用者よりも走行車の接近を許す傾向にある、というのです。つまり事故に遭う確率が高い、と。

身を護るためにヘルメットを被っている人からすれば、納得のいかない話です。だったらノーヘルの方がましじゃないか、と。なんでも自動車のドライバーの目にはヘルメット着用者の方が運転技術が高いように映り、気が緩んでしまう傾向があるのだと。おばちゃんがノーヘルでふらふらママチャリを漕いでる道の方が、運転手の気が引き締まる。言われてみれば頷ける結論です。

プロジェクトマネジメントの世界でもこんな現象は山ほどあって、良かれと思ってしたことが思わぬ結果を招いてしまうケースは日常茶飯事。例えば生物環境部門のスコットから聞いた話では、保護対象種のBurrowing Owl(アナホリフクロウ)のために住処を作ってやろうと砂漠にコルゲートパイプを埋め込んでおいたら、代わりに野ネズミが住み着いちゃったのだと。慌てて追い出して、今度はコルゲートパイプの開口部を地面から30センチほど高い場所に持ち上げておいたのですが、野ネズミたちは落ちていた木の枝で器用に梯子を組み立て、易々とよじ登って見事に住居を奪回。自然が相手では、人間様の予期しない展開がいくらでもあるのですね。

さて、私の新居の庭はGopher(ホリネズミ)が縦横にトンネルを張り巡らし、一面芝生だったエリアの地下空間はほぼ占拠されてしまった格好。生物学チームのエリックに撃退法を尋ねたところ、コヨーテの尿をトンネルの入り口に注いでおくといいかも、と教示されました。コヨーテはゴーファーの天敵らしく、その臭いで逃げ出すらしい。ネットで調査したところ、瓶入りの尿が普通に販売されています。しかし購入一歩手前で別の人から、こんな忠告を頂きました。

「そりゃやめといた方がいいぞ。コヨーテの存在を示せば、ここに獲物がいるぞというサインになって、別の肉食動物を惹きつけちゃうかもしれないから。」

自宅の庭で動物たちの大捕り物が演じられるのも嫌なので、とりあえずコヨーテの尿は購入を控えました。かくなる上は、金属製のワナで仕留めるしかない…。

他にも、花壇に植えたキュウリやナスの葉っぱが、夜のうちに何者かに食われまくって穴だらけになっているという問題があります。調査の結果、容疑者に浮かび上がって来たのがハサミムシ。夜になると土中から姿を現し、濡れた葉っぱを食う、と書かれている記事を発見したのです。撃退法をネットで調べ、さっそくひとつ試してみました。

翌日のランチタイム、サンディエゴ支社の環境部門を束ねるテリーに会ったので、この試みについて話し始めたところ、

「ビールでしょ!」

と早押しクイズの回答者みたいに小さく叫びました。

そう、空き缶にビールを注いで夜のうちに花壇の隅に置いておくと、酵母菌の匂いに引き寄せられたハサミムシたちが次々に入水し、溺れ死んでしまうのです。翌朝起き抜けにチェックしてみて、思わずおお~っと声を上げてしまいました。本当に十数匹のハサミムシたちが、ビールで満たされたプールの底で、折り重なるようにして息絶えているのです。これでうちの野菜たちが護られるぞ、とひと安心する一方、何だか気の毒にもなりました。これを聞いていたテリーが、

「うちでも試してみたんだけど、夜中に野ネズミたちが大集合してパーティしたみたいで、朝起きたら庭の植木鉢やら植物やらが倒されて滅茶苦茶になってたわ。明らかに、彼等もビール好きなのね。」

う~む、これまた予期せぬ展開。


2016年4月24日日曜日

ハートの強いアメリカ人

先週はカマリヨ支社へ出張しました。大規模プロジェクトのためのプロポーザルチームが集まって、この大物をどうやって仕留めるかの作戦会議。私は、スケジューリングと積算の担当です。参加者は、環境部門の重鎮ポールとブレント、サンタバーバラ支社のティム、カマリヨ支社のレイとカール、オレンジ支社のウィル、そして会議をリードするマイク。日系アメリカ人の奥さんがいる彼とは共通の話題も多く、過去6年くらいずっと仲良くして来ました。

スタートは9時でしたが、ウィルはクライアントから急な電話が入ったということで、隣の会議室に籠ってしまいました。その間に、規則にのっとってマイクがセーフティーモーメント(安全行動喚起のための話)を始めます。

「安全について考える時、肝心なのは何故それが大事なのかを意識することだと思うんだ。自分が日々安全に働くことがどうして重要なのかを、一人ずつ順番に話してくれないか?まずは僕から行くね。」

皆を見渡し、にこやかに語り始めるマイク。

「僕には妻と三人の子供、それに二人の孫がいます。友達は少ないけど家族は多い(笑)。自分の身に何かあったら、彼等の何人かは(笑)きっと悲しむでしょう。だからいつも健康でありたい。あと、以前骨折して暫くギブスをしてたんだけど、あれは本当にイヤな経験だった。僕は常にアクティブでいたいタイプだから、怪我をしないことの大事さを一層強く意識するようになったんだ。」

参加者たちが何度も頷き、照れ笑いも浮かべず大真面目に後を引き取ります。それぞれのスピーチを聞きながら、みんなハートが強いなあ、と感心する私。安全に対する意識向上には賛成だけど、こういうややプライベートな信条を会議の場で臆面も無く披露するのには、ちょっと抵抗があるのです。でも他のおっさんたちが皆きっちりやり遂げてバトンが渡されたので、頑張って喋りました。

「僕はいつも、日本という国を代表しているという意識があります。長寿で知られる国なので、そういう期待を裏切らず、皆のロールモデルになりたいんです。サンディエゴ支社にジャックという日系アメリカ人の社員がいますが、彼は87歳なのに誰よりも溌剌としています。将来ああいう人になるのが目標なので、安全と健康はすごく大事なんです。」

80過ぎまで働きたいってか?という茶々は入ったものの、概ね好意的に受け入れられたようで、ほっとする私。その時さっと扉が開いて、ウィルが入って来ます。どうやらクライアントとの電話が終わったみたい。席に着くや否や、マイクが彼を捕まえます。

「今ちょうどセーフティーモーメントの最中なんだ。一人ずつ、自分にとってどうして安全行動が重要なのかを話してもらってたんだけど、ちょうど全員終わったところだから、君にも話してほしい。例として僕の話をするね。二回も聞かされる皆には悪いけど。」

そしてマイクがさっきの話を、ほぼ一言一句違えず繰り返します。頭頂部が薄く白髪混じりで、ごま塩状の顎鬚を蓄えたウィルが、真剣な眼差しでマイクの話を聞き終えた途端、落ち着いた口調でこう言いました。

「ごめん。もう一回言ってくれる?さっきのクライアントとの電話の内容をずっと考え続けてて、君の話が全然頭に入って来なかった。」

激しくズッコケるオジサンたち。今しっかりマイクの目を見つめてたじゃん!と笑います。するとあろうことか、これに全く動じる様子も見せず、マイクが例の安全話を同じトーンで繰り返したのです。この短時間に三回も同じスピーチをする彼のガッツに、感動すら覚える私。

マイクの話を聞き終えたウィルが、

「ああ、僕にも家族がいます。だから安全は大事です。」

と表情も変えずにさらっと流したので、皆一斉に、え?それで終わり?と再びズッコケます。この時、向かい側に座っていたブレントが、小声で助け舟を出します。

「ほら、一週間後に赤ちゃんが生まれるんだろ?」

するとウィルが思い出したように、

「ああ、赤ん坊がもうすぐ生まれるので、その子のためにも安全は大事です。」

とぶっきらぼうに付け加えました。隣のカールが「初孫?」と尋ねると、

「孫じゃないよ。自分の子供だよ。今の末っ子が15歳だから、年の離れた兄弟になるね。」

と答えるウィル。ええ~っ?と一同のけぞります。なんて元気なじじいなんだ!という驚きと、そんな大事な情報をすっ飛ばしてスピーチ終わろうとしてたの?という意外性が合わさって、ひとしきり野次が飛び交いました。するとウィルが、微かに抗議の色を浮かべ、ぼそりと弁解しました。

“At least I was honest!”
「少なくとも俺、正直だったろ!」

どいつもこいつもハートが強いなあ、と感心しきりの私でした。


2016年4月18日月曜日

What happens here, stays here. ここで起きたことは口外無用。

3月に若い女性社員を雇いました。彼女はベトナム生まれのアメリカ育ち。私の部下三人はこれで全員女性。男所帯で育った私は、女性に囲まれた職場環境を楽しく思う反面、何か思わぬ失態をやらかして一斉にそっぽを向かれたらどうしよう、という不安を常に抱えています。

先日シャノンとラスベガスの話をしていた際、あるエリアでは夜になるとホテル周辺にエスコートと呼ばれる女性が立って競い合うように客引きしてるのよ、と教えてくれました。

え?そうなの?と大げさに驚いてみせる私。

時々経験することですが、女性との会話の流れが下世話な方に向いた場合、ノリで下品なジョークをかます度胸が無いためか、思わず過剰に聖人君子的反応をしてしまいます。それから、さして興味も無いギャンブルの話題に切り替える私。

ラスベガスといえば、一時期テレビで盛んに流していたコマーシャルが非常に印象的でした。

“What happens here, stays here.”

文字通り解釈すれば、

「ここであったことは、この場限り。」

つまり、

「ここで起きたことは、口外無用。」

ですね。どれだけ羽目を外して乱痴気騒ぎしたとしても、この街を出たらそのことは言いっこなしだぜ、とウィンクしながら使いそうなキメ台詞。ラスベガスという享楽の街が醸し出す背徳の匂いを表現するのにこれ以上ピッタリのフレーズは無いなあ、と感心しきり。こういうシンプルで気の利いたセリフを普通の会話でも使えないもんかな、と企んでいたところ、つい先日、思わぬところから飛び出しました。

同僚のディックとリンドンと三人でランチへ出かけた際、女性の多い職場というのは気を遣うよね、という話題になりました。

「最近じゃ、逆差別されてるなあと感じることすらあるよ。」

とディック。

「会議室を見渡して男は自分ひとり、という状況だと、ちょっと気圧されるね。」

と私。

「一番コワいのが、気の緩みから自然に口をついて出る下ネタなんだ。」

ここで私は、以前の職場でベテラン社員のジムが、出産後復帰する女性社員のために設けられた搾乳室にマグカップを持って行く、というジョークを放つのを目撃してヒヤヒヤした、という話題を振りました。

ディックとリンドンが、同時にのけぞります。

「それはヤバいだろ~!」

圧倒的に男性の多い職場だったから事なきを得たけど、今の我々のオフィス環境なら間違いなく一発退場だよね、という見解で一致しました。その時ディックが、ふいにこう言ったのです。

“I wouldn’t need a mug cup.”
「マグカップなんて必要ないっしょ。」

ニヤリとするディックの顔を2秒ほど見つめてからようやく意味を悟り、腹を抱えて暫くの間笑い続ける私。そこで彼が、こう締めくくりました。

“What happens here, stays here.”
「今の会話は口外無用だぜ。」


2016年4月3日日曜日

Circle of Life サークル・オブ・ライフ

先日、生物学チームの同僚エリックがやって来ました。

「ごめん。このことすっかり忘れてた。今時間ある?」

彼が手に持っているのは、小さなガラス瓶。さっそく立ち上がって、二人でラボ室へ向かいます。

大学で昆虫学を専攻していたというエリックと、去年あたりから急速に親しくなった「元昆虫博士」の私。二週間ほど前に自宅で捕まえた虫の鑑定を依頼したのですが、現場仕事に忙殺されて暫くオフィスに姿を見せなかった彼のデスク上、ずっと放置されていたのです。

この虫、一月末に古い一軒家を購入してからというもの次々と湧き出して我々一家を悩ませて来たトラブル(雨漏り、下水管の詰まり、など)の中、最も妻を逆上させた輩です。どこからか大量に現れてバスルームや寝室の壁や床をうろうろと這い回る彼等は、体長が一ミリにも満たないので、単体ではそれほど気になりません。しかしこれが水をかけてもびくともしない上に、やたらすばしこい。潰そうと思って指を近づけると、一瞬で姿を消してしまう。まるで「ワープ」するように、数十センチ先に瞬間移動出来るのです。

「知らないうちに身体中を這い回ってるかもしれないじゃない!」

と、妻を恐怖のどん底に陥れたこの虫。数週間前には害虫駆除の会社を雇って薬を散布してもらったのですが、数こそ減ったものの全滅には至っておりません。担当者は、

「これはSpringtail(トビムシ)ですね。人間には害を及ぼしませんよ。ただ湿ったところが好きなんで、なるべく部屋を乾かして下さい。」

と笑顔でコメントして帰って行きました。

検体を顕微鏡で確認したエリックも、これがSpringtailであることに同意しました。家屋の周辺や床下の湿った土に住んでいて、何かのきっかけで家の中に入り込んでしまったのだろう、とのこと。彼はCollembora(コレンボラ)という学名を使い、解説を続けます。

「その跳躍力は、人間にたとえればエッフェル塔を飛び越えるくらい強力なんだ。」

「人間を刺したり噛んだりはしないから、心配する必要無いよ。」

「コレンボラの存在は、良質な土があることの証明でもあるんだよ。彼等が好きなある種のキノコ(菌類)があってね、このキノコは植物に寄生して糖分を吸い取りつつ、お返しに栄養分を生成して送り込む。一方コレンボラはキノコを食べて土中に糞をするんだけど、この糞が土質を改善する。つまりこの三者の共生関係が、肥沃な土地の成り立ちに重要な役割を果たすんだな。」

「すごいね。こんなちっぽけな存在が大地の恵みに貢献してるなんて!」

顕微鏡を覗き込みながら感嘆する私。

“That’s a circle of life.”
「サークル・オブ・ライフだね。」

とエリック。直訳すれば「生命の環」でしょうか。これ、映画「ライオン・キング」の主題歌タイトルにもなっていますが、何だか分かったような分からないような高尚な言い回し。後で色々な人にこのフレーズの解釈を尋ねて回りました。

「エリックの発言はちょっとズレてると思うな。サークル・オブ・ライフっていうのは、一つの生命の初めから終わりまでという意味だよ。例えば鮭が川の上流で孵化し、成長しながら河口へ向かい、大海で暫く暮らしてから川を遡って産卵して死ぬ。そういうのを指すんだ。」

と、生物学チームの重鎮、ロン。

「賢くて鋭かった父が最近ボケて来て、どんどん子供がえりしてるの。その様子を見ながら、これってサークル・オブ・ライフだなあって思うの。」

と、全く違うアングルの見解を述べる総務のトレイシー。

「俺はエリックの言うことに賛成だな。我々を含めた全ての生命体が、互いに依存しつつ生と死のサイクルを紡ぎあげている自然界全体の営みを指した表現だと俺は思うよ。」

と、ランドスケープ・デザイナーの同僚ディック。人によって解釈の分かれるフレーズなのですね。

帰宅して、早速妻に報告。あのちっぽけなトビムシが、キノコ、そして庭の植物との共存関係を構築しつつ、結果的に土を肥やしていることを説明したところ、間髪入れずこう返しました。

「勝手にやっててよ、外で!」

…そりゃそうだ。


2016年3月27日日曜日

和を以て貴しとなす

先日、若い同僚のジェイソンがアジア人の中年男性を連れてやって来ました。彼がPMを務めるプロジェクトに協力するためサンフランシスコ支社から出張して来たこの人、どうも日本人らしい、というのです。

今の会社で働き始めて13年以上経ちますが、社内に日本人がいるなどとは初耳です。握手の後、一言二言英語で会話し、恐る恐る、

「日本人ですか?」

と尋ね合う二人。昼休みには二人でバーガーラウンジへ行き、「どういう経緯で今の暮らしに落ち着いたか」を語り合いました。このR氏、上下水道部門の専門家で博士号まで持っています。勤め先が買収されるまでは、カナダやオーストラリアなど、世界のあちこちで活躍して来たそうです。で、二年ほど前サンフランシスコに落ち着いたのだと。勤務先が度重なる吸収・合併・買収によってマンモス企業へと成長を遂げた結果、全くランダムに日本から飛び込んで別々に働いていた二人の男が、こうしてサンディエゴで顔を合わせることになったのですね。

翌日ジェイソンがやって来て、R氏と話せたかと尋ねました。この時の彼の第一声が、これ。

“Yo, Bro!”
「よぉ、ブロ(兄弟)!」

ブロというのはブラザー(Brother)を縮めた言葉。30歳前後の若者が50過ぎの先輩社員にこうして親しみのこもった呼びかけが出来る米企業の職場環境は素晴らしいのですが、これを聞いて前日のR氏との対面について話さないわけにはいかなくなりました。

「あのさ、変に思うかもしれないけど、彼と会った時に最初に頭に浮かんだのは、どっちが年上だろうってことなんだよ。」

アメリカに長く住んでいるとは言え、ここは日本人同士。相手がだいぶ先輩であれば、やはり敬語を使うべきでしょう。向こうも私の年齢が読めなかったようで、お互い出身を聞いたり渡米した時期を尋ねたりして、しばらく探り合いのジャブをちょこちょこと挟みました。でも結局探りきれず、最終的には敬語を交えた中途半端な同輩語に落ち着いたのです。

「相手を敬い、和を保つ(maintain harmony)という文化が我々のコミュニケーションのベースにあるんだ。その際に、年齢や経験の差というのは重要な要素になるんだよ。」

理解に苦しむ様子のジェイソンを見て、先輩社員が若手を厳しく躾ける職場なんてものは、もっと腑に落ちないんだろうな、と想像して可笑しくなりました。日本で働いていた頃は、胸にズブリと突き刺さる苦言を沢山の先輩諸氏から頂きました。そのお蔭で少しは成長出来たと思うのですが、アメリカ企業に勤めてからそういう人間関係を築くチャンスは滅多にありません。

歯に衣着せぬ物言いで周りを困惑させる傾向のあるジェイソンは、相手が会社の重鎮であっても同輩であっても、構わず正論を立てて相手を論破しようとします。こないだも、苛立ちを露わにして私のところへやって来ました。上下水道部門では新しいプロジェクトを獲得する度に、ほぼ無条件で彼にお鉢が回って来るという件。既に十件近く担当しているのに、もうこれ以上は無理だ、とジェイソン。

この会話の数時間後、同僚リチャードがやって来て、ジェイソンが上の方と揉めている状況を話してくれました。会社がPM要件を厳しくしたお蔭で資格を剥奪された元PM達は居場所を失い、担当プロジェクトを残したまま大勢去って行きました。その結果、残されたPM達に負担が重くのしかかる事態があちこちで起こっていて、ジェイソンの担当プロジェクト数は倍に膨れ上がりました。彼の上司ジェフも一応PM有資格者ですが、複数のプロジェクトを監督する立場におり、今更PMにおさまる気は無い。「そんなこと知るか。俺だって大変なんだ。あんたがやればいいだろう。」と正面切って上司に盾突くジェイソンに、皆が手を焼いている、というリチャード。

PMが決まらないからプロジェクトのセットアップが出来なくて、仕事が始められない状態が続いてるんだ。提出物の締め切りが迫っているっていうのにさ。ジェイソンとジェフの我慢比べに、これ以上付き合ってられないよ。」

ランチタイムに食堂でジェイソンと会った際、彼に話を聞いてみました。

「うちの部門にPM資格者が少ないことは重々承知してるけど、こっちのキャパにも限界があるんだよ。それに、他人に責任を押し付けようとする連中は大抵コスト管理に無関心で、だらだら働いてそのまま全部俺のプロジェクトにチャージしてくる。予算オーバーの責任だけ俺がとるなんて、そんな役回りは御免だよ。」

私は思わずこう返しました。

「筋が通ってるし、全面的に賛成だけど、聞いてるこっちはハラハラして来るよ。僕も君と同じ年頃は、そうやって周りとしょっちゅうぶつかってた。正論かまして上司を黙らせるのは確かに痛快だけど、後で冷静に状況を見つめてみると、確実に味方が減ってるんだな。結果的に、仕事がますますやりにくくなるんだよ。長い目で見れば、そこをぐっと堪える方が得かもしれないよ。苦しい立場に置かれている上司をサポートすることで、自分にもプラスが返ってくる、ということだってあると思うんだ。今みたいに人とぶつかり続ければ、折角同情的だった立場の人だって離れていくかもしれない。そうやって孤立すれば、楽しく仕事を続けるのは難しくなるだろ。君のように優秀でやる気のある人が不必要に傷つくのは、見たくないんだ。」

一瞬、叱られた子供のように赤面してからさっと顔をこわばらせたジェイソン。しまった、日本的な価値観を持ち出して立ち入った忠告をしちゃったかも、と戸惑う私でしたが、口から出てしまった言葉は取り返せない。

翌朝、私の席にふらりとやってきたジェイソンが、笑顔でこう言いました。

“I took your advice and accepted the PM position.”
「忠告に従ってPMを引き受けたよ。」

これには意表を突かれました。「和を以て貴しとなす」の価値観が受け入れられることもあるんだなあ…。


2016年3月13日日曜日

NIMBY (Not In My Backyard) ニンビー

あるプロジェクトの財務状態をレビューをするためミニ会議に参加した際、この仕事を引っ張っている生物学部門の重鎮スコットに尋ねました。

「プロジェクト名の頭にあるPPMっていう三文字は、何の略?」

Pacific Pocket Mouse(パシフィック・ポケット・マウス)だよ。」

「え?何それ?」

財務管理のため毎日複数のプロジェクトをサポートする私は、仕事の細かな中身までいちいちチェックすることは滅多にありません。しかしこのプロジェクトは工期が長いため、まず基礎的な不確定要素を洗っておきたかったのです。

スコットとペアで働いている若手生物学者のジャクリンが解説してくれたところによると、これはカリフォルニアの海沿いで砂の中をねぐらとするネズミ。つい最近まで既に死に絶えたと思われて来た、連邦政府指定の絶滅危惧種です。スコットとジャクリンはこのネズミの棲息環境を保護するための仕事をしているのです。その場でiPhoneを使って画像を検索したところ、思わす「おお~っ」と声が出ました。

半分握った掌に納まるくらいのミニサイズ、シルクのような光沢を持つ毛皮、短い四肢にくびれの無い胴体、大きな黒い目。おいおいこれ、ヤバいくらい可愛いじゃん。

「極端に臆病だしストレスに弱い生き物でね。上手くワナをかけて捕獲したとしても、オリの中に数時間放置しただけで死んじゃうんだよ。」

「じゃ、下手に手を出せないね。どんな感じで捕まえるの?」

「俺はまだお目にかかってないから分からないよ。」

「え?そうなの?」

「私もよ。」

とジャクリン。なんと、二人は一度も実物を見たことが無い生き物の保護のために日夜働いているのです。絶滅危惧種が相手なんだから当然かもしれないけど、なんか想像を絶するなあ。帰宅して14歳の息子に写真を見せたところ。

「めちゃくちゃ可愛いじゃん!これ、ポケモンのキャラの元になってると思うよ。」

と大興奮でした。

さて、話は変わり、うちの新居。住宅部分の床面積は普通なのですが、裏庭のサイズはバレーボールコートほどあります。購入時は綺麗に刈られた芝生をぼんやり眺めて楽しんでいたのですが、みるみるうちに雑草に侵略され、気付いた時には腰高の茂みがあちこちに拡がるただの「空き地」に変貌していました。これはいかんと一念発起し、草刈鎌と芝刈り機で大手術。ようやくさっぱりしたので花壇を作り、キュウリとトマトとなすとネギ、それにイチゴの苗を植えました。すると間もなく、周辺にボコボコと新鮮な土塁が出現し始めました。モグラがいるのかな?といぶかり、生物学チームの同僚ジョナサンに尋ねたところ、

「それはGopher(ホリネズミ)だな。肉食のモグラと違って、ゴーファーは草食なんだ。家庭菜園の野菜を狙ってやってくるんだよ。うちは四年かけて大事に育てたアスパラガスを、いよいよ明日収穫しようと思ってた晩にごっそりやられた。ディズニーのアニメで見るみたいに、土の中にスポッ、スポッと引っ張り込んで行くんだよ。賢い奴らで、農作物の食べごろがちゃんと分かってるんだな。」

「え?それは困るなあ。どうすればいいの?」

「ネズミ捕りのワナをかけるんだよ。で、死体を奴らの巣穴に突っ込んでおくんだ。見せしめとしてね。これが一番有効な手段だ。」

さっそく帰宅して息子と一緒にYouTubeで「ゴーファーのワナ」を検索。巣穴から顔を出してキョロキョロと周囲を窺うゴーファーは、予想に反して愛くるしい姿。パシフィック・ポケット・マウスをちょっと大型化した格好です。結構可愛いじゃん、と息子に言おうとしたその時、穴の入り口に仕掛けてあった罠の金具に頭部をバチンと挟まれ、「キュー」と断末魔の叫びを上げた後、ぐったりしてしまいました。息子と二人、黙って顔を見合わせます。

翌日職場でジョナサンに会ったので、

「ネットで調べてみたらゴーファーがあんまり可愛いくて、ワナで殺すのは忍びなくなっちゃた。代わりに、超音波で嫌がらせて庭から追い出す装置を注文したよ。」

そんなものホントに効くのかね、と言いたげな表情のジョナサンに、冗談半分でこう詰め寄ります。

「あんな残酷な殺し方をして何とも思わないの?生物学チームは普段、野生生物を保護するために一生懸命働いてるでしょ。生きとし生けるものに対する大きな愛がそれを支えてるんだと思ってたんだけど…。」

するとジョナサンは、間髪入れずにこう返して来ました。

“Not in my backyard.”

そして忘れずに、略語も付け足します。

“NIMBY.”

NIMBY (Not In My Backyard)とは、「うちの裏庭以外で頼むよ」という意味。社会問題を議論する際などによく使われるフレーズです。街にショッピングセンターを誘致して欲しいけど我が家のすぐそばに来てもらっちゃ困る、などという発言に代表される、「総論賛成各論反対」の主張を表現するのに便利な単語。


そのまんま文字通り裏庭の話にこのフレーズを使うケースは滅多に無いので、ジョナサンと二人、まるで何か望外の大発見をしたみたいに興奮して暫く笑いました。

2016年3月4日金曜日

Don’t shoot the messenger. メッセンジャーを撃つな

今日のランチタイムには、同僚ディックとWaterfrontというパブに行きました。話題の中心は、月曜のランチタイムにあったウェブ会議です。これは最近南カリフォルニア地域のトップに就任したP氏の催したもので、ディックは都合で参加出来なかったのですが、既に大勢のPM達から感想を聞いているとのこと。

「皆の発言を総合すると、どうやらとんでもない内容だったみたいだね。」

とディック。最近テキサス州ヒューストンからロスに引っ越して来たというP氏は、空軍出身のコワモテ。30分ほど喋りまくったのですが、その間ジョークのひとつも笑い声もなく、一貫して「君達はダメだ。このひどい状況を改善しなければならない。」というメッセージを繰り返すばかり。

冒頭、「Imperatives」と題した4つの行動を説明するP氏。え?インパラティヴ?初めて聞く単語です。プレゼンを聞きながら辞書を引いたのですが、今一つ意味が呑み込めないまま会議(演説?)が終了しました。

「ビジネス・シーンじゃなかなかお目にかからない言葉だよ。」

とディック。

「課題とか行動目標ってこと?」

「いや、そんな生易しいものじゃないね。文章の四タイプっていうの、学校で習わなかった?」

列挙して説明するディック。

Declarative Sentences(平叙文)
Imperative Sentences(命令文)
Exclamatory Sentences(感嘆文)
Interrogative Sentences(疑問文)

「つまり、Imperativesってのは命令だよ。それも、ビックリマーク付きの強烈な奴ね。やれ!とか、やめろ!とかね。それにしても、会社のプレゼンにそんな言葉を使うかね。」

驚きを隠せない様子のディック。どうやらP氏は、ビジネス用プレゼンに我知らず軍隊用語を持ち込んだみたいです。

「僕がもっと驚いたのはね、」

と私。

「会社を去ったPMのプロジェクトを引き継いだ場合、30日以内に内容を精査し、重大な問題があったら上司に報告、それを基にRe-baseline(計画・目標の再設定を)せよ。これ以降に起きた問題は全て君たちの責任になる、そういう言い方をしたんだよ。既にオーバーワーク状態のPM達にいきなり誰かのプロジェクトを押し付けておいて、30日で全てを理解せよと要求するのは、かなり無理があると思うんだよね。」

ディックも大きく頷いて同意します。

30日のくだりで、彼は更にこう言ったんだ。」

“We’re not gonna shoot the messenger.”
「我々はメッセンジャーを撃たない。」

これは頻繁に使われるフレーズです。この場合のメッセンジャーとは、「悪いニュースを伝える人」という意味。つまり、プロジェクトを精査していて何か深刻な問題が見つかったとしても、隠さずに報告せよ、そのことで罰したりはしない、と言いたいのでしょう。このセリフ自体には問題無いのですが、私が気になったのはその使い方でした。

「プレゼン中、彼はこのフレーズを三回も使ったんだよ。そんなに何度も繰り返されたら、真意を勘繰りたくなるでしょ。それに、30日間の猶予を与えるという但し書きを加えた時点で、31日目からは容赦なく撃ちまくるぞ、という脅しにも聞こえるじゃない。」

「うん、皆も言ってたよ。あれはプレゼンじゃなくてお説教と脅迫だって。」

とディック。軍隊式の鉄拳統治をうちのような会社に適用しようなんて、随分思い切った話です。

「まあでも、会社のトップが彼みたいな人物をあのポジションに据えるには、それだけの理由があるはずだよね。これから恐怖政治が始まるのはほぼ確実だ。」

暗澹たる気分で昼食を頬張る、中年男二人。私の頭には、軍服姿のコマンダーPが銃を構え、整列したPM達を無表情で一人ずつ処刑していくイメージが浮かんでは消えて行きます。まるで同じ幻影を目にしていたように、

「手遅れになる前にさっさと転職して行く社員も少なくないだろうな。」

と苦笑いを浮かべるディック。

「あ、ちょっと待てよ。来週あたり、社員アンケート調査が始まるんじゃなかったっけ?」

と私。全社員に対する無記名の意識調査が毎年3月上旬に実施されることを、急に思い出したのです。さっと顔色が明るくなるディック。

「そうだ!皆でアンケートにボロクソ書けば、おっさんを辞めさせられるぞ!」

「彼はこの会社に来て日が浅いから、まさかそんな調査があるなんて知らないんだろうね。」

「うん、最悪のタイミングで俺たちを追い込んだことにまだ気が付いてないな、きっと。」

ほくそ笑む二人。一気に形勢逆転です。圧政に屈しそうになっていた群衆が銃を手に立ち上がり、独裁者を包囲して一斉に銃口を向ける図に変わったのでした。